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恋をしている-010-

塚跡WEB再録 2021.10.02

#塚跡 #片想い #ラブラブ #ウェブ再録

恋を知った音 授業に身が入らなかったのは、これが初めてだ。 もちろん、それで成績を落とすような無様な…

塚跡WEB再録

恋をしている-010-

恋を知った音


 授業に身が入らなかったのは、これが初めてだ。
 もちろん、それで成績を落とすような無様な真似をするはずもないのだが、自分がそれだけ困惑していることを如実に物語っているのが、跡部には気に食わなかった。
 ――――まさか、アイツが。
 昨日から跡部景吾の頭を占めているのは、ただ一人の男だ。
 手塚国光。
 青春学園テニス部部長の、優秀なプレイヤーだ。
 その名は都内や関東圏だけに留まらず、全国の中学テニスプレイヤーに知られていることだろう。
 跡部も、例外なく認識していた。倒すべき相手として。
 氷帝学園中等部のキングとして君臨しているからには、一戦交えてみたい相手だった。
 当然ながら、自分の方が勝つものとして。
 跡部は相手の弱点を見抜くのが得意だ。そこを責め立てて持久戦に持ち込み、戦意を喪失させる。今まで戦ってきた相手の誰もが、[[rb:眼力 > インサイト]]の前に膝をついてきたのだ。
 それなのに、手塚と対峙したあの関東大会――あの男は肩を壊しながらもチームを勝利に導くために、がむしゃらに向かってきた。
 あの男の中の情熱と信念を読み切れなかったのは不甲斐ないが、それを上回る敬意が生まれたことに、言いようのない高揚を感じた。
 無二の試合になる。あの時感じたことは今も変わっていない。強いプレイヤーは全国に、世界にごまんといる。好プレイをできる相手にもこの先多く出逢えるだろう。
 それでも、手塚国光との試合は特別なものだった。
 全国大会で直接戦うことはなかったが、生涯の好敵手となるだろうことを確信して、激励と称して青学に押しかけもした。
 部長として部員を育てるためでなく、ただ個人として打ち合える相手はいるのか。いたとしても、プレイスタイルのバリエーションは、多くあって困ることもないだろう。
 そんな言い訳をして、ただ自分が手塚国光と打ち合いたい理由をごまかしたのは、自覚している。
 部活が終わってからでもいいかと承諾されたことには正直驚いたが、とにかくテニスができる――それだけで良かった。
 連絡先を交換して、連日打ち合うようになった。学校が終わってからだけでなく、休日にさえだ。
 跡部が所有しているテニスコートに呼んでやったら、顔にこそ出さないものの嬉しがっていた。
 本当にテニスが好きな男だ。
 それを知って、跡部自身嬉しかった。
 全国大会ではまた無茶をしていたが、懸ける思いには素直に賞賛を贈りたい。
 大会は終わったのに、やり取りは続いた。連絡をするのはいつも跡部の方からだったが、約束が取り付けられなかったことは片手にも満たない。
 急激に、急速に、手塚国光との距離が近づいた。同学年、部長同士、生徒会まで受け持っているとなれば共通の話題も多く、特にトレーニング方法や戦略は有益で、部員たちに対しての苦労話は面白かった。
 そんな中で、あることに気づいてしまった。
 ある意味、慣れてしまった種類の視線。
 手塚から、熱の籠もった視線が向けられるようになっている。
 あれは、恋情だ。
 跡部は足を組んで、爪の先でテーブルを叩く。カツ、カツ、と立つ音が、メトロノームのように正確なリズムを刻んだ。
 厄介なことになってきたと、跡部は思う。
 自分に向けられる視線を、いちいち気に留めるようなことはない。きりがないからだ。
 氷帝学園に君臨する者として、女子生徒からの偶像に対するような視線。テニス部をまとめ上げる部長として、部員たちからの畏怖と敬愛の視線。
 たまに本気で熱を上げてくる女子生徒もいるが、相手にするつもりはなかった。
 加えて、跡部という家の後ろ盾を欲してくる強欲な視線。跡部景吾自身を欲しているわけではない、いっそ清々しいまでの利用価値。
 祖父から言われるまでもなく、応えるべき視線とあしらい撥ねのける視線、利用して使い捨てる視線の判別はしてきた。
 しかし、手塚国光というよき好敵手からのあの視線を、どうすればいいのか分からない。
 最初は気にも留めていなかった。自分が他人に見られるのは至極当然の事象だったからだ。
 ――――だが、昨日のあれは。
 昨日、手塚と打ち合っている時ににわか雨に降られた。雨足は割と強く、部室の軒下で雨をやり過ごそうとしていた時だ。
 早く打ちたいと空を見上げた跡部を、静かに振り向いて手塚が言った。
『跡部は本当にテニスが好きだな』
 今さら何を言っているのかと、跡部は口の端を上げて返す。
『テメェがテニスを愛しているようにな、手塚』
 手塚はそれに、わずかに目を瞠ったように見えた。
 手塚がテニスに並々ならぬ情熱を注いでいるのは知っている。あの時手塚のがむしゃらさを表に出させた自分が、いちばんよく分かっている――などとは言わないが、割と周知の事実ではないのか。
 結局雨は止まず、止んだとしてもコートの状態が悪いということでお開きになったが、ずっと視線を感じていた。
 思い返してみれば、手塚からの視線は少し前からあったように思う。
 ふと振り向くと視線が合うことが多かった。
 話を聞いていないような時もあったのに、それがすっかりなくなった。
 対話する時の距離が、少し近づいてきていたようにも思う。
 友人として、好敵手として認識されているのだと思っていた。跡部自身がそうであるように。
 それが、まさか。
 まさか恋をしているなんて。
 ゆっくりと息を吐いたところで、テーブルに置いた手の傍をトントンと叩いてくる指先に気がついた。
「紅茶、冷めるで。跡部」
「あ、ああ」
 ハッとして顔を上げれば、忍足や滝が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。昼食後のティータイムだったのだと思い出し、冷めかけた紅茶のカップへと手を伸ばす。
「ずーっと上の空やったなぁ、自分。どないしたん」
「景吾くんのそんなところは珍しいね」
「うるせぇ」
 好んでいる紅茶なのに、味がしない。温度を感じるくらいだ。
「昨日の雨にやられたんか? 風邪は引き始めが肝心やで」
「昨日のはゲリラだったよな。俺も降られちまった。激ダサだぜ」
「今朝もでけぇ水たまりいっぱいだったぜ」
 宍戸や向日も話に入ってくるが、思い出すのは雨をしのいだあの時間。
 気づいてしまった瞬間が、どうにも恨めしい。
「それとも手塚と何かあったんか」
 カチ、とカップがソーサーに当たる。動揺しかけたことを悟られないように、カップを持ち上げ直して口へと運んだ。
「なんでヤツが出てくる」
「昨日も青学行っとったんやろ?」
 連日手塚と打ち合っているのは、氷帝のレギュラー陣は当然知っている。だからこその言葉なのだろうが、一瞬ひやりとした。
 跡部に後ろ暗いことがあるわけではない。何かあってたまるかと視線を背ける。
 ――――俺の様子がおかしいからって、手塚を連想されんのは癪だな。
 しかしそう思われるほどに、手塚との時間が増えているということかと、跡部は舌を打つ。
 その時間の中で、手塚に恋情が生まれてしまったのは、仕方のないことのようにも思う。
 いったいいつからなのか。それよりも、手塚は何をどこまで望んでいるのだろうか。男として、人としての欲求は跡部とて理解している。
 こちらにそういう思いがない以上、突き放してやるのが優しさというものだろうか。だがそうなると、手塚とテニスができなくなる。
 それくらいなら――と、打算的な思いが頭をよぎって、跡部は眉を寄せた。
 そんな打算を、手塚とのテニスに持ち込みたくない。
「今日も行くんか? よう飽きんな、自分」
「部活でもねーのにな」
「しかも他校に押しかけてまでだぜ」
 友人たちの声にゆっくりと振り向く。
 本当に毎日というわけでもないのだが、飽きるという言葉には反論したくなった。
「手塚と打ち合うのに、飽きるわけねーだろ。アーン?」
 跡部の中には、そんな発想自体が存在しない。忍足たちは、一様に呆れたように肩を竦めた。
 手塚と打ち合うのは好きだ。好敵手ではあるが、公式戦のない今は明確な敵同士ではなく、深刻に勝敗を争うこともない。
 本気を出していないわけではないのだが、チームを率いていないという気安さが、心地良かった。
 手塚の方はどうだろうか。
 頻繁に打ち合うようになっても、飽きるわけがないと言い切る自分に、彼ならなんと言うだろう。本当にテニスが好きだなと言ってくれた、あのテニスを何よりも愛している男なら。
『飽きるという発想がない』
 と、至極当然のように言い放つ手塚が想像できてしまって、跡部はくっと喉を鳴らした。
 手塚国光のそういう部分は好感が持てる。
 跡部はそっと目を伏せ、小さく息を吐く。そうして、カッと目を開いた。
 ――――いいぜ手塚。受け止めてやろうじゃねーの。
 手塚の、テニスに対する思いは本物だ。それは尊敬と称賛に値する。そんな男が自分に恋情を抱いたという事実を、否定はしたくない。
 見るからに色恋方面に不器用そうな手塚が、今後どう出てくるのか、楽しみにさえなってきてしまった。
 隠し通すのか、真っ向勝負でくるのか。
「ふ、フフ……ハァーッハッハ!」
 おかしさがこみ上げてくる。突然笑い出した跡部に周りはおののくこともなく、楽しそうで何よりだとそれぞれのドリンクに手を伸ばしていた。
「悪い、ちょっと電話してくるぜ」
「ごゆっくり」
 午前中とは打って変わって上機嫌なキングは、ひらひらと手を振られてテーブルを離れた。
 そうして人気のないところで発信したのは、手塚の番号。
「俺だ」
 手塚が応答するまでに五コール要したのは、どう捉えるべきだろう。手が空いていなかったのか、それとも恋する相手からの電話に心の準備が必要だったからなのか。
『跡部か。なんだ』
 その第一声で、ピンとくる。
 ――――隠すつもりか、手塚。
 声音がいつもと変わりない。周りが騒がしいが、向こうも昼食中なのだろう。
 周りに悟らせないために押し隠す精神力は、さすが手塚だと思った。
「今日、打てるか?」
『俺は構わない。だがお前の方はいいのか』
「アーン? 何がよ」
『いや、俺ばかり相手にしているのは、飽きたりはしないのかと思って』
「テメェと打つのに、飽きるって発想がねぇ」
 つい先ほど忍足に言われたことを、手塚にも言われてしまう。もしや裏で繋がっていたりするのだろうかと思うくらい、絶妙なタイミングだ。
 しかし、返す答えが変わることはない。
『――そうか。どうやら考えることは同じようだな、跡部』
 そして、向こうからも申し分ない答えが返された。
 跡部は満足げにふっと笑い、「じゃあな」と通話を打ち切った。
 手塚が自身の中に生まれた感情を抑え込むというのなら、それにつきあってやろう。
 好敵手だということ、男同士だということ、無二の試合を繰り広げた相手だということ――恐らく彼の中には様々な葛藤が生まれることだろう。
 それをどうやって乗り越えるのか、楽しみだ。
 ――――乗り越えろ、そして隠し通してみせな、手塚ァ。
 跡部は笑いながら、晴れた空を挑戦的な瞳で見上げた。


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恋をしている-009-

塚跡WEB再録 2021.10.02

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塚跡WEB再録 2021.10.02

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「手塚、メシ食ってねえんだろ。用意させたぜ」 俺の部屋でいいだろと有無を言わさず招き入れられる。まあ…

塚跡WEB再録

恋をしている-006-



「手塚、メシ食ってねえんだろ。用意させたぜ」
 俺の部屋でいいだろと有無を言わさず招き入れられる。まあ確かに空腹ではあると、ありがたくいただくことにした。
 跡部はデスクで何か書類に目を通している。生徒会の仕事を持ち帰っていたのか、それとも部活の方の関係か。
「練習メニューの相談受けたヤツと、うちのスポーツ事業部の業績だ。目を通しておけと言われてるんでな」
 手塚は目を瞠り、思わずスープをすくう手が止まった。
 テニス部の練習メニューというのは理解できるが、うちのということは、跡部家が展開している企業関連ということだろう。
 跡部の事業を継ぐ身であると自覚していて、彼は常に学び高みを目指している。
 誇らしいのと同時に、手の届かない存在になってしまいそうで恐ろしい。
 せめて彼と対等でありたい。テニスも、この関係も。
「で、さっき電話で言ってたことはいったい何だ?」
 書類をピンと爪の先ではじきながら、跡部が口の端を上げる。手塚は跡部を振り向き、ひとつ瞬いた。
「俺様に愛情表現できているか、……だったか?」
「……不二に、言われたんだ。俺は顔にも出ないから、伝わっていないのではないかと」
 気まずい思いをごまかそうと顔を背ける直前、手塚の目にはぽかんとした表情の跡部が映った。
「跡部は、言葉にしてくれるだろう。何度も俺に好きだと言ってくれた。もうお前の気持ちを疑うことはないというのに、それでも」
 スープを飲み干して、彼の好きだというノンアルコールのシャンパンとやらを流し込む。これで酔えてしまえたらいいとも思ったが、酔った状態で告げる言葉ほど不誠実なものはないなと思い直した。
「お前を想う気持ちは嘘じゃない。言葉にしたいとも思っている。だけど、お前を前にすると上手く言葉が出てこない。目に映すだけで、抱きしめるだけで俺自身が満足してしまって、伝え損ねる」
 俯くと、跡部が椅子から腰を上げる気配がした。また叱咤されるのだろうと思って、拳を握りしめた。
 つかつかと歩み寄ってきた跡部が、呆れ気味に腰に手を当てるのが分かる。
「顔上げな、手塚。そして俺様を見ろ」
 見ろと言われれば、見たい。後ろめたさがないわけではなかったが、恋情は正直だ。顔を上げて彼を振り仰げば、遠慮のない唇が降ってきた。
 二度ほど瞬く間に離れていった薄い唇は、楽しそうに笑う。
「跡部……?」
「不二も面白いこと言うじゃねーか。これだけ俺様への気持ちがだだ漏れな男を相手に」
 え、と言葉を止めた。今度は手塚の方がぽかんとする番だった。
 固まって二秒、ハッとして眼鏡のブリッジを押し上げ、眉を寄せる。
「だ、だだ漏れとはどういう意味だ」
「アーン? そのままの意味だぜ」
 十人に聞けば十人ともが、だだ漏れなのは跡部だけだと言うだろう。そう信じて疑わなかったし、自覚もしている。
 それなのに、彼の目には違って見えるらしい。
「まぁ自分じゃ気づかねーかもな。いや……不二のヤローがそんなふうに言うってことは、お前のそれは本当に俺様と二人きりの時だけらしいな」
「え?」
「お前が俺を見つめる目がな、もう言い訳しようがねえくらい俺を好きだって言ってんだよ」
 跡部の言葉を頭の中で反芻して、把握して、珍しくカッと顔の熱を上げた。そんな馬鹿なと言ってしまいそうで、手塚は思わず口許を手で覆い隠す。確かに跡部といると、気がつけば彼を見つめてしまっているが、いったいどんな目をしていたというのか。
「おい手塚。まさかとは思うがお前、本当に気づいてなかったのか?」
「い、いや……そこまで言われるほどとは思っていなかった」
「甘ぇな。俺はお前の告白聞く前に気づいてたんだぜ。むしろテメーが自分の気持ちを自覚する前からかもしれねえが」
「は?」
 驚くのは二度目だ。彼はいったいあとどれだけの隠し球を持っているのか。
 そういえば、と思い起こす。初めて自分の気持ちを告げた時、跡部は軽蔑するどころか驚くこともしていなかった。やればできるじゃないかとまで言っていたのだ。
「き、気づいて、いたのか……?」
 手塚自身が散々目を背け、押し込めようとしていた頃、跡部にはすでに何もかも分かっていたというのか。それでも変わらず接しようとする手塚に、同じく普段通りに接してくれた。
 離れようとしたあの時、怒っていると感じたのは、不埒な想いに対してではない。真実を告げようとしないことに対してだったのかと、今になって気がつく。
「まあそういう視線には慣れてたからな。瞳の力で俺様に勝てると思うなよ、手塚ァ」
 跡部は顔を手で覆い、カッと目を見開く。
 彼の[[rb:眼力 > インサイト]]の鋭さは身をもって知っていた。そんなことで勝負をしようとは思わないが、自身よりも早く恋情に気づいていたなんて言われてしまうと、どうにも悔しい。
 それと同時に、不安になる。
「お前の[[rb:眼力 > インサイト]]は確かにすごいが、それはつまり、[[rb:眼力 > インサイト]]を使わないと俺の感情は読み取れないということではないのか」
「なんだよ、今日はやけにつまらねーことにこだわるじゃねーの。不二に言われたこと、そんなに気になるのか?」
「つまらないことなどではないだろう。跡部はちゃんと言葉にしてくれる。そうされるのは嬉しいのに、お前に何も返せない」
 胸の中にある恋情を理解してくれているからといって、それに甘んじていてはいけない。言葉というものがどれだけ嬉しいかを知っているのだから。
「手塚。俺がテメーに何度も好きだって言ってんのはな、何も義務とかお前を喜ばせるためじゃねえ。あふれてくるだけだ。俺は言いたい時に言う、それだけだぜ」
 あふれてくる、と跡部の言葉を小さく呟き返し、手塚はふと思い当たることがあった。
 跡部を前にすると、触れたくなる。髪に、頬に。抱きしめたくなって、腕に収めて、それで満足できてしまう。
 その瞬間は、どうしようもなく想いがあふれた状態だ。
「心当たりあるだろ、手塚。俺もお前も、あふれたもんをそれぞれのやり方で伝えてるだけなんだよ」
 ああそうかと、素直に受け止めることができる。同じ方法である必要はなくて、自分のできることで示していたにすぎないのだと。
 跡部は言葉で。
 手塚は行動で。
 これまでも、これからも。
「テメーの気持ちはちゃんと分かってるぜ、手塚。それともお前は、周りにもそれを認識してほしいか?」
「……俺がもっと表に出すことで周りを牽制できるのであれば、それも一つの手かもしれないとは思う。だがお前を欲しがるヤツはたくさんいるだろう。キリがない」
 いろんな意味で、と付け加えると、跡部は肩を震わせて笑った。
「跡部が今のままでいいと言うなら、俺なりのやり方で示していこう」
「ああ、余計なこと気にせずに、テメーは俺様のことだけ考えておきな」
 勝ち気そうに眉をつり上げて、跡部は言う。
 毎回思うけれど、この余裕はいったいどこからくるのだろう。この男らしさがとても楽で、好ましい。
「跡部。ひとつ頼みがある」
「アーン? 珍しいじゃねーの。俺様に叶えられないことなんてないぜ」
「今夜俺に抱かれてほしい」
 ためらうことなく口にすれば、彼はひとつ瞬いて、色っぽく自身の唇を撫でた。
「ああ、愛してるぜ手塚。存分に堪能しな」
 あふれたものが、それぞれの形で示される。これが自分たちの表現なのだと、手塚は腰を上げて跡部の体を抱きしめた。



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恋をしている-005-

塚跡WEB再録 2021.10.02

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 そうやって相手の体温を知ってしまえば、言葉でなくとも伝わるものがある。 一晩かけて教えられ、教え、…

塚跡WEB再録

恋をしている-005-

 そうやって相手の体温を知ってしまえば、言葉でなくとも伝わるものがある。
 一晩かけて教えられ、教え、手のひらを重ねて眠った翌朝、もう一度ちゃんと伝えた言葉に、跡部は満足そうに笑ってキスをしてくれた。
 それから手塚は、跡部の気持ちを疑うことはしなくなった。
 プライドの高い跡部景吾という男が、体を許してくれることの意味を理解できないわけもない。
 好きでいてくれている。二人で過ごすうちにそれは確信に変わった。
 しかしことあるごとに言葉で伝えてくれる彼に、同じように返せてはいない。
 どうしようもなく好きだと思うこの気持ちは、彼に明確に伝わっているだろうか? いや、きっと伝わっていないはずだ。
 彼を前にすると、見惚れてしまってそれどころではなくなる。抱きしめてしまえば、それだけで胸がいっぱいになる。告げようと思った言葉では足りなくなって、結局何も言えない。
 だけど、今日こそ。
「跡部、もし今から時間があれば」
『手塚。今どこだ。迎えに行くからそこ動くな』
「……跡部?」
『――逢いてぇ』
 手塚は目を瞠った。なぜ彼は、的確に自分の心の内を読み取ってしまうのだろう。しかも、対面していない状態でだ。
『テメェが耳元で話しやがるからだぜ。顔見たくなっちまうだろうが』
 ため息が混じったその声に、逢いたい気持ちが膨れ上がる。彼のそれは、けっしてこちらを気遣うための言葉でなく、正真正銘彼自身が望んでいることだ。
 手塚は、少しの沈黙を経て自分の居場所を告げる。
「跡部」
『あぁん?』
「助かる。俺もお前に逢いたいと思っていた」
『ハッハァ、可愛いこと言うじゃねーの。待ってな』
 ご機嫌そうな声が返ってきて、手塚は通話を打ち切って建物の壁に背を預けた。
 ちゃんと言葉にすれば、跡部が嬉しがることを知っているのに、なぜ上手く告げられないのか。
 情けないなと髪をかき上げ、ふうと息を吐く。
 こんなふうだから、不二にあんなことを言われてしまうのだ。
『手塚、キミは跡部にちゃんと愛情表現してるの?』
 している、とは言えなかった。言葉を選ぶこともできず、かといって表情に出るわけでもないようで、ましてや態度になんて出せていない。
 気持ちは大きいのに、伝えられていないのは事実だ。
 明け透けな跡部に比べたら、十と二、いや一くらいかもしれない。
 跡部よりつきあいの長い不二にも『分かりづらい』と言われるのだから、跡部には相当分かりづらいだろう。
 だから、訊いてみたかった。「お前の望む愛情表現はできているだろうか」と。
 そもそも跡部はどんな表現を望んでいるだろう。それは人によってそれぞれ違う。
 言葉なのか、態度なのか、形なのか。あるいは書類上の契約――とまで考えて、唇を引き結んだ。今の日本では同性婚は認められていない。そもそもまだできる年齢でもない。
 馬鹿なことを考えた、と息を吐く。
 程なくして、一台の車が停まる。運転手が降りてきて、わざわざドアを開けてくれた。手塚は運転手に礼を言ってリアシートに乗り込むが、いまだに慣れない。
「よぉ、手塚」
 それでも、中で迎えてくれた跡部の姿を見てしまえば、些細なむずがゆさはどこかへ飛んでいってしまう。
「ああ。わがままを言ってすまない」
「言い出したのは俺様だぜ」
 リアシートに二人を乗せて、車はゆっくりと動き出す。
 手塚はそっと跡部の方へ顔を向け、ひとつだけ瞬きをした。制服でないということは、もう帰宅していたのにわざわざ迎えに出てきてくれたということだ。
 そんな彼に何か告げるべきかと思ったが、今は二人きりではない。心地の良い運転をしてくれる運転手はきっと聞かない振りをしてくれるだろうが、この関係を知られて良いものではないだろう。
 そう思って口を噤んだのに、太腿に置いていた左手をそっと持ち上げられた。
「こんな時間まで学校にいたのか?」
 言いながらその手を絡めて、お互いの間に置く跡部に驚く。諫めるようにもチラリと運転席を見やれば、見えやしねえよとでも言うように絡む指の力が強くなった。
 確かに運転席からは見えないだろうし、跡部が自身の望むことを簡単にやめるはずもないなと、手塚は諦めたようにシートに背中を預けた。
「生徒会の仕事と、先生からの頼まれごとがあった」
「忙しそうだな。あんまり無理すんじゃねーぞ」
「お前ほどじゃない」
「俺様はもう慣れてんだよ。対応できるキャパシティってのは人それぞれ違う」
 キングとして君臨しておきながら、他人の能力を尊重し、押しつけることもない彼のそういうところは、とても好ましい。
 こんな時、改めて思う。美しいひとだと。容姿はもちろんだが、そういう部分のことではない。
 唯我独尊とは言われているが、彼ほど自分と周りの環境を認めて、受け入れ、伸ばすことに長けている人はいないだろう。しかもこの年齢でだ。
 それは跡部財閥の息子という環境がそうさせるのかもしれない。
 彼を欲している者は、たくさんいるはずだ。
 跡部の人間としての彼を。テニスプレイヤーとしての彼を。氷帝学園の中には、真剣に恋情を抱いている者だっているだろう。
 そんな環境を理解はしているが、手塚国光は跡部景吾という人間が好きだ。その感情は誰にも負けていないと思う。
 だからこそ、しっかりと伝えておかなければいけないのに。
 情けなくも、想いを込めて呼びたい跡部という名前でさえ、音になってくれなかった。


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恋をしている-004-

塚跡WEB再録 2021.10.02

 そうやって想いを受け入れてもらった形で、交際を始めた。 手塚は公表するつもりはなかったのに、跡部が…

塚跡WEB再録

恋をしている-004-


 そうやって想いを受け入れてもらった形で、交際を始めた。
 手塚は公表するつもりはなかったのに、跡部が堂々と宣言してしまったのは本当に驚いたものだ。
 今日は[[rb:氷帝 > ウチ]]のコートで打つぞと迎えに来られて、「強引だね」とどこか含みのある言い方をした不二に、何ら悪びれることなく「手塚を振り回せんのは恋人である俺様の特権だろ、アーン?」と返したのだ。
 大石は固まっていたし、菊丸は興味津々だったし、河村は感心しているようだったし、乾は何故かノートを取り出したし、海堂はどう反応するべきか困っていたし、桃城は腰を抜かしていたし、越前は「さすがっすね」などと言っていたし、不二は「手が早いな」と開眼していた。まだ出していないと否定もできず、視線をあさっての方向に逸らしたのを覚えている。
 跡部は氷帝のレギュラー陣にも報告したらしく、コートに着くなり祝いと「跡部に捕まったら逃げられない」という憐れみを次々投げかけられた。
 捕まえたのはこちらの方なのだがと弁解したかったが、「どっちでもいいじゃねーか」と楽しそうにラケットを構える跡部に、何も言えなくなったのだ。
 順調だったと思う。何度か唇を重ねて、視線も重ねて、手のひらも重ねた。連絡がくるのはいつも跡部の方からで、リードするのも跡部の方だった。
 そんなふうだからか、周りには跡部からの想いを手塚が受け入れたと捉えられていた。実際は逆なのだと知っているのは、手塚の気持ちを知っていた不二くらいだろう。
 不二曰く、周りがそう誤解するのも無理はないのだそうだ。
 何かというと絡んでくるし、ライバル視してるし、唯一無二の相手として明け透けにアプローチしているからね、と不二が言う。
 それは色恋を抜いても自分も同じだ、と手塚は返した。
 あの関東大会、唯一の相手と対峙できた幸福。跡部でなければ駄目だったし、跡部にとっても手塚でなければいけなかった試合だ。
 そこまで考えて、ふと思い当たる。
 あの試合で、手塚は肩を痛めた。元々の怪我を無意識にかばっていたのが原因だが、跡部の言葉で認識し直したのも事実だ。にも拘わらず、唯一無二で永遠の宿敵との対戦に全力で挑んだ結果である。誰のせいでもない、手塚自身の責任だ。
 だけど、跡部はそう思っていないかもしれない。自分が弱点を攻めたせいで肩を壊したのだと思っているかもしれない。
 一因ではあるけれど、彼が責を負う必要はなかった。
 だけど、もし。
 ――――もし、贖罪の意味でこの不埒な想いを受け入れてくれたのだとしたら。
 ざあっと血の気が引いていった。
 そんなことは望んでいない。もし好意がないのに交際してくれているのなら、すぐにでも断ち切るべきだと思った。
 だから、もし贖罪の気持ちがあるのなら別れてほしいと告げたら、左手で頬を殴られた。
 右手でなかったのは、彼の利き手が右手だからだろう。右手はラケットを握るためにあるという彼の高潔さが、この期に及んで嬉しかった。
「俺を見くびるなよ、手塚。そんなもんで俺が唇を許すと思ってんのか」
 顔を上げれば、当然いつもの勝ち気な笑い顔が待っていると思っていた。しかし手塚が目にしたのは、泣き出しそうな顔だった。
 その時初めて、跡部の気持ちに気がついただなんて、なんて愚かだったのだろう。
「お前の肩のことは悪かったと思っている。だけどあの時の試合、全力で打ち合ったのは俺たち二人の責任だ。お互いが応えた以上、どちらがどれだけ悪いという認識はなかったぜ」
 目を瞠った手塚の中で、すとんと腑に落ちるものがあった。
 全力で応え合った。そうだ、それだけのはずだ。だから、リハビリから戻ってきても彼とその話をしたことはなかったのに。
「確かに俺がお前の気持ちに応えた形ではあるが、なんとも思ってねえヤツに落ちてやったりしねえ。俺に触れるものがあるのなら、お前であればいい……お前にしか許してねえ。これでも足りないってんなら、一晩かけて教えてやろうか」
 手塚の肩に顔を埋め、跡部は静かにそう告げてくる。
「跡部……」
 手塚はそんな跡部の背を抱いて、「よろしく頼む」と耳元で囁いたのだった。

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恋をしている-003-

塚跡WEB再録 2021.10.02

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 しかし、気がついてしまった恋情は日に日に育っていってしまう。『今日行く』と入ったメッセージに口許が…

塚跡WEB再録

恋をしている-003-


 しかし、気がついてしまった恋情は日に日に育っていってしまう。
『今日行く』と入ったメッセージに口許が緩みそうになって、慌てて顔を作ることもある。電話が来れば、あの声を耳元で聞けというのか……? とためらいつつも、聞きたい誘惑に負けてなんでもない振りをして応答することも増えた。顔が見られればやはり嬉しいし、ボールを打ち合えるのは幸福だった。
 だが、それと同等以上に、後ろめたい。
 いや後ろめたいどころではない。昨日はついに跡部のことを考えながら自慰をしてしまった。
 跡部の肌はどんな感触なのか。どんな顔をするのか。どんな声を上げるのか。中はどんなに熱いのだろう。
 想像というのは実に都合が良いもので、跡部は一切の抵抗をしなかった。それどころか積極的に求めてくれて、いやらしく乱れて、もっと欲しいとねだりさえした。
 思い出すだけで興奮してくる。
 だがこんなこと赦されるはずがない。
 涼しい顔をした裏側で、跡部に対して劣情を抱いている。
 健康な男子中学生としては当然の欲求なのかもしれないが、相手が相手だ。同性であるばかりか、好敵手として球を交わす大切な人。
 ――――駄目だ、跡部。
 逢いたい気持ちと、逢えない気持ちがごちゃ混ぜになる。
 ――――お前をこれ以上……穢すべきではない。
 こんな気持ちのまま、いつまでも跡部と打ち合ってはいられない。どうしても、裏切っているような気がした。テニスをしたいという、彼と手塚自身の純粋な思いを。
 これを最後にしようと、『放課後な』というメッセージに『分かった』とだけ返し、端末を胸の前でぐっと握りしめた。



「今日は一段と力が入ってたじゃねーの、手塚。いい球打ちやがって」
「あぁ……どうしてもな。これが、…………最後だと思うと」
 いつものようにひとしきり打ち合って、ネット越しに拳を合わせた後、手塚は跡部に切り出した。言葉に詰まったのは、最後のあがきだ。
「最後? どういうことだ」
 もう一ゲームと指を掲げかけた跡部が、怪訝そうに首を傾げる。突然何を言い出すんだとでも言いたげだった。
 それはそうだろう。手塚自身、これを最後にと決めたのは今日なのだから。
「もうお前とは打ち合えない、跡部」
 今まで何も言わなかったのに、何故と思うのが普通だ。
 引っ越しだとか、距離的な問題がすぐに浮かんできそうだが、跡部の行動力と財力を持ってすれば、そんなもの物ともしないだろう。どこか体の故障かと思わせるのも、実際一度壊れたところを見せた状態では、気が引ける。
 だからといって、つまらなくなったとは言いたくない。時間が許せば、この面倒な感情さえなければ、いつまでだって打ち合っていたいのに。
 跡部は突然のことになんと言うだろう。
 怒るだろうか。それとも逃げるのかと挑発してくるだろうか。つまらなそうに顔を背けるだろうか。
 だが跡部は、その想像したどれをもしなかった。
「理由を言え」
 こんな静かな声を聞いたのは初めてだ。責められているのは理解できて、後ろめたさと不甲斐なさが胸の中に同居した。この破廉恥な感情に飲まれかける自分が、ひどく矮小な生き物に思える。
「手塚」
 促されて、手塚は目を伏せた。ここで断ち切るべきだと、心から思った。目蓋を持ち上げると同時に、口を開く。
「少し忙しくなってくる。打ち合う時間がない。引き継ぎや勉強だってあるんだ」
 高等部へは基本的に持ち上がりとはいえ、進級の試験はある。全てが全て、嘘というわけではなかった。
「いそがしい。……俺様相手にそんな理由がまかり通ると思ってやがんのか、手塚」
 いつもいつもまっすぐに見つめてくる跡部の視線が、初めて下を向いた。手塚はそれに目を瞠り、こちらも珍しく視線を泳がせる。
 部に関しては徐々に次代に引き継いでいくとはいえ、生徒会の仕事に加えて財閥の跡取り息子である彼が、手塚より暇だということはないはずだ。馬鹿なことを言ったと思っても、もうどうしようもなかった。
「跡部、お前だって忙しいんじゃないのか」
「俺様を言い訳に使うんじゃねえ。俺が何のために忙しい合間を縫ってテメェと打ち合いに来てやってると思ってんだ」
「お前こそ、俺を理由にしているだろう」
 売り言葉に買い言葉。忙しいのに来てくれているということに、嬉しさを感じてしまう。それがまた後ろめたい。
「あぁ? 当然だろ。俺は手塚と打ち合ってんのがいちばん楽しいんだからよ」
 ここに来ているのはお前が理由で問題ないと、不敵に、若干自嘲気味に笑った跡部に、手塚は目を奪われる。
「これだと思って打ったキメ球を打ち返してきやがるし、テメェが自信満々で打ったもんを打ち返してやれるのは気分がいい。公式戦じゃねぇからお互い本気出してねえっつってもな」
 そう言って、指先で愛しそうにガットを叩く跡部に、手塚は頭を抱えたくなった。こちらの気も知らないで、そんなことを言わないでほしい。明け透けな性格の跡部を初めて恨んだ。
「テメェは違うのかよ、手塚」
 暗に、当然同じ気持ちなんだろうなとでも言わんばかりの言葉が、とても憎らしい。
 同時に、実感する。
 跡部景吾の中で、手塚国光という男はテニスとイコールで結ばれているだけだということを。
 あの関東大会で、全力で応えてくれた彼の高潔さを穢したくない。その反面、その高潔さごと貪り喰らい穢してしまいたい。
 相反する二つの感情が、手塚に下を向かせた。
「忙しいって理由じゃねえだろ。本当のことを言え。俺様を失望させんじゃねえよ、手塚」
 追い打ちをかけるように、ネット越しに距離が縮まる。
 失望させるなという言葉が、手塚の胸に突き刺さる。
 本当のことを言えばきっと失望どころか軽蔑さえされるだろう。彼のために嘘をつき続けるべきか、否か。
 いや、違う。彼のためではなく、自分のためだと気がついた。軽蔑されたくないからと嘘をつくのは自分のためだ。彼を理由にするわけにはいかないと、手塚は拳を握りしめる。
 失望される結果が同じなのであれば、せめて彼に誠実でありたいと、まっすぐに見つめ返した。
「跡部、お前を穢した」
 正直に、告げる。
 聡い跡部ならば、これだけでも伝わるかもしれない。だけど失望されるなら、会話をできるのはこれが最後かもしれない。きちんと伝えなければと、再度口を開く。
「お前が純粋に俺とのテニスを楽しんでくれるのは嬉しい。だが俺のお前に対する感情は違う。あの時……真剣に全力の力で応えてくれた高潔なお前を、これ以上穢すわけにはいかない」
 跡部の目が、ほんの少し細められる。瞬きをするのがもったいなくて、ギリギリまで見つめた。そうして目を伏せ、もう一度彼を見つめるために目蓋を持ち上げた。
「俺はお前に、劣情を含む恋情を抱いている」
 恋情と口にしたのは、これが生まれて初めてだ。初恋は実らないと聞いたことがあるような気がする、と頭の片隅で思い出した。
 これで跡部とテニスをすることもなくなるなと、諦めて息を吐く。
「これが理由だ。聞いてくれて感謝する」
 逃げることもなく、跡部は最後まで聞いてくれた。言い出した手前というのもあるだろうが、彼のそういう肝の据わり方は好ましい。
「……手塚。テメェは俺様を何だと思ってやがんだ。あぁん?」
 跡部は腕を組んで、いつものように挑発的な声を返してくる。何だと思うも何も、今しがた言ったばかりなのだがと、手塚は眉を寄せた。
「高潔、ねぇ……。まあそれは俺様だからな、お前がそう思うのは仕方ねぇが。ふ、はは、悪くねぇ賛辞だったぜ」
 悪くなかったのか、と胸が少し温まる。跡部ならば、そんな賛辞はもらい慣れているだろうし、気にも留めないと思っていたが、自分の口にした些細な言葉を「悪くない」と言われるのは嬉しかった。
「だがな、そんな高潔な俺様でも、人並みの感情も劣情も持ち合わせてんだよ。お前の俺に対する気持ちを穢れだと切り捨てんなら、それは俺自身をも否定することになる」
 チ、と舌を打って、跡部はほんの少し顔を背ける。
「俺様のカリスマ性がありすぎんのがいけねぇんだろうが、神聖視するヤツらはいる。割と小せえ頃から、下世話な目を向けてくるヤツらも見てきた。今さらだぜ」
「…………今の俺は、お前に対してどちらの視線も向けていたということになるな。傷つけたのなら、すまない」
 別に、と跡部が小さく呟く。下世話な視線を受けるというのは手塚自身にはないが、神聖視というものには心当たりがあった。
 テニス部部長として、生徒会長として、敬われる視線は理解ができる。ただ、時折「手塚だから」「あの手塚が」と言われるのには違和感も覚えていた。
 自分とて、一人の人間だ。健全な男子であり、恋情も劣情も持ち合わせている。ただ、テニスが第一であるというだけで。
 自身がそういう違和感を覚えていたというのに、彼に対して同じことをしてしまった。跡部も、一人の人間だ。恋情も、劣情も持ち合わせている、健全な男子である。
 ――――跡部も……。
 劣情という単語を反芻して、破廉恥なことを連想してしまった。気まずさに眉を寄せて、視線を背ける。
「ならばお前は、不愉快ではないのか。俺が、お前を――」
「アーン? 不愉快に決まってんだろうが」
 許容はしてくれるのかと思ったその時、突き放された。まあそれはそうだろうなと理解し、納得する。手塚自身、好意を持っていない相手からそんな視線を向けられても、いい気はしない。
「すまない、跡――」
「何が不愉快ってな、テメェに俺様が穢されると思ってやがるところだよ」
 胸倉を掴まれて、ウェアに皺が生まれる。
 予想だにしなかった。不埒な想いを抱かれることでなく、それで穢されると思っていることが、腹立たしいのだなんて。
「何者にも穢されない。それが俺、跡部景吾の魂だ」
 威圧するでなく、責めるでなく、まっすぐな彼の瞳が高潔さを物語る。そういえば跡部のそんなところに惹かれたのだったかと思い出した。
「……さすがだな、跡部」
「俺はてっきり、お前も同じだと思ってたんだがな。頭ん中でどうされようが、実際に手を出されようが、折れることはねえだろ」
「当然だ」
 考えるまでもなく即答すれば、跡部は笑いながら胸倉の手を放した。
「しかし手塚よ。テメェはもう少し口説き方ってもんを勉強しな。なんだ、劣情を含む恋情って。ムードの欠片もねえ。あれじゃあ女の一人も落ちねぇぜ」
 愉快そうに、両手を上に向けて肩を竦める跡部に、そんなことまで考える余裕はなかったと答える。確かに冷静になって思い返してみれば、下心が透けて見えるどころか下心だらけだ。
「確かに配慮に欠けていたかもしれん。だが女性を口説き落とすために学ぶことなどできない」
 元々口下手な方だ、言葉を選んで伝える努力は必要だろう。手塚は、左手で跡部の右手を取った。
「俺がそういう言葉を伝えたいと思うのは、お前だけだ、跡部」
 学ぶべきは、たった一人、特別な想いを抱く相手に伝える言葉。
「……好きだ」
 しかしすぐに言葉など浮かんでこず、結局はシンプルな三文字になってしまった。だが嘘偽りない気持ちを伝えられたと思う。
 跡部はそれにひとつ瞬き、取られた右手に視線を移し、再度見つめ返してきた。そうしてふっと口の端を上げるとともに、手の指を絡めてくる。
「やりゃあできんじゃねーの」
 一本一本、手塚の指の間に収まる跡部の指。何が起こったのか分からず動揺したが、ここぞとばかりに絡む指に力をこめてみた。
「ハッ、シンプルでテメェらしい。だが分かりやすいのは嫌いじゃねーぜ」
 跡部も、ぐっと力を込めてくる。負けず嫌いはこんなところでも発揮されるのかと思うと、少し愉快な気分だった。
「テメェに落ちてやろうか、手塚ァ」
 ぐっとその手を引かれ、距離が近くなる。陽の落ちたコートで重ねた唇は、少し汗の味がした。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録

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塚跡WEB再録 2021.10.02

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「手塚、打つだろ」「ああ。少し待て、これを提出してくる」 その日、学園同士の交流だとかで合同で生徒会…

塚跡WEB再録

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「手塚、打つだろ」
「ああ。少し待て、これを提出してくる」
 その日、学園同士の交流だとかで合同で生徒会が招集された。報告書を作成し終えるや否や、当然とでも言いたげな跡部が窓から顎で外を指した。
 強いプレイヤーと打てるのは純粋に嬉しい。関東大会の試合を経て、お互いを好敵手と認識し合った相手ならなおさらだ。
 手塚は顔に出さないまでも、跡部と打ち合うのを楽しみにしていた。
 全国大会でも氷帝学園と当たったが、彼ともう一度公式戦を行う機会がなかったせいもあるだろう。
 チームとして勝敗は決したものの、根に持つような様子も見せず好敵手として球をかわしてくれる彼に、好感は持っていた。
 遠慮も何もなく強いサーブを打ってくるのも、手塚ゾーンに対抗しようとしてくるのも、楽しくてしょうがない。それは跡部の方も同じようで、彼と打ち合うと必ずと言っていいほど長い時間を要した。
「手塚、まだやるのかい?」
 案の定、今日も長いタイブレークに突入していたが、不二に声をかけられる。
「邪魔をして申し訳ないけど、校門の鍵閉まるよ。家の人も心配するんじゃない?」
 気がつけば他の部員はすでに帰宅しているようで、誰もいない。跡部との打ち合いに時間がかかることに、部員たちも慣れてしまったのだろう。
「もうそんな時間か」
 トスを上げようとしていた手を下ろし、手塚はネットの向こうの跡部に視線を移した。
「跡部。今日のところはこれで終わりにしよう。どちらが勝っているということもないし、ちょうどいいだろう」
 水を差しやがってとでも言いたげに眉を寄せたものの、跡部はラケットを下ろす。
「手塚、テメェの家族ごと俺様の家に引っ越せ。そうすりゃ時間なんて気にせず打てる」
 跡部が言うと、冗談かそうでないのか分からない。
 だが、家族に心配をかけてしまうという部分を酌んでくれたことに感謝した。
「跡部、明日は?」
 言って、手塚は自分で驚いた。確かに跡部と打ち合うのは楽しいが、毎回跡部が押しかけてくるからであって、自分の方から求めることはなかったのに。
 すぐ傍で、不二が小さく「へえ」と呟いたのも、珍しいと感じたからだろうし、ネットの向こうで跡部がぱちぱちと瞬いたように見えたのも、そういう理由だろう。
 少し居心地が悪いと感じたその時、跡部が後ろの方に転がっていたボールをラケットで拾い上げた。面でトスを上げ、ポンと打ってよこされる。
 手塚はそのボールをとすりと胸で受け止め、ラケットに乗せた。
「また明日な、手塚」
「――――」
 瞬きと、呼吸を忘れた。
 いつもの勝ち気な口調だったが、その顔が楽しそうで、嬉しそうで、少しの間動けなかったのだ。跡部がコートを去ったその瞬間まで。
「手塚、ボクは初めて聞いた気がするよ。人が恋に落ちる瞬間の音というものを」
 聞き慣れない単語に、思わず隣にいた不二を振り向く。まさか自分に言われたのだろうかと視線で訊ねたら、ふっと笑う声で返された。
「……………………何を言い出すかと思えば」
 恋、だなんて。
 その感情の名前は知っている。だけど、今の自分には必要のないものだ。
 テニスをしていたい。テニスがないと生きていけないなどとは思わないが、テニスだけをしていたいと思うことはある。それほどに、自分の人生に食い込んでいた。もっと上を目指したい。恋なんてものにうつつを抜かしている暇もない。
「跡部が俺とテニスをしたがってくれていることは嬉しく思うが、けっしてそういった不埒な感情ではない」
 跡部は尊敬するべきプレイヤーで、学校が違う以上は敵対者で、そもそも同性だ。
 今はテニスに全てを懸けたい。
 その思いは跡部だって同じだろう。同じだからこそ、挑み合える。
「ボクは恋情が不埒なものだとは思わないよ。手塚も普通の男子中学生だったんだなって、嬉しささえ感じる」
 てっきり本当にテニスにしか興味がないのだと思っていた。そう言われて、間違った解釈ではないと思うが、と視線だけで答える。
「いいじゃないか手塚。跡部だってキミに好感は持ってるだろうし、アプローチしてみれば」
「不二」
 部室に向かいながら、諫めるために名を呼ぶ。不二の中では、すでに確定事項となってしまっているらしい。面白半分といった様子ではないが、ありがたくない世話だ。
 跡部に対する気持ちを穢すな。
 そう形になって飛び出しそうだった音を、手塚はすんでのところで飲み込んだ。
 ――――跡部に対する、気持ち……?
 不思議な感覚だった。否定をしたいのに、否定したくない。
 跡部に対して持っている感情が、好意か悪意かと言ったら、当然好意の方だ。しかし悪意ではないというだけで、恋ではない。
 彼の、本気のテニスに対する真摯な思いを嬉しく思っている。ただそれだけだ。
 あの時、全力で受け止めてくれた彼に対する、純粋な感謝と尊敬――恋ではない。
「手塚、本気で怒ってるね」
「分かっているなら、今後軽はずみな発言は控えることだな」
 不二からは何も返ってこなかったが、追求されることもなく、手塚は息を吐く。
 跡部が打ってよこしたボールを受け止めた時の、胸の音には気がつかなかった振りをして。



「手塚。お前、次の部長は決めてんのか?」
「ああ、決めている。竜崎先生とも話し合った」
 いつものように打ち合って、フェンスにもたれながら水分を補給する。お互い部を率いてきた長ではあるが、次の世代に託さなければいけない。
「跡部のところは部員がたくさんいるから、大変だろうな」
「ハッ、今のいいな手塚。氷帝のじゃなく、俺のってとこがよ。だがそんな俺様も、さすがにずっと部長でいるわけにはいかねえからな」
 一年の頃から率いてきた部員たちも、次の世代に移っていく。感傷的になっているのか、少し自嘲気味に上がる口の端を珍しいと思った。
「跡部の後継というのは、本当に難しそうだ。……いろいろな意味で」
「テメェに言われたかねーな。技術や統率力を、どうしても比べられちまうだろ。だがそれを撥ねのけて乗り越えられるヤツを選ぶんじゃねーか。お互いに」
 跡部も跡部で、後継をもう決めているようだ。お互いにと付け加えられた言葉が、手塚の視線を跡部に向けさせる。
 こんな時、跡部と知り合えて良かったと思う。環境もプレイスタイルも異なるのに、共感できる部分が多くあった。それこそ、お互いにだ。
 そうだといいと胸の内で思いながら、ボトルに口をつける彼をじっと眺めた。
「しかし、分からねえもんだな。お前とこんなふうに頻繁に逢うようになるなんてよ。生徒会の件だって、テニス通して知り合ってなきゃ断ってる」
「それはそうだな。最初はうちの部員たちも驚いていたようだが、今はお前が押しかけてくることに、もう慣れきっている」
「くくっ、一人くらい観客がいてもいいんだがな。手塚、もう一ゲームやろうぜ」
 跡部がフェンスから体を起こし、ラケットを握る。コートを顎で指し、いつもの挑戦的な瞳を向けてきた。
「勝つのは俺様だ!」
「……俺は負けない」
 手塚もラケットを握り、コートへと足を踏み出す。
 胸が逸る。血が滾る。
 ボールを打つたびに、ボールを打ち返されるたびに、言いようのない高揚感がわき上がってくる。
 その高揚感を込めた球が、跡部の足下を撃ち抜いた。息を止めたような彼の一瞬の表情。転がったボールを追った視線。
「やるじゃねーの、手塚ァ」
 そして向けられた、好戦的な瞳。
 手塚は息を飲んだ。
 背筋を駆け抜けていった何かに気を取られ、跡部の反撃に動くことができなかった。
「アーン? 俺様の美技に酔いでもしたか?」
 転がったボールを追うことすらできない手塚に、跡部が声をかけてくる。
 茫然と――いや、愕然とした。
 硬直した三秒。手塚は眉を寄せ、ようやくボールを振り向く。指先で拾い上げ、ぐっと握りしめる。その拳が震えているのを、跡部には気づかれたくなかった。
「すまない、何か、少し……悪寒のようなものを感じて」
「ああ、俺様の美技にだろ。……ってわけでもなさそうだな。汗の処理ミスったんじゃねーのか手塚」
 跡部はラケットを肩に担ぎ、ひょいっとネットを飛び越えてくる。もうゲームをするつもりはないようだった。
「今日は切り上げるぞ。体の不調を甘く見るんじゃねえ」
「…………いいのか。俺の方が勝ってたが」
 ぐっと言葉につまった跡部だが、視線を左右に泳がせて正面に戻し、不本意そうに眉を寄せてチッと舌を打つ。
「仕方ねえから、今日は勝ちを譲ってやるぜ」
 そう言って通り過ぎ、バサリとタオルを放ってきた。勝負にこだわる跡部が、勝ちを譲ってまで体調を優先してくれたことに驚くが、それ以上に嬉しくて苦しい。
「ああ、そうだ手塚。明日はちょっと家の用事があって来られねえんだ」
「そうか」
「悪いな。今日は送っていくぜ、今車を呼ぶ」
 言いながら携帯端末を取り出す跡部に、手塚は首を振った。
「いや、申し出はありがたいが、遠慮させてもらおう。歩きたいんだ。寄るところもあるしな」
「そーかい。じゃあ、またな手塚。肩冷やすんじゃねーぞ」
 厚意をやんわりと押し返しても、跡部は機嫌を損ねることなく、むしろ気遣ってくれる。手塚は「ああ」と返して、跡部の背中を見送った。
 細く長く、息を吐き出す。口許を覆う手が、心なしか震えているように思えた。
「……跡部……」
 本当は寄るところなんかない。歩くことも鍛錬の内だとは思っているが、断った本当の理由はそんなことではなかった。
 まさかこんなことになるなんて。
 先ほど、体を駆け巡ったものの正体に気がついてしまった。どれだけ否定しようとしても、一度自覚した感情は体の中に根付いてしまう。
 もっと近くで見たい。もっと近くで射貫かれたい。
 ――――触れたい。
 手塚は間違いなく、跡部のあの好戦的な瞳に欲情したのだ。
 欲情。
 試合中の興奮や高揚感とは違う。試合なら、触れたいなんて思わない。抱きしめたいなんて考えもしない。
 あの情熱をもっと深く知りたいと思ったことはあるが、こんな熱は欲しくない。
 くそ、と手塚は珍しくそう呟いて、項垂れて額を押さえる。不二の言っていたことを、こんな形で自覚してしまうなんて。
 跡部を目で追ってしまうのは、ボールを打ち返す仕種を見るためだ。
 打ち合う時間を作ろうと予定を調整するのは、そうしないと跡部が不機嫌になるせいだ。
 今日は行けないと連絡が来るたび気持ちが沈むのは、勝負が持ち越されたからだ。
 体が熱くなるのも、胸が騒ぐのも、流れる汗に目が行ってしまうのも、すべてテニスにつながっている。
 そう言い訳をしてきた日々が、ついに終わりを告げてしまった。
 手塚国光は、跡部景吾に恋をしている。
 よりにもよってあの男にかと思わないでもなかったが、惹かれた彼のことを否定はしたくない。
 跡部景吾は確かに惹かれるに値する男だ。整いすぎた容姿のせいではなく、それに包み込まれた魂には、惹かれる。彼からあふれ出る自信は、中身を知ってしまえばひどく自然なものに思えた。
 そんなことを考えているなんて、彼は思いも寄らないだろう。この状況で、車内という閉ざされた空間でなど過ごせるわけもない。うっかり指先でも触れてしまったら最後だ。
 気づかれたくない。対等だと思っていたこの関係性が崩れてしまう。たとえ向こうが対等だとは思っていなかったとしてもだ。
 この感情は絶対に抑えきらなければ。そう決意して、手塚は空を見上げた。
「今日は月が綺麗だな……」
 夜空で一際輝く大きな月は、彼を彷彿とさせる。ぐっと唇を引き結び、肩が冷えてしまわないうちにと手塚も帰途に就くことにした。


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塚跡WEB再録 2021.10.02

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恋に落ちる音「俺はお前にしっかりと愛情表現できているだろうか、跡部」 携帯端末を耳に当て、ゆっくりと…

塚跡WEB再録

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恋に落ちる音



「俺はお前にしっかりと愛情表現できているだろうか、跡部」
 携帯端末を耳に当て、ゆっくりと歩いていた手塚はついにその足を止めた。
 電話の向こうから、『アーン?』と聞き慣れた声が返ってくる。高圧的なその音階に、どこか安堵してしまう自分がいることに、少し眉を寄せた。
『たまにテメェの方から電話してきたと思えば、何を言ってやがる、手塚ァ』
 ため息交じりに返されて、視線が下を向いた。
 たまに、というのは自覚している。
 電話番号もメールアドレスも知っているし、トークアプリのIDだって知っている――というか教えられた状態だが、自分から連絡をすることは少ない。
 相手は恋人であるというのに。
 跡部景吾は、他校の生徒だ。しかしながら、クラスメイトより彼のことの方をよく知っている。
 一年生の頃からあの氷帝学園テニス部を率いるているということで、もちろん名前は知っていた。オールラウンダーであることも、派手なコールを好むらしいことも。
 だがただ派手なだけではないことだって分かっていた。持久戦を得意とするのは、元々の資質に加えて並々ならぬ努力を重ねているだろうと推察できたからだ。
 幸か不幸か、彼と公式な対戦をすることはなかったけれど、対峙すれば接戦になるだろうことも予想できた。
 ただ、これは誰も予想しなかっただろう。その跡部景吾と恋人同士になるなんて。
 手塚は眉根を寄せて、目を伏せる。
 いつだろう。跡部をそういう対象として意識するようになったのは。
 彼を深く知るようになったきっかけは、間違いなく関東大会だと思っている。青春学園が全国大会に進出するためには、絶対に負けられない相手だった。結果的に個人では負けてしまったものの、信じられない気持ちがわき上がってきたことをまだ覚えている。
 ――嬉しい――
 負けて、そんな気分になるなんて思わなかった。悔しさがわき上がってくるのならば理解ができる。
 だけど、違う。
 育てた後輩が自分を超えてくれたくれたという嬉しさでも、理解はできる。
 だけど、彼は後輩でもなければ味方でもない。
 それでも、嬉しかった。
 肩の激痛を我慢してでも試合をやり通したのは、全国に行きたいからというのももちろんあったが、あんな試合はこの先できないと思ったからだ。
 強いプレイヤーはたくさんいる。同い年はもちろん、年下にさえ。接戦になるという意味では、いくらでも相手はいたはずだ。
 だがその誰もが、あの時の彼のようにプレイしてくれただろうか。
 互いに部を率いる部長同士、負けられない試合、肩を壊してでも――限界を超えてでも、勝たなければいけない。
 彼はそれに全力で応えてくれた。懸けた思いを、一球一球、真剣に返してくれた。どちらもチームを勝たせるために、魂を込めてボールを打ち合った。
 思い返しても、やはりあの時、あの試合は、跡部景吾とでないとできないと断言できる。
 圧倒されそうな[[rb:眼力 > インサイト]]を受け止めて返せば、彼は楽しそうに笑った。結果として勝ったのは彼の方だったのに、握手をした手を、称えるように掲げてくれた。
 伝え聞いていた跡部景吾の印象とは、少し違う。テニスに懸ける全力の思いに、全力で応えてくれる――そんな男なのだと気づかされた。
 跡部景吾は、純粋に尊敬できるプレイヤーだ。それは間違いなかった。
 それから跡部はよく連絡をくれるようになって、リハビリを終えてからはよく青学に押しかけ……もとい顔を出すようになった。
 敵情視察だと言いつつも、勝ち負けに関係なく、彼とただ打ち合うようになったのはそれからだ。
 ……いや、勝ち負けにはこだわることが多かった。何しろお互いが負けず嫌いだ。そろそろ帰らないと家族に心配をかけるという時刻、引き分けたこともある。
 不満そうな跡部が、舌打ちしながら「テメェの家族ごと俺の家に引っ越せ」と吐いた時には、思わず笑ってしまいそうだった。
 ああそうかと思い当たって、手塚は目蓋を上げた。
 それとほぼ同時に、耳に声が届く。
『手塚テメェ、電話してきておいてだんまりとはいい度胸じゃねーの』
 怪訝そうな跡部の声に、手塚は再び足を踏み出した。
「すまない、……なぜお前なのだろうと考えていた」
『ふん? なんで俺様に惚れてるかってことか。当然だろ手塚ァ、俺は跡部景吾だぜ?』
 勝ち気な声が耳に心地良い。
 その絶対的な自信はどこから来るのだろう。訊いたところで、彼はこう返してくるだろう。「跡部景吾だからだ」と。少しも理論的ではないのに、納得できてしまうあたりが愉快だ。
「――待て跡部。お前には、その……ちゃんと伝わっているのか? 俺の、気持ち、というか、その」
 上手く言葉を操れずに口ごもる。手塚は自分が口下手だということを理解はしていたが、せめてもうほんの少しだけでも改善されないかと悔やむ。
 跡部景吾が好きだと気づいて、時折出かかる言葉を飲み込むことができたのは幸運だったが、いざ恋人同士になってもこれでは、彼をつなぎ止めていられない。
 特に跡部は明け透けに言葉を告げてくる。こちらにも、そういった言葉でのやり取りを望んでいるかもしれないのに。
『テメェの気持ちだぁ? あぁ、俺様が好きで好きで仕方ねえってとこか。ベタ惚れじゃねーの』
「……若干語弊があるような気も」
『しねぇだろうが』
 電話の向こうで、くっくっと楽しそうな笑い声が聞こえる。
 跡部の言うことは確かに間違いではないのだが、それが伝わるような態度だっただろうか。手塚は眼鏡のブリッジを押し上げ、唇を引き結んだ。
『なんでそんなこと言い出したのか分からねーが、また余計なこと考えてやがんのか。アーン?』
「余計なこと? ……お前への気持ちを自覚して、悩んだ時のことを言っているのか。無駄な時間だったと?」
『そうは言ってねえ。あれはあれで、テメェには必要だったんだろう』
 ため息が混じった物言いに、手塚は押し黙る。跡部が言っている「余計なこと」というのは、心当たりがあった。
 跡部への気持ちを自覚したあの瞬間からの、恋情を否定したがる葛藤だ。
 意識するようになったのは――恐らくあの時だ。



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