No.267

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俺のCandy Star!-030-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 だが結局、違和感の残るまま幕は降り、ホームでの演目は不完全燃焼のまま終わってしまった。 明日はGO…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-030-


 だが結局、違和感の残るまま幕は降り、ホームでの演目は不完全燃焼のまま終わってしまった。
 明日はGOD座の劇場での勝負だ、道具をすべて向こうに運ばなければいけない。
 カンパニー総出で小道具、大道具を運び出す。雄三や鉄郎まで駆り出して、すべてを運び終わる頃には月が空を飾っていた。
「摂津、紬を知らないか」
 寮へ戻る途中、丞から声をかけられて万里は振り向く。
「は? 紬さん? え、……もしかして、いねーの?」
「楽屋、飛び出してったままなんだ。LIMEも返信ないし、電話にも出ない」
「なっ……」
 万里は目を見開いた。
 てっきり、冬組メンツで反省会でもしているのだろうと思っていたのに。
 丞の慌てようからすると、反省会どころではなかったようだ。
「既読はつくんすか? あー、見てはいるんだ……どこ行ってんだろ、心当たりないんすか」
「寮のレッスン室にも、もちろん部屋にもいなかった。最近お前と仲がいいみたいだったから、もしかしてと思ったんだが……」
「マジかよ……」
 万里はガシガシと髪をかき混ぜる。
 紬の性格を考えると、また考え込んでしまっているのだろう。後悔をひとりで背負い込んで溜め込むのは、紬の悪い癖だ。
 万里は自分の携帯端末を取り出して確認するが、連絡なんて当然来ていない。LIMEでコールしてみるも、出てくれない。
「丞さん、俺が絶対連れて帰るから、冬組メンツのフォローしといてくんねぇ? あ、あと監督ちゃんにも。ぜってー心配してっだろ」
「だけど紬は俺にとって大事な幼馴染みだ。待ってるなんてできないぞ」
「知ってるよ、紬さんがいちばん信頼してんのも、丞さんなんだから。俺が見つけるより早く帰ってくるかもしれねーだろ。そんとき、アンタが出迎えてやらねーでどうすんだっつの」
 とん、と丞の胸を叩く。
「仲直り」してからの二人は、本当に幼馴染みというだけかと思うほど、仲が良くなった。いや、良くなったというより、戻った、のだろう。
 正直それを、心穏やかに見ていることはできなかったが、紬と丞の仲を変に疑うことはしたくなかった。紬が言わないのなら、違うのだと。
「摂津……」
「アンタは、明日に備えてちゃんと休んでな。紬さん帰ってきたら連絡してくれ」
 万里は、丞の了解も取らずに、夜の街へと駆け出していった。



 はあ、とため息を吐く。淹れてもらったマンデリンは冷めかけていて、カップを持っても温かくはなかった。
 どうしよう、と紬は俯く。
 静かなジャズの流れる店内、客足はまばら。それぞれが思い思いの時間を過ごしている中、紬の頭の中は絵筆を洗ったあとの水のように、濁りきっていた。
(どうして、どうしてあんなことしちゃったんだろう。俺の勝手で、わがままで、せっかくのホームでの楽を壊してしまった……)
 芝居を良くしたかった。観ているひと全員が、納得して帰ってもらえるように、改良しようとしたつもりだった。丞のように舞台を引っ張っていけたら――そう思っていたのに、結果は散々だ。
 見る人が見れば、今日の舞台は最悪の出来だっただろう。何か記事を書かれるとしたら、酷評される未来しか見えない。
「丞みたいにはなれないな……」
 GOD座の主宰に言われた、才能がないという言葉は、真実だったんだと、紬は口唇を噛む。
 華がないことなんて演技でカバーしてみせる、と言い切れるほどの力なんてない。
 明日、またあの人に言われてしまうのかと思うと、怖い。才能がないと、役者なんてやめてしまえと、遥か高みから見下ろされるのが怖い。
 紬はそこで、両手で持っていたカップを置いた。
(違う……あの人が怖いんじゃない……才能がないって言われるのが怖いんじゃない……)
 自分に嘘をついて、昔のトラウマを持ち出して、怖がる理由をこじつけているだけだと、口唇を引き結ぶ。
 本当は、
(本当は、また丞に嫌われるのが怖いんだ……。今日だってあんなに怒らせて、失望させたかもしれない……せっかく、俺と芝居したいって言ってくれたのに、絶対にすごく怒ってるよね……)
 逃げ出した過去を掘り起こして、また後悔をして、今日最後に見た丞の顔を思い出す。
 どうしてあんなことをした、と軽蔑さえしそうな顔で怒鳴りつけてきた。
 自分が悪いのだからそれは仕方ない、丞が怒るのも無理はない。
 そこまで思って、紬は冷水でも浴びたかのように、急速に体が冷えていく錯覚を味わった。
 ざわりと、鳥肌が立つ。
(万里くんも……?)
 つい先日この席の向かい側に座って、笑ってくれていたあの年下の男の子も、丞同様に怒っているだろうか。
 いや、怒っていないはずがない。あんな演技をしてしまって、楽しみにしてくれていた彼が、怒らないわけがないのだ。
(ど、どうしよう……万里くんにまで、合わせる顔がなくなるなんて)
 さすがに涙がこみ上げてくる。軽蔑されただろうか。
 それはなくても、もう笑ってここに誘ってくれることはなくなるかもしれない。
 大好きなコーヒーの話を、してくれなくなるかもしれない。
 稽古のあと、LIMEでお疲れと送信してくれることも、朝食のたまごやきを分けてくれることも、中庭の花たちのことで楽しく言葉を交わすことも、なくなるかもしれない。
(どうしよう、やだ……いやだ、嫌だ、万里くん……っ)
 涙を我慢して俯いて、紬はあのカフェラテ色の髪をしたひとを思う。
 いてほしい時に傍にいてくれた、優しい男の子。
 負けそうになった時、「なんとかなるんじゃね?」と夕食のメニューでも話すかのような気楽さで、引き上げてくれていた。
 いてほしかった。今、ここに。
 平気っしょ、なんでもねーって――なんて、あの明るい笑顔で言ってほしい。
(絶対怒ってるのに、無理……きっとあの眉つり上げて、どうしてあんな演技したのって言ってくるに違いないのに……なのに、俺っ……)
 紬は背中を丸めて、吐息と一緒に呟いた。
「……逢いたい……」
 万里に逢いたい。
 温かくなくてもいい、美味しいコーヒーを飲みたい。
 会話なんてなくてもいい、万里の世界にいることを許容してほしい。
(逢いたい……)

「紬さん! いた!」

 幻聴かと思った。万里の声がする。
 紬は思わず顔を上げて、声のした方を振り向く。
 そこには、息を切らせた万里が確かに立っていた。
「え……万里くん……? ……どうして、なんでっ?」
「どうしてじゃねーよアンタもー、心配すっだろ、電話にくらい出ろ!」
 ズカズカとフロアを突っ切り、万里はすぐに窓際のテーブルまでやってくる。ダン、とテーブルを叩かれて、やっぱり怒っているのだと、紬は肩を竦めた。震えていた端末は、どうせ丞や監督からの連絡だろうと思っていたのに、まさか万里からも来ていたなんて。
「ご、ごめん……俺、でも、よくここが」
 あ、と紬は気づく。万里の背後、カウンターの向こう側で、この店のマスターがホッと安堵したような表情を見せたのを。
 きっとマスターが心配して、万里に連絡してくれたのだろう。
「……帰ろ、紬さん。みんな心配してっから。つか丞さんがすげぇ慌ててんだよ。あ、連絡しとかねーと。紬さん確保、っと」
 万里はそう言って、端末でLIMEを操作する。
 紬はその様子を、信じられないものでも見るような思いで眺めていた。万里から、思っていたほどの怒りが感じられない。紬を見つけて、安堵して忘れているだけなのだろうか。
「心配……」
「そーだよ、あんな演技して。楽屋飛び出してったんだって? 心配、すんだろ。あ、マスター、ブレンド」
 万里は丞への連絡を終えて、大仰なため息とともに椅子を引き、紬の向かい側に腰をかけた。
 え、と紬は目を瞠る。
 万里とは、もうこうやって一緒にコーヒーを飲むことはできないと、ついさっき思ったばかりなのに。当の本人に、それを覆されてしまった。
「一杯だけつきあって、紬さん」
 万里は目の前で、笑ってくれる。軽蔑も怒りもなく、かといって見放したわけでもない。
 紬は、不思議でしょうがなかった。あんな失態を犯した自分に、どうしてまだ笑いかけてくれるのだろうか。
 マスターが運んできてくれた、熱いブレンドのカップを持ち上げて、万里はやっと一息ついたようだった。


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