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NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.28
恋人の顔越しに、もう見慣れてしまった天井を眺める。胸の上の重みが心地良くて、機嫌の良さそうな可愛い…
飽きないか、そんなに俺のことばっかり見てて
恋人の顔越しに、もう見慣れてしまった天井を眺める。胸の上の重みが心地良くて、機嫌の良さそうな可愛い恋人の頬に指先を伸ばしてみた。
「少し重いんだが、跡部」
「アーン? 知るかよ」
心地良くはありつつも、重くないわけではないと、暗に降りてくれと伝える。ほどよく筋肉のついた肉体は、見た目よりもずしりとくるのだ。
だが跡部は楽しそうに、嬉しそうに口の端を上げるだけで、退いてくれる気配は少しもない。手塚はふうと短い息を吐いて、したいようにさせておいた。
何しろ昨夜は、手塚の方がしたいようにしてしまったのだから。
パジャマの隙間に、昨夜の名残であるキスマークが見え隠れする。柔らかなベッド上でそんなものを見てしまえば、また新たな欲望が頭をもたげそうだが、朝っぱらからそんなことをするわけには、と視線を背けた。
「ほら、眼鏡」
サイドテーブルに置いていた眼鏡をそっと持ち上げ、跡部が丁寧にかけてくれる。視界は先ほどまでよりクリアになって、恋人の顔をより鮮明に感じることができた。
「クク、今日もいい男だぜ、手塚」
「それは礼を言うべきだろうか」
面を食らったように驚き、そうして「どちらでも」とふるふる肩を震わせる。何かおかしなことを言ったのだろうか。
「人の上で笑わないでもらいたい」
「いーいじゃねーかよ。こんな時でなきゃ、お前にマウント取れねえんだから」
「取れてないと言うならお前はすぐに意識を改めろ」
乗っかられている状態では、確かにマウントポジションを取られている形だが、何を言っているのだこの男はと、呆れたように脱力してわずかにのけぞった。
跡部景吾のどこに、手塚国光に対して優位でない時があるのだろう。頭から足の爪の先まで、「跡部景吾」というだけで、ずっとマウントを取られっぱなしのような気さえするのに。
恋を告白してくれたのは、確かに跡部の方が先だった。跡部はどうも、それを不覚だと思っているらしい。
告白されることはあっても、告白することなんて生まれてこの方なかったのだろう。〝惚れた方の負け〟なんて言葉を気にもしているようで、いつも、いつでも、「俺の方が分が悪い」と口を尖らせている。
そんな尖った唇に、いつも、いつでも、キスをしたいと思っている男がいるとは思わずに。
初めての恋を一生懸命に告げてくれた跡部が、愛しくてしょうがない。この男の〝初めて〟をもらえたのだと思うと嬉しいが、手塚とて〝初めて〟だったのだ。先を越されたことを悔しく思っているのは、言わないでおこうと思っている。
「ところで昨夜は随分と情熱的だったな、手塚。何かあったか?」
胸の上に乗っかって、嬉しそうに笑いながらつんと鼻先をつついてくる跡部に、また優位に立たれる。
余裕があったことなんて一度もないし、夜を過ごして朝を迎えれば、こんなふうに跡部の方に余裕があるようにすら思う。
何を基準にして、「マウントを取れていない」というのか、心の底から疑問だった。
「特に何もないが。しいて挙げれば、昼間のテニスでより多くポイントを取れたことだろうか」
「腹立つなテメェ」
跡部の眉間にしわが寄ってしまうが、そんな顔も綺麗だなと思ってしまうあたり、やはり分が悪いのは自分の方だと手塚は思った。
テニスをした時に、いつもより多く跡部からポイントを取れた。それは素直に嬉しかったし、言ったことは噓ではない。
ただ、夜が激しくなってしまった理由は、少しだけ違う。
ポイントを取った際、悔しそうに顔を歪めた後に「やるじゃねーのよ、手塚ァ」とそれはそれは楽しそうに笑った跡部に、ポイントを取った以上に嬉しくなってしまっただけだ。
永遠にライバルであり続けるこの関係を、嬉しく思ってくれている跡部を、いつもより愛しく思っただけだ。
そんな気持ちが、行為に現れてしまったのだと思う。
恋人という関係に甘んじず、手加減はしない。それはお互いにだ。
手塚もその事実を嬉しく思っており、やはりこの男を好きになって良かったと心の底から思った。
「こんなことを言うのもなんだが、体は大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえ。股関節が痛い」
ぐに、と頬をつままれて、痛みを感じる。不機嫌そうに目を細める跡部だが、染まった頬が、不機嫌なのではなく照れくさいのだと悟らせる。
「すまない。お前が可愛かったのでつい」
「か、…………わいいとか言うんじゃねーよ」
「事実だろう。だがそういうのは俺の前だけでいい」
その形容詞に慣れていないらしい跡部が、さらに頬を赤くする。可愛さが上乗せされて、やっぱり朝っぱらからおかしな気分になりそうだった。
「やっぱりテメェには勝てる気がしねえ……」
「俺の台詞なんだが」
「噓つくなよ、悪い口だな」
そんなことを言いながら、跡部はずいと胸の上を這い上がってくる。そうして唇同士を触れ合わせ、押しつけてきた。
噓など言っていないと手塚は抗議したかったが、そうするよりも触れていたい。朝にしては濃密なキスが、体温を上げた。
「……ああ、くそ、悔しい。こんな時でも涼しい顔しやがって」
ふいに唇を離したと思ったら、悪態を吐きながら頬に触れてくる指先。
いったいどんな顔をしているのかと、手塚は苛立ちに似た思いで濡れた唇を尖らせた。
「いったいどんな顔をしているか知らんが、胸の内も涼しいなどと思うなよ、跡部」
「アーン? どう、い……う、…………分かった。分かったから落ち着け。つーかテメェはちょっと顔に出す訓練くらいしやがれ」
手塚の状態を認識して、跡部は体を離そうとする。けれども、それより速く、手塚の腕がその体を引き留めて放さない。
「その訓練に、お前が付き合ってくれるというのなら」
「…………それって、お前の顔眺めてていいってことか? それなら一日中でも付き合ってやるぜ」
「飽きないか、そんなに俺のことばっかり見ていて」
「ちっとも」
冗談のつもりだったんだがとは言えないで、楽しそうに笑う恋人にまた負けたような気分に陥る。
一日中顔を眺められるのは、落ち着かないことこの上ないだろうなと思いつつ、長く一緒に居られるのは願ってもないことだ。
「ほら手塚、手始めに、にっこり笑って愛してる、言ってみな?」
人の胸の上でくすくすと楽しそうに頬杖をつきながら、小悪魔みたいに笑う恋人が相手だとしても。
それならばこちらは、その期待に応えてやろう。
手塚は口の端を上げて呟いた。
「愛してるぞ、跡部」
胸の上で、跡部が息を飲む。反撃されるとは思っていなかったのか、見開かれた瞳は気分が良かった。
「……手塚、それは〝にっこり〟じゃなくて〝ニヤリ〟ってヤツだろうが……」
「そうか。ではやはり練習が必要だな」
ねだっておいて恥ずかしそうに視線を背ける恋人を抱いて、くるりと体の位置を反転させる。もっと真っ赤になった頬を見て、手塚の口の端はさらに上がることになった。
お題:リライト様 /「飽きないか、そんなに俺のことばっかり見てて」
#お題 #両想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.27
どういう状況だ、と体が硬直する。 跡部が俺の右肩に寄りかかって、すうすうと眠ってしまった。 相当疲…
君に二度目の恋をした日
どういう状況だ、と体が硬直する。
跡部が俺の右肩に寄りかかって、すうすうと眠ってしまった。
相当疲れているのだろうなというのは分かる。合宿の練習に加えて自主トレ、家の仕事までこなしているのだから。
それでも跡部は、他人がいるところでは何でもないように振る舞っている。
特に、氷帝学園のメンバーの前では。
疲れているところを見せたくないのだろうか。心配をかけたくないのならば、少しセーブすればいいものを。とは思うが、ことテニスに関して無茶をしがちなのは、俺も跡部も変わらない。俺が忠告したところで、聞きやしないんだろう。
だから、疲れているなら寝かせてやりたい。
俺の傍では気負わずに、意地を捨ててゆっくりしてほしい。起きないようにじっとしているから。
首筋の髪がくすぐったいだとか、温もりが心地良くておかしな気分になりそうだとか、そんなことは頭の片隅に追いやっておこう。
長く付き合っている氷帝メンバーには見せないらしいこんな姿を晒してくれるのは嬉しい。できればちゃんとベッドで眠ってほしいが、もしかしたら合宿所のベッドでは跡部には合わないのかもしれない。
こればかりは、どうしてやることもできない。
せめて少しでも休めるようにと祈るが、他人の肩に寄りかかって寝るというのは、逆に体が痛くなったりしないだろうか。
「……っ」
心配になって、少し覗き込んだのがいけなかったのかもしれない。僅かな振動で跡部が起きてしまった。
「悪い手塚、寝ちまってたか」
「ほんの少しだ。起こしてすまない」
「ん、いや……昨夜寝たの遅くて……お前の体温に、何か安心しちまって」
まだ眠そうな目を擦る跡部の手を取って、あまり擦るなと諫めてやった。なんだか理性を試されている気もしたが、手を出すわけにはいかなかった。
「膝で良ければ貸すが。少し横になるといい。十分だけでも、だいぶ違うだろう」
「ひざまくら……フフッ、いいな、貸せよ」
跡部は腰をずらして、素直にベンチの上で横たわる。頭を俺の膝に乗せて、眠る体勢になってしまった。
無防備に身を預けてくれる跡部に、やっぱり胸が高鳴った。
「手塚、髪……撫でてくれ。その方が良く寝られそうだ」
「……ああ、ゆっくり眠るといい」
さらさらとした髪を撫でて、穏やかな眠りが訪れるようにと祈る。
その奥で、もっともっと触れたい想いが募っていく。唇を引き結んで、また想いが膨らんだのだと知る。
二度目どころか、二桁目くらいの恋を自覚して、小さく小さく、好きだと呟く。
恋人への子守歌にはなりやしないだろうけど。
お題:リライト様 /君に二度目の恋をした日
#お題 #両想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.26
恋をしていると気がついて、悩んだのは恐らく三日ほどだった。 どこが好きなのか――全部だ。 思い違い…
気持ちを言葉に変えた日
恋をしていると気がついて、悩んだのは恐らく三日ほどだった。
どこが好きなのか――全部だ。
思い違いではないのか――考えたが違わない。
具体的にどうなりたいのか――恋人に。
考えれば考えるほど、恋の相手が彼であるのが自然なことでしかなかった。
テニスを通して、魂の熱さを知った。がむしゃらさを知った。誠実さを知って、球を打つ楽しさを思い出した。
全力で応えて、ぶつかってきてくれる跡部を、好きにならないわけがない。
もっと近くに行きたい。もっと親しくなりたい。跡部の中で、もっと大きな存在になりたい。
今日こそ言おうと思う。恋をしていると。恋人関係になりたいと。
友人でなく、好敵手でなく、いや、そのどちらもを保ったままで、恋人になりたいと。
だってそうだろう。跡部との間にはテニスがある。そこには恋愛感情でなく、好敵手としての好意しかない。
跡部の球を全力で打ち返したいという思う気持ちと、跡部の体を全力で抱きしめたいと思う気持ちは、まるで別のものなのだから。
友人でもありたいし、好敵手でもありたいし、恋人でもありたい。
自分がこんなに欲張りな人間だったなんて、知らなかったな。
「……――塚、手塚!」
跡部が俺を呼ぶ声でハッとした。しまった、物思いにふけりすぎたか。
「聞いてなかったなテメェ……」
「すまない。なんだ、跡部」
「明日は用事があって来られねえっつってんだよ」
だから今日はたっぷりとな、なんて言って跡部はジャージを脱ぎ捨てる。止めろ、目に毒だし、耳に毒だ。
だが、そうか……明日は逢えないのか。
となると、やはり今日言っておいた方がいいだろう。テニスを始めて〝好敵手〟になってしまう前に。
「跡部、少し話がある」
「んだよ? せっかくの楽しい気分に水差すたあどういう了見だ」
「お前に恋をしている」
黄色いボールが、驚いたらしい跡部の手から逃げていく。トトンと音を立てて地面に落ち、コロコロと転がってくる。それを拾い上げて、跡部へと差し出す。けれども、呆然としたように佇む跡部がそれを受け取ってくれることはなかった。
「なん、……だって?」
「聞こえなかったふりをするのは卑怯だと思わないか、跡部」
「お前がふざけたこと言うからだろ!」
「ふざけてなどいない。本気で言っている。お前が好きだと」
跡部の頬が赤く染まる。待ってくれ、お前でも恥ずかしがったりするのか。テニスをする前にと思って言ってしまったが、この後こんな跡部とテニスをする自信なんてないぞ。失敗した。
だが、また違う一面が見られて嬉しい気持ちもある。
あの日の頂上決戦をしただけのままの関係では、絶対に知ることのできなかった一面だ。
跡部景吾を表す形容詞に、〝可愛い〟が書き加えられたことは、……今言うべきではないんだろうな。
「……俺は男なんだが」
「知っているが」
「……………………お前、別にそっちしか駄目なわけじゃねえんだよな?」
そっち、というのは、同性しか好きになれないのではないかと言っているのだろう。あまり深く考えたことはないが、俺は跡部景吾という人間が好きなだけで、同性が好きなわけではない。
頷いて、再度好きだと告げた。
「お前との関係に、恋人というものを付け加えたい。友人でも、好敵手でも、それだけでは物足りないんだ」
「欲張り過ぎんだろ。この俺が相手してやってんのに、物足りないって」
「それは自覚している。だが、お前が相手だからこそだとも思う。跡部なら、そのすべてに応えられる技量があるだろう」
一対一だからといって、関係性が一つに限定されるなんてルールはない。二つでも、三つでもいいはずだ。
跡部ならたとえ十個でもこなしてしまうのではないだろうか。
「そりゃ、ある。あるが、そんなもっともらしいこと言って丸め込もうとすんじゃねえ」
「丸め込みたいのではなく、好きになってほしいんだが」
跡部はがくりと項垂れて、大きなため息を吐いて、右を向き、左を向き、空を仰いで、うめくように声を上げた。
「ああくそ、俺が手塚の頼みを断れるわけねえじゃねーの」
ふる、ふる、とゆっくり首を振り、呆れたように、諦めたように息を吐き、まっすぐに見つめてきてくれた。
「いいぜ手塚、なってやるよ。恋人関係とやらに。その代わり、俺をちゃんと惚れさせてみせな」
ニッと口の端を上げる跡部に、ぱちぱちと目を瞬く。これはチャンスをくれたということだろう。
俺の頼みを断れないというのがどういう感情からくるのかは分からないが、少なくとも好意はもってくれているようだ。
可能性は、ゼロではない。
この先ちゃんとした恋人になれるまで、跡部を口説けばいいんだろう。どうやればいいのかは分からないが、きっとなんとかなる。
「分かった、油断せずに行こう」
やはり、跡部との勝負は楽しいな。負けるわけにはいかない。
必ず口説き落としてやろうと決めて、俺は跡部に再度ボールを差し出した。
「さあ跡部、テニスをするぞ」
「お前、この状況でテニスかよ……」
呆れつつも、跡部はボールを受け取ってくれる。言っただろう跡部、俺はお前と友人で好敵手で恋人でありたいのだと。
「ほら、構えな手塚、ちゃんと受け止めろよ」
俺のサービスからにするべきだった。受け止めるのは俺じゃない。まあ、打ち返せば問題ないな。
ちゃんと受け止めてもらえるんだろうな、跡部。この気持ち、全部を。
お題:リライト様 /気持ちを言葉に変えた日
#お題 #片想い #両片想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.25
何げない日常だったと思う。 いつものように放課後落ち合って、近くのコートで打ち合って、物足りなさを…
何かが変わった気がした日
何げない日常だったと思う。
いつものように放課後落ち合って、近くのコートで打ち合って、物足りなさを払拭する。
それが、跡部との過ごし方だった。
テニス部を次世代に託して、生徒会も徐々に引き継ぎをしている今、どうしても物足りないと体が嘆く。
そんな自分に応えてくれる男がいると気づいたのは、跡部から連絡が来た時。跡部も物足りなさを感じていたらしく、『時間が空いてればテニスしねえか』と誘ってくれたのが、いちばん始め。
それまで、跡部は対戦校の部長という認識しかなかった。もちろん強いプレイヤーだし、初めて対戦したあの試合は印象に深い。ただそれでも、それ以下でもそれ以上でもなかったんだ。どれだけ薄情だと言われようと。
だが、テニスをするのなら跡部がよかった。
他に相手がいないわけではなかった。進級試験や外部受験の準備があるとはいえ、今まで共にテニスに打ち込んできた仲間だっている。それこそ友人と呼んでいい存在だって。
だけど、このくすぶる熱をさらに燃えたぎらせてくれるのは、跡部景吾しかいなかった。
〝友人〟では駄目だ。〝仲間〟ではなく、気兼ねなく、打ち負かしてやりたいと思う相手。
いっそ小気味良いほどの闘志をぶつけてきてくれる、この男でなければ駄目だと思った。
「スピードが落ちたんじゃないのか、跡部!」
「抜かせ! テメェこそライン取りが甘ぇってんだよ!」
分かりやすく攻撃的なボールを打ってきてくれる。それを打ち返すのが、楽しくてしょうがない。足が軽い。腕が軽い。
公式戦ではないからかもしれないが、次にどんな球が飛んでくるのか、想像するのが楽しい。
まさかそんなラインでくるなんて。一瞬でも反応が遅れたら、横を抜かれる。
神経を研ぎ澄まし、張り詰めているのに、心地良い。それは恐らく、ネットを挟んだ向こうの相手も同じだからだろう。
跡部が、トン、トン、とボールをついてラインを確かめる。なかなか打ってこないことに焦れかけたその時、跡部が顔を上げた。その口許は高く上がっている。
「いいな、この感覚だ。楽しいじゃねーの、手塚ァ!」
ひゅっと上げられたトス。速いスピードでラケットが振られた。
見えなかったわけじゃない。反応できなかった。
楽しい、と高らかに笑う跡部の顔に、視線が釘付けになっていて。
瞬きをすることさえ惜しいと思った。
コートの外灯に光る汗の粒が、揺れる金の髪が、まっすぐに射貫いてくる青の瞳が、あんなに。
あんなに綺麗だったなんて、初めて知った。
ここ最近でようやく、〝友人〟らしく過ごせるようになったと思っていたのに、また物足りなくなる。
その日、俺の中で何かが変わってしまった。
お題:リライト様 /何かが変わった気がした日
#お題 #片想い
この手を取れるかい
「絶対に言うな。分かっているはずだ」
「考えていることは同じだということだな」
手塚の言葉に、跡部が頷く。
全国大会の組み合わせ抽選会で、九州でのリハビリから戻ってきた手塚と、久しぶりに対峙した。
だが話題は肩のことでなく、肘のことでもない。抽選会だったのに、全国大会で当たるということでもなかった。
「お前が話の分かるヤツで良かったぜ」
「こちらの台詞だ。わざわざ呼び止めなくとも良かったものを」
眼鏡の位置を直しつつそっぽを向く手塚に、まあそうだが念のためだ、と跡部は鼻を鳴らした。
ずっと、ずっと、気づかないふりをしていた。
手塚は跡部の気持ちに。
跡部は手塚の気持ちに。
言葉にしなくても、視線ひとつで理解できる。視線が合わなくても、球をかわせば分かる。
あの夏の暑い日射しの下で、交錯した互いの魂。
他の誰にも分からない機微だとしても、あの時あのコートに立っていたお互いだけには、しっかりとそれだと分かるものがあった。
恋をしている。熱烈に、強烈に。
だが相手が悪い。タイミングも悪い。
よりにもよって相手は他校のテニス部部長で、当然、男だ。さらに言えば大会のまっただ中で、対戦校だ。
どれかひとつだけならば、大人しく潔く、この気持ちを告げていたかもしれない。
同性だというだけならば、まだ、言えた。
他校の部長というだけならば、練習メニューの合間にでも、言えた。
大会のまっただ中というだけなら――いや、これは言えない。
お互いに気持ちが自分へと向かってきているのが分かる状態で、告白なんてしようものなら、一気に燃え上がってしまう。あんな試合をした相手だ、その可能性は充分にあった。
まだ若いのだから、恋に燃え上がるのも悪くはない。
だが恐ろしいのは、そのせいでテニスが疎かになってしまうことだ。
可能性はゼロではない。
初めての恋らしきもので、どうコントロールしたらいいのかも分からない。どこまで相手に求めて、何を我慢したらいいのか。
テニスが好きだ。それは間違いないし、優先順位は第一位。
それが変わってしまうのが怖い。自分に失望して、相手に軽蔑されるのが恐ろしい。
テニスが一番で、恋なんて二の次、三の次。それが崩れてしまうのが怖い。
テニスをしている時は、絶対にそんなことはあり得ないと強気でいられるのに、ラケットを放すとそれがどこかへ行ってしまうような感覚を味わう。
自分の中に、一番がふたつある。何を置いてもテニスを優先したい。それを恥じることなんて今まで一度もなかったのに、どこか後ろめたい。
テニスが大切なのは絶対だが、お前のことが大切でないわけではないと、言い訳がしたくなる。
そんな自分が嫌で、嫌で、仕方がない。優先順位が決められないということ自体が、ストレスにさえなっていた。
恋とはもっと、キラキラとふわふわとしているものではないのか。聞いていた話と違う。
こんな矛盾の中で、お前はこの手を取れるのか。
取ってみてほしい。その反面、絶対に取らないでほしいとも思う。
向こうがこの手を取れば、自分は振り払ってしまう。
自分がその手を取れば、向こうは振り払ってくるだろう。
手を取り合って逃避行、なんてことできるわけもないし、後ろに、横に控える仲間たちを裏切りたくもない。
どうしてそんなヤツと、と引かれるのは分かりきっていて、それに上手く説明できない未来が見える。
だから自分たちは、気づかないふりをするべきなのだ。
手塚は手塚の気持ちに。
跡部は跡部の気持ちに。
こんな恋はしていないと自分自身を丸め込んで、抑え込んで、いつでもテニスが一番だと言える環境にいるべきだ。
そう視線で訴えかけたのは跡部の方だったと思う。瞬いて小さく頷いたのは手塚だ。了承したと捉えたのに、どうして。
どうして、すれ違いざまに指先が触れ合ってしまったのか。
ほんの一瞬だった。どちらが先に触れたということはない。どちらもが本当は触れたがっていただけだ。
触れてしまった指先を見下ろし、次に顔を上げて相手を見やる。レンズ越しに重なる視線をもう離せなくて、気がつけば唇同士が触れていた。
絡んだ指先を解きたいのに、そう思えば思うほど強く握り締めてしまう。唇に噛み付いてやりたいのに、今開いたら違うものが入り込んできそうでできやしない。
互いに相手を責めるように細められた視線の奥で、呆れと諦めと、恋情が折り重なっていく。
気づかないふりをしていた。言わないようにしていたのに、その努力がすべて水の泡だ。
だけどもう、触れたこの手を放せない。引き結ばれた唇をどうにか離して、互いの右肩に額を当てた。
「言うなって言ったじゃねーの……」
「……言ってはいないから、まだセーフではないだろうか」
「アウトに決まってんだろ……ああ、くそ、どうすんだこれ。止まらねーぞ」
確かに音にはしていない。だけど、視線だけで、交わす球だけで理解しあってしまった自分たちに、言葉そのものはそれほど重要ではなかった。
「皆に知られなければ、構わないのではないか」
「そりゃあ隠すに決まってるが……問題は山積みだな」
まさか対戦校の部長と恋仲になりましたなんて、そんなスキャンダラスなことは誰にも言えない。もし言わなければならないとしても、大会が終わってからだ。
「試合、手加減なんかしねえぜ」
「それは当然のことだろう。テニスはいつでも真剣勝負だ。そこが揺るがなければ、いろいろなことを優先できなくても……不誠実ではないと思う」
そうか、と跡部の唇から諦めが逃げていく。
こうなってしまった以上、潔く受け入れた方がいいのだろう。
優先順位が揺らいでも、たった一つの真実さえあれば、少なくとも失望も軽蔑もないのだと気づかせてくれた。
手塚国光という男が、本当に愛しい。
ぐっと、跡部の腕が背を抱いてくれる。手塚はすべての矛盾を赦されたような気分を味わって、この男で間違いないと改めて実感した。
跡部景吾という男が、心から愛しい。
そうして二人は、どちらからともなく体を離した。危惧していたほど暴走せずに済んで、やはりホッとした。この程度なら、テニスもお前も一番と言ってしまっていい気がしてきた。
「ところで、今さらなんだが」
「連絡先の交換をしないか」
不便だ、それだよ、と言い合って、携帯端末を取り出す。もしかしたら、容易に連絡を取り合える状態ではなかったから、おかしな心配をしてしまったのではないだろうか。
これからはいつでも連絡が取れる。恋人として。
登録されたIDやアイコンを見て、やっぱり少しばかり浮かれているなと、ふたりそろって息を吐く。
そして拳をぶつけ合うように、端末同士を軽くぶつけ合った。
「全力でいくぜ、手塚」
「ああ、油断せずに行こう」
これからよろしく、愛しい人よ。
お題:リライト様 /この手を取れるかい
#お題 #両想い
視線だけの密会
「今日はよろしくお願いします」
手塚は、部員を代表し部長として榊に挨拶をした。本来なら竜崎スミレが行うべきところだが、外せない用事で遅れてしまうらしい。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。他校との練習は、部内とはまた違ったメニューができるだろう。互いに切磋琢磨して、強くなってほしい」
はい、と軽く頭を下げた。
今日は、氷帝学園との合同練習だ。
榊が言ったように、いつもと違う練習メニューが組まれれば、心身ともに刺激になり、より良いプレイへとつながっていくだろう。
特に氷帝学園はトレーニングのマシンやコートも充実している。部員数の桁が青学とはまるで違って、手塚は改めて〝彼〟の統率力のすごさを知った。
「よう手塚、来たのか」
「跡部か。今日はよろしく頼む」
視線が真ん中で重なって、二人で頷き合った。
彼とは、この氷帝学園テニス部の部長である跡部景吾のことだ。絶対的なカリスマ性で、三桁いる部員たちを率いているというのだから恐ろしい。
「やあ跡部、よろしく。すごい設備だね」
「ああ。全員元気そうでなによりだぜ」
「おい跡部、後で試合やるよな? 黄金(ゴールデン)ペアとやらせてくれよ」
「おっと……ご指名入っちゃったぞ、英二」
「にゃはは~、楽しみだにゃ~!」
「慌てんじゃねーよ。まずは走り込みからだ、行くぞテメーら!」
グループに分かれて、ストレッチからの、ダッシュ、筋トレ、その他諸々が始まった。その頃には竜崎スミレも合流し、榊たちとメニューの組み方などについて意見を交換し合っている。
「青学とはやっぱりメニューの組み方が違うね、手塚。特に筋トレが全然違う」
「そうだな。ウチにも取り入れたいものがたくさんある。マシンを使うものは無理だが、腕の強化ならダンベルでもできるだろう」
どういうやり方が効率的なのか、自身の鍛錬をしながらだと難しい。他校のやり方というものは、違う目線から見ることができてありがたかった。
「おい手塚、次は試合形式でゲームやるから、そっちからもメンバー出せ。ダブルスは一個指名入ってるみてえだが」
「ああ。どうせならメンバーをシャッフルして、ダブルスのゲームをやるか?」
「面白そうじゃねーの」
青学のメンバー同士、氷帝メンバーとのダブルスというのも面白そうだ。こういうところも、他校との練習が有意義である理由のひとつだ。同じ部内だけでやっていると、どうしてもパターン化してしまう。
手塚は跡部と頭を突き合わせ、ダブルスのメンバーについて意見を交わし合った。
そんな中、時折、視線が重なって、二秒ほどで離れていく。
それはダブルスのメンバーについての言及でなく、まったく別の意味を持っていた。
というのも、跡部とは秘密の恋人関係にあるからだ。
目は口ほどにものを言うと言うが、まさにそれだった。
逢えて嬉しい。
今日もいい男だな。
終わったらどうしようか。
そんなやり取りを、視線だけで交わす。絶対に誰にも気づかれないように、会話の合間に織り交ぜて。
同性同士ということに加えて、何かと試合で当たってしまう対戦校の部長と恋仲だなんて、大っぴらに言えることではない。反対される要素がたくさんあるし、単純に、恥ずかしくてもったいない。
この恋を知っているのは、自分たちだけでいいのだと、おかしな独占欲みたいなものが働いた。
だから一切誰にも言わず、密やかに、内緒で愛を育んでいる。
自分たちの間に、テニスというスポーツが在るのはありがたかった。連日逢っていても、テニス関連だと言えばおかしくもない。釣りでも、読書でも、テニスを通して共通の趣味があることを知ったと言い訳もできる。
そんな共犯者じみた背徳感とスリルも手伝って、少しも飽きの来ない関係が築けていると思う。
「じゃあ、このメンバーでひとまずやってみるか」
「終わったら、反省会だな」
「……ああ、分かった」
視線で会話するのにも慣れてきて、終わった後「反省会」と称して二人で逢おうと約束を取り付けるのも、この通り朝飯前だ。
そこで密会は打ち切って、練習へと戻る。その顔つきはお互い、部を率いる部長のそれでしかない。
絶対誰にも気づかれないように、太腿の横で指先だけを触れ合わせていたとしても。
お題:リライト様 /視線だけの密会
#お題 #両想い
いい夢をみるために
スマホから、ピー、ピー、ピーという電子レンジの音が聞こえた。ややあって、足音と、コトンと硬い音。
『すまない跡部、ミルクを温めていた』
「ホットミルクか。はちみつ入れると美味いぜ」
どうやら向こうもスピーカー通話にしているようで、時折生活音が挟まる。それは不快なものでなく、むしろ耳を癒やし、心を満たしてくれた。
『そうなのか。今度買っておこう』
「なんなら送ってやるぜ」
『お前がよこすものは高級そうだから、結構だ』
行動を把握されてしまっていて、跡部は肩を揺らして笑った。はちみつだけではあれだからと、なんやかんや高価な物もついでに送ってしまうだろうことも。
『そんなことに使う金があるなら、こっちに来る旅費にしろ』
のけぞって、危うく窓ガラスに後頭部をぶつけるところだった。
どうしてこの男はこう、脈絡なく愛の言葉を吐いてくるのだろう。
それはつまり、「逢いたいから来い」ということではないのか。時間に都合さえつけば、今すぐにでも飛んで行きたい。しかし日本からドイツは遠いなと、なんとか踏みとどまった。
「フン、リボンでもかけて行ってやろうか、手塚ぁ」
『どうせすぐ解くのだから、要らないと思うが』
「おいおい、言うじゃねーの」
我慢した理性が、ブチ切れてしまいそうだ。逢ったらすぐに解かれるという愉快なことも体験したいものだが、ひとまずそれは機会があればだ。
「まったく、昼間からサカッてんじゃねーぞ」
『俺は事実を言っただけだ。そっちは、夜か?』
ドイツとの時差は七時間ほど。こちらが二十三時ならば、向こうは十六時頃だろう。今日は休息日らしく、珍しく長く通話していられる。
「ああ、今日は割と早めに寝られると思う」
『いいのか、電話なんてしていて。疲れているのならもう切るが』
「待て待て、切るんじゃねーよ」
手塚も連日の練習で忙しいだろうが、それは跡部だって負けていない。加えて家の仕事を手伝っているのだから、睡眠時間は平均より若干少ない。
手塚はそれを心配してくれているようだが、睡眠よりも大事なことがあると気づいてほしい。
いや、睡眠の大切さを軽んじているわけではないのだが、たまにゆっくりと恋人と通話できるのだから、こちらを優先したいと思ってもバチは当たらないはずだ。
「お前の声、落ち着くんだよ。疲れなんか吹っ飛ぶくらいにな」
『そうか? まあ、俺もお前の声が聞けて嬉しい』
「…………お前、そっち行ってちょっと変わったな? 前はそんなこと言わなかっただろ。どっちかっていうと、俺がそういうこと言うのに呆れてた気がする」
ぐっと言葉に詰まったような音が聞こえた。恋人関係ではあるものの、手塚からのアクションはあまりない。とはいえ気持ちはつながっていると思っているから、跡部の方になんら不満はないのだけれど。
『…………愛想を尽かされても知らないぞとは、言われた。日本に恋人がいるということが、なぜかバレていて』
「アーン? いや俺がテメェに愛想尽かすことはねえんだが……いったいなんだってバレてんだ。言ったわけではないんだろ?」
『彼らが言うには、電話をしている時だけ嬉しそうにしていると。自分では分からないが、そうなのだろうか』
気まずそうにしながらも、素直に説明してくる手塚が、愛しくてしょうがない。あの仏頂面の手塚に周りがそう感じてしまうほど、自分との電話を嬉しく思ってくれているのだろう。無自覚だとしてもだ。
「ビデオ通話にするか? 確認してやるよ」
『……駄目だ』
「なんでだよ。そんなににやけた顔してんのか? 余計に見てぇだろ、そんなの」
くっくっと喉を震わせて笑う。想像したらおかしくて、冗談と揶揄と本音を混じらせてそう呟いたら、
『顔を見たら逢いたくなる。声だけだから、まだ我慢できているんだ』
返ってきた言葉にボッと頬が染まった。もしかしたら、自分が思っているよりもっとずっと、手塚に愛されているのかもしれない。
「そ、そうかよ……」
『だから跡部、時間が合えばまたこうして電話をしたい』
「そりゃもちろん。一日の最後にお前の声聞けたしな、今日はいい夢が見られそうだぜ」
この幸せな気持ちのままベッドに入れば、夢に出てきてくれるかもしれない。
『明日も早いのではないのか? もう寝るといい、跡部』
「ああ、そうするぜ。起きたらまた電話する。そしたら、お前も一日の最後に俺の声が聞けるだろう」
跡部は端末のスピーカーモードを解除して、耳元に当てる。
「楽しみにしている。跡部、おやすみ。いい夢を」
「おやすみ手塚。次は、俺が起きてお前が寝る時に」
ああ、という吐息のような声を聞いて、通話を打ち切った。
体温も、心音も、心地良い。
さあベッドに入ろう。このままいい夢を見るために。
お題:リライト様 /いい夢を見るために
#お題 #両想い
じれったい奴等め
「絶対に恋やわ……好きやで」
「それ以外に言葉が見つからない」
忍足ははぁ~と大きく息を吐く。滝も、はぁ~と長く息を吐く。
「そうだよね。ボクも、好きだと思うよ」
「これが恋じゃないなら、何て言うんだろうな?」
不二がため息交じりに笑う。大石が頬を掻きながら笑う。
だがこの四人は、なにもお互いに告白をしあっているわけではない。男子中学生が道端で好きだの恋だの話していても、だ。
「なあ、不二、大石。そろそろ引き取ってくれへん? ウチの部長」
「それはこっちの台詞だよ、忍足。テニス馬鹿でしかなかったウチのカタブツ部長」
議題の中心が恋であることは間違いないが、その対象は自分たちでなく、自分たちが所属するテニス部を率いている部長たちだった。
「ホントにあれ、どうにかならないかな」
「学校ではどんな感じいなんだい?」
困ったように首を傾げた滝に、大石が訊ねる。
「学校では概ねいつも通りだよ。概ね、ね。ただ、ふとした瞬間に言葉を止めて俯くんだ。そうしてため息を吐く。それは決まって、彼を連想させることがあった時なんだ」
「うちの手塚もそんな感じだな。ため息の回数が格段に増えてる。何か悩み事があるのかと訊いても、まあ話してはくれないんだよ。珍しくスマホを眺めてる時間も多くなっててね」
「他のヤツらと手塚のこと話題にすると、すーぐ入ってきよるしなあ」
「跡部の名前を出すと、あからさまにこっち睨んでくるんだよね。いや、手塚は睨んでるつもりないんだろうけど。話に入ってきたいなら、遠慮せず入ってくればいいのに」
面倒くさいな、と不二はその顔に似合わず悪態をつく。
だが面倒くさいと思っているのは他の三人も同じようで、うんうんと頷いていたりする。
青春学園テニス部部長・手塚国光は跡部景吾に恋をしている。
氷帝学園テニス部部長・跡部景吾は手塚国光に恋をしている。
名前に反応する、話題に入ってきたがる、というだけでは、恋だなんて認識はできない。しかも同性同士だというのにだ。
しかしこの四人は恋だと確信している。
何しろ、相手のことを話す時だけ表情がひどく優しくなるのだから。
「手塚があんな顔するとは思わなかったな」
「写真撮れれば良かったんだけどね」
「ウチはよくティールームで手塚の話をしとるからなあ、女子が何人か保健室運ばれてったわ」
「近くで見てる俺たちも、当てられちゃうくらいだからね。あれ耐性のない女の子にはキツいと思うよ」
気の毒に、と滝が首を横に振る。
それはぜひ見てみたいなと、機会があれば写真や動画を送ってほしいとお互いに交渉をしてみたりもした。
「あれで付きおうてへんのやから、驚きやわ……はよくっつけっちゅーねん」
「ていうかあれ、たぶん片想いだって思ってるよね、二人とも」
四人共が、ああ~と脱力しかける。周りが気づいてしまうほどにあからさまに相手を想っているのに、どうして気づかないのだろう。
あり得ない、と思っているのだろうか。男同士だから? それともその感情はテニスにしか関わりがないと思ってのことか?
その時、大石がひとつの仮定を口にした。
「まさか二人とも、自分の気持ちさえ自覚してないなんてことは」
しんと静まり返る。道端なのだから、それなりに車や通行人の立てる音は聞こえてくるのに、その一角だけ無音になったような感覚だった。
「いやいやいや」
「さ、さすがにそれはないでしょ?」
「ない、とは思うんだけどね……手塚だからね……」
「……うん、手塚だからな……」
普段の手塚国光を知っていると、テニス以外には興味がなさそうなのも知っているから、どうにも自信がない。自覚をしていないなら、お手上げだ。
別に、仲を取り持とうとか橋渡しをしようと思っているわけではないが、せめて気づいていてほしい。
「景吾くんは、たぶん自分の気持ちに気づいてると思うんだけどね」
「手塚から好かれるわけがないって思とるんやろなあ……あーいう試合したせいやろうけど」
「いや、でも、きっかけってあの関東大会だよね、きっと、お互いに」
関東大会で、青学と氷帝は初戦でぶつかった。その時に繰り広げられた二人の試合。
永遠に続くかと思われたタイブレーク。がむしゃらにボールを追う二人の姿は熱く、見る者すべての心を撃ち抜いた。
弱点を攻めた跡部と、肩を痛めた手塚。
真剣勝負の中での出来事だが、それでも跡部は手塚に好かれるわけがないと、諦めてしまっているフシがあるようだった。
「確かにあの後からだもんな、手塚が跡部のこと気にし始めたの」
「全国大会の時、越前連れ戻しに行ってくれたよね、彼。礼がしたいが何がいいかなんて訊かれた時、肩のこととか全然気にしてないんだなって思ったのに」
「あ、そういえば、景吾くんがやたら機嫌が良いときあった! それか!」
「謎が解けたわ……なんや、それなら俺にも何かあってもええんとちゃうか」
忍足が、口の端を上げながら呟く。跡部に引っ張られていった形だが、忍足もそれには一枚噛んでいる。礼がどうのと言うつもりはなくて、二人がちゃんと交流してくれているのが嬉しかった。
「その節はどうも」
「ありがとう、忍足」
代わりに、と不二と大石がぽんぽん肩を叩いて、四人で笑い合う。
「こんなところで立ち話もなんだし、どこかお店入らない? 今さらだけどね」
「うん、そうだ、……ね……」
滝が提案し、それに答えかけ、適当な店を探そうときょろりと辺りを見回したところで、不二周助が開眼した。
「え」
「不二? どうし――え」
大石がその視線を追いかけて、それを見つけて顔を引きつらせる。
「うわ、なんやあれ……」
「おやおや。おやおやこれは」
忍足と滝も気づいて、四人の視線が一気にその一点に集中した。
視線の先に、連れ立って歩く手塚と跡部の姿。
道路の向こう側、非常に目立つ長身の男たち。間違いなく二人だと気づいた四人は、にわかに色めき立った。
「ちょお待て、何しとるんあの二人。俺らに黙って」
「デートかな。ボクたちに黙って」
話題の中心だった二人の親密そうな様子に、思わず浮かれてしまう。口許が緩み、体が前のめりになった。
「あ、そういえば今日、部長会議だって言ってた」
「ああ~それかぁ……その帰りってとこかな」
大石が、思い出したようにポンと手を打つ。どうもデートの約束をして逢っていたわけではないようで、がっくりと肩が落ちた。
だがしかし、部長会議ということならば他校の部長も一緒だったはず。それをちゃっかり二人きりの時間に変えているのだから、押さえるところは押さえている。
「跡部のヤツ、嬉しそうな顔しとるわぁ……」
「手塚も機嫌よさそうだね」
「あれ機嫌がいいんだ……」
「もう少し顔に出ればいいんだけどな」
街路樹の陰から、二人の様子をそっと見守る。会話は当然聞こえてこないが、テニスのことでも話しているのだろうか。跡部が話しかけ、手塚がそれに頷くという形のようだが、二人はそれでも嬉しそうだった。
「なあ、今手塚が跡部と位置変わったやん……」
「車道側だったからかな……ちょっと大きい車とすれ違ったしね」
「彼氏かいな……」
「ねえ、跡部のあれって、ちょっと照れた顔? うわ、手塚が顔を背けた。可愛いなんて思ってるのかな」
「なんであれで気づかないんだ、二人とも」
ひそひそと囁きながら、恋する鈍感二人を眺める。通り過ぎていく車たちが邪魔で、できることなら定点カメラでも取り付けたい気分だった。
「あ、お店入るみたいだよ。景吾くんナイス」
「待て待て、こっちに気づいてもうたやんけ。アホ、こっちに来んでもええわ、そのまま二人で店入れや……!」
そんな四人に、手塚が気づいてしまう。じっとこちらを見て、カフェのドアに手をかけようとした跡部の肩を叩く。視線で気づかれたのか、それとも男子中学生がこんなところでたむろしているのがおかしいと思ったのか。
どちらにしろ、下手を打ったのだと四人は頭を抱える。すぐ傍の横断歩道から、二人がこちらに渡ってきてしまった。
「ようテメーら。珍しい組み合わせだな」
「や、やあ跡部。ちょっとあの、えっと、本屋で偶然逢ってさ」
大石が頬を掻きながら跡部に答える。逢ったのは本当に偶然だが、まさか、たびたび二人の件で情報交換している仲だなんて言えやしない。
「手塚たちは、会議の帰り?」
「ああ、なかなか有意義な時間だった」
不二の問いかけに、手塚がコクリと頷く。その後にちらりと跡部を見やったのを、四人は見逃さなかった。ああそれは有意義な時間だったのだろう。「跡部にも逢えたし」とでも思っているのではないだろうか。
しかしそれならそれで、こちらには気づかないふりをして店に入っていってほしかったと、四人はそろって頭を抱える。
「なんだ、お疲れのようじゃねーの。ちょうどいい、テメーらも一緒にどうだ」
跡部が、先ほど入ろうとしていたカフェを指さす。この流れでは「じゃあ二人で店に入るから」とは当然ならないだろうなと、四人は乾いた笑いを漏らした。
「心配しねーでも、俺様の奢りだぜ。ありがたく思いな」
断れる雰囲気でもない。できれば二人でカフェを楽しんでほしかったけれど、ものは考えようである。
店内でイチャイチャ仲良くしている二人を堂々と見られるではないか。
「うん、じゃあお言葉に甘えようかな」
にこやかにそう返した滝の意図に気づき、他の三人も頷いた。
横断歩道を渡り、しゃれた雰囲気のカフェへと入る。店内に客はちらほら。友人同士とみられる女性たちや、仕事中に見えるサラリーマン、ゆったりとお一人様を満喫する人もいた。
だが、大人数向けでない店内では、六人が一緒に座れるところはなかった。
「二名様と四名様でなら、お近くの席でご用意できますが……」
迎えてくれた店員の申し訳なさそうな声に、忍足たちはむしろグッジョブとばかりにすぐ案内を頼んだ。
「そっちの方が景色ええやろ。跡部と手塚はそっちで和んどきぃ」
「ボクたちこっちでいいよね?」
窓際の二名席と、わずかに隙間を挟んだ四名席。忍足たち四人は自然な流れで四名席の椅子を掴んで引く。跡部と手塚は二名席に座るしかなくなって、視線を合わせて、さっと逸らした。
「いや、俺は構わねーが……」
「俺も問題ない。元々お前と入る予定だっただろう」
照れくさそうに視線を泳がせる跡部と、口許に手を当てながら腰をかける手塚と。入店早々面白いものが見られたと、四人は満足だった。
「ふふっ、跡部の奢りなら、高いもの頼んじゃおうかな」
「不二、テメェな。まあいい、何でも好きなもん頼んでおけ」
「跡部のそういう男前なとこ、いいよね。好感が持てるよ」
ありがとうと言いながら、メニューの中から無難にスコーンと紅茶を頼む。滝や忍足もケーキセットを注文し、大石はクマの形をした限定ケーキをオーダーしていた。
四人で作ったグループラインに、不二からのメッセージが入る。
『跡部に好感が持てるって言った時、手塚の手が強張ってた』
『俺も見たで。慌てたんやろか』
『さっさとくっつけばいいのにね』
『じれったいなぁ……』
そんな風に画面の中でやり取りして、口に出せないもどかしさも味わった。
「手塚は? 遠慮すんなよ」
「…………では、このセット、ショートケーキで」
「フ、随分と可愛らしいもの頼むんだな。なら俺はシフォンケーキを」
「別に可愛くないだろう……」
ぼやく手塚を、跡部が眩しそうに見つめる。こんな顔をしておいて、なぜまだ告白のひとつもしていないのか、やっぱり不思議でならなかった。
ややあって、オーダーしたものが運ばれてくる。大石は可愛らしいクマのケーキをスマホのカメラに収めていた。どうも自分の相棒を思い出してしまったらしい。
「英二にうらやましがられそうだけど」
「目に浮かぶよ。ねえ、英二は気づいてるの? あれ」
「あ~……いや、どうだろ。たぶん気づいてない」
「そっか。巻き込んだら面白いかと思ってたけど」
肩を竦め、不二はセットの紅茶を口に含む。
「ウチの方も、気づいとるかもってのはおるけど、これ以上多くなったら追っかけられへんしなあ」
「それはあるかも。多くなったらそれこそあちらに気づかれそうだし。このままでいいんじゃないかな」
そう言って、滝はちらりとあちらを見やる。視線の先で、まだ口をつけていないフォークで相手のケーキを分けてもらう鈍感バカ二人がいた。
思わず自分のフォークを取り落としそうになった滝だが、カップをガツンと乱暴に置く他の三人も、似たようなものだった。
「ああ、こっちもなかなか美味いじゃねーの」
「思ったより柔らかいんだな。分けてくれてありがとう、跡部」
相手に分けてもらった一口分のケーキを食べ終わって、跡部と手塚は満足そうに頷く。そうしてようやく、自分が頼んだケーキにフォークを運んでいた。
隣のテーブルで、四人は項垂れる。何を見せられたのかさっぱり分からないと言ったふうに、何も口にできなかった。
『ねえ……今の』
『なんであれで付き合ってないの? 完璧恋人同士じゃないか』
『実はもう付き合おうとるとかなん?』
『俺たちは今何を見せられたんだ……』
ラインに次々と入ってくる困惑。友人同士でケーキをシェアというのはおかしなことではないが、手塚と跡部が と思うとハテナマークだけが波のように押し寄せてくる。
「あ、そ、そうだ景吾くん、聞いた? 数学の山本先生、結婚するって」
「へえ? そりゃめでたいな。学校を挙げて祝ってやろうじゃねーの」
「中学時代から付き合ってた人がお相手らしいよ。純愛だよねえ」
滝が続けた言葉に、跡部が息を呑んだように見えた。
そうか、と紅茶に落とされた視線は持ち上がらなくて、四人は悟る。跡部の恋はまだ叶っていないのだと。
彼が望むのならば力を貸してやりたいが、と滝は忍足と顔を見合わせる。
「中学の頃から……ずっと相手のことが好きだったということだな。その一途さには敬意さえ抱く」
だが、手塚が口にしたその言葉にハッと顔を上げた。
「そうだな。末永い幸せを祈るぜ」
「ああ、そうしてやってくれ」
そうして、救われたとでも言うように頷いて笑う。手塚もそれに、満足そうに頷いた。
二人の間に流れる穏やかな空気に、自分たちが彼らの末永い幸せを堂々と祝えるのはいつだろうかと四人は呆れた気分で息を吐いた。
お題:リライト様 /じれったい奴等め
#お題 #両片想い
スパイ組織
タタタ、と小さな端末のキーを叩く。遮光グラス越しにそれを一瞥してマガジンをセットし、自分たち以外に物音を立てるものがないか、手塚は全神経を集中させた。
「あと何秒だ」
「三十秒」
「遅い、二十五秒」
「うるせえな、じゃあテメェがやれ」
チッと舌を打つ音が聞こえてきた。
人にはそれぞれ、得手不得手というものがある。手塚もできないわけではないが、クラッキングは彼の方が得意だった気がするのだ。それならば、彼に任せるのが当然である。
ピピッと小さな電子音が耳に入った。チラリと見やれば、彼が得意げな顔でパチンと指を鳴らしてみせた。
「さすがだな、跡部。二十四秒で解除したのか」
「フン、俺様にかかりゃあな」
このビルのセキュリティは、四十秒でエラーを解除しなければ、警備会社に通報される。それだけでなく、すべての出入り口が封鎖され逃げられなくなるのだ。
もちろん、そういう時の対処もできるよう準備はしてきているが、あまり大事にはしたくないのが本音だ。
だから、今回の相棒が跡部であるのは非常に好ましい。技術は申し分ないし、一を聞いて十を知るタイプの頭の良さはパートナーとしては最適だった。
もっとも、「跡部」という名前が本名かどうかは分からないが。
今回の任務(ミツシヨン)は、とある製薬会社への潜入と研究内容の確認、危険なものと分かれば排除――方法は任せるとのことだったが、なんとも無責任なものだ。
とはいえ、よくあることだ。民間企業を装って軍事的な動きをしていたり、優良企業と見せかけて、裏ではえげつない活動をしていたりするというものは。
国にとって良くない動きをいち早く察知し、〝なかったことにする〟というのが、手塚たちエージェントの役割だった。
対象の機関に潜入し、事実の確認を行い、憂いを払う。器物損壊、窃盗、時には要人の暗殺まで請け負う、名もなき闇の住人だ。
今回の任務を成功させるために、要した時間は四ヶ月と少し。
内部に入り込み、重要な案件を担う者たちに近づき、まずは事実を確認する。そしてターゲットの場所と接触計画を練った。怪しまれないためには、時間をかけるしかなかったのだ。
そして今夜、ついに決行に移した。
中の様子を確認しながら、するりと身を滑り込ませる。何台ものパソコンや保冷庫、保温庫。実験に使うマウスたちが、チロチロと視界を動いた。
「あの奥だな。急ぐぞ」
研究室のもう一つ奥に、厳重にロックされた部屋が見える。廃棄が必要と判断した危険なドラッグは、そこで生成されている、はず。
「……ああ」
跡部の返事が、僅かに遅れたのに気づく。何か気に掛かることでもあるのだろうかと、手塚は眉を寄せた。
「なんだ?」
「いや、やけに侵入が簡単だったなと思ってな。こんなヤバいクスリが眠ってるってのに、キーだけでってのは、あまりにも杜撰じゃねーか」
それは、言われてみれば確かにそうだ。重要な機密なのだろうに、見張りの一人もいない。
「責任者の指紋とか声紋とか、網膜情報。大抵はそういうのが必要になってくるだろう。実際、用意もしてたし、装置は確かにあったんだ」
「装置があった? ……用意した素材、使わなかったよな」
「ああ……セキュリティの種類が変わったのかと思ったんだが、強くはしてもレベルを弱くはしねえだろ」
眉間にしわを寄せて、黒いグローブをはめ直す跡部を眺め、おかしなことが多すぎると手塚も不審に感じた。
「だが、確かにこの研究室なんだろう。お前が彼女から聞き出したものだ。ロック解除に必要な素材も、彼女をたぶらかして手に入れた」
暗に、厭みを含めて言ってやる。
潜入した先の情報を、異性から手に入れるのは常套手段だ。今回その役割を担うのは手塚のはずだったのだが、どうしてか跡部が強引に対象との間に割り込んできた。
「なんだよ、お前あの女と寝たかったか? ああいうのがタイプだったとは知らなかったぜ」
「別にそういうわけじゃない。目的が達成できれば問題ないが、お前こそ好みだったんじゃないのか」
「――テメェにハニトラは似合わねえんだよ。それだけだ」
彼がふいとそっぽを向く。似合う似合わないで勝手にことを進めないでほしいものだ。確かに得意な方ではないし、騙した女性に対して罪悪感を抱くこともあるけれど、仕事なのだと割り切っているつもりだった。
「そんなことより、現物確認するぞ。何か嫌な予感がする」
話を続けるつもりはないらしい彼に、ああ、と頷いて後に続く。
ふと、右前方に違和感。彼も気がついて足を止めた。そこにあったのは、人の足。とっさに銃を構えて警戒を強めるが、その足は一切動かない。
嫌な予感を胸に銃を構えて警戒する。跡部が、制するように手の甲を向けてしゃがみ込んだ。
「息は?」
「……してねえ。こいつ、第一研究二課のヤツだろ。見たことのある顔だぜ」
白衣を身につけたその男は、この研究所の所員だった。交流をしたことはないが、顔と名前くらいはデータとして頭に入っている、程度の。
「他殺、だな」
「ああ。なんだって今日、こんなとこで――」
目立つ外傷は見られず、絞殺か、毒殺か、と思考を巡らせている彼の後ろを通り抜け、手塚は他の異常を探した。被害者はこの男だけなのだろうか。そもそも、なぜ殺されているのだろう。
ターゲットがあるはずの部屋へと足を進めたその時。
「手塚ァ! 伏せろ!」
切羽詰まった声が耳を通り抜け、強い力で腕を引かれた。直後、窓に生まれる亀裂。つい先ほどまで手塚の頭があった位置に、弾丸がめり込んだ。
驚愕する暇などない。二撃目、三撃目が来る。手塚はそれを避けながら、跡部と一緒に床へと倒れ込んだ。
「狙撃……!? いったいどこから」
標的をデスクやパソコンで阻害されたせいか、攻撃はいったん止んだようだった。体勢を整え、狙撃手を確認しようと特殊グラスのスイッチに触れるけれど、狙撃地点とみられるビルには、人の影は見えなかった。
だが、もちろん素人の仕業ではない。どういうことだ、と手塚はデスクの陰に隠れながら、もう一丁の銃を確認する。戦闘になるだろうか。
「悪い手塚、俺のミスだ。気がつかなかった」
苛立たしげに割れた窓を睨みつけ、跡部がそう呟く。何を言っているのだろうか。気づいてくれたからこそ、弾に当たらずにすんだというのに。
「ナメやがって、あの女ぁ……!」
「待て、どういうことだ」
「殺されたヤツから、ほのかにアイツの香水の匂いがした。わざとなのかは分からねえが」
手塚は目を瞠った。アイツ、ということは跡部が接触した女性のことだろう。香水の匂いを覚えているほど接近していたのか――なんて、分かりきったことを、しかも接近どころではないだろうに考えて、腸が煮えくり返るような感覚を味わった。
「こっちが仕掛けたトラップだってのに、俺としたことが仕掛け返されるとはな!」
「……では、ターゲットはすでに彼女の手に? 決行日を合わせたのは、発覚した際に俺たちに罪を被せようとしたということか」
運が悪い。どこか他の組織とターゲットがブッキングするなんて。いや、もしかしたら情報を流してきたのだってそこだったのかもしれない。
「加えて、仲間割れの可能性が高い。あの男の手、ただの研究員って言えるようなもんじゃなかった。おい手塚、すぐ脱出しろ。俺はあっちの部屋確認してくる」
「バカを言うな、援護させろ」
まさか殺されていたあの男までもが、他組織のエージェントだったとは思わず、頭が混乱する。だが、手塚が今できることは跡部の援護だけだ。
狙撃をしてきたということは、戦闘も止むなしと考えているのだろうし、もしかしたら仲間を呼んで口封じに来るかもしれないのだ。下手をしたら、この研究所ごと吹き飛ばす可能性だってある。
「俺は先ほどお前に助けられた。借りを作ったままではいられない。次は、いつお前と一緒になるか分からないんだぞ」
「くそ真面目なヤツだなテメェはよ! あんなの貸しでもなんでもねえだろ!」
「俺はお前と一緒にここを出る。それだけだ」
これだけは絶対に譲れない。跡部のことを好ましいと思っていても、望んで同じ任務に就けるわけではないのだ。ここで二手に分かれて、もし――もし万が一のことがあったら。
「〰〰めんどくせえっ……」
「それはすまない」
「テメェのことじゃねーよ。俺の問題だ、気にすんな」
そう言いつつも跡部は諦めてくれたらしく、援護を許可してくれる。しんと静まり返った部屋が逆に気味が悪い。背中を合わせて呼吸を一つ。そのタイミングに合わせて、ターゲットがあったはずの部屋へと急ぎ足を向けた。
「ロックは?」
「かかってねえ。やっぱり先に侵入(はい)られてるな」
ドアノブ手をかけて、跡部が視線をよこしてくる。手塚はこくりと頷いて、開け放たれると同時に中へと銃口を向けた。
目を瞠る。折り重なるようにして事切れた研究員たちの姿。数瞬遅れて銃口を向けながら続いてきた跡部も、絶句しているようだった。
手塚も跡部も、必要に応じて人を手にかけたことはあるが、できるだけそうならないようにしてきたつもりだ。危険なドラッグを開発していた連中とはいえ、こんなふうに命を落とすべき者たちだっただろうか?
「現物ナシ。データも全部抜かれてるな」
「……任務は失敗だな。ひとまずここを出て、本部に」
連絡を入れようと跡部を振り向いた手塚の目に、動くデジタルの数字が入ってきた。分かりやすく、ご丁寧に赤く点滅までしている。
「跡部!」
名を呼ぶより早く、手を伸ばしていた。
爆発まで、二秒、あったかどうか。
「ぐっ……!!」
爆風で吹き飛ばされて、壁にたたき付けられる。
「手塚! ……っ」
「平気だ、直撃は受けていない」
こんな仕事をしている以上、想定内の危機ではあったものの、反応が遅れてしまった。衝撃で内臓がやられたような気がするが、死ぬようなことはないだろう。
それよりも、跡部は無事だろうかと振り向く。
腕に突き刺さる何かの破片が目に飛び込んで、さっと血の気が引いた。
「跡部」
「問題ねえ、見た目よりは深くねえよ」
「しかし」
手の甲も、こめかみも、擦り切れて傷が付いている。スパイ組織のエージェントである以上、危険も怪我もつきものだ。死と隣り合わせでさえあり、そんなものをいちいち気にしていたら身が保たないだろう。
それでも、手塚は嫌だった。跡部に傷が付いてしまうのは。
「悪い手塚……中確認せずに離脱してりゃよかったな」
「いや、お前の判断は正しい。俺たちは、現物の有無を確認しなければいけなかったのだから」
ターゲットを横取りしていった連中は、爆発ですべてを〝なかったことにする〟方針らしかった。今夜ここで起こったのは「爆発事故」であり、「殺人」も「窃盗」もなかったのだと世間に思わせてしまえる。もしかしたらすでに、警察の方にも手が回っているのかもしれない。
盗んでいったモノをどうするのか、今の手塚たちに追いかけることはできなかった。
鳴り響く火災警報。ここに長く留まっているわけにはいかない。次に出くわすのは、消防隊員か救急隊員か、それとも同業者か。
「跡部、立てるか? 肩を貸そう。止血は少し待ってくれ」
「馬鹿言うな、肩を貸すのは俺の方だぜ。お前だって肋骨何本かイッてんだろ」
苦笑して、火が回ってきそうなそこから離れる。なんとか動く跡部の腕を引いて立ち上がらせ、腰を抱いた。
思ったよりも細いんだなと、こんな時におかしなことを考える。骨が折れたせいで意識がもうろうとしているのだろうか。
いや、この程度の怪我は別に珍しくもないし、慣れている。今回に限ってということはないはずだ。
「……っは、ぁ」
痛むのか、抱いた跡部の吐息が耳元で聞こえる。
もっと近くで聞いてみたいと思ってしまって、そこで――気がついた。
今回だけおかしな思考になっている理由。
跡部が、接触対象だった女の香水の匂いを覚えていたことに腹が立った理由。
跡部との任務がいちばん安心できる理由。
跡部に傷が付くのが嫌だと思う理由。
「……………………なるほど」
手塚は、それらすべてをかき集めて生まれた一つの仮定に、すんなりと納得がいってしまった。
「な……に一人で納得して、やがんだ、手塚ぁ」
「跡部、一つ頼みがあるんだ」
「なんだよ、始末書なら手伝わねーぞ……」
「無事にここを出たら」
「お前それやべぇフラグだって知ってんのかよ」
呆れ混じりに呟く跡部の腰を、さらに強い力で抱く。逃げ出されないように、強く、強く。
「お前の本当の名前を教えてくれないか」
「…………は?」
「惚れた相手くらい、本当の名前で呼びたいだろう」
そう続けると、驚いたのか、跡部の足が止まってしまった。ここを出てからにすれば良かったかと手塚は思ったけれど、もう今さら遅い。
「無理かもしれないが、お前にハニトラはもうしてほしくない。好きなんだ、お前のことが」
次はいつ逢えるか分からない。一緒の任務がこの先あるのかどうかも分からない。だからこの気持ちだけでも、知っておいてほしかった。
跡部はひとつ、ふたつ、瞬いて、再び足を踏み出しながら「分かった」と呟いてくれる。
「いいのか」
「その代わり、お前もやるんじゃねえ。無理でもだ」
「分かった、お前にだけ押しつけるわけにはいかないからな」
「それとな、名前。俺の名は跡部だ。景吾、跡部」
え? と思わず驚いて振り向く。一音も違わず、手塚の知っている名前そのものだ。こんな組織に属しているのだ、普通はコードネームや偽名を使うものなのに、本当の名前だったというのか。もちろん潜入中は偽名だが、相棒として知っている名は、真実のものだった。
「俺は一度もお前に噓をついたことはねえんだぜ、手塚」
端の上がった唇が、重なってくる。その意味が、分からないわけもなかった。
「やらねえっていった傍から、ハニトラじゃねえからな」
「……跡部、もしかしてずっと俺を?」
照れくさそうに、ふいとそっぽを向く跡部。ほんのりと染まった頬は、炎のせいではなかっただろう。
「少し、休暇がもらえるといいな。お前の看病をしたい」「おいそりゃ俺の台詞だろう」
「それは楽しみだが、減俸と始末書は手痛いな……」
「……そうだな」
それでも、こんな身の上で出逢ってしまった最高の恋を大事にしたい。
誰にも見つからないようにと、二人は足早にそのビルを抜け出す。
それはまるで、逃避行のようだった。
お題:リライト様 /スパイ組織
#お題 #両片想い #スパイパロ

「目くらい閉じたらどうだ」
「テメェが閉じたらな」
「先に閉じて構わないぞ」
「俺は後でいい」
正面で向き合って、かれこれ三十分ほど、こんなやり取りが続いている。
どちらも、頑なに譲ろうとしない。難しいことではないのだ。
ただ単に、瞳を閉じるというだけの行為が、難しいわけもない。
それなのに、どうして手塚と跡部は、自分が先に閉じることをよしとしないのだろうか。
「……キスをしたいと言ったのはお前だろう」
「だからって、先に目を閉じなきゃいけねえルールはねえだろ」
沈黙が流れる。つまりはキスをするような間柄ではあるのだが、その際に目を閉じる閉じないで揉めているようだ。犬も食わないとは、まさにこのことだろう。
「目を閉じない理由を話せ」
手塚は、キスをしたいのなら目を閉じろと言うが、跡部はそれを聞かない。最後の通告だとでも言わんばかりの強い口調で、促してみた。納得のいく理由ならば、考えてやってもいいと。
「お前の顔を見ていたい。ただそれだけだぜ」
跡部は、なんのためらいもなくそう返してくる。諫めたつもりが、追撃を受けて撃沈したような感覚を味わった。
「………………そんなことを言うなら、俺だってお前の顔を見ていたいんだが」
「なんだよ手塚、俺のこと好き過ぎだろ」
「それはお前もだろう、跡部」
違いない、と笑う跡部に、手塚は唇を寄せていく。キスの時は瞳を閉じなければならない――なんて、そんなルールが決められているわけではないのだなと、ようやく二人はキスをした。
どちらが負けて、どちらが勝ったのかは分からないが、これでゲーム・オーバー。そして、リスタートだ。
#お題 #両想い