華家
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No.314
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
「左京さん、何か怒ってんのか? もしかしてああやって知り合いにチケット売るの、ダメだったのか」 左京…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.314
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「左京さん、何か怒ってんのか? もしかしてああやって知り合いにチケット売るの、ダメだったのか」
左京が運転席に乗ると、十座は車の外から訊ねてくる。左京の態度がおかしいことには、さすがに気づいているらしい。左京もそれを自覚していて、はあーと長く息を吐いた。
「乗れ」
「え?」
「乗れって言ってんだ。これ以上目立ちたかねぇだろ」
左京の言葉に、十座は視線だけで校門の方を見やり、気づく。
女の子が兵頭十座に声をかけてきたということで、ただでさえ目立っているだろうに、この状況はさらに拍車をかけるだろう。十座は後部座席のドアを開け、素早く乗り込んだ。
「ハ、俺を好きだって言うわりに、こういうチャンスは逃すんだな。普通助手席じゃねえのか」
「運転してる左京さん、冷静に見てられる自信がねえからな」
「ものは言いようか。さっきの女、よかったのか。邪魔しといてあれだが」
左京は車を発進させながら、バックミラーで十座の表情を盗み見た。後ろめたさを微塵も感じさせない表情は、特別な関係にあった女というわけではないことを、知らせてくれていた。
「邪魔って……あれはそういうんじゃねえ。親が知り合いで、何度か話したことがある程度だし。俺に付き合ってた女なんかいねえ。アンタが初恋なんすけど」
「だったら――なんで女知ってんだ?」
「え?」
左京は、ぎゅっとステアリングを握る。
あの日から、ずっと心に引っ掛かっていたことだ。
初恋だという十座の気持ちを疑っているわけではない。初恋であってほしいと願っていたわけでもない。
女を知っていながらも、どうして自分をという戸惑い。
そして、知らないなら知りにいけと、突き放せなくなった誤算。
そのどれもが、突き放したい思いと突き放しきれない矛盾を孕んで、左京の中に巣くっていた。
「女抱いたことあるんだろ、兵頭」
「……あー……、あれを抱いたっていうんならな」
言いにくそうに苦笑して、十座はそれでも肯定を返してくる。ずき、と心臓が痛みを増した。
「ど、どういうことだ……?」
「……抱かされた、って方が正しいかもしれねえ」
左京は目を瞠る。
本意ではない行為を強いられたということだろうか。合意があったのかなかったのか、そもそもそれは聞いていい話なのか。
「中学、卒業する前かな。あんま覚えてねえが……、俺と寝りゃあ、ハクがつくんだと。名前も知らねえし、顔も思い出せねえ。女と寝ることに興味がねえわけじゃなかったが、そういいもんだとも思わなかったな」
十座は両手の指を組み、肘をついて口許を覆い隠す。その様子がミラーで窺えて、左京は失言を悔やんだ。
いい思い出ではなさそうで、むしろ悪い方に分類されていそうな記憶を、不用意に引き出してしまった。
「そういやあの後、やたら高校生が絡んできやがったな。今思えばあれ、あの人の恋人だったとか、そういうヤツだったのかもしれねえ……」
何も考えずにのしちまったがと付け加えて、十座は大きくため息をつく。自分の女が、当時中学生だった男に寝取られたなんて知ったら、そりゃあ頭にくるだろう。そこに恋情があったのならまだしも、かけらさえなく、十座の方は女の名前も知らない状態だ。
「それ、一度きりか……」
「ん、ああ……その女もそれっきりだったし、元サヤっつうのか、戻ったなら別にいいし……もともと女なんか、縁もねえしな」
多感な年頃にそんな経験をして、よくこうもまっすぐ育ったものだ、と左京は思う。道を踏み外すこともなく、真っ当に生きてきた十座を、羨ましいとさえ感じた。
「あ、でもだからって女がダメになったわけじゃない。男がよくて、左京さんを好きになったわけじゃねえんだ」
十座はガバリと体を起こし、運転席の方に身を乗り出してくる。そこを疑ったつもりはなくて、左京は苦笑した。
「危ねえだろ、ちゃんとシートベルト締めとけ」
「あ、……っす」
赤信号で、左京はゆっくりとブレーキペダルを踏む。
左に曲がれば寮の方向。まっすぐ行けば――と思って、レーンを移動せずに、左京は出していたウインカーを切った。
「あんまりいい思い出なさそうだが、お前そんなんで俺に欲情できんのか?」
「……え?」
「女を抱くのとは……抱かされんのとはわけが違うぞ。てめぇと同じもんに前にして、勃つのかって言ってんだ」
「勃、……何言ってんだ、アンタ。俺が何度頭ん中で左京さんを抱いてきたと思ってんすか」
躊躇いもなく、十座はそう返してくる。
自分は彼の頭の中で、どんな風に抱かれていたのだろうかと、おかしそうに口角を上げた。
「エロガキ」
「アンタが訊くから言ったんだが……」
「分かった分かった」
信号が青に変わる。前の車がゆっくりと走り出すのに合わせて、左京もアクセルペダルをゆっくりと踏み込んだ。
「抱かせてやる」
ギアを変えてスピードを上げるのと同時に、そう呟く。左には曲がらずに、交差点を直進した。
「え、…………は……?」
突然の言葉に、十座は事態を把握できていないようだ。そのマヌケな顔が面白くて、左京は肩を震わせる。
「左京さん、今、なんて……」
シートベルトの伸びる範囲で、身を乗り出してくる十座。言い付け通り、ちゃんとシートベルトを締める男を、可愛らしいなんて思ってしまった。
「抱きてえんだろ、俺を」
「あ、ああ、そりゃ」
「お前のことは傷つけてばっかりだしな。……あんな顔されるよりは、やることやっちまった方が楽かと思って。そういう打算的なもんでもよけりゃだが」
いい思い出もなさそうなのに、抱きたいという男に、自分のひとことで浮き沈みしてしまう男に、少しくらい応えてやってもいいかと思った――ただそれだけだ。
恋人になんかなれやしないけれど、それでもいいというのであれば。
「構わねえ。アンタに……左京さんに触れられんなら、同情でも打算でも、なんだっていい」
運転席のシートを掴む十座の手に、ぐっと強い力が込められる。
まだ触れられてもいないのに、左京の心臓が跳ね上がった。
「そうか」
嬉しいと思っている自分を自覚していても、素直に表すことなんかできなかった。
左京はただそう答えて、ぎりぎり制限速度で車を走らせる。マジでか、と小さく呟いた後、口許を押さえ後部座席に体を預ける十座を、ミラーで盗み見しながら。
#シリーズ物 #ウェブ再録