No.527

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永遠のブルー-031-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 淡いグレーのスーツに身を包み、跡部はパーティー会場に足を踏み入れる。わずかにブルーがかった生地が、…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-031-


 淡いグレーのスーツに身を包み、跡部はパーティー会場に足を踏み入れる。わずかにブルーがかった生地が、カメラのフラッシュを受けて優美に輝いた。
 メディアにはそれ用の笑顔を向けるのも慣れたが、今日ばかりは作り物でなく心の底からの笑みになりそうだ。
「跡部選手、おめでとうございます。準々決勝では手塚選手と対戦されましたが、今のお気持ちは」
「ありがとうございます。自分の戦績はやはり悔しいですけど、手塚選手には心からの祝福を贈りたいですよ。ああ、ついにやりやがったなと、こみ上げてくるものがありますね」
 軽いインタビューを受ける時も、自分のことより手塚が優勝したことの方が跡部にとっては重要で、悔しがる表情を作るのが難しくて苦笑した。ライバルの成功は本当に嬉しいものだ。
「だが――次に勝つのは、俺だ」
 そうして『跡部景吾』らしく強気にそう言って、記者たちをやり過ごす。
 立食形式のパーティーは、主催者やスポンサーたちの挨拶から始まる。跡部家もスポンサーではあるのだが、ここは社の者に任せておいた。
 乾杯とそこかしこで鳴るグラスの音に耳を傾け、跡部は祝いを告げにやってくるスポンサーたちに対応する。
 ――――あっちも大変そうだな。
 選手の周りには、自然と人だかりができる。それは、栄光を手にした手塚国光も同じことで、まるで磁石のように人を集めていた。
 その様子を横目で見やり、苦笑する。
 相変わらず仏頂面をしているが、いまだにあしらい方に慣れていない不器用なあの男が、とても愛しい。
 試合が終わってから、まだ声をかけられていない。いのいちばんにおめでとうを言いたかったけれども、そんなことは現実的に無理だ。
 同じプレイヤーであることから、彼の傍にいくのは容易だけれども、コーチやトレーナーもいるのだ。
 手塚にとって、跡部は友人であり対戦者になり得るというだけの存在なのだから。それだけでいいのに、贅沢は言っていられない。
 挨拶廻りが終わったら声をかけてみるかと、タイミングを計る。
 だが、さすがに優勝者ともなると次から次へとひっきりなしに人が来るようで、なかなか途切れない。跡部の方は落ち着いて、他の選手とグラスを合わせたりもできているのだが――と何杯目かのワインに口を付けながら、ちらりと横目で見やる。
 ――――あ。
 空中で視線が出逢ってしまった。
 手塚は気まずそうに、今話している男へと視線を移して、再び跡部に目を向けてくる。話を切り上げてこちらへ来たいのだろうなと察せて、口許が緩んでしまう。
 来いよ、とこっそり指先で招いてやるけれど、どうも切りが悪いようだ。跡部はわずかにむっと口を尖らせ、グラスをウェイターに返す。そうして、優雅でいながら速い足取りでつかつかと手塚に歩み寄った。
「失礼、ミスター。彼、あんまり酒に強くないんですよ。少し休ませてやってもよろしいでしょうか?」
 ひょいと手塚のグラスを取り上げながら、相手に非礼を詫びる。唐突な乱入にもかかわらず、跡部の微笑みに気圧されたのか見惚れたのか、男はぱちぱちと目を瞬きながら「こちらこそすまないね」とにこやかに引き下がってくれた。
「跡部」
「ったくお前は、本当にしょうがねえヤツだな」
 取り上げたグラスに残っていたワインを、行儀が悪いかなと思いつつも飲み干してやってから、空のグラスをウエイターに返却する。そのまま人混みを抜けて、隅の方へと移動した。
「すまない、助かった」
「いいけどよ、別に。……優勝、おめでとう」
「ああ、ありがとう。今回は絶対に……勝ちたかったんだ」
 パーティーのざわめきが聞こえる。跡部はようやく祝いを伝えられたことにホッとして、肩の力を抜いた。そうして、改めて手塚を間近で見つめる。――と、ふと気がついた。
「手塚、お前、このスーツ」
 すっと、指先で手塚の左腕をなぞる。するりと滑るような感触と、見覚えのあるダークブルー。
「ああ、着る機会もないからいいと言ったのにな。だが、機会ができた」
「ほら見ろ、俺の言った通りだったろうが」
 小さく頷く手塚の身を包んでいるスリーピースのフォーマルスーツは、以前跡部が無理やり連れていった紳士服店で作らせたものだ。
 成績が上がれば、表彰式やパーティーに呼ばれることも多くなる。国によってはロイヤルと言葉を交わす機会だってあるのだ。昨年まではそういった夜会の類いを断っていたようだが、今回はそうもいかなかったはず。テニス以外頭にないからと店に引っ張っていってよかったと、心の底から思った。
「……似合うぜ、手塚」
 目を細めて、口の端を上げる。世辞でなく、本当によく似合っていた。
 彼に似合う色で、際立たせるデザインを選んだ自分の目に狂いはないと、優越感に浸る。
 惚れた男が、自分の選んだスーツを着ているということがどうにも恥ずかしくて嬉しくて、自分が今どんな顔をしているか分からず、跡部はそっと口許を覆って顔を背けた。
 未だに胸が高鳴るこの事象に、呆れてしまう。そろそろ慣れてもいいだろうに、まだ新鮮なほどに手塚への想いは胸に降り積もっていった。
「跡部、パーティーが終わったらでいい、時間をくれ。話がしたい」
 静かでいて、力強い声が耳に入って、跡部は手塚に向き直る。
 できれば今は直視したくないのだが、傍で見ていたいという矛盾する思いが、彼のまっすぐな視線を受け止めさせた。
「ああ、そうだったな。あんまり遅くまではやらねえはずだから、どこか飲みに行くか?」
 相談事があると言われていたのを思い出し、話がしやすい場所を頭の中でピックアップする。軽く何か食べられる店の方がいいだろうかと考えるけれど、手塚は首を横に振った。
「いや、大事な話なんだ。できれば……」
「……他人には聞かれたくねえってことだな? あー……、じゃあ、俺の部屋来るかよ?」
 指先で上を指す。パーティー会場の上はホテルだ。跡部はここに部屋を取っていた。そこでなら、落ち着いて話すこともできるだろう。
「部屋を取っているのか」
「まあな。というか、年間契約してんだよ。テニスでも仕事でも、こっちに来ることが多いからな」
「…………お前が跡部だということを忘れていた」
「テメェは毎度毎度……。ったく、この俺を捕まえてそんなことのたまうヤツはテメェくらいなもんだぜ」
 いつだかも聞いた台詞だ。だけどそれは不愉快なものではなかった。手塚にとって跡部のバックグラウンドはなんら重要なものではなく、ただ『跡部景吾』という人間として見てくれているのが分かるからだ。
「じゃあ、終わったら部屋で飲み直そうぜ。俺はまだ、お前とグラスを合わせてねえ」
「……ああ、分かった」
 後でな、と手塚の右肩を叩き、跡部はホールへと戻る。
 手塚の相談事というのは、何だろう。他人に聞かれたくない話となれば、ごくプライベートなことである可能性が高い。
 まさかひとつの大会を制しただけで引退など考えていないだろう。拠点を移すにしても、跡部に相談する必要はない。スポンサー関連の打診をしたいというのなら、酒が入った状態ではしないだろう。
 ――――プライベート、……っつったら、…………結婚、か?
 考えられない話ではなかった。手塚ももう二十三だ、すぐに結婚とまではいかなくとも、そういう相手がいたっておかしくない。優勝という栄冠を土産に、その女性にプロポーズでもしたいのだろうか。
 ――――『今は考えないようにしてる』ってのは、そう意識しないと考えちまう相手がいるってこった。……覚悟はしてた。してたが…………きついな。
 あのインタビューを受けた時、跡部はその可能性に気がついていた。
 テニスに集中したいという手塚の気持ち。宣言された、『優勝カップを手にする』という決意。そして、不二が言っていた『そうまでしないと踏ん切りがつかない』という言葉。
 総合して、惚れた相手に大事なことを打ち明けたいのだろうことが分かる。
 さしずめ跡部には、今のうちに式への招待を打診したいというところだろうか。
 跡部は、俯く。
 ――――手塚。
 この恋が叶わないことは最初から分かっていた。生涯秘めておくと決めたこの想いが、消えていきそうにないことも。
 自分が男で、手塚も男である以上、いつかは訪れることだと目を伏せる。だけれど想像よりずっと早かったなとゆっくり息を吐いて、せめて友人として彼の幸福のために尽力してやろうと、俯けていた顔を上げた。
 それでも目を細めてしまったのは、上から降ってくる光が眩しかったせいだ。決して、泣きたかったせいではない。
 泣きたかったせいでは、ない。
 跡部はウエイターにもらったグラスを傾けて、透き通る雫を飲み込んだ。


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