No.301

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金色の曼珠沙華-018-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

「……」 やはり自分とふたりでは、やりづらいのだろうなと、少し口唇を噛む。 昨日、芝居に集中しろと怒…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-018-


「……」
 やはり自分とふたりでは、やりづらいのだろうなと、少し口唇を噛む。
 昨日、芝居に集中しろと怒鳴ったせいなのか、迷惑だとさっき言ったせいなのか、兵頭十座からの視線は感じなかった。「役」として接してくるだけだ。
 それを望んでいたはずなのに、十座が役に入り込めば入り込むほど、怖くなる。
「左京くん、十座と何かあった?」
 十座の出ていったドアをじっと見つめていたせいか、東を不審がらせたようだ。まさか言えるわけもなく、左京はふるふると首を横に振った。
「いや、別に」
「……そう。てっきり愛の告白でもされたのかと思ったのにな」
 そんな左京に、東のつまらなそうな声。
「なっ……、あ」
 左京は思わず勢いよく振り向いてしまってから、しまったと思った。これでは肯定しているようではないか。
「くそっ……」
「ああ、やっぱりそうなの。そんなことで動揺するなんて、かわいいな、左京くん」
「そんなことってお前……って、頭を撫でるな、ガキじゃねぇんだぞ」
 東はふふふと笑いながら、何でもないようにぽんぽんと頭を撫でてくる。
 彼にとって、同性から告白されるのは大したことではないのだろうか。
 そうなのだろうなと、彼の容姿をじっと眺めて思う。中性的な顔と肢体、優しげな声は、男女ともに惑わされやすいだろう。
「……アイツから聞いたのか? その……俺を、……ってこと」
「聞かなくても分かるよ、十座はきみのことばかり見ていたじゃない。……左京くん? もしかして、全然気がつかなかったの?」
 ぐ、と言葉につまる。
 十座の気持ちなんて、気づくどころか最初は信じることさえしなかった。東が気づいていたということは、そんなにあからさまだったのだろうか。
 いや、しかし昨日の秋組メンツの驚きぶりを見るに、誰ひとりとして気づいていなかったはずだ。
「そ、そもそも選択肢にねぇだろ。男だぞ、アイツも俺も。しかもあんなガキが」
 最初から対象外なのだ、恋情を含んだ視線なんて気づくはずもない。責められる謂われはないはずだ。
「左京くん、あの年頃の子って成長早いよ? あっという間に大人になっちゃうんだから」
「ハ、それならそれで、他のことにも目を向けられるようになんだろ。こんな……一回りも違うヤローなんて好きになってねーで、いい女探せばいい。幸い、立ち直りは早ぇみてーだしな」
 昨日あんなことがあったのに、と左京は付け加える。それを聞き逃さなかった東は、あんなこと? と首を傾げてくる。そこで初めて、しまったと思う。
「そんなにひどい振り方したの?」
「いや、あの」
 振り方と言ってしまっていいのだろうか。明確に拒絶はしたつもりだけれども、必要以上だったかもしれない。
 いくら怒りが先立っていたとはいえ、当事者ではないメンバーの前での派手な拒絶は、余計だったと今なら思う。
 万里が殴りかかってくるのも無理はない。犬猿の仲である十座に関わる事項で、万里があそこまで怒るとは思わなかったが、あの二人には、あの二人にしか分からない絆のようなものがあるのだろうか。
「あぁ……それはまた、こっぴどく振ったもんだね。十座は、健気だなあ……」
 昨日のできごとをにおわせてしまった以上、黙っているのも居心地が悪くて、左京は飾らずに十座との間にあったことを話してみた。言葉にしてみて改めて、ひどいことをしたものだと思う。
「健気って、なんでだ」
「あの子、多分きみを一言も責めなかったでしょ。左京くんを困らせたくないから、無理して普段どおりにしてるんだと思うよ。だってさっきの十座、少し様子がおかしかった」
 壁にもたれ、東はゆっくりと口にする。まるで見ていたかのように言い当てられて、左京は言葉を失った。
 確かに、十座からは好意と、懇願と、謝罪しか出てこなかった。
 好きだ、信じてほしい、すんません、それだけ。
 どうして今ここで、という視線は感じたけれど、音として責めることはしなかった。
 困らせたくないというならば、最初から言わなければいい。そんな野暮な答えは返せない。
 好きで、好きで、どうしようもないのが、恋だ。
 あふれて、しまいこめなくて、抑え切れなくなるのが、恋だ。
「おかしかったって、そんなこと分かるのか、お前に。兵頭の何を知ってるってんだ?」
「左京くん、それヤキモチ」
「違う。お前は俺にどうしろってんだよ。まさか兵頭を受け入れろってんじゃねぇだろうな? 俺は根っからのノーマルなんだよ、お前はどうだか知らねーがな」
 左京くん、と諫めるような東の声。左京は口をつぐみ、俯いた。人を傷つけることには慣れている。怖がられることも、嫌われることも。だけどそれは、今必要なことではない。
「……悪い。こんなこと、言うつもりはなかった」
「いいよ、怒ってない。ボクはね、自分の容姿がそういう風に見られるのは理解してるつもりだよ。磨いてるしね。実際、男性にもそういう意味で声をかけられたことはあるし、昔のお客さんの中にも、たくさんいるんだ」
 東は、元添い寝屋だ。客の隣に寄り添い、話をしたり話を聞いたり。いかがわしい行為をするものではないが、カタギだと言っていいものかどうか。
 そんな経験上なのか、東の人を見る術には舌を巻くものがあった。うっかり気を抜けば、すべて見透かされてしまうだろう。
「さすがに男性とセックスはしたことないけど、みんなとても優しかったよ」
 昔を懐かしむように目を伏せ、東は笑う。
「左京くんは、他人に優しくされることに、少しも慣れてないよね」
 ぱち、ぱち、と目を瞬く。東の言いたいことが分からずに、少しだけ眉を寄せた。
「ヤクザもんに優しくしてぇヤツなんざいねぇだろうが。怖がられてなんぼの商売だぞ」
「だからだよ左京くん。怖がられることも嫌われることも慣れてるのに、優しくされることに慣れてないから、すごく戸惑ってるのが分かるんだ。自分に向かってくる好意なんて、ないと思ってない?」
「――」
 戸惑っているという東の言葉が、すとんと左京の中で腑に落ちた。
 嫌悪感より先に、不信感が襲ってきたあの時。「そんなわけない」と頭から否定した、第一の理由。
 恋心を抱かれるほど、できた人間ではない。
 むしろ世間一般からは避けられる部類の肩書きを持っているのに、一時の気の迷いや焦りなんかで、惑わせないでほしい。
 どうせいつか、しぼんでなくなってしまうに決まっているのだから。
「十座の気持ちを受け入れてって言ってるんじゃない。否定はしないであげてほしいんだよ。ねえ、きっとこのカンパニーの誰もが、きみのことを大事に思ってるんだから。好意なんてありえないなんて、そんな寂しいこと言うもんじゃないよ」
 気を抜いたつもりはなかったのに、東の術中にまんまと落ちてしまった。
 話を聞いて、なんでもないことのように受け入れて、その上で「お願い」をしてくる、綺麗な顔をした男。
 彼にお願いをされて、悪い気はしないだろう。お願いなら仕方ないと思わせる柔らかな圧力がある。
「ボクだってね、左京くんのこと好きだよ?」
「お前のそれは恋じゃねぇだろ……」
「恋に変えてほしい?」
「ふざけんな、変えんじゃねぇ。そんなもん、アイツの戯れ言だけで十分だ」
 左京はそう言って眼鏡のブリッジを押し上げ、視線を背けた。
 素直に認められるような性格ではないし、気まずくて仕方がない。自分でも気がつかなかった事実を、見抜かれてしまって。他人をガキ呼ばわりしている場合ではない。
「ふふ、慣れてない分、強引にこられたら押し切られてしまいそうだよね、左京くんて。案外早くほだされるかもしれないよ」
「誰が! 俺はあんなガキ相手にするつもりは毛頭ねえからな!」
 はいはい、と東は笑う。子供扱いされているようで腹が立つが、まさか殴りつけるわけにもいかない。
 左京は、ため息ひとつで意識を切り替えた。演者として、切り替えの早さは必要になってくると、無理やり自分を納得させた。
「そんなことより雪白。あのことどうするつもりなんだ、冬組は。他人の色恋沙汰に、首突っ込んでる場合じゃねぇだろ」
「あのこと? ……ああ、タイマンACTのことかな。ボクみたいな素人がいて、太刀打ちできるものじゃないと思うけどね、紬が決めたことに従うつもりだよ」
 またうまくかわしたものだねと、東の少し責めるような視線がよこされ、そして逸らされた。
 結成して間もない冬組に、タイマンACTを申し込んできた劇団がいる。何が気に入らないのか知らないが、主宰はずいぶんと大人げないのだなと、知った時には呆れたものだ。
「ただ……紬がどうもね、丞とモメてるみたいで。タイマンACT以前の問題っていうか」
「入団当初から、何かギスギスしたものを感じるな。今の冬組が、GOD座に勝てるわけがない。雪白、こっちのことは気にしてないで、まず自分たちの組をどうにかしな」
 遠回しに、これ以上余計な口を出すなと告げて、左京はレッスン室を後にする。東の傍にいたら、墓穴を掘ってしまいそうだ。

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