華家
-HANAYA-
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No.240
俺のCandy Star! 2017.07.17
#シリーズ物 #ウェブ再録
「万里くんはよくカフェに来たりするの? それともここだけ?」 一通りブレンドコーヒーを味わった紬が、…
俺のCandy Star!
favorite いいね ありがとうございます! 2017.07.17 No.240
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「万里くんはよくカフェに来たりするの? それともここだけ?」
一通りブレンドコーヒーを味わった紬が、そう訊ねてくる。万里は携帯端末に伸ばしかけた手を止めて、でもやっぱり伸ばして、紬の問いかけに答えた。
「んー、ここはお気に入りの一つってとこっすかね。俺、こういうとこでコーヒー飲むの好きなんすけど、いい味に出逢うとすっげぇ嬉しいの。フルコンボ決めた時くれーかな」
「フル……? ゲーム? そうなんだ。俺もね、カフェ見つけると入っちゃうんだ。今日もそう」
万里のゲームの話に興味はなさそうだが、ニュアンスとして受け止められているらしい。
ちょうどよかった、と万里は思う。紬とは、ゲームの話で盛り上がりたいわけではない。
寮に戻れば半強制的に至と盛り上がれるし、そういうものは期待していない。
「ここ、よく見つけたっすよね。道路に面してないから、一見だと入りづらいのにさ」
「あはは、俺も最初、ここカフェかな? って迷ったよ。でも、ドアが好みの感じだったんだ」
「ドアで判断とか初めて聞いたわ」
「そう? ドアっていうか、外観っていうか。ピンとくる時ない? あ、万里くんは味重視なんだね。そうか……面白いな」
面白い? と万里は首を傾げる。
確かにドアで判断する紬は面白いと思うが、味を重視する万里に、何の不思議があるのだろう。
「理由は違っても、行き着くところは同じなんだよね。芝居を観るときも、多分……演じる時も」
紬の顔がふっと曇る。紬は演じることが苦手なのだろうか、と万里は視線だけで追いかける。いや、そんなはずはないと即座に否定した。
演じることが苦手な人間が、あんなに繊細な仕草をできるものか。
紬の演技をちゃんと観たのは、オーディションとストリートACTの一回ずつだけだ。
それでも、台詞もなしに世界を作っていた紬を忘れていないし、視線ひとつで「柄の悪い若頭」をいなしてきた紬のことも忘れていない。
基礎がしっかりできているのはもちろん、そのひとつひとつを丁寧に演じているのが、万里にさえ伝わってきたのだ。この男が演じることが苦手だなんて、まさかそんなことはないだろう。
「まぁ……そーすね。俺は別に、店の雰囲気とかどーでもいいし。いつも一人だから、気が向いた時に良さそうなとこ探して入るくらい。そんで、初めての店はまずブレンド頼む」
「なんでブレンドなの? 確かにここのブレンド、すごく飲みやすいけど」
「その店のこだわり具合が一発で分かる。ま、好みの問題だろうけど。豆に金かけてりゃいいってもんでもないし、カフェラテとかカプチーノの黄金比が絶妙ってだけじゃ、結構普通だし?」
「ああ……そうか、独自の調合だもんね。チェーン店なら別だけど」
紬もカフェによく行くというのが、その発言でよく分かる。事細かに説明しなくても、万里の言いたいことを分かってくれたようだ。豆の産地、煎り具合、抽出の方法。それらすべてが、万里には重要なのだ。
「あとは、砂糖も結構大事かな。種類あるじゃん」
「砂糖も!? へえ、こだわりスゴイね。あ、でも俺も、置いてある雑貨とか観葉植物には、目が行っちゃうな。季節のものを置いてるとことか、店の商品にちなんだもの置いてあると、それだけでお気に入りになっちゃう」
あとは――と互いの声が重なる。
「椅子」
「椅子」
間を置かずに続けた声も、同じタイミング、同じ言葉で、万里も紬も、お互いに驚いた。
目を見開いて、瞬いて、ふっと噴き出す。
「そこ、大事っすよね」
「そうだね。ずっと座ってることになるから、心地良いものじゃないと」
「柔らかすぎてもダメだし」
「硬すぎてもダメかな」
くっくっと笑う万里の肩が震える。言おうとしたことを言われてしまって、だけど不快な気分にはならない。むしろ気分がいい。カフェを探す理由が違うのに、気になるところは同じ。
「紬さんのおすすめの店とか教えてくださいよ。どっか近く?」
「え、あ、えっとね……手帳に店のカード貼ってるんだけど……」
「アナログ」
「あっ、俺ちょっと機械が苦手で」
「苦手にも程があんだろ」
はい、と手帳を渡されて、万里は少し眉を寄せた。手帳なんて、個人情報の塊ではないのか。それを言ったら、携帯端末だってそうなのだけれど、なんだか気が引けてしまう。
劇団の仲間とはいえ、知り合ったばかりの相手にほいほい渡すような無防備さで、よくも今まで無事生きてこられたものだと息を吐いた。
「万里くん?」
「見ていーんすか」
「見ていいから渡してるんだよ?」
「あー……」
危なっかしい人だなと思いつつも、口には出さないで、万里はぱらりとページをめくった。
紬らしい丁寧な字で、今まで行ったカフェのデータが書いてある。
最寄り駅、店の名前、特徴、雰囲気、オーダーしたもの、ひと言感想。
(女子か)
几帳面なんだろうなと思うが、特に鼻につくような雰囲気はない。所々に入れられたイラストは、花だろうか、可愛らしい。知らず口許が緩んでいった。
「万里くんのおすすめは?」
「あー、俺は頭ん中にデータ入ってっから。メモとかしたことねーし」
「えっ、全部覚えてるの?」
「よゆー。あ、この店俺も好き。確か月ごとにブレンド違ってんすよね」
「すごいね万里くん、記憶力いいんだ。勉強も得意?」
「そこそこ」
得意というわけではない。ただ、できるだけだ。授業なんて一回聞けば分かるし、なんなら教科書を見るだけで理解もできる。
ただ、できすぎても困るのだ。教師たちからの期待やら何やら。それを知っているから、万里はほどほどに「できる」生徒でいる。
勉強だけではない。生まれてからこれまで、「できなかった」ことがない。
やり方はすぐに覚えられたし、覚えてしまえばゴールまでは最短距離で行ける。努力をしているわけではないが、できてしまう。
「つまんねーすよ? できた後はなんも目標なくなるから。すげーってよく言われるけど、俺からしたらできないことの方が不思議」
「ああ……なるほど、だからなんだね」
「何が?」
「万里くんの、自信いっぱいの仕草の中で、たまに退屈そうに指先が止まるの」
肩を竦めた紬に、万里は目を見開いた。
今の今まで自覚していなかったけれど、他人から見たらそうなのだろうか? いや、今までそんなことは言われたことがない。退屈そうだなんて、思っていても言われたことなんかなかったのだ。
確かに退屈だった。
勉強も遊びもケンカも、犯罪スレスレのことまでやってきて、それでもアツくなれるものなんて、ひとつもなかった。
「……紬さんて、いつもそーなんすか」
「え?」
「なんか、……見透かされてる気がする。居心地わりい」
「えっあっ、ご、ごめん、気に障ったなら謝るよ。俺のクセ……なのかな、人の内側見ちゃうの……本当にごめん、気をつける」
居心地が悪いと思ったのは本当だが、それは自覚していなかったものすら、浮き出てしまいそうだからだ。紬の方こそ、居心地が悪そうに視線を逸らしてしまって、万里はぽりぽりと頭をかく。
「いや、別にいーんすけど……クセっていうかそれ、無意識に人の動向探って、衝突しない方向模索してんじゃないすか? なんか……相手に嫌われないように、顔色窺ってる感じ」
言ってから、しまったと思う。紬の瞳が大きく見開かれて、体が硬直したのが、万里の位置からでも見て取れたからだ。
あんまりいい言葉じゃなかったなと思っても、音にしたものは戻ってこない。
「あー、悪い、今のすげーやな言い方だった。謝るわ。アンタのそのやり方が悪いってんじゃなくて、芝居する時もそうやって周りを見てんのかなって、そう思っただけで、他意はねーの」
珍しく、自覚していて珍しく、万里は自分から謝罪をこぼす。とっさの言い訳になってしまったが、うまくかわせているとは思う。紬の瞳が、ホッとしたように元の大きさに戻っていった。
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