- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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果てるまで微笑みを
なんでこんな時に任務なんかあるんさ
そう叫んで部屋に走りこんできたのは、確か昨日のこと。
任務は突然やってくるものだろう、学校じゃないんだからと説いたのも、確か昨日のこと。
普段を見ている限りでは、しぶしぶ任務に就いている風ではなかったと思う。それがその日に限って、本当に恨めしく思っていたようなのだ。
突然言い渡された任務と、それを言い渡したコムイ・リーを。
「今回はどこなんだ?」
ベッドの上で六幻の手入れをしながら、ふてくされたラビに訊いてみた。ノックもせずに部屋に入り込んでくるのは、まあいつものことで。恋人同士という間柄のせいか、神田もそれに対して何かを言うつもりはなく。
「んー、ドイツで2件ほど」
「2件もか? 別の部隊組んだ方が」
「近場なんよ。それが」
別部隊組む余裕なんて、今の教団にはないっしょ、とため息をつくラビに、まぁそれもそうだと神田は天井を見上げた。エクソシストは不足していて、イノセンスも全然集めきれてなくて、イノセンス回収の一報が入るとそれはもう、教団が揺れるほど歓声が上がる。
任務がある、というだけでもありがたいことだったのだ。それは、必ず先へと繋がっているのだから。
「無茶すんなよ、ラビ?」
だからこそ、ラビが任務に乗り気でない理由がどうしてもわからなかった。いつもであれば、それこそ率先して任務に就くこの男にして、
「行きたくねーさ…」
この言葉。
いったいなにがあったのかと心配にさえなってしまう。不審に思って身体ごと振り向くと、強い強い力で抱きしめられた。
「なっ…」
付き合い始めてもう2年。だけどいきなりのスキンシップには今でも慣れなくて、身体中の細胞が騒ぎ出す。
「………」
「…、ラビ? どうし」
神田を抱きしめたまま黙りこくったラビに、どう声をかけていいものかと思った矢先。
「よし、補充完了さ~!」
「は?」
グッと両肩を掴みバッと身体を離す。文字通り、突然に。さっきまでの消沈した声とは打って変わっていつも通りの。面食らう、というのはまさにこんな風なのだろうか。
「ユウ、オレもう出なきゃいけないんさ」
「あ、あぁ? おお」
らしくなく外れた反応。実際ラビが何をしたいのかわからなくて、読み取れない自分が悔しくて、そんなことを思ってしまった自分に戸惑った。
「ユウ、オレさ、明日中には帰ってくるから。遅くなるかもだけど、絶対帰ってくるからさ。だから」
正面から見つめられる。灰色がかった綺麗な緑に自分の姿が映っていて、なぜだか酷く安堵した。
「だから起きて待ってて」
そう言って口唇に軽くキスをし、背を向けたのも確か。
「……おかしかったな、昨日は」
神田はひとり、第3書庫室。陽当たり悪く他の書庫より若干狭いせいか、この書庫を好むものはあまりいない。実際神田だって、好んでこの書庫には来ない。というよりは、書庫自体あまり用がない。知識は必要だと思っても、古びた紙面に所狭しと並べられた文字を追うのはとても疲労する。
それでもココに来るのは、恋人と呼んでいる存在が入り浸っている場所だから。
呼び方が【キサマ】から【オマエ】に変わって、【ジュニア】から【ラビ】に変わるまでは、そう大して時間を要したとは思わない。
同い年というオブラートに包まれて、同性同士という背徳は目に入らなかった。それを押しのけてでも、傍にいたいと思ってしまった。
「………」
きっと想う力は自分の方が大きい。一方通行でないことはわかっていても、こんな風に離れていると、時おりアクマがやってくる。
────××してあげましょうか?
ああそんなことできるはずもないのに
共にいきたい
道はないのに
あの腕が欲しい
繋がれているのに
自分にあまり先がないことは解っている。神田はふ、と自嘲気味に息を吐いた。ラビが好んで読んでいる書物に自分はやはり入り込めなくて、手にしたそれをまた棚に押し戻す。
不意に鳴る、無線ゴーレムの無粋な。この静かな書庫室にしてこの音は、あまりにも不釣合い。神田はチッと舌を打ちながら応答を返す。
「任務か?」
ゴーレムに入電してくる人物はふたりしかいない。指令を言い渡す室長か、いちばん近しい人物か。そしてそれは私用で使うべきものではないがために、大抵、前者だった。
『そう。ごめんねこんな日に。司令室来てくれる神田くん?』
いつもと変わらない言葉、変わらないやり取り。ただどこか、声が遠慮がちだっただけで。
「…わかった」
不審に思いながらもそう答えを返し、神田は書庫室を後にした。
言い渡された任務は断れない、のが哀しいところ。神田は任務を受け、軽く息を吐いた。コムイからは、割と近場なんだけれどと言いながらもチュニスでのアクマ討伐及びイノセンスの確認・回収を命じられ。
「ああ、お疲れ様神田くん。結構ギリギリだったね」
任務を終えて戻ってきたのは、日付が変わる、少し前。
「ギリギリ?」
「ごめんねぇ、せめてこんな日くらいゆっくりさせてあげたかったんだけど」
帰還中に仕上げた報告書を手渡す神田に、申し訳無さそうに息を吐くコムイ。コムイといいラビといい、今日は何かあったんだろうか。
起きて待っていて欲しいと言われたにも関わらず、急な任務が入ってしまった。
だがコムイがラビとの約束を知るはずはなく、自分に気を遣う必要はない。
「何、言ってんだ?」
心の底からの疑問符を口に出すと、コムイの方が不思議そうな顔をした。
「…いいの? 神田くん。【今日】は後もう5分もないけれど」
「あ?」
「だって今日、誕生日じゃない」
「────」
す、と息を呑んで、止めた。いや、飲んだ息が、止まった。ゆっくりと瞬いた瞳が、泳ぐ。
チッと舌を打ち踵を返した時には、もう日付変更、3分手前。荒々しく閉ざされたドアに、おめでとうとコムイは小さく呟いた。
自分の足がこんなに遅いと思ったのは初めてだ。教団の廊下にカツカツと鳴るブーツ。心臓の音と重なって、とんでもなく煩わしかった。
日付変更あと2分。
あと1分、せめてあと10秒。12時の鐘は鳴ってくれるな。
せめて。せめてせめてあと少し。
「ラビ!!」
向かったのは、自分の部屋だった。絶対そこにいると思った。だけど勢いのまま乱暴にドアを開けたことをここで後悔。
「……っ」
その人は、眠っていた。
ベッドサイドの机に突っ伏して、疲れた顔を晒していた。
「ラビ…」
ドイツで2件、なんて任務を無理にこなして、こんな疲れた顔をしてまで、【今日】という日に帰ってきたがった理由を、気がつけなかった。
「…ラビ…」
鳴り響く、24時の鐘の音。神田は口唇を噛み締めた。額に流れたオレンジの髪をふわりと掻く。そのかすかな変化に、ラビの身体が蠢いた。
「ん…」
パッと引っ込めた手がいけなかったらしい。ことにエクソシストは気配に敏感だ。ラビがガバッと身体を起こした。
「え、あ、ユウ!? オカエ…っていうかオレもしかして寝てたさ!?」
その反動でか、バサバサと数枚の紙が落ちる。何事か調べ物をしていたらしく、机には数冊の本と紙と、ペン。
「…ラビ」
「オカエリ。良かったさ、帰ってきてくれて。任務オツカレさま」
にこりと笑うラビ。だけどもう、6月6日は過ぎてしまった。逢いたかった【今日】は【昨日】に変わって、意味なんて失くしてしまったのに。
それでもその人は笑っていた。
「悪い……間に合わなかった…」
俯いた神田にラビは首を傾げ、小さな置時計を覗き込んだ。長針は12を少し回り、6月7日を告げている。
「忘れてた……自分が生まれた日なんて…」
「大丈夫さ、ユウ」
神田が俯いている理由を悟り、ラビはその置時計に手を伸ばした。
「…ほら」
キリリ、と左にずれた長針が10を指す。それを神田から見えるようにコトリと置き、腰を抱いた。
「これでこの部屋だけ、まだ6月6日さ?」
「………バカだろ…」
「だってどうしてもユウに渡したいもの、あったんさ~」
はい、と無造作に渡された1枚の紙切れ。ふたつに折られたそれを、神田はただ見下ろす。
「ごめんさ、オレもついさっき帰ってきたばっかで。プレゼント買う余裕、なかった。明日一緒に街行こうさ?」
ゆっくり、かさりと開いた紙切れ。そこにつづられた文字に、神田は瞠目した。
「なん……で」
「よ、読めるさ? 色んな文献引っ張り出してきたけど、難しかったさー」
それは紛れもなく母国の。
ああ何てことだ。顧みもしなかった母国語が、こんなにも。
「発音、違ってたらごめんさ」
ラビは椅子に腰掛けたまま神田の左手を取り、薬指に口づけてこう言った。
「ユウ、えと…誕生日、オメデトウ。ダイスキ」
カタコトながらも、紙につづられた言葉を、そのまま。
神田の国の────言葉で。
「間違って…ないさ? ユウ」
ココ最近書庫に入り浸っていたのはこのせいか。角ばった漢字と少し曲がったひらがなが心に沁みる。口唇が震え、歯がカタカタとぶつかった。
「ラビ……」
「ん?」
「…────抱きしめていいか」
震えた声に、背中に腕を回すことで応えるラビ。導かれるように、神田は身体を動かし、ラビをぎゅうと抱きしめる。
「………っ」
ラビ、と呼ぶ音は声にならない。ただ抱きしめる腕の強さで、心の底からのありがとうを。
「でもこれだけって情けないさ。ユウ、明日街に行こ。何が欲しいさ?」
「…いらねぇ」
充分だ、という神田に、そういうわけにはいかないさ、と膨れるラビ。抱きしめてくぐもった声に、ふたりで口の端をあげた。
「願って叶うもんならな」
身体を離し、神田はラビの左目に口づける。いつもいちばん最初に自分を映してくれる、灰緑の瞳に。
「ユウ?」
「…────オマエとの…続きが欲しい」
保証のない明日。先の知れない命。深くなる想い。やるせなくて背を向ける。それを追ったラビが、ぎゅうと力強く抱きしめた。
「ユウ、来年はI Love Youを日本語で伝えるさ」
もっと勉強するから、と笑うあなたが愛おしい。神田は少し振り向いて、
「それ、言うまで死ぬんじゃねーぞ、バカうさぎ」
「ユウこそ、ちゃんとオレに言わせてね?」
一拍置いて、ふたりで笑う。
合わさった口唇。12で合わさった時計の針たち。
ふたりで、ベッドに倒れこんだ────
#両想い #誕生日 #ラビユウ
アイノアイサツ
ギシリ、とスプリングが軋んだ。
もう、何度目なのかわからない。
「ラビ……もう無理…」
奥深くに若い情熱を放たれて、深く息を吐いた。
「ユウ、そのセリフ今日3回目」
耳元で聞こえる楽しそうな笑い声。そういえば確かに先ほども同じようなセリフを吐いた記憶がある。
その度に口唇を塞がれ、押し込まれた。
「いい加減に…しろよバカヤロ…」
ラビはそんな神田の抗議を聞きもせず、自身を挿れたまま彼の腕を引く。繋がった部分が引き攣れて、快感の混じった激痛が背筋を揺るがした。
「ひっあ……!」
「まだイけるさ…ね?」
「急に動くんじゃね…!! 殺すぞ!」
腰から抱え込むラビを、神田は睨みながら振り仰ぐ。もっとも、潤んでしまった瞳では眼光の威力も半減していたが。
「ん? どうせ死ぬんならユウの手でイきたいさ? なに? 上の口のがイイ?」
ずぐり、と入り込むラビを反射的に締め付け、神田は声を上げる。
「んん、イッ……」
「ああ…ほらユウ…ココはすごいさ? 自分から引き込んでる…上も下も、随分おいしそうに飲み込むようになってるさ…」
背中から回された腕に脚を開かされ、抱え上げられる。耳元で聞こえる荒い息遣いと卑猥な呟きは、神田の羞恥心をかき立てる。そしてそれは、明らかに確信的なものだった。
「ラビ…ちょ…っ無理だって言って…ああ…! あ、あっ…」
「ホラ……そんなに脚開いて」
ぶるる、と横に【違う】と振られる首。パサパサと、長い黒髪が宙を舞った。
「何が違うんさ? オレはちょーっと手で支えてるだけさ…」
「いやっ……だ、そ……な奥…まで…っえ…」
「ユウが引き込んでんの。オレのせいじゃないさ~」
それでも、【絶対違う】と快楽に耐えながら首を振る神田の背を押し、仕方ないなとラビは笑う。
「ユウ、腰上げて」
「ひぅっ…」
首の根元を片手で包み硬いベッドに押さえつけ、上げさせた腰に己の体重を乗せた。
「ああぁっ…」
体勢が変わり、抉られる箇所がずれる。疼いた快感に飲まれ、せめて乱れたシーツに縋った。
「やっぱ中…すごいさ…? ユウの身体…エロい…」
「ひ、あ、あっ、んん、く…ふ、ラビ…もっとゆっく…やぁっ…」
「もっと奥…でしょ? ユウ…」
ギリギリまで引き抜かれ、最奥まで一気に埋められる。慣れた身体とは言え、その衝撃と快楽には耐える、という僅かな理性さえ吹き飛んで。
「あっ…ラビ…ラビぃ…イ…」
腰の前後運動が速度を増す。神田は悦楽に潤んだ涙目でラビを振り向いた。
「ラビ……この体勢……嫌だ…っ」
そうして懇願する。
「オマエの顔見て……イきて…」
「────」
脳天つくようなアイのコトバにノックダウン。上気した頬にふわりと口づけて、神田の脚を持ち上げてゆっくりと体勢を入れ替える。
「ラビ……すき…」
「ユウって朝方意識朦朧としてきた時…嬉しい事ゆってくれるさ…」
だから自分は、何度も何度も、気が遠くなるまでアイを流し込む。
そう言って笑ったラビは、優しく優しく口付けながら、ゆっくりゆっくり、アイを埋めこんだ。
「ん…んんぅ…」
「ユウ────愛してるさ」
そうしてその日何回目かのアイを飲み込むことになって────
「…っていう【夢】ェ、見たんさー?」
食堂で見つけた神田の横に陣を取り、ラビは彼の肩にぽんと手を置く。
「ほぉ…」
ちゃきり、と構えられた六幻にも、欲望の前にラビはひるまず。
「ってことで、今夜はオールナイトさ? いっぱいイかしてやるかんな、ユウv」
「刃で斬られたいか、それとも一幻出すか? 選ばせてやるよさぁ選べ」
「だからイくんならベッドの上がいいさ~」
「貴ッ様あああぁぁぁああぁぁ! 朝からサカんなバカウサギ!!!」
ふたりの声が、食堂に響き渡る。周りの人間はもはや慣れ、それぞれ朝食を片付けるのに忙しい。
これがふたりの朝のアイサツ。
はてさて夜のアイサツは────?
#両想い #ラブラブ #R18 #ラビユウ
雨に霞むaffair
激しい雨が窓を叩く。もともと雨は好きじゃなかったが、それでも任務中に降らなかったことをよしとしよう。
ガラスという障害物に当たって弾ける脆い軌道を視界から消し去りたくて、神田はシャッとカーテンを引いた。糸が切れたように、ばふんとベッドに寝転がる。だがココは、彼自身にあてがわれた部屋ではな
い。どだい、部屋の内装になど気にも留めない神田の部屋に、カーテンなんて気の利いたものがあるはずもなかったのだ。
「……馬鹿うさぎ…」
先ほど任務を終えて帰還した自分と入れ違いに昨日、逢いたかった人はイノセンス回収の任務に出かけてしまった。それはもちろん彼のせいなどでなく、また指令を出す室長、コムイ・リーのせいでもない。
そんなことはわかりきっているが、恨み言を吐かずにはおられなかった。
「…何日経つと思ってやがる……」
逢えなく、なってから。
自分たちはエクソシストで、それぞれ任務を執行することが当たり前で、すれ違ってしまうことも、まあザラで。
そんな中、恋をした自分たちが愚かなのでしょうか。おお母なる神よ。
「ラビ……」
神田はベッドに伏したまま、少ししわになったシーツをきゅうと握った。またメイキングせずに任務に就いたのだろう。
恋人のにおいが残るそれに縋って、その日幾度目かのため息をついた。
不意に。
耳を支配するコール音。脱ぎ捨てたままの団服から、ぴゅんと飛び出す無線ゴーレム。個人の部屋に備え付けられた無線に応答しなかったから、コムイが察して移動用無線に入電したのだろう、と思った。
面倒だと思いながらも起き上がり、パタパタとまとわりつくように飛び回るゴーレムに応答する。
『ユウ』
この教団内…いや、世界中どこを探しても、自分を名前で呼ぶ人間はもう一人しかいない。神田は思わずゴーレムを振り向く。
「────ラビ?」
『ユウ、オマエ今どこにいんのさ? 帰還したって聞いたから部屋の方かけたのに。出ねーからさー』
ゴーレム越しにとは言え、久方ぶりに耳に入れる、声。身体の奥のほうで熱を持ち始める想いに、歯止めはかけられなかった。
「…オマエの部屋だ。部屋の片付けくらいしてけよ。いつも言ってんだろ…」
綻んでしまう頬を、彼以外、誰に見せたことがあるだろう?
『ちょっと急ぎだったんさー。もうちょっと余裕あったら、ユウに逢えたのに』
ごめんさ?とノイズ混じりの低い声。何を謝る必要があるのだろう。イノセンスの回収には、一刻一秒を争う時だってあるのだから。
だけどその言葉は【逢いたかった】という気持ちを切に表し、神田の身体に溶け込んだ。
「長くなりそうなのか? この雨、しばらく続くぞ」
声を受け楽しそうに飛ぶゴーレムが、騒がしいあの男を思い起こさせる。神田は未だ激しい音を立てて世界を揺する雨の影に目をやった。
『んー、ちょっと長くなるかもさ。……通算56日目、かな』
ため息の混じった声に、神田は何がと聞き返してしまう。少し考えればわかる答えだったのにもかかわらず。
『ユウに最後に逢ってから』
「…────そんなもんか?」
ラビは【記憶】し【記録】することを得意とする。彼が言うのであれば、まずそれに間違いはないのだが、もっと長い間逢っていないように思うのは、逢いたいと望んでいるからだろうか。
『長い。ユウに触りたいさ~……あ、いいコト思いついた。ユウ。ちょっと目ぇ閉じてみ?』
そう思っているのは向こうも同じようで、無意識に安堵した。
「は?」
『キス、しよ』
楽しそうな嬉しそうな声が、耳をすり抜ける。一瞬、自分のその耳を疑った。
「何言ってんだ…アタマ平気か?」
キスということは互いの口唇を合わせることであって、お互いが目の前にいないと成し得ない行為である。
『本気本気。なんなら実況中継』
「ふざけんな」
ため息交じりに返した声に、ふざけてない、と強く諌めるような音。この男にしては珍しい声音だった。
『ホントなら今すぐ飛んで帰ってユウにキスしたいところさ。ユウってキスする前、ホントに色っぽい顔する。見たい』
「ばっ、馬鹿言うな…っ」
『ホントだぜ? ギリギリまで目蓋伏せて、その奥の瞳に恥ずかしそうにオレのこと映してさ、ねだるように口唇を上げるンさ』
飛び回るゴーレムの羽が頬をこすり、ラビの声が耳のすぐ傍を通る。
「んっ…」
思わず上げてしまった声を高性能な無線ゴーレムが漏らすはずはなく、それはやはり向こう側にいるラビにまで届いてしまう。
『ほら…そーやって甘い声出してさ……オレが口唇舐めてやると少しだけ開いて…舌入れると苦しそうに逃げ回って』
「ラビ、よせ…っ」
ラビの意図を汲むかのように、ゴーレムは神田の耳元ばかりをさえずるように飛び回る。耳元で聞こえるラビの声に、神田は肩を震わせた。
『オレはユウの舌追っかけて、やっと捕らえて抱きしめてやると安心したみたいに舌、絡め返してくれる』
「やめろって、言っ…てんだろ!」
逢えない時間がそうさせるのか、思い起こされるキスの感覚。渇いた口唇が次第に濡れていき、角度を変えるたびに深くなっていく口づけは、想像するだけでも情をかき立てる。
『ユウは右の奥歯のあたり、弱いんさ。立て続けにそこ、攻めてやるとさ、膝ガクガク言わせてオレにしがみついて来る。ユウ、すげェ可愛い。サイコ』
「ふ…ざけんな…!」
まるでラビの口唇が実際に触れているような感覚が、神田を容赦なく襲う。それほどに回数を重ねた口づけが、【距離】を超えてくる。
『ユウ…感じてる? オレとのキス、想像できてるんさ』
「バッ……感じてるわけね…!!」
『ごめ、ちょっとオレ、やばいンさ、ユウ』
掠れたような声が耳に届く。上がったような息が、彼もまたその行為を想像していたのだと悟らせる。
『えっち、していい…?』
そして、その先を求めている。神田は目を瞠った。ラビの任務地は聞いていないが、飛んでこれるような距離ではないだろう。実際そんな距離にでもいるのなら、這ってでも来いと言ってやりたいところだが。
「ワケのわからねェこと言うな! この状況でどーやってヤるってんだ!」
『できるよ。ユウ…ほら、ベルト外してさ』
欲情したような声が、吐かれる息とともに耳に届く。神田は理解した。この状況で、どうやってセックスをするのか。
「てめ……ふざけんのも大概にしろよ!?」
こともあろうに、ラビは。
神田に、自分で、ヌけ、と。
『なんでさ。したことない? オレがいない時どーしてんのさ、ユウ』
「し、…してねェよそんなことっ!!」
したコトがない、ワケではなかった。神田だって一応健全な男子である。どうしようもなくなった夜、一人でヌいたことくらいある。だがそれだって数えられる程度だ。
ましてや、無線越しとは言え相手の前で、など。
『そうなん? オレなんかしょっちゅうユウでヌいてんのにさ。でもさ、想像はできるさ? さっきのキスみたいに』
カアァと頬が上気する。感覚がまざまざと思い起こされ、思わずギリ、と口唇を噛んだ。
『ユウ…頼むって。もう想像だけでイくの、限度があるんさ。声、聞かせて…』
耳元で、ゴーレム越しに囁かれる。その声から余裕のなさが伝わって、求められていることに安堵と、嬉しささえ感じてしまう。
『オレがいつもしてること、すればイイからさ…』
奇しくも、ココはラビの部屋。声もにおいも、その男の存在を感じるには最適な場所。神田はチッと舌を打った。
「……かったよ…!」
『ユウ?』
「わかったっつってんだよ! そんなにヤりたきゃさっさとしやがれ!」
この心臓の音は、きっと雨音がかき消してくれる。神田はギシリとベッドに座りなおした。
『うわ、ムードないさ~』
「ハ、そんなんてめェでどうにかしやがれ」
『じゃあ…ユウ? 今シャツ着てる? だったらボタン外して』
ラビの声色が急に変わる。セックスをするときの、試すような意地の悪い声。流されるかのように、神田はシャツのボタンに手をかけた。
『ねぇユウの首筋……痕残してい?』
「バ、馬鹿言うな、見え…っ」
実際に残せるはずもないのに、反射的に彼がいつも痕をつけたがる箇所を押さえ隠そうとしてしまう。
濡れた舌の感触と吐息まで、感じられた。何度も重ね合わせてきた身体が、可笑しいほどに【記憶】しているのだ。
『ユウさ、今サラシしてんだろ。任務後、いっつもだもんな。ああ、いいさ外さなくて』
「ラビ…?」
『サラシの上からでいいから、触ってみな、ユウ』
「や……」
自慰の最中相手の声が聞こえるというのも考え物だ。見られているようで、羞恥が倍ほどになる。
『や、じゃないだろ、ユウ…いっつも、胸突き出して触ってって言うのに』
「い、ってね…そんなこと…っ」
それでも、手のひらで、指で、自分の胸をまさぐった。次第に硬さを増す胸の突起は、確かに敏感に【開発】されていて。
『言ってるさ。もっと触ってって…舐めてってさ……今度ティムで映像記録してやろうか?』
「殺す…!!」
言葉とは裏腹に、瞳の端に滲み出す快楽の涙が浅ましく思えて、せめて喉を突いて出てくる声を抑えようと、歯を食いしばった。
『ユウ? 声、抑えようとしても無駄さ? オレがそこ、舐めてやると超イイ声出すんだもん』
「あっ…」
舌なめずりの音。雨音に掻き消えてしまえと思うほど、淫らな水音。
サラシ越しの愛撫がもどかしくて、神田は突起の部分だけを少しずらし、そこに指を滑り込ませた。
「い…っ…ラビ…」
『ホラ……気持ちいいんさ? ユウはそうやって拒む振りして腰を浮かせる。もっと下のも触って舐めて、めちゃくちゃにイかせて欲しい、ってさ』
「あっ、いや…、だ…ラビ…!!」
最後に重ねた肌の記憶が、身体の奥から這い上がり、熱を誘う。こんなに長い間離れていても、這い
上がってくる熱は変わりなくて、浅ましくて、あまりにも愚かしくて、悔しさがこみ上げる。
「ラビ…」
『ユウ…片手、空く? 胸からさ、下…降りて。肋骨。ユウ、ココ触られるの好きでしょ…指で…手のひらで』
それでも、言われるままに腕が動く。ラビの掠れた声は、理性を吹き飛ばす魔法のようだと、神田は後から思った。
『あっ…あ…ラビ…』
「ユウ、すっげ可愛い…」
実はラビの方も理性なんか決壊ギリギリで、息を上げながら神田に囁く。
セックスをしようと頼んだのは確かにこちらの方だったが、まさか本当にしてくれる、とは思わなかった。神田はハタから見ても分かりやすいほどに、人一倍プライドが高く一見【性】になど興味も無さそうに感じられる。
実際、肉体関係に持ち込むまでにどれだけか苦労を要したのは、未だに記憶している。
「ユウ…ベルト外せる?」
『んっ……』
無線ゴーレムの向こう側から、欲情に掠れた声とカチャリとベルトを外す音が聞こえた。神田の指がどんな風に動いているのか、想像しただけでも背筋があわ立つ。普段の潔癖的な彼からはどうやってもイメージが合わず、そのギャップがラビの欲望のレベルを上げさせた。
「全部、脱いで。もう、結構限界っしょ、ユウ…?」
『そん…ッな…ラビ、これいじょ……無理…』
その言葉に、ラビは口の端を上げた。向き合って肌を重ねる時と、同じようなセリフ、だ。
「ダメ。無理じゃないさ、ユウ? だって覚えてるでしょ? オレがいつも、どんな風にユウをアイシてるか…」
いつもいつも、そう言いながらねだるように腰を上げしがみついて来る彼に、いくつものキスを与え抵抗する理性を吹き飛ばすのがラビのやり方。
『だ…けど』
「ユウ、脚の付け根、弱いんさ。知ってる? 中指の腹でちょっと触っただけでも」
『ひぅっ…』
ホラ、そんな甘い声を上げて。
そんな淫らな声を出されてラビの我慢が効くはずもなく、解放を求めて存在を誇示する己をさする。
服の上から…もう布越しでは満足に感じることもできず、急くようにジャッと荒々しくジッパーを下ろし、右手を忍ばせた。
「ユウ…もっと声……聞かせて」
掠れた声で、深く深く、愛をねだった。
覚えてるでしょ?と囁かれ、神田の指はゆっくりとジッパーを下ろし始める。いつもだったらこれはラビの指であったり、歯であったり、それでも時には神田の手を使って下ろさせる事もあったり。
ベッドの端に座ったままの姿勢では、これ以上身体を支えているのが困難で、神田はそのままベッドに背中から沈んだ。
髪が揺れ、首にまとわりつく。こんな鬱陶しい髪をラビは好きだと言い、しばらく切らないでおこうと決めたのは、多分その時。
「ラビ…」
『ユウ、続けて。オレいつも、ドコから最初に触る?』
「あ…っ」
耳元にちょこんと落ち着いたゴーレムから、ラビの掠れた声と荒々しい息。まるですぐ傍にでもいるような錯覚を起こさせる。
だけど実際に触れてくれるわけもなく、苦しくてもどかしくて、何度も、何度も名を呼んだ。
『根元から…動かして…手のひらで押すようにしてさ…』
「ラビ……い…やだ…っ」
『ウソツキ。どーすんの、ソレ。もう、硬いさ? ちゃんと解放してやんなきゃ…な、ユウ』
「あっ、あ…っふ…」
なだめ誘うような声に、神田の肩がビクリと揺れる。屹立した己を手のひらで包み、指で追い詰め、背をしならせた。
『イイ…最高さ、ユウ…』
「や…ああ、あっ、ん…っ、く」
片手だけではもどかしすぎて、神田は両手で自分を追い詰めていく。ラビの愛撫を、身体で思い返しながら。
折り曲げた膝が浮き上がり、快楽を追っていることがその仕種だけでも嫌というほどわかってしまう。
「ラビ…や…ラビ、もう…っ」
両手が、己の体液で濡れていく。先端からあふれ出す快楽の象徴が、淫らな音を誘い息を乱れさせる。
ラビがいつもしているように、指で輪を作り上下に激しく動かし、爪で引っかき、手のひらでこする。奥でくすぶるふたつの袋を、空いた片手で柔らかく揉んだ。
『ユウ…イきそ…?』
「んっ…ああッ……ラ、ビ…!」
『ごめ、も少し我慢してくんねェ? ユウと一緒にイきてェさ…』
荒い息とともに、濡れた音がゴーレム越しに聞こえる。それはお互いに同じような状況で、愛しいと、嬉しいとさえ感じてしまう。
「ん…ラビ…」
『ユウ、愛してるさ…』
いつものように囁かれる睦言に、神田の脚が跳ねる。そんな声にすら感じてしまう自分が、情けないほど浅ましかった。
「ラビ…ラ…ビ…っ」
浅はかで、愚かしくて、愛しくて、泣けてくる。
浅ましく乱れ、快楽を追い、解放を求める。こんな無様な自分を、この男は愛していると言う。
『ユウ……愛してる…』
「っ…ラビ…!!」
『一緒に、イこ』
「…ん」
いつも、一緒にイく前は必ずキスをしてくれる。その悦楽に酔い、神田は両手で快楽を追いたてた。
「あっ…あ、あ…っラビ、い、く…っ」
『ユウ……っ』
「ひぁっ……あ、ああッ…ラビ、ラ…、────っっ…!!」
『ユウ…、いっ……────!』
神田の脚が、ビクリビクリと痙攣を起こす。
ふたり、同時に果てた。
「っは…はぁ、…はぁ、く、ふぅ…っ」
『っつ…っは…はぁ…はぁ…』
荒々しい息が辺りを包み込む。飛び散った濁る体液が意識を現実に引き戻し、呼吸が整っていくにつれ、羞恥心が神田を支配した。
『ユウ、すっ…げぇよかった。ヤミツキになりそうさぁ~』
「ば、馬鹿言うなっ、もう絶対やんねー!」
思い返せば、なぜこんなことができてしまったのだろう、と口唇を噛んだ。
それを愛と呼ぶ人もいる、でしょう。
『え~、またやろうさ~ユウ~』
ギシリとベッドから降り立ち、
「いっぺん死んでこい」
追う様に飛んだゴーレムを、一刀両断。向こう側から、あからさまにヘコんだ声が聞こえてきて、神田は思わず口の端を上げた。
「気が────向いたらな」
カーテンを開けると、相変わらず激しい雨は景色をけぶらせ、声すらも霞ませる。
だけどそれはラビに届いてしまったらしく、
『さんきゅ、ユウ。愛してる』
幸福そうな音が、耳に届く。胸が詰まった。
「……ラビ」
『ん?』
パタパタと浮遊するゴーレムをしばし見つめ、ためらいがちにカーテンを閉め直した。
「…悪い、なんでもねェ。そろそろ切るぞ」
『…ん。この任務終わったら、今度こそ逢いてェな、ユウ』
なにか言いたげなラビの声音。言いかけてやめた神田の心に、どれだけ気づいているだろうか。
己の薄情さに少し口唇を噛み、神田はそうだなと静かに返す。
じゃあ、また。と無線が切れる。
ゆっくりと息を吐き、カーテンの引かれた窓にもたれかかる。熱に浮かされた身体に、その冷えたガラスは心地よかった。
「ラビ……」
その名を紡ぐ口唇を指でなぞり、そのまま片手で口許を覆い俯く。
言えなかった。
「…ラビ、…」
言えなかった。
「……愛してる…」
こんな雨の音じゃ、小さく呟いても。
「愛してる……」
きっとあなたに届かない────
畳む
#ラブラブ #両想い #R18 #ラビユウ
徒花
「んじゃ、コレ報告書。遅くなってゴメンさコムイ~」
そう言って、笑いながら三枚にまとめられた紙切れをひらりとデスクに置いた。言葉とは裏腹に、あまり反省はしていないように思える。
そうは言ってもこの笑顔が彼の持ち味で処世術。それについてとやかく言う必要はない。
「はい、オツカレさん。ブックマンは?」
「ん? ジジィ? まだあっちで後処理してるさ~。今回の任務で巻き込んじゃった【一般人】がいてさ~。ちょっと治療しなきゃいかんらしいんさ」
そう、と頷いて、ラビから提出された【イノセンスについての報告書】にちらりと目を通し、無造作に放った。整理するという概念が、この男にはないらしい。
「しばらくはゆっくりできるかな、ラビ。さっきまでちょっと頼みたい任務があったんだけど、別に空きがいたからね」
「そうなん? 別に良かったのにオレ。ヘタに休むより動いてた方がなまんねーし」
任務が苦痛ではない、と言い切れる団員は多くない。大体において、任務は命の危険を伴うのが常だ。
世界を救うためとは言え、まだ幾らも生きていない自分が、いつ死ぬかもわからない状況を、苦痛でないとは言い切れまい。
だが、【何かをしていたい】というワガママな思いは切り捨てられず、動く。
「オレが役に立つんなら、行くよ」
「…明快でイイねラビは」
それが生きてる証だから、といつか笑って言っていたのを、いまだ記憶している。
「でもま、任務ないんならマジメに修練しましょうかねー」
頭の後ろで腕を組んで、ラビはコムイに背を向ける。
コムイはその背中を笑って見送りかけ、だがためらいがちに呼び止めた。
「ん?」
「ちょっとね……頼まれてくれないかな?」
悪いクセだと思った。この男は肝心な時にいつでも遠慮がち。
エクソシストになり得なかった自分を悔やんでいるのか、哀れんでいるのか。
ラビは気づかれないようにそっとため息をつき、コムイに向き直った。
「オレにできることなら?」
「キミにできなきゃ誰にもできないよ」
不思議に思う。自分よりも能力が上のエクソシストがいないわけでもないのにと。
「神田くんを止めて」
その音に、ひゅっと息を呑んだ。
組んでいた腕が外れる。
「────…ユウ?」
それは愛しい人の名前。
何物にも変えがたくて、何者にも譲れないその人。
「なんかあったんさ!?」
神田だって任務があったはずだ。確か新しく入ってきたヤツとコンビで行ったとか聞いた。他人とそりが合わない人間だというのは知っているが、また何かしでかしたのだろうか。
「全治五ヶ月だってさ」
その言葉に、思わず掴みかかってしまったコムイの胸ぐらを解放する。
神田が怪我をするのはままあることだ。今イチ彼はツメが甘い。心配ではあるが、そんなに驚くことではない。
「なんだ…それって一般人基準さ? ユウだったらそれくらい半日で」
「三日」
「三、…日?」
責めるように見上げてくるコムイに、ラビは鸚鵡のように訊き返した。
三日。
常人では考えられない完治スピードだが、彼に関しては違う。
遅い方、なのだ。
「また…遅くなったんか」
「…そうみたいだね」
危険なカケだ。一歩間違えれば深い深い眠りについてしまう。
それでも彼は、【生き】なきゃいけないのだと先を急ぐ。
「頼むよラビ。神田くんの無茶、止めて」
イチバン近くにいるのはキミだろう、とコムイは縋るように眉を寄せた。
「彼を死なせるわけにはいかないんだ」
珍しくラビの眉が寄せられていく。
怒りからの行動なのか、葛藤からの行動なのか、判別できずにいるけれど。
「────できないさ、コムイ」
「ラビ」
「確かに死なせるわけにはいかんだろうさ~。【大事なエクソシスト】だもんなぁー」
含んだ言動に、コムイの眉間がわずかばかり深まった。
教団にとってエクソシストは必要なものであり、決して失われてはいけないものだ。いや、この世界にとって、と言った方が正確だ。
それゆえの束縛を、彼らがどう思っているのか、エクソシストでない自分には理解するまでに至れない。
「…怒るよ」
だが死なせるわけにいかない、と言った思いは純粋なものだ。それを頭から否定させる、【稀少さと束縛】が疎ましかった。
「そんなに無茶させたくないんなら、なんで【あの人】いかせたんさ…!」
「ラビ」
望んでいるものは、人それぞれ違う。
神田の望むもの。
コムイの望むもの。
ラビの望むもの。
そして、神田の【あの人】が望んでいたもの。
「オレはユウを止められない。止めない。失くしたくないんさ」
俯いて、息を呑んで、ラビは顔を上げる。
「自分で何を言っているか、わかってるかい? ラビ」
上げた顔は、いつものように透き通った笑顔だった。
「コムイ、オレね。目下ユウと恋愛中。惚れた人が正義なんさ」
その情熱と純粋さに、コムイは目を細めた。
そうだ、危険さは当人たちがイチバン良くわかっているのだろう。
「ユウがいなくなるから、コムイのその頼み、きけないさぁ~」
ごめんさ?と笑って、ラビは司令室を出て行ってしまう。
コムイはひとつため息をついた。本棚の影からバツが悪そうに顔を出したリーバー・ウェンハムに。
「わかんないスね~」
「盗み聞きとは感心できないねリーバーくん」
「室長たちの声がデカいんですよ。だけどラビのヤツ、神田を失くしたくないならどうして止めないんですかね」
コムイはラビの消えたドアを見つめながら、ギシリと椅子の背にもたれた。
「魂のハナシをしてるんだよ」
魂?とリーバーは訊き返す。ややあって、リーバーはそれを自らで理解した。
「肉体が死んだら元も子もないと思うんですがね」
「だけど今の無茶を止めたとしても、【神田ユウ】の魂が色を失くしてしまったら? ……切ないねぇ…なんで【あの人】いっちゃったのかなあ…。ホント徒花だよねぇ…」
「徒花?」
「…実を結ばないってコトさ」
ふう、と息を吐き、コムイはリーバーを呼んだ。さっきの任務、誰に頼んだっけ、と。
「確かフレディでしたよね。どーかしたんすか」
「うーん、ちょっとね」
「ああ、わかりました。あんたの魂胆」
「ハハ、さすがリーバーくん。コレくらいはね、してやりたいもの」
そう言って、コムイは笑いながら無線機に手を伸ばした────
ジリリリリ
ぴょこんと無線ゴーレムが飛び出してくる。帰還した途端なんだ、と神田は眉を寄せながらも応答する。
『ユーウ?』
「────ラビ?」
てっきりコムイだろうと思っていただけに、通信の相手に神田は不覚にも驚いてしまう。
「何の用だ」
『相っ変わらず冷てぇなぁ、コイビトに対してぇ~。今ドコ?』
ため息交じりのラビの声。いつもと変わらないやり取りに、どこか気の緩んでしまう自分に腹が立った。
もっと甘えて欲しいとも言われたことがあるけれど、具体的に何をどうしたら【甘え】られるのかすら理解できない。
それを言ったら、不器用だと笑われたことを覚えている。
「本部。すぐ任務に出る」
『え~マジで? ユウ最近任務多くね? で、今ドコよ。行くから』
「馬鹿か、すぐに任務だと言っているだろう。出発まで五分もないってのに」
行くから、と言うことはラビもココにいるのだろう。任務中は連絡を取れる状態じゃなかったせいか、お互いに帰還がいつになるのか知れない。
偶然にも今はふたりともが帰還しているらしいが、すれ違うことの方が多いのだ。
『ダイジョブだってー。五分もあれば名前呼んで抱きしめてキスができる』
「なっ…」
恋人だと言う限り、自分だってそういう気持ちがないわけではない。
だけど、そうやってあからさまに言葉にされるのはいつまで経っても慣れるものではなかった。
「馬鹿なコトを言うなっ…」
『馬鹿なコトじゃないさ~。ちょっとの時間でも逢いたいと思わねぇ?』
今の顔は絶対に見せられない。情けない顔をしているに違いないんだ。神田は吐く息を殺した。
「絶対来るな。来たら斬る」
『アッハ、それ無理~』
ふわり、と身体が後ろに揺らぐ。
記憶してしまった体温が、背を支配した。
「もう、来ちゃったもん。ユウは目立つからすぐわかる」
ふたつのゴーレムが、じゃれあうように飛び交っていた。
「オカエリ」
「……ああ」
背中から抱きしめられるのがいちばん好きだった。遠のいていきそうな【自分】を押し留めてくれる。それを彼に言った記憶はないが、不思議と背後からのスキンシップが多いのは、気づかれているからなのだろうか。
「ユウ、今回三日もかかったんだって? ダイジョブ?」
「大した事じゃない。何日も寝ているわけにはいかないんだ」
そっか、とラビが笑う。
ラビは神田のすることを止めないでいる。その理由を問いかけて、喉が詰まった。
「ユウ」
不意に呼ばれた音に。
「キスしてもい?」
答える前に突然降って湧いた小さなキスに。
「……ラビ」
「オレね、ユウに名前呼ばれるのスゴク好きさ」
もっと呼んで、とつつくようなキスをする。だけどその口唇は、僅かに。
ひっそりと震えていた。
「ラビ、言いたいことがあるならはっきり言え」
それが神田に伝わらないはずがなく、正面切って睨まれた。
キレイな顔だと思ってラビはあからさまに苦笑い。
「アイシてるさ、ユウ」
「……そういうことじゃなくて」
「そろそろ出発?」
濁したラビの声に、懐中時計を見直す。タイムリミットだ。神田は舌を打ち、眉を寄せた。
「行く」
「うん」
踵を返しかけた神田を引き止め、ラビは口唇を塞ぐ。
「…、ん…っ」
見送りのキスにしては激しく、別れのキスにしては心許なかった。
口唇を離した後、ぎゅうと強く抱きしめあった。
【名前呼んで抱きしめてキスができる】と言った言葉そのままに。
「────死ぬな」
「…了解した」
名残惜しそうに身体を離し、ふわりと笑う。
生きていける。
じゃあ、また。
言いかけて、呼び出す無線ゴーレムの音に邪魔された。
「あれ、オマエのだろ。ラビ」
「ん~。任務かなあ」
ゴーレムに応答するラビの声を、神田は背中で聞いた。
生きていける。
「えっ、マジで!?」
遠のく距離でも耳に入るようなラビの声。
いつもながら騒がしい男だ、と神田はため息をつく。感傷に浸ることさえ邪魔をするのか。
「さんきゅーコムイ~、愛してるさ~」
聞き捨てならないコトバが聞こえ、眉間にしわが寄る。早くこの場を離れてしまおうと、足を速めた。
「ユウ、待って待って」
とたた、と追いかけてくるラビを、不思議そうに振り返る。
「なんだ。もう時間が」
「一緒の任務、だってさ」
嬉しそうに追い越すラビを、一瞬後に振り向いた。
「ちょっと待て、今回はフレデリックだって聞いてるぞ」
「コムイが気ィ利かしてくれたんデショ? 一緒の任務、どれくらいぶり?」
時間ないんだろ?と足早に歩き出すラビを追い、逸る鼓動を聞かれないように一歩後を歩く。
確かに一緒に任務に就くのは久しぶり。コムイが気を利かせてくれたこともわかる。
「一年…くらい」
「楽しみさぁ~」
「おい、不謹慎な事言うな。任務だぞ」
それでも、一瞬でも【嬉しい】と思ってしまった自分に頭を抱えた。
「自分の感情に素直なだけだもんオレ。ユウの事好きで、大好きで、一緒にいたいんさ」
すい、と手を差し出され、神田はためらいがちに右手を伸ばす。
絡ませた指が、お互いを安堵させた。
「ユウ。花、咲いてるよな」
みなまで言わずとも知れた。ラビが何を言いたがっているのか。
生きていける。
「────ああ…そうだな、ラビ」
たとえ実を、結ばなくても。
#両想い #切なめ #ラビユウ
花と雨と願い
白い小さな花が、雨に揺れる。清廉さを遮るように打つ激しい雨が、誰かの涙のようでラビは眉を寄せた。
この花ね、好きよ
そう言ったアナタはもうどこにもいない。
今日はまた一段と激しいな、とラビは窓の外に目をやった。
ここ数日降り続く雨は、空気の洗浄のようで確かに気持ちの良いものだったけれども。
「あんまり……よくねェよな。この温度」
ぼそりと独り言。
雨霞みの風景に、ひときわ濃い部分が浮かんでいるのに気づき、慌てて窓を押し上げた。
「………っのバカ…!!」
どれだけかの予感が確信に変わる。
ラビは窓枠に手をかけ、流れるように身体を宙に泳がせた。地上から10メートル以上もあるこの高さから飛び降りても、かすり傷ひとつつくらないのは、まあさすが適合者のといったところ。
「おい! 何してんだユウ!!」
ひとり濡れるのも気に留めず佇んでいたその人の腕をガッと掴み振り向かせる。濡れた黒髪は、水分の重さで空気に負け、普段より揺らがなかった。
「………関係ねェだろ…」
そうは言いながらも振りほどこうとしない覇気のない神田が、泣いているようでラビは掴んだ手に力を込める。
「雨、だろ。ユウ」
ヤバイな、と思っていた。特に今日の雨は。
「うるせェ、放っとけよ…!」
ようやっとラビの手を振り解く神田。それでも、力なく。
ラビは心で独り言。
ほんと、やべェって。
この雨の音。温度。水量。時間。
すべて、【あの日】と同じだった。
「ユウ」
毛先からボタリボタリと雫が落ちる。障害物に負けて弾ける雨を、脆弱なものだと嘲笑い。
「放っとけって言っ、て…!!」
凶悪な衝動に駆られ、神田の身体をかき抱いた。
この上なく乱暴に、乱暴に。
「ラビ…っ」
「オレといる時くらい忘れろよ」
濡れて重たくなった団服を薙ぎ、硬い地面に押し付ける。地面に打ち付けられた水の力を借り、抗議さえ撥ね退けた。
「やめろ、馬鹿野郎!」
「この雨じゃ他のヤツにゃ見えねェって」
エクソシストの証である静寂の団服をひき開き、濡れて冷えた身体にかぶりつく。
雨の味が口の中に広がり、忌々しいと思いながらもラビは笑った。
「乱れろよ、ユウ。全部雨が流してくれる」
「ふざけんな……ぁ」
こんなことくらいでしか、打ち消せない記憶の花。
あの時も、この人は雨の中佇んで空を睨んでいた。
すべてを包み込むくらい巨大なものであるくせに、手を差し伸べようとしない無責任な空を。
「あっ、ああ、んぅ」
【アイツが死んだ日】と同じ雨の音。同じ温度。同じ水量。
それは死と隣り合わせに生きている団員が、意味もなく死んだ日。
探索部隊だった【彼女】が、花びらのように堕ちていった日。
「ひっ…う」
美しい女だった。
明日見る月のように潔くて、昨日降った雨のように弱い人。
大好きだった。
「んんっ、ん…くぅ、ぁ…ラビ…」
自分も、自分の下で乱れるこの人も、大好きだった。
【彼女】の最期の頼みを飲み込んで、雨に解かした。
「ラビ……も、っと…突いて」
【彼女のあの人】を探し出し、託された手紙を渡さなければいけない。
【あの日】は生きる目的が変わった日。
「イきそ? ユウ」
「おく……まで…」
【あの人を探し出す】ことに、目的をすり替えた日。
「ダメ。そう簡単にはイかせねェよ…」
こんな時くらいしか、自分のことを考えてくれない人だから。
情けなくて、限りなく乱暴に口唇を貪る。
後から後から雨が伝い落ち滑り込み、哀れなほどに存在を誇張する。
「ラビ……」
引き止め、身体を繋ぎ、生を貪る。
そうすることで一体どれだけの無意味な夜をやり過ごしてきたのだろう。
命を削ってまで【彼女】の願いを叶えようとする愛しい人に、自分が何をできるというのだろう。
「そんなに泣くほどイイ?」
頬に手を添える。涙なのか雨なのか、区別なんかつくはずもないのに。
「泣いてんのは…てめェの方…だろうが…」
心臓が割れる。
情けなくて悔しくて、腹立たしくて、左胸のサンスクリットを強く引っかいた。
「っ……あ」
こんなものに頼ってまで、叶えたい【願い】。
大好きだった花のような彼女。
こんな雨の日は、そんな純真さえ凍る。
逢いたくて 逢いたくて 触れたくて 遠すぎて届かなくて
諦めた想いを雨に流してた。
「愛してるよユウ」
散り逝くと知る花を愛で、砂時計の砂が堕ちきらないようにと祈る。
「……死にたく…ない…」
もっと。もっと、もっと、もっともっともっと、アナタの中にワタシを流し込んだらその砂を食い止められますか。
神様。
「ラビ…もっと……いきたい…」
もしもアナタを信じることで【願い】が叶うなら、今からでも。
「言ったじゃん…ユウ……そんな簡単にいかせねェって…」
「泣くなよ……ラビ…」
「雨、だから。ただの」
何か言い出したがる口唇を塞いで、卑怯なくらい乱暴に突き上げた────
どんなに 祈っても 還れないあの頃が
酷く うとましく 思えて
#切なめ #ラビユウ #R18
珈琲色(カフェイ・スー)
コーヒー、飲むかい?と訊ねたボクに、彼はゆっくりと頷いた。
らしくない遅い動作に、思わず苦笑してしまう。
フラスコで温められたカフェイ。カップに注がれる音は、ボクの好きなもののひとつで。
「砂糖もミルクも要らないんだったよね、キミは」
「────…ミルクだけ…入れてくれ。多くて、いいから」
長い黒髪がパサリと肩から落ちる。低めのテノールが耳をすり抜けて、ボクは一瞬手を止めた。
ボクの記憶が間違っているはずはない。彼は変わることをひどく嫌う。環境はもちろん、飲食物の味でさえ。
「珍しいね? 神田クン」
それでも要望どおりに多めにミルクを入れてカップを渡す。ローズグレイへと色を変えたそれは、彼の口唇に良いアクセントとなるだろう。
「なにかあったの?」
「…別に…」
きっと自覚してないんだろう、キミは。
「おやおや。何もないのにこんな時間にボクのとこ来るの? 襲われても文句言えないよ~?」
最近やたらと麗しい。
髪にだって艶があるしふとした表情にグッとくる。
「てめェまで妙なこと抜かすな」
「…まで? もう誰かに襲われた?」
「揚げ足取んな。殺すぞ」
不機嫌そうに眉を寄せる。その表情さえ愛おしい。
そんなことは絶対口に出せないけれど。ああボクだってイノチは惜しいからね。
「で、ラビと何があったの」
訊ねたボクの言葉に反応したのか、彼は飲みかけていたカフェイにむせ返る。わかりやすいな、ホントに彼は。
「なんでここでヤツが出てくる!」
「顔、真っ赤だよ神田クン」
ほんのり染まった頬を指摘すると、決まり悪そうに口許を押さえ顔を背ける。
本当に、ウソをつくのが下手だと思い微笑んだ。
「……ァ…イツの泣き顔なんて初めて見た」
さすがに耳を疑ったよ。ボクだって想像できないもの。
「泣いたの、ラビが?」
訊かなければよかった。異常さから、状況を読み取れてもよかったと思った。
「もって後半年だとさ」
カップの持ち手がするりと指をすり抜けた。
ボクの手から逃げ出したそれは、硬い床に当たって弾ける。逃げ出した自由を堪能するヒマもなく。
「泣いてんだ。アイツ。何度も……俺の名前呼んで…キス、してきた」
心臓が痛い、と俯く彼を見ていたくなくて、ボクは目を瞑りながら上向いた。
ああ忘れていたよ。
キミはあの人のために命を削ってまで生きていたんだ。
ボクには止められない。止める権利はあるだろうけど言葉が喉に引っかかる。
「ラビが、好きかい?」
せめて、ボクのために彼に生きる目的を。
「………多分」
「だったらラビのために生きてやりなよ」
如いてはボクのために。
自分を哀れむように微笑み彼に視線を移すと、辛そうに顔を歪めて笑ってた。
泣き出しそうに、笑ってた。
心が弾かれる。
華は散る直前、もっとも美しく咲き、自身を誇ると言う。
「コーヒー、美味かった。明日、ラビと任務に出る」
「うん」
飲み干したカップを手渡してくれる。
気をつけて、と言うほかない。
止めるわけにはいかないんだ。それは彼が彼として生きるために必要なことなのだから。
「おやすみ神田クン」
「ああ」
扉が彼を吸い込みパタンと閉まる。
部屋が薄暗くてよかったと思う。できるなら涙など見ないですむ方がいい。
「……っ…」
割れたカップのカケラがかちりと啼いた。
弾け飛んだボクのココロがかちゃりと鳴った。
「キミを……恨むよ神田クン…」
きっとキミはボクの珈琲色のココロに気づいてて────
#片想い #切なめ #ラビユウ #コム→神
薄情2
なかなかオモシロかったですよ?
不意に思い出す。ラビの帰還を報せてきた男の、揶揄うような言葉と笑い声。
ゆっくりと息を吐きながら、状況を反芻してみた。
「……」
胸にちりちり。
胃腸にきりきり。
「ユウ?」
知らず、背中に回した腕に力がこもる。
どれだけか、殺意を混ぜながら。
「ユウ? ちょっ…イタタタタタタタ痛いって」
イラついているのだと自覚し始めても、この殺意を収めることはできずにいた。いや、むしろこのまま絞め殺してやりたいくらいだ。
それは情熱などでなく不快。
神田は腕に更なる力を込め、ラビの身体を絞め上げた。
「痛い痛いマジ痛い」
さすがは鍛えられたエクソシスト。腕力も人並み以上。
ギシリ、と骨の軋む音が聞こえる────寸前。
「────フン」
突然に力を緩め、ラビの身体を解放する。まさに、放るように。
「ゲッホゲッホ…ど、どうしたんさユウ~? 今めちゃくちゃイイ雰囲気だったんだぜ~?」
わけがわからない、と戒めから解放されたラビは半ば涙目になりながら、痛む肋骨をさすりさすり神田を見上げた。
「調子いいこと言うな!」
ビッとご丁寧に指まで指してくれる。本当に機嫌が悪いようだ。
何が彼をそんな風にしているんだろう? 心当たりは思いつかない。
指し当たっては帰還の連絡を入れなかったことくらいだろうか。
「ユウ?」
「途中吸血鬼だかなんだかに足止め喰らった割には、随分と楽しい任務だったみたいじゃねーかよ」
「へは?」
任務、ということは今回の【元帥の護衛】のことだろう。
ああそういえば確かに途中の村で足止めされていた。
だがそれが彼の機嫌を悪くしている理由としては考えられないだろう。
「別に楽しくはねーさァ。よりによってクロス元帥の護衛だったしー、あの人まだこっち戻ってきて」
「誤魔化すな! 何が【楽しくない】だ! 吸血鬼ンとこの女にデレデレしてやがったくせに!!」
ラビの言葉を遮って、神田の怒声が礼拝堂に響いた。
それか。
そうか、それか。
「なんで知ってるんさー?」
ガクリとうな垂れるラビ。否定はしなかった。
「モヤシが言ってやがったんだよ!」
【綺麗な人でしたよー? 食人花に食べられそうになってるにもかかわらず、すごく興奮してましたからねー】
ラビと神田の関係を知っていながら、いや知っているからこそなのだろうが、本当に楽しそうに。
「あーそー、アレンがねぇ…」
仕方ねーなぁ、とでも言うように、盛大なため息をつくラビに、神田のイライラが増幅する。
「否定もしねェのか、てめェは!」
できれば否定して欲しかった。
新人の、オモシロ半分のからかいだと思いたかったが。
その願いは当人によって崩された。
「ワリ、事実」
「……!!」
握り締めた拳が震えた。
この男はウソをつかない人間だと知っている。ひどく分かりやすいが、時々無意味に薄情だ。
「顔ちっちゃくて睫毛長くてさ、口唇ぷるんてしてて、スタイル抜群だったんさー。まんまストライクゾーン。アレは参ったね。けどさ~」
「ふざけんな馬鹿ラビ!!」
神田の震える拳が、ラビの頬へと軌道を辿る。
それをスナオに受けるより、優しいウソでも身に付けろ。
「ユウ」
「どうせオレは可愛くも綺麗でもねェよ! 女みてーに柔らかい身体なんて持ってねェし! 手の届く距離にさえいられねェ!」
1ヶ月、なんてザラ。長いときなんて軽く3ヶ月も逢えない日が続く。
人の心なんて薄情なほど揺れ動く。
明日を約束できるものではない。
「泣いてる?」
「誰が泣いてる!」
俯いた神田から、ぼたりぼたりと零れ堕ちてゆく雫。
不謹慎だなと思いながらも、きゅうと締め付けられる心臓をどうすることもできなくて、ラビはゆっくりと神田に触れる。
「触るな」
「ヤ。オマエ普段涙溜めてっから、こんな時になって止まんねーのよ?」
顔を上げようとしない神田を無理やりに上向かせ、流れ堕ちるクリスタルを口唇ですくい取る。
「余計な世話だ」
「そんで、オマエの悪いクセ。人のハナシはちゃんと最後まで聴くもんさ~」
頬に、鼻先に、目蓋に、ラビの口唇が触れる。
熱い舌が、冷えかけた心と身体を暖めてくれる。
「カワイイ女のコにも綺麗なお姉さんにもときめくけどさ~、オレがアイシてんのはユウなのさ~」
軽めの口調に真実味は期待できない。
だけど、ウソをつく男ではないと知っているから心臓が踊る。
「ストライクゾーンなんててんでハズレてんのにさぁー、ユウが、好き。スゴク好き」
髪に口づけられる。額に口づけられる。
「ユウの髪も、ユウの肌も、目も、声も、体温も、全部好き」
やがて口唇へと移動してゆく軌道は、変えることはできなかった。
ちゅ、と音を立てる口唇。何度も、何度も。
薄情なほどに上がってゆく熱が、なぜだか嬉しかった。
「ゴメンな、ユウ? 不安にさせた?」
「────別に、なってねぇ…っ」
ふい、と顔を逸らした神田の首筋に、
「…たまにはスナオに好きとか言えんかね~?」
ラビは噛み付くようにキスをした。ビクリと、神田の身体が震え。
見えるようなトコに痕をつけるなというのはお決まりの文句。
「つーか一回も聞いたことないんさぁ~」
正面から、見つめられる。体温が、2,3度上がる。
真っ直ぐな感情が痛くて、言葉にしない薄情な自分が疎ましくて、神田は視線を泳がせた。
「…ま、いいケドな。ユウのそーゆう卑怯な口唇も好きだから」
クスリと笑って身体を離すラビ。
置いていかれそうな感覚に、思わず手を伸ばしていた。
「……」
口唇を、相手のそれに押し付ける。
不器用で、拙くて、それでも心からの、キス。
「……………ス、……き、だ」
顔を見られないように、ラビを抱きしめ小さな声で、本当に小さな小さな声で呟いた。
「…ユ…、ありがと…」
震えているようなラビの声に、喉が詰まる。
ぎゅう、と抱きしめる腕に、素直に愛しさを感じていた。
「……っ」
矢先、首筋にラビの口唇。それはいつものスキンシップではなく、扇情的で官能的。
「バッ…ラビ! こんなところでサカッてんじゃねぇ!」
「無理~、ユウがカワイイこと言うから~」
勘弁してくれ。
だってココは礼拝堂で。
神を信じ祈り請うところであって。
「馬鹿、せめて部屋…っ」
「部屋までなんて我慢できねーさぁー」
だからってこんなところで。
信心なんか持っていやしないけど、神を冒涜するつもりかとせめてもの抵抗を試みてみた。
「あー、ダイジョブダイジョブ。オレの神様ユウだから」
スペシャル笑顔のラビに、【は?】と間の抜けたような音が出る。
「だって【神様】って信じて愛して尊ぶものっしょ? オレの神様、ユウだから」
繰り返し、吐き出される無条件の信頼。
顔が火照っていくのが、わかった。
「か、勝手に言ってろ!!」
「ユウは? ユウの、神様」
「…間違ってもてめェじゃねぇ」
「え~、オレがこんなにアイシてんのに、薄情だな、ユウはー」
いつのまにか礼拝堂の長机に押し倒された状態で、すでに何をどうをもできないところにまできてしまっていた。
「……後で覚えとけ、ラビ」
のしかかるラビの身体を引き寄せながら、自分もまた望んでしまっている行為に身を投げる。
「アハ、無理。オレって薄情だから」
都合悪いことはすぐ忘れるんさ~と、笑いながら長い長い口付けをした。
神様
かみさま
罪深いワタシたちを呪うなら
せめて
今 この 瞬間に
#両想い #ラビユウ
幸福な時間
【幸せ】って、こーいうの言うんかなあ。
珍しいな、と思う。
こんなに無防備に寝顔をさらしているなんて。
温かな陽の光が優しくて、その空間だけ違う世界、に見えた。
中庭のベンチ、ひっそりとまどろむ愛しいブラック・キャット。
自分が近くにまで来たことにさえ、気づいているのかいないのか。
どちらにしろ。
どちらにしろ、この存在を許容してくれているのだ。
なんという幸福だろう。
「ユウ」
呼んでもやっぱり起き出さない。
相当疲れているのか、その世界から出たがらないのか。
「イタズラ、するぞ」
そんな風に半分本気で脅してみても、ピクリとも動かない。
さてどうしたものだろう。
このまま見つめていようか本当にイタズラしようか。
少し考え、額を寄せ、ゆっくりと髪に口付けた。
こんな幸福そうな寝顔を見せられては、これが今できる精一杯の【イタズラ】だ。陽の匂いがする髪を愛おしみ、この上なく幸福な気持ちで微笑んだ。
「オレも、寝よ」
起こさないようにと隣りに座り込み、目蓋を閉じる。
すぅーっと沈んでいく意識に、陽の沈みも重なった。
自分こそが疲れていたのだろうか、大きな睡魔にぱっくりと包まれてしまう。
数分後には、穏やかな寝息が風に乗って流れていた。
それを見越したかのように、持ち上がった目蓋は黒猫のもの。
肩に頭を預け幸福そうに眠る男を見下ろした。
「……馬鹿か、コイツ」
どうやら意識があったようでやや頬を染めながら────
#両想い #ラビユウ
薄情
薄情、だと思う。
これだけの人数がいて、寝食を共にしているというのに。
「不便、だな」
神田は乱れかけた髪をかき上げる。指の隙間からぽろぽろと零れ落ちていく細い黒髪は、あの男がいつか好きだと言ったもの。
エクソシストの出動と帰還は、エクソシスト同士で知り合えるものではない。連絡を取り合うとすれば無線ゴーレムでのみなのだが、それだって常備しているわけではない。
指令を出す室長や、聞いていればその周りのものがエクソシストの動向を把握していればいい、などと組織している割には曖昧だ。
昔はそれをなんとも思わなかったのに。
神田はタンタンと階段を降りる。どうしても早まってしまう足取りを、他人に気取られないように。
最近ようやく、【気に入っている場所】というものを理解できた。
きっとそこにいるはずだ。
「情けねェ…」
帰還を、他の誰かの口から聞かされるなんて、と舌を打つ。
イチバン最初に貴方に逢いたい。
そう思ってしまう自分に腹が立った。
こんなのは自分であるはずがない。
そうは言っても、【気に入っている場所】である礼拝堂にその姿を認めただけで高鳴ってしまう心臓は否定のしようがなく。
男は神田に気づき振り返った。
「ユウ!」
そうだ、この声だ。
ゴーレム越しでなく、直接耳に入る、その音。
「帰ってくるなら連絡くらい入れろ、ラビ」
ステンドグラスに透けるオレンジの髪が眩しくて、眉を寄せる。
「だーってオマエがいるとは思わんかったんさ~」
立ち上がり、一歩一歩脚を踏み出してくる。
神田は自分から歩み寄ろうとしない。向こうから近づいてくるのを知ってしまっているから。
「ユウ、1ヶ月ぶり」
ぎゅ、と抱きしめてくれる。変わらない温もりが、神田を安堵させた。
「…1ヶ月と12日だ、薄情者」
「細けーな……そんなに寂しかったん?」
「なっ、何をほざいてやが────」
火照った頬にゆるりと口づけられ、それは口唇へと移動する。
冷たいと思っていた自分の口唇に相手の熱を移される。
その瞬間が、幸福な時間であると言い切れる。
「……ぁ…ぃ、…た、かった」
肩に、顔を埋める。
「ん。オレもさ」
ぎゅう、と抱きしめる腕に力がこもった。
神様
かみさま
貴方を信じていないワタシたちを薄情と思うのならば
このまま
石にでも
#両想い #ラビユウ

抜けるような、青い空。
こんな晴れた日は、二人で出かけるのもいいと思ったけれど。
「暑くねえか?」
「そりゃ、暑いさ」
なんと言っても夏の一歩手前。日差しも暑いし風も乾いてる。
窓の外に広がってく青い空を、二人して見上げた。
「あの雲なんか、ホントもこもこしててアツそうじゃんね?」
指したラビの指先に、ユウの視線が動く。
指した雲ではなく、その指先に。
「ユウ?」
自分の手を見下ろし、そしてまたラビの指先に、瞳を映す。不思議がったラビが、ユウの名を呼んだ。
「オマエの指って、結構太いんだな」
自分のとはまるで違う、と放ったユウの言葉に、ラビは苦笑。
「待って待ってユウ。それ絶対自分基準に考えてるっしょ~?」
オレのは普通さ、と右手を広げてみせる。太い関節が男らしいと、思った。
「ユウの指が、細いんさ」
「そんなことねえだろ」
いや違う、違わない、と双方引き下がらない。こんなケンカは犬も食わないだろう。
「だったら今度、コムイやリーバーと比べてみるといいさ。アレンだとまだまだお子さまだしなー」
「バカヤロ。どっちにしろ年齢合わないだろ、比べようがねー」
そうだそういえば、年齢が同じなのはお互いしかいないんだ。
この人が唯一だったんだ。
「ユウの手はイノセンスを操る大事な指さ。この指が、六幻を発動させる」
「お前だって変わらないだろ、エクソシストなんだから」
この手が世界を救う。そしてこの手が自分を堕とす。
「ユウの手、好き」
「お前の手は、心地いい」
二人、手を重ね合わせた。指先を合わせ、離し、そして絡ませる。
きゅうと握り合った手は、やっぱり熱かった。
二人きりの部屋ではこれだけじゃ物足りなくて、お互い苦笑を漏らす。
引き合わせた口唇は、どこからか入り込む風で乾いていた。
「ん…んぅ」
「ユウ…」
指を絡み合わせたままで交わす口づけは、いつもより意識を麻痺させる。
「ねえユウ…外で熱くなるより、ここでアツくなろ…?」
口唇を離した隙に漏れる誘い文句。言わせてしまったら最後、だ。
「てめ、責任もって浴場つれてくつもりなんだろうな?」
だからたまにはそんな風に甘えてみたり。
「おやすい御用さ、ユウ」
愛してる、と囁く声が、高い空に抜けてった。
#ラブラブ #ラビユウ