華家
-HANAYA-
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No.245
俺のCandy Star! 2017.07.17
#シリーズ物 #ウェブ再録
古市左京は、ふとおかしなことに気がついた。 いや、おかしなというのも語弊があるのだが、視線の先にい…
俺のCandy Star!
favorite いいね ありがとうございます! 2017.07.17 No.245
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古市左京は、ふとおかしなことに気がついた。
いや、おかしなというのも語弊があるのだが、視線の先にいる男の仕草が、明らかに先日より良くなっている。
摂津万里は勘の良い男だと思う。若いということもあるだろうが、技術を吸収しやすい素質もあるのだろう。
入団当初からは考えられないほど、真面目に稽古に参加しているのは、当然と言ってしまえばそれまでだが、良い傾向だ。
『ランスキー、表はやっぱ固められてるぜ。どうする』
『どうするもこうするも、突破するしかないだろうルチアーノ』
『だーな。早いところこんなとこ抜け出して、いい女抱きてーわ』
『生きて帰って美女を抱くのが勝利者、か。お前はそればっかりだな』
うるせーよ、とルチアーノが弾の装填を終える。ランスキーと視線を交わして、ふたり同じタイミングで足を踏み出し、敵側の弾を避けて突破口を作る――そんなシーンだ。犬猿の仲だったふたりの距離が一気に縮まる、見せ場でもある。
秋組の公演としてここは成功を収めたし、素人の集団にしては、かなりできが良かった。
四組ある劇団で、今は冬組のできあがりを待っている最中。順番的に言えば、そのあとは春夏の第二公演が控えていて、秋組が舞台に立つのはまだまだ先になる。
だからといって、稽古をサボることはできない。慣れた旗揚げ公演、世に出ている映画やドラマのトレースなどを繰り返している。
稽古に変化は付けているつもりだし、基礎力の底上げを、地道に行っていかなければいけない時期だ。
だが、これはどうしたことだろう。
(摂津の演技が、変わった……?)
具体的にどこがどう、というわけではない。
アドリブを挟んでくるのはいつものことだし、それにどう返そうか迷う十座がいるのも、いつものことだ。だけど、違う。
「……伏見、摂津のヤツどう思う?」
「万里ですか? 上手いこと、みんなを引っ張っていくようになってくれましたよね」
隣で二人の演技を見ていた臣に訊ねてみるけれど、左京の望んでいるような答えは返ってこない。
入団当初の生意気っぷりを知っていれば、臣がそうやって安堵するのも分かるのだ。そういう意味では、望んだ答えでもある。
(まあ小せぇ変化だしな……俺の気のせいかもしれん。……あ)
そう思った端から、気のせいでないと否定もする。
敵の弾がかすったのか、ルチアーノに血を拭う仕草が加えられている。先日にはなかったものだ。その仕草にランスキーが気づいて、さりげなくを庇うように立ち回る。
万里の演技に引っ張られて、十座もどんどんのめり込んでいっているように見えた。
そうして、シーンが途切れる。
「なあ、休憩はさまね?」
「ああ……ちょっと走りすぎた」
場から二人が戻ってくる。かっけ~ッス、とタオルを渡すワンコもとい太一に、とーぜんだろと笑って返す万里をちらりと見やり、左京は隣にもたれた十座に顔を向けた。
「ずいぶん入り込んでたな、兵頭」
「……摂津のやろーがアドリブ入れてくるんで、なりきらないとやってらんねぇんす」
「ああ、切り返しがスムーズだった。上手くなったじゃねぇか」
「あざす」
十座の、芝居に対する熱は、左京にとってもいい刺激になっている。
一回りも下のガキどもと競えるか、と一線を置いていたのだが、そんな逃げを蹴散らしさえするほどの勢いがあるのだ。指導をすれば素直に受け入れるし、その通りに吸収していく。成長していく姿を見るのは、なんとも楽しい気分だった。
今は言う通りにしかしてこないかもしれないが、やがては自分の意見というものを持って、左京とやりあうことになるかもしれない。
「兵頭。摂津の演技……何か気づいたか?」
「え? 演技、すか?」
左京は今のシーンを、外野として見ていただけだが、同じあの場で演じていた十座には、どう感じられただろうか。
そこに気づく段階までは、まだ成長していないかもしれないが、これをきっかけに十座自身の、そして左京自身の演技も変わっていくかもしれない。
十座は少し考え込んでいるようだったが、師匠の問いかけには何かあるのだと気づいて、真剣に向き合ってくれている。
「どうって、なんかその……今日もアドリブは多かったんすけど、それは別に不思議なことでもねーんで、省くとして。……左京さんの言いたいことに適ってるかどうかは分かんねぇが……」
「なんだ」
「なんか、丁寧っていうか……小さい仕草がやけに目についた、かな、とは……思います。目についたってのが正しい表現とは思わねーけど」
正直、そんなに期待はしていなかったのだが、十座はちゃんと気がついていた。左京はひとつ瞬きをして、十座の言葉を引き継ぐ。
「良い意味で目立ってんだな。色気がある。指先の動きひとつ、視線のやり方ひとつ。弾の装填にぞくりときたのは初めてだ」
ああ、と十座の納得が音になって返ってくる。正直、生意気なガキに使いたい言葉ではないが、色気があるというのは決していやらしい意味ではない。
「なんていうか、あれは」
「そうだな、あれは」
他に表現できる言葉はないかと探して、口を開いた。
「艶、っぽい」
「艶っていうか」
自分以外にもうひとつ同じ音がして、思わず隣を振り向く。驚いたことに、十座と声が重なったのだ。
十座も驚いたようで、目をぱちぱちと瞬いている。
「……っふ、は、まさかな、お前の口から艶なんて出てくるとは思わなかったぜ。摂津相手になあ」
「……左京さん、それアイツにはぜってー言うなよ。あんなのにちょっとどきっとしたとか、知られたくね、……あ」
「したんだな」
「…………聞かなかったことにしてくれ……」
左京は笑い、普段の二人からは考えつかない事態に、肩をすくめた。気まずそうに睨みつけてくる十座は、しまったと項垂れる。
こういうところは素直なのに、どうして万里とはケンカばかりなのだと、息を吐いた。
「お前も、艶のある演技ってヤツ目指せばいいだろう」
「そんなん、簡単にできるもんでもねーだろうが……アンタと違って、俺はまだまだ、……力が足りねぇ」
「ま、そのうちな。しかし摂津のやつ……女でもできたのか? いい傾向ではあるが、……兵頭? どうした」
じっとこちらを見つめたままの十座に気がつき、左京は声をかける。それにハッとして、十座は視線を背けた。
「女できると……ああいうのやれるんすか」
「別に女作れってんじゃねぇ。プライベートの変化は、芝居にも出てくる。誰かを真剣に想う気持ちはな、人を成長させんだよ。それくらい理解しろ、ガキ」
ため息交じりにそう返してやると、十座は口唇を引き結んで俯く。きっとまだ恋の一つもしたことがないのだろう。
そう解釈して、万里の変化を思い起こす。
指先の細かな動きは、惚れた相手に触れることを思ってのことだろうか。視線の中に含まれる熱は、惚れた相手を追いかける時のものだろうか。
何にしろ、よい傾向である。
あの生意気なガキを射止めた相手、というのも気になるところだが、演技に悪影響が出ないならば誰でもいいと、左京は腕を組んで満足そうに微笑んだ。
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