No.287

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金色の曼珠沙華-004-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#十左 #シリーズ物 #ウェブ再録

 ランニングの途中、お気に入りの店に差しかかる。お気に入りといっても、入ったことはない。いつも店の前…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-004-


 ランニングの途中、お気に入りの店に差しかかる。お気に入りといっても、入ったことはない。いつも店の前で立ち止まって、精巧な造りのメニューサンプルを眺めているだけの、甘味屋だ。
 学校帰りや休日に店の前を通ると、いつも賑やかなほど客が入っている。その大半が女性客で、同じ年頃から年配まで、層は幅広いようだ。
 あまり言いたくはないが、十座は甘い物が好きだ。
 特に、あんこたっぷりのあんみつなんかは大好物なのだが、強面であることが邪魔をして、店でそういう物を食べたことがない。
 通販を行っている店であれば、取り寄せてこっそり食べられるのだが、実店舗となるとそうもいかないのだ。
 強面の高校男子が、ひとりであんみつなど、果たしていいものかどうか。
 いや、悪いわけではないのだが、注文をする時に、怖がられたらどうすればいいのか。
 オーダーを運んでくる店員を怖がらせたら、どうすればいいのか。
 怖がられることは今まで多々あったけれど、怖がられたくないときにどう対処すればいいのか、十座には分からない。
 だからこうして、早朝誰もいない店先のサンプルを眺めるくらいしかできないのだ。
 以前、勇気を出して入ってみようかと店先でうろうろして、失敗したこともあった。誰もいなければ、迷惑をかけることもない。
(怖がられることは、怖い)
 十座はひとしきりサンプルを堪能して、またランニングを再開する。
 こんな時に浮かんでくるのは、左京に言われた言葉だった。
『怖がられることには慣れてるって、強がるな。怖がられることを怖がったって、なんにもおかしいことはねぇんだぞ。まあな、俺は怖がられてなんぼだが、お前はただ強面ってだけで、一般人なんだから』
 いつだか、学校の帰り偶然に出逢った時だ。
 誰もが友人たちと連れ立って下校している中、十座はたった独りだった。天馬も太一も用があるとかで、時間が合わなかった時。
 足を踏み出すごとに、周りの人間が十座を避けていく。怯えは充分に伝わってきた。
 それを、いつから左京に見られていたのか分からない。けれど、学校を離れて少ししてから声をかけられた。恐らくは自分の職業を気にして、すぐには声をかけてこなかったのだろうことが窺える。
 自販機の前、左京の指から離れて投入口に入っていく硬貨の音が、やけに大きく響いたことを覚えている。
 何がいい、と訊ねられて、思わずミルクセーキを頼んでしまったのだが、左京は特に不思議に思うこともなく、ボタンを押してくれたのだ。あざす、と受け取った缶は程よい温度で、ささくれた心を癒やしてくれた。
 別に、逃げ出したいほど辛いわけでも、泣き出したいほど悲しいことでもなかったのだが、左京に指摘されて初めて、自分が考えているよりも、重く心にのしかかっていることに気がついた。
 そして、怖がられてなんぼだと言った左京の横顔が、寂しそうだったことにも。
 怖がられることが、嬉しいはずはない。
 左京はそれでも、左京の世界で生きていくために必要なことだと受け入れている。
 抱き締めたいと思ったのが、多分最初の感情。
 それからずっと、左京を目で追ってしまっていた。
 それを恋情と自覚して、劣情を自覚して、左京への態度が少しぎこちなくなったこともあったが、幸いにも旗揚げ公演とかぶっていたせいか、全員が全員、気づく余裕もなかった。
 旗揚げ公演の千秋楽、左京の迫真の演技は本当にすごかった。
 何度も飲み込まれそうになって、ラストのアドリブが、それまでの気迫を殺すほど優しさに満ちていて、また、古市左京というひとを好きになった。
 少しでも近づきたい。同じ舞台で演じていたい。できることなら、あの時味わった感覚を#十左 左京に味わわせたい。
 自分以外の誰かになれる――その憧れで始めてしまった芝居に、理由が新たに付加された。
 芝居をしていれば、どこかで左京とつながっていられる。
 まるで絶望的な想いでも、その小さな幸福は誰にも阻ませたくない。
(もっと、うまくなりてぇ。もっと……もっとだ……!)
 鍛錬は、裏切らない結果をくれる。十座は気を引き締めて、ぐっと地面を蹴った。


#シリーズ物 #ウェブ再録