No.310

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金色の曼珠沙華-027-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

「大丈夫っすか、左京さん」 そこには水の入ったグラスを片手に、十座が待っていた。心配そうに下がる眉尻…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-027-


「大丈夫っすか、左京さん」
 そこには水の入ったグラスを片手に、十座が待っていた。心配そうに下がる眉尻を目に映し、大丈夫だと平気で嘘をつく。こんなズルイ大人にはなってくれるなよと願いながら、突き放したつもりだった。
「……アンタ今の自分の状態分かってねぇだろ。眼鏡、どこやったんだ」
「え、あ……ポケット……」
「かけんのも忘れるほど酔っ払ってんだって、自覚してくれ。危ない……」
 そういえば忘れていたな、とポケットから眼鏡を取り出し、かける。どうりで視界の色が混ざっていたわけだと。
 視界はおかげではっきりしたけれど、頭の方はどうもぼんやりしている。
 十座に腕を掴まれ、強い力で引かれる。それに合わせて足を踏み出すしかなくて、仕方なく十座の誘導に従い、無事に部屋へと戻った。
「ほら、水。自分でベッド上がれんすか、アンタ……って、おい、寝んな」
 部屋に着いた途端、安堵からか緊張が一気に解け、体から力が抜けていってしまう。
 水、と差し出されたグラスも受け取る気力がない。ぱたりと体を横たえて、あー……と生返事。グラスが傍のテーブルに置かれた音と、十座の呆れたため息が聞こえるけれど、目蓋が重い。
「布団下ろすから、ちょっと待ってくれ。床でなんか寝たら、明日しんどいだろ」
「んー……」
「聞いてねぇなこの人……」
 聞こえてはいるのだ、返事をする気がないだけで。
 十座がはしごを登る音がする。シーツのこすれる音、掛け布団がバサリと落ちてくる音、はしごが少し軋む音。
「っと……こんなもんでいいか……。ほら、左京さん、こっち。布団敷いたんで」
 肩を叩かれて意識が浮上する。そのまま寝返りを打って少し体をずらせばいいだろう場所に、敷いてくれたのが分かった。
 左京はさすがに、そこまでされては従う他にないと、ゆっくり寝返りを打った。
「……しょうがねぇ大人だな……」
「悪いな……」
「悪いと思ってんなら、俺とふたりの時に、そんな無防備なとこ晒さないでくれ。抱いちまうぞ」
 布団の上に移動すれば、ばさりと掛け布団がかけられる。びく、と肩が揺れてしまった。
「力ずくでどうこうしたいわけじゃない。目一杯我慢してんだ、煽るなよ」
「…………なら、断れば良かった、だろ……伏見のヤツなんか、絶対わざとなんだぞ」
「我慢しても、触りたい気持ちがあんだよ。言っただろうが、俺の【好き】は、そういう好きだって」
 その気持ちは分からないでもないと、左京は布団の中でゆっくりと眼鏡に手をかけた。
 劣情を我慢しても、好きな相手の傍にいたい。その機会があるなら、他人には譲りたくない――そういったことなのだろう。
「お前の気持ちを受け入れるつもりはねぇ。性欲発散したいんだったら、そういう女抱いてこい。女の体を知れば、俺なんか抱きてえとは思わなくなんだろ」
 受け入れられないと思うのは、間違いなく本音だ。違う世界を知れば、すぐに離れていくだろう若さが、うらやましくもあり、怖くもあった。
 だから、悪意のつもりでなく口にしたのだが。
「……兵、頭?」
 眼鏡を外す直前、レンズ越しに見てしまった。驚きに目を瞠ったそれが、だんだんと悔しさに歪んでいくのを。
 左京は眼鏡をかけ直し、十座が敷いてくれた布団の上に少し体を起こす。
「アンタを好きだって言ってる俺に、女抱いてこいって言うんすか……」
 十座は俯いて、口唇を噛んだように見える。髪をぐしゃりとかき混ぜて、拳を握った。
「兵――」
 また不用意に傷つけたのだと知った左京は、十座へと手を伸ばす。そうして、どうしようと思ったわけでもない。悪気があったわけじゃないということだけ、分かってほしかったのだが、
「うわっ……」
 その手を取られ、鋭い瞳で貫かれる。怯んだ隙に肩を押され、起こしたはずの体は布団へと逆戻り。
 すぐに上から見下ろされ、天井の灯りは十座の体で遮られた。この状況はまずいと、ぼんやりした頭でも分かる。
「兵頭……っ」
 慌てて名を呼んだら、泣き出す前の悔しそうな視線が突き刺さった。
「これ以上どう言ったら、俺の気持ち全部、アンタに伝わるんだ、左京さん……」
「え……」
 肩と腕を押さえつけておきながらも、力ずくでどうこうしたいわけじゃないと言った通り、十座は強引にコトを進めたいわけではなさそうだ。
 ただ伝わっていない想いがもどかしくて、全部を伝えたいとだけ、泣きそうな顔をして告げてくる。
「好きだってちゃんと言っただろう。抱きたいって、包み隠さず言った。受け入れられねえのは仕方ねえが、俺の目を他のヤツに向けさせようとしないでくれ。迷惑だって言われるより、よっぽどつれぇ」
 左京は瞬きもできずに、十座の視線を、声を、吐息を、その一身に受けた。
「俺は――本当に左京さんが好きなんだ」
 十座は手を浮かせ、左京の頬に触れようとし、躊躇って、結局触れずにきゅっと拳を握る。
 そうして顔を背け、体を退かし、立ち上がって背を向けた。
「さっき言った通り、無理やりしたいわけじゃねーから……それは絶対にしねえ。怖がらないでくれ」
「兵頭、俺は」
「あとアンタには関係ねーけど、俺は別に、女を知らないわけじゃねえんで、左京さんの提案は無駄だ」
 おやすみなさいと、十座は左京の部屋を出ていく。
 左京は布団の上に体を起こしたまま、体を硬直させた。閉まったドアを三秒見つめ、ようやくゆっくり目を瞬く。
(なん、つった、アイツ……今、なに……)
 十座が呟き残していった言葉が、耳の中に残る。
 女を知らないわけじゃない、というのは、どういうことか。いや、どういうこともなにも、意味としてはひとつしかないのだろうが、十座とそれがどうしても結びつかないのだ。
 左京は戸惑って顔ごと視線を泳がせ、真意を探ろうとする。
 女を知っているというのは、女という存在を知っているという意味ではないはずだ。そんな幼稚園児でも知っていること、わざわざ言う必要はない。
 ということは、異性として、肌の感触を、体温を知っているということになる。
(いや、別に、女と寝たことあるって、あの歳ならおかしくねぇし、おかしく……ねえんだが……つきあってたヤツ、いたのか……?)
 ぐわんぐわんと目が回るようだ。酒の影響と、今の言葉の衝撃が交わって、左京の思考をぼやけさせる。
(でも、初恋だって、言ってたじゃねえかよ……好きでもねえ女と寝てたってのか? ああ、いや、そりゃ俺が責められるようなことじゃねえんだが……)
 喉が焼けるように熱い。胃がぐるぐると回る。吐けるものはすべて吐き出してきたはずなのに、この不快感。
 歯を食いしばって、痛みと熱に耐える。酒の飲み過ぎによる頭痛よりも、不可解な原因で痛む心臓の方が重症だ。
(また傷つけちまった……あんな顔するなんて思わなかったんだ)
 ずきん、ずきん、ずきん。
 女を知ればいいと思ったことは本当なのに、すでに知っていたと分かった途端、悔しさが募る。
 アテが外れたからだと納得はしているものの、傷つけてしまった罪悪感は消えてくれない。心臓の痛みもそのせいだろうと位置づけて、左京は腕で目元を覆った。
「どうすりゃいいんだよ…………」
 その小さな呟きは、音になったかならないかというほどのか弱さで、ひとりきりの部屋に吸い込まれていく。
 また眠れない夜になるのかと、左京は悔しさにこくりと唾を飲んだ。


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