No.308

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金色の曼珠沙華-025-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 冬組リーダーの月岡紬が、話があると劇団のメンバーを全員集めたのは、その日の夕食が終わってからだった…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-025-


 冬組リーダーの月岡紬が、話があると劇団のメンバーを全員集めたのは、その日の夕食が終わってからだった。
 遊びに出掛けていた万里が、帰ったとたん買い物に駆り出され、ぶつくさ文句を言いながらもちゃんと従うのを、成長したもんだと眺めて、アイツが月岡をなあ、と思ったのも数時間前。
 そして分かってみれば、万里の視線は分かりやすく、紬へと一直線に向かっている。
 十座といい万里といい、十代の若い情熱ってもんは末恐ろしいなと、紬をどこか憐れみさえ込めて眺めていたのだが。
 紬の深刻そうな様子から、もしや劇団内でのいざこざについてなのかと身構えていたが、普通に考えればGOD座とのタイマンACTのことだ。
 どうにも意識がおかしな方向にいってるな、と眼鏡を押し上げて、気づかれないように十座を睨みつけてみる。
 そうしたら、その視線に気がついたのか、十座の視線が返ってきて失敗したと思った。ふいと顔を背けて、ひとまず紬の大事な話とやらに耳を傾ける。
 芝居から逃げ出した理由、今逃げたくない理由、ここにいたいと思う理由、それらすべてを、紬はさらけ出していた。
 声を震わせてまで、心の底からの願いを。挫折を味わった者の気持ちは、左京も分かるつもりだ。
 逃げ出したことを責めるつもりは毛頭ないし、GOD座からの挑戦を受けると言うなら、全力を持ってサポートする。
「やってやろうぜ」
「おう、アイツらから逃げるなんて冗談じゃねぇ」
「やらない後悔よりも、やった後悔の方がいい」
「GOD座の情報流しまくりっすよ~」
 紬の決意を聞いた後の、秋組の連中の反応ときたら。左京はふっと笑ってしまう。
 万里の嬉しそうな勝ち気な声と、紬の安堵したような表情。
 慎重な冬組と好戦的な秋組は、ある意味バランスが取れているのかもしれない。万里は自分にないものを持っている紬に惹かれたのだろうか。
 そう思うと、どこか似ている十座と自分が、どうにかなることはやっぱりないんだろうなと、少し寂しい気持ちになった。
(別に……アイツを受け入れてぇわけじゃないが……ちょっとな、どうにもならねえ気がする。そもそも、一回りも歳が違うんだ、会話のネタなんか、芝居しかねーのに)
 もし万が一、どちらかが芝居の世界から脱落してしまったら、その時はどうするのだろう。
 十座にはまだ、選択肢がたくさんある。
 自分以外の「誰か」にならなくても、自分を表現する術を見つけてしまったら、その道を進むかもしれない。それはそれで、応援すべきことなのだろう。
(歳の差、か……。その辺、アイツは全然考えてねえんだろう。若ぇな)
 劇団の親睦を深めるだとかで、ババ抜き大会が始まってしまった横で、左京はグラスにワインを注いだ。
「左京くん、なにも手酌で飲まなくても。注ぐよ? ボクももらっていいかな」
「ん、ああ、悪いな。フルボディだけどいけんのか?」
「結構好きだよ。ありがと。……ふふ、この劇団って、みんな仲良いよね」
 馬鹿馬鹿しいと言っていたメンツまでもが、今では真剣にトランプとにらめっこをしている。親睦を深めるという意味では、成功しているのだろう。
 東はそんな和気藹々とした雰囲気を好んでいるのか、とても嬉しそうに笑っていた。
(同じ「笑う」でも、アイツとは違うんだよな……当然だが)
「仲が良いとは言うが、アイツらだってそれぞれ問題抱えてたんだけどな。ぶつかる相手がいるってのは、まあ、悪くねえんじゃねーか」
「そうだね、お芝居も、恋も」
 ふふ、と笑う東に、左京は思わず噴き出しそうになる。
 忘れていたが、東には気づかれていたのだった。ババを引いてしまったのか、トランプを握りしめ項垂れている十座の恋を。
「戻って良かったけど、どうやったの、左京くん。方法知っておけば、ボクにもできるかな。もしまたあんなことがあったら――」
「すんな、って、あ、いや、あの……兵頭には、もう絶対稽古以外で役に入り込むなって言っておいたから、大丈夫だと、思う……」
「ふぅん……」
「なんだよ」
「ボクにはできないっていうか、してほしくないって感じだと思ってさ。どうやったのかは、なんとなく察したよ、左京くん」
「……俺はてめーが嫌いだ」
 冬組の連中は、どうにも苦手だ。心の奥底を見透かされそうで、居心地が悪い。
 かといって、秋組の連中の傍が居心地いいのかと言えばそうでもなくて、特に今は、十座の傍にいるとどうしてもそわそわしてしまう。
「ねえ、十座がなんだか吹っ切れたような顔をしてるんだけど、つきあうことにしたの?」
「馬鹿なこと言うな。ヤロー相手に恋なんざ、できるかってんだ。しかも、あんなガキ」
「美味しくなさそうにワイン飲まないでよ、ボクの隣で。……すぐ大人になっちゃうって言った気がするけどな」
 トン、とグラスを置く。左京は、だからだよと小さく呟いてやった。
「え?」
「その成長段階を、俺のことなんかで立ち止まらせるわけにはいかねえって言ってんだ。アイツはまだ世間てもんを知らねえ。摂津や七尾みたいな同年代と触れ合って、まともな大人に触れて、社会に出ていくだろ。俺は兵頭にそういう気持ち持ってねえし、突き放すしかない」
 歳が離れていることに加えて、十座は未成年だ。保護者が必要な年齢で、これから先、他の出逢いがたくさん待っている。
 そんな男を、世間から外れた男が留め置いておくことなどできやしない。
「アイツの気持ちを受け止められるほど、俺は器用じゃねえんだよ」
「それは、分かるような気もするけど。左京くん、でも」
「雪白。他人の色恋沙汰に首を突っ込んでる余裕があんのか? GOD座とのタイマンACT、月岡が受けると決めたんだったら、MANKAIカンパニーの存続はお前らの演技にかかってんだぜ」
 左京は、それ以上踏み込んできてくれるなと牽制して、東の声を遮る。その意図を察して、東は肩を竦めた。
 確かに東自身、他人のことを心配している場合ではない。いや、心配をしているからこそ、カンパニーをなくすわけにはいかないだろうと、そっと目を伏せる。
「分かっているよ。ボクとしてもね、やっと長く腰を据えられそうな場所を見つけたんだ。なくなってもらっちゃ困る」
「……お前も、ワケありっぽいな。詳しくは訊かねーが。まあ、話したくなったら、聞くくらいはしてやるよ」
 カチン、とグラスを合わせる。カンパニーへようこそという歓迎の意味と、それなりの信頼を込めてだ。
 話したくなったら、と告げたことにか、東は子供のように笑う。
 この劇団には、それぞれ何かを抱えている連中が集まっているようだ、と宴会状態のリビングを見渡せば、摂津万里と月岡紬の姿がない。
(……まさかとは思うが、もうくっついたとか言うんじゃねーだろうな。いや、別にそれはいいが……月岡が大変な時に、何やってんだ、摂津の野郎は)
 十座から、万里の気持ちを聞いてしまったからか、二人して姿が見えないとなると、どうしても変に勘ぐってしまう。
 紬が迷惑に思っていないといいのだが……と、秋組でもう一人恋に溺れた男を探した。臣からスコーンのおかわりをもらって、嬉しそうに笑っている。
 つい数時間前にエクレアを半分と、あんみつを食べていたはずなのに、あれがまた胃袋に収まるらしい。
(素直で一直線で、隠すことが下手な男、か……。本当に、もっと外に目を向ければ、案外モテそうなもんだがな。摂津とは違う魅力ってもんがあるだろ)
 恐らく十座は、今まで育ってきた環境の中で、家族以外に親しくつきあった相手がいないのだろう。
 友人としても、それより親しい間柄としても。
 だから、自身と対等に、怯えもせずに接してくる連中というものが珍しいに違いない。ましてや怒鳴りつける左京など、新鮮で仕方がないだろう。
(だから、勘違いしてやがんだよ。物珍しさで追ってた視線を、恋だと思って。思い込むと役が抜けなくなっちまうようなヤツだしな。そんなの相手にしてるヒマなんかねえ。これからタイマンACTで忙しくなるんだ。瑠璃川と予算の相談と、岩井に大道具の製作頼んで、それから……)
 明日には、先方へ勝負を受けることを回答しなければならない。そうしたら、勝負のテーマが提示されるはずだ。脚本家の皆木綴は、全速力で冬組に合ったストーリーを考えなければいけないし、素人同然の冬組に稽古をつける監督の、サポートもしてやりたい。
 先の見えない恋なんか、相手にしてやっている余裕なんてない。
 早いところ諦めてほしいもんだ、とワインに口をつけたら、十座からの視線を感じてしまい、重なる前にふいと体ごとその視線をシャットアウトした。


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