華家
-HANAYA-
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No.307
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
しかし訊きたいのは、理解したいのはその部分だ。 ゴホ、とわざとらしく咳払いをして、口を開いた。「お…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.307
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しかし訊きたいのは、理解したいのはその部分だ。
ゴホ、とわざとらしく咳払いをして、口を開いた。
「お前、俺なんかのどこを好きになったんだ?」
十座の頬が、さっと染まる。好きという言葉を口にしながら、どこでそんな照れが発生するのか、左京にはどうにも分からない。
「ど、どこって言われてもな、そんなの……全部って、言うしかねえ」
「具体的に言、……言われても、なんか、困るが……きっかけ、とか、その、あるだろ、何か。理由もねぇのにそんなこと言われたって、こっちだって気まぐれだと思うだろうが」
「何度言ったら分かるんだ左京さん、気まぐれなんかで男好きになれるわけがない。抱きてえなんて思わねえだろ」
「……なら、いつからだ」
十座が今、本気で好いてくれているのはどうにか受け止めることができる。
だけどいつから、どこを、どうして、そんなに好いてくれているのかは分からない。好意に慣れていないせいか、読み取ることができないのだ。いっそ芝居の方が楽にできる。
「俺だってな、お前の相手をしてるほどヒマじゃねえんだよ。気になる女がいねえわけでもねえし、はっきり口にできねえもんに、いつまでも罪悪感なんか持っていたくないんだよ」
「ああ、監督のことか」
あんみつの蓋を開けながら、十座は寂しそうに口の端を上げる。左京は目を見開いて、そんな十座を振り向いた。
まさか言い当てられるとは思っていなくて、彼女に対して、そんなに分かりやすい態度を取っているのかと、顔を赤らめた。
「な、んで、知って」
「そんなもん、見てりゃ分かるだろ。アンタを目で追ってると、高確率で視界に監督が入ってくるんだ。アンタにとって、監督は特別な女なんだろうなってのは、分かるさ」
ずき、と胸が痛んだ。
思い返せば、彼女を目で追っていることが多かったかもしれない。恋情をほんのりと含んだ自分のそれを、目一杯恋情を含んだ十座の視線が包み込んでいたことに、少しも気がつかなかった。
「でも左京さんが、監督とどうこうなりてぇってのは諦めてんのかって思うと、嬉しいのと同時に、なんか、寂しい、っていうか……うまく言えねえけど、すんません」
俯く十座に、左京は苦笑する。その謝罪は、うまく表現できないことに対してなのか、左京の恋を応援できないことに対してなのか。
「なんていうかその……左京さんはずっと、好きな相手できても、抱きもしねぇで押し込めてくだけなのかって思ったら、悔しいっていうか……ヤクザって肩書き、ずっと背負って生きてくのかって」
「……兵頭……」
ガツンと、頭を殴られたような衝撃を感じる。
いづみにこの淡い恋心を打ち明けていないのは、十座の言う通り、ヤクザという業を惚れた相手に背負わせるつもりがないからだ。
初恋の女には、綺麗なままでいてほしい。だから、変な男に引っかかってくれるなと祈るのみだ。
それに、気づかれているなんて思っていなかった。
「左京さんはそういう風に人を好きになるのかって、心臓が痛ぇ。そう思った時には、アンタを好きなんだと気づいてた。多分きっかけとしちゃ、アンタの言葉がでけぇんだろうが」
「……俺の? 何か、言ったか……?」
「怖がられることに慣れてるなんて強がるなってヤツだ。アンタは覚えてねぇかもしれねえが」
え、と言葉を止めて、左京は記憶をたぐり寄せる。
いつだか、欧華高校の近くを通りかかった時、ひとり寂しそうに歩く十座を見かけて、声をかけたことがある。何度思い返しても、十座の言うそれはあの時のことしか思い浮かばないのだが、
「そんな、前から……?」
随分と前から、十座の心の中にいたらしいことに気がついた。
強がりが痛々しくて見ていられず、何の気なしに口にした言葉が、恋に変わるほどの魔法になっていたなんて。
「自分でも気づいてなかったことに気づかされて、最初は恥ずかしかったんだがな。でも……気が楽になってて、すげえなって思ったのが、たぶん、最初だ」
そういえば十座は、ことあるごとに「左京さんを怖いと思ったことはない」と告げてきていた。同じような思いを抱えていることに気づかれていたのかと、こちらの方こそ恥ずかしい。
「そ、そうなのか……」
「俺だって最初は、悩んだんだが……もう、仕方ないって思うようになった。アンタを好きな気持ちは、止まらない」
じ、とまっすぐに見つめてこられる。なんだか久し振りにまっすぐ正面からの視線を感じた気がして、気恥ずかしさに左京は眼鏡を押し上げた。
「左京さん、好きだ」
飾ることのない、いや、飾ることを知らない十座の、素のままの言葉。
芝居をするときと同じくらいの情熱で、十座は恋をしている。それが全部自分に向かってきているのかと思うと、こそばゆくて仕方がない。
「な、何をそんなに嬉しそうな顔してやがんだてめぇ。さっきも言ったが、想ってんのを許可したからってな、お前を受け入れるつもりはねえんだぞ。ガキの相手なんざしてられるか」
「分かってる。それでも、嬉しいのは仕方がない。言ったら駄目だって思って我慢してたもんを、言葉にできるってのは……楽なんだ。明日の稽古、絶対うまくできる。摂津のヤローにも、ぜってぇ負けねえ」
「……お前ら似たもの同士だな。本当は仲がいいんじゃねーのか」
「気色悪いこと言うな。誰があんな、……、……礼は、言わなきゃなんねえかもだが」
十座が途中で言葉を止め、視線を泳がせる。
あれだけ反発し合っている相手をして、礼を言わなければならない状態というのは、いったいどういうことだ。左京は首を傾げて訊ねてみた。
「摂津と何かあったのか?」
「いや、俺と同じような状況なんで、アイツのおかげで気が楽になった部分もあって」
「同じ……って、おい、まさかアイツもここの誰かに惚れてんのか」
あ、と十座が声を飲む。しまったというような表情をしたが、それは肯定にしかならない。左京は頭を抱えながらも、それであの急成長かと納得もしてしまう。
「誰だ、相手。いや誰にせよ、過ちがあったりしたら内部から崩壊しかねん。一応釘は刺しておきたい」
十座ばかりか、万里もメンバーに恋をしているなんて。監督を除けば男だらけのこの劇団で、恋愛禁止令など出す選択肢もなかったせいで、このザマだ。
同性同士でと野暮なことを言うつもりはないが、風紀が乱れたらどうするのだと、年長者の複雑な思いが左京にため息をつかせる。
「ありそうなとこで、茅ヶ崎か、皇か……いや、違うな。……ああ、月岡か……」
「分かるんすか」
「当たってんのか」
「あ」
「お前ちょっとは隠してやれ……」
「なんで摂津のは気づくのに、俺の気持ちには全然気づかなかったんだ、アンタ」
「気づくか馬鹿、慣れてねぇんだよ! その、こういう風に好かれんのは……なくて」
うっかり吐き出した事実に、十座がぱちぱちと目を瞬く。一回りも年上の自分が、恋愛に不慣れだなんてこと、口が裂けても言いたくなかったのに。
「慣れて、ねえんすか……」
「や、ヤクザもん相手に、本気で惚れるヤツもいねえだろうが」
「俺がいるだろ」
十座が、遮るように言葉を重ねてくる。迷いのないまっすぐな瞳と力強い声音は、左京の体を動けなくさせた。
指先が前髪に触れる。髪をかき分けるようにうごめいた指先は、ゆっくりと頬へ降り、視線が重なった。
それを断ち切るために目を閉じたのは、多分間違いだったと思う。
口唇と口唇が、また重なってしまった。
触れるか触れないかの距離で吐息を感じたものの、左京は目を閉じたまま。
前触れを連れてそっと触れた口唇は、前触れもなく離れていく。
「……忘れないでくれ、左京さん。俺の言う好きは、こういう好きだ。アンタが許したんだぜ」
指先が、たった今触れ合っていた口唇をなぞる。ニィと上げられる口角は、イタズラ好きの子供のようでもあり、恋を知った一人前の男のようにも見えた。
「なっ……ちょ、――調子に乗るんじゃねえぞ、このエロガキ! こんなことまで許可してねえ!」
そこでやっと我に返り拳を振り上げてみたものの、ひょいと難なくかわされてしまう。それがまた悔しくて、ぎりと歯を食いしばった。
「兵頭!」
「アンタにとって、キスなんか、なんでもないのかと思ってたけど、そうでもないんだな。さっき俺を俺に戻してくれたキスは、それなりに意味があったってことでいいんすか?」
「あるわけねえだろ! あれで戻るくらいは、お前にとって俺の存在がデカいってだけだ!」
「まあ、そうすね。あれで戻れなかったら、もったいないと思う。戻してくれて、あざっした、左京さん」
ぺこりと頭を下げて、十座は左京の部屋を出ていってしまう。楽しそうに、嬉しそうに。左京の手に今ものが握られていたら、確実に投げつけていただろう。
「あ……んのやろ……っ、ちょっと甘い顔すりゃこれだ……!」
左京はダンとテーブルを叩き、触れてしまった口唇を覆った。
最初のキスと違って、逃げる余裕はあったように思う。指先が髪に触れたその時点で身を引いていれば、十座は深追いしてこなかっただろうに。
頭を抱えて、くしゃりと髪をかき混ぜる。
キスなんてなんでもない、そうだそのはずだ、と左京は小さく呟く。
(か、飼い犬に噛まれたとでも思ってりゃいいんだよ、こんなことっ……!)
ケツの青いガキではないのだ、口唇が触れたくらいで騒ぎ立てることもない。
そう思っているのに、心臓が速い。
一度も二度も三度も変わらない。そのうち一度は自分からしかけたもので、十座だけを責めることもできないと分かっている。
引き金を引いてしまったのは自分だと、このとき改めて自覚してしまい、長く長くため息を吐いた。
好きだと言う気持ちは許容してやる、と言った時の嬉しそうな顔は、そう悪くもなかったななどと思いながら。
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