No.153

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触れられる距離

NOVEL,その他ジャンル 2012.05.31

#BRAVE10 #真田幸村 #海野六郎 #幸六

海野六郎は、視線を上げずに訊ねてみた。「若、いかがなされました」自分の仕える主――真田幸村は、先ほど…

NOVEL,その他ジャンル

触れられる距離


海野六郎は、視線を上げずに訊ねてみた。

「若、いかがなされました」

自分の仕える主――真田幸村は、先ほどから寝転がったり起きあがったり、あるいは部屋の中を歩き回ってみたりとせわしない。
普段はそのような仕草はなく、むしろゴロゴロと寝ころんでいるだけのように思う主を目にして、何事かあったのかと思うのは当然のことであった。

「いや、どうも落ち着かんのでな……」

幸村は頭をガシガシとかきながらそう返してくる。六郎は読んでいた書物をはたりと閉じ、主を振り仰いだ。

「お察しします、若。徳川の所行は今や目に余る……さりとて表立って動く訳にもいかず、更には石田殿からの密書……お心休まる時がないかと存じます」
「六郎?」

六郎は目を伏せる。世の民の知らぬところで、煮立つほどの原のさぐり合い、書面の攻防、勝手な布令。小さくはあれど真田の領地を守る幸村にとっては、そのすべてが頭の痛いことだろう。

「ですが、若。何の為に私がいるとお思いなのです? 若は私がお守りいたします故、どうぞ落ち着かれませ」
「ふ……ん? できた家臣よのう。したが、落ち着かん原因を作った張本人が、何を言うておるのだ、六郎」

幸村は六郎を見下ろし、目を細める。呆れと、若干の苛立ち。そして、愛しさを込めて。

「……私が、何か不始末でも?」
「お前が朝、ワシから煙管を取り上げたであろう。落ち着かんのはそのせいだ」

不思議そうに首を傾げた六郎に、シラを切るつもりかと告げてやる。六郎は一度目を瞬いて、ああそれでですかと悪びれもせずに頷いた。

「一日くらい、よろしいではないですか。喉にも悪いようですし。若の御為です」
「一日我慢したとてなんになるやら……六郎、返せ」
「なりません。今日一日、お預かりいたします」

六郎のいうことも分かる。だが習慣になてしまっているものを今さらやめるのは難しい。欲求の方が勝ってしまう。

「あれがないと手持ち無沙汰でならんのだ。口も寂しいしのう……鬱憤が溜まって死んでしまうぞ」
「ではその時は私もお供つかまつります」

しかし六郎はおそらく本気であろう忠誠で拒んでくる。幸村はがっくりと項垂れ、力が抜けたのかそこに座り込んでしまった。

「お前には、敵わん……どうあっても返さんつもりか」
「時には耐えることも、優れた武将の務めかと存じます」

朝、六郎は幸村に煙管を渡さなかった。
体に悪そうだというのが一番の理由で、いつも手にされている煙管に嫉妬したのが二番の理由。
もちろんそんなことを言えるわけもないが、ここまで気落ちされるとは思っていなかった。今さら撤回するのもどうかと思うが、指先が迷って動く。

「六郎」
「は、何か……」

大きなため息のあとに名を呼ばれ、動きかけた指がぴくりと止まる。気づかれただろうかと思った次の瞬間、強く引き寄せられた。

「んんっ……!?」

突然塞がれた唇と、抱かれた腰。何が起こったのかすぐには把握できず、目を見開く。

「ん、は……っふ、んんっ……」

熱い舌先が入り込んできてようやく、口づけされているのだと気がついた。
唇を吸われ、舌を絡められ、吐息さえ奪われる。抗議したがった声が鼻から抜けていった。

「はぁっ……ぁ、んふ……」

強く吸い上げたあとにちゅっと音を立てて唇は離れていく。ようやく呼吸ができたような気がして、六郎は責めるように幸村を見上げた。

「涙目で睨まれても、少しも怖くはないぞ、六郎。そんなに気持ち良かったか?」
「なっ、……なんなのです、突然に!」

否定仕切れずに頬を染め、それでも虚勢を張って幸村の体を押しやる。そんな六郎を笑いながら眺め、悪びれもせずに幸村は答えた。

「口が寂しいのでな。ふむ、これなら苛立ちも収まるのう……さて暇を持て余しとる手は……お前を撫でておれば良いか」

つ……と指先が背筋を撫でて、手のひらが脇腹を包む。六郎は息を呑んで眉を寄せた。悪戯好きの主の手の癖など知っているが、これを止めるにはどうしたら良いのか。

「若っ……手を、どけてください……!」
「では、選ばせてやろうかの」

幸村の指先に反応してしまう六郎だが、こんな時間からそんなことができるものかと抵抗を試みる。たいていは無駄に終わるのだが、今日は幸村の反応が少し違う。
選ぶ? と六郎は不思議に思って幸村を見上げた。

「素直に煙管を返して夜ワシの相手をするか、このまま朝までワシの相手をするか。ん、どちらが良いかのう、六郎」

ワシはどちらでも良いぞと意地の悪い笑みが見下ろしてくる。選択肢を与えてやるとは優しい主だと、確信的な揶揄を持って。
言葉の意味を把握して、六郎の頬が真っ赤に染まった。
この場合どちらが良いと言えばいいのだろう。
幸村の為を思って煙管を取り上げたのは本当だし嫉妬が混じっているのも本当だが、このまま朝までだなんて死んでしまう――主の寵が嬉しくて。

「か、返しませんし朝まで若のお相手など、私の体が持ちません。どうしてもと仰るのでしたら、命じなさればよろしいでしょう」

ふいと顔を背けて、幸村の出方を待つ。命令という建前に自分の欲求を隠して甘えるくらい、きっと許してくれるはずだ。

「この策士めが……惚れた者を抱くのに命令などしとうないわ」

幸村はそう言いながらも気分を害した様子はなく、六郎の髪を指に絡めて遊んでいる。暇な指先はどうやらそこに落ち着いたらしく、何度も何度も髪を梳いてくれた。

「ではせめて夜まで、触れる位置におれよ、六郎。その後は拒ません」

幸村は今一度六郎の唇を啄んで、頬を撫でる。
六郎は幸村の出した答えに恥ずかしそうに御意と答えた。

夜まで、こうして唇が寂しくない距離に、指先が暇を持て余さない距離に。




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