華家
-HANAYA-
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No.290
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
「それと兵頭、摂津の演技……何か気づかなかったか?」 左京は視線を万里に向け、そう訊ねてくる。「え?…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.290
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「それと兵頭、摂津の演技……何か気づかなかったか?」
左京は視線を万里に向け、そう訊ねてくる。
「え? 演技……っすか?」
左京は何を求めているのだろう。純粋に万里の演技に対してなのか、その演技から何かを気づけという自分への課題なのか。
そのどちらにしても、左京は今、自分に問いかけてくれているのだ。それには応えたい。
「ど、どうって……」
しかし十座自身も夢中で演技していたのだ、注視できていたかどうかと言われれば、答えはノーだ。
「今日もアドリブは多くて……や、それはいつもだから不思議なことでもねぇし省くとして……アイツ勝手なヤツだからな……」
だけど今日、明らかに昨日までとは違う部分があった。左京が、それを答えとして望んでいるのかは分からないけれど、告げて悪いことはないだろうと、十座は口を開いた。
「左京さんが言いたいことに適ってるかは、分かんねぇけど……」
「なんだ」
「なんか、丁寧っていうか……細かい仕草が目についたかな、とは思います。目についたって言葉が正しい表現とは思えねぇけど」
昨日までになかった仕草があった。
台詞ならば、今までもアドリブで仕込んできたことはたくさんあった。勝手に流れ変えんじゃねぇと衝突したことだって、何十回あったことだろう。
そんなやり取りの中で、切り返しがスムーズになったと左京に褒められたのだから、悪いことばかりでもないのだろうけれど。
だけど、撃たれた腕を庇う仕草は昨日までなかった。気づけと言わんばかりの派手なものでなく、流れを崩すようなものでもなく、むしろ、ここでルチアーノとランスキーの絆が深くなったのだと周りに気づかせる、上手い演出になっていたと、今なら思う。
「ああ、良い意味で目立ってるんだな。色気がある。指先の動きひとつ、視線のやり方ひとつ。弾の装填にぞくりとしたのは初めてだ」
「あー……」
あの時感じた感情を言葉にされて、納得したような、納得したくないような。
色気、という言葉を、あの男に使うのは癪というか、気にくわない。それでも、あの仕草に胸が鳴ったのは本当だ。
「色気っていうか、あれは……」
「あれは、そうだな」
「艶、っぽい」
「艶っていうか」
呟いた声が左京のものと重なって、十座は思わず左京を振り仰ぐ。そうすれば左京の方も驚いたようで、視線が重なってしまった。
「……っふ、は、まさかな、お前の口から艶なんて言葉が出てくるとは思わなかったぜ。摂津相手になぁ」
パチパチと瞬いた後、左京はおかしそうに笑う。
その顔があまりにも幼くて、貴重なものを見たと十座は頬を赤らめた。左京の、皮肉も諫める意味も込めていない笑顔など、滅多に見られるものではないのに。
左京にそうされるほど、らしくないことを言った自覚はある。似合う言葉でもない上に、言った対象が対象だ。どうにもバツが悪くて仕方がない。
「左京さん、それアイツにはぜってー言うなよ。あんなのにちょっとドキッとしたとか、知られたくね……、あ」
「したんだな」
「う……」
笑う左京に、忘れてくれ、と十座は項垂れる。
ドキドキなら、あの時よりもっと強いものを、速いものを、左京の傍にいるときにずっと感じているのに。変な誤解をされたらどうしよう、なんて考えるだけ無駄なことを心配してみたりもした。
(でも、なんで左京さんは嬉しそうなんだ? 摂津の演技が変わったからか?)
「リーダーの自覚が出てきたのか、それとも芝居の楽しさに気がついたのか……いい傾向だがな」
レッスン室の真ん中で、太一と殺陣でじゃれあっている万里を見やり、左京は穏やかに口の端を上げる。
ああやっぱりそういうことなのか、と十座は俯いた。万里の演技が良い方向に変われば、秋組の可能性はもっと広がる。左京はそれを嬉しがっているのだ。
「摂津の成長に、俺はついていけるんすかね」
「何言ってんだ、兵頭。お前も艶のある演技ってヤツ目指せばいいだろう」
「そんなの、簡単にできるもんでもねぇだろう。アンタと違って、俺はまだ……力が足りねぇ」
秋組の中で、自分がいちばん下手なのは知っている。旗揚げ公演が成功したのは、場の雰囲気と、演じたいという強い気持ち、そして何より、根気よくアドバイスしてくれた左京のおかげだ。
目指せばいいだろうと言われれば目指してみたいが、はいそうしますなんて、簡単に返事ができるものでもない。
「ま、そのうちな。しかし摂津のヤツ……女でもできたのか? 良い傾向ではあるが……」
左京は腕を組んで、先ほどの万里を思い出しているようだった。
あの丁寧な艶が出てきたのはどうしてだろう、と思っていたところへ、左京のこの言葉。
(摂津に、女……?)
女、ということは、特別に交際している相手がいるということか、と十座は考え込む。
摂津万里は、中身はともかく外見を考えれば、女性に人気があるのだろう、ということくらいは察しがつく。
学校が別なせいで、普段の万里が女生徒に人気かどうかまでは分からないが、ないわけはないのだろうとも思う。強面でいつも避けられている自分とは違ってだ。
それにしても稽古づけな毎日の中で、どうやって女性と交際ができるのか。
いや、それも器用になんでもこなしてしまう万里なら可能か、と十座は顎に手を当てて考えた。
(好きな女ができたから、演技が変わった……?)
そういえば、ここ数日万里の様子がおかしかったような気もする。
ため息が多かったり、朝食の時間にどことなくそわそわしていたり、おかしなタイミングで携帯端末を落っことしたり。もしかして、相手の女性のことを考えていたりしたのだろうか?
「――い、おい兵頭?」
「えっ、あ」
「どうした」
左京に声をかけられて、十座は気づかれないように舌を打った。万里のことなんかに気を取られて、せっかく左京の傍にいるのに、声を聞いていなかったなんて。
「そんなに考え込まなくても、お前も経験を積めば――」
「あの、女できると……ああいうのやれるんすか」
万里の演技が変わった理由がそれならば、できるはずだ。古市左京というひとに恋をしている、十座だって。
違いは、異性であるか同性であるかというところ。うまくいきそうな関係かそうでないかというところ。
ただ、想う気持ちは変わらないはずだ。それが演技を変えていくというのなら、できるはず。
「別に女作れってんじゃねぇ。プライベートの変化は、芝居にも出てくる。誰かを真剣に想う気持ちってのは、人を成長させるんだ。それくらい理解しろ、ガキ」
ズキンと、心臓が痛んだ。
ため息交じりに呆れた口調で呟く左京を見ていたくなくて、十座は顔を背けて俯いた。きっと、まだ恋も経験したことがないと思っているのだろう。それはいい。こんなナリで真剣に恋をしていると言っても、笑われる確率の方が高いことは分かっているのだ。
(ガキって、左京さん……それ、結構つらいんだぜ……)
演技は、これから力をつけていくつもりだ。経験はいくらだって積める。
だけど左京との歳の差は、どうやったって埋められなくて、何年経とうが彼にはガキ扱いされてしまうのだろう。
(相手にしてもらえるわけがねぇ。分かってる。分かってんのに……なんでどんどん好きになっていくんだよ、くそっ……)
分かってる、分かってる、と何度も自分に言い聞かせて、これ以上想いが大きくならないようにしているのに、どうしても増えていってしまう。
こんな想いで、本当に演技に磨きがかかるものなのかと、疑問にさえ思った。
(なんか、違う演目やってみたらいいのか……旗揚げ公演は、どこにも恋愛要素っての、ねぇからな……)
万里がまたひとつステップを上がったのなら、自分だって。
追いつきたい。置いていかれたくない。
仲間にはもちろん、ライバルにも、大切な師匠にも。
(上手くなれば、左京さん褒めてくれんだろ……)
十座は目を閉じて、ああ、馬鹿みてぇだと苦笑した。
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