華家
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No.391
千至WEB再録 2018.10.07
#千至 #片想い #セフレ #ウェブ再録 #右手に殺意を左手に祈りを
どういうことだ。 千景は仕事中も、帰宅中も、ずっと考え事をしていた。そのせいで珍しく書類にミスをし…
千至WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2018.10.07 No.391
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どういうことだ。
千景は仕事中も、帰宅中も、ずっと考え事をしていた。そのせいで珍しく書類にミスをして、上長に心配されたくらいだ。
その考え事は、茅ヶ崎至のこと。彼と過ごしたはずの、昨夜のことだ。
大体、おかしなことが多すぎた。
普段他人の傍で眠ることなどないのに、今日はその部屋で起きた。さらに、しっかりとセックスをした形跡があったのに、何も覚えていなかった。すっぽりと記憶が抜け落ちているのだ。
至の端末の中に、笑うディセンバーの写真を見つけて、頭に血が上ったのは覚えている。
腸が煮えくりかえって、端末が手をすり抜けたような記憶は残っていた。
そのあとが、分からない。
記憶がないのは、もしや至に何かされたのかとも思ったが、そんなわけはないとすぐに考えを改めた。
茅ヶ崎至という男は、どこにでもいるエリートサラリーマンというだけだったから。
ディセンバーに、何か言い含められたのかとも考えたけれど、観察のログからはそれらしき接触はなかったはず。
今日職場で見かけた至は、辛そうな顔をしていて、歩くのもしんどそうな様子だった。
彼が忘れていったものを届けた時に、体を強張らせたのは気のせいではないはず。何かがあったのは間違いないようだが、まさか。
(縛った、痕……だった)
至の手首に、見慣れない擦り傷があった。手首をぐるりと回るようについた傷は、転んでできるものではない。明らかに、拘束した痕跡だった。
お互いに緊縛趣味があるわけでもないのに、あの痕は間違いなく昨夜ついたもの。
千景は自身の部屋に帰りつくなり、珍しく鞄を放り出してテーブルで愛機を立ち上げた。
確認したいのは、茅ヶ崎至の観察ログ。レコードは残っているはずだが、今朝は時間がなくて確認できなかったものだ。
再生ボタンを押して、ホテルにいるだろうところまで飛ばす。
『お前はただここで俺を満足させろ』
『先輩! ちょっと、どう……外して、これっ……いやだ、いやっ……』
「――あ……?」
目を瞠った。
ベッドのきしむ音と、衣擦れ。本気の抵抗をしている至の声と、苦痛さの混じる喘ぎ。
思わず、がたりと腰を上げる。
端末はベッドの下に落ちているらしく、映像は撮れていない。だが、音だけでも充分、何があったのかは理解できた。
自分が、何をしたのかは理解ができた。
(茅ヶ崎ッ……)
茅ヶ崎至を、拘束して無理に犯したのだという事実。
『先、輩……っ』
それでもどうしてか、途中から至の抵抗する声が聞こえなくなった。
代わりに、抑えているような喘ぎとうめき。犯されてさえ快楽に溺れ出したのかとも思ったが、それにしては苦痛そうな声が混じっている。
うっ、う、と顔を枕に埋めているようなくぐもった声では、とても快楽を感じているようには思えない。
ベッドのきしみが激しくなり出しても、至からはいつものような声が一切漏れてこない。
「なんで……」
どうしてこんなことをされているのに、彼は一切責めてこなかったのだろう。いっそ全部を受け止めかねない様子が、千景にはどうしても理解できなかった。
ログを巻き戻して、ホテルに入ったあたりから再生し直す。
『他の写真も見ていい?』
『え? あー……いいですよ、そのフォルダなら』
ここはまだ覚えている。ディセンバーの写真を確認したくて、何でもないふうを装って画面をスワイプした。そのあとのことだ、思い出せないのは。
映像が、揺れる。恐らくここで端末を落としてしまったのだろう。
至が驚愕する声と、千景の掠れがちな低い声。
『んで……なんで笑ってるんだ……?』
『先輩……?』
『なんで笑ってるんだ! どうしてそんなにのうのうと生きていられる!』
千景は眉を寄せ、口の前で強く拳を握った。ディセンバーの写真を見て、何も考えられなくなった自分の未熟さが腹立たしい。
『俺を……俺たちを裏切ってまで生き延びて! なんでそんなところで笑っていられるんだ、ディセンバー!』
その名まで口にしてしまっていたのかと、歯を食いしばって俯いた。
至には、オーガストの名を知られてしまっている。頭は悪くない男だ、結びつけて考えるだろう。どれだけか、核心に近いものを想像できているかもしれない。
オーガストがもういないこと。
ディセンバーに殺されたこと。
復讐しか自分の頭にないこと。
(どうする、消すか? 知られたら駄目だ。茅ヶ崎が探り出したら、危ない……また組織のヤツらに嫌み言われるんだ、こんなことでっ……)
自分の落ち度とはいえ、民間人にその名を知られてしまってはいけないのだ。
ただでさえディセンバーの裏切りで、行動を共にしていた自分の立場も危ういのに。この上こんな失態を知られたら、危険分子と見なされ、命さえ危うくなってしまう。
(事故に見せかけて……いや、でも、茅ヶ崎は……)
必要ならば、存在を消してしまわなければいけない。殺しは好かないが、致し方ない――そんな時もある。
そう思おうとしているのに、ログの中で、必死で受け止めようとしている至の声に邪魔をされる。
(茅ヶ崎は、ディセンバーに近づくための大事な駒だ。アイツを消すメリットがないどころか、情報が入りにくくなる。デメリットしかないだろ……!)
ログが再生を続ける中で、千景は頭を抱える。
情報収集というなら、ディセンバーの居所が分かったのだから、他にやりようがいくらでもある。
至がいなければいないで、手を変えるだけだ。それも分かっている。
(不要な殺しをしたくないってだけだ、茅ヶ崎なら、ちょっと口止めでもしておけば踏み込んでこない、オーガストのことを知られた時だって、そうだったじゃないか)
使えるものなら使うだけ、利用価値があるうちは傍に置いていた方がいい。そう思っているはずなのに、心臓が痛い。
(駒なんだよ、あんなの! ディセンバーの居所に繫がったから、ちょっと優しくしてやろうかって思ってただけの! 犯したくらいで、何を動揺してるんだ……アイツだって今日なんでもないみたいにしてただろ)
ディセンバーのことを知られた事実より、オーガストのことを探られる可能性より、心臓が大きく波打つ。
(駒だってだけの相手に、なんだってこんな……!!)
至を犯したという事実が、何よりも腹立たしい。何の落ち度もない人間を、ひどく傷つけたに違いない。つかなくていいはずの傷だった。それを後悔しているだけだと、歯を食いしばる。
こんなことがあった翌日にさえ、何も訊かないでいてくれる相手を、不用意に傷つけてしまった、贖罪の思いがあるだけだと。
無理やりそう思い込んで、千景はその日のログをすべて――消して、愛機を閉じた。
気にしないでいいと言ったのに、千景は週明けにも気まずそうに声をかけてきた。
至はランチの誘いを素直に受けて、ひとときの逢瀬を楽しむ。事情がどうあれ、好きになってしまった相手とは少しでも一緒にいたい。
「カレーはやめてくださいね」
「もしかして、昨日も寮でカレーだったのか?」
「昨日どころか、朝もカレーだったんで……いや美味しいからいいんですけどね」
「了解」
そうして、千景のオススメらしい多国籍料理の店へ、連れていってもらう。
インド風の炊き込みご飯に目を輝かせている至の前で、千景は、白身魚のアクアパッツァにタバスコをかけて、満足そうにフォークを手に取っていた。
「先輩、辛党ですか?」
「そうだな。スパイスとかたくさん使ってある料理は好きだよ」
アクアパッツァが食われていくその口で、〝好きだよ〟なんて音が飛び出てきて、至は喉を詰まらせないようにすることで必死だった。
千景は料理のことを言っているのに、正面にいるというだけで、その言葉が自分に向けられているような錯覚に陥った。
(無理。ない。ありえん)
万が一にも、千景からそんな言葉を投げられることはないと、充分に分かっている。千景の中には大事な相手がいて、その人以外は恐らくどうでも良いのだろう。千景自身を含めて。
「茅ヶ崎、手首、大丈夫か?」
「え? あー……平気です。もう痕もないし」
不意にそう訊ねられ、至はぱちぱちと目を瞬き、視線を逸らした。両の手首についていた痕は綺麗に消えてくれている。これなら他の人たちに怪しまれることもないし、舞台にも差し障りはない。
「っていうか、こんなとこでする会話じゃないでしょ……気にしないでって言ったのに」
「いや、でも……」
「覚えてないんだったら、謝るのさえ不誠実ですよ」
あの日のことを鮮明に覚えていて、それを心から申し訳ないと思っての言葉なら、至も素直に受け入れただろう。だけど、千景は覚えていないのだ。そんな男から実のない謝罪をもらっても、何の意味もない。
「俺が茅ヶ崎にひどいことをしたのは確かだろう。何か、その……詫びとか、できないか」
「いりません。あ、でもここはオゴリですよね」
「ああ、それはもちろん」
そうは言うものの、千景は納得していないようで、じっと視線を向けてくる。何か対価を払ってすっきりしたいのだろうなと、その気持ちは理解できた。
至は千景の瞳を見つめ返し、わずかに下向く。
「じゃあ……いつかでいいんで、俺のお願い一個だけ聞いてもらえます?」
「いつか? お願いってなんだ」
「今は言う時じゃないです」
「なんだそれ、意味が分からない」
分からなくて良いんですよと、至は笑ってみせた。
千景に叶えてもらいたい願いがある。
だけどそれは、今ここで告げても叶わないものだ。笑われるのがオチで、解決にもならない。
「……なんだかよく分からないけど、茅ヶ崎がそれでいいなら」
「はい。じゃあ、この話はもうおしまいってことで。カレーじゃないお昼くらい、楽しく食べさせてくださいよ」
呆れ気味に息を吐く至に、千景がようやくふっと笑ってくれる。そういう顔を見たかったんだと、胸をなで下ろした。
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