華家
-HANAYA-
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No.287
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#十左 #シリーズ物 #ウェブ再録
ランニングの途中、お気に入りの店に差しかかる。お気に入りといっても、入ったことはない。いつも店の前…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.287
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ランニングの途中、お気に入りの店に差しかかる。お気に入りといっても、入ったことはない。いつも店の前で立ち止まって、精巧な造りのメニューサンプルを眺めているだけの、甘味屋だ。
学校帰りや休日に店の前を通ると、いつも賑やかなほど客が入っている。その大半が女性客で、同じ年頃から年配まで、層は幅広いようだ。
あまり言いたくはないが、十座は甘い物が好きだ。
特に、あんこたっぷりのあんみつなんかは大好物なのだが、強面であることが邪魔をして、店でそういう物を食べたことがない。
通販を行っている店であれば、取り寄せてこっそり食べられるのだが、実店舗となるとそうもいかないのだ。
強面の高校男子が、ひとりであんみつなど、果たしていいものかどうか。
いや、悪いわけではないのだが、注文をする時に、怖がられたらどうすればいいのか。
オーダーを運んでくる店員を怖がらせたら、どうすればいいのか。
怖がられることは今まで多々あったけれど、怖がられたくないときにどう対処すればいいのか、十座には分からない。
だからこうして、早朝誰もいない店先のサンプルを眺めるくらいしかできないのだ。
以前、勇気を出して入ってみようかと店先でうろうろして、失敗したこともあった。誰もいなければ、迷惑をかけることもない。
(怖がられることは、怖い)
十座はひとしきりサンプルを堪能して、またランニングを再開する。
こんな時に浮かんでくるのは、左京に言われた言葉だった。
『怖がられることには慣れてるって、強がるな。怖がられることを怖がったって、なんにもおかしいことはねぇんだぞ。まあな、俺は怖がられてなんぼだが、お前はただ強面ってだけで、一般人なんだから』
いつだか、学校の帰り偶然に出逢った時だ。
誰もが友人たちと連れ立って下校している中、十座はたった独りだった。天馬も太一も用があるとかで、時間が合わなかった時。
足を踏み出すごとに、周りの人間が十座を避けていく。怯えは充分に伝わってきた。
それを、いつから左京に見られていたのか分からない。けれど、学校を離れて少ししてから声をかけられた。恐らくは自分の職業を気にして、すぐには声をかけてこなかったのだろうことが窺える。
自販機の前、左京の指から離れて投入口に入っていく硬貨の音が、やけに大きく響いたことを覚えている。
何がいい、と訊ねられて、思わずミルクセーキを頼んでしまったのだが、左京は特に不思議に思うこともなく、ボタンを押してくれたのだ。あざす、と受け取った缶は程よい温度で、ささくれた心を癒やしてくれた。
別に、逃げ出したいほど辛いわけでも、泣き出したいほど悲しいことでもなかったのだが、左京に指摘されて初めて、自分が考えているよりも、重く心にのしかかっていることに気がついた。
そして、怖がられてなんぼだと言った左京の横顔が、寂しそうだったことにも。
怖がられることが、嬉しいはずはない。
左京はそれでも、左京の世界で生きていくために必要なことだと受け入れている。
抱き締めたいと思ったのが、多分最初の感情。
それからずっと、左京を目で追ってしまっていた。
それを恋情と自覚して、劣情を自覚して、左京への態度が少しぎこちなくなったこともあったが、幸いにも旗揚げ公演とかぶっていたせいか、全員が全員、気づく余裕もなかった。
旗揚げ公演の千秋楽、左京の迫真の演技は本当にすごかった。
何度も飲み込まれそうになって、ラストのアドリブが、それまでの気迫を殺すほど優しさに満ちていて、また、古市左京というひとを好きになった。
少しでも近づきたい。同じ舞台で演じていたい。できることなら、あの時味わった感覚を#十左 左京に味わわせたい。
自分以外の誰かになれる――その憧れで始めてしまった芝居に、理由が新たに付加された。
芝居をしていれば、どこかで左京とつながっていられる。
まるで絶望的な想いでも、その小さな幸福は誰にも阻ませたくない。
(もっと、うまくなりてぇ。もっと……もっとだ……!)
鍛錬は、裏切らない結果をくれる。十座は気を引き締めて、ぐっと地面を蹴った。
#シリーズ物 #ウェブ再録