華家
-HANAYA-
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No.309
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
飲み過ぎた、と思う。それは自覚していた。 恐らく、向けられる慣れない感情を、どうにか昇華しようと変…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.309
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飲み過ぎた、と思う。それは自覚していた。
恐らく、向けられる慣れない感情を、どうにか昇華しようと変に気を張っていたのが、よくなかったのだろう。加えて、冬組の連中が案外酒に強かったというのも、誤算だった。つい引きずられて、自分のペースというものが乱れてしまったのだ。
「う……」
「あ、左京くんストップ、それ以上はまず……ねえ、大丈夫?」
「おやおや、もうダウンかい? ワタシのすばらしい詩で酔いを覚ますといい」
「誉、そういうのは正気の時の方が、心に響くんじゃないかな」
「水持ってきたけど、大丈夫か?」
「ああ、ありがとう丞。左京くん、飲める?」
一緒のテーブルで飲んでいた連中の声も、はっきりとは聞こえてこない。気を遣わせてしまっているのは分かるのに、うまく体が動いてくれない。
これはもう吐いてきた方が楽になると分かるが、今立ち上がったらマズイことも理解できる。
渡されたグラスの中身が、本当に水なのかどうかも、判断がつかなかった。
「あれ、左京さん潰れちゃったんですか」
「駄目な大人、発見。自分の限界くらい理解しときなよ」
「うるせーぞ……」
昨夜眠れなかったこともあり、余計に酒の回りが早い。臣や幸が心配と呆れた口調で口にして、一成がフルーチェさん酔いつぶれ~と写真を撮ったりしているのを、止めることもできなかった。
「うっわ、オッサン潰れてんのかよ」
「あれ、万チャンどこ行ってたんすか?」
「あー、ちょっとな。つか左京さん平気なのかよ。ぜってー朝までコースだと思ってたのに、潰れちまうとか。……誰かさんのせいじゃねーの」
「……何でだ」
万里のからかうような声に、十座が不機嫌そうに答えるのが聞こえる。少し間があったのは、心当たりがあるからだろうか。ぼんやりとした意識の中で、左京は十座の声に耳を傾けた。
(そうだ、てめーのせいだ、あんなこと言うから、あんなこと、するから……!)
責めて、八つ当たりをして、どうにか意識を保つ。
「余計なこと言ったり? 悩んでっから、ペース乱れんだよ」
「てめーに言われたかねぇ。そっちは言ってねぇんだろ、ちゃんと」
「ハッ、おあいにく様、ちゃんと言ってきたんだよ。おめーと違って、わりといい反応もらえてっし」
「あァ? 気のせいじゃねーのか」
「ンだとコラ。やんのか」
「上等だてめぇ」
相変わらず顔を合わせればケンカなのか、と左京は呆れるも、怒鳴る気力なんか当然ない。頼むから人の頭の上でデカい声を出すなと言ってやりたいのに、それさえままならなかった。
「こらこらふたりとも、ケンカしてる場合じゃないだろ」
「早く部屋なりトイレなり連れてったら? 邪魔だし」
「あ、そうだな、じゃあ……」
「たーすーく、ボクとの飲み比べ、まだ勝負ついてないでしょ」
「……まだやるのか。じゃあ、伏見か兵頭あたり、頼む」
「俺はここ片付けるから、十座、左京さんのことを頼めるか?」
「俺、っすか。………………分かった」
そうくるとは思わなかった、とでも言いたげなため息が左京の耳に入ってくる。
それはこちらも同じだと言いたいが、声が出てこない。
東や臣は十割わざとに違いなくて、苦虫を噛み潰す。あまり乗り気でなさそうな十座の態度も気にくわなくて、左京は力を振り絞って椅子から腰を上げた。
「だ、大丈夫だ、ひとりで――」
「んなフラフラで何言ってんすか……肩、貸すんで……」
言った傍からよろりとふらつく左京の腕を押さえ、十座がそう声をかけてくる。
情けないし恥ずかしいし煩わしいけれど、今は誰かの支えが必要だと腹をくくって、左京は十座の肩を貸してもらった。とはいっても、そっと掴まるだけだ。
十座が左京の腕を担がなかったのは、恐らく必要以上の接触を避けるためで、腰に回される強張った腕からは、その力以上の戸惑いが感じられた。
「部屋で、いいんすか」
「いや……トイレ……一旦吐いてくる……」
また騒がしくなったリビングを出て、このまま部屋に送ればいいのかと訊ねてくる十座に、左京はトイレの方向を指さす。胃がぐるぐると回るこの感覚は、中身を出してしまわないとどうしようもない。
「吐くほど飲むなよ」
「……っせぇ……」
ゆっくりと、左京のペースに合わせて誘導してくれる。そんな十座のため息を、至近距離で聞いた。
呆れて、このまま恋心を打ち消してくれないかと願う。
どうせ応えられないのだから、早い方が傷も浅い。
「左京さん、あの、俺のせい……っすか、摂津もそう言ってたし……」
「自惚れんな……てめーのことなんかで、飲むペース狂うほど悩んだりしねぇ……」
悩む価値もないと告げれば、諦めてくれるかと思ってみたが、
「そうか、なら良かった……明日アンタに好きだって言っても、悩まねえんだな」
無駄だったようだ。悩んでいないのなら、どれだけでも告げてやろうと思っているらしい。
失敗したな、と思ってももう遅い。まっすぐに向かってくる十座の情熱が、心臓に痛い。悪い感情ではないからこそ、受け止められる誰かに向ければいいものを、と思ってしまう。
「ああ、もちろん、今日も好きだ」
思いついたように、十座は余計なことを告げてくる。左京は顔を上げ、着いたトイレの前で十座の肩から腕を放した。
「お前がそう言うたびに、俺が拒絶してもか?」
「それでもだ」
少しの逡巡もなく、十座は答えてくる。左京はそれに何も返せずに、体ごと視線を背けた。
「じゃあ、水もらってくる」
十座はそう言って、キッチンの方へ向かっていく。あのまぶしいほどの情熱を、いつまで退けられるだろうかと長く息を吐いて、左京はトイレのドアを開けた。
個室に逃げ込んで息を吸い込み、眼鏡を外してポケットにしまいこむ。
吐き出せる物をすべて吐き出して、頭と体をすっきりさせた。不快さは残るものの、先ほどよりは随分とマシに思える。
「はあっ……」
不満も不安も、全部吐き出せてしまえばよかった。
そうできるほど器用でもなくて、ぶつけられるほど素直でもなく、飲み込んでしまえるほど大人でもない。
向かってくるあの想いを、どう処理したらいいのか分からない不安。それを、誰にぶつけたらいいのだろう。
口をゆすいで、まだぼんやりとする頭で廊下に出た。
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