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俺のCandy Star!-027-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「おはよう丞……」「ああ……」「稽古、行こうか」「そうだな、どうせ昨日と同じなんだろうが」 翌朝、と…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-027-


「おはよう丞……」
「ああ……」
「稽古、行こうか」
「そうだな、どうせ昨日と同じなんだろうが」
 翌朝、と言って良いのか分からないが、二人はうんざりとしながらも、昨日までの昨日とは明らかに違う距離感に安堵しながら、レッスン室へと向かった。
「おはようございます」
「おはようございます!」
 最初にあれ? と思ったのは、誉からの独創的な詩のプレゼントがなかったこと。そして、密がマシュマロの袋を抱えていないこと。
 昨日の昨日とは、明らかに違う。
「御影、マシュマロは?」
「……もう食べ終わった」
 相当量があったはずだが、あれをもう食べてしまったのか。
 いや、そんなことは今は問題ではない。
「有栖川も、今日はトンチキな詩をプレゼントしないのか」
「ワタシの渾身の詩は昨日披露しただろう。そもそもトンチキとはなんだね。ひとまずワタシの辞書にも加えておこう。褒められた気はしないがね」
 丞も、紬も目を瞠った。やっぱり昨日の昨日と違う。紬は、慌てて携帯端末の画面を確認した。
「……丞っ、見て、日付!」
「――十三日だ!」
 丞もその画面を覗き込んで声を上げる。久し振りに、十二でない数字を見た。
「やっと抜けたよ!」
「おっし!」
 二人して思わずガッツポーズ。
 どうせ今日も同じ日なのだろうと思っていただけに、驚きは隠せない。しかしそれよりも、ようやっと無間地獄から抜け出せた開放感が、全身を支配した。
「ど、どうしたんですか二人とも……?」
 いづみが、そんな二人の様子を訝しんで訊ねてくる。傍から見れば、確かに異様な喜びようだろう。
「ええと、実は――」
 不思議なことがあって、と続けようとした紬を、丞が止める。こんな話は、誰にしても信じないだろうと。実際、ループし始めた頃は丞自身、信じていなかった。
「やっぱり、そうかな……」
 あははと笑い、内緒ですと紬は口唇に人差し指を当ててみせた。
 いつのまに仲直りしたのだろうと、誉たちの不思議そうな視線が向かってきたけれど、紬たち自身、いつの時点が「仲直り」なのかは分からない。
 ただストリートACTをして、楽しかったあの頃を思い出して、今本当にやりたいことを話しただけだ。
(あ、そうか。三角くんが言ってたのって、これか……)
 仲直りなんてカンタン、とお日様みたいに笑った彼の言葉の意味が、ようやく分かる。
 丞と芝居がしたい、主役として舞台に立ちたい、溜め込んでいたそのふたつの願いを、表に出しただけだ。
 ようやく今日になった日の稽古をがんばろうと、清々し気持ちで紬は顔を上げる。
 そして唐突に、気づく。
(昨日は、もう……ないんだ……。じゃあ、そっか……昨日のあれが、最後か……)
 昨日がちゃんと昨日になったということは、万里が中庭で想いを告げてくることはなくなったのだ。
 どの日の告白も真剣で、どの言葉も本当で、どの視線も熱っぽかった。あれがもう見られないのかと思うと、残念な気がしてくる。
 昨日の昨日、もっとちゃんと身を入れて聞いていればよかったと、万里のカフェラテ色の髪を思い出した。
「紬? どうした、稽古始めるぞ」
「あっ、うん、ごめん丞」
 丞に呼ばれハッと意識を切り替え、稽古の輪の中に入っていく。
 昨日とは違う今日なのに、どうしてか寂しい気分が抜けていかなかった。



「あれ、紬さん今日もカテキョ?」
 いつもより少し遅い時刻に玄関へ向かうと、後ろから万里の声がかかる。思わず心臓が跳ねた。どんな顔をしたらいいのか分からない。
「あ、う、うん。今日は違う子だけど。真面目だよね。俺なんか高校の時は芝居づけだったのに」
「今もだろ、芝居づけ。すっげ楽しそうな顔してんの」
「そうかな。秋組は今日稽古?」
「あー、学生組が昼揃ってんの珍しいからな。夕方までみっちりだぜ」
 やれやれと肩を竦めながらも、万里も楽しそうな顔をしている。彼も彼なりに、芝居づけなのだろう。
 紬はどこかでホッとする。
 口説き落とすからと言っていたわりには、以前と変わらない態度で接してくれる万里。ちゃんと真剣に考えると言った紬の答えを、待っていてくれるのか。
「そっか。頑張ってね」
「カテキョ何時まで? 夕方空くんならどっか行こう、カフェ。紬さんと一緒にコーヒー飲みてぇ」
 しかし間髪入れずに続けられた言葉に、紬はボッと頬を赤らめて言葉をなくした。
 今まで一緒にカフェに行くことはあっても、「一緒に飲みたい」という言葉にはしていなかった。
「……万里くん」
「言ったじゃん、待ってるだけのつもりはねぇってさ。なんならオゴるし」
「いや、それはいいけど。……分かったよ、もう」
 誰が聞いているか分からない玄関先で口説き文句なんて、とんでもない。
 お互いにしか分からない事情だとしても、平静を装い続けられる自信はない。
 諫めるように名を呼んだけれど、万里は悪びれもせずにそう言って笑う。
 この勢いと情熱は、十代ならではのものなのか、それとも万里特有のものなのか。
 仕方ないなと紬は諦めて、バイトが終わってからの約束を受け入れた。
「やりぃ。紬さんの好きそうなとこにすっから」
「え、でも前回もそうやって俺の好みだったよね。今回は万里くんの好きなとこでいいよ?」
「そっすか? じゃあ、あとでLIME入れるんで。あー、ちょっと分かりづらいとこにあっから、駅まで迎えに行くわ」
 万里が携帯端末をいじりながら、店の場所を確認する。きっと紬への気遣い半分、少しでも一緒の時間を増やしたい想い半分、なのだろう。
 紬は隠しもしない万里の想いがくすぐったくて、困ったように眉を下げた。
「万里くん、俺、そんなに簡単にオトされたりしないからね?」
 年下の男の子に、そう簡単に口説き落とされるものかと牽制をしてみたのだが、万里はそれでも嬉しそうな顔をした。
「ハッ、そしたら俺、人生初のハードモード楽しむわ。好きだぜ紬さん」
「万里くん! 誰か聞いてたらどうするのっ」
「顔真っ赤。アンタのそういう可愛い顔、もっといっぱい見せてくれよな」
 行ってらっしゃいと、万里はひらひら手を振ってくる。紬は今のうちに逃げ出してしまおうと、玄関のドアノブに手をかけた。
 幸い誰にも聞かれていないようだけれど、心臓に悪いなあと、昨日見上げた空に視線をやった。
 昨日は夜空、今日は昼の空。
 流れる星は見えないけれど、万里の想いは変わっていない。
 どうして、万里の告白がもう聞けないなんて馬鹿なことを考えていたのだろう? 彼は今日も一生懸命、好きでいてくれる。場所は考えてほしいけれど、やっぱり悪い気はしなかった。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-026-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 その日の夜、夕食が終わったあと、紬はいづみにみんなを集めてくれるように頼んだ。「紬さん、みんな集め…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-026-


 その日の夜、夕食が終わったあと、紬はいづみにみんなを集めてくれるように頼んだ。
「紬さん、みんな集めましたけど……」
「ありがとうございます。みなさん突然すみません、聞いてもらいたいことがあります」
 支配人や亀吉も含めた、劇団の全員が談話室に集まる中で、紬はゆっくりと話し始める。
 GOD座との確執、自分に自信が持てない理由。それでも芝居に触れていたいと切に願う気持ち。
 他人から見たら、馬鹿馬鹿しい理由かもしれない。些細なものかもしれない。だけど今この気持ちを吐露しなければ、前には進めなかった。
 傍に、丞がいてくれる。
 壁際で、万里が見ていてくれる。
 泣き出しそうな声をぐっとこらえて、紬は今思っていることをすべて吐き出した。
「GOD座とのタイマンACTは、分の悪い賭けです。この業界でトップ集団にいる劇団との勝負なんて、勝てる見込みはない。ほぼゼロに近いかもしれません。でも、俺はもう逃げたくない。自分の意志でこの街に戻ってきた以上、逃げるべきではないんです。たとえ結果が悪くても――」
 胸の前で拳を握る。ドクドクと早鐘を打つ心臓の鼓動が、その拳にまで響いてきた。
「GOD座からの勝負を受けさせてください。あの時逃げ出した後悔を繰り返さないためにも。ひどく個人的な理由だとは分かっています。だけど……今この劇団で、みんなと芝居をしたいんです。お願いします」
 そう言って、深く頭を下げる。
 芝居がしたい。小さな頃からずっと胸の奥で輝くひとつの願い。
 芝居がしたい。また、丞と。東や、誉や、密と。
 そしていつか、万里と舞台で。
「紬さん……」
「逃げ出すなんてもう許さないぞ」
「やってやろうぜ」
 いづみの、安堵した声。丞の、呆れたような声。万里の勝ち気な声。それには嬉しさが混じっていて、すうっと紬の肩から力が抜けていった。
「おう、逃げるなんて冗談じゃねぇ」
「やらない後悔よりも、やった後悔の方がいい」
「GOD座の弱点情報、流しまくりッス~」
「頼むぜ太一」
 次々に賛同が聞こえてくる。
「しょうがないな、やるなら本気でいくぞ」
「俺も全力でサポートします!」
 リーダー仲間からも、頼もしい声。
 そして肝心の冬組からは。
「やれやれ、大変なことになったね」
「でも、リーダーの決めたことには従うよ。微力ながら、ボクもがんばろう」
「……うん」
「珍しく起きていたんだね」
「ワタシがマシュマロで釣っていたのだよ」
 なるほど、と笑う声が聞こえる。
 重要で重大な決定だと思うのだが、劇団の全員が、嬉しそうな顔をしていた。
 紬は改めて、この劇団で芝居がしたいと思う。壊させたりしない――絶対にだ。
 そう決意を新たにしたら、組の親睦を深めるとかでババ抜き大会が始まってしまって、笑みがこぼれる。紬もそれに混じって、久し振りに声を上げて笑った。



 酔い覚ましにと、紬は中庭へ向かう。
 もともとあんまり飲めないのは自覚していて、一杯だけと注がれたビールを、半分ほど飲んだだけ。それでも熱気にあてられたのか、顔が火照っている。
(逃げ出さないで、良かった。
 GOD座からの勝負は、満場一致で受けることになった。自分の思いが叶ったのは嬉しいが、それ以上に、仲間とともに立ち向かえることが嬉しい。ぎくしゃくしていた、幼馴染みとも一緒だ。
(芝居が楽しみだなんて、そういえば久々だな。丞と再会してから、なんだか落ち込んでばかりだったし……)
 夜風に頬を当て、涼む紬の背中に、声がかかる。
「紬さん」
 振り向かなくても分かった。万里だ。彼もババ抜き大会を抜け出してきたのだろうか。
「万里くん、いいの? 秋組の応援とか」
「あー、今俺の番だったんだけど、イチ抜けしたからへーき。後は知らねーよ」
「あはは、万里くんてババ抜きまで強いの? えっと、イージーモードだっけ? すごいね」
 万里にかかれば、どんなことでもイージーモードになってしまう。勝ち抜くところを見ていれば良かったかなと思い、笑った。
「紬さんアンタ酔っ払ってねぇ? 平気かよ」
「酔っ払ってないよ、大丈夫、大丈夫」
 半信半疑、そんな万里の視線が向かってくる。顔は火照っているけれど、ちゃんと正気だ。足下だってふらついていないし、万里の顔だってよく見える。
「タイマンACT、楽しみだな。何かテーマがあるんだっけ?」
「ああ、うん、そう。多分返事をしたときにテーマ提示されると思うんだけど、何がくるんだろう……怖いけど、楽しみだよ」
 期日は明日だ。GOD座も演じる以上、無茶な設定のものはこないだろう。
 キャリアもトップクラスのGOD座が、MANKAIカンパニー相手に何を持ってくるのか。演じきれるか分からなくて怖いけれど、新しい役をもらえるという点については、わくわくとそわそわが止まらない。
「……良かった」
「え? なにが?」
「アンタ、昨日の様子からだと断るのかなって思ってたからさ。自信ないってすげぇ暗かったじゃん」
「リフレインするのやめてね、恥ずかしいから」
 昨日までの自分を思い返すと、恥ずかしくてしょうがないのだ。
 何があんなに自信をなくさせていたのだろう。理由はきっとたくさんあるけれど、のしかからせていたのは紬自身だ。
「俺もすっげぇ楽しみ。舞台の上の紬さん、見られるんだよな」
「あんまり期待しすぎると、実際見た時にがっかりするかもよ?」
「しねーよ、そんなん」
 その瞬間まで楽しそうに笑っていた万里が、唐突に真剣な顔をする。
 何か気に障ることでもあったかなと首を傾げれば、緊張したように万里が空気を吸い込んだ。
「月岡紬さん」
 脚の横で拳をそっと握りしめ、万里はわざわざフルネームで紬を呼んでくる。
「え、あ、は、はい」
 紬も思わず、居を正して背筋を伸ばした。
「アンタが好きだ」
 今まででいちばん短くて、いちばん直線的で、いちばん切ない顔をして、最短距離で想いを告げてくる万里。
 足下から、ざわりとせり上がってくる感情を、紬は何だと解釈したらいいのだろうか。
「今のアンタに言って、信じてもらえっかどうか分かんねーけどさ……」
「……酔っ払ってないって言ったよね、俺」
 酒飲んでたし、と気まずそうに頬をかく万里を、紬はじっと見やる。
 素面でない時に言っても、信じられないかもしれない、最悪、起きたら忘れているかもしれない。万里がそう心配するのは分かるけれど、紬はいたって素面だ。
「万里くんが俺なんかのこと好きになってくれたのは、嬉しい。……少し、考えさせてもらってもいいかな。すぐには、ちゃんとした答えを返せないと思うんだ。申し訳ないけど、今はこういうの考えられる状況じゃないしね」
 そうして紬は、あの日の今日とは違う答えを万里に返す。
 いつだか、前向きに考えてほしいと望んだ万里に応えて、しっかりと考えてみたい。どんな結果になるかは分からないが、頭から否定して拒絶するのは、もうできない。
 摂津万里という男の子のことを、もう少し知りたくなってしまっている。
 それが恋としてなのか、劇団の仲間としてなのか、はたまたライバルとしてなのか、考えたい。
「……つ、紬さん……? アンタ、驚かねーの? ヤローに告白されんの、慣れてんのか?」
「え? あ……」
 万里と視線を合わせれば、すんなり告白を受け止めてしまった紬を、怪訝そうな表情で見つめてきていた。
 しまったなと思う。紬にとっては何度目かの恋の告白でも、万里にとっては、ストリートACTを入れても二度目なのだ。慣れるものではないけれど、驚いたりはしなくなってしまった。
「もしかして俺、結構分かりやすかったのかな……自覚してから、まだそんな経ってねーのに」
「あっ、あの、違うんだ、なんていうかその……き、昨日のこと、演技じゃなかったのかなって思ってたから、その。あと俺、告白なんてされたことない」
「えっ、そーなんすか? 女にも? てことは、紬さんの方から告ったてこと?」
「……ストレートに告白したことはないよ……つきあおうか、って、それだけ……」
 気まずそうにそう返せば、万里が困ったような顔をする。
 やっぱりこの歳まで生きてきて、好きのひとつもまともに言ったことがないというのは、おかしなことだっただろうか。
「やべ、嬉しいんだけど、喜んでいいのか分かんね……俺最低じゃね?」
「えっ、な、なんで嬉しいの」
「紬さんの初めてもらっちまったんだろ、これ。それがすっげぇ嬉しい。紬さん女にモテねータイプとは思えねーのに、そういうのなかったんだなって、喜ぶ自分がすげぇ嫌。ごめん」
「……別に謝るようなことじゃないと思うけど……モテるっていうのは、万里くんみたいな子でしょ」
 恋愛経験が少ないことを喜んでしまった、それでこの謝罪か、と思うと、本当に素直な子だなと感じてしまう。
 経験の乏しさを指摘されているのに、悪い気はしないのは、万里のまっすぐな気持ちが向かってくるからだろう。
 やっぱり女の子にも人気あるんだろうなと思うと、胃がずしりと重くなった。
「でも俺、ホントに好きって思ったの、紬さんが初めてかも。自分から告ったのもこれが最初だし。だから、紬さんがちゃんと真剣に考えてくれそうで、すっげぇ泣きそう、嬉しい」
「……うん、頑張って考えてみるね」
「言っとくけど俺、待ってるだけのつもりねーぜ? ぜってー口説き落としてやっから」
 勝ち気な笑顔で、万里がそう告げてくる。どんな方法なんだろ、と紬は気恥ずかしさに視線を逸らした。
 そもそも、いつこの無間地獄から抜け出せるのだろう。せっかくGOD座との勝負を受けると決めたのに、そこまでたどり着けないではないか。
 自分の気持ちが負けてしまわないうちに、今日が昨日になるといい。
 そこまで思って、負けてしまうことはないかなと考え直す。
「大好きだぜ、紬さん。アンタの演技も、アンタ自身も」
 全力で好きと言ってくれるひとがいる。
 ここにいてもいいのだと、全身で伝えてくれるひとがいる。
「じゃ、俺部屋に戻るわ。案外いい反応もらえて、すっげぇ嬉しい。おやすみ、紬さん」
「うん、おやすみ万里くん」
 そう言って、万里は満足そうに寮の中へと戻っていく。紬はそんな彼にひらひらと手を振って、冬の夜空を見上げた。
 星が流れる。
 願い事を言う前に消えてしまったけれど、今心の中にある願いは、きっと自分自身で叶えられる。
 そうだよね、と紬は目を閉じて、冬組のメンバーを思い浮かべた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-025-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「……学生振りだな、お前と二人のACTは。ACTとバイトづけだった」「そうだね……あの頃はほんとにお…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-025-


「……学生振りだな、お前と二人のACTは。ACTとバイトづけだった」
「そうだね……あの頃はほんとにお金なかったし。ひどいときはコンビニのお弁当も買えなくてさ。あ、でも冬に肉まん半分こしたのは楽しかったな」
「そんなことあったな。……お前の本音とか、今の俺には分からないけど、いちばん真剣に、本気で向き合えるのはこれしかなかったんだ。急に呼び出して、悪かったな」
 歩調がゆっくりになる。
 再会して今まで、少しも合わなかった二人のスピードが、初めて重なった瞬間だった。
「ううん……楽しかった。分かってたけど、やっぱり丞とお芝居するのは楽しいな。丞がどんな返し方をするのか分からなくて、すごくワクワクするよ」
「それは俺の台詞だ。お前の演技には、気づかされることが多い。お前と並びたい、負けたくない……いい芝居がしたいって、どんどん良くなっているのが実感できるんだ」
 紬は驚いた。
 丞がそんなふうに感じてくれていたなんて、今の今まで知らなかったのだ。
 自分が思っているのと同じように、丞も楽しんでくれているのかと思うと、胸の中にあったずっしりと重い暗い気分が、霧散していくようだ。
 小学生の頃、初めて芝居というものに触れた。なんの間違いか、学芸会で丞と一緒に舞台に立った。それからずっと、丞と芝居をするのが楽しみで仕方なかったのだと、紬はゆっくり口にする。
「とにかく楽しくて、できないことなんて何もないなんて思ってたよ。大学を卒業してからも、丞とずっと一緒に芝居をしていきたかった。でも……俺はGOD座に入れなかったしね。丞には、俺じゃ力不足なんだろうって痛感したよ。丞を引き立てて、伸ばしていけるひとは、GOD座にはたくさんいたでしょ。……悔しかったな」
「……そうでもなかったな……」
「え?」
「確かに技術はついたと思う。舞台慣れもした。……でも、いつも何か足りないって思ってたんだ」
 丞は正面を見据えたま、GOD座にいた頃のことを思い返しているようだった。
 丞がGOD座のトップだったことは紬も知っているし、めきめき実力をつけていって、楽しいのだろうと思っていたのに。
「なあ紬。お前、本当はどうしたいんだ? 勝負、下りるのか? GOD座との勝負だけじゃない、俺と主役競い合うくらいの気持ちは、ないのかよ?」
 丞が振り向いて、責めるようにも、なだめるようにも、諫めるようにも、力づけるようにも、訊ねてくる。
 紬は思わず立ち止まった。そうしてから、しまったと思う。
 泣いてしまいそうだ。
「ほ、本当は……」
 今までずっと我慢していたものが、あふれ出してくる。こくりと唾を飲み込んで、どうにか涙を我慢し、口を開いた。
「本当は、GOD座に負けたくない……主役として舞台に立ちたい、胸を張って、丞と芝居がしたいよ……!」
 せっかく主役をやれるチャンスがきたのに、逃したくない。GOD座に恐れをなして、逃げ出したくなんてない。
 万里が言ったように、逃げたくないのだ。
 悔しい。幼馴染みである丞にならいさしらず、万里に心の奥底を見抜かれていたなんて。
「丞と……東さんと、誉さんと、密くんと……芝居がしたい……!」
 そうしていつかは、他の組のみんなと。
「……紬、それをアイツらに言えよ。簡単に諦めんな。……俺も、支えるから」
 丞の口調が、緩やかなものに変わっていく。最後の方は本当に流れる水のように澄んだ声で、紬は目を見開いた。
 その口から紡がれた言葉を、にわかには信じられない。
 疑うわけではないけれど、嬉しくて、信じられない。
「丞……っ、本当に……!?」
「……当たり前だ、俺たちは同じチームの、仲間なんだから」
 ぶっきらぼうに言って視線を背ける丞に、紬は笑う。バツが悪いとき最初に右に視線をやるクセは、変わっていないのだと。
「丞にそう言ってもらえると、何でもできそうな気がするよ。嬉しい……あの頃に戻ったみたいだ」
 重かった気持ちが、ふっと軽くなる。体も軽くなる。浮き上がってさえいそうで、紬はしっかりと地面を踏んだ。
「紬、俺はあの時――」
「あれっ、紬サン、丞サン!」
 丞が何かを言いかけた時、知った声がそれをかき消していく。二人して振り向けば、そこには秋組の七尾太一と――、
「何してんだ? 稽古か?」
 摂津万里の姿。
 紬は思わず体を強張らせた。どうにもまだ、万里を前にすると身構えてしまう。
 何度も聞いた恋の告白のせいか、万里の視線が気になって仕方がない。優しくて、熱っぽい視線に、なぜ気がつかなかったのだろうと、少しバツが悪い。
「まあ、そんなところだ」
「た、太一くんたちは? 買い物?」
 会話を中断されたせいか、ため息を吐く丞に続いて、紬が訊ねる。
 万里ではなく、太一の名を呼んでしまったのはとっさだったが、意識しすぎにも程があるよと、心の中で自分自身に悪態をついた。
「夕飯の買い出しッス~」
「人数増えたからな、大変なんだとよ。ったく、帰った途端これなんだからよ」
 言って、万里は両手一杯の買い物袋を掲げてみせる。きっとじゃんけんか何かで負けてしまったのだろう。そう思うとおかしくて、紬はふふっと小さく笑った。
「俺も少し持つよ。大所帯って大変だよね。みんなで食べるご飯は美味しいけど」
「さんきゅ、紬さん。なんか、邪魔しちまったみてーで悪いな。太一のヤツ、空気読めっての」
 万里の手からふたつほど買い物袋を取り上げて、隣に並ぶ。彼はちらりと丞の方を見やって、小さく謝罪をこぼしてきた。
 紬もちらりと丞を振り向くと、元気いっぱいの太一に何やら訊ねられ、それでも律儀に返答している幼馴染みがいた。
「ううん、平気だよ。それより、万里くん今日のお買い物はどうだったの? 天馬くんやカズくんと出掛けてたんでしょ」
「あー、よさげなアクセは買ってきた。あと帽子な。途中で天馬がファンに捕まりそうになってやんの」
 目に浮かぶよ、と紬は肩を竦めて笑う。丞は舞台の世界で名が知られているけれど、天馬は世間的に名が知られている。
「スターも大変だね」
「だーな」
 何げない万里との会話。昨日はそういえば、なかったことだ。
 昨日とは違う「昨日」で、万里と並んで歩いている。きっとカフェでの休憩をやめて、丞とストリートACTをしたことで、分岐が変わったのだ。
 どうして、と考えるより、今は浮き上がったこの心のまま歩いていたい。
「なあ紬さん。今日行ったの、天鵞絨駅から四つ目くらいだったんだけど、良さそうなカフェ見つけたんだ。今度行かね?」
「えっ、ほんと? なんてお店かな……へえ、これ? 行ったことないけど……雰囲気良さそうだね」
「やっぱり気になると思った。あー、でもタイマンACTのこと考えると、これから稽古づけになっちまうか」
 携帯端末で撮った写真を見せてくれる万里。なんの不思議もなく、「約束」が生まれてしまうけれど、「いつ」実現するだろうか。
 いつもの流れなら、今夜また万里に「告白」をされ、紬はそれを断るはずだ。
 気まずくなるだろうことは必至で、今までみたいに何も知らない振りをして、一緒にカフェなんて行けるのか。
 それに、今万里が言ったように、これから稽古づけになってしまうだろう。
 あれ、と紬は目を見開いて万里を振り向く。タイマンACTを受けるなんて言ってないのに。
 心が軽くなったことだってかけらも言ってなくて、万里の中では「昨日」の落ち込んだままの月岡紬がいるはずなのに。
「ど、どうして……俺、受けるって言ったっけ? 万里くんに……」
「あ? そんなん、見てりゃ分かるっしょ。昨日となんか違ぇって」
 まるで何でもないようにそう返してくる万里に、紬は頬の熱が上がるのを自覚した。
 空いた方の手で口を覆い、思わず飛び出してきそうな恥ずかしさを押し込める。
(ば、万里くんって、どれだけ俺のこと見てるんだろう……恥ずかしいな。それとも、恋ってそんなものなの?)
 目を離している時間が惜しいとでもいうほどに、相手のことを意識全部で追いかけるのだろうか。
 そんな情熱的な恋はしたことがないけれど、万里の恋はきっとそうなのだ。
 ちら、と万里を見やると、うっかり視線が重なってしまう。それは気まずそうに万里の方から逸らされた。じっと見ていたことに気づかれたと思ったのだろう。
(かわいい……)
 万里の一生懸命な想いが伝わってくる。大事にしている想いが伝わってくる。
 年下の男子高校生相手に、かわいいなんて思ってしまうほど、万里の恋は分かりやすい。どうして今まで気づけなかったのか、分からないくらいだ。
 それは、万里が恋を自覚してから、まだ日が浅いということもあるだろうが、何よりも、紬自身に余裕がなかったせい。
 劇団のこと、丞とのこと、GOD座との勝負、自分の不甲斐なさ。すべてが一気に押し寄せてきて、摂津万里というひとりの人間に、意識を向けるヒマがなかった。
(今日は……きみの告白を昨日とは違う気持ちで聞けるんだろうか……)
 そうして会話もないまま寮に着いてしまう。
「サンキュな、紬さん。重かったろ」
 万里は、紬の手の中にあった買い物袋をひょいと取り上げて、キッチンへ向かってしまう。あ、と呼び止める隙もなかった。
「そんなに重くなかったのにな……」
 さりげなく気遣う万里には敵わないと、苦笑する。
「紬」
 背後から声をかけられて、紬は振り返る。丞だ。
「さっきのこと、今日みんなに話せ。お前の思ってること、ちゃんと、全部」
 さっき途切れてしまった会話を、丞がつなげてくる。まっすぐに見つめてきてくれる視線は、先ほどの言葉が嘘でないのだと伝えてくれる。
 丞が――支えると言ってくれた。
「――うん、丞」
 それだけで、どんな難しい芝居でも絶対に楽しくこなせると、根拠のない自信がわき上がってくる。紬はこの劇団に入って初めて、意気揚々と敷居をまたいだ。


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俺のCandy Star!-024-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「丞」 電車を降りると、改札の近くで丞が待っていてくれた。 さすがに目立つなあと苦笑する。身長がある…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-024-


「丞」
 電車を降りると、改札の近くで丞が待っていてくれた。
 さすがに目立つなあと苦笑する。身長があることもそうだが、堂々とした佇まいは、道行く人の視線を引きつける。役者として、羨ましい力だ。
「どうしたの? 丞が俺だけにLIMEしてくるなんて、初めてだね」
「……ちょっと、歩くぞ」
「うん?」
 どこへ、と言いかける紬を放って、丞は歩き出してしまう。
 紬の予定も訊かずに呼び出したところや、こうやって放っていってしまうところは、まだ昔みたいにはなってくれないなと、紬は丞の背中を追って歩き出した。
「ここらへんでいいか……」
「丞?」
 丞がぴたりと立ち止まって、くるりと振り返る。また何か怒らせてしまったのかと肩を竦めたら、丞の表情が一瞬で変わった。
『いい加減にしろ! 今度という今度は、腹に据えかねた!』
 よく通る声で、怒られる。今の状況からして、丞が紬自身を怒鳴りつけているようにも思えた。
 だけど、紬には分かる。
 昔は本当に毎日のように接してきた相手だ。分からないわけがない。
『どういうこと? なんのことだか分からない』
 目の前の男は、丞ではない。紬も紬ではない。眉をつり上げて、目の前の男を睨みつけた。
『よく胸に手を当てて考えてみることだな。親父が亡くなった今、長男である俺が当主。お前はもう勘当だ』
『だったら言わせてもらうけど、アニキのそういう威圧的なところ、俺も嫌いだった――』
 ケンカかと、事の成り行きを怖々見守っていた通行人も、ストリートACTであることに気づく。
 このストリートでは珍しいことでもない。面白ければ観ていくし、つまらなければ素通りだ。
 だがしかし、少し詳しい人間ならば、気づくはず。元GOD座のトップスターが、見たこともない男相手にストリートACTをしていると。
「ね、あれ丞さんじゃない?」
「ほんとだ、GOD座やめたって聞いて超ショックだったけど、こんなとこで観られるなんてラッキー!」
「相手の子、誰だよ? 見たことねーよな」
「俺も知らないな。でも……スター相手に負けてないんじゃね?」
「だよな、なんか……どっちも目で追っちまう」
 兄弟がお家騒動を繰り広げていく中、通行人は芝居を邪魔しない程度にそんなことを囁き合う。もちろん、没頭している紬たちには届かなかったけれど。
『ここで話していても埒があかないよ、アニキ。裁判で決着をつけよう』
『いいだろう、望むところだ』
 最後まで睨み合って、そのお家騒動はいったん幕が下りる。
 はあ、と紬が息を吐いたあと、丞からも同じように息が吐かれた。
 途端、わき上がる歓声。
「えっ?」
 紬は思わず視線を周りに向ける。いつのまにかできていた人だかり。
「いつのまにこんな……」
「あっ、あの、投げ銭は結構です、そういうのじゃないんで」
 丞も驚いて辺りを見回しているうちに、ギャラリーたちが財布を取り出して、観覧料としてのチップを渡そうとしてくる。紬はそれをやんわり断った。
 お金のなかった学生時代は、よくそういうことをやっていたが、今は他に収入源もあるし、何よりそれが目的で来たわけではない。
 丞もそうだろうと横目で見やると、ここに来るまでの表情が嘘のように、柔らかな「幼馴染み」がいた。
「丞……?」
「……行くぞ、紬」
「えっ、あ、うん」
 丞はそう言って駅の方へ向かって歩き出してしまい、紬はギャラリーたちに観てくれたお礼を告げ、丞の背中を追う。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-023-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 しかし次の日も、二人して朝から脱力する羽目になる。「また十二日……」「これで何度目だ、くそっ……」…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-023-


 しかし次の日も、二人して朝から脱力する羽目になる。
「また十二日……」
「これで何度目だ、くそっ……」
 携帯端末の表示も、朝のニュースのアナウンスも、昨日と同じ十二日。
 劇団のメンバーの行動も変わりなくて、昨日あんなことまでしたのにと、本当にうんざりとした陰鬱な気分だ。
「たすく、つむぎ~、またさんかく消えちゃった~! はやく仲直りして!」
 談話室に、昨日の昨日と同じように三角が飛び込んでくる。彼がループしているのも変わっていないようだった。
「ご、ごめん三角くん。でも、仲直りってどうしたら」
「証明できるもんでもないだろう。しかも、ぬいぐるみ相手に」
「カンタンだよ~仲直りなんて! 本当に思ってること、相手にちゃんと伝えれば大丈夫! 今日はちゃんと仲直りしてね!」
 そう言って、三角はまたさんかくを探しに行ってしまった。
「本当に思ってること、か……」
「丞、いったんみんなのところに戻ろう。いつまでも稽古中断にはできないよ」
「ああ……そうだな」
 丞の声が、昨日までのどの時点よりも静かになる。
 じ、と見つめられたような気がして、丞を振り向いたけれど、紬がそうする頃にはもう、丞がレッスン室へと足を向けてしまっていた。
(丞……?)
 昨日までの昨日と違う、と紬は感じ取る。何がどう、という具体的なものを言葉にはできないが、丞から感じる拒絶にしか思えないオーラが、和らいでいるような気がした。
(気のせいかな……また自分に都合のいいように考えちゃってるのかも)
 そうして、昨日と同じ今日の朝練を繰り返し、朝食にありつく。
臣の作ってくれたオムレツは美味しくて大好きだが、丞は少しうんざりしているように見えて、紬はまあ仕方ないよねと口の端を上げた。
「あ、万里くんドレッシング、使うでしょ?」
「え? あ、あー、どもっす。……なんで分かったの紬さん。こえーなー」
 万里が、いつものようにドレッシングを頼んでくる前に、紬はつい手渡してしまう。まだ何も言ってないのに、と万里はサラダの器を前に目を丸くしていた。紬はハッとして、頬を赤らめた。
「あっ、あの、うん、なんとなく……?」
「へー……やっぱ紬さんに隠し事とかできねーよな」
 万里はドレッシングの瓶を受け取って、困ったような、嬉しそうな顔をした。
 紬はその真意を探ろうとして、首を傾げる。万里の心の中なんて分からないけれど、もしかしたら。
(もしかしたら、俺が万里くんのことを見てるって思ったのかな……。変な期待させちゃったかも……)
 好きな相手に、気を遣ってもらえたら嬉しい。言わなくても分かってくれるのは嬉しい。
 だけどこの時点の万里は、まだちゃんとした告白をしていないことになっている。悟られているのかと、困ってもいるのだろう。
(今日も……俺は万里くんの告白、聞くのかな……正直、もうどう反応していいのか分からないんだけど……)
 昨日と同じ今日、何度目なのだろう。
 繰り返しても気持ちが変わることはないのに、万里は何度も好きだと言ってくれる。
 いや、万里にとっては一度なのだが、紬は複数回、告白されている。慣れというものは怖いもので、初日にあれだけ混乱していた頭の中も、今ではちゃんと整理されていた。
 万里は本当に一生懸命、好きでいてくれる。
 日ごと日ごとに言葉を換えて、伝えてくれる。
 今日はどんな言葉で、明日はどんな言葉で、その先はいったい……?
 憂鬱だった今日が、ほんの少し楽しみになってきてしまっている。十中八九、万里のせいだ。
 そうして紬は、今日も同じことを教えるためにバイトに出掛けようとする。それを、万里が玄関先で呼び止めてきた。
「紬さん、大丈夫すか?」
「え、な、何が?」
「……いや、朝メシん時、ちょっとおかしかったから……」
 おかしかったかな、と紬は苦笑する。
 そういえば一昨日も、体調が悪いのではないかと心配された。
 今日はそんなつもりなかったけど、と万里を見やれば、気まずそうな顔をして髪をかき混ぜていた。
「もしかして、昨日のストリートACTのこと真面目に……取ってるわけねーよな、悪い、今のナシ。ちゃんと言いたいし、気づかないでいーよ」
「……なんのこと?」
 紬は、万里が何を言いたいのか気づいていて、あえて気づかない振りをした。
 このカフェラテ色の髪をした年下の男の子を、困らせたくない。彼にとっては今日の夜が本番で、紬はまだ気づいてはいけないのだ。事実、万里は気づかれていないことにホッとしたようだった。
「でも、今日はなんか昨日より元気そうで安心したわ。昨日ほんとブルーだったもんな」
「そ、そうかな……うん、昨日よりは大分楽かも。またあのカフェ行こうね万里くん」
 何度も繰り返した今日を、紬は少しずつ昇華していっている。昨日よりは元気に見えるというのは、そのせいだろう。それを聞いて、万里はものすごく嬉しそうな顔をしてくれた。
(……かわいい……)
 万里は本当に、そこら辺の高校生よりも大人びた表情をするけれど、ときどきこんなふうに、年相応の笑顔を見せることがある。
 それは紬にとって嫌なことではなく、むしろ嬉しいと感じてしまう。
(あ、かわいいって、褒め言葉だけど、万里くんに言ったら怒られるかな……。俺もまさか、年下の男の子をかわいいって思う日がくるとは、思わなかったけど)
 こっそりふふと笑って、紬は万里に見送られながら寮をあとにした。



 その日の夕方、いつもの昨日と違うことがあった。
【バイト終わったら連絡してくれ】
 丞から、そうLIMEが送信されてきていた。
 今までグループLIMEを送ってきたことはあったけれど、個人的なものなんて一切なかったのに。
 どうしたんだろうと、紬は不安になって、まだ慣れないLIMEを一生懸命操作して、返信した。
【今終わったけど、どうしたの?】
【天鵞絨駅で待ってる。気をつけてこいよ】
 すぐに既読がついて返信されてくる。メンバーや丞の身に何かあったわけではないようだと、紬はホッとした。どうせ天鵞絨駅で降りるのだ、今日はカフェでの休憩を断念して、紬は電車に飛び乗った。



#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-022-

俺のCandy Star! 2017.07.17

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「なんで……?」 昨日ちゃんと眠って、今日は昨日の明日になっているはずだった。 だけど、レッスン室で…

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俺のCandy Star!-022-



「なんで……?」
 昨日ちゃんと眠って、今日は昨日の明日になっているはずだった。
 だけど、レッスン室で紬と丞が見たものは、相変わらずマシュマロの袋を抱えている密と、今日も詩をプレゼントしてくれる誉と、独創的だねと笑う東、苦笑いをするいづみ。
 丞を振り向いてみれば、困惑したような視線が返ってくる。やっぱりまた、紬だけではない。
「け、稽古はいったん休憩で」
 そうして確認した談話室のテレビも、十二日土曜日と言い放ってくれる。
「状況を整理しよう。つまり俺たちは、ずっと十二日をループしているのか?」
「そうみたいだね……何が原因でこんなことになっているんだろう……」
 頭がおかしくなりそうだと、二人して頭を抱える。
 二人にとって、本来今日は十四日のはずなのに、周りが十二日を推してくる。どうしたら抜け出せるのか、さっぱり分からなかった。
 二日連続ループするのはどう考えてもおかしい。不思議体験で済ませられる限界を超えてしまっている。
 何か原因があるはずだと、丞も紬も考える。
「何か心当たりないのか、お前」
「……心当たりっていうか……おかしいなって思うことは……ちょっと待ってて丞」
 ふと思い当たって、紬はいったん部屋に戻った。
 枕元に、ちょこんと鎮座したぬいぐるみ。「十二日」にそこに置いてから、変わっていないもの。それをひょいと持ち上げて、丞の元へと舞い戻った。
「ブサイクなぬいぐるみだな。カバ? で、これがなんだって言うんだ」
「ループする前、つまり、えっと、一昨日? 俺の前に、どこかから落ちてきたんだ。でも昨日は落ちてこなかった。ずっと枕元にあったんだ」
「……そのぬいぐるみはループしてないっていうのか?」
「うん、たぶん……周りの皆も、俺たちの言動に合わせて少しずつ違ってるけど、行動そのものがズレてることはない」
 食事も、稽古も、入浴の順番も、変わっていなかった。
 意志を持たないはずのぬいぐるみだけが、十二日と違うのは、何か意味があるのか――そう思い始めた時、
「あー! 見つけた~!」
 夏組に所属している斑鳩三角が、談話室に飛び込んできた。
「斑鳩……?」
 丞が不思議そうに声を上げる。昨日の十二日には、なかった乱入だ。
「も~、つむぎとたすくのせいだったんだ~!」
 どうも彼は怒っているようで、声がいつもより荒い。
「え、と……どういうこと?」
「それ、無間人形さんでしょ~」
 え、と丞と紬は言葉を飲む。つい最近聞いたような単語だ。確か、支配人の松川が話していた、MANKAI寮の七不思議の中に、そんな単語の話があったはず。
「無間人形って……もっと呪いっぽいのじゃないの? ずいぶんかわいいんだけど……ぬいぐるみだし」
「それをかわいいと言うお前の気が知れんが、斑鳩もずっと十二日をループしてるってことか?」
 紬は腕の中のぬいぐるみを見下ろし、丞はぷりぷりと怒った三角を見やる。三角は、そうだよ、と頬を膨らませて肯定した。
 どうもループしているせいで、見つけた三角が次の日には消えてしまう、と怒っているようなのだ。
 曰く、よくあることだというのだが、ともかく紬たちは初めて体験することだ。
「ふたりのせいでこうなったんだから、ちゃんと直してね!」
「直すっていったって、ど、どうしたら抜け出せるのかな」
「支配人が言ってたでしょ、仲直りするまで永遠に無間地獄をさまようって。多分たすくとつむぎが、このぬいさんの前で仲直りすれば大丈夫~!」
 そんなわけあるか、と丞は頭を抱える。
 十二日をループしている、という事実を受け入れるだけでも精一杯なのに、そんな話を信じろというのか。
「じゃあ、よろしく~、おれ、昨日とは違うさんかく探しに行ってくる~」
「あっ、おい斑鳩!」
 丞の呼び止める声に見向きもせずに、三角は談話室を出て行ってしまう。
 自分たちだけではないということが分かって、ホッとしたが、解決には至らない。
「仲直りってどうすればいいのかな。手でもつなぐ?」
「ふざけるなよ。何か元に戻す方法考えるぞ」
 居心地が悪くて笑ってみせるけれど、丞は相変わらず睨みつけてくる。
 紬は苦笑して、ひとまず稽古に戻ろうと促した。



 結局今日も、昨日と同じ今日をやり過ごすことになってしまった。
 解決方法が見つからずに夜を迎える。
「な、何もいい方法浮かばなかったね」
「そうだな……」
 紬は頭を抱える。このループから抜け出す方法が見つからなかっただけではない。昨日と同じ。
 ということでつまり、紬はまた万里から恋の告白を受けてしまったのだ。
 中庭に行かなければ大丈夫、なんて考えは甘かった。
 階段を上がる手前で万里に捕まって、中庭につれていかれ、そこで通算四度目の告白を聞いた。
 紬が中庭で育てている花の名前を訊かれたり、新しいカフェの情報をもらったりと、昨日の昨日とはまた少し違っていたけれど、十二日の万里は、どうしても紬に好きだと言わなければ、気が済まないようだったのだ。
(さすがに驚くことはなくなったけど、こ、こんなに何度も好きって言われると……困るな……)
 いまだに頬の熱が引いていってくれない。今考えるべきことは他にあるのに、万里の声が、頭から離れていってくれない。

 好きだ、紬さん。
 俺は今アンタに本気の恋をしてる。
 紬さんが舞台に立ってるとこ見たい。絶対惚れ直すよな。

 男同士という、そもそもが叶いそうにない恋なのに、万里の声はいつも嬉しそうだ。
 受け入れられないと断っているにもかかわらず、俺が紬さんを好きなのは変わりないからと笑う。
(こっちだって、受け入れられないのは変わりないんだけどな……。このループを抜け出したら、もう一回ちゃんと断らなきゃ。万里くんのことだし、すぐに次のひと見つかるよね)
 ふるふると首を振って、万里の声を頭の中から無理やり追い出す。
「――むぎ、紬。聞いてるのかお前」
「えっ、あ、ご、ごめん、なに?」
 怒ったような呆れたような声が聞こえて、紬はハッと我に返った。
 そうだ、今は万里のことを考えている場合ではなかったのだ。
「仲直り、このぬいぐるみの前でやってみるかって言ったんだ。朝、そんなこと言ってただろう」
「あ、う、うんそうだね、試してみようか」
 ともかく、この無間地獄から抜け出さないことには、何もできない。
 また万里のあの熱っぽいまなざしで見つめられ、恥ずかしいほどまっすぐな恋を、また告白されてたまるものかと、紬は丞と「仲直り」をしてみせる。
 肩を組んだり笑い合ったり、ふざけあってみたり。
 本当に仲の良かったあの頃にはほど遠いけれど、ぎくしゃくしっぱなしの再会後、いちばん仲がよさそうに接することはできたはず。
「明日には直ってるといいね……」
「ああ……そろそろ寝るぞ」
「うん、おやすみ……」
 紬は枕元にぬいぐるみを配置し直して、祈るように頭を撫でて眠りについた。


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俺のCandy Star!-021-

俺のCandy Star! 2017.07.17

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(覚悟って、どうやったらできるんだろう。やだな……どうしてこうなっちゃうんだろう。昨日と同じことを繰…

俺のCandy Star!

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(覚悟って、どうやったらできるんだろう。やだな……どうしてこうなっちゃうんだろう。昨日と同じことを繰り返して、自分の不甲斐なさを自覚しただけだ……。丞と一緒にお芝居したかただけなのに……)
 ふらふらとした足取りでやってきたのは、寮の中庭だ。ここに来ようと思っていたわけではないのに、緑の多いここは、少しだけ紬の心を落ち着けてくれる。
「紬さん」
 夜空を見上げた時、声がかかった。そちらを振り向いてから、紬は失敗したと思った。どうして中庭に来てしまったのだろうと。
「ば、万里くん……」
 昨日のことを繰り返しているのなら、万里が来ることも予測できたのに。
「ダイジョブっすか?」
「……監督から、聞いたの?」
「ああ、勝負は辞退するって。……なんで? もったいねぇ。さっきのエチュード、俺なんかまずかった?」
「ううん、万里くんとのエチュード、楽しかったよ。だけど……今、みんなと……丞と、さっきみたいな演技ができるとは思えない。勝負受けたって、負けるのが目に見えてるじゃない。ここをなくしたくないんだ。そのためなら、俺は逃げるよ」
 万里だって、ここがなくなったら困ると言っていた。
 勝負に負けたら、カンパニーはなくなってしまう。居場所がなくなるのだ。
「変わってるよな、紬さん。普通そんな怖い顔して、逃げるなんて言わねーもんだぜ」
「……逃げることを正当化するつもりはないけど、でも俺は」
「なあ紬さん、本当は逃げたくなんてねぇんだろ?」
 万里の言葉に、紬は目を瞠る。
 逃げたいわけではない。それは、誰だって同じことではないだろうか。
「逃げたいって思ってるヤツが、んな睨んでくるかよ。大方、俺は逃げたことなんてないくせにって思ってんでしょ」
「えっ、睨んでた……? ごめん、そんなつもりじゃ」
 確かに、万里に対しての評価は高い。
 ずるいな、と思っているのも本当で、劣等感さえ感じる瞬間があった。それが、ここにきて表に出てしまったのだろうか。
 昨日とは違う感情を見つけてしまって、紬は慌てる。そして万里の受け答えも、紬の言動に合わせて変わってきている。
「逃げることも必要っていうアンタの理屈は、理解できる。でも俺今さ、逃げたくねーって思ってることがあんだよね」
「に、逃げたくないことって……?」
「馬鹿みてーな恋から。……紬さん、昨日言ったこと、演技じゃねーんだ。俺はアンタのカレシになりたい。好きだ、紬さん」
 言葉は変わっていても、そこから導き出される結論は、変わっていない。
 紬は口を覆い、どう受け止めるべきなのか迷い視線を泳がせる。
「……驚かねーのな?」
「お、驚いてる、けど……万里くんは、俺を買いかぶってるから……」
「なに、それ」
「俺はきみが思ってるような人間じゃないよ。弱いし、やなことだって考えるし、俺のこと混乱させるきみが憎たらしいとか思うし」
「えっなにそれ超嬉しいんだけど」
「なんで!?」
 万里の恋心は、昨日聞いているからか、驚きという感情は少ない。
 その分、どうして自分を、という疑問の方が多くなってしまった。さらに万里のこの言葉。今の自分の発言のどこに、嬉しがるような要素があったのだろう?
「混乱するってのは、ちゃんと真面目に捉えてくれてんだろ? まーた昨日みたいに流されっかと思ってたわ」
「き、昨日のは……ごめん、謝るよ……さすがに、演技じゃないとは思わなかったんだ」
「まあ、急だったしな。でも、紬さんのそういう律儀なとこ、好きっすよ。ほんとに……好きなんだ、紬さん。演技も、アンタ自身も」
「きみは俺のことを知らないから。絶対にいつか幻滅するよ。いったいどうして、俺のどこを見て、好きになっちゃったの、万里くんは」
 仕方ないなと呆れるように、紬は万里の心の奥底を覗こうとする。
 視線の動き、呼吸の仕方、指先の戸惑い、そんな小さな仕草でも、相手の言っていることが本当かどうかは、分かるつもりだ。
「さあ。分かんね」
「えっ?」
 紬は驚いた。
 万里のことだから、きっとそれらしい明確な言葉が返ってくると思っていたのに、分からないとは。しかも、それをあまり重要視していないらしいのだ。
「だーって気づいたらそうだったし。理由なんか多分一杯あるけど、どれも後付けっつーかなんつーか。笑ってるとこ見たいとか、カフェ一緒に行くの楽しみとか、そういうのばっかなんだぜ」
「そ、そういうものなの……」
「それでもよけりゃ、夜通し説明すっけど。でも……理屈じゃねぇっての、こっち方面じゃ初めて味わってるよ、紬さん。サンキュな」
 そう言って万里は照れ笑い。礼を言われるなんて思っていなかった分、反応が遅れた。そうして、一気にせり上がってくる、気恥ずかしさ。
「……っ」
「だからさ、生理的に無理っていうんじゃなきゃ、ちょっと真面目に考えてみてくんねぇ? 思ったよりいい反応もらえてっし」
「なっ、こ、これは万里くんが変なこと言うからっ……」
「変じゃねーだろ、アンタが好きってだけだぜ? だからもっといろんな紬さんが見たい。俺が思ってるのと違うっていうなら、見せてよ、紬さん。普段のも、舞台の上のも。もっと、見たい。GOD座のタイマン受けてみるといいよ。どんなテーマ来たって、綴がすっげぇいい脚本仕上げてくっから」
「だ、だからね万里くん、聞いてよ」
 言うだけ言って、すっきりしたとでも言うように、万里は笑う。どんなにいい脚本が上がってきたって、それを演じる役者の方に問題があるのだというのに。
「弱音ならいつでも聞くし、練習相手にだってなるし、緊張ほぐれないってんなら、いつでもぎゅーってしてやっからさ」
「……さ、最後のは何か違うよね?」
「バレた。はは、まあ俺でよけりゃいつでも力になるぜ。好いた惚れたを抜いてもな、アンタの演技をもっと見たい。叶えてくれよ、紬さん」
「万里くんっ……ちょっ……」
 じゃあおやすみ、と万里は本当に無責任に、言いたいことだけ言って、寮の中に戻っていってしまう。
 紬は昨日と同じくそこにしゃがみ込んで、火照る頬を両手で覆った。
「ど、どうしよう……」
 恋を受け入れられないと思うのは、昨日と同じだけれども、あんなふうに言われて嬉しくないわけがない。
 自分の演技では無理だと思っているこの状態で、「見たい」と言ってもらえるのは、本当に嬉しい。
 演じ終えたあとで感想をもらえる幸福を知っているけれど、演じる前に「もっと見たい」と期待されるのは、あまりなかったように思う。
 好いた惚れたを抜いても、と万里は言った。
 お世辞のカテゴリに分類されるだろう、なんて思っていた自分が情けなくて恥ずかしくて、別の意味でも顔から火が噴き出そうだった。
(本当は、逃げたくない……なんで万里くんには、分かっちゃうんだろう……)
 深く息を吸い込み、そして吐き出す。
 先ほどまでの重く暗い気持ちが、少しずつ、本当に少しずつ、空気に溶けていくようだった。
 今日は昨日の今日よりも、ゆっくり眠ることができるだろう。そう思って、紬も寮の中へと戻っていった。



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俺のCandy Star!-020-

俺のCandy Star! 2017.07.17

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 昨日と同じくバイトを終えて、カフェで休憩して、寮に戻った。昨日飲んだブレンドとはオーダーを変えてみ…

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 昨日と同じくバイトを終えて、カフェで休憩して、寮に戻った。昨日飲んだブレンドとはオーダーを変えてみたけれど、今日はやっぱり昨日である。
 夕食はチキンカレー、ポテトサラダとオニオンスープ。ナンがうまく焼けたのだと、嬉しそうに笑う臣も変わっていない。そろそろ、彼が本当に普通の大学生なのか分からなくなってきたが、そこは今考えるべきところではない。
 今ここにいるメンツも、昨日と変わっていない。
 冬組の全員と、学生組、デザイナーコンビ、機嫌が悪そうなヤクザ。少し十座の元気がないのも、昨日と同じだった。
「なー咲也、春組って今日レッスン室使うか?」
「あ、今日は使わないよ天馬くん。っていうか……稽古しようにもメンバーが揃わなくて。至さんは会社の飲み会でいないし、綴くんは脚本の研究だとかで、どこかの図書館こもってるみたいだし……」
「じゃあウチで使っていいか? っていうかお前も入れよ咲也。真澄は、……監督いないとやる気ないか……」
「あはは、監督は冬組の方いっちゃうから、仕方ないよね。でも、いいのかな? 俺が入っても。シトロンさんにも声かけていい?」
「当たり前だろ」
「わあ、一緒に稽古できるの嬉しいです!」
「ポンコツ役者のポンコツっぷりが、バレちゃうんじゃないの、平気?」
「んだとぉっ」
 夏組と春組の一部が、第二レッスン室を一緒に使う相談をしているのも、紬は昨日聞いた。少し羨ましく感じてしまうのは、わだかまりが何もなさそうな彼らがまぶしいからだろう。
「じゃあ、冬組はこのあと稽古ですね」
「はい、監督」
 紬は食べ終わった食器をキッチンへと運び、いつもごめんねありがとう、と臣に声をかけて、ひとり第一レッスン室へと向かった。
 レッスン室は、まだ誰もいない。電気をつけて、正面の鏡に自分自身を映してみた。
 頼りない男がひとり、いるだけ。
 きっと誰が見ても、十人中十人が、お前になんか任せられないと言うだろう。
 自分なんかがリーダーをやるべきじゃなかった。
 こつ、と鏡に額をぶつける。
「身の程を知れよ、月岡紬……」
 もう一度芝居がしたい。その一心でこの街に戻ってきたのは間違いだった。この街にはそんな人間が山ほどいる。
 ちょっと演技ができるからって浮かれていた自分が、ここでスターになれるわけもない。
 いや、そもそもスターになりたかったわけではない。それは丞みたいな人間がなるべきだと理解している。
(スターになりたいわけじゃない。芝居がしたいんだ……誰かひとりでも、俺の芝居を好きだと言ってくれたら、それで……)
 そう思って息を飲み込み、紬はふるふると首を振り、自嘲気味に口の端を上げた。
(ひとりでも、なんて嘘だ……たくさんのひとに観てもらいたい、幕が下りたあとのあの拍手、もう一度浴びたい。楽しく芝居がしたいんだ……丞と一緒に、芝居がしたい)
 こんな欲張りな自分を、いったい誰が知っているだろう。丞も、きっと万里も知らないはずだ。
(こんな自分は好きじゃない。こんなの、誰も好きになってくれないよね……欲しがるだけで、何もしない、自分勝手だ……)
 せめて自分が打ち込めるものが他にあれば、と息を吐く。
 考えても、探しても、芝居しか浮かんでこない。
(逃げたくはないけど、ここを壊したくない。どうやって分かってもらおう。こんな自分が主演じゃ、GOD座が出してくるだろう課題を、うまく表現できない……)
 丞が主演を受けてくれないのなら、GOD座との勝負は下りるべきだという気持ちは、昨日と変わっていない。
 もう一度丞と話し合ってみようと思ったところへ、他のメンバーと監督が、そろってレッスン室へとやってくる。夜の稽古開始だ。
「じゃあ、いつも通り発声練習と、エチュードをやってみましょう」
「はい、よろしくお願いします」
 紬は作った笑顔で自分を飾って覆い、ひとまずの稽古をこなしていく。
 だけど、エチュードのぎこちなさは、いつもの比ではなかった。いづみが困り果てているのが、雰囲気でも分かって、余計に仕草が硬くなった。
 レッスン室のドアが軽くノックされる。顔を出したのは、万里だった。
「あれ万里くん、どうしたの? 今日は秋組の稽古ないよね」
「んー、ちょっと他の組の稽古も見たくて。秋組の参考になっかなーと思ってさ」
「熱心だね、偉い。隅っこの方で見ててくれる? 何かアドバイスあったらお願い」
「りょーかい」
 そう言って万里は、壁にもたれてこちらを観てくる。それも昨日と変わらないが、やりづらさは増していた。
 万里の気持ちを知ってしまったからか、視線のひとつひとつが、意味を持っているように思えて仕方がない。
 エチュードの会話が続かない。
 丞と紬以外は、演劇に関しては素人だ。記憶のない密は分からないが、こんな時は紬や丞が引っ張っていくべきなのに、その二人の息がいちばん合っていないのでは、どうしようもない。
 飲み会という簡単なテーマであるにもかかわらず、紬の仕草も表情も、硬い。
 こんなんじゃダメだと思えば思うほど、深みにはまっていった。
 その時。
『悪い悪い、遅れちまって』
 紬の頭の中に、なかった声が入り込んでくる。それは飛び入り参加の万里のものだった。
 驚く東と誉、瞬きの回数が多くなった密。やっぱりかという表情の丞。そういえばそうだった、と昨日のことをやっと思い出した紬。
 すうっと、力が抜けていったような気がする。
 もともとなのか、発声練習の賜物なのか、万里の声はレッスン室によく響く。仕事帰りの青年を、よく演じていた。
 紬はひとつ、瞬き。万里の視線と出逢って、そこでカチリとスイッチが入ったのを自覚した。
『遅い。何してたんだよ?』
 すっと息を吸い込んで、万里に向かって言ってみる。普段の紬では言わないことだ。
『だから謝ってんじゃん。帰り際に仕事頼まれたの、断れなかったんだ』
 万里も役に入り込んだのが分かる。どうも、頼まれることに弱い青年を選んだらしい。普段の万里なら、嫌なものはすぐに断るだろうに。
『まぁまぁ、楽しみにしてたからってそう怒らないの。ねえ、何を頼む?』
『あ、とりあえずナマで。そういや表に救急車止まってたけど、なに、急性アル中でも出た?』
『この店じゃないみたいだけどな。あ、すいません鶏の唐揚げ追加で』
 東の笑い声にオーダーをする万里と、メニューを指して店員に頼む丞。
『だし巻きたまごも。え、ふたつ? ああきみはひとつ全部食べるだろうしね。はいはい』
 誉は紬の好物を知っていてか、世話焼きの友人を演じ、
『ねぇ今日のアイスなに』
『もうデザートの話かよ!』
『オレには最重要事項だ』
 宴が始まったばかりなのに、もうデザートの話をする密に突っ込む万里。
 先ほどまでの緊張感が嘘のように、会話が弾む。万里ひとり入れた……というか乱入されただけで、こんなにも違ってしまうのか。
 全員の飲み物がそろったところで、何度目かの乾杯を行った。
 勢いを付けすぎて、ジョッキから泡が零れる。それに慌てる仕草をつけ加えて、紬は両手で持ったジョッキを、口許へと運んでいった。
 そうして飲み会特有の騒がしさと、友人で集まれた喜び、酒の酩酊をそれぞれで表現し終わった頃、いづみの声でエチュードの終了が告げられた。
(あっ、もう終わっちゃったのか……)
 昨日と同じ内容だと分かっているのに、紬は久し振りに役に入り込むことができた。
 万里が乱入してきただけでだ。
(万里くんは……やっぱりすごいな……。冬組と合わせるの、初めてなのにね……)
 万里が羨ましい。なんのわだかまりもなく入り込んできて、場の空気を一瞬にして攫ってしまう。
 顔が整っていることもあるし、よく通る声、物怖じしない大胆さ、自分がどう見られているかよく理解している、頭の回転の速さ。
(これからの公演で、どんどん上手くなっていくんだろうし……あの華やかさは、俺にはないもんね。丞と万里くんが舞台に立ったら、さぞ映えるだろうなあ……)
 華がない、というのは自覚している。言われたこともある。役者として、それを補う演技力でもあればいいのだが、それもない。
「紬さんの演技、憧れる。俺にはできねーもんな」
 万里がそう言ってくれるけれど、心の底から受け入れることができないでいる。
「うん……ありがとう万里くん」
 きっと万里の言葉は、恋心が多めに入っているはずだ。お世辞のカテゴリに分類されたっておかしくない。そんなふうにしか思えない自分も、紬は大嫌いだった。
「じゃあ、冬組はこのあとミーティングで」
「はい……」
 万里が気を遣ってレッスン室から姿を消し、昨日と同じようにミーティングが始まる。
 議題はもちろん、GOD座とのタイマンACTだ。
「密さん、大事な話だから起きて」
「ワタシが定期的にマシュマロを供給するよ」
「勝負を受けるかどうかを決めるのは、明日だよね」
「どうするんだい?」
 東たちの視線を受けて、紬は目を伏せる。そうしてゆっくりと口を開いた。
「……劇団の借金返済のためには、勝負を受けるのもいいと思います。ただ、俺なんかがリーダーで主演じゃ、やっぱり無理だと……俺じゃなくて、丞なら」
(やっぱり、俺の気持ちは昨日と変わらない……。こんなところも、昨日と同じ、か)
「紬、お前な――! 一度負った責任を投げ出すのかよ! 逃げないために、リーダーになったんじゃなかったのか!」
「なったときは確かにそう思ってたよ! でも、俺には役者としての才能が……」
「でもじゃない、お前いつまで引きずってんだ!」
 言葉に詰まる。何も言い返すことができなくて、紬は口唇を引き結んだ。
「落ち着いてください、丞さん!」
「ケンカは無意味だ、やめたまえ」
「まあ、紬の気持ちも分かるよ……責任が重すぎる」
「甘やかすな。そうやってまた役者の道も投げ出すんだろう。俺はそんな無責任なヤツと一緒の舞台には、立ちたくない」
「丞――!」
 丞はそう言い放って、レッスン室を出ていってしまう。残された五人の間に、気まずい空気が流れた。
(丞の気持ちも、昨日と変わってないってことか……)
「話し合いは、また改めた方がよさそうだね」
「……すみません」
「ごめんなさい、紬さん。入団したばかりなのに、いろいろ背負わせすぎちゃってました。タイマンACTは、辞退しましょう」
「ボクもその方がいいと思う。力になれなくてごめんね」
「紬くん、気持ちを切り替えるのだ。新しい金策なら、ワタシが考えてみせよう」
「マシュマロ、食べる……?」
 メンバーの気遣いが、逆に心臓に突き刺さる。きっと心の底から気遣ってくれているのだろうに、素直に受け止めることができない。
「……すみません、でも、俺に覚悟がないのがいけないんです」
 紬は俯いて、そのまま逃げるようにレッスン室を後にした。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-019-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「あ、紬さん」 その時、万里の声が紬を呼んで、思わず手元が狂う。取り落としたフォークは皿にぶつかって…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-019-


「あ、紬さん」
 その時、万里の声が紬を呼んで、思わず手元が狂う。取り落としたフォークは皿にぶつかって、ガチャガチャンと音を立てた。
「ど、どうしたんすか。平気?」
「だっ、大丈夫、平気だよ。なに?」
「そっちのドレッシング取ってほしいんすけど」
「え、あ、あ、うんこれね、ごめん気づかなくて」
 紬は傍にあったドレッシングの瓶を手に取り、万里に渡す。手が触れやしないかとどきどきしたが、無事に接触なく渡すことができた。
(万里くんが昨日あんなこと言うから、意識しちゃうじゃない……)
「アンタときどき鈍くさいよな紬さん……」
 万里は、昨日の朝と変わらない態度だ。いつもの自信満々な表情に、どこか寂しげなものが混じっているのはどうしてだろう。
 そこまで思って、紬はハッとした。
 万里にとって昨日、紬にとっての一昨日は、万里とのストリートACTをした日だ。その時の告白をうっかり受け流してしまった日。
 万里はそのことを気にしているのだろうか、と大好きなオムレツを食はむ口の動きが鈍くなった。
(その鈍くさい俺なんかのこと、どうして好きになったの、万里くんは……)
 いくら考えても分からない。答えにたどり着いてくれない。
(違う違う、こんなこと考えてる場合じゃないんだよ俺は……万里くんには申し訳ないけど、自分のことでいっぱいいっぱいで、そんな、恋愛のこととか、考えられない……!)
 二の次どころか、三の次、四の次だ。
「紬、あんまり考え込むなよ」
 隣の丞から、小さく声がかかる。それにハッとして顔を上げたら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 昨日と同じ現象が起きている事実を、あまり噛み砕けていないのだろう。
「あっ、う、うん、大丈夫……」
(そうだよ、問題山積みじゃないか。万里くんのことは、後回しにさせてもらおう)

『いちばんはGOD座との勝負考えて。前向きな感じで。その次は紬さん、アンタ自身のことを。こっちも前向きな感じな。三番目はまぁ……丞さんのこと? また何かあったんだろ。仲直りできますよーに。そんでその次くらいでいいから、俺のこと。もちろん前向きな感じで頼むわ』

 昨夜万里に言われた言葉が、頭の中によみがえってくる。カアァッと頬の熱が上がったのに気がついて、隠すように項垂れた。
 あんなに真剣な想いを、後回しにしていいものか。
 前向きな感じに考えられるとは思わないけれど、ちゃんと考えないと、と深呼吸。
 まずはこの昨日の今日から抜け出して、GOD座のことを断って、丞とはちゃんと話し合って、それから万里にごめんと言おう。
 順番が最後になってしまうのは、もう仕方がないと、ジャスミンティーを飲み干した。



 バイトに出掛けようと、玄関で靴を履く。教えている生徒に確認したら、やっぱり今日は昨日だった。今日が今日だと思い込んだままだったら、危うくバイトをすっぽかすことになっていただろう。
 なぜこんな現象が起きているのかは分からないが、明日はちゃんと明日になっているはずだ。
「紬さん」
 さあ出掛けようと思ったところへ、ほんの少し慌てた声に呼び止められる。振り向けば、万里の姿。無意識に、身構えてしまった。
「あ、な、なに? 万里くんも今日お出掛けでしょ?」
「あー、天馬待ち。つかアンタ、大丈夫か?」
 ぐ、と腕を掴まれて、紬は慌てる。
 昨日はこんなことなかった。
 普通にバイトに出掛けて、万里と玄関先で会話なんてしなかったのに。
 やはり、昨日とは少しずつ違っている。紬の反応に応じて、ほんとの昨日とはずれてきているのだろうか。
「え、えっと……どうして?」
「さっき、なんか様子がおかしかったから……体調でも悪いのかと思ってさ。バイト、休めねぇの?」
 紬は目を見開く。朝のダイニングでのことを、そんなふうに捉えてしまったのかと。
 確かに傍から見ればおかしな様子だっただろう。怪訝そうな顔をしたり、項垂れたり、そわそわと周りを見渡してみたり。
 そんなに目立つ行動はしてなかったと思うが、万里の気持ちを考えると、そう不思議なことでもないのかもしれない。
 好きな相手なら、異変は見逃したくないはずだ。
「だ、大丈夫だよ。バイトだって休めないし……。今大事な時期だって、万里くんだって分かるでしょ?」
「俺別にベンキョーとかしないでもできるし。カテキョ頼むヤツの気が知れねー」
「……万里くん、そういうのは良くないよ。しなくてもできるのはいいけど、他人を否定するようなことを、しちゃダメだと思う。っていうか、カテキョ頼んでくれる子がいないと、俺の仕事なくなっちゃうじゃない……」
 困るよ、と苦笑すれば、珍しく表情の幼くなった万里が、ごめんと謝ってくる。
(万里くんて、軽薄そうな外見に反して結構真面目だよね。なんていうか、育ちがいいんだろうな)
「紬さんのバイトに、文句言うつもりじゃなかったんすよ……。ただ、体調悪いなら無理しない方がいいって思って。今倒れたりしたら、困るじゃん、いろいろ……」
「あぁ、うん、そうだね……ごめんねありがとう、大丈夫だよ」
「……もしかして、昨日、帰りに俺が言ったこと気にして――るわけねーよな、ねーわ……悪い、今のナシ」
 万里の視線が泳ぐのは珍しい。
 言い掛けた言葉を途中で止めてまで、会話を切り替えるなんて、らしくないなと思ったが、そういえば紬は万里のことをよく知らない。
 通っている学校と、たまに学校をサボッて遊びに行っていたりすること、カフェ巡りはコーヒーの味重視、わりと何でもこなせてしまうらしいこと。それくらい。
 そして、月岡紬を好きだということ。
 自分で思って、赤面した。
 万里の言う昨日の帰りとは、紬がストリートACTと思ってしまった時のことだろう。
 少しは意識してくれたのかなんて、万里は期待しているようだった。
 だけど万里の中で昨日の紬は、ただ演技で返してしまった時点で止まっているはず。
 紬がもう「本気の告白」を聞いているとは、思っていない。
 そうしてハッと気がついた。
 紬にとっての昨日を繰り返しているということは、もしかして。
(ちょっ……と待って? 俺、もう一回万里くんの告白聞くことになるの!?)
 今さらそこに思い至る鈍感さに辟易もするが、それどころではない。
 あんな真剣な告白を二度もされるなんて、とんでもない。
 だが朝からのことを考えると、少しずつ違いはあるものの、大筋は「十二日」のことをたどっている。
 記憶が正しければ、バイトを二件こなして、カフェで少し休憩をして寮に戻り、夕食を済ませ稽古を終わらせてミーティング、また丞と衝突して、そうして……。
 紬は昨日のことを順に思い起こして、頬を染めた。
 丞と衝突してまた自信をなくした直後、目の前にいる年下の男の子に恋を告白されるのだ。
「なあ紬さん、本当に大丈夫なのかよ? なんか顔赤くねぇ? 熱とかあんじゃねーの」
「だっ、大丈夫! お、遅れちゃうからもう行くね」
 額に手を伸ばそうとしてきた万里を振り切るように、紬は慌てて玄関のドアを開けた。
 まだ心配そうな顔の万里がいたけれど、それ以上の接触を避けて足早に駅の方面へと歩く。
「びっくりした……万里くんてば目聡いんだから……」
 まだ頬が熱い。あそこまではっきりと、ストレートに想いを告げられたのは初めてだ。
 つきあっていた彼女もいるけれど、なんとなくいいなと思って、相手の方もなんとなくいいなと思っていてくれたのか、成り行きみたいにつきあいだして、それなりに恋人っぽいこともしてきた。
 けれど、相手に真剣に想いを告げたことはあっただろうか?
(ないな……。好きでなきゃ、つきあったりはできないけど、彼女のどこが、と訊かれると具体的に出てこない……月並みなことしか……)
 芝居を離れていた頃に、交際をしていた女性を思い出してみたけれど、紬は落ち込んできてしまった。不甲斐ない恋人だっただろうなと。
 スマートなエスコートのひとつもできなかったし、忙しさにかまけて、お互い逢えない時期もあった。彼女にフォローをしたか、彼女にフォローをしてもらったかというと、なかった気がする。
(客観的に考えて、最低だよね俺……。万里くんはやっぱり、俺を買いかぶってる気がする……)
 こんな自分、好きになってもらう価値なんてない。
 芝居もうまくいかないし、幼馴染みともぎくしゃくしている。
 足早だった歩調が、紬の気分に合わせて遅くなっていく。ここ数日の陰鬱な気分が、さらに最低レベルにまで落ち込んでしまった。
 こんな気分のままじゃ、何を考えてもまとまらないなと、紬はせめて顔を上げて、ゆっくりと足を踏み出した。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-018-

俺のCandy Star! 2017.07.17

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 朝起きると、枕元に見慣れない物体。紬はほんの少し体を強張らせ、ああそうかと思い出した。 その物体は…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-018-


 朝起きると、枕元に見慣れない物体。紬はほんの少し体を強張らせ、ああそうかと思い出した。
 その物体は水色のぬいぐるみ。
 昨日どこからか落ちてきた、持ち主不明のふわふわ。今日誰の物か訊かないと、と思い身支度を調える。
「あ、おはよう丞……」
「……あぁ」
 ルームメイトの丞に声をかけるけれど、返事はそっけない。昨日のことでまだ怒っているのだろうなと、紬はしょんぼりと肩を落とした。
 気分はずっしりと重く落ち込んでいても、稽古に出ないわけにはいかない。
 リーダーとして、早く行っておかねばと、朝練に向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
「……ねむい……」
「密さん寝ないで!」
 東は朝が弱そうだし、密などはいつでも眠そうだ。元気がいいのは、監督くらいいかなと紬は息を吐いた。
「紬くん、元気を出したまえ。ワタシがキミのために詩を考えてきたよ」
「え……?」
 誉にそう言われ、紬は目をぱちぱちと瞬いた。
 確か昨日も詩を贈ってくれたのに。どう反応していいか分からないシロモノだったからこそ、余計に頭に残っている。
「おいまたかよ」
 丞も、呆れたように息を吐く。ということは、紬の勘違いなどではなく、昨日も今日も詩を考えてきてくれたのだ。
「詩人が詩を紡ぐのは、呼吸をするのと同じことなのだよ」
(えーと、確か、遥かなる……)
「遥かなるモンタージュ、 繰り返すデカンタージュ……青春の淡きメモリー、消えゆくセオリー、溜め込むカロリ~。どうかな?」
「え、ええと……? ありがとうございます……?」
 紬は首を傾げた。
(昨日と同じだよね、今の……)
 耳に残っている単語だらけだ。どう反応していいのか分からないのも昨日と同じで、誉の真意が分からない。
「昨日と同じだろう」
 反応に困る、と丞がうんざりとした様子で額を押さえる。はははと紬も苦笑しかけたら、誉の眉が珍しくつり上がった。
「失礼な、これは今日の新作だよ」
「新作? だって、昨日も……」
「誉の詩は独創的だね。韻を踏んでて面白いよ」
 くすくすと笑いながら、東がフォローする。紬は勢いよく東を振り向いて、目を瞠った。なぜ東までもが、昨日と同じことを言っているのか。いづみを振り向けば、昨日と同じように、東のフォローに感心しているようだった。
「おいおい、早くもボケたんじゃないだろうな」
 昨日と違う反応をしているのは、自分自身と丞だけだと気づいた紬は、混乱した。もしかしてまだ夢の中で、起きていないのではないかと思うほど、不自然だ。
「何を言うのかね、ワタシの頭は、二十四時間冴え渡っているよ」
 昨日にはなかった言葉もある。
「紬くん、落ち込んだ時はこれを思い出して、元気を出すといい」
 かと思えば、また同じ言葉、同じ表情、同じ仕草。
(変だ、どうしちゃったんだ、誉さん……)
 誉だけではない、東も、いづみも、密もだ。
 昨日と同じく、マシュマロで釣れることを発見されて、寝そうになるとマシュマロを口付近に持ってこられている。食べたらまた寝てしまうのでは意味がない、といういづみの言葉も、昨日と一緒。
「おい、それ昨日もやってただろう」
「さっきから何を言っているんだね、丞くんは」
「だから、昨日も――」
「ああ、それってもしかして、デジャヴってヤツじゃないかな?」
「確かに、初めて見たはずなのに、前に見たことがある気がするっていうの、ありますよね!」
 違う、と紬は心の中で否定をする。
 デジャヴという現象は知っているし、実際に体感したことはある。
 だけどそれならば、丞が同じように不可解だと感じているはずがないのだ。ふたりで一緒に同じデジャヴを感じるなんて、そんなことがあるものか。
 紬はふと思いつき、携帯端末を取り出す。
「紬さん? 電話でもきたの?」
「いえ、そういうわけじゃ……すみませ――」
 稽古中に、紬が携帯端末を構うことはこれまでなかった。不思議そうに声をかけてきたいづみに、謝罪を返しかけ、目を瞠った。
 画面を見てみれば、日付と、時刻。
「な……んで……」
 そこには、昨日と同じ日付が記されていた。
 故障か――端末だけのことなら、そうも思えた。だが様子のおかしい団員たち、昨日と同じことの繰り返し……紬はそれでも半信半疑で、丞に声をかけた。
「丞、ねえ、見て」
「なんだよ」
「いいから、日付。見て」
 小さくそう囁いて画面を見せれば、丞も同じように目を瞠って、眉を寄せ、そして目を細めて軽く睨みをきかせてくる。
「そんなの、お前のが壊れてるだけだろ。俺のはちゃんと――」
 そう言って、丞も携帯端末を取り出し、え、と小さく声を上げ、息を止めた。
「…………どう?」
「……昨日の日付になってる」
 デジャヴだけでなく、携帯端末の故障まで二人揃ってなんて、起こりうるのだろうか。紬はいづみを振り返り、今日の日付を訊ねてみた。
「監督、今日って何日ですか?」
「今日? 十二日でしょ?」
「十三だろ?」
「十二だよ。間違いない」
 いづみも東も、紬と丞にとっては昨日の日付を口にしてくる。これは本格的におかしいと、紬の袖を引っ張ったのは、丞の方だった。
「稽古はいったん休憩だ。おい、紬」
 まだ始めてもいないのに、といういづみの呟きを背中で聞いて、紬は丞と一緒にレッスン室を抜け出した。そうして談話室へと向かい、小さく呟く。
「丞、これってもしかして……」
「言うな。集団で俺たちを騙してるに決まってるんだ」
 お前の考えているようなことは一切ない、と言いたげな丞の視線が突き刺さるが、証拠にと丞がつけたテレビのニュースは、「十二日土曜日、朝のニュースです」とさわやかに言ってのけてくれた。
 チャンネルを変えてみても、ニュースをやっている局は、十二日土曜日と表示されている。
「どっきりだとしたら、随分手が込んでるね……」
「俺は信じないぞ」
「こんな不思議なことがあるんだ……」
 まさか録画を流しているわけでもないだろうと、紬は丞からリモコンを借りて、自身でもチャンネルを変えてみる。日付は、やはり「昨日」だ。
「とりあえず、稽古に戻ろう丞。ここで議論したって仕方ない」
「……そうだな……」
 そうして恐る恐るレッスン室に戻り、朝練をこなして、朝食を取る。
 オムレツは紬の好物だけれど、昨日も臣が作ってくれた。美味しい、と感想を言えば、ありがとうと朝からさわやかに返されるのも、同じ。
「はよっす~、臣~なんか食いもん~」
 昨日と違うところはないのかと探す中、紬の体が強張った。ダイニングキッチンに響いた眠そうな声は、万里のものだ。
 顔を合わせづらい、と紬は万里とは違う方向に顔を向ける。
 何しろ、昨夜彼に恋を告白されたのだ。
 昨夜の今朝では、心の準備もできていないし、そもそも今はGOD座との勝負のことで頭がいっぱいで、その上今朝から不可解はことばかり起こっている。
(ふ、普通にしてていいんだよね? 万里くんには、一度無理だって言ってるんだし)
「ほら万里。今日はいつもより早いな。土日は遅くまで寝てるだろ」
「あー、今日あれなんすよ。一成と天馬が珍しく空いてるってーから、遊びに行こうって」
 臣が、万里の分の朝食を用意してくれる。特に席が決まっているわけでもないここの食卓で、万里は紬の斜め前に座っていた。
 そこしか空いていないわけではないのに、そういえば昨日もそこにいたような、と思い起こして、あれ? と首を傾げた。今のやり取りも、やっぱり昨日聞いた気がすると。
 隣の丞をちらりと見やると、項垂れて額を押さえていた。
 きっと丞も今、紬と同じことを考えたのだろう。
(やっぱり、同じなんだ……)
 万里にとっても、今日は昨日らしい。団員たちも、テレビも、今日は昨日。
 そろって自分たちを騙しているわりには、ひどく大がかりに思えて、紬は「みんなの中では明日」である今日を、どうにか噛み砕こうとしていた。


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