No.272

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俺のCandy Star!-035-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 そっと肩を抱き、万里は紬と視線を合わせる。 いい? と小さく囁いてくる万里に、紬はほんの少し躊躇っ…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-035-


 そっと肩を抱き、万里は紬と視線を合わせる。
 いい? と小さく囁いてくる万里に、紬はほんの少し躊躇ってから、目蓋を落とした。
(大丈夫、万里くん上手いし。……平気)
 そのまま待機していれば、万里の口唇がそっと重なってきたのが分かる。
 ぴく、と指先が強張ってしまったけれど、気づかれただろうか。きっと分かってるんだろうなと思いつつ目蓋を持ち上げれば、万里の瞳と出逢ってしまった。慌てて目を閉じると、万里の体が離れていってしまう。
(え、あれ? す、するんじゃないの……?)
 不思議に思って再度目蓋を持ち上げたら、困ったような表情の万里がいた。もしかして今の態度が気に障ったのだろうかと、紬はシャツの裾をきゅっと握った。
「万里くん……? しないの?」
「そりゃ、俺はしたいけど。ほんとにいーのかよ? そんなガチガチに緊張してて。嫌なんだったら、……しねーからさ」
 紬は驚いて目を丸くした。
 緊張しているのは事実だが、イコール嫌だというわけではないのに。
 摂津万里という年下の男の子は、いつもこうして確認してくる。いきなり押し倒されるよりはずっといいけれど、なぜこの件に関することだけ、万里は自信がないのだろう。
「嫌だなんて……言ってないよ? あ、でもいいとも言ってないのか。ごめん……万里くんだから、言わなくても態度で分かると思っちゃった……」
「え、だから、態度で」
「嫌じゃなくても緊張はするじゃない。幕が上がる前とか、楽しいけど緊張するでしょ?」
「その例え」
 紬さんらしいけど、と万里は笑う。それでも、いつもの自信に満ちたものではなかった。
 紬は、どうすれば彼が安心して触れてくれるのかが分からない。
 万里の不安がどこにあるのか分からなければ、それは紬にも伝染する。
 自分が慣れていないから、万里に負担をかけてしまっているのではないか。自分がはっきりしないから、好きではなくなってしまったのではないか。
「俺、ほんとに紬さんのこと好きなんすよ。だから……嫌なことはしたくない」
 珍しく視線を逸らして、眉間に皺を寄せて、決まりが悪そうに呟く。
 紬はそんな万里には申し訳ないが、ホッとした。少なくとも、好きでなくなったわけではないのだと。
 万里の気持ちは何度も聞いていたのに、やっぱり不安というものは伝染するのだろう。
 ならば、逆もしかり。
「あのね万里くん、確かに俺まだ、その……慣れたわけじゃないんだけど……ただ、万里くんが一生懸命俺を好きでいてくれるんだなって、そういうの伝わってきて、嬉しいから。大丈夫だよ」
 マイナスの思考が伝染するなら、プラスの思考も伝染したっていいはずだ。紬は万里の頬を包み正面を向かせ、じっと瞳を見つめ呟いた。
「……嫌じゃないすか、俺とするの」
「嫌じゃないよ。ほんとに嫌だったら、きみを殴り倒していくことくらい、えーと……できると、思う……一応俺も男だし……」
「いやその前に拳止めっし。でも、じゃあ……殴る素振りさえ見せないってのは、そういうふうに捉えていいんすよね」
 うん、と紬が頷くと、万里は嬉しそうに笑った。いつもの自信満々なものでなく、他人を落ち着かせようとしてのものでなく、子供のような笑い顔。
 時折見せてくれるそんな表情を、紬は好ましいと思っていた。
(もう、万里くんは。大人っぽいのか子供っぽいのか、どっちかにしてくれないと、困るな。……かわいくて、困るな)
「紬さん、もっかい訊くけど、……抱いていいっすか」
「……はい。あっ、でもちょっと待って、ごめん!」
 念を押すためにか、万里が確認してくる。それに合意を返しておきながら、紬は慌てて万里との間に手のひらを差しいれて接触を控えた。
「なん……っすかぁこのタイミングで! なに焦らしてんの!?」
 万里は当然出鼻をくじかれて項垂れる。今さら駄目だと言われても、気持ちはもう止まらないのに。
 それは紬にもある程度分かっていて、だからこそ謝ったのだが、万里は聞き入れてくれるだろうか。
「あの、ごめん、するのがどうとかじゃなくて、いつもの……言ってほしいだけ」
 駄目かな? と小首を傾げると、万里がぽかんと口を開けて、次いで噴き出した。
「ぶっは、なにそれ、なにそれアンタもー、可愛い通り越してマジ可愛い」
「……同じじゃない……?」
「違うの。好きだぜ紬さん。大好き」
 可愛いとマジ可愛いの違いが分からなくて、困ったように首を傾げる紬に、万里はいつもの調子で呟いた。
 紬はそれに、ホッとして目を細め、そして閉じた。
 万里から何度も聞いた恋の告白。だから彼の気持ちを疑っているわけではない。
 疑ってしまうのは、万里に好きでいてもらえる自分であるのかどうか。それを確認するように、紬はいつもその言葉を求めてしまう。
 だけど万里はそれを気にした風もなく、いつも嬉しそうに伝えてえくれる。それに甘えてしまっているのは自覚していて、だからこそ、求めてくる万里には応えてあげたい。
 万里の口唇がそっと触れてくる。
 最初のキスよりお互い心構えができているせいか、緊張はそれほどなかった。
「ん……」
 万里はゆっくりと口唇を押し当て、押しつけ、離す。そうして右端に、次に左端に、ちゅっと音を立てて触れた。くすぐったい、と紬が身をよじるのを見越していてだ。
 案の定、笑いながら肩を押しやったら、その油断した隙にすっぽりと口唇を覆ってくる。
 下の口唇を食み、上の口唇に挨拶をし、舌先で丁寧に舐める。端から端まで、ゆっくりと。開いた桜貝の中に押し入って、紬の舌を探し当てて舐ねぶった。
「んっ……ぁ」
(キスは気持ちいいんだけど……やだな、この声。万里くん、嫌じゃないかな……)
 万里はあの日から本当に、キャンディみたいにいろいろなキスをしてくる。
 ゆっくりと触れるだけのもの、不意打ちに頬や額へするもの、息ができなくなるような、深いもの。
 そのどれもが紬には気持ち良くて、毎回変な気分になってしまう。気持ち良くてしがみつきたい思いと、こんな声を出してしまって、嫌われやしないかという思いがない交ぜになって紬の心をかき乱す。

「紬さん、好き……」

 だけどそのたびに、万里からそっと漏れる声。この胸の内に気づかれているとは思わないから、万里が宥めるために言ったのではないと分かる。
 きゅう、と胸が締めつけられて、万里の背を抱かずにはいられない。
 嬉しい。
 すんなりと入り込んでくるその感情。それを伝えたくてか、無意識にか、紬は自ら万里と舌を絡めた。


#シリーズ物 #ウェブ再録