No.277

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解けない暗号-001-

NOVEL,その他ジャンル 2017.08.05

#DC #服部平次 #江戸川コナン #平コ

「おい工藤」 服部平次は自身の上に乗っかる相手の名を呼んでみるが、返事すらない。「工藤て。返事くらい…

NOVEL,その他ジャンル

解けない暗号-001-



「おい工藤」
 服部平次は自身の上に乗っかる相手の名を呼んでみるが、返事すらない。
「工藤て。返事くらいせんかい、このドアホが」
「あー?」
「あー? じゃないわボケ、なんでオレが下にならなあかんねん」
 足を掴みそう悪態を吐いてみたが、気にも留めていない様子でまさぐるのが気配で分かる。
「仕方ねーだろ、近くに足場になりそうなもんがねぇんだからよ。これくらい役に立て」
 平次の肩に細い両足を乗せ、高い塀の上を小さな手で確かめつつ、平次が工藤と呼ぶ江戸川コナンはそう吐き捨てた。
 実際、仕方がないのだ。その塀は二メートルほどの高さ。大人でも、背伸びしてその向こうが見えるものではない。
 コナンと平次はその向こうの状況が見たいのに、コナンの言う通り近くに足場になりそうなものは一切なかった。となれば、二人分の身長を利用するしかない。
 そうなると必然的に、平次がコナンを乗っけるしかないのだが、平気で土足で肩に乗せろと言う小さな高校生が、気にくわないらしい。
「あんなぁ工藤、まぁだあん時のこと根に持っとるんか?」
「べーつにぃ? ま、お前が約束の時間に四時間遅れたことなんてな、全然、これっぽっちも、怒ってねぇからよ」
 コナンはそう言うが、声と一緒に肩を蹴りつけるつま先も一緒に降ってくる。怒っとるやないかい、と平次は声に出さずに思い、ため息を吐いた。
 約束をしていたのにその時間に遅れてしまった(しかも大幅に)ことは全面的にこちらが悪いのだし、怒るのも無理はない。その日運悪く事件に巻き込まれてしまい、連絡さえままならなかったのだ。
 やっと解放されてから恐る恐る確認した携帯端末には、着信が一件とアプリでのメッセージが四件だけ。拍子抜けしたのを覚えている。
 ――――普通なら、もっと怒るやろ……和葉でさえああやで……。
 以前幼馴染みを待たせてしまった時は、ひどく根に持たれたものだ。男と女では気の持ちようが違うのか、それとも。
 ――――それほど楽しみにはしとらんかったってことかいな。……ま、ええけど。
「服部。服部、足放せ、降りる」
 ため息を吐いたすぐあとに、コナンの声が降ってくる。
「あ? もうええんかいな」
 言われた通りに、足を支えていた手を放すと、コナンは平次の肩からひょいと飛び降りた。身軽なもんやで、と平次は肩を竦める。
 同じ歳のはずなのに、なんの因果であないにちっちゃなってまったんやろな、と、何度か考えたことがあった。
 原因は以前聞いたが、なぜ彼でなければいけなかったのか。探偵だったからというだけですませるには、あまりにも過酷だ。
 ――――せやけど、こないなことになっとらんかったら、工藤と仲良うもなっとらんかったやろな。
 西の服部、東の工藤と並び称されているのは知っていたし、内心ライバル扱いをしていた相手だ。
 無論今でもライバルには違いないのだが、事件が起これば互いに協力し、頼り、頼られを繰り返すことなど、なかっただろう。
 ――――解けんことがあると、いっつも工藤のこと思い出すもんなぁ。工藤はどうか知らんけど。
 ちら、とコナンを見下ろすと、袖についた砂埃をパンパンとはたき落とし、およそ子供らしからぬ表情で考え込んでいた。
「……なんだよ?」
「いや、なんでもない。ほんで? 何かあったんか? 上」
「いや……ここはどうもハズレらしいな」
「あかんかったか。あの暗号からすると、この近くなんやけどな……」
 資産家の当主が、遺産相続に関して暗号めいたものを遺して亡くなった。そこに事件性はないものの、暗号と聞いていても立ってもいられなくなった、探偵ふたり。
 元は毛利小五郎に依頼されたものだが、居合わせた以上無関心ではいられない。
 こうして遺された暗号を元に、次の手がかりを探しているのだが、なかなかに難しい。当主自身がミステリ好きだったのか、暗号というものに慣れてない者が見てもちんぷんかんぷんなものだったろう。
「ようできてるとは思うけど、どうも分からんなあ。こういうの作るんやったら、誰がいちばん初めに解くか、知りたいもんとちゃうんか? 自分の作った暗号で他のヤツらが四苦八苦してんの見るんは、楽しいと思うけどなあ」
「楽しいか? 悩んでるの見て楽しんでるなんて、そのじーさん性格悪かったんじゃ」
「そら解く側の目線やろ。作る側は楽しいと思うで。前にもおったやろ、なんや小説書くじーさん。文章の頭で読者に呼びかけとるヤツ」
 あれは間に合わんかったけどなあと、服部は電話越しでやり取りした事件のことを思い出す。そういえば、あれも暗号だった、とコナンも思い出した。あれは確かに意地悪でしているわけではなかったのだ。誰が最初に解いて部屋にくるか、楽しみにしていたらしい。
 無論、暗号でしかけてくる連中全員が全員そうやって楽しんでいるわけではないだろうが、聞いた話では庭園の世話をするような慈しみ深い老人だったとか。
「そうか……依頼人も、とくに遺産目当てって感じじゃなかったしな」
「どこまで血がつながっとるか分からんような遠縁の連中は目ぇ血走っとったけど」
 安らかに眠らせてあげたい、というのは当主の長男、順番から言えば次期当主のはずだが、その弟や妹も、その子供たちも、同じような表情をしていた。
「ちょっと最初からやってみよか。迷った時は原点にて言うやろ」
「ん、ああ、そうだな」
 そう言って、二人は暗号文の最初である邸宅へと歩き出す。そうする中、コナンは気づくのだ。平次がいつも、小さくなった自分の歩調に合わせてくれていることを。
 足の長さが違えば当然歩幅も変わってくる。服部が歩く三歩分を、コナンは五歩六歩で進まなければならない。いたたまれない気分でいっぱいだった。
 今はそんなことを考えている場合ではないというのに、どうもこの西の名探偵と歩いていると気が緩む。
 それは恐らく、信頼というものなのだろうけど、コナンとして接してきて実はそんなに時間が経っていない。江戸川コナンが工藤新一だということを知る数少ない人間のひとりだが、なぜこの男なら大丈夫だと思ってあの時話してしまったのか。ホームズフリークが集まったあの事件、ごまかそうと思えば多分できたはずだ。
 推理しているところを聞かれてしまっていたのが致命的だったとはいえ、方法がなかったわけではないだろうに。
 ――――あの時は、こんなに頻繁に逢うようになるなんて、思ってなかったけど……。そういや服部のヤツ、こっちに何しにきたんだ?
 いつもの休日になるはずだった。連休中は家族旅行に出掛けるという少年探偵団の連中から誘いがくることもなく、毛利小五郎のもとに舞い込む依頼のどれかについていこうかなと思っていた矢先。「よぉ工藤!」なんて連絡もなしに探偵事務所のドアを開け放し、「工藤?」と首を傾げた蘭にいつも通り苦しい言い訳をしていたのが、つい三時間ほど前。
 そのあとすぐに依頼が舞い込んできて、三人で出掛けるはめになってしまったのだ。だから平次がこちらに来た理由は聞けていない。また事件が絡んでいるのだろうけど、それにしては何も話してこないのだ。目の前の暗号を解くだけで精一杯、というわけでもないだろうに。
「なあ、服部」
「ん? なんや分かったんか?」
「あ、いや……お前さ、こっち何しに来たんだ? また何か事件絡みなんだろ」
 コナンは隣をゆっくり歩いてくれる平次を見上げながら訊ねる。事件なら、概要くらい聞いておきたい。
 何かのヒントになるかも、などと、ひとつの事件を追っている最中に気を逸らしてしまうことに言い訳を重ねた。
「ちゃうちゃう、今回はほんとにプライベートや。そう毎回毎回、事件でたまるかい。……ま、結果的にこうなっとるけどな」
「え……」
 なんだ、とがっかりしてしまう気持ちが半分。事件なら事件で、推理が楽しめると思ったのだが。
 私用で来て、顔を出してくれたのか、とくすぐったい気持ちが半分。コナンとて大阪に行けば顔を見せるくらいはするが、それだって連絡を入れてからだ。
「こんなんなかったら、美味いメシ屋にでも連れてったろ思ったんやけどな。こっちのメシは分からんから、お前の案内になってまうけど」
 頭の後ろで手を組んで、笑いながら呟く平次に、思わずコナンの足が止まった。
 まさか、もしかして、まさか、もしや。
 ――――服部……この間約束遅れたこと気にして……埋め合わせとか、しに……?
 その仮定に気づいた瞬間、頬がボッと染まる。
 ――――え、え、あ!? なんっ……なんだ、これ!
 火照った頬の暑さを自覚して、コナンは慌てた。ドクンドクンと音を立てる心臓は、パイカルを飲んだ時ほど苦しくはなく、だけどその音は小さな体ぜんぶに響き渡るかのようだった。
「お? どないしたん、工藤」
「なっ……んでもねーよ!」
「なあ、この事件解決したらどっか美味いメシ屋教えてんか。東京のくっろいうどんにも慣れたで」
 平次はそう言って笑う。東京と関西では、食の文化が大分違う。それを楽しむかどうかは人それぞれだが、お好み焼きはおかずと言い切った彼の意見に賛同するのは、難しいだろうと考えた。


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