華家
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No.297
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
湯気の立つ浴場に足を踏み入れたのは、太一の方が先だった。「あ、十座サン、石鹸取ってくださいッス~」…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.297
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湯気の立つ浴場に足を踏み入れたのは、太一の方が先だった。
「あ、十座サン、石鹸取ってくださいッス~」
「ああ……ほら」
いつもと変わりない太一の様子に、ああさすがGOD座にいた役者だなと感じてしまう。何でもない演技をするのは、多分太一の優しさだろう。鼻歌まで歌って、ゴキゲンだ。場の雰囲気が暗くなってしまわないようにと思ってのことだろう。さすがは、秋組のムードメーカーだ。
泡立てたタオルで体を洗い、髪を洗い、湯船に向かえば、誰が持ち込んだのか黄色いひよこの玩具が、ふよふよ浮かんでいた。
「誰のなのか分かんないんッスよね~。むっちゃんあたりかなぁ~。あ、それとも冬組の誰か……」
つんつんとひよこをつつき、太一は笑う。そうした後で、表情を曇らせた。
「十座サン、そういえば一個訊きたいんッスけど」
びく、と体が硬直した。十座の視線が泳ぐ。
「GOD座って、なんでMANKAIカンパニーを目の敵にしてんだろ? 十座サン何か知ってるッスか?」
「あ?」
面食らってしまう。さっきの今で、太一が訊いてきそうなことなんて、ひとつしかないと思っていたのに。まさかそんなことだなんて。
太一にとって、他人が誰に恋をしていようと、それがたとえ同性相手だろうと、気に留めるほどのことではなかったのだろうか?
「お、俺が知ってるわけないだろうが。お前は……何も知らされなかったのか? あの時……」
太一は、GOD座が送り込んできた元スパイだ。
今回のタイマンACTでも分かるが、GOD座が突っかかってくるのは何か理由があるはずだ。だが太一はふるふると首を振った。
「舞台に立たせてやるって言われて、浮かれるのと同時に怖くなって、何でかなんて訊く余裕なかったッスよ~。まあ、訊いてもあの人が教えてくれるとは思えないッスけどね。でも、訊いておけばよかったなって今なら思う。そうしたら対策何か立てられたよね、カンパニーを守る方法。俺っちにとってここは、大事な場所ッスからね~」
あんなことをしでかしたのに、受け入れてくれた場所。そう呟く太一の横顔は、普段のどこか幼い様子を隠して、一人前の男に見えた。十座は湯船の中で指を組み、静かに口を開く。
「……怒らねーのか、太一は」
「え? 怒るって……十座サンをッスか? なんでっ?」
「あ、いや……お前の大事な場所で、その……変なモメごと起こしちまって」
「あー、あ、そ、それね、あ、うん、あの、や……ちょっと、びっくりは、したッスけど……」
太一の顔が、髪と同じく真っ赤に染まっていく。それを見てようやく、ああわざと考えないようにしていただけなんだな、と気がついて、臣のように気が遣えない自分に嫌気が差した。
「で、でもほらっ、仕方ないッスよ、左京にぃはカッコイイし、十座サンが好きになっちゃっても、なんていうか、分かるっていうか、あ、別に俺っちも左京にぃが好きとかじゃなくて」
「悪い……」
「変なモメごとって言うのやめようよ十座サン。恋ってのは、しようと思ってできるもんでもないんッスよ~。大事にしないと! く~、俺っちもいつか、可愛い女の子と運命的な恋に落ちたいッス!」
ぐ、と拳を握ったせいでしぶきが立つ。
左京への想いが運命的なものだとは思わないが、しようと思ってした恋でないのは確実だ。
「それに、臣クンも気にしてないと思うッス。ていうか、左京にぃにちょっと怒ってたし、万チャンだってあれ、十座サンのために殴りかかってったでしょ。変なことだと思ってたら、あんなことしないッスよ~」
万里が十座のためにというのは首を傾げるが、秋組のメンツは十座が心配しているほど、この恋をおかしなものだと思っているわけではないようだ。
稽古中や公演中に、左京への感情をむき出しにするつもりは毛頭ないが、それならひっそり想っている分には許されるだろうか。
「そうか……」
「そうそう、そうッスよ~、俺っち応援するッス」
「いや、それはやめてくれ太一」
身近で触れる「恋」に、本人以上に熱を上げそうな太一に、十座はストップをかけた。そうされた太一の方は、わけが分からずに首を傾げる。
応援されたくない恋なんて、あるのだろうか。
「あ、いや、応援してくれるってのは……こんな状況じゃありがたいんだが、俺の気が大きくなっちまう」
「えーと……調子に乗っちゃうかもってことッスか?」
「ああ、それは左京さんが困る。ただでさえ困らせて、あんなことまで言わせちまったのに。これ以上、俺の気持ち押しつけるわけにはいかねぇだろ」
十座は顔を背けて俯いた。金輪際ふざけたことを抜かすなとまで言われているのだ、信じてくれたにせよ、左京にとってこの想いが迷惑であることは明白だ。
これから先も一緒に芝居をするのに、こんな想いは邪魔にしかならない。応援なんてされてしまったら、押し込めて、しまいこんでおけなくなってしまう。
「で、でも、そんなの」
「太一、俺は今のままでいい。昨日は俺の気持ちを信じようとしなかった左京さんが、今日は信じてくれてた。それだけでいいんだ。すまねえな」
どうにも納得のいっていないような太一を、押さえつけるように続け、十座は口の端を上げた。
左京が信じてくれた、それだけでいい――そう思うのは嘘じゃない。もともと言うつもりのなかった想いだ、知られたか知られないままかの違いしかない。
「俺は、左京さんと……太一や臣さんと、……まあ、一応、摂津と、一緒に舞台に立てりゃあそれでいいんだよ」
「……十座サンはそういう風に恋をするんッスね……やっぱ男の中の男って感じッス!」
「何言ってんだ」
十座がそう言うのなら、と太一は先ほどまでの勢いを落としてくれ、浴槽の中ですとんと腰を下ろす。
初めての恋を、あんな形でさらけ出された後とは思えないほどに、十座の心の中は落ち着いていた。
それは太一が、臣が、万里が、この気持ちを拒絶しないでいてくれたことが大きいだろう。
誰一人として、軽蔑もせず受け止めてくれている。あの万里でさえだ。
( ――――本当にここは、食えないヤツらばっかりだ)
予想もしていなかった恋。予測できなかった享受。
当人なのに、どこか置いてけぼりになってしまった感覚を味わって、十座は冷えた体を湯船でたっぷりと温めた。
#シリーズ物 #ウェブ再録