No.270

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俺のCandy Star!-033-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 GOD座の演目が終わる。 無名の劇団相手に、嫌みなほど金をかけ、最大限の力で挑んできた。客席からの…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-033-


 GOD座の演目が終わる。
 無名の劇団相手に、嫌みなほど金をかけ、最大限の力で挑んできた。客席からの感嘆の声も、納得できる出来ではあった。さすがに業界トップクラスと言ったところか。
 セット組み替えの間、客席は休憩時間に入る。GOD座で満足してしまった、あれに勝てる劇団なのかという疑問も多い。
 それが紬たちの耳に入らないといいが、と思いつつ、万里は楽屋へと向かった。
 しかし万里の心配をよそに、楽屋で衣装に着替えている冬組のメンツは、案外落ち着いていた。
「万里、セットは組み終わったの?」
「えっ、あ、ああ、もうすぐ」
「あの広い板の上で演じるワタシのメタトロンを、早く観客に見せたいものだ」
「アリスは大袈裟すぎる……」
「まあ、舞台映えするって意味じゃ、いいけどな……」
「あはは、確かに誉さんの容姿っていうか、立ち居振る舞いは、いい意味で目立つよね。誉さんだけじゃない、東さんも、密くんも。丞はもちろんね」
「紬だってそうでしょ、ふふっ、本当にきみは控えめだよね」
 東の笑いに、紬がそうですか? と首を傾げる。
 もっと緊張しているかと思ったけれど、この分なら大丈夫だ、と壁際で一緒になって笑っているいづみに目をやると、それに気づいて頷いてきた。万里はホッとして、時計を覗き込んだ。
「そろそろだぜ。もう行った方がいい」
 万里の声に、全員の顔が引き締まる。
 ドアを開けてやると、いづみが行きましょう皆さん、と出ていく。ありがとうと東が。いってきますと密が。さすがに緊張してきたよと誉が。昨日は助かったと丞が出ていく。
「俺のミカエルを演じてくるよ、万里くん」
 そして、リーダーである紬が。
「ああ、いってらっしゃい」
 万里はそうやって全員を見送り、客席へと戻った。



 ああ、と万里はホッとする。
(紬さんのミカエルだ)
 板の上、昨日の前楽とは正反対の、いつもの紬のミカエルがいた。
 いや、いつものとも、少し違うような気がした。
 仕草が細かいところはいつも通りだ。
 ミカエルが指さした方向を観客たちが追う。
 人間界の彼女を見つめているだろう視線に、胸が痛くなるほどの切なさが加わっていた。
 ラファエルにもそれが伝わっているのか、諫めるだけだった声に、親友を心配する不安さも混じっている。
 強い意志のもと、メタトロンやウリエルも折れて、ミカエルを人間界に下ろしてしまう。
 彼女に手紙は渡せないよと告げるフィリップも、ミカエルの失恋を労るようなまなざしだ。
 あの広い板の上、ミカエルの恋心が確かに存在している。
 それは客席を巻き込み、ハンカチを取り出す女性の多いこと。
 同じ列で観ている太一なんかは、ボロボロと泣きじゃくっていて、隣の臣にタオルを差し出される始末。カンパニーの全員が、食い入るように、祈りを込めてその世界を見守っていた。
 叶いますように。
 あの恋が、この願いが。
 とりわけ脚本を手がけた綴は強く手を握りしめて、衣装を創り上げた幸は、しわになりそうなほどスカートを握りしめて。そして、恋をしている者は――自分の恋を重ねて。
 間違いなく、今日あの板の上が、この劇場の中が、最高の仕上がりだ。

『お前はもう天使には戻れない。お前という存在は消えてしまうんだぞ?』
『それでも、初めて愛した人を守れて、親友のキミに魂を送ってもらえるんだから、僕は幸せだよ』
『ミカエルの……大馬鹿者……!』

 ミカエルの魂は消え、ラファエルの静かな嘆きが板の上に残り、幕が下りる。
 静寂。
 そして、割れんばかりの拍手喝采。
 湧き起こるブラヴォー、思わず立ち上がる観客たち。地響きか、と思うほどの振動が伝わってくる。
 鳴りやまない拍手で耳が痛くなるなと息を吐いた頃、隣に座っていた十座が、ただ一点を見つめているのに気がついた。左京だ。叶わない恋か、と万里はせめて視線をそらしてやる。
 号泣状態の太一は臣になだめられているし、同じく目元を隠しながら泣いている綴は、涙目の至に笑われているし、椋は泣きながらもきらきらとした笑顔でいるし、やせ我慢している幸と天馬は、泣きたいなら泣けよとお互いに言い合っているし、咲也は真澄にすごかったねと感想を言っているし、普段クールぶっている真澄も素直にそれに応じている。
 三角はなみださんかく~とわけの分からない感動をしているし、シトロン賞をあげたいヨ~とこちらも意味の分からないことを呟いている男もいるし、ミカエルやばたん……と声を震わせている一成もいたし、ごまかすように眼鏡を押し上げる左京もいた。
(まったくウチの連中は)
 そう心で思う万里も、目頭をそっと拭った。
 会場スタッフの誘導に従って、観客たちの投票が行われる。
 万里たち関係者は、観客席で観てはいても、当然投票することができない。一般観客は抽選制だし、本当に実力だけの勝負だ。

 結果は、GOD座四六七票。MANKAIカンパニー四六九票。

 僅差。
 たったの二票差で、MANKAIカンパニーの勝利だ。驚きは、舞台の上の演者はもちろんのこと、客席にまで広がった。
 まさかトップクラスのGOD座が、無名の劇団に負けるだなんて――いや、それよりも、無名の劇団が客席を巻き込んだ世界を創り出して、見事な勝利を収めただなんて――。
 どよめきはやがて歓声に変わり、プレスたちは我先にとインタビューの申し込みに詰め寄る。何しろこれ以上ない下克上だ。なぜ今までこんな劇団が、ほぼ無名だったのかと、不思議がっている。
 勝利の余韻にひたりつつも、それに困惑しているメンバーの様子に気がつき、最初に動いたのは左京だった。無言で十座と万里を指さし、呼ぶ。
 万里は腰を上げ、十座も気がついて、左京のあとについた。臣も立ち上がろうとしたが、号泣状態の太一をなだめてろ、と視線で訴えられて諦めたようだった。
「取材ならきちんと手順を踏め」
「あとでコメントさせっから」
「おい勝手に衣装触んな」
 そう言ってプレスたちを声の圧力で押さえ込み、紬たちから引きはがす。さすがにこのメンツにすごまれて、食い下がってくるような輩はおらず、監督であるいづみに苦笑させた。
「あと、まさかこのまま帰れると思ってねぇだろうな、主宰さんよ」
 そうして左京が、GOD座の主宰である神木坂に詰め寄る。
「金をよこせ。ウチは劇団の存続を賭け、そちらさんは売り上げを賭けたんだ。約束は守ってもらうぞ」
「あ、そういえば!」
 忌ま忌ましい、というように神木坂は表情を歪ませたが、小切手に金額を書いて手渡してくる。左京はそれを確認し、明細を要求する。あとで送る! と吐き捨てて、神木坂は背を向けて行ってしまった。
 そうして左京は、そんな男には目もくれずに、迫田にパソコンを用意させる。
「左京さん?」
「……数字だらけで何がなんだか分からねぇ」
「出納帳? アンタ案外几帳面すよね」
「今回の賭け、売り上げで良かったな。利益の方だったら、足りなかったぜ、監督さん」
「え?」
「完済だ」
 得意げに口の端を上げる左京に、いつの間にか傍にきていた劇団メンツの歓声が続く。
「借金完済おつ」
「おめ!」
「すごいね、勝負に勝てたどころか、借金までなくなるなんて」
「今日は盛大に祝わないとな」
「よし、今日は腕を振るうぞ。十座、何かデザートのリクエストあるか?」
「ティラミス」
「即答」
「うるせぇ」
 そんないつもの言い合いをしながら、片付けと着替えを終えて、幸せ絶頂気分で寮に戻った。
 フルール賞という新たな目標もできて、これからもみんなと一緒に過ごせるのが、全員それぞれに嬉しいようだ。
「改めまして、冬組公演の成功と、タイマンACTの勝利と、それから借金完済を祝して! 打ち上げを開催したいと思います!」
「多いな」
「まあ、祝い事だし多くてもいいじゃないか」
 寮内に、笑い声が響く。
 笑い声しかないなんて、滅多にないことだ。みんながみんな、良くも悪くも他人で、心がひとつにつながることなんて難しいのだから。
 そうして準備ができたところで、冬組リーダーの紬が乾杯の音頭を取る。
「今回無事に勝利できたのは、みんなのサポートのおかげだと思う。本当にありがとう。これからもどうぞよろしく」
「こちらこそ!」
「公演、良かったぜ。夏組も負けないからな」
「秋組だって手加減しねーぜ?」
「あはは、お互いに切磋琢磨して、MANKAIカンパニーを今以上に盛り上げていきましょう! 乾杯!」
 いくつもの、乾杯の声が重なる。グラスがぶつかり合う音がする。早速臣の作った料理に手を伸ばし、勝利を祝う。
「このあんかけ美味いっすね、チリソース?」
「ああ、何にでも合うんだ。白飯にかけてもいいし、焼きそばとか、パスタもいいな。隠し味にママレード入れてあるんだ」
「女子力……つか、ピザがもうなくなりそうなんすけど……どんだけ食うんだアイツら」
「あー……第二弾焼いてくるか。あ、十座、これ左京さんに持ってってやってくれ。お前も手伝ってくれたチヂミな」
「……にんじん切っただけっすけど」
「充分手伝いだろ。ほら早く」
 万里の視界の片隅で、ぎこちない動作で左京に器を持っていく十座が映る。
 ほんの少し躊躇って受け取る左京に、嬉しそうな顔をした。バツが悪そうに顔を背ける左京も見えて、万里はこっそりと笑う。
 さて自分の想い人に、飲み物のおかわりでも注ぎに行こうかと談話室を見渡せば、紬の姿がない。
 ワインや日本酒を開けている東たち大人組の中にも、おにぎりの具について語り合っている集団の中にも、食事の追加を作っているキッチンの方にもいない。
 珍しく、丞の隣には咲也。演技のことについて話しているようだが、やっぱり紬の姿はどこにもなかった。
 トイレかなとも思ってみたが、それにしては五分以上経っても戻ってこない。
 万里はふと思い当たって、グラスを置きそっと談話室を抜け出した。


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