No.265

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俺のCandy Star!-028-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 そうして、GOD座とのタイマンACTのテーマも天使に決まり、皆木綴はかつてないスピードで脚本を仕上…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-028-


 そうして、GOD座とのタイマンACTのテーマも天使に決まり、皆木綴はかつてないスピードで脚本を仕上げてきた。気合いの入り方が違うということだろうか。
「天使」をテーマに戦うということで、衣装係の瑠璃川幸も熱が入る。予算の引き上げを渋る左京でさえ、補填は後でもできるなどと言う始末。
「すごいね、これ……」
「カンパニー総出で挑む感じだからな。演じるのはアンタら冬組だけど、俺ら他の組は裏方でサポートするぜ」
 熱気、という言葉をこれほど痛感したことはないと紬は思う。
 外せなかったバイトの帰り、買い出しに出掛けていたらしい万里とばったり出逢ってしまったのは、本当に偶然だった。
 その手には、大量の布が詰め込まれた買い物袋。これから幸と、最終的な衣装チェックなのだとか。
「幸くん、こういうのは自分で買い付けるのかと思ってたけど」
「今手が離せないんだとよ。素材さえ決まってりゃ、店員に訊けるからって」
「な、なんだか申し訳ない感じだな……こんなに大事になるとは思ってなかった」
「なに言ってんだ、主役がよ。俺は楽しんでるけどな。衣装とか手伝うのもいいもんだ」
 そう言って笑う万里に、紬は少し先の方向を指さす。
「えっと、じゃあ……お茶に誘うのも難しい、かな。息抜き?」
 万里が驚いて目を瞬く。そして間を置かずに「んなわけねーじゃん」と返してきた。
「紬さんから誘ってくれんの久々じゃね? ここしばらく時間合わなかったし」
「そうだね、特に俺が脚本読みで時間取られてたから。一杯だけ、つきあってくれる?」
「おつきあいなら喜んで」
「そういう話じゃなくてね」
 そんなことを言い合いながら、お気に入りのカフェに向かう。
 会話の端々に、分かりやすいアプローチを挟んでくる万里のあしらい方も、慣れてしまった。
 よく飽きないなあと思うほど、万里はことあるごとに想いを告げてくる。
 優しい声は耳に心地良く、勝ち気な笑顔は怖いものなんてないと勇気をくれた。
「初日、明後日だな。台詞もうバッチリすか?」
 このカフェに来るのは紬は三度目。薫り高いブレンドは、もちろん万里のおすすめだった。
「うん、入ってる。昨日また変えられたけどね」
「あー、丞さんと綴がやりあってたな。どっちの言い分も分かるけど。アドリブでやらない辺り丞さんらしい」
「最初はひとまず堅実にっていうのが、丞とのやり方だからかな。慣れてくるとひどいよ?」
「そーなんすか? ……さすが幼なじみ、よく分かってんのな」
 珍しくむくれる万里に首を傾げ、その理由を探してみる。まさかとは思いつつ、やきもち? と笑ってみたら、否定は返ってこなかった。
(かわいい。万里くんて、大人っぽいなって思ってたけど、案外子供なところもあるよね。きっとまだ知らない顔を隠してるんだ)
 その時、テーブルにコトリと小さなスコーンが運ばれてくる。
「あ? マスター、何これ」
 だが紬はオーダーしていない。万里もだ。
 それを運んできたのは、この店を取り仕切るマスター。口許のヒゲがなんとも渋い男だった。
「はい、サービスね」
「えっ? でも」
「万里ちゃん、今日はつむちゃんも来られたのね、良かったじゃない」
 少し女性的な話し方をするこのマスターは、どうも万里を気に入っているらしく、「万里ちゃん」と呼ぶ。劇団の誰もしない呼び方だ。
 万里はそれが気に食わないらしく、「万里ちゃんはヤメロ」と睨むが、マスターの方は気にも留めていない。
 まるで親戚のおじさんが、甥っ子をかわいがるかのような言動を、紬は初めてこのカフェに来たときから微笑ましく眺めていた。
「えっ、あれ、今日は、って……?」
 そして、いつも一人で来る万里と連れ立ってきたという理由でか、紬のことをつむちゃんと呼ぶ。
 そんな可愛らしい愛称で呼ばれる年齢でもないのだが、不愉快なものではない。
 紬はマスターを振り仰ぎ、言葉の真意を訊ねてみた。
「万里ちゃんねぇ、ここ数日は一人で来てたのよ。毎回そこに座ってね。つむちゃんとここ来た時のこと思い出して嬉しそうにしたり、向かい側につむちゃんがいないから寂しそうにしたりねぇ……かわいいったらなかったわ」
「えっ……」
「んな顔してねぇって!」
 抗議する万里だが、顔が赤い。この席は、初めて万里につれてきてもらってから以来の、お決まりの場所だ。
 窓際、隅っこ、カウンターからちらりと見える。そんな静かな場所。
 窓際に並べられた鉢植えは、手入れが行き届いており、紬は毎回、元気に咲く花を見るのが好きだった。
 万里はここで、紬と過ごした時のことを、これから過ごせることを思って、コーヒーを飲んでいたのだろうか。
「万里くん……」
「……だぁから、別に、深い意味はねぇんだっつの……紬さんがこの席好きみたいだったから、空いてりゃ選ぶだけで」
「一昨日なんかね、空くまでカウンターで飲んでたのよ、この子」
「今言うか……っ……!」
 自然と、紬の口許が緩んでいく。
 万里は本当に、一生懸命好きでいてくれる。
 自分のどこをそんなに気に入ってくれたのか分からないが、その気持ちを嬉しいと思うほどには、万里が近くなっていた。
「公演始まったら、頻繁には来られなくなっちゃうかもだけど、また誘ってね、万里くん」
 そう言って、スコーンをサービスしてくれたマスターに礼を告げて口へと運ぶ。悪くない反応だと万里も気づいてか、笑ってくれた。
「トーゼンっしょ」
 明後日が初日だというのに、緊張よりも楽しみの方が勝っている。
 そんなポジティブな思考は、我ながら珍しいなと思いつつ、紬は嬉しそうにブレンドをすする万里を、ずっと眺めていた。


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