No.311

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金色の曼珠沙華-028-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 起きたときにはもう、十時近く。飛び起きれば頭がずきりと痛んで、昨日の酒がまだ抜けていないことを知る…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-028-


 起きたときにはもう、十時近く。飛び起きれば頭がずきりと痛んで、昨日の酒がまだ抜けていないことを知る。
「おっ、左京さん起きてきた。二日酔い平気っすか」
 リビングに向かえば、秋組のリーダーである万里が、携帯端末片手に何かと格闘していた。
「ああ……大丈夫だ……」
「大丈夫って顔でもねーけどな。今日昼から稽古だろ? アンタ出られんの、そんなんで」
「稽古には出る。少し寝不足なだけだ」
「ハ、それって兵頭のせいじゃねーの」
 からかう材料は全部使うとでも言いたげに、万里は笑う。いつもの左京なら、それに鋭い眼光で返していただろう。
「恋愛脳みてーなこと言うな。自分が今そうだからって」
 否定はできない。眠れなかったのは、ずっと考えていたのは、十座のことなのだ。だがそれを素直に認めるだけではどうにもバツが悪くて、ちょっとした仕返し。思った通り、万里は驚きに目を瞠った。
「な、んで知ってんすか」
「演技が変わったからな。女でもできたのかと思ったらまあ……ハハ、まさかな」
 お前があの月岡を、と小さくつけ加えると、万里が面白くなさそうにふいと顔を背けた。
「いいだろ別に。力ずくでどうにかしてえってわけじゃねえんだし。迷惑はかけてねえ」
「……兵頭と同じことを言いやがる。若ぇな、ほんと」
 左京は、そこでようやく気づく。十座の気持ちを秋組の連中の前でさらけ出してしまったあの時、どうして万里があんなに怒ったのかを。
「恋すんのに歳なんか関係ねえってんだよ」
「ガキだってマジな恋愛してんだよ、か? まったくお前は、冬組が大変な時に」
 手を持ち上げると、万里が肩を竦める。叩かれると思ったのだろうか。だが左京のその手は、万里の頭をぽんぽんと撫でるだけだった。
「は、え……?」
「なんだ」
「え、あ、いや、なんかチョーシ狂うってか……」
 撫でられるとは思っていなかった万里が、どこか居心地悪そうに首を傾げる。左京がそれに苦笑した頃、ひょいとリビングに顔を出した団員がいた。
「あ」
 気まずそうなその声にいち早く気がついたのは、万里。
「紬さん、おはよ。今日もカテキョ?」
 というのも、入ってきた相手が、片想いをしているらしい月岡紬だったからだ。
 その嬉しそうな顔は、左京の時とは段違いだ。
 恋をすると、誰もがこんな風になってしまうのだろうかと、左京は肩を竦めた。
「お、おはよう万里くん。左京さんも。そうなんだ、今日もカテキョ。学生さんは大変だよね」
 紬の反応を見るに、どうもまんざらでもなさそうなのが気にかかる。彼はもう、万里の気持ちを受け入れられているのだろうか。
「あ、左京さん大丈夫ですか? 昨夜相当飲んでたって聞きましたけど……」
「あ、ああ……今から出るのか月岡」
「はい、ゆっくり行こうかなって」
「俺もちょっと用事がある」
「あ、じゃあ一緒に行きましょうか。俺は駅の方ですが、方向同じですか?」
「ああ、本屋にちょっとな。摂津、昼メシまでには帰るから、稽古は予定通りだ」
「ういーっす」
 本当はそんな予定はなかったけれど、まさかここで話し込むわけにもいかない内容だ。左京は素早く出掛ける準備をして、紬の後を追って玄関へ向かう。途中、紬を見送っていたのか、上機嫌な万里と廊下ですれ違った。
(摂津のあんな顔、初めて見たな……)
 短い間の会話でも、万里は嬉しいに違いないのだ。
 少し顔の赤い紬の横で、左京は口を開いた。
「月岡、お前摂津とはどうなってんだ?」
「えっ……え!?」
 紬が驚いて勢いよく振り向いてくる。前触れもなかったその問いかけに、すぐには対処できなかったらしい。
「もっ、もしかして玄関での会話、聞かれてました?」
「いや、……悪い、ちょっと、兵頭に聞いちまってな。摂津の演技が変わったから、不思議に思ってたんだが……冬組が大変なときに、うちのリーダーがすまねえな」
「あー……」
 紬は困ったように頬をかき、はははと笑う。
 深刻に困っているようではないが、困っていないわけでもないようだ。
「びっくりしました。そんなにストレートに訊かれるとは思わなくて」
「つきあってんのか?」
「いえ、そういうのはなくて。万里くんが、俺なんかのこと好きだって言ってくれることを、今ようやく素直に受け入れられた状態っていうか。だから、万里くんには待ってもらってます。今は本当にそれどころじゃないでしょ」
 知られているのなら、隠しても無駄と思っているのか、紬は万里の想いを素直に吐き出してくる。この素直さに万里は惹かれたのだろうか。
「よく……受け入れられたな、年下の、しかも男からの告白なんて」
 駅までの道のりをゆっくりと歩きながら、左京は罪悪感にも似た思いで呟く。
 紬のように、嬉しそうに「待ってもらっている」なんて言えない。言ってやれない。
「俺だって戸惑いましたよ、そりゃ。万里くんはまだ若いし、女の人にだって絶対モテるのに、どうして俺なんだろうって。あの子に、何か良いところ見せたわけでもないのに……」
「そうだな、歳の差ってのはどうしてもついて回る。アイツらは、ちゃんとそこらへん理解してんのかどうか」
 ため息混じりに呟く。
 歳の差というのは、万里や十座が思っているよりも重くのしかかる時がある。進学、就職、その他にもいろんな場面で、お互いの違いというものを目の当たりにすることになるだろう。
「好き」という感情だけで突き動いてしまう若さを、うらやましいとも、愚かしいとも思う。
「アイツら……? え、っと……左京さん? もしかして」
 かばんの紐をにぎりしめ、紬が振り向いてくる。そこでようやく、自分の発言を思い返して、しまったと思った。ただでさえ月岡紬という男は、他人の本質を見透かす相手だというのに、考えが浅かった。
「あー……っと、その、俺も……今、お前とおんなじ状況でな。こっちは兵頭なんだが」
「へえ、十座くんですか。……あんまりこう、結び付かない感じですよね。驚いたんじゃないですか? 左京さん」
「まあな。最初は信じなかったし、ふざけたこと言うなって怒鳴りつけたし、秋組の連中の前で言っちまったしな。受け入れるつもりはねえんだが、どうにもバツが悪い」
 意外な相手だった、と紬は首を傾げ、左京は突き放してきたこれまでを振り返った。
 よくあそこまでされて、まだ好きだなんて言ってくるものだと、諦めの悪さを思い知る。
 だけど、少し考えてみればすぐに分かることだった。
 自分以外の誰かになりたくて劇団に入り、どれだけ下手くそだろうと、演じることを諦めなかった男だ。
 恋も、同じ情熱でぶつかってくる。
「昨日も余計なこと言っちまってな。……泣きそうな顔すんだよ。なんでか、それが頭から離れない。まるで何度も同じものを見たみたいに、鮮明でな」
 もしかしたら十座は、これまでもそういう顔をしていたかもしれない。だけど左京がそれを認識したのは、昨日が初めてだ。それなのにどうして、こんなにも心に根を張っているのだろうか。
「あ、……あー、それは、もしかしたら、……俺と丞のせいかもしれないですね。ループしてたからなあ……」
 そう思っていたら、紬が本当に申し訳なさそうに項垂れて、額を押さえる。
 左京は不思議に思って、オウム返しのように呟いた。
「ループ?」
「えっと……こんなこと信じてもらえるかどうか分からないんですけど。支配人が言ってた七不思議、覚えてます? 無間地獄っていう……」
 言いにくそうに唸りつつ、紬は左京の問い掛けに答えてくれる。
 左京は記憶を手繰り寄せ、支配人である松川が話していた七不思議とやらを思い出してみる。
 確か無間地獄とは、人形の呪いだったはずだ。仲違いをした二人が、仲直りするまで抜け出せない地獄にハマりこんでしまうとかどうとか。
 七不思議とは言うが、どれもこれもお伽話のレベルにすら達してない、馬鹿馬鹿しいものだった。左京としては、光熱費がどこから支払われているのかということの方が、よほど七不思議である。
「……ちょっと待て。何が言いたいんだお前」
「だから、俺と丞が喧嘩してたせいで、抜け出せなかったんですよ。【昨日】から。何度も昨日を繰り返して、何度も同じことをしてたんです。俺と丞と、あと三角くん……三日くらい、昨日をループしました」
 紬が紡ぐ言葉を頭の中で整理して、今度は左京が頭を抱えた。こんな非現実的なことを言う男だとは、思っていなかった。
「月岡、お前な……」
「嘘じゃないですよ。タイマンACT受けるって決める前の丞とのケンカも繰り返しましたし、ニュースだって一言一句相違ないものを見ました。それと、……万里くんの真剣な告白も。昨日、万里くんは俺に好きだって言ってくれました。彼にとっては一回なんでしょうが、俺にとっては違う。おかげで、万里くんの気持ちを信じざるを得なくなったというか、慣れてしまったというか」
 ハハハと照れ臭そうに笑う紬。
 突拍子もなくて現実味もないけれど、紬が万里の気持ちを、ちゃんと受け止めている理由がそれなのだとしたら、本当に昨日を繰り返していたのだろうか。
「いつも言葉は違ったけれど、毎回真剣に伝えてくれました。そんな万里くんの気持ちは、俺も真剣に考えて答えを出したいなって思うんです」
 一日を何度も繰り返すなんて、そんな馬鹿げたことがあってたまるかとも思うが、紬の横顔は嘘をついている風にも見えない。
 いつも言葉は違ったというのなら、繰り返している意識のなかった左京も、違う言葉を十座に投げつけていた可能性があるということだ。
 七不思議を信じるつもりもないけれど、十座の顔が頭から離れない理由をそれにしても、許される。
 それと同時に、新たな罪の意識。
「左京さん? ……やっぱり、信じられませんよね、こんな話」
「…………もし、お前のその話が本当だったら、俺は兵頭に、何度もあんな顔をさせているということか」
 どこからどこまでをループしていたのか、左京には分からない。だけど、受け入れられないと言ったのは確実で、何らかの言葉で、十座を傷つけていた可能性は高いのだ。
 だからあの泣きそうな顔が、今も頭から離れないのに違いない。
 繰り返し、繰り返し、傷つけた。
 十座はただ、左京に好きだと言っただけで、責められる謂われはないはず。
 左京はそこまで考えて、ハッとした。昨日をループしていたということは、あの――キスも、繰り返していたのだと。
 思わず口を押さえ、羞恥に顔を赤らめた。
 十座も、左京自身も意識してのことではないとはいえ、潜在的には数回だ。たかがキスで騒ぎ立てるほどウブでもないが、決まりが悪い。
「いや、絶対信じないからな、そんな話。だいたい、ループなんてな、理論的にどーたらこーたら」
「理論的じゃないから七不思議なんじゃないですか……」
「と、ともかく、その、なんだ、摂津のことで何か迷惑に思うことがあったら、すぐに言えってことをだな」
 居心地が悪くなって、左京はつま先の向きを変える。行く予定のなかった本屋だが、この際逃げ出す口実に使わせてもらおうと、駅へ向かう紬とたもとを分かった。
「それを言うためだったんですね、左京さん。ありがとうございます。何もないとは思うんですけど、あったらよろしくお願いしますね」
 目的の半分は確かにそれで、もう半分は同じ境遇の紬の選択を確認するためだ。
 なぜだか返り討ちにあったような感覚を引き連れて、左京は行きつけの本屋へと足を向けていった。

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