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この先の幸福

NOVEL,銀魂,高桂 2016.05.03

#晋ズラ #イベント無配

 はらりはらりと、紅色の花弁が落ちてくる。それを見上げて、わぁ……と感嘆の声を上げた。「すごい……す…

NOVEL,銀魂,高桂

この先の幸福


 はらりはらりと、紅色の花弁が落ちてくる。それを見上げて、わぁ……と感嘆の声を上げた。

「すごい……すごいな晋助、視界が紅で染まっていくぞ」

 夜に紛れそうな紺の着物を身にまとい、ズラ子は風でなびいてしまう髪を押さえる。見上げた桜はもう葉に変わり始めていて、そのせいか満開の頃のように花見をする者たちはいなかった。おかげで貸し切り状態だ。

「ここももう散っちまうな」

 こちらもまた夜に紛れてしまいそうな黒をまとう晋助が、同じく桜を見上げながら呟く。そうだな、と残念そうな声が返ってきたけれど、

「でも、晋助と見られて良かった。満開の頃は忙しかったからな、お互いに」

「あァ……そうだったなぁ」

 時間を作ろうと思えば作れたかもしれないが、こんな風に二人きりで見られたのだから、むしろ良かったのだろう。

 散りかけた紅色でも、相手が大切な人なら、美しく色づく。

「綺麗だな……」

 ズラ子が、落ちてくる花弁に手を伸ばす。その横顔の方が綺麗だがなと口には出さずにおいて、晋助はくわえていた煙管を外しふうっと煙を吐いた。

「なァ知ってるかいズラ子。そうやって落ちてくる花弁を受け止めることができたら、幸福が訪れるんだとよ」

「え、そうなのか? この花弁を?」

 ズラ子は晋助を振り向き、半信半疑で訊ね返す。視線だけで答える晋助に花弁を見上げ直し、ひとひら、手に取ろうとした。

 だが風で揺らいだ花弁はふわりと浮き上がり、ズラ子の手には来てくれない。

「あ……、……んー、難しいな」

 では違う花弁をと思うのだが、これがなかなかに難しい。軽い故に、ほんの少しの空気の抵抗でも流れが変わってしまうのだ。

 なるほど、こんなに難しいのならば取れた暁には本当に幸福が訪れてもおかしくない。

「くそ、取れん」

「くくっ、まぁせいぜい頑張んな」

 取れないとなると途端に悔しくなってしまう。今年はもう花見に来られそうにないから、機会は今日しかないだろうに。それなのに意地悪な花弁は、ズラ子の指をすり抜けていってしまう。

「……もういい」

 しばらく奮闘していたズラ子だが、ひとひらも取れやせず、もしかしたら自分には幸福など訪れてくれないのではと俯いてしまった。

「だ、だいたいそんなもの迷信だ、幸福とは自分の手で―」

「ズラ子」

 悔し紛れに呟くズラ子に、晋助が手を伸ばす。そっと前髪に触れてきた晋助に首を傾げたら、すいと何かをつまんだ指先を差し出された。

「お前さん、ちゃんと受け止めてるじゃねーか」

「えっ……」

 晋助の指につままれたそれは、紅色の花弁。どうやら前髪についていたらしく、ズラ子の顔がぱあっと華やいだ。

「その綺麗な髪に引きつけられたンだろ」

 晋助はその花弁をズラ子の手のひらに落とし、嬉しそうに口許を緩めるのを満足げに眺める。迷信だと言ったそれでも嬉しそうに笑うズラ子が見られて良かったと、晋助も口許を緩めた。

 ―まァ、お前さんは俺が幸福にしてやるけどな。

 花弁などに頼らずとも、とまだ口にできない言葉を胸に掲げる。

 堂々と言えるのはいつだろうなと苦笑いをしたら、それを見とがめたズラ子がくるりと振り向いてきた。

「晋助は、いいのか? 花弁、取らなくても。俺が取ってやろうか? あ、でも自分で取らないと駄目なのか……」

 ひとひらの幸福を手に入れたズラ子が、上機嫌で晋助の分の幸福も、と手を伸ばしかけ、気づいて止める。晋助はその手を絡め取り、

「俺ぁいいんだよ」

「でも」

「ここに、極上の薄紅があるじゃねーかい」

 ズラ子をそのまま抱き寄せて、口唇の薄紅を奪い取る。

 ちゅ、と音を立てて離れていった晋助の口唇に、口づけられたのだと認識してズラ子はボッと頬を赤らめた。そっちの紅もいいなあと笑う晋助の腕に自分の手を添えて、

「……これで晋助も幸福になれるだろうか?」

 ズラ子は自分から口唇を重ねてみたりした。

 
#晋ズラ #イベント無配

天国でも地獄でも

NOVEL,銀魂,高桂 2016.02.01

18歳以上ですか? yes/no

NOVEL,銀魂,高桂

天国でも地獄でも

18歳以上ですか? yes/no

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この狭い世界で

NOVEL,銀魂,高桂 2016.01.20

#両想い

人の気配に、桂は顔を上げた。足音も立てずに忍んでくる男を一人知ってはいるが、こんなところにいるはずが…

NOVEL,銀魂,高桂

この狭い世界で


人の気配に、桂は顔を上げた。足音も立てずに忍んでくる男を一人知ってはいるが、こんなところにいるはずがない。
人目を避けた隠れ家とはいえ見張りは置いているのに、侵入者だろうか。桂は傍に置いていた刀に手を伸ばした。
しかし障子戸に写った影に、目を瞠る。
見慣れた影だ。だがなぜ、と瞠目するほどには有り得ない形である。

「よおヅラ、邪魔するぜ」
「高杉……!」

若干乱暴に障子戸を開けたのは、袂を分かったはずの男。

「……なんだ、次に逢ったらぶった斬るんじゃなかったのかい」

煙管を口から外しその男ーー高杉は口角を上げる。そうだ、桂がその言葉を高杉に投げつけたのはつい昨日のこと。だが刀を握っていても、桂がそれを鞘から抜くことはなかった。

「斬ると言った俺の前にわざわざ姿を現すのなら、よほど大事な用があるのだろうな、貴様」

斬られると分かっていながら訪れた理由が分からない。ほとぼりが覚めた頃なら分からないでもないが、昨日の今日で一体なにを考えているのか。

「あァ、まあ大事と言えば大事かねえ」

高杉の手が伸びてくる。桂はとっさに刀を握り直したが、意にも介さず髪を引き掴まれた。

「っ……」
「髪、随分短くなったな」

高杉の指先が、髪をすくって梳くも、いつもとは違ってすぐにすり抜けていってしまう。見た目にも随分と寂しくなってしまっているが、桂自身はさほど気に留めてもいないように見えた。

「伸ばすだろ? ヅラ」

まるでそうするのが当然というように、高杉の口唇が髪に触れる。そこからさえ熱が伝わってきそうな感覚に、桂は少し肩を竦めて訊ねた。

「ヅラじゃない、桂だ。何度言えば分かる。しかし……貴様は長い方が好きなのか?」
「……ガキの頃から長ェのしか見てねーからな。落ち着かねェ」
「ふ、それは愉快なことだな。では伸ばさんでおこう」

桂は目を細めて笑う。落ち着いていない高杉など見たこともない、と。あえて言うなら戦っている時くらいだ。
体を重ねる時でさえ、どこか冷めているようにも思えるのに。欲望のままに体を重ねても、熱をすべて奪うことはできない。
高杉の前には、彼自身が言ったようにひとつの道しか見えていないのだ。

「減らず口叩きやがる」

そう言いつつも、高杉は愉快そうに桂の顎を捉え口唇をふさぐ。桂の反抗が嬉しいとでもいうようにだ。抗ってくる相手は少ない。幼い頃から変わらない距離感が、高杉には心地良いのだろう。

「貴様はすぐそうやって……俺の話を聞かん」
「……なんだ? 今日はやけにつっかかるじゃねェか。話せよヅラ、聞いてやるぜ?」

桂が寄せた眉の間に口唇を落とし、高杉は笑う。しかし桂も、こんな時にこんな状態で話したいことが見つかるわけもなかった。言いたいことはあの時船で言ったつもりだし、これからも変わらない。
高杉自身を否定するつもりはないが、やり方が気に食わん、と。
たとえ高杉を斬ることになろうとも、そのやり方を認めるわけにはいかない。それを伝えて、決別した――はずだった。
それがどうして、またこんなことになっているのか。

「あァそうか……お前さん、俺のことが嫌いなんだっけなァ。そんな相手に、話すこともねェってかい」

桂が押し黙っていると、高杉が声を低くしてそう呟く。本気で訊いてくれるつもりがあったのかと桂は気づくが、今さら何を言ってもこの男の心の奥底には響かないと知っていた。

「…………ああ、嫌いだ」

桂の指先が、高杉の頬を撫でる。戦うことでしかもうこの男を止められないのかと思うと、悔しくて、苦しくてしょうがない。

「だが、愛してもいる。だからこそ止めたいのに、貴様は話を聞かん。肌を重ねながらも共にいることさえしない」

船の上で、嘆いた。国どころか友一人変えることもままならないと。変わってほしくないと心から願う、もう一人の盟友に。どれだけ茶化されようが、あれは桂の本心だった。

「貴様ひとり変えられん俺が、国を変えるなどと……とんだ大法螺を吹いたものだな」
「俺は変わっちゃいねぇさ。てめーこそ人の話を少しも聞いちゃいねえな、ヅラ。俺はあの頃からたったひとつのものしか見てねえよ」
「……そうだな、貴様の狭い世界に、俺は存在していない」

高杉の想いは、師に対する、恋情にも近い憧憬だ。それは随分前から知っている。
桂自身、師を尊敬していた。今でも彼の人以上の師はいないと思っている。それを自分たちから奪わせたのは、何よりも弱い自分たち自身だ。
だから高杉の気持ちは分からないでもない。
たったひとつと言い切ってしまえる強さと、弱さと、幼さ。高杉晋助という男を形づくるもの。
そこに、桂小太郎は――存在していただろうか。

「高杉、ひとつだけ答えろ。俺を抱くのは――哀れみか?」

桂の問いかけに、高杉の目が細められる。
気まぐれに肌を合わせたのはいつ頃のことであったか。桜が散る季節だっただろうか。思い出せるのは、ちりちりと焼けつくような胸の痛みだ。
恋をしているつもりはなかった。する気もなかった。
それでも愛していると言えてしまうのは、頬に触れたいと伸びてしまう指先のせいだろうか。

「哀れみねェ……色気のねぇこと言いやがる。俺は俺なりに、てめェを好いてやってるつもりだがなァ、ヅラ」

その指先を払いのけておいて何を言うのか。
桂が眉を寄せたのを確認してから、高杉は面白そうに指を絡めた。そのまま強く引き、口唇を奪う。触れる、ではなく、奪う、だ。乱暴にふさがれた口唇から、呼吸さえももぎ取られていく。
桂はきつく目を閉じ、いったいこの男のどこに惚れてしまったのかと自身を哀れんだ。




う、と声を詰まらせた。煙管が面白そうに肌を撫でていくのと、高杉の指先が中をえぐるのとで、違う種類の快感を与えられる。強弱も違えば感度も違う。いつの間にか知り尽くされてしまったその場所は、いとも簡単に高杉を受け入れていくのだ。

「は……ぁっ……あ」

紫煙のにおいが鼻をつく。それに混じって高杉のにおいと汗を感じた。密着し、素肌を合わせているのだと実感するこんな瞬間が、桂には幸福でとても後ろめたい。
止めるために、救うために、斬ると決めた相手に抱かれて悦楽を感じている事実が、ひどく愚かしくて情けない。

「高杉……っ」

両腕で抱きよせるのは忍びなくて、剣を抜く右腕で高杉をいだく。斬りたいわけではないのだと言い訳をして、何度も重ねてきた肌を合わせ体温を感じ取る。耳元の愉快そうな笑い声さえ、桂を高ぶらせた。

「ククッ、今日はやけに積極的じゃねえか、ヅラ。そんなに寂しかったのかい」
「馬鹿を言うな。もとより傍にもおらん貴様相手に寂しがってなどいたら、身がもたんわ」

早く済ませろと、心にもないことを言って返し、左腕も背中に回す。それに応えるようにも高杉の腕が桂を抱き起し、膝の上に座らせた。

「てめェが動け」

支えててやる、と高杉はようやく煙管を離し、桂の体を抱きしめる。次に逢ったら斬るとまで言った相手の隠れ家に抱きに来てまで、不遜な態度は変わらないなと、桂は深く息を吐いて腰を上げた。







ヅラ、てめェは少しも分かっちゃいねえ。俺はてめェが思っているより惚れてんだ。
俺の上で腰を振って、色っぽい吐息で俺を誘って煽るてめェに、俺ァちゃんと惚れてんだぜ。
あぁでも今日はやっぱり髪の長さが物足りねえな。
いつもなら、こうして俺に口づける寸前はてめェの長い髪が頬の横に垂れて覆ってくる。
狭い視界にとろけた顔が映るんだ。てめェの言う狭い世界に俺とてめェのたったふたつきり。最高じゃねーか。

だが、俺とてめェがともにいたって、何も変わりゃしねー。昔も、今もだ。
何も守れず、何も壊せず、ただひとつきり描いた魂を追ってくだけだ。
せいぜいこうして抱き合って名を呼ぶくらいしかねぇだろうよ。


「なぁヅラ。次に逢う時までに、髪ィ、伸ばしておけよ」


このたったひとつの狭い世界で――。

#両想い

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EGOIST

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.11.21

#両想い #執×監 #逃×執 #誕生日

「ギノ、これ」狡噛はそう言って、宜野座の前に小さな包みを差し出してみせた。包装紙とリボンでラッピング…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

EGOIST


「ギノ、これ」


狡噛はそう言って、宜野座の前に小さな包みを差し出してみせた。包装紙とリボンでラッピングされたそれは、彼への誕生日プレゼント。
今日は宜野座の誕生日。恋人である狡噛としては、外せない重大イベントだ。書類片づけてからでいいから部屋に来てくれと言ったら宜野座は不思議そうな顔をしていたが、もしかして忘れていたのだろうかと思ってしまう。

「……ギノ?」

しかし差し出したにもかかわらず、宜野座は受け取ってくれない。じっとその包みを眺めたまま、指先一本さえ動かそうとしなかった。
さすがに不審に思って首を傾げ促すと、宜野座はハッとして狡噛へと視線をやり、そして俯いてしまった。

「………………覚えていると思わなかった」
「は? なんでだ、毎年祝ってただろう」

小さく呟かれた言葉に、狡噛は目を見張る。学生時代に出逢って、友人から恋人になって、ずっと一緒に過ごしてきている。豪華なパーティーなど開けないが、一緒に食事をして何かしら贈り、一夜を共にするなんてこと、何度もしてきたのに。
さらに言えば今年、狡噛の誕生日を祝ってくれたのに。
正直、今年は無理かと思っていた。何しろ例の事件でサイコパスを後戻りできないほどに悪化させ、潜在犯になってしまったのだから。
執行官として刑事課に戻ってはきたが、以前のように宜野座と肩を並べて捜査の指揮を執ることはなくなった。当然住む環境も変わり、監視官の同行なしでは外も出歩けない。
何より、宜野座は潜在犯を嫌っている。社会のクズだとまで思っている。そんな存在になってしまったのに、生まれた日を例年通り祝ってくれたのだ。
そんな彼の誕生日を忘れるはずがないのに。

「俺はお前が考えているより、お前に惚れてるんだがな、ギノ」

同じ位置で肩を並べることも、肩を支えることもできなくなってしまったが、気持ちだけは変わらない。

「潜在犯からのものなんか、もう受け取れないか?」

宜野座の方の気持ちが変わってしまったのなら、それは仕方のないことだ。それだけの仕打ちをしてきた。潜在犯に落ちた部下を哀れんで祝ってやることはできても、祝われる理由なんてない、ということだろうか。

「……受け取らないと、だめか」
「…………受け取りたくないってことか? お前を諦めるのにはかなり時間がかかるんだが」

むしろ諦めるのは無理かもしれないとさえ思う。恋人として触れ合えなくなっても、上司と部下として接していかなければならない。逢えなくなるのならまだしも、そんな近距離で諦めなどつくものか。

「諦める? それ……恋人じゃなくなるってことか。狡噛がそうしたいのなら」
「いやいやそうしたがってんのはお前だろうが」
「え? いや別に」

わけが分からないとふたりそろって首を傾げる。だが宜野座が終結を望んでいるわけではないと知って、ホッとした。

「じゃあ、これ受け取ってくれてもいいだろ。なんで嫌なんだ?」
「い、嫌なんじゃない、それ……ら、来年じゃダメかと思っただけだ」
「来年?」

寂しそうに顔を歪め俯く宜野座に訊ねてみて、狡噛は答えを聞く前にああそういうことかと悟る。

「心配しなくても、来年も祝ってやるから」

監視官だった時とは違う。何かを約束してやれる立場にはない。命の危険と、サイコパス悪化の懸念。もしかしたら明日にでもいなくなってしまうかもしれないという、宜野座の怯え。
来年も一緒にいてほしい。そう言外に告げてくる宜野座に、なんの根拠もない未来を約束する。

「潜在犯の言うことなんか、信用できるわけないだろ」

信用できないと言いつつ、精一杯想いを注いでくれる宜野座を、来年も祝いたい。ずっと傍で、潜在犯なんかと言われながらも祝いたい。

「……お前がそこまで心配するなら、これは来年お前にやる。渡すために、ちゃんとここにいる」

狡噛はようやく納得した上でプレゼントを持った手を引っ込めて、テーブルの上に置いた。食べ物にしなくてよかったと今さら思う。来年の分も再来年ほしいと言い出すのだろうなと考えると、腐らないものにしないとなと一年先のことを思うのだ。

「しかし恋人の誕生日に何もないってのはちょっとな」

そう言ってちらりと宜野座を見やる。せめて何か普段と違うことでもしてやりたい。

「ギノ、今日は抱いてもいいか?」
「え、あ、ああ……? うわっ」

確認して、狡噛は不審そうな声を上げた宜野座をよいしょと抱き上げてみる。軽いとは言わないが、もう少し肉を付けた方がいいのではないかと感じた。

「下ろせ馬鹿!」
「こら暴れるな、落っこちるだろうが。今日はいつもと違うことしてやろうってんだから、おとなしくしおけよ」
「なにする気だ、おいッ」

そうして宜野座の抗議は聞かないまま、珍しく寝室へと足を運ぶのだった。




だがそれも長くは続かない。28の誕生日を迎えた頃は本当にめまぐるしくて、誕生日を祝う余裕などなかった。それでも狡噛はその一年前に買ったものを渡してくれて、来年もまた、とキスだけくれた。
しかし狡噛は公安局から抜け出し、宜野座は潜在犯に落ちて執行官になり、「来年」の誕生日を一緒に祝うことはなくなった。
狡噛の部屋を整理するときに、明らかに誰かへのプレゼントと見られるものがあったのは、おそらく29歳の誕生日に渡すつもりだったものだろう。
宜野座はこれで本当に途切れてしまうなと口の端を苦笑で上げながら、最後になるだろうプレゼントを受け取ったのだ。
そして宜野座の手元には、28歳の狡噛が買った29歳の宜野座へのプレゼントと、宜野座が買った狡噛への渡せないプレゼントが残る。
たぶんもう逢うこともないのだろうと、日々を過ごして日付が変わる今日、無事に30歳を迎えた。

フィルルルル。

執行官用のデバイスが音を奏でる。何か事件かと、宜野座は自室のソファで応答のモニターを立ち上げた。


【誕生日おめでとう】


モニターに打ち込まれていく単語に、目を見張る。リアルタイムで現れ、そして消えていくそれは、宜野座だけへの【誰か】からのメッセージ。

【玄関入って左へ3歩、下から1メートル、キーワードはEGOIST】

表示された傍から消えてしまう。宜野座はソファから腰を上げ、部屋のドアへ向かった。

「入って、3歩……下から1メートル」

そのメッセージの表した箇所に、小さな穴がある。爪で引っかければ、手前に引っ張れる切り込みが見えた。こんなものあっただろうかと思うより早く、爪の先を差し込んでいた。
10センチ四方ほどの板が剥がれる。その奥の小さな空間に、ちょこんと何かが置かれていた。しかしそれを手にするには、手前の防壁が邪魔だ。小さなモニターが付いており、そこにパスワードを入力しなければ取り出せない仕組みのようだった。

「パスワード……」

先ほど表示されたメッセージには、キーワードはEGOISTとあった。だがそのものズバリのわけはなくて、宜野座は思案する。
すぐに浮かぶのは香水だが、連想できるものがない。ファッションブランドでもなさそうだし、あとはーー。

「そういえば……あれもEGOISTだったか……」

数年前から一部マニアに熱狂的支持を得ているシビュラ公認アーティストがいた。生身の体を持っていながら、表に出るのはCGで描かれた少女。
確か常守たちが可愛いんですよと言っていたそれも、EGOIST。
宜野座はもしやと思って、彼女のリリースした曲を検索してみた。
ふと目に止まったものであればいい、と小さなタッチパネルに文字を入力した。

All alone with you と。

ピ、と電子音がしてロックが外れる。こんな手の込んだことをする人物は一人しか思い当たらない。どうやって仕込んだのか、いつ仕込んだのか、そんなことは分からない。
ただ事実として今、宜野座の手の中に30歳の宜野座への誕生日プレゼントがある。
デバイスへのメッセージはとっくに途切れていたが、ゆっくりと開いた箱の裏、綺麗な手書きの文字が綴られていた。


【来年、右手にはめてやる】


箱の中に、コロンとひとつ、指輪だけが入っている。
せめて指輪用の箱に入れろと思ったが、あの男にそんな気の利いたことができるわけもなかったかと、呆れ気味に笑った。
来年逢うまで大事に取っておこうと大切そうに握りしめる。そして逢えたら、渡せなかった彼へのプレゼントも押しつけてやろう。
また、来年――今度はふたりで。


#両想い #執×監 #逃×執 #誕生日

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そこに、一緒に。

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.10.24

#両想い #逃×執 #ネタバレ

2期3話のバレが若干ありますので未視聴の方はご注意ください。続きを読む手のひらが、肩を滑り腕を撫でて…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

そこに、一緒に。

2期3話のバレが若干ありますので未視聴の方はご注意ください。




手のひらが、肩を滑り腕を撫でていく。どれだけかぶりの感触に、宜野座は切なく吐息した。
ボタンを外される感覚さえ新鮮で嬉しくて、相手の手に自分の右手を重ねてみたりさえする。下まで一緒にボタンを外したシャツの奥に素肌を認め、相手の男は瞬きをしてじっと眺めた。

「……どうした? 狡噛」
「いや……さっきからずっと思っていたんだが……綺麗な体つきになったな、ギノ」

狡噛、とその男を目の前にして名を呼ぶのも久しぶりなら、ギノ、と呼ばれるのも久しぶり。宜野座はその賞賛を素直に受け取って、ふっと笑った。

「お前ほどとはいかないが、鍛えているからな。別にお前に見せるためでもないが、そうなってくれないと困る」
「監視官だったころもやってたろ。ランニングとか」

たしなむ程度だと宜野座は自らベッドに横たわり、懐かしい時代を思い出す。懐かしく思うような月日が、経ってしまっていた。

「お前がいなくなって、親父がいなくなって、俺は潜在犯になった。執行官の適正が出たのは驚きだったな」
「……俺もお前が執行官になるとは思わなかったが、優秀な監視官だったんだ、適正くらい出るだろ。むしろ一般から入れるより教育が楽だ」
「監視官と執行官は、生きる世界が違うだろう。監視官として社会の秩序を維持することと、執行官として社会の秩序を維持するのは、まったく別の方法だ」

まあそうだなと狡噛はベッドに腰をかけ、宜野座の髪を撫でる。
以前は長かった前髪も切ってしまい眼鏡さえかけなくなった宜野座の変化に、戸惑わなかったわけではない。別人のようだとさえ思った。

「それでも、施設で腐っているよりは……多少の危険があっても生きている実感ができるかと思った。正直、死にたいと思ったこともあったんだぞ」
「ギノ」

そんなことを言うなと責めてみれば、宜野座はそれも笑ってかわす。

「怒るなよ、今はバカなこと考えたもんだって思ってる。親父が……身を挺して生かしてくれた命なんだ、粗末にはできない」

征陸の、最期だっただろう姿を狡噛も覚えている。息絶え絶えに横たわった老齢の刑事と、すがるような目を無意識に向けてきた、監視官だった頃の宜野座。
別れを告げることはできなかった。手をさしのべることはできなかった。今でも唯一後悔をしていることだった。

「それに、施設の外にいた方が…………お前に逢える確率が高いかと思ったんだ」

そう言って宜野座は狡噛に手を伸ばす。触れたがった手を取って、狡噛はその手のひらに口唇を押し当てた。

「ギノ……」

吐息のように名前を呼んで、また出逢えたことに感謝をする。
逢いたかった。
身勝手だけれど、逢いたかった。

「逢えたらいろんな話しをしたかった。お前まで潜在犯に堕ちたのかって怒られながら笑い合って、少し事件のことでも話して、一緒に酒でも飲んで、じゃあまた、って気軽に別れてみたかったんだ」

宜野座が、狡噛の心を読んだかのように口にする。宜野座自身の思いでもあるのなら、お互いに同じことを考えていたのだと、ひどく懐かしい気分になった。出逢った頃は、おそらくこんな風に何も考えずに過ごしていたはずだ。

「ギノ」

宜野座の手を握る手にぎゅっと力を込めて、自分も同じことを望んでいたと伝えてみる。それが明確に伝わったかどうかは分からないが、宜野座が諦めに似た表情で笑ってくれた。


「でも、駄目だな。それをひとつもしないうちに、お前に触れたい思いがあふれてしまった」


ざわりとせり上がってくる、快感に似た歓喜。
変わったようで、変わっていない。狡噛はそう思う。いつだって宜野座はたった一言で狡噛を昇天させてしまうのだ。

「触れてもいいのか」
「ここまでしておいて途中で止めるなんて言うなよ。そういうのは好みじゃない」

笑って茶化してみせているけれど、触れた手がわずかに震えている。狡噛はもう一度強く握り、そして指を絡めた。

「次はいつ言えるか分からない。ギノ、俺もお前に逢いたくてしょうがなかった」

言って、宜野座に体をかぶせる。重なった口唇を舐めて、目を閉じた。



吐息が重なる。汗が混じる。肌がぶつかって、爪が食い込んだ。
何度も行き来する体を抱きしめて、キスをせがんでみせる。応えて降ってくるキスはこんな状態なのになぜか幼く感じられて、幸福だった。
狡噛は宜野座の腰をしっかりと抱え、改めて引き締まった肉体を実感して楽しむ。自身が監視官だった頃も、執行官だった頃も、こんなに綺麗な筋はついていなかった。
この数年いろいろなことがあったのだろう。それは狡噛も同じだ。月日が相手を変え、自身を変えたが、想う気持ちは変わっていない。
むしろ、よりいっそう大きくなっている気がした。
指先で筋をたどり、胸の突起を弾き、宜野座の左腕を撫でる。父親が使っていたのと同じタイプの義手を使いこなす宜野座を、傍で見ていたかったなと思う気持ちと、顔なんか合わせられないと悔やむ気持ちがない交ぜになった。
義手を撫でられても感じたりしないと初めは言っていた宜野座だが、狡噛が触れるたび反応しているように見える。
それは雰囲気の問題なのか、やはりどこかの神経に伝わっているのか、それとももっと色っぽく考えて、狡噛だから触れていることが分かるのか。
狡噛は何度もそこにキスをして、逢えなかった時間を埋める。宜野座はそんな狡噛の頭を撫でて、逢いたかった時間を伝える。
言いたいことがたくさんあったはずなのに、今は触れ合うだけで精一杯だった。





何度達したか分からないほどつながって、時刻さえ分からなくなった頃、ふたりで並んでベッドに寝ころぶ。
高ぶった気持ちをキスで慰めて、さすがにもう体力がもたないとふたりで笑った。

「本当に綺麗になったな、ギノ。雰囲気もそうなんだが……すっきりした顔とか、あとはやっぱりこの体、前よりしなやかになった気がする」
「こらくすぐったいだろ、触るな」
「気持ちいい体してるお前が悪いんだよ」
「どんな理屈だ。だが、まだお前のようにはならないな……もともとの素質が違うのはしょうがないんだが」

わき腹を撫でてくる狡噛を諫めながら、宜野座も狡噛の胸筋を撫でる。この胸に抱かれているのかと思うと気恥ずかしくてイラついて、やっぱり幸福だ。

「ああそうだ……お前が置いていったトレーニングマシン、もらったからな」

事後報告だが構わないだろうと視線を合わせる。執行官は思っていたより重労働で、守るべき相手ーー監視官という上司ができた以上、体力はどれだけあっても困らない。
無理のない肉体づくりをと思うと、狡噛は恰好の手本だった。

「俺のって……許可出たのか? 俺のものなんか、全部処分されるだろうと思っていたのに」
「頼んだんだ。体を鍛えたいからって。また購入申請出すのも面倒だしな」

おかげで毎日トレーニングだよと宜野座は笑う。残しておきたがって不思議のないものを選んだつもりだったが、たぶん常守には気づかれているだろう。

「そうか……俺のものをギノが使ってくれているからかな、離れていてもあそこにいるような気がしたのは」
「気色悪いことを言うな。何か変なものでも仕込んでるんじゃないだろうな」
「仕込んでおけばよかったな」

狡噛は、笑いながら嬉しいと続ける。離れてしまった古巣に、自分のものが残っているということは、そこで生きた証になる。それをいちばん大事な相手が証明してくれることを、とても嬉しく思ったのだ。

「お前のものっていうなら、マシン以外にもあるだろ」
「まだ何かあるのか? あの事件の資料は処分されただろうし、家具……煙草……」

心当たりを挙げて呟く狡噛の隣で、宜野座は少し体を起こす。鎖がなくなって自由にのびのび生きてきた恋人は、あの頃よりさらに鋭くなっているようで少しも変わっていないようだ。
考え込む狡噛の口唇を、上から覆う。驚いたように瞬かれる目蓋を、おかしそうに見下ろした。


「俺が――いるだろ」


狡噛があそこで過ごしていた、生きた証拠だ。狡噛は手を伸ばし宜野座の頬に触れる。

「俺のものか。そうだな、あそこには、お前がいる」

離れていても一緒にいるような感覚は、きっと気のせいではなかったのだ。
一緒に、そこにいる。
もっと強く感じるために、ふたりはもう一度深く深くつながり合った。
畳む


#両想い #逃×執 #ネタバレ

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NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.10.12

#執×監 #両片想い #ウェブ再録

 ある秋の始めの一日だった。 狡噛は爪の先でデスクをカツカツ叩き、どうするかなと心の中で唱える。 重…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

12%

 ある秋の始めの一日だった。
 狡噛は爪の先でデスクをカツカツ叩き、どうするかなと心の中で唱える。
 重要で重大な分岐点だ、間違った判断をするわけにはいかない。
 いや、たとえ失敗してもこの世が終わるわけでなし、今必要なのはきっかけとタイミングのような気がする。
 今追いかけている事件のことではない。
 メンタルケアのサプリを大量に盗んでいった犯人は今逃走のルートを確認している最中だし、他にやっかいな事件はない。
 広域重要指定事件一〇二のことでもない。
 確かにあれは狡噛の一生涯をかけてでも解決したいものだったが、それとは別のベクトルで大事なことがあった。
 狡噛の視線が、ちらりとそちらへ向く。その対象は、相変わらず様式を成していない縢の報告書を見て項垂れていた。
 視線の対象は、宜野座伸元。厚生省公安局刑事課一係監視官だ。
 彼との間柄は、少し複雑なものになる。
 出逢ったのは学生時代で、親友と呼んで良かった。一緒に公安局のキャリア研修所に進んで、無事に監視官となり、同僚として過ごしてきた。だけど今は上司と部下だ。
 ――――なんでアイツなんだかな……。
 狡噛は視線を正面に戻し、はあー、とため息を吐いてしまう。
 ――――いや、違うな。なんでアイツに惚れてることに今さら気づいたんだか、だ。
 意味もなくキーボードを叩き、単語にさえならない文字がモニターに打ち込まれるのを、ぼんやりと眺めた。
 狡噛慎也は宜野座伸元に恋をしている。
 気づいたのはほんの数日前だ。
 日々の過酷な職務で疲弊したのか、休憩スペースのベンチでうとうとしている彼を見つけ、そっとしておこうか起こしてやろうかと悩んで、眠っているところなんて誰かに見られたくないだろうなとそっと隣に腰をかけ、自分こそが至近距離で寝顔を眺めていたあの日。
 髪をかき分けて、こめかみに口づけてしまった。
 そうしてから、自分がなにをしたのか分からずすぐさま立ち上がったけれど、その振動で宜野座は目を開けてしまい、気づかれたかと思った。
 目を開けた宜野座は、まだしっかりと覚醒していたわけでもなさそうなのにもかかわらず、「狡噛?」と名を呼んできたのだ。
 どうやら気づかれたわけではなさそうだと思うと同時に、せり上がってきた【何か】。
 取り繕って、こんなところで居眠りするなんて珍しいなと揶揄ってやったら、宜野座の方こそ取り繕った態度で寝てない目を閉じてただけだと言い訳をした。
 目を閉じていただけなら、狡噛の気配には気づいたはずなのに。ただでさえ他人の気配に敏感な彼が、気づかないはずがない。
 傍にいても、それが自然だと思ってくれているのかと自分に都合よく解釈し、せり上がってきた何かの正体に気がついたのだ。
 それが恋と呼ぶシロモノだということに。
 だがそれが恋だと気づいても、言えるわけがないと顔を背ける。
 あんなに一緒だったのに、今さら恋しているなんて言えやしない。ましてや、狡噛は彼の嫌悪する潜在犯になってしまっている。
 叶うはずがないなと――諦めた。
 はずだったのに、気づいてしまった恋心はどんどん大きくなるばかりだ。視界に入ればずっと見つめていたいし、声だって用もないのにかけたくなる。
 そもそも見ていて飽きない容姿をしているアイツが悪いなどと責任転嫁し始める頃にはもう、諦めることを諦めていた。
 言うべきか、言わざるべきか。
 問題はそこだ。最近は宜野座が不審そうにこちらを見ていることもあって、そろそろ何らかのアクションを起こさねば先手を打たれてしまう。
 何でもないと言った方がいいのか、好きだと打ち明けてしまった方がいいのか。
 それを考えてため息ばかりを吐いてしまう。
「コウ、最近ため息が多いな。どうした?」
 挙げ句の果てに隣のデスクの征陸にまで言われてしまって、苦虫を噛みつぶした。まさかアンタの息子に惚れちまったと言うわけにもいかず、狡噛はちょっとな、と言葉を濁す。
 どうしたもんか、とまたため息を吐いたら、不意に視線を感じた。
 その視線の元を振り向いてみると、一瞬だけ責めるような不安そうな目をした――宜野座と視線が触れ合う。
 気がついた宜野座が慌てて逸らしてしまったおかげですぐに途切れてしまたったけれど、狡噛の胸を高鳴らせて締め付けるには充分だった。
 もしかしたら彼も、狡噛のため息が多いことに気がついていて、心配してくれているのだろうかと思ってしまったら、もう止まらなかった。
 ――――ギノ。
 あふれてしまう。
 気にかけてくれていることがこんなにも嬉しいなんて、自分は思ったより単純な生き物だったんだなと、狡噛はひとり苦笑した。
 狡噛はそのまま席を立ち、宜野座のデスクへと向かう。彼はその気配に気づいているだろうに、声をかけるまであからさまなほど無視してくれている。
 叶わなくてもいい。
「ギノ」
「……なんだ」
「話しがあるんだが、時間をくれないか、今日」
 叶わなくていい、言ってしまいたい。
 告げたあと自分の気持ちがどうなるのか知りたい。宜野座がどんな反応をするのか見たい。
 狡噛の真剣な眼差しと声に一度だけ視線をくれて、宜野座は口を開く。
「ここでは話せないものなのか?」
「……話せないことはないが、できればお前だけに聞いてほしい」
 テラスへ行くか休憩スペースか、さすがに廊下じゃ無理か、と狡噛が思案していると、宜野座はちらりとモニターの時計を見やり、分かったと呟いた。
「仕事が終わってからでいいな? 勤務中に貴様に割いてやる時間などない」
「あ、ああ……それでいい、すまんな」
 宜野座はそれ以上なにも言わずにモニターとにらめっこしながらキーボードを叩く。狡噛はぱちぱちと目を瞬いて、デスクに戻ってから緩んでしまう口許を隠すように煙草を取り出しくわえる動作で口を覆い隠した。
 分かって言っているのだろか、彼は。
 仕事が終わったあとということはプライベートな時間であって、仕事中に割いてくれない時間をそこで割いてくれるということなんだが、と宜野座の不器用な優しさに鼓動が速くなる。
 こんな些細なことで浮かれてしまうなんて、人生何が起こるか分かったもんじゃない。狡噛は普段後回しにしてしまう報告書を早々に片づけて、仕事のあとの逢瀬に備えた。




「コーヒーでいいか? と言っても、あとは水くらいしかないがな」
「あ、ああ……コーヒーで」
 仕事が終わったあと、宜野座を伴って官舎に帰ってきた狡噛は、宜野座にソファを勧めキッチンに立つ。自分以外のために煎れるコーヒーは、熱すぎないよう気を遣った。
 宜野座はソファに腰をかけてくれたが、どうしてか緊張しているように見える。もしかして、気づかれているのだろうか? と狡噛は横目で彼を見やった。
 正直、宜野座は恋愛方面に疎いところがある。学生時代や監視官に成り立ての頃にアプローチをかけてきていた女性たちに気づきもしなかったのだ。
 その彼が、この気持ちに気づくだろうかと考えた時、否定と同じくらいの強さで自分のことだからだろうかと自惚れる。
 かつて相棒と呼び合った仲だ、全然知らない相手とでは比べるべくもない。
 まあどうせ言ってしまうのだし気づかれていても支障はないなと、コーヒーカップを二つ手に宜野座の元へ歩んだ。
「ミルクと砂糖入れておいたけど、よかったか」
「……ああ」
 宜野座の前にカップを置き、狡噛は彼の右手のソファに腰をかける。どう切り出したものかと、思考をまとめるためにコーヒーを一口、含んだ。
「そ、それで……話しというのは」
「ん? ん、ああ……それなんだがな」
 宜野座の拳が膝の上でぎゅっと握られている。眉間のシワが増えている。
 この気持ちに気づいていてこの態度なら、やはり望みはないなと、狡噛は逆に落ち着いてしまった。
「今さら何をと思うかもしれんが、どうも俺はギノに惚れてるらしくてな」
 カップをテーブルに置き、膝の上で手を組んで、宜野座の方に顔だけ向けて、告げた。苦笑まじりになってしまったのは、望みが薄いと分かったからだろうか。
 宜野座の反応はというと、俯き加減で拳を握ったまま体を硬直させている。
 そんなに驚いたのだろうかと思った一秒あと、
「なんだ、そんなことか……」
 はあーと大きく息を吐いて、宜野座は糸が切れたように力を抜いてうなだれた。
「……そんなこと?」
 決死の覚悟とまではいかないが、それなりに重要で重大な気持ちのつもりだった。それは宜野座にとって【そんなこと】ですませてしまえるものなのかと気分が沈む。
「お前が深刻そうな顔してるから、俺はてっきり何か重い病気にかかったとか、サイコパスが著しく悪化したとか、そういうことだと思っ……なんだと?」
 宜野座は垂れた頭を支えるために額を押さえて、危惧していた可能性を吐き出す。
 だがそういう深刻なことではないと分かって、安堵したらしい。
 執行官を監視し管理する立場として、そういった変化には対処しなければいけないが、人材が不足している中でいったいどうするべきかと考えていたのだろう。
 そうした安堵のあと、改めて狡噛の言葉を認識したのか、ゆらりと顔を上げて振り向いてきた。
「貴様……今なんて言った」
「なんだ、認識してなかっただけか。そんなことって言われたから、本当に駄目なんだと思ったんだが」
 宜野座が認識していなかったことに、狡噛の方こそ安堵した。そんなこと扱いされたことに思ったより落ち込んでいたらしい。
「どっ、どういうことだ狡噛」
「どういうことだってお前」
 宜野座が驚愕と不信さを混じらせた瞳で見てくる。狡噛は腰を上げ、宜野座が反射的に腰を浮かせる寸前で彼の両側に手をついた。
「それはもう一度聞きたいってことでいいんだな? ギノ」
 そうやって少し上からの視線で宜野座を見下ろす。接近してみて初めて、彼の頬がほんのり染まっていることに気がついた。
「よ、良くない、退け!」
「お前に惚れてる、ギノ」
 狡噛は再度、今度は宜野座を正面にして告げる。見る見るうちに彼の顔が染まっていくのが、とても嬉しかった。
「ふ、ふざけたことを抜かすなっ」
「別にふざけてなんかないぞ。本気だ。恋人にだってなりたいし、許可が出るならこのままキスだってしたい」
「キッ…………出すかそんな許可! いいから退け! そんな話しならもう帰る!」
 力任せに押しやられ、ソファについた手が離れてしまう。だけどここで逃すわけにはいかない。【そんなこと】から【ふざけたこと】に変わったのは進歩なのかどうか。
「おい待てよギノ」
 立ち上がって出口へと向かいかける宜野座の手首を掴んで引き留める。せめてこの気持ちを否定しないでほしいと思うのに、宜野座は振り向いてもくれなかった。
「俺の気持ちは迷惑でしかないのか」
「迷惑だ。今さら……そんなことを言われても、応えられるわけないだろう」
「かけらも、可能性はないのか? この先ずっと……元相棒、でしかいられないのか」
 最初にその絆を断ちきってしまった自分が言えることではないのだが、と狡噛は心で思う。しかし、そんな身勝手を通してでも宜野座に分かってほしい。
「可能性があると思っているのか」
「あればいいと思っている」
「勝手な男だな。お前が本気らしいことは分かったから、もう離せ。帰る」
 宜野座の冷たい声が突き刺さる。狡噛は、仕方なく掴んでいた手首を解放した。
 想いを理解はしてくれたようだが、迷惑だ身勝手だと言われてしまっては、もともとなかった望みも空気のように消えていく。
「……すまん。来てくれて礼を言う」
 恋が叶わないからといって、生きていけないわけではない。
 やるべきことがあるのだし、落ち込んでいる暇などないと思っているのに、考えていたよりずっと心が沈んでしまうものなのだなと、狡噛は宜野座の座っていたソファにドサリと腰を下ろした。
「ギノ、身勝手ついでに言うが、今フラレたからといって簡単に諦められるものでもないんだ。いつか自然に忘れるまで、好きでいさせてほしい」
 一度知ってしまった想いは、なかったことにはできない。そんな日がくるかは分からないが、ただの上司として見られる時まではこのままいさせてほしい。
「狡噛」
 少しの沈黙のあと、宜野座の声が耳に届く。狡噛は顔を上げ、視線の先にようやっと振り向いた宜野座を確認した。
「迷惑だとは言ったが、可能性がないとは言ってない」
 眉間にシワを寄せて、染まった頬を自覚してかしないでか眼鏡を押し上げながら、不遜な口調で彼は呟く。
 狡噛は宜野座を見上げぽかんと口を開けたが、すぐさま立ち上がり、目線を同じ高さにした。窺うように指先を絡ませ引き留めて、訊ねる。
「あるんだな、可能性。それは、口説いてもいいということか?」
「かっ、可能性がないわけじゃないというだけで、俺が貴様に惚れるかどうかは別っ……」
「どれくらいあるんだ」
 可能性がゼロでないなら、叶うのかもしれない。狡噛はこの機会を逃すものかと、詰め寄った。宜野座はその勢いに負けてか、視線を泳がせて呟く。
「じゅ、十二パーセントくらいだ」
「お前日付で適当に言ってるだろギノ」
 今日は十月十二日、おそらく狡噛の指摘は当たっている。現に宜野座の頬が赤さを増した。
「ギノ」
 染まったその頬に手を添えて、狡噛は宜野座の口唇に自分のものを重ねた。
 衝動的なものだったが、触れた時間は三秒くらい。
「な……っ」
 口唇を離せば当然目を見開いた宜野座がいて、だが狡噛はしまったと後悔するより口唇の感触に酔う方が重要だった。
「何してる貴様!」
「何って……口説こうと思って」
「貴様は口説くのとキスがイコールなのか!? ふざけるな、前言撤回だ!」
 染まる肌の範囲が広がって、耳まで赤くなる。狡噛の体を突き飛ばし宜野座は叫んだ。
 なるほど本命相手には捜査みたいにぽんぽんと言葉が出てこないのだ、と狡噛はここで初めて気がつく。知らなかった自分の一面だ。
「あー、すまん自分から口説いたことがなくて勝手が分からん。あとお前の口唇気持ちいいな」
「しっ、知るか勝手に言ってろ! あと職務にそういうのを持ち込んだらドミネーターで撃ち抜いてやるからそのつもりでいるんだな!」
「あ、おいギノ」
 まったく悪びれもせずのたまう狡噛に、宜野座は声を張り上げ、そのまま体を翻す。呼び止めた狡噛の声もわざと聞こえないふりをして、部屋を出ていった。
「さてどうやって口説けばいいんだろうな……」
 可能性がないわけではないなんて期待するようなことを言われたら、試さずにはいられない。どんな攻め手が有効なのか分かりやしないが、そうやって悩む恋もいいだろう。
 もう一度あの口唇に触れたいと狡噛が自分の口唇をなぞった頃、玄関のドアの向こうで宜野座はあまりの衝撃に混乱し赤い顔のままうずくまっていたという。


アンソロに寄稿したもの
#執×監 #両片想い #ウェブ再録

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あめのひに

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.09.07

#片想い #監×監 #お題

パタパタ、というよりは、ガツガツ、だった。土砂降りの雨は、窓ガラスを容赦なく叩き水滴を作っていく。水…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

あめのひに


パタパタ、というよりは、ガツガツ、だった。
土砂降りの雨は、窓ガラスを容赦なく叩き水滴を作っていく。水滴は近くにできた水滴とぶつかって大きくなり億も差が加わって、ガラスを滑り落ちていく。落ちた先で同じように落ちた水と交わって、法則に従って低い方へと流れていくのだ。
狡噛は、他人の家の窓からそれをぼんやりと眺めていた。

「狡噛、コーヒー煎れたから」
「ん? ああ、すまない、良かったのにそんなの」

煎れてくれた相手は、この部屋の持ち主である宜野座伸元。狡噛の想い人である。
狡噛は窓際からソファへと移動し、腰を下ろした。もう見慣れてしまったマグカップに、湯気の立つ熱いコーヒー。好みの温度だ。
飲む前にそれが分かってしまい、狡噛は苦笑する。こういう何気ない自然さが、まずいんだよなあと。

「それで……どうしたんだ狡噛。何かあったんだろう? 単に雨宿り目的なら、カフェだって良かったのに、俺のとこ来たいなんて」
「だってお前んとこならコーヒーただで出てくるだろ」
「狡噛。……ごまかすな、金取るぞ」
「……すまん、いや、大したことじゃないんだがな……」

やっぱり気づかれていたらしい。狡噛が何かに悩んでいることは。それもそうだ、あれだけ近くにいては相手の変化に気づかざるを得ない。逆の立場でも、すぐに気づくだろう。
しかし大したことはないと言ったものの、狡噛にとっては重大なことだった。

「事件のことか?」
「いや、俺個人の問題だな」

宜野座への想いに気がついたのは少し前だ。
親友だった。学生時代に出逢ってこれまで、なんの疑いもなくこの関係が続いていくのだと思っていた。
気づいてしまったこの感情は間違いなく恋と呼ぶシロモノで、どんどん大きく育っていっている。止めることができないのだ、どうしても。
気づいた時点が終わりの始まりだったのだ。
今さら友情に戻せと言われても無理だ、視線はどうしてもそういう意味で宜野座を追ってしまう。
これが恋だと知ってから、三日ほど悩んだ。こんな想いを抱えていることを知ったら、宜野座はどう思うだろうか。同じ思いを抱えているとは思えないから、すぐに叶うことはないはずだ。最悪の場合、縁を切られてしまうかもしれない。
言わない方がいいと判断した。

「この間は、ただの寝不足だって言ってたのに。やっぱり悩んでたんじゃないか」
「まだ覚えてんのか。怖いな」

この恋に気づいた日のやりとりを、宜野座はまだ覚えているのか。呆れるふりをして、心の内側で喜んだ。あんな些細なものを覚えていてくれたのかと。

「茶化してないで、いい加減はっきりしろ。俺のとこにきたってことは、何か力になれるんだろう?」

宜野座は、自分用に煎れたコーヒーに手もつけないで睨んでくる。宜野座の家に行きたいと言い出したのは狡噛の方で、宜野座はそれを相談ごとがあると解釈したようだ。
狡噛にしてみれば、どこかゆっくりできるところでふたりっきりでいたいというだけだったのだが。
いやふたりっきりというには多少無理があるかもしれない。ふたりと、一匹だ。宜野座の手は、愛犬の背中を撫でている。癖もあるのだろうが、無意識に自身の緊張をほぐそうとしているのだろう。

「俺はその、こういうのは慣れていないから……いいアドバイスなんかしてやれんかもしれんが……」

育ってきた環境上、宜野座がそう言うのも無理はない。ずっと親しい友人なんかできなかったことだろう。つまり誰かの人生相談をうけたこともない。
狡噛が初めてのはずなのだ。
それでも、真剣に聞こうとしてくれている。できるだけ力になってくれようとしている。
言わない方がいいと思っていた。彼の信頼を裏切ることはできない、ごまかしてでもずっと親友のポジションでいた方がいいと思っていた。
だけどそれは間違っていると、今気づく。
宜野座の真剣な思いを受け流してごまかして、騙す方がよほど不誠実だ。
ふたりいたいというだけでここへ来てしまったけれど、思いがけない機会になった。
ざあざあと降りしきる雨は、きっときっかけをつくってくれたのだろう。
ひとつの滴が他の滴とぶつかって交わってやがてひとつの流れに行き着く、冷たくて優しい雨が。

「……好きなヤツができたんだ」

呟くと、宜野座は驚いた表情を隠しもせずに声を上げた。

「え……っ、お前に!? そ、んなの、一度も」
 
なかったのに、と宜野座が続け、狡噛は苦笑い。確かに他人を好きになったのはこれが初めてだ。学生時代に何人かと交際をしたことはあったが、どれも短期間で解消している。シビュラのご託宣と、相手の要望通りに。

「そうか……それで、その、うまく行きそうなのか? 俺も知ってる相手だろうか」
「いや、絶望的だよ。相手にはまだ言ってないが、どう考えても可能性低くてな」

シビュラの相性判定は? と訊ねてきた宜野座に、してないと首を振る。機械に決められるというのはどうも好みじゃない。

「お前がそういうの好きじゃないのは知ってるが、だったら言ってみるしかないだろう。お前の性格はどうあれ、公安局のエリートなんだぞ、顔だって悪いわけじゃないし、頭だっていい。交際を断られる理由が見つからん」
「性格はどうあれってお前な」

誉められているのか貶されているのかイマイチつかめない。恋人の条件としては申し分ないと言いたいのだろうが、条件だけで恋人にはなれない。心がほしい。ぶつかってもやがてはひとつになれるような、そんな想いが。

「お前冗談のセンス最悪だからな、自覚しろ。……だが、お前に好きだと言われて嬉しくないヤツなんか、いないと思う。言ってみたらどうだ?」

いや一人くらいはいるかもしれないだろう、と狡噛は心の中で考える。
たとえば、

「じゃあ、たとえばお前だったらどうだ? 俺から好きだって言われたら嬉しいのか?」

宜野座とか。

「まず熱を計るな。そんなわけないだろう、って」

宜野座は笑いながら顔を背ける。それにはどんな意味があったのか、狡噛には分からない。諦めの強いため息を吐いて、そんな宜野座をまっすぐに見つめた。

「じゃあ、今すぐ体温計持ってきてくれ」

ガツガツと窓を叩く雨の音にかき消されないように、大きめの声でゆっくりと返す。
宜野座は、背けていた顔を振り向かせ、え? と声を上げた。



「俺が好きなのはお前だよ、ギノ」



あまり優しい気持ちで伝えることはできなかった。窓を叩く雨のように、荒れていたかもしれない――――。


#片想い #監×監 #お題