No.397

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右手に殺意を 左手に祈りを-013-

千至WEB再録 2018.10.07

#千至 #片想い #セフレ #ウェブ再録 #右手に殺意を左手に祈りを

 いつ見てもふわふわした髪に気づいて、千景はつま先をその方向へと向ける。ほんの少し元気がないように思…

千至WEB再録

右手に殺意を 左手に祈りを-013-


 いつ見てもふわふわした髪に気づいて、千景はつま先をその方向へと向ける。ほんの少し元気がないように思うのは、気のせいだろうか。
「茅ヶ崎」
「え? ああ、先輩。お疲れ様です」
「今帰りか? 今日稽古ない日だよね」
 そうですね、と若干素っ気ない声が返ってくる。虫の居所が悪いというよりは、居心地が悪そうに見えて、千景は目を細めた。
(やっぱり、そうなのか? 昨日のあれ、見られたから)
 そういえば、朝わざわざ寮に戻って朝食を取った時も、至の態度はどこかよそよそしかったのを思い出す。
 どこに行っていただとか、面倒じゃないのかだとか、そういったことは一切口にされない。
 一〇三号室で寝ていないのは分かっているはずなのに、何も余計なことは訊かないでいてくれる。彼のそんな距離のわきまえ方は、都合がよかった。
 そんな彼が態度を硬化させる理由が、ひとつしか思い当たらない。
 昨日見かけてしまった、万里との抱擁。
 いや、あれは抱擁などというものではなかったが、随分と心を許して、身を預けているように感じられた。
(好きなんだろうな)
 恋という感情は、千景自身よく分からない。
 組織の任務で必要な時は、ある程度の知識とテクニックで、ターゲットを落とすこともあったが、個人的にどうこうなりたい相手などいなかったし、どう感じたらそうなのかも分からない。
 だけど、至が万里に相当気を許しているのは事実で、千景といる時とは明らかに違っていた。
 そして、この逃げ出したそうな態度を考えれば、導き出される結論は。
「……茅ヶ崎、体空いてる? 少し話があるんだけど」
 目に見えて、体が強張る。何の話をするのか、分かっているのだろう。
 拒否権はないよと、小さく続けてやった。
 しかし、何も至に不利な話をするわけではないのだ。どちらかというと、感謝さえされるのではないかと思う。
 俯いて小さく〝はい〟と答えた至に口の端を上げ、何故か痛む心臓をごまかした。



 話をするのに普通のホテルの部屋を選んだことに、下心はなかった。バーやレストランでは他人に聞かれるし、周りのノイズも煩わしい。自分たちが慣れた場所、というだけだ。
「……シャワー、してきますね」
 沈んだ声で、至はいつもと同じ行動を選択する。拒否権はないと言ったのは千景自身だが、そんなに嫌なことならば振り切って逃げればいいものをと、至の腕を掴んで止めた。
「いいよ、今日はそういうことしに来たわけじゃない。話があるって言っただろ」
「え?」
「こういうの、もうやめようかって話」
 ひとつ瞬かれた後、至の目は大きく見開かれる。
 言葉の意味が分からないほど、頭の悪い男ではないはずだ。
「な、んで、いきなり」
「いきなりかな? ちょっと前から思ってたんだけど、茅ヶ崎――好きなヤツいるんだろ。俺に抱かれる時、ものすごく辛そうな顔してたしね」
 は、と至の唇から小さな息が吐かれる。それが分かるくらいの至近距離で、明らかな動揺を感じ取った。
「当ててあげようか。万里」
「なっ――何を言って……馬鹿なことを!」
「だから、解放してあげるよって言ってるんだ。その方がいいだろ? 俺だって、万里の代わりにされてるのは気分良くないし」
 ぐるりと胃が回るようだった。
 叶わない想いを、自分との行為で疑似体験していたのかと思うと、腹立たしい。性欲処理に利用していたのはお互い様なのだから、そこをこれ以上責めるつもりもなかったけれど。
「そろそろ潮時かなと思ってたんだよね。同じ職場ってだけでもアレなのに、同じ劇団内でこんなただれた関係、褒められたものじゃないし」
 終わりを告げる言葉を発するたびに、至の腕を掴む指に力がこもっていく。言葉とは裏腹の指先に、千景自身が戸惑った。
 至の顔が悔しそうに歪んでいく。
「正直に言ったらどうですか……」
「え?」
「ごまかさないで言えば良いでしょう、密に逢えたから俺はもう用済みなんだって!」
 千景は目を瞠って息を止めた。なぜ至が、密の名前を出してくるのか。
 密がディセンバーだと言った覚えはない。ましてや、密の懐に入り込むために、至を利用したことなど、口にしていないはずなのに。
「茅ヶ崎ッ……」
 気がつけば、右手を至の喉元に当てていた。
「う……」
 それに気がついても、放すことができない。動揺があったことも事実だが、これは後々面倒なことになってくるかもしれないのだ。
 なぜ至が密のことを持ち出してくるのか、どこまで知られているのか、探らないといけない。
「何を見た、茅ヶ崎……!」
 喉を締め上げる右手に力を込める。抵抗を予測していたが、至の手どころか、指先さえ、その手を外そうとはしてこない。ただ悲しそうに、寂しそうに見つめてくる瞳があるだけだった。
 視線が至近距離で重なる。
 至との関係を終わらせるのに、いい時期だとは思っていたが、これは少し考え直した方がいいかもしれない。この関係をネタに脅迫するか、懐柔するか、手元に置いておいた方が安全だ。
 密への接触はできたが、記憶がないという状況を考えると、まだあの劇団を辞める時期ではない。
 まだ近くで見ていたいのだ。密がすべてを思い出して、苦しむのを。
 今まで自分が苦しんできた分くらいは、望んだっていいはずだ。
「不用心、ですよね……知られたくないなら、中庭であんな話しするもんじゃないですよ」
 苦しそうな声で、至が答える。
 確かに、密に最後通牒を突きつけたのは中庭だった。焦りがあったのかもしれない。歓迎会の騒がしさで、かき消されるだろうと思っていた、千景の落ち度だ。
「先輩、取り引きしましょう」
 至は喉を締め上げる手に怯えるでも、呆れるでもなく、そう告げてくる。
 千景は自身の落ち度があったこともあり、ゆっくりと手を離し、至を解放した。
「取り引き? 俺相手に、随分と怖い物知らずだな」
「ハハ、俺が先輩のことで知ってる部分なんて、たった一部でしょう。それも、会社での仮面かぶったのと、ベッドの中でのあなたしか知らない。怖がらなきゃいけないような人なんですか?」
「揚げ足を取るな。金か? それとも」
「……誰にも言わないでください、俺に、好きな人がいること」
 至の視線が下向いていく。
 相手の名前を口にはしなかったが、千景には分かってしまう。
 同じ劇団内の男に恋をしているなんて、知られたくないだろう。会社にはもちろん、当の劇団にもだ。
「そうしてくれれば、俺は誰にも言いませんから。密のことも、先輩のことも何も訊かない」
 男に恋をしている――それは確かに立派な取り引き材料にはなるだろうが、弱い。
(へぇ……)
 こちらを脅迫してくるでなく、交換条件を出してくるあたりは好ましかったが、千景はそれを却下した。
「その材料はいらないよ、茅ヶ崎。俺はお前を脅迫する方を選ばせてもらおう」
「脅迫……?」
「お前が少しでも変な素振りを見せたら、俺はお前の大事な相手を殺すよ。傍にいるんだしね、いい人質だ」
 そう言って口の端を上げれば、至の目は驚愕に見開かれていく。
「言わないって言ってるじゃないですか!」
「経験上、他人は信用しないことにしてる」
 裏切られた時の絶望も経験した。相手に対する憎しみも育った。簡単に他人を信用するなという教訓も得られた。
 そんな状態で、ただのセックスフレンドである茅ヶ崎至の提案を、信用などできるわけがない。
「忘れたいんですよ! 先輩と密のこと……見たくなかった、密が危ないかもしれないのに、俺の都合で先輩を見逃すんですよ、最低でしょう! こんなこと考えてるなんて知られたくない、忘れさせてくださいよ!!」
 泣き出しそうな顔をして、至はダンと拳で背後の壁を叩く。ゲーム以外で彼がこんな剣幕になるなんて思わず、千景は目を瞠った。
「確かに、身勝手な取り引き材料だな。ディセンバーの身に危険が及ぶより、自分の気持ちを知られることの方が怖いなんて。……気持ちを打ち明けようとは思わないのか」
「ハッ、言ってどうするんですか、玉砕するのが目に見えてるのに。俺なんか、見てもらえるわけない……」
 知られたくない想いを抱えて、至はそれでも、傍にいたいのだろう。
(忘れたいってのは、俺やディセンバーのことっていうより……万里のこと、かな……)
 言い出せない恋心を押し込めて、閉じ込めて、得る物などあるのだろうか。だが、そこまでして守り抜きたい想いがあるのかと、胸の奥がざわついた。



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