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金色の曼珠沙華-023-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

「左京さん、あの、俺……役になってる間、他の連中に何か迷惑とか、かけたっすか」「いや、それはないらし…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-023-


「左京さん、あの、俺……役になってる間、他の連中に何か迷惑とか、かけたっすか」
「いや、それはないらしい。伏見や雪白が、そう言ってた」
「そうすか……良かった……」
「そんなにホッとするくらいなら、最初からやるな。お前はまだ経験が足りねぇんだ、俺といる時だけ違う誰かになろうとしても、切り替えのスイッチがうまく作動しないんだよ。そのたび戻らなくなるんじゃ、それこそ迷惑だ」
「すんません……」
 項垂れて肩を落とす十座に、左京は長く息を吐く。年長者として、そんな危険なことはさせられない。今回は運良く戻ることができたが、いつ何がきっかけで壊れてしまうか分からないのだ。
「だからな、迷惑って言ったのは、忘れろ」
「……え?」
「先日言ったように、恋情が演技に深みを与えるのは、間違ってない。事実、あの時お前とやった演目は、面白かった。だから無理に押さえつけようとするな。せっかく、その、好きな、相手ができたんだったら。それが俺だとは思わなかったが、お前が俺を……好きだってのは、別に、いいかと、思って、いる」
 自分の放ったたった一言が、危うく人ひとりの人生を悪い方向に変えてしまうところだった。
 十座の心を深く傷つけたのは間違いないだろうが、手遅れになる前に気がついてよかった。
「悪かったな、兵頭。一昨日のことも、昨日のことも、今朝のことも」
「……いいんすか? 左京さん」
 茫然とした顔で、十座は訊ねてくる。何が、と考えかけて、大いに勘違いさせる言葉だったかもしれないと思い、訂正するために口を開いた。
「勘違いするなよ、別にお前の気持ちを受け入れるとかそういう――」
「そうじゃねえ、そんなの分かってる。い、いいんすか、その……アンタを好きだって言っても」
 声が震えているのに気がつく。
 左京は目を瞠った。
 そんな小さな願いさえ、自分は踏みつぶそうとしていたのだと気がついて。
 まさか自分が、自身に関わる色恋沙汰に、ここまで不器用だとは思っていなかった。
「……いい。それくらい、許容してやる」
 好意には慣れていない。理屈では分かっても、まっすぐに向かってくるそれが、どれほどの力を持っているのか、知らないのだ。
 まさかそれを体感させてくれるのが、一回りも年下の男だとは思わなかったけれど、
「あざす……っ」
 今の今まで不安と怯えでいっぱいだった十座の顔が、ぱあっと明るくなる。
 今まで見たこともないようなその笑い顔に、左京は目を瞬くことさえ忘れていた。
 好きだと言ってもいい――それだけのことが、十座には嬉しいのか。
 ますますもって、自分なんかに惚れてないで、他にいい女でも見つければ良いのにと、非常にもったいない思いを抱えることになる。
「好きだ、左京さん」
「……もう、稽古以外で演じるとか馬鹿なことすんなよ、兵頭」
「っす」
 素直に受け入れてくれて、左京はホッとする。こんなに簡単なことで、危機を回避できるなら安いものだ。
「そうだ、これ……詫びのつもりで買ってきたんだが」
 そう言って、左京はコンビニの袋を差し出してみる。
「いや、詫びって……俺がするべきだろ」
「いるのかいらねぇのか」
「もらうっす。エクレア、……あんみつ……!」
 分かりやすく、十座の表情が変わる。視点を変えてみれば、こんなにも違うのかと思うほど、表情の移り変わりが楽しくてしょうがない。
 どうやらあんみつは好物らしく、選んで良かったと短く息を吐いた。
「あ、の……左京さんも、半分、食わねぇか。このエクレア、美味いんで……」
 袋の中身を確認した十座が、おずおずと口にしてくる。それでも半分、と提案してくるあたりに笑ってしまった。
 左京はせっかくだがと断ろうとして、声を飲み込んだ。この機会を逃してしまったら、次に二人で話せるのはいつになることやら。
「……お前がいいなら、もらうが。少し、訊きたいことがある。いいか?」
 言って、十座に選択肢を与える。ふたりきりというこの状況がマズイというのは理解しているし、好きだと言うことさえ抑えつけてきた男に、酷なことを言っているとは思った。
 だけどそれでも、それよりも理解しなければいけないことがあるのだ。
「い、いいっすけど……何を」
「座れ、そこ」
「……っす」
 テーブルの傍に、十座が腰を下ろす。左京は気づかれないように深呼吸をして、テーブルを挟んで対角線上に腰を下ろした。ここならば、間違ってもいきなり押し倒されたりはしないだろうと。
「あ、エクレア……」
 十座は袋のまま器用にエクレアを半分にして、片方を口に運びもう片方を左京に渡してくる。正直この手の甘いものはあまり得意でもないのだが、せっかくくれるというのだ、もらっておこうと左京は一口、食む。
(甘ぇ……。よくこんなもの、……嬉しそうに食いやがるな)
 ちらりと視線を向けてみれば、エクレアを二口ばかりで食べきる十座の嬉しそうな顔。普段の仏頂面を知っているだけに、その変化はやはり面白かった。思わず、左京の口の端が上がる。
「本当に好きなんだな」
「左京さんをすか?」
「馬鹿、甘ぇもんのこと、…………いや、訊きたいことってのは、それなんだが」
 好きという単語で、なんの躊躇もなく左京を連想してくる十座に、左京は羞恥で顔を背けた。

#シリーズ物 #ウェブ再録

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金色の曼珠沙華-022-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 背後でドアが閉まるのを確認して、ため息ひとつ。カポネは、左京へと戻った。「で、どんな仕事なんだ、ボ…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-022-



 背後でドアが閉まるのを確認して、ため息ひとつ。カポネは、左京へと戻った。
「で、どんな仕事なんだ、ボス」
 いつもより更に低い声音は、人に聞かれたらマズい内容だと分かっていて、ひそめているせいだろう。
 ただそれは、役の上でのことのはず。
「……もういいだろう、兵頭。戻れ」
 ここはレッスン室ではない。ましてや舞台の上でもカポネの私室でもない。ランスキーでいる理由はないというのに。
「仕事の話じゃないんですか?」
「兵頭」
「ヒョウ……? 次のターゲットか。殺しはあんまり好かねえが、命令なら――」
「いい加減にしろ兵頭! 戻れって言ってんだ!!」
 左京は背後の男を振り返り、自分より大きなその体をドアに押しつけた。胸ぐらを掴んだその手を振り払われる前に、ほんの少し躊躇って――口唇を合わせる。
 びく、と彼の体が強張ったのは、ダイレクトに伝わってきた。
 触れるだけ。たったそれだけの行為に、こんなにも勇気がいるものだとは思っていなかった。
 演技だと思えば、それも何でもないかもしれない。
 だけどこれは、今だけは、演技であってはならないと、左京は左京のままで口唇を合わせた。
 そうされた方の十座は体を硬直させて、まだランスキーなのかそうでないのか分からない。
 左京は押しつけるだけだった口唇を離し、少し高い目線を見上げた。
「……兵頭」
 焦点が合っていないような気がする。呼んでみても、いつものように視線が合わない。
 役に入り込んでしまった人間を引き戻す方法なんて、誰も教えてくれなかった。稽古に入り浸っていた旧MANKAIカンパニーでも、そんな状態に陥る人間はいなかったのだ。
 正気に戻させるには、一種の衝撃が必要だと思ったのだが、見当違いだっただろうか。
「兵頭、戻れ」
 まさか役者の顔を殴るわけにもいかないし、ランスキー相手に自分の技が通用するとは思えない。万里の拳を防いだ時でさえ、反応が少しでも遅れていたら、まともに食らっていたというのに。
 リミッターの外れた十代が、何をするかなんて、自分がいちばんよく分かっている。
「兵頭……!」
 兵頭十座が誰かを傷つけてしまう前に、どうにか元に戻したいのに、どうすればいいのか分からない。
 無駄に歳を食っていても、こんな時なんの役にも立たなくて、心の底から腹立たしい。
 十座や万里の情熱が、自分に本気を出させた。一緒に演じていたいと思わせた。
 これでは違う、「演じて」いるのではなくなってしまう。兵頭十座が、どこかへ行ってしまう。
 左京は、「兵頭十座」が演じる「誰か」と一緒に舞台に立ちたいのだ。
「兵頭十座ァ!」
 日常生活でまで、カポネとしてランスキーに接したいわけではない。兵頭十座に、古市左京として接していたいのだ。
 稽古で、エチュードで、舞台で、違う誰かになる――それが「演じる」ということだ。
 そう思って名を呼ぶのに、固まったまま何も発してこない。左京は項垂れて、十座の肩に額を預けた。
「戻らねぇのかよ、これでもっ……」
 絞り出すように呟き、駄目元でもう一度口唇でも合わせてみようかと思ったその、瞬間。
「さ、きょう、さ……あの、ど、どういう状況っ……すか、これ」
「――は?」
 震える声が頭の上から降ってくる。左京は顔を上げ、そこに顔を真っ赤にした兵頭十座を見つけた。
「兵、頭?」
「あの、と、とりあえず、離れて、もらえねぇか……」
 十座は口許を覆い、そのせいで声はくぐもるけれど、聞き取れない距離ではない。その口調は間違いなく兵頭十座のもので、初めて恋をした相手との接近に、どぎまぎしているだけの男だった。
「戻っ……た、のか?」
「あ? 戻ったって、なんすか? それよりアンタ、なんでこんなっ……キ、キス、なんか……!」
 ぐいと肩を押しやってくる十座の言葉に、左京は目を瞠る。
 十座は今、キスという単語を口にした。
 ランスキーだった瞬間のはずなのに、それを知っているのだとしたら、どの時点からかはともかく、祈るように何度も名を呼んだ時には、すでに十座だったことになる。
 カアッと全身の熱が上がったような気がした。
「――てめぇ! 戻ってんなら戻ってるって言え、この馬鹿! 黙ってされるがままになりやがって!」
「アンタにキスなんかされて、硬直しねえわけねえだろうが! どういう状況なんだ!」
 ガッと再度胸ぐらを掴んで責めてみるも、十座からは開き直った正論が返される。
 硬直していたのは放心状態だったのかと気がついて、左京は途端にとてつもない羞恥に襲われた。十座の状態に気づかずに、元に戻ってくれと懇願したことも、彼ははっきり覚えているのだろう。
 左京は片手で顔を覆い、赤くなったそれを見られないようにと、十座の傍を離れる。
「左京さ――」
「待て、ちょっと待て、今、頭ん中整理する……できれば忘れてろ」
「いや、無理っす……つか、アンタとふたりっきりってこの状況が、俺にはマズイんで……できれば、部屋、戻りたいんだが」
「あ? マズイって、な……に、……!」
 十座の言葉が意味するところに気がついて、左京はボッと顔を赤らめた。恋情には劣情が伴うもので、それは理解していたが、改めて言われると身構えてしまうのも事実。
「だから左京さん、そこ、どいてくれ。さ、っきの、キ、キスのことは、アンタのひどい気まぐれだと思って、おくんで」
 十座がふいと顔を背ける。
 やはりランスキーが抜けなかったことは覚えていないのか、記憶がすっ飛んでいるようだった。
 それならそれで、今忠告しておかないといけない。左京はドアにもたれて、十座の提案を行動で却下してみせた。
「ハ、俺のキスで正気に戻っておきながら、気まぐれなんて言われちゃたまんねぇな」
「正気……? なんのことすか」
「お前、今日のことどこまで覚えてる? 今日お前が、兵頭十座として何をしていたか、思い出せるか?」
 十座の目が数度瞬かれる。
 泳ぐ視線と、傾げられる首は、左京の問いに否定を返していた。
「えっと……朝、左京さんとレッスン室で逢って……それから……」
「覚えてねぇんだろ。ずっとランスキーとして過ごしてたみてぇだからな」
「……え?」
「お前はついさっきまで、兵頭十座じゃなくランスキーだったってことだよ。役が抜けなかったんだろう」
「あ……」
 十座は目を瞠って、心当たりがあるとでも言うように口許を押さえる。だんだんと表情が曇っていくのが見て取れて、左京も眉間にしわを刻んだ。
「……俺のせいか」
 静かにそう呟くと、十座の肩がびくりと揺れる。それが否定なのか肯定なのか、言葉にはされなかったけれど。
「俺があの時、演じてるお前のことは信用してるって言ったから、意図的にランスキーになってたのか」
「…………違うって言ったら、たぶん嘘になるんすけど、それだけじゃ……なかったと、思う」
「どういうことだ」
「アンタを、困らせたくなかった。今でも、困らせたくねえ」
 左京は、十座の一言一句を聞き逃すまいと、ゆっくり瞬く。困らせたくないという感情は理解できる。できるが、それがどうして、ランスキーになることにつながっていくのか。
「俺のままじゃ、アンタが好きだって気持ちを抑えられねえんだ。うっかり手ぇ出しちまうかもしれねーし、アンタは迷惑だって言ったから、俺は……それじゃ駄目だと」
 愕然とした。
 まさかそんなに重く捉えていたなんて。
(こんな……に、か……)
 誰かにならないと抑えきれないほどの感情が、自分に向けられているなんて。
 我を通すよりも、押さえ込む方が重要になってしまうほどの想いなんて、慣れていない。恐らく、初めてそこまでの感情をもらった。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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金色の曼珠沙華-021-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

 その日左京は、普段立ち寄らない場所に佇んでいた。腕を組んで、所狭しと並べられたものを睨みつける。(…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-021-


 その日左京は、普段立ち寄らない場所に佇んでいた。腕を組んで、所狭しと並べられたものを睨みつける。
(分からん)
 そこは、コンビニのデザートコーナー。シュークリームやエクレア、プリンにヨーグルト、小さなケーキを陳列してある一角だ。
 十座と話をするにあたって、ひとまず何で釣り上げたらいいのかと考えた結果、考えるまでもなくスイーツが浮かんできた。
 内緒にしているようなのだが、十座はこういった甘いものが好きらしい。
 他人の好物になど興味もない左京までもが知っているのだ、隠せていない気もしたが、今はそれを考えている場合ではない。
 しかし、甘いものと一口に言っても、種類はいろいろある。
 大きく分けても洋物か和物か。洋物なら、ケーキかそれともプリンか。和物なら、あんみつかどら焼きかまんじゅうか。
 さすがにそこまでの好みはさっぱり分からない上に、こんなに種類があると目移りしてしまう。
 もし嫌いなものだったら、釣られてくれないだろうし……と考えると、躊躇してしまうのだ。
 ヤクザがそんな風に、コンビニスイーツの前で何分も考え込んでいる光景など、滑稽以外の何物でもない。
 気まずいわ恥ずかしいわで、居心地が悪い。早いところ決めてしまいたいと、左京はため息ひとつ。
 もういい、と商品をふたつ、手に取った。それはハズレのなさそうなエクレアと、見た目で選んでしまった小さなあんみつ。
 俺の買ってやったもんを、食えねぇとは言わせねえとばかりに、八つ当たりのような思いでレジへと向かった。奇しくもあんみつは十座の好物なのだが、左京はそれを知る由もない。
「しかしこんなもんで釣れるか……?」
 自分だったら、絶対にふざけんなと突っぱねるところだと、コンビニの袋を掲げてみせる。
 ついでに買ってしまった、小さなカクテルの蓋を開け、匂いと子供だましのアルコールを楽しんだ。
 飲まなきゃやってられんとは思うが、今からバーに入っていては帰りが遅くなってしまう。それでは本末転倒だ。カクテルの色を楽しめないのは残念だが、それはまたの機会にしようと、足を踏み出した。
 そうして寮の玄関を開ければ、どこかへ出掛けようとしていたのか、東に出くわす。
「あ、左京くんやっと帰ってきた」
「あァ? なんだ、どこか出掛けるところか?」
「きみを迎えに」
「面白い冗談だな」
「九割本気だよ。そろそろ帰ってきてくれないと困るなって思ってたからね。あのね左京くん、LIMEはちゃんと見てね? 既読付かないから、きみの方にも何かあったのかと思った」
「は? ……ああ、悪い、全然見てなかった」
 言われてみて、左京は携帯端末を取り出す。LIMEメッセージ十五件、と表示されていて、顔が引きつった。
 特にこういったツールを駆使する方でもない左京に、東が何をわざわざ、と不審に思うが、
「……なに……?」
「十座が大変なんだ」
 表示されたメッセージと東の言葉が、左京の体を硬直させた。
「あっ、左京さんお帰りなさい」
「伏見、どういうことだ」
 メッセージを確認する前に、リビングの方から臣が顔を出す。何があったのだと、左京は足早に廊下を歩いた。
「また摂津と何かやらかし……いや、それはねぇか。GOD座が何かしかけてきたか」
「や、そうじゃなくて、十座が十座じゃないっていうか……」
「あァ?」
 臣は左京を出迎えた廊下で、リビングの方をしきりに気にしている。リビングに十座がいるのであろうことは察せて、まさか怪我でもしたのかと、臣を押しのけてリビングに足を踏み入れた。
 ソファの上に、十座の姿。特に包帯も絆創膏も見えなかった。松葉杖も見当たらなくて、怪我といった方向の「大変」ではなさそうだった。
「なんだ……驚かすな……」
「あれ、十座じゃないんですよ」
「何を言って」
 左京はふと気がつく。十座の目の前、テーブルにバラした拳銃があることに。
 もちろんモデルガンだが、相当精巧な造りで、組み立てから楽しむというものだった気がする。旗揚げ公演以降ずっと置いてあるものだ。
 十座の手が、それを組み立てるために動く。
「ここ二時間くらい、ずっとあんななんだよね、十座。話しかけても返事してくれなくて、機嫌でも悪いのかと思ってたけど、なんかそういうレベルじゃない感じ」
「俺もさっき声かけたら、何か用かって返されました。その時すごく既視感があったんですよね。……舞台の上で感じた視線と同じだなって」
「……ランスキーってことか」
 たぶん、と臣が頷く。
 確かにランスキーならば、臣が演じていたデューイに良い印象は持っていないだろう。口調がキツくなってしまうのも頷ける。
 そして、あの銃の扱い方。
 演目の中で、銃を組み立てるシーンがあるわけではないが、稽古中に万里が、面白がって組み立てていたことは覚えている。
「メシとかは普通に食ってくれたんすけどね……監督のカレー。でも……」
「でも?」
「デザート、食ってくれなくて」
 臣が肩を竦めて苦笑する。
「正直、それがなきゃおかしいとは思わなかったっていうか、情けないんですけど。それ以外は普通なんで……」
「ボクも、取り寄せの水まんじゅう一緒に食べようと思ってたんだけどね……あの調子だし」
「……劇団のメンバーに迷惑はかけてねーのか? 役の上ではマフィアだぞ。その、……暴力を振るったりとかは」
 左京は、銃を組み立てるランスキーを眺めながら、東や臣に訊ねる。十座の元々の資質に加えて、ランスキーの思想が入り込んだ状態では、コトが起きたらそう簡単に止められないだろう。
「ああ、それは心配しなくていいよ。幸と椋は今ボクの部屋で塗り絵してるし、天馬やカズ、あと万里は、一緒に出掛けてるし。春組はレッスン室。三角は……さんかく探しかな。冬組はそれぞれ自室か外でトレーニング、紬はバイト。十座と接してるのは、ボクたちだけだよ。カントクもね、GOD座のことで悩んでて部屋にいるみたいだし」
「そうか……それならいい。アイツらに何かあったら、申し訳が立たねぇからな……」
 左京は眉を寄せて、口唇を引き結ぶ。
 あの現象の引き金を引いたのは、もしかして自分かもしれないと。
(朝から、ずっとだ)
 自分の気持ちは迷惑かと訊ねてきた十座に、本音として迷惑だと答えた。
 その後だ、十座が左京のことを「ボス」と呼んできたのは。
 それからずっと、ランスキーが抜けていない。朝レッスン室で東と鉢合わせた時、彼自身も十座の様子がおかしいと言っていたことを思い出す。
(自惚れかもしれねぇが、俺が……あんなことを言ったからなのか、兵頭)
 演じてるお前のことは信じてる、と、そう言った記憶がある。
 それを素直に真に受けて、「古市左京に惚れていない男」を演じるつもりなのだとしたら、それはやはり左京が引き金を引いたことになる。
 左京はひとつ短いため息をついて、足を踏み出した。
「左京くん」
「左京さん?」
「どうにか戻してくる。口出すんじゃねぇぞ。もちろん手もだ」
 十座へと向かっていく左京に声をかけた二人に、左京は短くそう告げ、眉間に指先を当てて意識を集中した。
 役へ、入り込むための。
『ランスキー』
 声のトーンを少し落とし、ランスキーへと声をかける。ランスキーはその声に反応して、ひょいと顔を上げた。鋭い瞳を隠しもせずに。
「帰ってたんですか、ボス」
『銃の手入れか、精が出るな』
「ああ……俺にはコイツしかねぇからな」
『フン、それにしちゃあ乱暴な扱い方だ。愛用のもんならもっと大事にしてやれ。銃は女と一緒で、ひどく繊細なんだ』
「ふん? ルチアーノみたいなことを言うんだな。銃が喋るわけでもねぇのに。で、なんですか。そんなこと言うために俺に声かけたわけじゃないだろ、ボス」
『――仕事だ、来い』
 指先で招く仕草を入れる。ランスキーはそれを見て、口の端を上げた。金になるもんなら、なんでもいいとばかりにだ。
「十秒待ってくれ、コイツを終わらせる」
『長い。七秒だ』
「変わらないだろう」
『俺に口答えとは良い度胸だな、ランスキー』
「……終わった。で、どんな仕事なんですか」
『五秒じゃねーか。……ここではまずい』
 そう言って、カポネはクイと顎をリビングの外へやり、出ろと示す。ランスキーは立ち上がり、カポネの後についてリビングを出ていった。
 そんな二人の背中を黙って見送り終えてから、東と臣はゆっくりと息を吐く。
「左京くんて、いつもあんな感じ?」
「ええ、まあ、あの演技でいつも引っ張ってってもらうんですよ。今日はまた一段と気迫がすごいですけど」
「ふうん……芝居バカだね」
 冬組にも芝居バカはいるけど、と東は笑う。
「ねえ臣、食べる? ボク一人じゃこれ、余っちゃうし」
 そう言って、取り寄せした甘味を指さす。臣はそれを見て一瞬頷きそうになったけれど、やめておいた。
「いえ、十座にやってください。左京さんが戻してくれるでしょうし」
「そう……そうだね。大人しく待っておこうか。じゃあボクは、小さな王子さまたちのところに戻るよ。なんなら臣も一緒に塗り絵するかい?」
「塗り絵ですか……チビの頃にしかやったことないんで……そうですね、邪魔でなければ」
 歓迎するよ、と東と臣もリビングを出て行く。十座のことが気にかかるせいか、足取りはどうしてもそわそわしがちだったけれど。

#シリーズ物 #ウェブ再録

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金色の曼珠沙華-020-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

#シリーズ物 #ウェブ再録

「あ」 そうして仕度を終えてきてみれば、近くをランニングし終えて帰ってきた十座と、鉢合わせてしまう。…

金色の曼珠沙華

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「あ」
 そうして仕度を終えてきてみれば、近くをランニングし終えて帰ってきた十座と、鉢合わせてしまう。
 謝るなら今のうちかと口を開きかけたが、後ろには迫田が控えている。あまり聞かれたい話ではないなと、十座の横を通りすぎる際にひとこと。
「き、昨日は悪かったな」
 小さく、それだけ。
「昨日……?」
 十座がそれに振り向いてくる。何もなかったことにしたいのかと瞬時に感じて、眉を寄せた。
「ああ……俺が仕留め損ねたって思ってたヤツですか。殴られたところはまだ痛いが、別に気にしてない。ボス、護衛は?」
(え?)
 でかけるんだろ、と十座の声。左京は目を瞠って振り返った。
(兵頭じゃ、ねぇ)
 誰も信じていないようなその瞳、自嘲するような口許、そして何よりその言葉。
 ずしりと、胃の辺りが重くなったのを感じた。
「……いらねぇ」
「気をつけて」
 十座は――いや、ランスキーはそれだけ言ってリビングへと向かっていってしまう。左京はその背中を全力で睨みつけて、踵を返した。
「は~、さすがっすね、エチュードってヤツでしたっけ? 今一瞬、アニキがアニキじゃなかったッス」
「……演じてたつもりはねえがな……」
「旗揚げ公演のは、ハマり役だったってことっすかね! あっ、アニキ早く行かないと!」
 迫田が玄関のドアを開けて、左京を急かす。仕事は仕事だ、行かなければいけない。気分が重い。足が重い。
(あの野郎、ずっとランスキーで通すつもりだってのかよ……!)
 十座が、ランスキーになりきって返してきているのは一目瞭然で、その理由が分からないわけでもない。「兵頭十座」では対処しきれないのだろう。
 気まずくて何もできなくなる不器用さを、恐らく自覚しているのだ。こっちだって悪いと思っているのに、謝る機会を与えてくれない。
 芝居に打ち込むのが、演じるのが好きだからという理由なら大歓迎だ、応援だってしてやりたい。
 だけど今の十座は、とてもそうは思えない。
 いや、芝居をすること自体が好きなのは分かるのだが、稽古でない時にさえ役に入り込むというのは、逃げだ。
 まっすぐぶつかる度胸もないのか、と迫田が運転する車の後部座席で、不機嫌そうに眉を寄せた。
「アニキ、チョーシでも悪いっすか? なんか今日、やけに静かっすね?」
「あァ?」
「いや、何でもないっす! なんか、ちょっと、元気……ないかなって思っただけで!」
「別に……昨日あまり眠れなかっただけだ。気にすんな」
「あー、じゃあ着くまで寝ててくだせぇアニキ! 俺静かにしてるんで!」
 迫田はそう言うが、眠れるとは思えない。
 時間的な問題でも、音の問題でもない。
 目を閉じると、どうしても昨日のことを思い出してしまうのだ。大人げなくぶちまけてしまった不満。十座をガキと言いつつ、こちらの方こそ子供みたいなことをしてしまった失態。
 こんな、劇団内での色恋沙汰を考えている場合ではないというのに。
「迫田、そういえばGOD座に関して何か分かったか?」
 左京は、迫田に頼んでいた調べ物の結果を確認する。
「あっ、すいやせん、まだ……。公演日程とか今までの舞台の感想は、いっぱい転がってんすけどね。ムカつくほどにベタ褒めの。カンパニーに何か恨みでもあるんじゃないかってのは、全然……」
「そうか。悪いな、個人的なもんまで頼んじまって」
 GOD座の理不尽な絡みは、絶対に何かあると踏んでいるのだが、なかなかに難しい。団員個人が恨みを買っているのではないようなのが、また面倒くさい。
 個人的に何かあったというのなら、職権でもなんでも濫用して潰してやるものを、とさえ思っている。
 職業的にいちばん恨みを買いやすいのは、いわずもがな左京だが、あの劇団に関わった覚えはない。商魂たくましいとは思うが、別に組の不利益につながるわけでなし、銀泉会としては関係がない。
 あとは、監督である立花いづみ。
 彼女に個人的な感情があるのだとしたら、どうしたらいいのか。好意の裏返しだとしてもタチが悪い。印象には確かに残るだろうが、心証が悪いどころではないだろう。好意からくるものであれば、なんて馬鹿なことをしたんだと笑ってやろう。
(まあ、そりゃ……俺にも言えるか……)
 いづみとの出逢い――というか、再会は、最悪なものだった。カンパニーのシアターを、取り壊そうとしていたところだったのだから。
 今となってはそんなことできやしないし、あれでも精一杯、取り壊しを延期させたのだ。返済を待ってもらっているのも、考えてみれば危ない綱渡りだ。
(俺がここまでしてんだぞ、それをGOD座のヤツら、ぽんぽんと簡単に壊そうとしやがって……!)
 しかけられたタイマンACTは、負けた時のリスクが大きすぎる。
 MANKAIカンパニーの解散なんて、できるわけもないのに。
 せっかく冬組まで集まったのだ。春組から冬組まで、誰もが負けず劣らずの個性を持った、真似しようとしてもできない劇団になり得る。
 それを、好意だか悪意だか知らないが、そんなもので壊させてたまるかと、左京は膝の横で拳を握る。
(芝居がしてぇんだ、俺は……。こんな職に就いちまった俺が、唯一……たったひとつだけ、他人に誇れる力だろう)
 自分以外の誰かになって、これまで出せなかった自分の中のすべてを解放したい。
 それには、今のカンパニーのメンバーが必要不可欠だ。
 総監督であるいづみはもちろんのこと、リーダーである摂津万里、あの元気さで場を盛り上げてくれる元スパイの七尾太一、なだめ役である伏見臣、そして――目を瞠るほどの情熱で周りを引き込んでいく兵頭十座。
(アイツは、役者にとって大事なもん備えてるってこと、気づいてねぇんだろうな。技術ももちろん大事だが、結局ひとを動かすのは思いの力強さだ。摂津だって、お前のポートレイトで戻ってきたんだろうに……)
 十座の情熱は、見ていて気持ちが良い。あの強面の奥に隠されていた情熱に気がついた者は、どんどん引き込まれていくだろう。
 万里とは別の、華がある。
 それをすべて芝居に注がれたら、技術が追いついたら、秋組はもっと良くなる――そう確信していた。
(どこでどう間違って、俺なんかに惚れちまったんだろうな)
 窓の外を流れる景色を、見るともなしに眺めながら、左京は小さく息を吐く。
 応えられるものなら、応えてやりたいけれど、無理だ。
 まともな恋愛とはほど遠い職業ではあるが、ベッドをともにするなら女の方がいい。ドライな関係を望む女がいれば夜の相手だってするし、金銭的な援助以外ならできる範囲でやってきた。
 だけど、十座のはそういった関係を望むものではない。
 優しくされることに慣れてないよね、と東が言ったように、そんなものに触れたことなどない。家族は別として、だ。
 組長とのつなぎが欲しかったり、肉体的な快楽を求めていたりと、必ずどこかに打算があって、見返りを何も求めない優しさなんて、知らない。恋情なんてもっとない。
 怖がられることにも、嫌われることにも、慣れていた。 だけど、好かれることには、少しも慣れていないのだ。相手が、何を、どこまで望んでいるのか、分からない。
(俺の初恋らしきもんじゃ、参考にもならねぇしな。今でも、アイツが大事じゃないわけじゃない。だが、今さらどうこうなりてぇとは思ってねーしな……)
 左京の初恋らしきものの相手は、いづみだ。幼い頃の淡い恋心。
 この歳になって再会したのは本当に驚いたが、彼女に何かを望むことはない。強いて言えば、変な男にだけは引っかかってくれるなと祈るばかりだ。
 年下だろうが年上だろうが、カレー好きの相手と幸福になってほしいとは思っている。
 冷静な気持ちで結婚式に参列できるとは思えないが、そういう道を選んだのは自分の責任である。
(訊いてみた方がすっきりするか……? いや、もちろん受け入れられるわけじゃねえんだが、許容できる範囲なら、別に……いいかと……)
 例えば想っているだけだとか、見ているだけだとか、そういう範囲なら、別に拒絶するつもりはない。
 突然でびっくりしただけで、そういう想いが止められないのは理解している。恋情には劣情が伴うもので、事実、キスもされてしまったし、抱きたいとも言われている。さすがにそれは許容できないが、心は押さえつけられない。
(まさか、ヤローだらけの劇団で、監督さん以外の身を案じることになるとはな。そういうのには、いちばん縁遠いと思っていた兵頭相手に)
 キッとブレーキが踏まれて車が停車する。組の事務所に着いたのかと、いつもより速く感じる時間にハッと我に返り、迫田が開けてくれたドアから外に出た。
 ともかく、十座と話をする機会を作らねばと、重かった気分を少しだけ浮上させて。

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金色の曼珠沙華-019-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

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 そうしてダイニングに向かえば、朝食を作ってくれている臣に出くわした。これはこれで気まずくて、失敗し…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-019-


 そうしてダイニングに向かえば、朝食を作ってくれている臣に出くわした。これはこれで気まずくて、失敗したと左京は頭を抱える。こんなことなら、自室にこもっていた方がマシだ。
「左京さん、おはようございます。早いっすね」
 目玉焼きとスクランブルエッグ、どちらがいいですかと訊ねられ、目玉焼きをターンオーバーでと返す。
「了解です。自主練してたんですか? 十座もさっき、外に出ていきましたけど……ランニングかな。あんまり無茶しないといいけど」
 テーブルに置かれていた新聞を広げ、左京は読むともなしに紙面を眺める。内容なんか当然頭に入ってこなくて、臣の声がやけに鮮明に耳に残った。
「おはようって声かけたんですけどね。気まずそうに目ぇ逸らしてったの、ちょっとしんどいなあ」
「……何が言いてぇんだ」
「早く仲直りしてくださいねってことですよ。俺、昨日のことは左京さんを殴りたいですし。いつも万里と十座の喧嘩を止める左京さんが、火種になっちゃダメですよ」
 やはり出てくる話題はそれしかなくて、秋組の連中は本当に、遠慮という言葉を知らないのではと思ってしまう。
 気を遣って話題に触れないようにするなんてことは、この連中にはできないらしい。
「……昨日のことは悪いと思ってるさ。俺も大人げなかったしな。けど急にあんなこと言われたら、誰だってああなんだろ……」
「ハハ、そりゃ、俺だって実際そうなったら混乱するし、いつもの自分じゃいられなくなると思いますよ。はい、目玉焼き。左京さんは醤油派でしたっけ?」
 同意と、綺麗に焼いた目玉焼きの皿をよこされる。並べられたご飯とみそ汁、サラダと煮物の小鉢。
 しょうゆさしを差し出されて、左京は新聞を閉じてああと頷いた。
「アイツには稽古中に私情は挟むなって言っておいたし、お前や七尾、もちろん摂津にも、あの件で迷惑をかけることはもうないと思う。俺はアイツを受け入れられねぇし、お互いどうにか昇華するしかねぇんだよ」
「時間はかかりそうですけどね……十座のヤツ、たぶん初恋でしょう? いつも一緒に稽古する相手ってのは、相当我慢しないと、忘れられない」
「初恋、ねぇ……ハハ、憐れなもんだよな。まさか初めての恋の相手が俺だなんてよ。もう少しまともなヤツにしとけばいいのに」
 左京は、白いご飯を丁寧に口許へ運びながら苦笑する。
 早いところ忘れて、次の恋をしてほしい。
 恋も、恋をなくすことも、きっと十座の演技に艶を加えて、磨いていってくれるに違いないのだ。
 そうやって成長した十座と、同じ舞台に立ちたい。
 恋心さえ除けば、左京にとっても十座は大事なメンバーなのだ。そんなこと、絶対に言いたくないけれど。
「左京さんは今日も仕事ですか?」
「ああ……メシの時間には帰ってこられると思うが」
 団員のスケジュールを把握し、自分の手が空いていれば食事を作ってくれる臣は、組どころか劇団全体にとってなくてはならない存在だ。まさか三百六十五日、ずっとカレーを食べているわけにもいかないだろう。
「いつも悪いな伏見。無理のない範囲でいいんだぞ」
「え? ああ、はい、分かってますよ。俺の場合料理することも息抜きなんで、楽しんでますけどね。特に、菓子を作ると十座が喜んでくれるし。あの無愛想な顔とあのガタイでそわそわしてんの見ると、ほんと和みますよ」
 そういうもんかね、と左京はみそ汁の器を置き、仕事にでかける準備をしようと、食べ終わった食器をシンクへと運ぶ。
 ちょうどその時、ア~ニキ~と迫田が顔を出した。朝からうるせえ、と左京は迫田を怒鳴りつけ、臣は肩を震わせて笑う。
「迫田さんも、ご飯どうですか」
「いやっ、自分はは食ってきたんで! あざっす!」
「そいつをもてなす必要なんざねえ、放っておけ伏見。迫田、おとなしく待ってろ」
「アイアイサー!」
 言った傍からうるせえぞ、と左京の方こそ声が大きい。臣は迫田にコーヒーを入れてやり、忠犬が飼い主を待つような様子を微笑ましく眺めるのだった。


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金色の曼珠沙華-018-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

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「……」 やはり自分とふたりでは、やりづらいのだろうなと、少し口唇を噛む。 昨日、芝居に集中しろと怒…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-018-


「……」
 やはり自分とふたりでは、やりづらいのだろうなと、少し口唇を噛む。
 昨日、芝居に集中しろと怒鳴ったせいなのか、迷惑だとさっき言ったせいなのか、兵頭十座からの視線は感じなかった。「役」として接してくるだけだ。
 それを望んでいたはずなのに、十座が役に入り込めば入り込むほど、怖くなる。
「左京くん、十座と何かあった?」
 十座の出ていったドアをじっと見つめていたせいか、東を不審がらせたようだ。まさか言えるわけもなく、左京はふるふると首を横に振った。
「いや、別に」
「……そう。てっきり愛の告白でもされたのかと思ったのにな」
 そんな左京に、東のつまらなそうな声。
「なっ……、あ」
 左京は思わず勢いよく振り向いてしまってから、しまったと思った。これでは肯定しているようではないか。
「くそっ……」
「ああ、やっぱりそうなの。そんなことで動揺するなんて、かわいいな、左京くん」
「そんなことってお前……って、頭を撫でるな、ガキじゃねぇんだぞ」
 東はふふふと笑いながら、何でもないようにぽんぽんと頭を撫でてくる。
 彼にとって、同性から告白されるのは大したことではないのだろうか。
 そうなのだろうなと、彼の容姿をじっと眺めて思う。中性的な顔と肢体、優しげな声は、男女ともに惑わされやすいだろう。
「……アイツから聞いたのか? その……俺を、……ってこと」
「聞かなくても分かるよ、十座はきみのことばかり見ていたじゃない。……左京くん? もしかして、全然気がつかなかったの?」
 ぐ、と言葉につまる。
 十座の気持ちなんて、気づくどころか最初は信じることさえしなかった。東が気づいていたということは、そんなにあからさまだったのだろうか。
 いや、しかし昨日の秋組メンツの驚きぶりを見るに、誰ひとりとして気づいていなかったはずだ。
「そ、そもそも選択肢にねぇだろ。男だぞ、アイツも俺も。しかもあんなガキが」
 最初から対象外なのだ、恋情を含んだ視線なんて気づくはずもない。責められる謂われはないはずだ。
「左京くん、あの年頃の子って成長早いよ? あっという間に大人になっちゃうんだから」
「ハ、それならそれで、他のことにも目を向けられるようになんだろ。こんな……一回りも違うヤローなんて好きになってねーで、いい女探せばいい。幸い、立ち直りは早ぇみてーだしな」
 昨日あんなことがあったのに、と左京は付け加える。それを聞き逃さなかった東は、あんなこと? と首を傾げてくる。そこで初めて、しまったと思う。
「そんなにひどい振り方したの?」
「いや、あの」
 振り方と言ってしまっていいのだろうか。明確に拒絶はしたつもりだけれども、必要以上だったかもしれない。
 いくら怒りが先立っていたとはいえ、当事者ではないメンバーの前での派手な拒絶は、余計だったと今なら思う。
 万里が殴りかかってくるのも無理はない。犬猿の仲である十座に関わる事項で、万里があそこまで怒るとは思わなかったが、あの二人には、あの二人にしか分からない絆のようなものがあるのだろうか。
「あぁ……それはまた、こっぴどく振ったもんだね。十座は、健気だなあ……」
 昨日のできごとをにおわせてしまった以上、黙っているのも居心地が悪くて、左京は飾らずに十座との間にあったことを話してみた。言葉にしてみて改めて、ひどいことをしたものだと思う。
「健気って、なんでだ」
「あの子、多分きみを一言も責めなかったでしょ。左京くんを困らせたくないから、無理して普段どおりにしてるんだと思うよ。だってさっきの十座、少し様子がおかしかった」
 壁にもたれ、東はゆっくりと口にする。まるで見ていたかのように言い当てられて、左京は言葉を失った。
 確かに、十座からは好意と、懇願と、謝罪しか出てこなかった。
 好きだ、信じてほしい、すんません、それだけ。
 どうして今ここで、という視線は感じたけれど、音として責めることはしなかった。
 困らせたくないというならば、最初から言わなければいい。そんな野暮な答えは返せない。
 好きで、好きで、どうしようもないのが、恋だ。
 あふれて、しまいこめなくて、抑え切れなくなるのが、恋だ。
「おかしかったって、そんなこと分かるのか、お前に。兵頭の何を知ってるってんだ?」
「左京くん、それヤキモチ」
「違う。お前は俺にどうしろってんだよ。まさか兵頭を受け入れろってんじゃねぇだろうな? 俺は根っからのノーマルなんだよ、お前はどうだか知らねーがな」
 左京くん、と諫めるような東の声。左京は口をつぐみ、俯いた。人を傷つけることには慣れている。怖がられることも、嫌われることも。だけどそれは、今必要なことではない。
「……悪い。こんなこと、言うつもりはなかった」
「いいよ、怒ってない。ボクはね、自分の容姿がそういう風に見られるのは理解してるつもりだよ。磨いてるしね。実際、男性にもそういう意味で声をかけられたことはあるし、昔のお客さんの中にも、たくさんいるんだ」
 東は、元添い寝屋だ。客の隣に寄り添い、話をしたり話を聞いたり。いかがわしい行為をするものではないが、カタギだと言っていいものかどうか。
 そんな経験上なのか、東の人を見る術には舌を巻くものがあった。うっかり気を抜けば、すべて見透かされてしまうだろう。
「さすがに男性とセックスはしたことないけど、みんなとても優しかったよ」
 昔を懐かしむように目を伏せ、東は笑う。
「左京くんは、他人に優しくされることに、少しも慣れてないよね」
 ぱち、ぱち、と目を瞬く。東の言いたいことが分からずに、少しだけ眉を寄せた。
「ヤクザもんに優しくしてぇヤツなんざいねぇだろうが。怖がられてなんぼの商売だぞ」
「だからだよ左京くん。怖がられることも嫌われることも慣れてるのに、優しくされることに慣れてないから、すごく戸惑ってるのが分かるんだ。自分に向かってくる好意なんて、ないと思ってない?」
「――」
 戸惑っているという東の言葉が、すとんと左京の中で腑に落ちた。
 嫌悪感より先に、不信感が襲ってきたあの時。「そんなわけない」と頭から否定した、第一の理由。
 恋心を抱かれるほど、できた人間ではない。
 むしろ世間一般からは避けられる部類の肩書きを持っているのに、一時の気の迷いや焦りなんかで、惑わせないでほしい。
 どうせいつか、しぼんでなくなってしまうに決まっているのだから。
「十座の気持ちを受け入れてって言ってるんじゃない。否定はしないであげてほしいんだよ。ねえ、きっとこのカンパニーの誰もが、きみのことを大事に思ってるんだから。好意なんてありえないなんて、そんな寂しいこと言うもんじゃないよ」
 気を抜いたつもりはなかったのに、東の術中にまんまと落ちてしまった。
 話を聞いて、なんでもないことのように受け入れて、その上で「お願い」をしてくる、綺麗な顔をした男。
 彼にお願いをされて、悪い気はしないだろう。お願いなら仕方ないと思わせる柔らかな圧力がある。
「ボクだってね、左京くんのこと好きだよ?」
「お前のそれは恋じゃねぇだろ……」
「恋に変えてほしい?」
「ふざけんな、変えんじゃねぇ。そんなもん、アイツの戯れ言だけで十分だ」
 左京はそう言って眼鏡のブリッジを押し上げ、視線を背けた。
 素直に認められるような性格ではないし、気まずくて仕方がない。自分でも気がつかなかった事実を、見抜かれてしまって。他人をガキ呼ばわりしている場合ではない。
「ふふ、慣れてない分、強引にこられたら押し切られてしまいそうだよね、左京くんて。案外早くほだされるかもしれないよ」
「誰が! 俺はあんなガキ相手にするつもりは毛頭ねえからな!」
 はいはい、と東は笑う。子供扱いされているようで腹が立つが、まさか殴りつけるわけにもいかない。
 左京は、ため息ひとつで意識を切り替えた。演者として、切り替えの早さは必要になってくると、無理やり自分を納得させた。
「そんなことより雪白。あのことどうするつもりなんだ、冬組は。他人の色恋沙汰に、首突っ込んでる場合じゃねぇだろ」
「あのこと? ……ああ、タイマンACTのことかな。ボクみたいな素人がいて、太刀打ちできるものじゃないと思うけどね、紬が決めたことに従うつもりだよ」
 またうまくかわしたものだねと、東の少し責めるような視線がよこされ、そして逸らされた。
 結成して間もない冬組に、タイマンACTを申し込んできた劇団がいる。何が気に入らないのか知らないが、主宰はずいぶんと大人げないのだなと、知った時には呆れたものだ。
「ただ……紬がどうもね、丞とモメてるみたいで。タイマンACT以前の問題っていうか」
「入団当初から、何かギスギスしたものを感じるな。今の冬組が、GOD座に勝てるわけがない。雪白、こっちのことは気にしてないで、まず自分たちの組をどうにかしな」
 遠回しに、これ以上余計な口を出すなと告げて、左京はレッスン室を後にする。東の傍にいたら、墓穴を掘ってしまいそうだ。

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金色の曼珠沙華-017-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

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 馬鹿げた恋心を、芝居への情熱に変えてくれるなら、そちらには応えてやりたい。 左京は口の端を上げて、…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-017-


 馬鹿げた恋心を、芝居への情熱に変えてくれるなら、そちらには応えてやりたい。
 左京は口の端を上げて、やろうとしていたルチアーノから、カポネへと意識を切り替え、ランスキーと二人きりで演じるシーンの台詞を吐き出した。
『お前にできるのか? ランスキー』
『情報を横流ししてるヤツがいるんだったら、俺が必ず見つけてみせる』
『ふ……ん?』
『情報が漏れれば、金が入ってこなくなる。見逃せねぇ』
 眉間のしわを深くして、ランスキーは顔を背ける。組織の不利益につながるのなら、黙っていられないと。
 カポネは背けられたその視線の先に回り込み、下からすくい上げるように覗き込んだ。
『てめーが裏切ってる可能性もあるな? 弟の手術に大金がいるんだったら、敵方に情報流して利益を得てる、ってのも考えられるだろ』
『ボス』
 ネクタイの結び目を直してやる仕草を加え、カポネは鋭い眼光でランスキーを射抜いた。
 お前じゃないだろうなという脅迫めいた声音は、下っ端の者なら震え上がっていただろう。
 だがランスキーはルチアーノと並ぶ「ボスのお気に入り」だ。
 結び目を直したその手首を取り、同じく強い力で睨み返してくる。
『俺を疑っているのか』
『俺が信じてんのは、金と、時間と、自分ひとりだけだ』
『……ボス……』
『ルチアーノを見張れ、ランスキー』
 口にした名前に、ランスキーは目を瞠る。カポネの言いつけで、行動を共にするようになった男の名前だ。最初こそウマが合わなかったようだが、今では仕事を通して相棒と呼べる間柄になった相手。
『ルチアーノは違う!』
『なら、お前か? 証拠を持ってこい。ルチアーノでも、お前でもないって証拠をな』
 漏れている情報は、幹部クラスのメンバーしか知らない物もある。
 となると、犯人は限られてくるのだ。
 ランスキーは顔を歪ませて、小さく呟いた。
『……悪魔の証明、だな』
『そう難しいことでもねぇだろう。裏切り者を俺の前に連れてこい、そう言ってるだけだ』
 オトシマエはこちらでつけさせてもらう、とカポネは凶悪に口の端を上げてみせる。今回は、さすがのランスキーも背筋を震わせて絶句した。
 それでも分かったと呟いて、カポネの私室を出ていく。 そうやってランスキーが踵を返した瞬間、左京の集中力が切れる。
「……っ」
 ぐらりと歪む視界の不快さに耐えかねて、体をよろめかせた。
 その肩を、ぐっと支える手のひらがある。兵頭十座のだと、思った。
『大丈夫か、ボス』
 左京は目を瞠った。それは十座ではなく、ランスキーの手のひら。まだ芝居を続けていたのだ。
 もちろん、脚本にこんなシーンはない。ランスキーが部屋を出ていって、一旦暗転のはずだ。だからこそ左京が、気を抜いてしまったというのに。
『ひどく疲れているようだな……まあ、組織に裏切り者がいるんだ、いつ寝首をかかれるか分からねぇし、安眠もできない、か』
 カポネをしっかりと立たせ、ランスキーは苦笑する。組織を裏切っているのはランスキーなのだが、目的は金でしかない。カポネの命には興味がないのだ。そんな心配はするなとでも言いたげな笑みだ。
 左京はぞわりと背筋を震わせた。
 いつのまに、こんなにすんなりと役に入り込むようになったのだろう。
 万里とのシーンはお互いの負けず嫌いも手伝って、演じているうちに、どんどん熱くなっていっているようだが、臣や太一とのシーン、左京とのシーンは、まだどこか遠慮がちで、引っ張っていかないと入り込めないようだったのに。
 やはり兵頭十座の中で「芝居」の優先順位は高いらしいと、嬉しく思うのと同時に恐ろしい。
 これではすぐに追いつかれてしまう。
 若いということは、知らないということだ。
 ただ、兵頭十座にはその「知らないこと」を素直に吸収する土台がある。教えれば、経験を積めば、そのまま自分の技量にしていくだろう。
 羨ましい。
 そう感じている自分に気がついて、カッと頬の熱を上げた。
 経験も、技術も、まだ左京の方が上だ。それなのに、若い才能に嫉妬するなんて大人げないと。
 どうにかカポネに戻って、アドリブで返してやろうと口を開いたその時、レッスン室のドアが開く。
「あれ、稽古のスケジュールを間違えたかな。おはよう十座、左京くん」
 ひょいと顔を出したのは、冬組の雪白東だ。左京はハッと顔を上げて振り向いた。
「あ、いや、自主練で使ってただけだ。今朝は冬組だろ。すまねぇな雪白」
 今朝のレッスン室利用は冬組が優先だ。もう稽古に起きてくる時間なのかと、左京は壁の時計を振り仰ぐ。ちょうどシーンも途切れたことだし、冬組の連中に譲らなければと、十座の傍から離れた。
 ほうっと吐き出された呼吸の音を背中で聞いて、十座が左京を追い越し、東に会釈をしてレッスン室を出ていくのを見送った。

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金色の曼珠沙華-016-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

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 翌朝、十座は誰より早くレッスン室についたつもりだった。「左京さん」 しかし、そこにはストレッチ中の…

金色の曼珠沙華

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 翌朝、十座は誰より早くレッスン室についたつもりだった。
「左京さん」
 しかし、そこにはストレッチ中の左京の姿。
 気まずいな、と思うより早く、顔が見られて嬉しいと思う。
「ああ……早ぇな」
「……っす。昨日、全然できなかったんで……」
 自主練っすと続けると、左京がふいっと視線を背ける。
 それに気がついて、やっぱり避けては通れない話題を、十座はあえて口にした。
「左京さん、あの……俺の気持ち、迷惑っすか」
 左京が逃げられる距離で、左京に手が届いてしまわない距離で、十座は呟く。
 いつもまっすぐ射抜いてくる左京の視線が、今日はやっぱり突き刺さってこない。それが、寂しかった。
「迷惑じゃないとでも思ってんのか。言っておくが、稽古に私情挟みやがったら、ただじゃおかねぇからな」
 分かっていた答えだけれども、左京の声で、目の前で音にされると、心臓はこれ以上ないくらいに痛む。
 ああ、と吐息のように諦めを吐き出して目蓋を伏せ、こくりと唾を飲み込んだ。
「オーケイ、ボス」
 この恋を簡単に諦めることはできない。だけど左京を困らせたくない。兵頭十座のままでは、どうしてもあふれてくる気持ちを抑え込むことが難しい。
 ランスキーは目蓋を持ち上げ、口許に笑みを浮かべてみせた。




 朝早く目が覚めた。左京はベッドの上に起き上がり、大きなため息をつく。昨日あまり眠れなかったせいか、頭がひどく重く感じられた。
 眠れなかった原因ははっきりと分かっていて、久しぶりに自己嫌悪に陥る。
(ガキ相手に……マジで怒ってどうすんだ……)
 はあーともう一度息を吐き、ベッドを下りた。
 昨日少しもまとめられなかったレシートが、机の上に乱雑に広げられている。几帳面な左京にしては、珍しいことだった。いつもならどんなに疲れていても、片付けくらいはするのにだ。
 一昨日、恋らしきものを告白された。
 らしきものというのは、とても本気だとは思えなかったからだ。いや、思いたくなかったからだ。
 よりによって、一回りも年下の男からだなんて。
 百歩譲って、一回り違うだけなら頭でも撫でて、なだめてやったものを、自分より背の高い男相手に、そんな心の余裕などできやしない。
 気まぐれというより、焦りに思えてしょうがなかった。相手の男が――兵頭十座がライバルとしているであろう摂津万里が、どうも恋を知って演技の幅を広げたことが、十座の心を曇らせ、焦らせたのだろう。
 置いていかれるわけにはいかない、誰でもいいから、と――そう思ったに違いない。
 だから信じていなかった。あの泣きそうな顔を見るまでは。
 突っぱねて突き飛ばして、レッスン室を出ていく直前、髪をぐしゃりとかき混ぜ歯を食いしばって、嗚咽を抑えているような十座を見てしまうまでは。
 まさか、本気なのかと、そこで気がついたのだ。
 もう少し真剣に聞いてやるべきだったか、と思うのと同時に、腹立たしかった。
 わき上がってくる、どうしようもない怒りの正体を理解できずに、一昨日は眠れなかったのだ。
 翌朝、廊下で鉢合わせた時も、気まずさといら立たしさで、いつもよりドスの利いた声になっていただろう。
 怒りの正体に気がついたのは、昨日の夕方。
 秋組のみんなで集まって稽古をするはずだったのだが、十座だけが、補習だとかで参加できないことが分かった時だ。
 補習を投げ出していいわけがない。それが本当だったならば、だ。
 だけど左京は、根拠なく、補習は嘘なのだろうと気がついてしまった。
 廊下ですれ違った時の様子からして、避けたかったのだろう。
 気まずい気持ちは分かる。左京自身、気まずくてしょうがなかった。
 それでも、稽古は稽古だと割り切ろうとしていたのに。
 十座は、避けたのだ。
 今でも腹の底から怒りたい。許されることなら殴りつけてやりたい。自分を避けるために、補習なんて卑怯な言い訳をして、稽古を疎かにした十座を。
 十座の、芝居にかける情熱は、大したものだと思っていた。
 どんなに下手でもめげることなく、素直に指導を受け入れて、吸収していくあの素直な土壌は非常に好ましく、成長していく様を見ているのは、とても楽しかったのだ。
 自分にできる限りで育てていこうと、そういう意味では好意を持っていた。
 だけど十座の方は、好意の種類が違っていたのだと気がついた瞬間の、言い様のない焦燥感と怒り。
 不器用だった、今でも不器用な自分に似ているせいか、同じ気持ちでいてほしかった。
 芝居が最優先事項であってほしかった。
 その想いを、裏切られたと思ってしまうのは、左京の身勝手だ。
 十座は自分ではない。それは分かっているのに、気持ちが追いついていかない。
 こっちは、芝居がいちばんなのだと思って接していたのに、違っていたことへの落胆と怒りを抑えきれず、昨日、あろうことか秋組のメンバーの前で、ぶつけてしまった。「補習」を受けて帰ってきた後に、再開させた稽古中、慣れたはずの旗揚げ公演の演目にさえ、集中できていないことが、どうしても我慢できなかったのだ。
 自分の視線を気にして、役に入り込めていない弟子を、そのまま黙って見ていることはできなかった。
 それは多分に、八つ当たりも入っていただろう。
 悪いことをしたとは思っている。
 どこまで本気で、どれだけ真剣なのかは分からないが、恋をあんな風にさらけ出され、盛大に拒絶されるなんて、自分だったら耐えきれない。相手を殴りつけてでも黙らせていただろう。
 だけど十座はそれをしなかった。それどころか、殴りかかってきた万里の拳を止めたのだ。役者の顔をなんだと思ってるんだと。
 そこでまた分からなくなった。
 いったい、兵頭十座の中で「芝居」はどれほど重要な位置にあるのだろう。本気かどうかも分からない「恋」より、上なのか下なのか。人の顔の心配をするほどなのに、最優先にはできないのはどうしてなのだろう。
 黒か、白か。
 人というものは、そこまで単純にできてはいない。理屈では分かっているのに、感情として分からない。
「だいたい……恋愛なんか畑違いだってんだ……」
 左京自身、まともな恋愛とやらをしたことがない。
 その感情を知らないわけではないし、異性の肌だって知っている。気になる女性がいないわけでもない。
 だけど、三十まで生きてきて、人生を上手く運べているかといえばノーだ。
 そんな古市左京のどこに惹かれたのか、一度問いただしてみたいものだと、左京は短く息を吐く。
 ひとまず昨日のことは謝らないといけないなと、レッスン室へと向かう。
 晴れない気分は芝居で晴らしたい。自分以外の誰かになって、忘れてしまえばいい。こんな陰鬱で不愉快な気分は、さっさと吹き飛ばしてしまうに限る。
 ストレッチを終えて、今日は「ルチアーノ」でもやってみようかと目を閉じて額に指先を当て、台詞をたぐり寄せた、その時。
「……左京、さん」
 レッスン室のドアが開き、今いちばん逢いたくない、今いちばん逢わなければならない男が顔を出した。
 驚いているあたり、左京がいると分かっていて来たわけではなさそうだ。
「ああ……早ぇな」
「……っす、昨日、全然できなかったんで……」
 朝が強いタイプには見えないが、こうして朝早く自主練に出てくるあたり、やはり彼に取って芝居は優先順位が高いらしい。
 それとも、左京と同じく、眠れなかったのだろうか。
 左京は十座からふいと目を逸らし、気持ちを落ち着け、何かエチュードでもやるかと口を開きかけた時、それよりも早く十座の声が聞こえた。
「あの、左京さん。俺の気持ち……迷惑っすか」
 目を瞠る。
 まさか、あれだけ打ちのめされておきながら、自ら話題に出してくるとは思っていなかった。
 エチュードが終わったら、どうにかして切り出そうと思っていたのだが、完全にペースが狂ってしまう。
 十座は、左京がいつでも出ていけるようにとか、ドアの前を避け、左京にはどうやっても触れられない距離で、まっすぐに見つめてくる。
 迷惑かと訊かれれば、それは間違いなく、迷惑だ。応えられるわけもなく、できればそんな感情は捨ててほしいとさえ思う。
「迷惑じゃないとでも思ってんのか。言っておくが、稽古に私情挟みやがったら、ただじゃおかねぇからな」
 左京は心の底からの本音を、あえて口にした。ここで濁して、期待を持たせるようなことはできない。そんなものは、優しさでも何でもない。
 十座もそれが分かっていたのか、落胆した様子は見られなかった。口許に諦めた笑みさえ浮かべて、短い吐息が聞こえた。
「オーケイ、ボス」
 そうして目蓋を持ち上げた十座の声は、普段より少しトーンが低い。ボスと言ったところからも、「ランスキー」なのだと理解した。


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金色の曼珠沙華-015-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

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 太一とのやりとりで、少しだけ気分は上昇したものの、気まずいことには変わりない。特にルームメイトの摂…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-015-

 太一とのやりとりで、少しだけ気分は上昇したものの、気まずいことには変わりない。特にルームメイトの摂津万里とは。
 寝ていてくれないか、と願って開けた自室のドアの向こう、万里はまだ就寝していなかった。当然だ、寝るような時間帯ではない。
「……」
「……」
 ベッドの上と、フロアとで、視線が重なる。
 やっぱりどうにも気まずくて、十座は自分から視線を逸らした。
 負けたような気分にはなったけれど、あんな醜態をさらした後では、幾ほども変わらないだろう。
「なあ兵頭、お前さ」
「うるせぇ黙れ」
 はしごに足をかけたところで声をかけられるが、何も話すことなんかないと声を遮る。太一と違って、万里は恐らくストレートにあの時のことを訊いてくるはずだと、顔を背けベッドに上がった。
「左京さんのことマジなんだろ?」
「……うるせぇ黙れ、寝る」
 案の定、気を遣うことも言葉を飾ることもせず、万里は言葉を重ねてきた。
 真剣に恋をしているのは間違いないけれど、あまりこの男には、とやかく言われたくないのも本音である。
「怒るなよ。別に、からかおうってわけじゃねぇんだからよ。協力するつもりもねーけど」
「……あ?」
 笑われると思っていたのに、想像とは違って万里の声は静かだった。
「ただ、お前が悩んでた気持ちは分かるつもりだから。そんだけ」
「…………は?」
「ヤケになるんじゃねーぞっつってんだよ」
 笑うどころか、悩んでいた気持ちは分かるなんて言われてしまって、少々居心地が悪い。
 理解できるということは、少なくとも体感として知っているのだろう。
 人を好きだという気持ち。
 好きになってはいけない相手を、好きになってしまった気持ち。
 そこまで思って、十座はハッと気がつく。
「おい摂津、まさかてめぇも左京さんのこと――」
「なんでそーなるんだよ、ふざけんな!」
 十座は慌てて起き上がり、続いて万里もがばりと体を起こした。どういう誤解だよと、万里は面倒そうに髪をかき混ぜる。誤解なのかと十座はホッとした。
 ただでさえ面倒な相手に惚れてしまったのに、この上ルームメイトが恋敵なんてことになったら、目も当てられない。
「…………俺もおんなじような感じだっつってんだ。理解しろや、アホが」
「おんなじ……? てめーまさか、劇団内に……?」
 さすがにこれは、予想できなかった展開だ。
 好きな女でもできたのかと左京は言っていたが、まさか劇団内になんて。
 しかもこの口振りでは、唯一女性である監督でもないようだ。
「誰だ……?」
「ハ、当ててみな」
 十座は眉を寄せて考え込む。万里といちばん仲がいいのは、春組の茅ヶ崎至だ。深夜にまでゲームをするほどらしいし、その中で恋が芽生えても不思議ではない。
「……至さんか?」
「分かるけどちげぇ」
 だが、どうも至ではないようだ。ならばよく一緒に買い物へ行っている天馬か、秋組の中でいちばん万里を慕っている太一か。そう思って名を出し訊ねてみたのだが、年下に興味はないと却下される。
 かといって、年上で中性的なイメージのある東でもないと、先手を打たれた。てっきり添い寝された時に何かあったのかと思ったが、違うらしい。
 しかしそうなると、対象が限られてくる。そうして十座は、ハッと思い出した。臣が、最近仲がいいらしくてと言っていた相手のことを。
「…………紬さんか?」
 それは、冬組のリーダーでる月岡紬。
「やっと当たりな。てめーと好み合わなくて安心したぜ」
 万里が笑う。分かってみれば納得してしまうけれど、それでも不思議だった。
 一見して趣味も合わなそうな相手なのに、どこでどう何が間違って、そんなことになっているのだろうと。
 それを言ってしまったら、十座の左京への想いも同じなのだが、万里の恋は上手くいっているのだろうか?
「つきあってんのか」
「いや、まだちゃんと告ってもねーよ。まさかてめーに先を越されるとは、思ってなかったけどな」
 ちゃんと、というのはどういう状態だろう。好意があることをにおわせてはいる程度だろうか。
 十座が稽古から逃げて、補習を受けていることになっていた時間帯、万里は紬とカフェに出かけ、彼氏に立候補してもいいかと訊ねている。紬にはそれをストリートACTだと思われ、本気にしてもらえなかったという経緯があるのだが、それは十座の知り得るところではない。
「なあ、なんつって告ったんだよ。あの人のこった、ストレートに言わねーと信じちゃくれねぇだろ」
 万里は口の端を上げてはいるが、先ほど告げてきたように、からかおうと思ってのことではないようだ。
「……ストレートに言っても、信じちゃくれなかった。まあ、その気持ちは分かるけどな」
 左京を好きになったことを、誰にも責められたくない。左京が信じてくれなかったことを、責めたくない。
「あー、だから実力行使ってか。下手打ったんじゃねーのか、それ」
「うるせえ黙れ、寝る」
 言われなくても理解している。
 キスなんてするつもりではなかったのだ。心証はよくないだろう。
 それでも性懲りもなく、左京が好きだ。
 十座はばさっと布団を被り直して、無理やり眠ってしまおうと万里の声を遮った。
 数秒の沈黙があったけれど、天井を見つめたままの十座に、声がかけられる。
「なぁ」
「…………んだよ」
 それは喧嘩の前でも後でもない声音で、万里にしては幼いトーンに聞こえた。
「諦めんの? 左京さんのこと」
 十座はゆっくりと瞬く。疑問符をつけてはいても、それは祈りのようだ。諦めてほしくないという、奥底に眠った本音は、きっと万里自身の恋が叶っていないからだろう。
「……簡単に諦められるくらいなら、最初から言ったりしねぇ」
 諦められる恋ならば、こんなに苦しくなったりしない。
 いつか笑い話になったとしても、左京を好きだという気持ちに変わりはない。
 いつか左京より好きな相手ができたとしても、この恋を忘れることはないだろう。
「初恋なんだ、どうやったら諦められるのかも分からねぇしな」
「……だよなあ、俺もそんな感じだわ」
 万里の、ホッとした声が聞こえる。きっと万里自身は、十座の恋で安堵なんてしたくないのだろうが、伝わってきてしまって、十座は苦笑した。
 まさか劇団一いけ好かない男が、唯一この想いを共有できる相手だなんて。こちらの方こそごめんだがなと声には出さずに思い、目蓋を落とし、そして開いた。
「摂津」
「……んだよ。寝んじゃねーの」
「少し……気が楽になった。こういう想い抱えてんのは俺だけじゃねえのかって、まだ左京さんのこと好きでいてもいいんだって思ったらな。……そんだけだ」
 同性相手のこんな恋なんて、誰にも相談できないと思っていた。もちろん、万里相手に何かを相談しようとは思わないが、同じ想いを抱えている人間がいると知っているのと、そうでないのとは、大きな違いがある。
 自分だけではないという安堵感は、妙な仲間意識を連れてきてしまった。
「てめーに礼言われるなんざ気色悪い」
「礼なんか言ってねぇ。耳悪いのかてめー」
「あァ?」
「んだコラ」
「やんのか」
「寝んじゃねーのかよ」
「てめーが突っ掛かってきてんだろうが!」
「寝かせろよ、昨日眠れなかったんだ……」
 妙な仲間意識が生まれながらも、馴れ合うなんてとんでもない。最終的にはいつものやり取りになってしまって、お互いのため息で打ち切られる。
 あんな風に恋をさらけ出された夜とは思えないほど、穏やかに、十座は眠りについていった。


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金色の曼珠沙華-014-

金色の曼珠沙華 2017.10.01

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 湯気の立つ浴場に足を踏み入れたのは、太一の方が先だった。「あ、十座サン、石鹸取ってくださいッス~」…

金色の曼珠沙華

金色の曼珠沙華-014-


 湯気の立つ浴場に足を踏み入れたのは、太一の方が先だった。
「あ、十座サン、石鹸取ってくださいッス~」
「ああ……ほら」
 いつもと変わりない太一の様子に、ああさすがGOD座にいた役者だなと感じてしまう。何でもない演技をするのは、多分太一の優しさだろう。鼻歌まで歌って、ゴキゲンだ。場の雰囲気が暗くなってしまわないようにと思ってのことだろう。さすがは、秋組のムードメーカーだ。
 泡立てたタオルで体を洗い、髪を洗い、湯船に向かえば、誰が持ち込んだのか黄色いひよこの玩具が、ふよふよ浮かんでいた。
「誰のなのか分かんないんッスよね~。むっちゃんあたりかなぁ~。あ、それとも冬組の誰か……」
 つんつんとひよこをつつき、太一は笑う。そうした後で、表情を曇らせた。
「十座サン、そういえば一個訊きたいんッスけど」
 びく、と体が硬直した。十座の視線が泳ぐ。
「GOD座って、なんでMANKAIカンパニーを目の敵にしてんだろ? 十座サン何か知ってるッスか?」
「あ?」
 面食らってしまう。さっきの今で、太一が訊いてきそうなことなんて、ひとつしかないと思っていたのに。まさかそんなことだなんて。
 太一にとって、他人が誰に恋をしていようと、それがたとえ同性相手だろうと、気に留めるほどのことではなかったのだろうか?
「お、俺が知ってるわけないだろうが。お前は……何も知らされなかったのか? あの時……」
 太一は、GOD座が送り込んできた元スパイだ。
 今回のタイマンACTでも分かるが、GOD座が突っかかってくるのは何か理由があるはずだ。だが太一はふるふると首を振った。
「舞台に立たせてやるって言われて、浮かれるのと同時に怖くなって、何でかなんて訊く余裕なかったッスよ~。まあ、訊いてもあの人が教えてくれるとは思えないッスけどね。でも、訊いておけばよかったなって今なら思う。そうしたら対策何か立てられたよね、カンパニーを守る方法。俺っちにとってここは、大事な場所ッスからね~」
 あんなことをしでかしたのに、受け入れてくれた場所。そう呟く太一の横顔は、普段のどこか幼い様子を隠して、一人前の男に見えた。十座は湯船の中で指を組み、静かに口を開く。
「……怒らねーのか、太一は」
「え? 怒るって……十座サンをッスか? なんでっ?」
「あ、いや……お前の大事な場所で、その……変なモメごと起こしちまって」
「あー、あ、そ、それね、あ、うん、あの、や……ちょっと、びっくりは、したッスけど……」
 太一の顔が、髪と同じく真っ赤に染まっていく。それを見てようやく、ああわざと考えないようにしていただけなんだな、と気がついて、臣のように気が遣えない自分に嫌気が差した。
「で、でもほらっ、仕方ないッスよ、左京にぃはカッコイイし、十座サンが好きになっちゃっても、なんていうか、分かるっていうか、あ、別に俺っちも左京にぃが好きとかじゃなくて」
「悪い……」
「変なモメごとって言うのやめようよ十座サン。恋ってのは、しようと思ってできるもんでもないんッスよ~。大事にしないと! く~、俺っちもいつか、可愛い女の子と運命的な恋に落ちたいッス!」
 ぐ、と拳を握ったせいでしぶきが立つ。
 左京への想いが運命的なものだとは思わないが、しようと思ってした恋でないのは確実だ。
「それに、臣クンも気にしてないと思うッス。ていうか、左京にぃにちょっと怒ってたし、万チャンだってあれ、十座サンのために殴りかかってったでしょ。変なことだと思ってたら、あんなことしないッスよ~」
 万里が十座のためにというのは首を傾げるが、秋組のメンツは十座が心配しているほど、この恋をおかしなものだと思っているわけではないようだ。
 稽古中や公演中に、左京への感情をむき出しにするつもりは毛頭ないが、それならひっそり想っている分には許されるだろうか。
「そうか……」
「そうそう、そうッスよ~、俺っち応援するッス」
「いや、それはやめてくれ太一」
 身近で触れる「恋」に、本人以上に熱を上げそうな太一に、十座はストップをかけた。そうされた太一の方は、わけが分からずに首を傾げる。
 応援されたくない恋なんて、あるのだろうか。
「あ、いや、応援してくれるってのは……こんな状況じゃありがたいんだが、俺の気が大きくなっちまう」
「えーと……調子に乗っちゃうかもってことッスか?」
「ああ、それは左京さんが困る。ただでさえ困らせて、あんなことまで言わせちまったのに。これ以上、俺の気持ち押しつけるわけにはいかねぇだろ」
 十座は顔を背けて俯いた。金輪際ふざけたことを抜かすなとまで言われているのだ、信じてくれたにせよ、左京にとってこの想いが迷惑であることは明白だ。
 これから先も一緒に芝居をするのに、こんな想いは邪魔にしかならない。応援なんてされてしまったら、押し込めて、しまいこんでおけなくなってしまう。
「で、でも、そんなの」
「太一、俺は今のままでいい。昨日は俺の気持ちを信じようとしなかった左京さんが、今日は信じてくれてた。それだけでいいんだ。すまねえな」
 どうにも納得のいっていないような太一を、押さえつけるように続け、十座は口の端を上げた。
 左京が信じてくれた、それだけでいい――そう思うのは嘘じゃない。もともと言うつもりのなかった想いだ、知られたか知られないままかの違いしかない。
「俺は、左京さんと……太一や臣さんと、……まあ、一応、摂津と、一緒に舞台に立てりゃあそれでいいんだよ」
「……十座サンはそういう風に恋をするんッスね……やっぱ男の中の男って感じッス!」
「何言ってんだ」
 十座がそう言うのなら、と太一は先ほどまでの勢いを落としてくれ、浴槽の中ですとんと腰を下ろす。
 初めての恋を、あんな形でさらけ出された後とは思えないほどに、十座の心の中は落ち着いていた。
 それは太一が、臣が、万里が、この気持ちを拒絶しないでいてくれたことが大きいだろう。
 誰一人として、軽蔑もせず受け止めてくれている。あの万里でさえだ。
( ――――本当にここは、食えないヤツらばっかりだ)
 予想もしていなかった恋。予測できなかった享受。
 当人なのに、どこか置いてけぼりになってしまった感覚を味わって、十座は冷えた体を湯船でたっぷりと温めた。


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