No.224

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祭りの鼓動

NOVEL,銀魂,高桂 2016.07.29

#両想い

 縁日の太鼓が、どこからともなく聞こえてくる。納涼祭と称された、馬鹿騒ぎだ。 どちらがかわいいだろう…

NOVEL,銀魂,高桂

祭りの鼓動



 縁日の太鼓が、どこからともなく聞こえてくる。納涼祭と称された、馬鹿騒ぎだ。
 どちらがかわいいだろうか、と桂はしゃがみ込んでじっと眺める。右のは手の位置が絶妙だし、左のは目のほんの少しのゆがみがたまらない。しかし二つも買うつもりはないし、どちらかに決めたい。
 
「うーむ……なあ店主、どちらの方がいいだろうか」
 
 悩みに悩んで店主に訊いてみるも、そんなのどっちも変わりゃしないよと素っ気ない答えが返ってくる。
 実際、どれだけも変わらないだろう。いや、どこか違うのかと訊き返される確率の方が高い。
 迷って、迷って、桂は右手に持っていたものをそっと戻す。
 その、瞬間。
 
「なんだいお前さん、そんなものが欲しいのかい」
 
 背後から、突然の声。
 
「なっ……」
 
 桂は思わずその声を振り仰いだ。
 
「た、高杉……っ」
 
 大きな声を上げそうになったが、どうにか途中で音を抑える。なにしろそこにいたのは、幕府に追われる身である高杉晋助だったのだから。大きな声でも出して不審がられ、真選組でも呼ばれたら桂の身も危うくなる。
 
「な、んで」
「祭があるって聞いてな。で、そんなもので悩んでたのかい」
 
 高杉が上から覗き込んでくる。あからさまに不審そうな瞳は、桂の悩みどころが分からないせいだろう。
 桂は言葉を詰まらせ、視線を品物に戻した。シートの上に並べられた、何体ものジャスタウェイ。このやる気のなさそうな目がなんとも言えない。
 
「ど、どちらがかわいいか……悩んでいて」
「変わんねーだろ」
 
 高杉にさえ、即答される。この男にもこの違いが分からんのか、と恐らく桂にしか分からないこだわりにため息をついた。目の位置や形、手の角度など、説明していくけれど、高杉は相づちさえ打たない。隣にしゃがみ込んで手に取ってみてはいるものの、桂の言うかわいさの違いとやらは分からないようだった。
 
「最終的にどれで悩んでたんだ」
「……これとこれなのだが」
 
 そう言って桂は、悩んでいた二体を持ち上げる。再び悩み始めてしまって、さっき決めたはずの心が揺らいだ。
 
「あァじゃあこっちな。おい、これ」
「はい毎度~」
 
 高杉はそう言って、ひとつを桂の手に残し、もう一方をシートの上に戻す。そうして袖から出した財布を開け、表示されていた値段分を店主に渡してしまった。
 
「え?」
「買ってやる」
 
 一瞬何が起きて、何を言われたのか分からなかった。今出されたのは確かに高杉の財布で、ジャスタウェイ一体分の料金。これで手の中のジャスタウェイは桂のものになったのだが、なぜ高杉が代金を払うのか分からない。
 
「ほら立ちなヅラ。いつまでもこんなとこでそんなもんに悩んでたら、それこそ不審に思われるぜ」
 
 ぐいと腕を引かれ、桂は腰を上げる。長居してしまったことを店主に詫び、引かれるままに高杉のあとについて歩いた。
 
「た、高杉、なぜ」
「あんなもんで目立ちたかねーだろ」
「そうではない、なぜ貴様が代金を払うのだ」
「いらねーなら返してくるが」
「いや、ジャスタウェイはいるが、貴様にもらう理由がない」
 
 縁日で賑わう人混みのなか、自然と距離が寄ってしまう。子供のはしゃぐ声や店の呼び込み、どこからか聞こえる太鼓や笛の音。相手の声を聞くには、そうするしかなかったのだが、こんな往来でこんな距離にいるのはどれだけぶりだろう。桂の心臓が、祭り囃子のように騒いだ。
 
「俺にもらう理由がねぇとか、つれねェこと言うじゃねーか、ヅラ」
 
 高杉は煙管をくるりと回し、くわえる。ちらりと意味深に視線をよこされて、また言葉に詰まった。
 高杉とは、恋仲というか恋仲でないというか、まあ少し説明しづらい仲である。だけどこんな風に贈り物をし合うような甘い関係でないことは確かで、理由が分からないのだ。
 
「しかし……」
「もらうだけが嫌だっていうなら、あとでたっぷりとサービスしてもらおうかい……?」
「サービ……、……破廉恥な! 金なら返すわ!」
 
 言葉の意味を把握してサッと頬を染める。つまりはあとでそのような行為をするということだ。今さら初心な反応を返すつもりはないが、こんな往来でしたい会話ではない。
 
「冗談だ。今日は機嫌がいいンだよ、もらっときな」
 
 高杉は喉を鳴らして笑う。機嫌がいいのは良いことだが、何があったのだろうか。桂は隣を歩く高杉の横顔を眺め、出しかけた自分の財布をしまい直した。
 
「それならば、もらっておく。そういえば先日の約束をすっぽかされたしな。詫びにもならんが」
「……ちゃんと行っただろ」
「ああ、日付が変わってからな。自分で指定しておきながら、まったく貴様というヤツは……」
 
 文句を言いながらも、桂は口の端を上げる。高杉とこんな風に歩くのは、本当に本当に久し振りだ。今はそれを楽しんでみようと。
 
「しかし、貴様と歩いていると目立つだろうな。相変らず派手ななりをしおって」
「目立つのはてめーの方だろうが。まァ……今日は誰も俺たちのことなんざ気にしちゃいめーよ。皆自分の娯楽に夢中でなあ」
 
 過激派と穏健派の頭がふたりそろって歩いていれば、知っている側から見れば目立つことこの上ないが、民間人がどこまでこのふたりを認識しているかなど、たかが知れているだろう。
 それに今日は縁日だ、皆が射的や金魚すくい、焼きもろこしやたこ焼き、お好み焼きやリンゴ飴に夢中で周りなど見ていない。
 
「しかしな、こんなところ真選組のヤツらにでも見つかったら」
「興が冷めるようなこと言うじゃねーかヅラァ。なんだいお前さん、真選組に見つかって、逃げきる自信がねーのかい」
「馬鹿を言うな」
「なら、大人しく傍にいな」
 
 せっかく逢えたんだぜと小さく続ける高杉の隣で、桂はふと思い当たる。もしや高杉の機嫌がいいのは、逢えた、からだろうかと。
 そんなわけはないなと思いながらも、そうであればいいなと、ジャスタウェイを大切そうに袖にしまった。
 
「ヅラ、せっかくだ、なんか欲しいもんねーかよ」
「欲しい物?」
「言ったろ、機嫌がいいって」
 
 買ってやる、と言外に告げながら、高杉は辺りを顎で指す。ふたりの周りには、いろいろな屋台が所狭しと並んでいた。欲しい物を言えば、高杉は買ってくれるのだろうか。
 ちらりと視線をやると、ニィッと口の端を上げられた。
 
「じゃあ……団子」
「あそこのか?」
 
 そこかしこからいい匂いが漂ってくる。桂が口にしたのは、数歩先の団子屋。醤油をつけて焼いた物。普通に茶店で食えるものだろうに、桂はそれが良いという。こういった縁日だからこその味というものがあるのだとかなんとか。
 
「ほら」
「ん」
 
 高杉から団子を受け取り、かぶりつく桂。そんな様子を楽しそうに眺め、高杉はふと足を止める。今うっかり通り過ぎてしまった店に、目を引く物があった気がしたと。
 
「高杉?」
 
 立ち止まってしまった高杉に気がついて、桂は振り返る。彼はある屋台の前にじっと佇んでいた。不思議に思って歩み寄ってみれば、そこにはたくさんの筆や矢立が並んでいる。
 古物が中心のようだが、高杉がこういったものに興味を持つとは思わなかった。桂も一緒になってそれを覗き込み、言ってはなんだがこんな屋台に不似合いな上物まであると目を瞬いた。
 
「何か気に入ったものでもあったのか? 珍しいな」
「ん、いや……これ」
「透かしの矢立か。……あぁ、いい細工だな。お前なら、こっちの陶器のも合いそうだが」
「俺のじゃねーよ」
 
 手に取って状態を確かめる高杉を振り向くと、視線がまっすぐ向かってきた。もしや、それも。
 
「まだ懲りずに攘夷勧誘の文とか書いてンだろ。無駄だと思うがねェ」
「む、無駄などではない、それを言ったら貴様の――」
「そんなもん書く暇があンなら、恋文でも書いとけ」
 
 高杉は屋台の店主に代金を払い、買い求めた矢立をすいと差し出してくる。やはりそれも、くれるつもりだったのだ。桂はその意味に気がついて、往来で珍しく頬を染めた。
 つまりは自分に向けて恋文でも書いてくれと、そう言っている。
 桂は、機嫌の良すぎる高杉の様子に慣れず、戸惑った。何があって、こんなに優しい言葉を吐いてくるのか。どうしてこんなに、求めてきてくれるのか。
 ためらいながらも高杉から矢立を受け取って吐く息は、いつもよりも熱かった。
 
「だったら、貴様も書くがいい。店主どの、これを」
 
 そうして、桂も銅製の矢立を手に取った。細い筒と丸い墨壺は、彼の持っている煙管によく似ている。買い求めたそれを高杉に差し出してやると、フンと鼻を鳴らしながらも受け取ってくれた。
 
「文を書くかどうかは別にして、まァ、もらっといてやらぁ」
 
 そんなに嬉しそうに口の端を上げてなにを言っているのか。ただそれを口にはしないようにして、店をあとにする。
 これで文をやりとりするかどうかは分からないが、離れていても、どこかで繫がっているような気分になれる。そこまで考えて、今日は自分もおかしいくらいに機嫌がいいなと、桂は笑ってしまった。
 
「高杉、あれが食べたい」
「あァ?」
「わたあめ」
「……ガキかよ」
 
 機嫌のいいうちにねだってしまおうと、桂が指を指したのは、ふわふわのわたあめ。もふもふに罪はないだろうと、高杉の答えも聞かずに屋台へ向かう。その後ろ姿を、呆れつつも穏やかな表情で高杉が見つめていたのには、当然気づかずに。
 
「はいよねーちゃん。お連れさんの分はいいのかい?」
「ね、……」
 
 店主にふわっふわのわたあめを作ってもらい、受け取る。その物言いには一言抗議したいところだが、肩を震わせながら俺ぁいいと一つ分の代金を手渡している高杉の方にこそ、抗議してやりたい。
 桂は、必要とあらば女装さえする党首だ、女にみられることには慣れている。だがしかし、今は女装しているわけではない。いたって普通の男のなりをしているのに、ねーちゃんとはどういうことか。
 
「いつまで笑っている、高杉」
 
 わたあめの屋台をあとにしてしばらく歩いたというのに、高杉はまだ小さく笑っている。よほどおかしかったらしい。それが気にくわなくて軽く足を蹴ってやるも、気にも留めていないようだった。
 
「いいじゃねーか、ヅラ。似合ってンだからよ、お前さんのは」
「…………褒めても、これはやらんぞ」
「いらねーよそんな甘ぇもん」
 
 どっかの誰かさんじゃあるめーし、と高杉は息を吐く。時折する女の格好を、似合っていると言われて悪い気はしない。
 人の波が切れてきた道ばたで、桂はふわっふわのわたあめに口づける。ふしゅうっと口の中にとけていく感触は心許ないが、すぐに広がっていく甘い味が、桂を満足させた。
 いや、満足というにはまだ少し、足りない。
 道の脇で立ち止まってわたあめを舐める桂につきあって、煙管をくわえる高杉をちらりと見やる。
 桂の袖の中には、高杉に買ってもらったジャスタウェイと、矢立。腹の中には、団子とわたあめ。
 ひとつ、足りない。
 
「高杉、もうひとつねだってもいいか」
「あァ? お前さん、まだ何か食べンのかい」
 
 食い意地張ってんなあと笑う高杉の口唇を、人差し指で撫でる。
 
「――高杉晋助を」
 
 高杉が目を瞬く。桂は目を細める。
 口唇が近づいて、近づいて、近づいて、わたあめの陰でぴったり重なる。
 
「……甘ぇ」
 
 離した口唇をぺろりと舐める高杉の顔がひどく欲情していて、桂の欲が増していく。
 
「足りんぞ高杉。なにしろ俺は、食い意地が張っているのでな」
「ハッ、てめぇ、容易に朝日が拝めるとは思うなよ」
 
 朝日の昇る時刻に、拝む余裕などくれてやらん。そう含められた意味に、桂は笑って答えた。
 
「無論だ」
 
 
 祭り囃子が遠くに聞こえる。
 朝までか、昼までか、続く祭にとふたりは身を投じていった――。


#両想い