- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.141, No.140, No.139, No.138, No.137, No.136, No.135[7件]
雪うさぎ
シェリルは、ドアを開けて目を見開いた。
「……わあ……すごい」
一面の銀世界だ。生まれてこの方、こんなに真っ白な世界を見たことがない。
それが雪という名のものであること、どのような現象でそれが上から降ってくるのかくらいは知っている。
だが、やたら技術が進歩した母艦マクロス・ギャラクシーでは、こんなものは無用であると映像すら配信されなかったのだ。
「すごい、……すごい、こんな世界があったなんて」
そのせいか、銀河ネットやシーズンに出回る電子書籍などで見た「雪」は、まだ見たことのないシェリルには珍しいことこの上なかった。
ここマクロス・フロンティアは、程良く自然と技術の共存がなされている。
自然を壊さず、かつ不便でない程度の必要な機器。最近は他船団からの移住も増えたようで、新興住宅ができあがった。
しかし、あえて開発地でない場所に住みたがる人間もいるし、たまにそういった趣向を楽しみたがる人間もいた。
シェリル・ノームは、後者である。そのために、一日単位で借りられる居住施設に滞在していた。
「遅れるぞ。行かなくて良いのか」
背中から声をかけてくる人物がいて、シェリルは振り向くこともせずに応えた。
「少しくらい、遅れたっていいじゃない。だって、こんなサービス滅多にないんでしょ?」
サービス、とは言うが、この天候は機械的に制御されたものではない。
自然が織りなす、昨日とは違う今日というヤツだ。予測可能ではあるものの、日々違う天候というのもまた、シェリルにとっては新鮮なものだった。
「深夜から大量に降ったそうだ。雪は慣れないと歩きづらいと聞いているが、車を使った方が良いのではないか」
「うるさいわよブレラ、こんな素敵な日に車なんて野暮な真似しないでちょうだい」
シェリルはようやっと振り向いて、釘を差す。ご丁寧に人差し指を突きつけて。
「了解した」
愛想のない返答にシェリルは、つまらない男ねと言いかけたが、この男――ブレラ・スターンは昔から変わらない。今さら愛想良くされても、気味が悪いというものだ。
ボディガードという名の監視役を務めるこの男は、銀河級アイドルを目の前にしても動じることのない心臓と、危険な事態にも対応しうるサイボーグの体を持っている。
生身の人間にうじゃうじゃとまとわりつかれるよりは、この男ひとりだけいてくれた方が助かる。シェリルも、そう納得していた。
「行くわよ」
シェリルは意を決して、目の前に広がる銀世界に足を踏み出した。
さすがにこの高いヒールでは無茶だろうか、とそっと足を下ろす。
サク、と音がしたようで、心臓が跳ねた。
雪とはこんな音がするのかと、そわそわと心臓が沸き上がる。まるで子供のようだと思いつつも、ここにはファンはいない、少しくらいはしゃいでみても誰にも文句は言われないだろう。
シェリルは転ばないようにゆっくりとしゃがみ込み、眼下の雪をじぃっと見下ろした。
ふわふわと頼りない雪が、積もると目に痛いほどの主張性を持っているのか。
「冷た……っ」
誰の足跡もついていないヴァージンスノウに触れてみる。
不思議な冷たさに手を引っ込めると、手のひらの跡がくっきりと残りっていた。
それが面白かったのか、シェリルはもう片方の手のひらで跡をつける。次はまた別の手で、繰り返し繰り返し、初めての跡をつけていった。
「見て見て、うさぎ。あっ、しっぽ忘れちゃった」
「かなりいびつな形に見えるが」
「しかたないでしょ、初めてだもの」
「……とてもアイドルの姿には見えんな」
雪を集めてうさぎの形を作ったらしいシェリルは満足気だった。
ブレラはそんな様子を背後で見守りながら、素直な気持ちを言葉にしてみる。雪にはしゃぐ彼女にそれが聞こえたかどうか、分からないけれど。
それでも、仕事に就く時間は刻々と迫っている。いつまでも雪と戯れさせているわけにはいかないと、仕方なく口を開いた。
「歩くつもりなら、もう移動しなければ間に合わないぞ、フェアリー9」
ぺしゃっ。
途端、ぶつけられたものがある。いびつに固められた、雪の固まり。
「コードネームで呼ばないで。あたしはシェリル・ノームなのよ」
あからさまに不機嫌な顔をした、銀河級アイドルが視線の先にいた。
「……申し訳ありません、シェリル様」
そこまで仕事内容に含まれていただろうかと思いつつも、機嫌を損ねさせて彼女のマネージャーに叱責を受けるのは自分だと、呼び直して申し訳程度に頭を下げた。
「ま、アンタに言っても仕方がないわね。でもランカちゃんの前では禁止よ」
「分かっている。ランカは貴様を慕っているようだからな」
憧れのアイドルが、実験材料にされていたなどと知る必要はない。ブレラは目を伏せて、大切な妹を想った。
「本当にランカちゃんのこと大好きなのね。羨ましい」
ふふ、と笑いながらシェリルは口にして、ハッと気がつく。誤解を受けかねない言葉だ。
「いっ、今のは別に、アンタに大事にされてるランカちゃんが羨ましいって意味じゃなくて、そう思える相手がいることが羨ましいって意味なんだからね!」
そうだ深い意味などない。頬をわずかに染めて降り仰いでみたが、
「慌てる意味が分からない。何か重要な解釈だったのか?」
返ってきたのは素っ気ない疑問。特に明確な答えを求めているわけでもなさそうな雰囲気に、シェリルはそっぽを向いた。
「なんでもないわよ」
本当に面倒な男ねと呟いて、シェリルは新雪の上に寝転んだ。冷えた感触が、間違ってあの男に向かっていく想いも冷ましてくれそうな気がして。
「……気持ちいいー……」
「服が濡れるぞ。着替える時間はないが」
「あたしの心配はないの?」
「貴様の健康管理など、俺の仕事ではない」
手を貸そうともしないのかと、不遜な男を見上げ、ちらちらと降ってきた雪に気がつく。体に、髪に、顔に降ってくる小さな白い物体が、やっぱり新鮮だった。
「綺麗」
「降雪機などいくらでも買えそうなものだがな」
「バカね、天然だからいいんじゃない」
人工で作るなんて味気ないわとシェリルは続け、そんなものかとブレラは空を見上げる。ブレラ自身も、実際に天然の雪に触れたのはこれが初めてだった。
「不思議……雪の方が降ってきてるのに、あたしが昇っていってるみたいに見える」
「……ああ、錯覚だが……不思議な視界だ」
賛同と取れる言葉を放ったブレラを珍しく思って、シェリルは起き上がる。わずかに積もっていた雪が、はらりと落ちた。
「アンタでもそんなこと思うのね。星空にも見えるけど、宇宙を飛んでいる時ってこんな感覚?」
「いや、…………考えたことはなかったが、おそらくこの雪の方が美しいのだろう」
「ふぅん」
まだ雪という物に触れていたいけれど、彼が言ったように仕事に向かわなければならない。さっさと済ませて終えれば、また触れられるだろうかと、シェリルはゆっくり立ち上がった。
「もういいわ、行きましょ。グレイスに怒られちゃうもの」
「最初から素直にそうしてくれ。……動くな、フェアリー9」
「なっ、なによ」
護衛対象を置いて行きかけたブレラが、立ち止まって振り返ってくる。まっすぐに向かってくる視線に驚いて、シェリルは体を強ばらせた。
伸びてくる、指先。
頬に触れたそれは、雪よりは温かいように感じられた。
頬を包んだ手に上向かされて、ドクンと心臓が鳴る。
視線をそらしたいのにそうできないのは、いったいなぜだというのか。
「ブ、ブレ……」
「――雪がまだ、残っていたぞ」
指先は目の下と睫毛に触れて、それだけで離れていく。
カアッと上がった頬の熱を隠したくて、シェリルはそこにしゃがみ込んでしまった。
――――キ……スされるのかと思ったじゃない! バカ、バカバカ!!
吐き出す息さえ熱を持っているように思えて、恥ずかしさで顔を上げていられない。
――――このあたしが、シェリル・ノームが、こんなヤツに動揺してどうすんのよ!
じゅわああと音さえ聞こえそうな発熱。息を止めても目を強く閉じてもどうにもならなくて、そんなことをしている内にさらなる衝撃。
「あまり手間をかけさせてくれるな、フェアリー9」
「きゃあっ、ちょっ……だからコードネームで呼ばないでって言ったでしょ! 下ろしなさいよ!」
「この方が早い。掴まっていろ」
「ちょっと、ブレラ……!」
抱き上げられて、抗議をしている間に浮遊感を覚える。確かに彼の跳躍で建物の上を飛んで行った方が早いかも知れない。
が、この心臓の音はどうしてやればいいのか!
「掴まっていろと言っている」
「う、うるさいわね掴まってるでしょ! 落としたりしたら承知しないんだから!」
「了解した。最短コースで移動する」
ここまで来てしまったらもはや何を言ってもどうにもならない。
シェリルは、仕方なく、そうする他になく、とりあえず、首に両腕を回してしがみついてみた。
心臓は相変わらずうるさかったけれど、しがみついてもそうしなくても同じならと、そう思ってのことだった。
――――意味なんかないわよ、そうよ、こんな男、好きでも何でもないんだからね。
困ったように、笑いながら。
#ブレシェリ #ツンデレ #映画ネタ
恋する時間割
「ミシェル先生ー」
後ろから名を呼ばれ、ミハエル・ブランは立ち止まって振り返った。
廊下には自分の教室へ向かっていく生徒たちでいっぱいだったが、自分を目指してパタパタと駆けてきた生徒は一目で分かる。
「おう、どうした?」
「あのね、さっきの授業で分からないところがあったから、今のうちに訊いとこうと思って」
追いかけてきたの、と少し頬を赤らめながら笑う女生徒のそれが、走ったせいでの赤らみではないことも。
「熱心だな。他の教科もそれくらい熱心なら、ワンランク上の学校も行けるかも知れないぞ? で、どこだって?」
いつもこうして、授業の合間に訊ねられては、顔や動向くらい把握できる。
受け持っている生徒にはやはり好かれたいが、あまり変な期待を持たせないようにしないとと思うくらいには、好意というものに敏感だった。
「あのね、ここなの、値の求め方が分からなくて」
「あっ、ずるい、先生私も分かんないとこある!」
「ミシェル先生、次あたしね!」
そうして、一人寄ってくれば二人、三人と増えていくのにも、もう随分慣れてきた。
授業中に訊いてくれよと思わないでもなかったが、これも生徒との大事なコミュニケーション。ミハエルは眼鏡を押し上げて、女生徒たちの指し示すテキストを順番に解説していった。
「そこは先週教えたぞ、応用出るから覚えとけって言ったはずだけど」
ただ答えを示すのではなく、解く糸口を告げてやる。あとは生徒の仕事だ。
ヒントを与えられた生徒はデータを弾き出して正しい回答を導き出し、正解だと褒められてやったあと飛び跳ねる。のぞき込んでいる他の少女たちも、ああそういうことなのねと納得したように頷き合っていた。
「そうだ、週明けに小テストやるからな。ちゃんと勉強しろよ」
自分の疑問点を明快に示してくれた教師に、女生徒たちははぁーいと返事をする。
まあテストというのはあまり嬉しくないけれど、良い点を取ったらきっと褒めてくれるはずだ。そんな淡い期待を抱きながら、ミハエルに礼を告げてパタパタと教室へ駆けていった。
「はーやれやれ、毎度毎度、可愛らしいね」
肩を竦めて独り言を呟きながら教員室へ向かう。
――――まァ、あいつには敵わないけど。
早くたまった仕事を片付けて、いつも通りにあそこへ行こう。
今日はどんな顔をして迎えてくれるのか、最近はそればかりが楽しみになっていた。
ミハエルは、足早に廊下を歩く。生徒には走るなよと言っている手前、自分が全力疾走するわけにもいかず、こんな時ばかりは注意する側から注意される側になりたいもんだと思うのだ。
もうすぐ陽の暮れる図書室には、すでに誰もいない。この静かな空間が、ミハエルはとても好きだった。
喧噪から解放されるということもあったが、何よりも嬉しいのは、
「またそれ読んでんの?」
「うわあっ!!」
窓際のテーブルについて熱心に本を読みふける少年の後ろから声をかける。と、まるで幽霊にでもあったような声を出されてしまい、ミハエルの方こそが驚いてしまった。
「おっ、驚かすなミシェル!」
少年は振り向いて、当然の抗議を投げつけた。
そう、ミハエルが急いでここに来るのは、待っている人がいるから。天涯孤独の身であるミハエルに取っては、それが何よりも嬉しい。
こんなやりとりも幸せだなあと思いつつ、少し目を細めて彼の額を指先でつつく。
「こーら、学校では“ミシェル先生”だろう、アルト」
そう、彼は生徒で、ミハエルは教師だ。上下関係は当然あって、目上であるはず。
彼は気がついてハッと息を呑むも、すぐに眉を寄せた。
「だったらそっちこそ、早乙女って呼べよっ」
ミハエルだってアルトと呼んだ。お互い様じゃないかと視線だけで訴える。その仕種が妙に可愛らしくて、ミハエルは思わず笑ってしまった。
それが彼――早乙女アルトには気にくわなかったらしく、責めるように名を呼ばれる。
「ミシェル!」
「ごめんごめん、じゃあ今日はもうルールなしで。ほら、帰ろうアルト。本戻しておいで」
「……ん」
素直に謝ったら、どう返していいのか分からなかったらしく、アルトはふいとそっぽを向いてしまう。その照れくさそうな表情がまた、心臓をくすぐるのだと、彼は気づいていないのだろうか。
「遅くなっちまって悪かったな。まーた女の子たちに捕まっちゃって」
生徒もほとんど下校した今、玄関までの道のりもふたりっきり。だけどもしかしたら誰か残っているかも知れないし、手もつなげない。
――つまりは、誰もいなければ手をつなぐような関係である。
そういえばどちらが好きだの何だの言い出したのだっけと思う時もあるが、大切なのはそこではない。ミハエルがアルトを大好きで、アルトもミハエルを大好きだという事実があればそれでいい。
「ミシェルはいつもそういう言い方するけど、それって俺が妬くと思ってやってんのか?」
「え、いや、まあ……妬いてくんないの?」
アルトが少し低い目線から見上げてくる。別にそういうつもりがないわけじゃないような気もするけどどうだろう、とミハエルが心の中で考えているうちに、アルトからのため息が聞こえてきた。
「お前いつだって女に囲まれてるじゃないか。そんなのいちいち妬いてたら、こっちの身がもたないんだよ」
「あー、まあそれは否定しないけど。浮気しないかなーとか、思わない?」
浮気? とアルトが振り向く。
さすがに動揺したのだろうかと思って立ち止まってやったら、ぷほっと小さく噴き出された。
「なに笑って……――」
くんっとネクタイが引かれ、体が前のめったと思った時には、口唇が合わさっていた。
「浮気なんかする暇ないだろ、ミシェル」
離れた口唇の小さな微笑みが、ミハエルに目を瞬かせる。こんなところで大胆だなと思うが、アルトからのキスは大歓迎。
ミハエルも口の端を上げて、ちゅっと小さなキスを返した。
「そうだな、今日もウチ来いよアルト。朝まで抱いててやるからさ」
浮気する暇ないくらい、と耳元に囁いて、ふたりでぴっとりくっつきながら家路をたどる。
誰にも秘密の時間割は、そうやって続いていくのだ。
#ミハアル #ラブラブ #学パロ
うん。~恋に落ちたら~-008-
アルトは最後の文字を入力しようとして、躊躇うように目を瞬く。こんなメールを送信したら、その後どうなるだろうか。いや、結末は見えているはずだ。
――――やっぱり送れない。お前が好きだ……なんて。
アルトは本文を破棄してディスプレイを閉じ、はあーと長く息を吐いてうなだれた。
ミハエルが好きだということに気がついてはや数週間。言わない方がいいと思っていた。今でもそう思っている。
だけど今日、あふれそううになってしまった。厳重に鍵をかけているはずのハコから、ぶわあっと噴出してしまいそうだった。
――――言っても仕方ないのに。アイツが応えてくれるはずがねえ……。
ミハエルの顔を思い浮かべて火照った頬を鎮めるように、組んだ腕に埋める。この想いに気がついてからというもの、大変な日々を送っている。
目で追いかけすぎないように、友人以上の笑顔を向けないように、周りの女生徒に嫉妬しすぎないように、うっかり言ってしまわないように、細心の注意を払ってきたつもり。
――――言ったらそこで、終わるんだ。絶対に言ったら……駄目なのに。
いつまで我慢できるだろう、この膨らんでしまった想いを、いつまで閉じこめていられるだろう。
アルトは、ふと力なく笑った。ミハエルを好きになることなんて絶対にないと言っていたのに、人の心は分からないもんだと。
あの時もう、冗談めかして言ってしまえばよかった。
惚れてる、と。
そうしたら彼は、きっとつまらなそうな顔をして言うのだろう。からかいがいのないヤツだと。
そうしてずっと、友人同士の距離を保って過ごしていくはずだ。
悩んで悩んで、アルトが送ったメールは、
【うん。】
すぐにミハエルから返信が来た。
【話繋がってねーよ、ちゃんと読んでる?】
やっぱり分かんないよなあとアルトは笑った。
小さなイエスは伝わらなくていい。自分だけが知っていれば、それでいいのだ。
【あー悪い悪い、作り方な。そんなに食いたかったらいつでも来いって言ってんのに】
【そっちじゃなくて、この間行った店の名前! 職場の同僚に聞かれたけど覚えてなくて】
【ごめん見てなかった】
【アルトどうしたんだ? 今日のお前、やっぱりちょっとオカシイぞ】
声を聞いたわけでも、姿を見たわけでもないのに、どうしてそう思うのだろう。自分でも気がつかないうちに、そんな文面になってしまっているのだろうか? それとも、それだけ彼が自分をみていてくれたということだろうか?
じわりと涙が浮き上がってきて、アルトは目を閉じる。
深呼吸を繰り返して、吐く息とともにミハエルへの想いを吐き出した。
――――傍にいられるなら、我慢してみせる。
この想いを叶えるよりも、傍にいることの方が余程大切だと、受信したメールを読み返す。以前よりずっと近くなった距離、増えたメール、共に過ごす時間。
しかし、失敗したと感じる。メールを見てしまえば、顔を思い出してしまう。顔を思い出せば、声が聞きたくなる。直接逢って話したくなる。
だけど逢ってしまったら、抑えられなくなってしまう。その未来が手に取るように分かるのだ。
――――言ったら駄目なのに、なんでお前は俺の決心を鈍らせるんだ……。
告げてしまったら、こんな風にメールをすることもなくなってしまうんだ、と何度も何度も言い聞かせる。言い聞かせたのに、アルトの指先はいつの間にか発信ボタンを押してしまっていた。
ミハエルのナンバーにコールしてしまったと気づいた時には、受話器の向こうから彼の声が聞こえて、心臓がはねる。
『アルト? どうしたんだ』
「あぁ……悪い、たいしたことじゃないんだけど」
応答の前に切ってしまうことだってできたのに、指先は正直だった。アルトは苦笑を漏らし、不自然でない声音でミハエルに応えた。
『大したことがなくておまえが電話なんてしてくるかよ。いいから話せ、今さら遠慮もないだろ』
耳元で聞こえるミハエルの真剣な声に、泣きたくなる。思い返してみればそんなに長くを共にしたわけでもないのに、伝わってしまうくらい近くにいたのだろうか。
――――声、聞きたかったんだ……。
『アルト?』
「どうすればいいか……俺なりに考えてはみたんだけど、もう、答えが見つからなくて」
極力、深刻になりすぎないように声を操ったつもりだが、聡いあの男なら、なにか感づいてしまうかもしれない。アルトは、ゆっくりと息を吐き出した。
『どうした』
「……好きだって言われたら、お前ならどうするのかなって思ったんだ」
嘘をつくのは上手くない。舞台の上で演じることとと、日常で嘘をつくことは、まったく別のものだった。
結局話題らしい話題を見つけられなくて、状況を濁して伝える。
『……あぁ、誰かに告らえたのか? 勇気あるよなあ』
短い言葉で理解してくれるミハエルにホッとして、愉快そうな声音に変わったことには苦笑した。
「お前は誰にも本気にならないんだっけ?」
『まァ、それを覆すような子がいたら話は別だけどな。前も言ったけど、思わせぶりな態度で傷つけたりすんなよアルト。女の子ってのは傷つきやすいんだぜ』
アルトではそれを覆すことはできないのだろうかと考えて、できるはずもないのにとこっそり笑った。
『今日告られたのか? お前今日そんなことちっとも言ってなかったじゃないか』
「女じゃなくて。……顔も名前も知らないヤローだったから、相談してもいいのかどうか分からなかったんだ」
『あー、そりゃちょっと…………男ォ!? いや、まあ、アルトなら、分からんでも……ないけど』
でもなあ……と口ごもるミハエルが珍しくて、回答云々を別にしてアルトは笑ってしまった。いつだって明快な答えを返してくるのに、戸惑っているのかと。
『誰だか知らないけど、アルトの相手になるようなヤツじゃないんじゃないか? お前がつきあいたいなら別だが』
同性だからというだけで、その想いを否定するつもりはない。だいたいミハエルだって、褒められた女性関係ではないのだ。
「……うん」
『なにその間の抜けた答え。アルトはいいのか? そんな、名前も知らないようなヤツと恋人になるとか』
アルトは少しだけ目を伏せる。実際は告白なんてされていない、全部作り話だ。ミハエルの声を聞きたがって作り出した、イツワリだ。
「もし俺がOKしたら、お前怒る?」
相手がミハエルだったら、一も二もなくOKしているのに、と来ないだろう未来を描いて苦笑する。
せめて、そんなヤツやめておけと罵ってくれないだろうか。俺が幸せにしてやるよなんて言ってくれるはずもないのだから、せめてもう少し幸せになれそうな相手を選べと、気遣ってくれないだろうか。
――――お前が俺の幸せを願ってくれるなら、それでいいかな。
小さな幸福だ、だから、どうか。
『無理だろ、だってお前が惚れてんの俺じゃん。俺に未練残したまま他のヤツとって、お前そこまで器用じゃない』
アルトは目を見開く。ハハハと笑い混じりに聞こえてきた答えに、肯定を返してしまおうかと思った。
だけど、これはいつものジョークだ。本気にしたら泣きを見るのは絶対にこちらの方。
「……惚れてねえよ」
『そう?』
予定調和、といったところだろう。ミハエルにとっては。本当の心は、アルトの中にだけあればいい。
『なんて返せばいいか分かんないっていうなら、俺が返しといてやろうか。アルトとオツキアイしたいなら、まず親友である俺を通せってさ』
「保護者かお前は。親友って、そこまで首突っ込むもんなのか?」
ジョークには、同じノリで返す。アルトは無理矢理笑って、本当にそんな独占欲が彼にあればいいのにと考えた。
『首突っ込みたくもなるだろ、仮にも初恋の相手だぞ』
ツキンと、心臓に痛みが走る。何でもないことのように話すミハエルを、初めて憎らしく思う。いつの話をしているのだ、なぜ終わった恋を持ち出すのだと。
「……っんなんだったら、俺のアルトに手ぇ出すな、くらい言ったらどうだよ」
泣き出したい衝動を抑えながら、軽口で返したつもりだった。彼ならきっと、笑ってイイネなんて言ってくると思っていたのに。
『アルト? お前泣いてないか?』
返ってきた言葉は、予想しても望んでもいなかったものだった。
「な、泣いてねえよ」
『本当に? そういえばお前、風邪薬ちゃんと飲んだのか? 今日授業中おかしかったろ、油断すると痛い目見るぞ』
ハッとして、そしてホッとした。気づかれたわけではないのだ。ほんの僅かな声音の変調を見破るのはさすがといったところだが、心の変化までは分からなかったらしい。
学校で様子がおかしかったのを体調のせいだと誤解して、そのせいで声が変わったと思ったのだろう。
「……かなわないな、お前には」
『熱、あるんだろ。なんかそういう時って心細くならないか? 加えてお前ひとり暮らしだろ、らしくなく弱気になったりしてさ』
ああ、とアルトは頷いておく。心細くて弱気になっているのは本当だ。この想いは宙に浮いたままでたどり着く先がない。
『そういう時って、誰かの声が聞きたくなる』
「お見通しかよ、くそ……」
いつだって声を聞いていたい。話を合わせながらも、アルトは受話器越しに聞こえてくるミハエルの声に神経を集中させた。
『薬飲んだからって安心してないで、ちゃんと栄養と……まあこれは俺よりお前の方がしっかりしてるからいいとして、水分ちゃんと取ってゆっくり眠れよ』
「……うん、ごめん……ミシェル、ありがとう」
するりと口をついて出る、謝罪と感謝。以前のアルトだったら、絶対に出てこなかったものだ。面食らったのか、ミハエルからの応答が一瞬送れたように感じる。
『あ、明日も具合悪いようだったら、休んだ方がいいぞ』
「ん……」
ひとしずく、頬を伝う涙。
想いを伝えられなくて悔しいと思ったのか、それともこんなに近くで声を聞けることを幸福に思ったのか、そのどちらもなのかもっと別の感情なのか、アルトには自分に説明ができなかった。
ただ、
「ミシェル……」
『……ん?』
「ありがとう」
この想いが変わることはないのだと、根拠のない自信が全身を包み込んでいる。
「ごめんなこんな時間に、電話なんて」
『いや、気にすんなよ。親友だろ』
電話の向こうから、ミハエルの優しい声が返ってくる。牽制のようにも聞こえてしまって、アルトは苦笑した。
「じゃあ、またな、おやすみ」
『おやすみアルト、良い夢を』
ツーツーツーと通話の切れた音がするけど、もったいなくて終話ボタンを押せなかった。
良い夢をと祈ってくれたミハエルが、本当に本当に愛しい。いつか笑い話になったとき、彼に言ってやれたらいいと、アルトは幸せな気持ちで眠りについた。
【なあアルト、ときどきメールに書いてる"うん。"って何なの?】
【内緒】
【なんだよ、呪文か? 呪ってんじゃないだろうな】
【心当たりがあんのか。色男はツライな】
【あるか、バーカ】
アルトは笑って、おやすみのメールを打つ。もうだいぶ気持ちが安定してきた。
彼があの言葉の意味に気づくのはいつだろうと、楽しみになるくらいには。
早く明日になるといい。明日も逢いたい。逢って声を聞いていたい。アルトと呼ぶ、あの声を。
そう思えば、アルトはいつでも幸福な気持ちで眠ることができるのだ――――。
なあそろそろ惚れた?――――うん。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
うん。~恋に落ちたら~-007-
【今日の総合教養、すっげえ眠かった】
【ハハ、俺技術だったからまだマシだった】
【次は化学だったよな】
【ああ、実験だって聞いたぜ】
そういえばそんなようなことを聞いた覚えもある。どちらにしろテキストデータを取りに教室へ戻らなければと思ったところで、アルトは初めて、実験に必要な白衣を忘れてきたことに気がつく。
がくりとうなだれて、さあ誰に借りようかと思案して、先に返信をしておこうと作業を再開した。
【白衣持ってくんの忘れた。どっかから借りてくるから、先に行っててくれ】
はあーと長いため息をつく。しかしこれといって親しい友人が他にいるわけでもなく、借りるのも一苦労かと思われた。
ブルルと携帯電話が震える。差出人は確認する必要もない、ミハエル・ブラン。
【替え持ってるぞ? 貸してやるからあと十秒で教室戻れ】
アルトはぱちぱちと目を瞬いて、廊下を駆けていく。途中教師に走るなと怒られたような気もするが、アルトの耳には届いていなかった。
「十秒はねえだろ!」
「文句言える立場か」
教室に戻るなり、アルトはつかつかとミハエルに歩み寄り、不満を訴える。授業を受けてた教室が近かったからいいようなものの、校舎が違っていたらまず無理だ。
「ほら、白衣。ったく手の焼けるお姫さんだな。目を離してらんないぜ」
ぽふんと実験用白衣を押しつけられる。アルトは礼を言うより先に頬を赤らめた。
今のアルトにとって、ミハエルの放つすべての言葉が殺し文句になってしまう。
「姫、どうした?」
「なっ、何でもねえ、サンキュ」
気づかれないうちにとアルトは踵を返す。できるだけいつも通りにしたはずだったが、
「ははん、さては俺の優しさにとうとう惚れたろ?」
「――――それはない」
ミハエル・ブランという男は、いったい何をどこまで見透かしているのだろう。いつものように否定は返してやったけど、本当は気づかれているのではないかと思ってしまう。
「ひーめー、そんな急がなくてもまだ時間あるぜー?」
「十秒で来させといて、よく言う」
「ほんとに十秒でくるとは思わなかったんだけど」
ふん、とアルトは鼻を鳴らしてさくさくとミハエルの数歩前を歩く。傍になんかいたりしたら、心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。気がつかれてはいけない想いを、あの男ならめざとく察知してしまうかもしれない。
――――もっと近くにいたいけど、傍にいたいから近くにいたらいけないんだ……!
そうだ、抑えなければいけない想いだってあるのだと、アルトはきつく目を閉じた。
その日の実験は、いくつかのグループに分かれてのものだった。残念ながらミハエルとは別々になってしまったけれど、考えてみたらそれでよかったかもしれない。
一緒のグループであってみろ、実験に集中なんかできやしないに決まっている。
いや、別々のグループに分かれてさえ、集中なんてできやしなかった。
――――格好いい、な……。
気づかれないようにそっと横目で恋しい人を見やる。
周りの女子たちが騒ぐのも頷けると、アルトは口に出さずに考えた。
ただでさえ女性にウケのよさそうな顔立ちをしている上に、ひとつひとつの仕種が目を引いてしまう。眼鏡の奥のあの瞳に見つめられたら、心臓は跳ね上がってしまうだろう。
あんまりに長く見つめすぎたのか、アルトの視線に気がついたミハエルが顔を上げてこちらを向いてしまう。
アルトは心臓が飛び出るほど驚いて、パッと正面に向き直った。
――――バッ、バカ目ぇ逸らすことなんてなかったのに!
不審がられていないだろうかと目をぎゅっと瞑って、座った膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。当然ながら、実験の内容なんて頭にも視界にも入っていない。
「アルト、大丈夫か?」
「……っ!?」
次の瞬間頬に触れてきた誰かの手の甲に、ヒッと息を飲んだ。バッと振り仰いだら、神妙な面持ちのミハエルがいて、目を瞬く。
「ミハエル……?」
「顔赤い。熱はないみたいだけど」
ミハエルの指が、頬に触れる。そうすることで体温を確認したのか、熱はないと知ってホッとしたように見えた。
「だ、大丈夫だ、そういうんじゃないから」
「……まァ、いいけど。関係ないし。体調管理くらい、自分でしろよな」
「平気だって言ってんだろ」
ふん、と疑わしげに目を細めながらも、無理をするなと付け加えてくれるミハエルに、震える口許を見られたくなくて片手で覆う。
――――ああ、あぁダメだ、ホント駄目だ俺、こいつのことすげえ好きだ……!
告げて何か返ってくる想いなら、今ここで叫んでいただろう。人目も気にせず、お前を見ていたんだと。
「なんだよ早乙女、お前体調悪かったのか? そういやさっきから全然実験に参加してねえけど」
「あ、違う違う、だいじょう……って!」
同じグループのメンバーに声をかけられて、アルトはハッとしてぶんぶんと手を振る中、ぺしんと後頭部をはたかれる。
少しの痛みを訴えた箇所を押さえながら振り向くと、そこにはもう背を向けているミハエルがいた。
心配させんな、とその背中が言っているように見えるのは、きっとアルトの都合の良い解釈だろう。
アルトは正面に向き直って、終了間際の実験にようやく参加する。だがもちろん、アルトの思考を占領しているのはただひとつ、ミハエルへの想いだけだった。
――――あんな一瞬のうちに……俺のこと気がついてくれた……。
目を逸らしてしまったことを怒るのではなく、何事かあったのだと心配してくれる彼を、心の底から恋しく思う。
恋とはこんなものなのかと、かきむしりたくなるほどくすぐったい心臓を押さえて、アルトは口許をゆるめた。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
うん。~恋に落ちたら~-006-
女形をやっていたことはこの学園中の人間が知っているだろうが、どんな風に演じていたかを語れる人間はおそらく片手ほどだろう。
「だからって今どうこうじゃないんだけどさ、あんな気持ちになることはもうこの先ないんだろうな」
男を……いや、見ている人間のすべてを舞台の世界に引きずり込めたら、それは役者冥利に尽きる。すでに舞台を降りたアルトだが、いや、降りた今だからこそ分かるのだ。
恋い慕わせてこそ、女形であった。
「舞台の上のお前、本当に綺麗だったなあ……」
世辞も偽りもなく、ただ純粋にそう思っていたミハエルの声が、風に乗ってアルトの耳に運ばれてくる。
アルトは、さっきとは別の意味で泣きたくなってくる。
ミハエルが目を閉じていてくれてよかったと、心から思う。こんな顔は見られたくない。
「……バカじゃねえの、ホント……惚れてたの、お前の方じゃねーか」
「だからさぁ。俺だけ片想いしてたの不公平だし、アルトが俺のこと好きになったらおあいこかなーって」
「勝手に俺を巻き込むなって……」
声が震えないように、必死でこらえた。
嬉しい。
嬉しい。そんな風にしか言葉にできない自分が悔しい。コンプレックスでしかなかった女の部分を、こんな風になんでもないように口にしてくれる人は、この銀河でたったひとり、この男だけかもしれない。
「だからあんまり昔のこと卑下すんなよな。俺は女形・早乙女有人の大ファンなんだぜ」
「言ってろ、バーカ」
本当に、目を閉じていてくれてよかった。気づいてしまったこの心を隠す術を、まだ持ってはいなかったから。
「アルトー、三十分経ったら起こしてー」
眠そうな声を聞いて、アルトはようやく目許を拭う。
たとえ今見咎められても、目をこすっていたのは自分も眠いからだと言い訳できる。
「知るか、てめーなんか」
昔の自分に嫉妬するなんて、笑えばいいのか泣けばいいのか分からずに、アルトはいつものように憎まれ口で返した。
そよそよと風が流れていく。さらさらと髪が頬に触れていく。ふわふわとくすぐったい想いが、口許をかすめていった。
「これが……そうなのか」
まったく不可解である。そんな気が一ミリもない時には本当に違うのだと否定したくすぶりが、気がついてしまえばまったく別物になってしまう。
恋だとは思っていなかった。
恋になってしまった。
アルトは隣で惰眠をむさぼる親友へと視線を移し、額をくすぐっている前髪を指先で払う。触れたそこから、伝わってしまえばいいと思った。
――――好きだ、ミハエル。
知らず、口許が緩む。すんなりと受け入れてしまえる、初めての気持ち。ミハエルもこんな気持ちを感じてくれていたのだろうか。舞台の上の有人に。
アルトは腰の後ろに両手をつき、空を見上げた。
舞台を降りたら親友を手に入れた。
舞台を降りたから恋人を手に入れ損ねた。
それでも出逢えた、空と、ミハエル・ブラン。
「うん……悪くないな……」
こんな気持ちは、きっと悪いものではない。彼を恋しいと思う気持ちも、昔の自分を憎らしく思う気持ちも、そんな自分がバカらしいほど滑稽に見える視点も、手を伸ばせば届く、こんな距離も。
「……悪くないな……」
アルトは呟いて、風の音に耳を傾けた。
【最近返信遅くないか?】
【そうか? 別にいいだろ、大事なもんじゃなきゃ】
アルトは、めいっぱい悩んで何度も書き直してやっと送信した。変に思われてないといいと思いつつ、もうちょっと気の利いたことを返せばよかったと後悔するのだ。
アルトは送信し終わってから受信ボックスを開き、中のメールを一通一通確認していく。
つづられている内容は大したこともないのだが、アルトにとってはその一文字一文字さえが嬉しかった。
ミハエルが好き。
そう自分の気持ちを自覚してからというもの、以前とは違った意味で彼からのメールを心待ちにしている。学校で別れてからもこうして彼とつながりを持てるということが、特別みたいでこの上ない幸福だったのだ。
だがその反面、恐ろしくもある。ついうっかり入れてしまいそうになる、密やかな恋心。未だに訊ねてくる、【そろそろ惚れた?】に【もうずいぶん前に】と返してしまいそうで恐ろしい。
だから、当たり障りのない文章を返そうとして時間がかかってしまう。急を要する内容ではないが、申し訳なくなること数回。
「……って、待て。ミシェルも俺のメール待ってるってこと……いやいや絶対違う、アイツはなにも考えてないはずだ」
そう思うのに口許は緩んでしまう。
もっと気にしてほしい。気にかけてほしい。一日くらい返信をしないでおこうか。いやいや、そんなの自分の方が我慢できないに決まっている。
「なあミハエル、知ってんのかよお前。お前なんかに本気になって泣きを見そうなヤツがいるってこと」
アルトは布団の上で携帯電話を眺めた。メールを見ているだけで恋しくなってくる。平日は学校で顔を見られるのに、今日みたいな休日は逢えなくて本当に寂しい。
早く明日にならないかなと、アルトは熱い息を吐き出した。
【俺の返信が遅いと怒るくせにな。まったくわがままなお姫様だよ】
【姫って言うの禁止。もう寝る、おやすみ】
アルトは少し残念そうに、最後の四文字を打ち込んで送信する。本当ならもっと続けていたいが、時には抑えなければいけない想いもある。いや、アルトにとってはいつでもどんなときでも抑えなければいけない想いだ。
叶うはずがない。
それだけではない、この気持ちを知られてしまったら、ミハエルはもう今までのように接してくれない。
【俺を追い抜けたらやめてやる。おやすみお姫様、明日寝坊すんなよ】
こんな風に、冗談混じりの優しいメールが返ってくることもなくなる。だからこの想いは、秘めていなければならないのだ。
それが分かっているから、好きになることなんてないと思っていた。思わせぶりな態度をとるのはよくないと指摘してきた彼が、この想いを知って変わらないでいてくれることなんかない。
好きになることなんてないと思っていた。
だけど、好きにならなければよかったとは思っていない。
目尻を通る熱い滴を拭って、アルトは明日というミハエルに逢える日を迎えるための眠りについた。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
うん。~恋に落ちたら~-005-
その日から、ミハエルとアルトのメールは日課のようになっていた。
今日は朝飛びに行くのか。昼飯は屋上で食うか。美味しそうなカフェ見つけたんだけど。そういえば明日技術試験だけど、負けないからな。エトセトラ。
学校でもイヤというほど顔を合わせるのに、なぜこうもメールが続くのだろうか。しかも、以前はフライトのことしかなかった話題が、今では日常の他愛もない話題に切り替わっていた。
携帯電話が震えるのを感じて、アルトはそっとポケットに手を忍ばせて取り出す。メールの差出人は見なくても分かって、もう慣れた手つきで開いた。
【今日、メシ屋上な】
アルトはそれに、分かったとだけ返す。
いつもなら教室さえ同じだが、今は選択授業で離れている。
約束をしたわけでもないのに、いつも一緒にいるからか、成り行きで一緒にランチをとることが多い。他のメンバーがいる時もあるが、たいていは二人きりだ。
ミハエルに言わせれば、なんで野郎の顔見ながら昼メシなんだ、ということらしいが、その割に光景は変わらない。
何か特別な話題があるわけではない。
たとえば昨日のテレビで誰が誰と結婚した、別れた、どこどこの船団でどんな事件が起きた、次のテストのスケジュール、まあそんなところだ。
だが、なにも話さなくても苦痛ではない。話題がないのであれば、ただそこにそうしているだけ。
正直な気持ちを言ってしまえば、ミハエルの隣にいるのは楽だった。彼はアルトを特別扱いしない。女形を演じていたことでたびたび話題には上るが、からかいという要素は含まれていなかった。
【アルト、今日も弁当?】
【いや、今日は購買行く。朝寝坊して作れなかったんだ】
【珍しいな。購買行くなら俺の分も買ってきてー。焼きそばパンがいいなー】
【何で俺が!】
【そっちの方が購買近いだろ。ドリンクくらいはオゴッてやるからさ】
授業はもちろん聞いている。が、合間にこんなメールをやりとりするのも、もはや日常茶飯事になっていた。メールボックスは以前と同じく、ミハエルでいっぱいになっていく。
【分かった、欲しいものメールしろ】
だけど以前に比べたら、ずいぶんと親密度は増した。短くても素っ気ないとは感じない。
ミハエルはその後すぐに食べたい物を羅列したメールを送ってきて、きっと最初から考えていたのだろうとアルトは苦笑した。
そして、スクロールした画面のいちばん下に、見慣れた文章。
【なあそろそろ惚れた?】
なんの脈絡もなく、しかし規則のように定期的に入っている文章だ。
またか、とアルトは目を細め、
【惚れてない。理由がない】
いつものように、そう返した。
そう、いつものように。
あの日からミハエルは、ことあるごとにこんな風に確認してくる。
本当に好きじゃないのか、まだ惚れていないのか、今日はときめいたりしたんじゃないのか、エトセトラ。
文面は違うものの、導き出すひとつの答えは明白だ。
――――なにが楽しくて、こんなん書くんだ、アイツ。
アルトの方もそれに対する反応は慣れたもので、否定は返してやる。
あの日、言ったはずだ。ミハエルのことを好きになんかならないと。万が一にでもそうなってしまった後のことを考えたら、好きにならない方が楽に過ごせる。
――――まるで洗脳でもしてるみたいだ。絶対に好きになんかならねーし。
アルトは携帯電話をポケットにしまい込んで、この心地よい距離が壊れてしまわないようにと祈った。
「いい天気」
「風もあるし、今日は過ごしやすいな」
購買で買ってきたものを全部腹に収めて、ふたりで空を見上げる。
こんな日は屋内で授業を受けるより、好きなだけ空を飛んでいたい。風をもっと深く感じるためにか、アルトは寝ころんで目を閉じた。
「アルトは本当に空が好きなんだな」
「こんなにハマり込むとは思わなかったけど……そうだな、今はいちばん好きなものだ」
「俺よりも?」
片手をついて体を支えるミハエルが、面白そうに訊ねてくる。よくも飽きないものだと、アルトは目を開けもせずに呟いた。
「もし好きになるならお前以外の誰かだよ」
「ふぅん? そんなこと言って、後で惚れてもしらないからな」
くっくっと喉をならすミハエルを、アルトはようやく目を開けて見上げた。本当にこの男の考えていることは分からない。
「お前は?」
この男が本音をさらけ出す相手は、果たして存在するのだろうか。こんなに近くにいてさえも、ミハエル・ブランはアルトにとって遠い存在のようだった。
「うん?」
「お前は誰か、好きなヤツがいるのか?」
なにを訊いているのだと、アルトは言ってから思う。ミハエルがたくさんの女性と噂になっているのは知っているし、その誰にも本気で接していないことは、学校の誰もが知っていることだった。
ミハエル・ブランに本気になったら、泣きを見るのは惚れた方だと。
だからそんな男に、本気の相手がいるとはとても思えない。
「いたよ」
ミハエルが、ごろりとアルトの隣に寝転がる。
「えっ?」
思いも寄らない肯定に、逆にアルトが跳ね起きた。まさかそう返されるとは思わず、次の句につなげられない。
まさか、遊び人で通っているこの男に、好きな、人が。
「……いた?」
――――過去形? ふられた? まさか、ミハエルが?
アルトは、過去形で伝えられた事実が導く答えをにわかには信じられなくて、目を見開いてミハエルを見下ろした。
「叶わなかったからな、初恋だし」
初めては叶わないって本当だったんだと、迷信を持ち出してミハエルが目を閉じる。
アルトは、なにをどう、どこまで訊ねていいものかと戸惑った。
こんな時、友人である自分はどうしてやればいいのだ?
訊かないでいてやった方がいいのか、訊いてやった方がいいのか。
痛む心臓を我慢して、アルトはふいと顔ごと視線を逸らした。
「だ、だから今……女とっかえひっかえつきあってんのか」
「人聞き悪いこと言うなよ、俺は彼女たちが望むようにしているだけさ」
責任転嫁はよくないぞと、あざ笑うように吐き捨てつつも、喉の奥の痛みをこらえる。
たとえ過去のことだとしても、ミハエルにもそんな風に想う人がいたのだと知って、ひとりだけ置いて行かれたような感覚に陥った。
「どんな……ひとだったんだ? お前のことだから年上なんだろう?」
もう午後の授業が始まっている。だけどアルトもももちろんミハエルも、それを気にする風ではなかった。ミハエルはこの際サボッてしまえと口に出さずに考えて、アルトはただ流されるままに風を頬に受ける。
「年上だって思った。すげえ綺麗だったんだぜ、この俺がらしくもなくさ、その人を見られるってだけでドキドキしてみたりな」
「……貴重な体験だろうな、そりゃ」
今ではそんなこと絶対にないんだろうと笑ってやった。ミハエルはそれに何も返さず、そっと目蓋を持ち上げてきた。
「話したこともないし、プレゼント贈ることもなかった。何せ初めてのことでどうしたらいいか分からなかったしなあ」
ハハハと笑うミハエルの声が、心臓に痛い。幼い頃の話なのだろうか、アルトは寂しくて悔しくて、どうしたらいいか分からなくなった。
その頃共にいられなかったことが、寂しくて悔しくて、ミハエルを振り向くことさえもうできない。
「でも、……今なら女の扱い方も上手くなっただろ。そんなに好きだったなら、逢って話せばいいじゃないか」
たとえば気持ちが薄れてしまったのだとしたら、そんな風に優しく語ったりはしないだろう。きっとミハエルは、今でもその人のことが好きに違いない。
友人としては、ここは応援してやるのが普通なんだろうなと、アルトは膝を抱えて呟いた。
「無理だな、だって……もう、いねえし」
諦めた口振りにアルトはハッとして口を押さえる。
――――亡くなったのか……。
その可能性を考えなかったことを悔やんで、眉を寄せた。
「悪い、辛いこと言わせて」
「あの姿はもう見られない。何をどう間違ったのか、空に恋いこがれて、親に殴られてまで芸の道捨てて、今は俺の隣で親友として居座ってやがる」
遮るように語られたミハエルの想い人。アルトはその姿を想像しようとして、一瞬頭の中が真っ白になった。
「……――――は!?」
思わず、振り向いてミハエルを凝視する。一点の曇りもない瞳が、眼鏡のレンズ越しに、こちらを見つめていた。
「初恋、お前だったんだ」
今だから言える笑い話だよと、ミハエルは長いため息をつく。それは深い諦めと、昔を懐かしむ色。
「お、れ……?」
「舞台見て、一目惚れしたんだけどな。話の筋も分かんないのに何回も舞台通ってた」
舞台の上の舞姫が男だと知った時は本当にショックで、一週間ほど寝込んだのだと付け加えられて、アルトの頬が染まった。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
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ひゅお、と風が舞う寒い日だった。こんな日に外に出かけようなんていう酔狂な者が、どれだけいるだろう。
さむ、とアルトは首を引っ込めて、できるだけ風の当たらないように試みてみる。だがそれも隙間から入ってくる風によって無駄なものとなってしまうのだが、本能的な仕草だった。
「なあアルト、手ぇつないでいい?」
隣からかけられる声に振り向くと、こちらに手を差し出してくる恋人の嬉しそうな顔。
この寒いのになんであんなに嬉しそうなんだ、マゾなのか、と思わないでもなかったが、アルトはふいとそっぽを向いて、
「外で手なんかつなげるかっ」
頬を染めながら拒んでみた。
「中ならいいのか? でもさーほら、寒いし」
揚げ足を取ってくる意地悪な恋人は、答えを聞き入れるつもりなんかなかったらしく、強引に手を取って握りしめてくる。
最初からそうするつもりなら、訊かなくたっていいんじゃないだろうか、とアルトは困ったように片眉を下げた。
「ミシェル、お前さっき手袋してなかったか?」
「気のせい」
「そんなわけあるか、バカ。どうでもいいから、離せよ」
そう言いつつも、つながれた手を自分からふりほどこうとはしていない。恋人ーーミハエル・ブランもそれを知っていて、さらに強く握りしめてきた。
「どうでもいいんなら、離さなくていいんだろ? もー、アルトは本当に素直じゃないんだからな」
「よけいな世話だよ」
何もかも見透かされているようでバツが悪い。
そうだ、こんなことを言ってはいても、特に手を離したいわけではない。学校も勤務もなく、ふたりっきりでいられる、こんな時には。
「それにしても、寒い。風がなければ、まだ暖かいのに」
「この間なんか、雪だったもんな。二月じゃあそりゃ寒いさ」
マフラーをしてくれば良かったと呟けば、俺が抱きついてれば寒くないだろと冗談か本気か分からない答えが返ってくる。そんな彼を無視して、イヤーマフをつけてくれば良かったと呟けば、耳たぶはむはむしてあげようかと本気くさい笑いが返ってくる。
お前は本当にバカだなと言ってやると、アルトが好きなだけだよとさらりと言ってのけられる。
しゅわあああと顔から火が出そうなほど恥ずかしくて俯いたら、案の定おかしそうな笑い声が聞こえてきた。
「お前なんか嫌いだっ」
「まったまたあ。アルトも俺のこと大好きだって、ちゃんと知ってるぜ」
「おめでたいヤツだな!」
だけど否定はできなかった。手をつなぐだけでも……こうして休日にふたりっきりで出かけることでさえ嬉しく思っているのだから。
「お、アルトアルト、あれ可愛い」
「え?」
何の目的もなしに街中を歩いていた途中、ミハエルが不意に立ち止まる。彼が指を指した方を視線で追ってみると、そこここに人だかり。
なんだろう? と注視してみると、天井からのつり下げやPOPなどですぐに判明する。
今日は、バレンタインデーだった。
「毎年毎年、凝ったチョコ出てくるよなー。買う方も大変だ」
「そうか、今日、だったっけ……」
アルトは少しだけ罪悪感に苛まれる。普段からこういったイベントには疎いほうだが、恋人同士になったのだから何か用意してやれば良かったと、今さらながらに思うのだ。
それでなくてもミハエルは、誕生日だのクリスマスだの、何かと記念にしたがるのに。
「なあ、ちょっと見ていかない?」
「はっ? って、あの売場をかっ?」
「そう、いつもさー、気になるんだよな。いつでも見られるもんじゃないじゃん」
ミハエルは、やはり答えを聞く気がないのか、手をつないだまますたすたとその特設された売場へ向かってしまう。
「え、お、おかしくないか? だってあれって、女の子があげるもんなんじゃ」
「アルト、今時そんなの古いぜ? まあ女の子から男へってのが通例だけど、女の子同士であげるとか、家族用とかだってあるんだから」
男なのにあんな可愛らしいディスプレイがされた売場に行けるかとアルトは抗議したが、ミハエルは聞き入れてくれなかった。
「最近じゃ男も買うんだって。彼女とかにさ」
さらに、アルトが聞いたこともない事実を突きつけてくる。そんなわけあるかと言ってやりたかったが、売場の方に目を向けてみれば、ミハエルの言ったとおり男性もちらほらといるようだ。さらにそれを別に不思議そうに眺めている女性も見当たらない。
「え、あ、そう……なのか。じゃあ、大丈夫……かな」
「ほら、行こう。アルトの場合は絶対に大丈夫だと思うし」
「ん? どういう意味だ?」
「ナイショ」
教えてくれない言葉の意味を探って、把握して、アルトはカアッと頬を染めた。
「お、俺が女みたいだってことかよ!」
「バカだなあもう、俺のアルトはいつでも可愛いってだけじゃないか」
「ものは言い様だな!」
ぺしぺしとミハエルの腕を叩いて抗議するが、ミハエルにしてみれば謂われのない八つ当たりのようにも思えた。さらさらとした綺麗な長い髪を、今日は珍しくおだんご付きのポニーテールにしていてとても可愛らしく、一見男性には見えないのだ。
アルトは表面上嫌がっているようだが、恋人がこんなに可愛くめかし込んでデートしてくれるのはとても嬉しかった。
「本当にいろんなのがあるんだな。目移りするんじゃない?」
「ミシェル、ミシェルこれ可愛い、あっ、でもあれも可愛い。なんか桃色の!」
「……目移りしまくりだな」
普段触れることのないディスプレイと、競うように並べられた様々なチョコレートは、アルトの視界をきらきらと彩って、胸がどきどきした。
「アルト、こっちは? クマさんみたいだぞ」
「わ、何これすげえー、なあミシェル、すごいな」
「そうだな、普段はこんなチョコ見ないもん」
棚やケースに並んだチョコレートを前にはしゃぐアルトを眺め、ミハエルは口許を際限なく緩める。想像以上の喜びようで、ミハエルの胸を満たしていった。
「どれか買ってあげようか、アルト。今日バレンタインだし」
「えっ……でも、俺なにも用意してないし」
「じゃあ、アルトも俺に買ってよ。それでいいじゃん」
大切な人に贈ることができれば、男も女も関係ないだろう。もともとバレンタインがこんな風にお祭り騒ぎになってしまったのは、企業の戦略なのだから。
「う、うん、じゃあ俺もお前に買う!」
ぱあっとアルトの表情が華やぎ、ミハエルは心臓を打ち抜かれたような気分に陥る。どうにかふらつくだけに留めておいて、どれがいいかなと品定めを開始した。
「ミシェル、これ何かお酒入ってるみたいだ。こういうの好きか?」
「お、いいねえ。あ、でもこっちのビターも美味そう。悩むよアルトー」
互いのためのものをふたりで買い求める、ということをしたことがないふたりは、新鮮な気持ちで売場を歩く。プレゼントと言えば、相手にナイショにして驚かせたいというのがあったが、こんな風に一緒に買うのもいいなあと初めて感じた。
「あ、アルトこれ可愛いよ。桜の味……味? ってどういう……あ、でもすごくいい匂いがする」
「どれ? あ、ホントだ。いいなーこれ。でも食べるのもったいない気がする」
「ハハハ、分かる分かる」
そんな風に他愛のない言葉を交わしながら、相手がいちばん喜ぶ物はなんだろうと考える。
可愛らしいものか、美味しそうなものか、普段手に入らない材料を使ったものか、量がたくさん入ったものか。
「アールトー、買えたー?」
「あ、ああ……なんとか。レジすごく並んでたけど」
そんな中でも、お互い相手に渡したい物を無事に購入できたようだ。あらかじめラッピングされたものだが、ミニバッグに入れてもらったことでさらに飾られていた。
「アルトは何買ったんだ?」
「あ、あの、コーヒー豆使ってあるとかってやつ、買ってみた。お前なら苦めのも平気かと思って」
大事そうに両手に抱えたミニバッグは、ミハエルに喜んでもらえたらと思って買い求めたもの。
どうだろう? と小首を傾げて見てみたら、嬉しそうに笑う彼がいた。
「嬉しい、アルト……ありがとう。俺はね、これ買っちゃった」
ミハエルは傍の棚を指す。指の先に視線を移したら、可愛らしいペンギンの形をしたチョコレートがディスプレイされていた。
「先月さ、水族館行っただろ。アルトってばものすごくペンギン気に入ってたみたいだから」
思わずね、とウインクなんかされる。先月のデートのことはまだ鮮明に思い起こされて。アルトはボッと頬を染めた。
そんなにはしゃいでたかなと困ったように眉を下げると、目の前に小さなペンギンを差し出された。
「ほら、さっき回ってるとき試食もらっちゃった。あげるよこれも」
「ちっちゃい……ヒナ? さんきゅ、ミシェル」
あやすような仕種は若干気にかかるけれど、それでも嬉しい。それは素直に受け取って、笑ってみせる。
「じゃあ、チョコは交換な。愛してるよアルト」
「……バッ、バカ、こんなとこでキスするヤツがあるか! 油断も隙もねえ……っ」
アルトは頬を押さえてバッと飛び退く。いくら頬とはいっても、人の目があるだろうと抗議したアルトにミハエルは、大丈夫だよと笑いながら返した。
「だって、みんなチョコ買うのに必死だし。ね?」
「……ね、じゃねえ。もう、行くぞ」
「ああ、こら手をつながないと行かせないからなー」
強引に手をつながれたけれど、嬉しくて頬を染めたアルトはもう、何も言い返せやしなかった。
#ミハアル #ラブラブ #バレンタイン