No.705

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この手を取れるかい

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.24

#お題 #両想い

「絶対に言うな。分かっているはずだ」「考えていることは同じだということだな」 手塚の言葉に、跡部が頷…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

この手を取れるかい

「絶対に言うな。分かっているはずだ」
「考えていることは同じだということだな」
 手塚の言葉に、跡部が頷く。
 全国大会の組み合わせ抽選会で、九州でのリハビリから戻ってきた手塚と、久しぶりに対峙した。
 だが話題は肩のことでなく、肘のことでもない。抽選会だったのに、全国大会で当たるということでもなかった。
「お前が話の分かるヤツで良かったぜ」
「こちらの台詞だ。わざわざ呼び止めなくとも良かったものを」
 眼鏡の位置を直しつつそっぽを向く手塚に、まあそうだが念のためだ、と跡部は鼻を鳴らした。
 ずっと、ずっと、気づかないふりをしていた。
 手塚は跡部の気持ちに。
 跡部は手塚の気持ちに。
 言葉にしなくても、視線ひとつで理解できる。視線が合わなくても、球をかわせば分かる。
 あの夏の暑い日射しの下で、交錯した互いの魂。
 他の誰にも分からない機微だとしても、あの時あのコートに立っていたお互いだけには、しっかりとそれだと分かるものがあった。
 恋をしている。熱烈に、強烈に。
 だが相手が悪い。タイミングも悪い。
 よりにもよって相手は他校のテニス部部長で、当然、男だ。さらに言えば大会のまっただ中で、対戦校だ。
 どれかひとつだけならば、大人しく潔く、この気持ちを告げていたかもしれない。
 同性だというだけならば、まだ、言えた。
 他校の部長というだけならば、練習メニューの合間にでも、言えた。
 大会のまっただ中というだけなら――いや、これは言えない。
 お互いに気持ちが自分へと向かってきているのが分かる状態で、告白なんてしようものなら、一気に燃え上がってしまう。あんな試合をした相手だ、その可能性は充分にあった。
 まだ若いのだから、恋に燃え上がるのも悪くはない。
 だが恐ろしいのは、そのせいでテニスが疎かになってしまうことだ。
 可能性はゼロではない。
 初めての恋らしきもので、どうコントロールしたらいいのかも分からない。どこまで相手に求めて、何を我慢したらいいのか。
 テニスが好きだ。それは間違いないし、優先順位は第一位。
 それが変わってしまうのが怖い。自分に失望して、相手に軽蔑されるのが恐ろしい。
 テニスが一番で、恋なんて二の次、三の次。それが崩れてしまうのが怖い。
 テニスをしている時は、絶対にそんなことはあり得ないと強気でいられるのに、ラケットを放すとそれがどこかへ行ってしまうような感覚を味わう。
 自分の中に、一番がふたつある。何を置いてもテニスを優先したい。それを恥じることなんて今まで一度もなかったのに、どこか後ろめたい。
 テニスが大切なのは絶対だが、お前のことが大切でないわけではないと、言い訳がしたくなる。
 そんな自分が嫌で、嫌で、仕方がない。優先順位が決められないということ自体が、ストレスにさえなっていた。
 恋とはもっと、キラキラとふわふわとしているものではないのか。聞いていた話と違う。
 こんな矛盾の中で、お前はこの手を取れるのか。
 取ってみてほしい。その反面、絶対に取らないでほしいとも思う。
 向こうがこの手を取れば、自分は振り払ってしまう。
 自分がその手を取れば、向こうは振り払ってくるだろう。
 手を取り合って逃避行、なんてことできるわけもないし、後ろに、横に控える仲間たちを裏切りたくもない。
 どうしてそんなヤツと、と引かれるのは分かりきっていて、それに上手く説明できない未来が見える。
 だから自分たちは、気づかないふりをするべきなのだ。
 手塚は手塚(じぶん)の気持ちに。
 跡部は跡部(じぶん)の気持ちに。
 こんな恋はしていないと自分自身を丸め込んで、抑え込んで、いつでもテニスが一番だと言える環境にいるべきだ。
 そう視線で訴えかけたのは跡部の方だったと思う。瞬いて小さく頷いたのは手塚だ。了承したと捉えたのに、どうして。
 どうして、すれ違いざまに指先が触れ合ってしまったのか。
 ほんの一瞬だった。どちらが先に触れたということはない。どちらもが本当は触れたがっていただけだ。
 触れてしまった指先を見下ろし、次に顔を上げて相手を見やる。レンズ越しに重なる視線をもう離せなくて、気がつけば唇同士が触れていた。
 絡んだ指先を解きたいのに、そう思えば思うほど強く握り締めてしまう。唇に噛み付いてやりたいのに、今開いたら違うものが入り込んできそうでできやしない。
 互いに相手を責めるように細められた視線の奥で、呆れと諦めと、恋情が折り重なっていく。
 気づかないふりをしていた。言わないようにしていたのに、その努力がすべて水の泡だ。
 だけどもう、触れたこの手を放せない。引き結ばれた唇をどうにか離して、互いの右肩に額を当てた。
「言うなって言ったじゃねーの……」
「……言ってはいないから、まだセーフではないだろうか」
「アウトに決まってんだろ……ああ、くそ、どうすんだこれ。止まらねーぞ」
 確かに音にはしていない。だけど、視線だけで、交わす球だけで理解しあってしまった自分たちに、言葉そのものはそれほど重要ではなかった。
「皆に知られなければ、構わないのではないか」
「そりゃあ隠すに決まってるが……問題は山積みだな」
 まさか対戦校の部長と恋仲になりましたなんて、そんなスキャンダラスなことは誰にも言えない。もし言わなければならないとしても、大会が終わってからだ。
「試合、手加減なんかしねえぜ」
「それは当然のことだろう。テニスはいつでも真剣勝負だ。そこが揺るがなければ、いろいろなことを優先できなくても……不誠実ではないと思う」
 そうか、と跡部の唇から諦めが逃げていく。
 こうなってしまった以上、潔く受け入れた方がいいのだろう。
 優先順位が揺らいでも、たった一つの真実さえあれば、少なくとも失望も軽蔑もないのだと気づかせてくれた。
 手塚国光という男が、本当に愛しい。
 ぐっと、跡部の腕が背を抱いてくれる。手塚はすべての矛盾を赦されたような気分を味わって、この男で間違いないと改めて実感した。
 跡部景吾という男が、心から愛しい。
 そうして二人は、どちらからともなく体を離した。危惧していたほど暴走せずに済んで、やはりホッとした。この程度なら、テニスもお前も一番と言ってしまっていい気がしてきた。
「ところで、今さらなんだが」
「連絡先の交換をしないか」
 不便だ、それだよ、と言い合って、携帯端末を取り出す。もしかしたら、容易に連絡を取り合える状態ではなかったから、おかしな心配をしてしまったのではないだろうか。
 これからはいつでも連絡が取れる。恋人として。
 登録されたIDやアイコンを見て、やっぱり少しばかり浮かれているなと、ふたりそろって息を吐く。
 そして拳をぶつけ合うように、端末同士を軽くぶつけ合った。
「全力でいくぜ、手塚」
「ああ、油断せずに行こう」
 これからよろしく、愛しい人よ。


お題:リライト様 /この手を取れるかい
#お題 #両想い