No.239

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俺のCandy Star!-001-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 来い、来い。 ゲージ満タン、メンツ最強、装備もレベルマックス、後は敵のエリアに入るタイミング。 摂…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-001-



 来い、来い。
 ゲージ満タン、メンツ最強、装備もレベルマックス、後は敵のエリアに入るタイミング。
 摂津万里は、平日の放課後、実は六限だけサボって優雅な時間を過ごしていた。
 いや、手に握られた携帯端末の世界は、特に優雅でもないのだけれども、静かなカフェで、コーヒーの香りに包まれながら画面をタップする時間は、万里にとって至福のひととき以外の何物でもなかった。
(っしゃ、来い!)
 タイミングを計って、今だ、と思うところで攻撃のボタンをタップ――
「万里くん?」
 カッと見開いた瞳の中に、突然入ってくる顔と、耳に入り込んできた声。万里は集中していた気を逸らされて、タイミングを逸した。
「だあぁっ! フルチェイン逃した……っ」
 最強コンボでの攻撃タイミングは、本当に一瞬だ。もう今からでは、敵を一撃で倒すほどのリンクスキルが得られない。万里はがっくりと項垂れた。滅多に来ないタイミングだっただけに、惜しいことをしたと。
「あっ、あっ、ご、ごめん……何か邪魔しちゃったみたいだね……」
 そんな万里の様子に、悪いことをしたと思った相手が、すまなそうに声をかけてくる。万里はそこでようやく、声をかけてきた相手を認識した。
「あれ……紬さん? 何やってんすか、こんなところで」
 その相手は、つい四日ほど前に存在を認識した男。万里が所属している劇団・MANKAIカンパニーのオーディションで見事入団を果たした、月岡紬だった。
 外見に反さず柔らかな物腰と、それを上乗せするかのような、自信なさそうな仕草と口調が、万里の頭に残っている。
「何って……コーヒーを飲みに。ところで万里くん……学校は? 花咲からだと、この時間にここにいるの無理じゃない?」
「えーあー……」
 紬が腕を持ち上げて腕時計を眺める。そんなところだけ頭の回転が速い、と万里は視線を逸らす。別に親でもないのだから、サボりがバレたところでなんでもないのだが、バツが悪い。
「あ、でも走ってくれば大丈夫なのかな? 万里くん、このお店好きなんだね」
「えええ……そうくるか」
 万里は目を見開いて驚く。その発想はなかったと。
 確かにこの店は好きだが、六限までこなして、その後ダッシュで来るほど大好きというわけでもない。数量限定のコーヒーでもあれば別だが、そんなものがあれば、ハナから学校なんて行かずにここに寄っている。
 紬の頭の中に、「サボり」という言葉は存在していないのか、それとも万里をよほど「イイコ」だと思っているのか。
(後者はねーだろうけどな。こんなナリしててイイコも何もねーよ)
 校則違反のピアスと茶髪。デフォルトでは決して着ない制服。万里はちょいと自分の髪の毛をつまんでみて、口を尖らせた。
 まあ、紬が万里のことを知らないのは仕方がない。オーディションで初めて逢って、そういえば会話らしい会話もしていないのだから。
 万里も万里で、秋組の稽古に一応勤しんでいたし、食事の時に顔を見るくらい。
 紬が万里のことをよく知らないのと同じように、万里も紬のことはよく知らないのだ。
「アンタは? バイトかなんかの帰り?」
「うん、そう」
「何してんの、バイトって」
「家庭教師。T高が今日創立記念で休みだったんだけど、そこの子が、今日も勉強見てほしいって言うから」
「カテキョねー。なんか、分かるわ」
 万里は端末の画面をタップしながら笑う。紬なら、相手の立場に立って、優しく勉強を教えてやることができるだろう。
 例えば自分なんかでは無理だ。どこが分からないのか理解できないし、なぜそんな簡単なことが理解できないのか分からない。教えることには向いていないのだ。
「ここ、なかなかいい雰囲気の店だね。奥も空いてるかな、席……」
 紬が店を見渡す。
 ドアからすぐのカウンターと、バラバラのようできちんと置かれているテーブルセット。所々に置かれている観葉植物。
 客の数は多くもなく少なくもなく。道路に面していないせいか、車や雑踏などの喧噪からは遠い世界。
「え、なんで? ここ座ればいんじゃね?」
 紬が空いている席を探していると知って、万里はつい口にしてしまう。
 カフェの楽しみ方は人それぞれだ。紬はもしかしたら、一人で楽しむのが好きかもしれないのに。だけどそれなら、声をかけてきたりはしないだろう。
「……いいの? 邪魔じゃない?」
「いっすよ。アンタがよければ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
 言って、万里の向かい側に携帯端末を置く紬。
 まさかこんな場所で逢うとは思っていなかったし、万里はいつも一人でカフェにくる。
 空いている店ではテーブルを選ぶクセがあるのだが、今日は珍しく、向かい側に誰か座ることになるのかと思うと、なぜだかそわそわした気分になった。
「ここ、セルフでいいんだよね。何頼もう」
「あー、スコーンとかドリンクだけだと、カウンターでもらえるぜ。軽食入るとテーブルまで持ってきてくれるから。あ、紬さんてコーヒー普通にイケる方? 紅茶とかのが好き?」
 カウンターへと向かう紬に声をかけ、万里は答えを待った。
 カフェに来て、何をオーダーするかは自由だ。紅茶もあるし、デザート目当ての客もいる。小腹が空けば少なめのパスタや小さめのピザもいいし、好みというものは千差万別。それもまた、面白いと万里は思っている。
「え? ううん、普通にコーヒー好きだよ」
「なら、ブレンドおすすめ。ここの絶品だぜ」
 押しつけるつもりはないけれど、どうせなら美味しいコーヒーを飲んでもらいたい。万里が淹れるわけでもないのだが、気に入っている店だ。できれば紬にも気に入ってもらいたい。そういった思いが、音にさせた。
「へえ、なら、それにしてみる。ありがとう万里くん」
「え、……あ、や、べつに……」
 紬が小さく笑って、カウンターへと向かっていく。万里は面食らった。まさか礼を言われるとは思っていなかったのだ。
 だけど紬の音に不自然な点はない。彼にしてみたら、おすすめされたら礼を告げるのが、自然なのだろう。
(なんか、今まで周りにいなかったタイプだな……素直っつーかなんつーか、……わりと危なっかしい)
 ず、と少し冷めかけたブレンドをすすって、紬の背中を見つめる。
 世間的に低いわけではないが、万里から見ると小さい紬。細身とあの優しげな顔とが相乗効果で、人の好さを表している。自信なさげな口調と、戸惑いを隠さない視線は、どうかすると庇護欲を煽る。
(別に、俺には関係ねーけど)
 仮にも年上の、しかも男に対して、庇護欲なんてとんでもない。騙されやすそうだなとは思うが、そうなったらなったで紬の責任だ。万里と違って、向こうは成人しているのだから。
「思わずMサイズにしちゃった。あはは……」
「マジか」
 紬が小さなトレー片手に戻ってくる。店の特徴がよく出るブレンドだ、普通ならお試しでSサイズを頼むところだろう。
 それなのに紬は、しょっぱなからMサイズのオーダーをしたらしい。
 トレーを置き、椅子を引き、座る。指先がカップを撫でる、小さな仕草が目に入った。紬は座ったその位置からも店内を見回して、天井まで目をやっている。何がそんなに気になるのだろう。落ち着かないというわけではないようだが、紬の視線は定まっていない。
「ふぅん……」
 そうしてやっとカップを持ち上げ、口許へと運んだ。まずは香りを楽しんで、一口。瞬きひとつ、ふたつ。二口目はさっきより勢いをつけて。
 万里は、その一連の仕草を、余すことなく視界で楽しんだ。
 向かい側に他人がいるということの楽しさを、久々に認識して、瞬きひとつ、しなかった。
「美味しい」
「……だろ? スコーンとか好きなら、プレーンのがよく合うぜ」
「そうなんだ。次に来た時は頼んでみよう」
 するりと出てくる感想が、万里には嬉しい。自分が気に入っている店を、気に入っている味を、世辞でなく賞賛してくれる相手だ、と分かった。


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