No.592

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情熱のブルー-036-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 お開きとなった祝勝会。この後はおのおの親しい者同士で二次会、三次会へとなだれ込んでいくのだろう。 …

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-036-


 お開きとなった祝勝会。この後はおのおの親しい者同士で二次会、三次会へとなだれ込んでいくのだろう。
 手塚も誘われたが、すべて断り足早に跡部の元へと急いだ。
 跡部はホールの外で女性のプレイヤーと話していたようだったが、手塚に気がつきすぐに挨拶程度に笑い歩み寄ってきてくれた。
「よう、引っ張りだこだったようじゃねえか」
「お前ほどじゃないが」
「フン、どの口が」
 そう言いながら歩く跡部について、エレベーターに乗り込む。疲れたような表情と聞き逃せなかったため息に、手塚は口を開いた。
「疲れているところに、すまないな」
「あ? あぁ、違ぇよ。さっきちょっと嫌な感じのジジィを相手にしてたからな。疲労って言えばそうだが、あんなことは慣れっこだぜ」
 なんだと、と腹立たしい思いがわき上がってくる。嫌な感じのというのが、どういうものを指すのか分からないわけではない。
 跡部は整った容姿をしているし、加えて御曹司なのだ。跡部を欲しがる輩はたくさんいるのだろう。不埒な感情も含めて。
 それは自分自身も同じだが、そこに確かな恋情があるだけマシだと思っている。
 跡部のことをよく知りもしない男が、跡部に不埒な感情を抱くことが、どうにも腹立たしい。
「……傍にいれば良かったな」
「慣れてるって言ったろ。お前が傍にいても、ああいうのは変わらねえよ」
「だが、助けることはできるだろう。お前がそうしてくれたように」
 跡部がその対応を甘んじてしていたというならば、ことを大きくしたい相手ではなかったということだ。
 跡部にも跡部の付き合いというものがあるし、財閥関係のこととなると手塚はまるっきり部外者でしかない。邪魔をしてしまいかねないと思うと、下手に動くこともできないが。
「……ありがとよ。次があったらお前を呼ぶぜ」
「ああ、そうしてくれ」
 恋人にはなれずとも、跡部の中に手塚国光という人間はきちんと存在している。それをこうして示してくれるだけで、幸福だった。たとえこの後傍にいられなくなるとしても、その事実があればいい。
 高層階に着いて、エレベーターを降りる。靴音も飲み込まれてしみそうな毛足の長い絨毯を歩き、部屋へと招き入れられた。
「まあ、入れよ」
 広めのセミスイート。白を基調とした家具セットファニチヤーの中で、跡部のスーツはよく映えた。眼前に広がる、宝石箱のような夜景に目がくらむ。いや、その夜景をバックにしてもなお輝きを奪われることのない男に、だ。
「手塚の優勝を祝うには最高の景色じゃねーの」
 跡部はテーブルの上のクーラーからシャンパンを持ち上げて、したたる雫を丁寧に拭う。
「跡部」
「大事な話ってんだから、酒は入れたくねえかもしれねえが、祝いの杯くらいは受けてもらうぜ」
 胸が締めつけられる。大事な話をしたいと言った手塚を尊重しながらも、祝いたいと思ってくれる跡部が、本当に愛しい。
 その信頼を打ち壊すことになりかねないが、もう秘めている方が不誠実ではないかと思うのだ。
 跡部は二つのグラスにシャンパンを注ぎ、一つを手渡してくれる。グラスの中でわずかに発砲する薄い黄玉のような液体をじっと眺め、跡部の髪に似ているなと思った。
「改めて、優勝おめでとう、手塚」
「ああ。跡部、お前もベスト8おめでとう」
 優勝をさらった立場でこんなことを言うのはいやみだろうかとも思ったが、跡部は嬉しそうに頷いてくれた。
 チン、と合わさったグラスが高い音を奏でる。
 甘みのあるそれで唇を濡らし、飲み込む。相当いい酒なのではと思うと、用意してくれた跡部の気遣いが嬉しい。種類は違えど、跡部に大切に想われているのが分かって、胸が痛んだ。
「で、相談ってのはなんだ」
 早々に切り出されて、眉が寄る。
 この期に及んで迷うのは、潔くないと自分に言い聞かせた。その沈黙をどう取ったのか、跡部が不安そうに訊ねてきた。
「……なんだよ、そんなに深刻なことなのか?」
「…………深刻だな。俺にとってはもちろん、お前にとっても、そうだと思う」
「俺にも? なんでだよ。……もしかして、肩の怪我じゃねえだろうな……?」
 ハッとしたように身を乗り出して、ぐっとグラスを握る。なるほどそうくるのかと手塚は目を瞬いた。彼の中で手塚国光というプレイヤーの故障は、相当重大な事柄のようで。
「お前また今回のことで無茶したんじゃ」
「いや、そうではない。肩は大丈夫だ。肘も」
 どこも故障などしていないと、強く返してやる。跡部はあからさまにホッとした様子を見せ、手塚の胸を高鳴らせた。
「そ、そうか……悪い、どうしても心配はしちまうんだよ。お前の本意じゃねえって分かってても」
「お前は、昔から変わらないな。だが、そうやって気にかけてくれるのは、……嬉しいとも思う」
 手塚はグラスをテーブルに置き、一歩、下がる。跡部との距離を保っておかなければ、拒まれた後の顔を近くで見られてしまうことになる。
 それは、いやだ。
 覚悟はしているものの、拒まれて平気でいられるかといったら、答えはノーだ。みっともないところを見られたくない。
「跡部、今から言うことでお前を混乱させると思う。拒絶してくれていい。軽蔑されても構わない。だが、茶化したり……否定したりはしないでもらえないか」
 拒まれても、否定はされたくない。
 長い間、跡部を想い続けてきた。跡部ただ一人をだ。
 他に魅力的な女性がいなかったかと思うと、どうも思い当たりはしないのだが、跡部しか目に入っていなかったこの年月。
 長い、と思う。
 短い、とも思う。
 だがこの先ずっと特別なひとであることに変わりはないのだ。
「……分かった」
 跡部はまっすぐに見つめ返して、頷いてくれる。
 手塚は息を吸い込んで、意を決して音にした。
「俺はお前のことが好きだ、跡部」
 ずっと秘めてきた、これから先も秘めていくものだと思っていたその想いを。
「……あァ……?」
 跡部の眉が、怪訝そうに寄せられる。細められた目は不機嫌そうで、まあそうなるだろうなとどこかで諦めもついた。
「なんて、言った」
「好きだと。恋愛対象としてだ。ずっとお前に惹かれていた」
 今もだ、と続ける。距離を取ったのは、この状況が良くないと思ってのことでもあった。惚れた男と二人きり。不埒な感情がないわけでもない。だから跡部にとっては、この瞬間から危険な相手に認定されてしまったことだろう。恋情というのは、そういうものだ。
 跡部は混乱しているようにも見えるが、取り乱さないあたりはさすがだと思った。
 グラスをテーブルに避難させ、片手をつく。もう片方を腰に当て考え込んでいるその仕草さえ、綺麗な姿勢だと思わせる。だいたいにおいて育ちの良さだろうかと、こんな時に若干的の外れたことを考えた。
「お前が、俺を、だぁ?」
 跡部はゆっくりと仰ぐように顔を上げてくる。ゆっくりとした口調は、怒りの現れと思われた。
「そうだ。混乱するのも無理はないと思うが、すまない、事実だ。だが勘違いをしないでほしい」
「あん?」
「告白をしたからといってお前に何かを望んでいるわけではない。お前にはずっと……ずっと想っている相手がいるのは知っている。それを踏みにじってまでどうこうしようとは思っていない」
 十年。そんなにも長い間想い続けている相手がいるという。跡部のその一途ささえ手塚には好ましくて、無理にこちらを向いてくれなどとは言えない。
 それごと包み込むだけの度量はあるつもりだが、そもそもが対象外だ。置かれていた信頼も、これで壊れてしまったかもしれない。友情を育んできたつもりなのに裏切られたと思っているかもしれない。
 なじられようと、殴られようと構わない。
 跡部の気の済むようにしてもらいたいと思うが、今答えを求めるのは酷だろうか。
 跡部は片手で顔を覆い、じっと見つめてくる。
 いくら眼力インサイトを使おうと、真実はひとつだけだ。跡部が好きだという、ただひとつだけ。
「…………本気で言っているのか」
「否定はしないでほしいと言ったはずだが」
「否定じゃねえ、確認だ」
「俺はいつでも本気だっただろう。特にお前にはそうしてきた」
 低い声が、手塚を突き刺す。不愉快そうに細められた目が、手塚を射貫く。跡部の指先がわずかに震えているように見えるのは、怒りからなのかそれとも困惑からなのか。
「手塚、お前……それ、いつからだ」
 いつから、というのは、跡部に恋情を抱いたのがということだろうかと解釈して、口を開く。
「中学の頃からだが」
 正直に返した言葉に、跡部が項垂れる。呆れたのかもしれない。そんなに長い間騙していたのかと。
 しかし手塚としては騙していたつもりはない。言わなかっただけだ。


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