- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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あ、メールが来た
最近、気になる人物がいる。
机で読書をしながら、ちらりとスマホに目をやった。
今日はまだ何も連絡がないな……なんて残念に思ってしまうくらいには、相手のことが気になっている。
そもそも今読んでいる本も、彼に勧められた本だ。一度読み終わったのに、また最初から読んでしまうのは、感想を聞かれたときちゃんと答えたいからだ。
どうしてそんなふうに思うのだろう。
手塚国光にとって、跡部景吾は一目置く他校のテニスプレイヤー。
それだけのはずだった。
実力主義の氷帝学園で、一年の頃から部長を務めているということで、強さは理解していたが、それを実感したのは三年になった夏の関東大会。それまでは一戦も試合をしたことがなかった相手だ。
戦略としてはセオリーなものだと思いつつ、相手の弱点ばかりを狙うというのは、あまり好きになれなかった。
にもかかわらず、現在跡部に対して好感を持っているのはどういうことだろう。
いやどういうことも何も、あの日の試合が認識を改めさせるきっかけだったというしかないのだが。
持久戦を得意としているとは聞いていたから、一試合保つだけの体力はあるだろうと思っていた。それでも今まで実力の半分も出していないのだろうことも。
だけど自分との一戦、あれだけは驕りも意地も捨てて、ただがむしゃらに向かってきてくれた。自分と同じほどの熱量で返される球を打つのがとても楽しかったのだと、終わった後に感じた。
ある時、向こうからテニスに誘われ、一も二もなく頷いた。あの日の試合を再現できるとは思わなかったが、彼とのテニスを楽しみにしている自分にはちゃんと気がついていた。
世間話を交えて話してみると、案外に共通していることがあるのだと知った。
釣りをすること、読書を好んでいること。部を率いていた長としての苦労話や、もっとできただろう挑戦、これから何をしてやれるかという話は、とても有意義だった。
それから、急速に距離が近づいた。
跡部といるのは心地がいい。
何も気負わず、ただありのままの自分でいられるような気がした。目標などない、ただ高みを目指しているだけだと言っても、笑うことなく「奇遇だな、俺もだ」なんて返してくるのは、跡部くらいだろう。
だから、そんな彼と一緒の時間が増えるのは嬉しかった。放課後にテニスをするのも、休日に読書を楽しむのも、少し遠出して釣りをするのも、本当に楽しい。
顔には一切出ないかもしれないが、そう思っているのは本当だ。
ここ最近は、彼から連絡が来るのを心待ちにしてしまっている。
自分からすればいいものをと思うが、なんとなく気恥ずかしい。向こうもそれを気にしている様子はなく、いつも、いつも、跡部からのアクションになってしまうのだ。
なぜ、こんなにも待ち遠しいのだろうか。
今までは読書をする時、他の何かが気に掛かるといったことはなかった。だけど今は、跡部からの連絡がないかとスマホを常に目の届くところに置いてしまう。もちろんマナーモードにしているから、他人に迷惑をかけることはないのだが、どうにもむずかゆい。
「手塚、これ。借りてたDVD――あ、すまない、邪魔したかな」
大石に声をかけられて、ハッとして顔を上げた。手塚は本にしおりを挟んでぱたりと閉じた。そういえばこのしおりも跡部にもらったものだなと思い出して、胸の辺りが温かくなった。
「いや、構わない。放課後でも良かったんだが」
大石に貸していた、古い全英の試合を収めたDVDを受け取り、そういえばしばらく観ていないなと気がつく。帰ったら久しぶりに観てみようかとカバンにしまった。
「いや、でも手塚、最近ずっと用事があるみたいだったから、早めにと思って。……あれ、違ったかい?」
「……ああ、まあ、そうなんだが」
大石の言うように、最近はずっと跡部と逢っている。毎日とは言わないが、三日と空かない。だからこそ、今日はどうするんだろうと連絡を待ってしまうのだ。下手に予定を入れられない。
入る予定らしきものもないし、先に決めたものを優先するべきなのだから、気にせずいればいいのに、それでも待ってしまう。
「今日は特に何も予定は――」
ない、と言い掛けたその時、スマートフォンがメッセージの受信を報せてヴーと震えた。手塚は慌てて端末を持ち上げ、画面を確認する。
送信者は、跡部景吾。
『今日、どうする? 逢えるか?』
簡潔ではあるものの、だからこそ至極単純に、嬉しい。彼の予定の中に、自分と過ごす時間が組み込まれていることが。
口許が緩む。
たったこれだけのメッセージが、こんなにも胸をそわそわさせるなんて、自分は本当に、いったいどうしてしまったのだろう。
早く放課後にならないか。そんなことを思って、返信を打ち込む。
「……手塚、そんなに嬉しそうに笑うこともあるんだな。ちょっとびっくりした。あ、もしかしてそれ、好きな人からとかかい?」
「――え?」
大石の存在が、すっぽり頭から抜け落ちてしまっていたことに、声をかけられてから気づく。
そしてそれ以上に、その言葉が衝撃的だった。
「それとも、恋人かな」
「え、あ、いや、違……そんな、ものでは」
思わず、メッセージが送られてきた画面を振り向き直す。跡部とのトーク履歴に、胸が鳴った。
好きな人、恋人――……恋?
すうっと、何かが駆け上ってきたような感覚を味わう。そんなわけはないのに、それがとてもしっくりきてしまった。
「あ」
動揺して、送信の飛行機マークを押してしまった。
『逢いたい』
とだけ入力していた、そのメッセージを。
ガタリと腰を上げて、慌てて削除しようとしたものの、一瞬で既読の印がついてしまってがっくりと項垂れた。
どう思われるだろう。跡部の反応が怖いけれど、訂正する気はもうなかった。
「ああ、なるほど……そういうことか……」
手塚は椅子に腰を掛け直し、長く息を吐いた。
「て、手塚? どうしたんだい、何か悪いこと聞いたのかな、俺」
「いや、大石のおかげで気づくことができた。感謝する」
項垂れたことで、何か良くないことでも起こったのかと心配した大石に、ふるふると首を振って返した。
ここ数日の、そわそわした気分。跡部が勧めてくれた本を大事に読み返してしまう行動。ずっとずっと跡部のことを考えてしまう理由。
たった一通のメッセージと、大石の問いかけ。
それだけで、世界が変わってしまった。
「どうやら俺は、コイツのことが好きらしい」
画面を撫でると、ちょうど返信が入ってくる。『そっち、行く』と、またも短いものだったが、いつもと違って時間と場所を指定するものではなかった。『逢いたい』と送ったメッセージを、どういうふうに受け取ったのかは分からないが、不快ではなさそうでホッとした。
少なくとも、逢える。望んだ通りにだ。
さてこの恋は、告げるべきか、秘めるべきか。
それは、顔を見てから決めようと思う。
お題:リライト様 /あ、メールが来た
#お題 #片想い
あ、目が合った
テニスプレイヤーとして一目置いている男。
跡部景吾に取って、手塚国光はそのような相手だった。
それ以上でも、それ以下でもない。
試合をしてみて分かったが、クールな振りをして誰よりもテニス馬鹿で熱い男だった。それは、本当に意外だったが、読み切れなかったのは自分の未熟さだと思う。
先入観というものがどれほど危険か、頭では理解していたつもりだったのに。
〝きっとこうだろう〟と思った相手が、そうではなかった時、油断と慢心は負けを引き連れてくる。
自分を戒め、引き締めるいいきっかけにもなった。
だから、手塚国光に対して好感を持つ自分がいるのには、特に不思議にも思わなかった。
テニスをしないかと誘いをかけた際、案外にすんなり受け入れられたことの方が不思議で、思わずこちらの方が慌ててしまったくらいだ。
そうして軽く打ち合って、世間話を交えて話してみれば、共通する趣味があると知って驚いた。
釣りの方式や読書のジャンルは違ったものの、休日の過ごし方が一緒というのは面白かった。
それからだ。急速に距離が縮まってしまったのは。
放課後にテニス。休日に読書。少し遠出して釣り。手塚の好きな登山というのはまだしたことがないが、初心者でも行けそうなところを探しておくと言ってくれている。
一緒にいる時間が増えていく。
今日だって、この合同練習の後に一緒に本屋へ行く約束をしていて、どんどん日常に手塚国光が食い込んできている。
それは許容できたし、困ることもないからいいのだが、ここ最近おかしいのだ。
スマホの通知が気になってしまう。トークの履歴を追ってしまう。勧められた本を何度も読んでしまう。いったいどうしてしまったのだろう。
手塚のことばかり考えている。
こんなに一緒にいる時間が増えたのに、もっとずっと一緒にいたいと思うようになるなんて。
手塚は最初、ただの好敵手だというだけだったのに、そこに友人という肩書きが付け加えられて、それがくすぐったかった。
それが今では、物足りない。
きっと、築けるとは思っていなかった親友としての間柄に浮かれているのだろうが、それにしたって考えている時間が多すぎる。
「なあ萩之介」
「なに、景吾くん。何か練習メニューで問題でもあったかな」
「いや、そうじゃねえ。あるヤツのことばっかり考えちまうってのは、どういう状況なんだろうな」
「…………景吾くん、俺、恋愛相談はあまり得意じゃないんだけど」
やれやれと小さく首を振る友人に、何を言っているんだと否定をしてみる。
「そういう色っぽい話じゃねえ。相手は男だ」
「ああなるほどね。でもどうして、相手が男だと恋にはならないなんて言えるのかな。ずっとその人のこと考えてるんでしょう? その人が今困ってて、景吾くんを頼ってくるとかでもなく」
その言葉に、目を瞠って、瞬く。
男だから、恋にはなり得ない。
〝きっとこうだろう〟――それは、いつかも感じた思い込みではないのか。
対象にならないというのは、先入観でフィルターをかけてしまっているからではないのか。滝はそう言って背中をぽんぽん叩く。
「……好きかもしれねえってことかよ」
「ん……まあ、高い確率で」
そんな馬鹿な、と頭を抱えたくなった。
まさか、よりによってあの手塚国光相手に恋をしたなんて。テニス以外には興味もなさそう、という思い込みは親しくなってから壊れたけれど、あの男が色恋に心を動かすとは思えない。
こんな想いを抱えてしまったのは自分だけだろうなと、青学のメンバーに練習の指示を出している男を、そっと見やる。背後で、滝が「え」と小さく声を上げたのには気がついた。
これは相手を悟られたなと思うが、弁解をしておくべきかどうか。
迷って、諦めて、手塚を見つめたまま滝に声を投げかけた。
「萩之介、何も言うなよ」
「……いや、言わないけどさ……もう少し楽そうな相手にしてほしいよ……」
「悪いな、無理だ」
視線に気づいたのか、手塚が振り向いてくる。
目が、互いの真ん中で出逢ってしまった。
それで、跡部は確信する。
これは恋に違いない。
油断していた。こんなつもりではなかったのに、やはり油断と慢心は〝負け〟を連れてくる。
世界が変わってしまった。
そう思って苦笑しながら、珍しく自分の方から視線を逸らした。
お題:リライト様 /あ、目が合った
#お題 #片想い
おいで
ひどく疲れた顔をした恋人を、無理矢理寝室に引っ張り込んだ。無茶をするなというのに聞きやしない。
最近はもう諦めている。どうにもならないのだから。
だけどそれは、自分の存在をないがしろにされているだとか、さほど重要に思ってくれていないだとか、そんな諦めではない。
好きにやるといい。こちらはそっと背中を押してやるだけだ。
そうして疲れて帰ってきたら、こうして出迎えるだけでいい。
〝ここ〟がお前の〝帰る場所〟だと認識してくれていたら、それで満足だ。必ず最後には俺がいることを思い出してくれれば。
まあ、着替えくらいは手伝わなくても自分でやってほしいものだが。世話を焼くのにも若干慣れてきて、楽しんではいる。
「お疲れ様」
「……ああ……」
聞いているのかいないのか、曖昧な頷きしか返ってこなくても、甘えてすり寄ってくる恋人に俺の口許が緩んでいく。
先にベッドへ潜り込んで、一人分空けてブランケットを持ち上げる。
「おいで」
「ん……」
眠たげな声を上げ、ゆっくりと隣に横たわる。そんな恋人をブランケットごと抱きしめて、こめかみにキスをした。
「おやすみ、俺の傍でゆっくり眠るといい」
この時間は、誰にも邪魔をさせないから。
お題:リライト様 /「おいで」
#お題 #両想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.04.03
ぐっと押しつけられた唇が離れていく。 桃色のそれをじっと眺め、彼の名前を呼ぼうと唇を開いた。「勘違…
勘違いするな、遊びだよ
ぐっと押しつけられた唇が離れていく。
桃色のそれをじっと眺め、彼の名前を呼ぼうと唇を開いた。
「勘違いするな、遊びだぜ」
跡部は眉間にぐっと皺を寄せて、言った後で唇を噛む。せっかく綺麗な唇なのに、傷が付いてしまわないだろうかとぼんやり思った。
「……遊び、なのか」
「す、少し考えりゃ分かるだろうが。この俺が、テメェなんかに、……本気に……なるわけがねえ……!」
苦虫を噛みつぶしたような顔を背け、声を押し殺す。それが心からの本音ならば、堂々と正面を向いて、いつものようにしたたかに通る声で言えばいいものを。
そう思って、腕を伸ばす。びくりと強張った腕を通り越し、背中に触れて、一気に抱き寄せた。
「本気になってもらうには、俺はどうしたらいいだろうか、跡部」
「…………え?」
吐息と一緒に、驚いたような声が聞こえる。跡部らしくない弱々しいその音が耳に残って、胸がざわついた、
「お前にそんな顔をさせずに、本気のキスをしてもらうには、後は何をしたらいい。教えてくれ」
「な……にを、言っ、て、え、だって、お前、俺のこと」
途切れ途切れの声は、跡部の困惑をまざまざと伝えてきて、手塚はそこでようやく大事なことに気がついた。
「そうか、まずは好きだと言わなければならないな。キスは先を越されたから、告白くらいは俺が先にさせてもらうぞ」
そういえばまだ好きだと言っていない。好きだと聞けてもないけれど、先ほどのつたないキスがすべてを物語っている。
「好きだ、跡部。遊びではなく、本気でお前に恋をしている」
抱いていた腕の力を緩めて、正面からじっと顔を見つめる。困惑したような表情は泣き出す寸前にも見えて、心臓がおかしな音を立てた。
ごまかすように、跡部の体をぎゅっと抱きしめて、再度耳元で囁く、〝好きだ〟の三文字。
震えていた跡部の手が、手塚の服をぎゅっと握りしめる。肩口に顔を埋められて、当たる髪の毛がくすぐったい。
「本気に……なって、いいのかよ」
「ああ。俺が本気なのだから、お前もそうでなければつまらないだろう」
「言っとくが、一生放さねーぞ? その覚悟はあんだろうな」
「それはこちらの台詞だが」
観念したようにすっと体の力を抜き、跡部が長く息を吐く。そうして、腕を背中に回してぐっと抱きしめてくれた。
「跡部、キスをしないか。今度こそ――本気のキスだ」
「そうだな。大人しく目を閉じてな、手塚」
お互い同時に目蓋を落とし、初めて恋人同士のキスをした。
お題:リライト様 /「勘違いするな、遊びだよ」
#お題 #両片想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.04.02
きょろりと首を左右に動かす。 そうしてみても目的の者は見つからず、手塚はゆっくりと目を瞬いた。 も…
君を見つけてしまったあの日
きょろりと首を左右に動かす。
そうしてみても目的の者は見つからず、手塚はゆっくりと目を瞬いた。
もう帰ってしまったのだろうか。
いや、そもそもなぜ、〝彼〟を探しているのだろう。
「手塚、どうしたんだい。何か忘れ物?」
チームメイトである不二に声をかけられ、僅かに体が強張った。
待たせるつもりはなかったのに、顔をそちらへ向ければ部員たちが心配そうに眺めてきていた。
「……いや、なんでもない。すまない」
そう言って、手塚は足を踏み出す。試合は終わったのだから、いつまでもここにいたってしょうがない。
そう、氷帝との試合は終わったのだ。青学の勝利という形で。
手塚は歩みを進めながらも、やはり彼を探してしまっていた。今日の試合で対戦した相手――跡部景吾を。
青学はチームとしての勝利は収めたが、手塚個人としては敗北を喫した。その勝ちをさらっていった男だ。
「肩、どう? このあとすぐに病院でしょ」
「いや、痛みはだいぶ薄れた。肘をかばっていたせいで、フォームが良くなかったんだろう。もちろん病院には行くが、そこまで酷くはないと思う」
「とてもそうは見えなかったけどね。選手生命にも関わってくるって言ったのに」
跡部との試合で、手塚は肩を痛めた。元々故障していた肘をかばって、知らず知らずのうちに負担をかけていたのだ。己の未熟さに、辟易とする。だが、どうしてもあそこで棄権などしたくなかった。
大和との約束もあったが、個人的な意地でもあったと思う。あんな中途半端に熱を高められた状態で、ラケットを置くことができなかっただけ。
「まあ、そのおかげで越前にも火がついたみたいだったけど。部員を心配させるのは感心しないな」
「……すまない。今後気をつけよう」
バッグは自分らが! と二年生が運搬を買って出てくれたが、随分と心配をかけたようだと反省もする。
だが今手塚の頭を占めているのは、ただ一人の男だけだった。
「…………思っていたのと、違ったな」
「試合結果? 個人としてはどうでも、勝ちは勝ちだよ、手塚」
補欠戦まで行くとは思わなかったけど、と不二は続ける。それは確かに想定外だったけれど、試合の結果のことを言ったわけではない。
「俺は跡部という男を、誤解していたかもしれない」
跡部のことは、知っていた――はずだった。
一年の頃からあの氷帝学園テニス部の部長を務め、頂点に君臨する、キングと呼ばれるプレイヤー。氷帝は実力主義だと聞いてしたし、一年のうちから試合に出ていることも知っていた。正直、羨ましいと思ったことも。
だがそのプレイスタイルは、あまり好きではなかった。相手の弱点を見抜き攻め立てるというのは、不正なものではない。気持ちの上で、好きになれなかっただけだ。
強引で、傲慢で、技術を笠に着た荒いプレイなのだろうと思っていた。
先輩たちを押し退けて頂点に立つことを、なんとも思わない、礼節もない男なのだろうと。
対戦相手の自信を喪失させ叩きのめす、という噂を聞いた時にも、驚いたりはしなかった。
強いのならば、対戦してみたい。
だけど、果たしてそれは本当にテニスが好きでやっているのだろうか? そんなふうに思って、あの派手なパフォーマンスに共感できないことも手伝い、彼との対戦を切望することはなかった。
なのに。
跡部景吾の力強さと美しさが共存するテニスは、ただ観客に見せつけるためだけのものではなかった。
重い打球。思わぬラインを描くボール。かかる回転。前後に、左右に振ってみても、食らいついてくるラケット。
それはいっそ小気味よいほどに高揚感を生み、こちらもラケットを握る手に汗がにじんだ。
少し考えれば分かったことだ。
持久戦を得意としているということは、長い時間をかけて相手を追い詰めるだけの技量があるということだ。努力せずに、それはなし得ない。
「球をかわすと分かる。足腰の鍛錬や腕の振り抜き方……あれは相当のトレーニングをしているんだろう。強いというのは伊達ではないんだな。噂だけでは、やはり分からないものだ」
「跡部に関しては……まあ、ボクも驚いたかな。持って生まれた天性の器量っていうのもあるんだろうけどね」
努力の上に成り立つ確かな技術。それは氷帝テニス部を率いるのに確かにふさわしい人物だった。
噂だけで、跡部景吾という男をフィルター越しに見ていたことが悔やまれる。
もっと早く知っていたかった。
あんなに熱いプレイをする男だったのだと。真剣に打った球を、全力で返してくるような、誠実な男だったのだと、もっと早く。
手塚は、じっと右手を見下ろした。
試合が終わった後、握手をした跡部はこの手を掲げてくれた。勝者は跡部の方なのに、手塚が勝利者だとでも言うように。
熱かったな。
汗に濡れた手のひらの感触を思い起こして、また無意識に、彼を探してしまう。
「……手塚、もしかして跡部のこと探してる?」
不二の声にハッとして、実感させられた。
「いや……まあ……そうだな。あの目立つ男が見当たらないということは、もう帰ってしまったのだろうに、気になってしょうがない」
見つけてしまったあの男の〝真実〟に、もっと触れてみたい。そう思っていることを。
「試合は終わったのに、もう一度戦いたい。跡部のことを知りたいんだ。こんなことを思うのは、おかしいだろうか」
「……おかしくはない、と思うよ。テニスだけが理由ならね」
何かやけに含みのある物言いをした不二を振り向いて、その言葉を反芻した。
「テニスだけが、というのは、どういう意味だ? それ以外に何かあるのか」
それ以外では問題があるようにも聞こえてしまう。
跡部が、今までどんな練習そしてきたのか気になるというのは、〝それ以外〟に入るのか、入らないのか。
「ボクは、君がそんなに饒舌になるところを初めて見た。試合後で興奮しているというのを抜いても、そんなふうに他人に興味を持つとは思わなかったよ」
「……強いプレイヤーが気に掛かるのは当然だろう」
手塚は自分の口数が多くないのは自覚しているが、そんなにまで言われるほどだろうか。
試合後で、気分が高揚しているというのは事実だ。
だが、確かに今までこんなふうに他校のプレイヤーに興味を持ったことはあっただろうか。
対戦相手として、プレイスタイルなどのデータを確認することはあったが、試合が終わればそこで意識の隅に追いやられる。下手をすれば数分後にはすべて抜け落ちていたりもした。
だが跡部に対しては、抜け落ちるどころかもっと深く知りたいなどと思っている。不二はそのことを指摘しているのだろうか。だが珍しくというだけで、何もおかしな点はないように思えた。
「よく考えるといい、手塚。新たに触れてしまった跡部という選手に興味を持っただけなのか、それとも、跡部という一人の男に興味を持ったのか」
「……同じではないのか?」
「プレイヤーとして見るのと、一人の人間として見るのは、違うよ、手塚」
手塚は眉間にしわを寄せた。不二の口許が笑っていないということは、それだけ深刻なことなのだと見てとれるが、一体何が言いたいのか分からない。もったいぶらずに、もっと明確な言葉にしてほしい。
「不二、何が言いたいんだ」
そう訊ねかけたことを、手塚は後に悔やむことになる。
「今の君は、まるで恋でもしているみたいだ」
「………………………………馬鹿なことを言うな」
まさかそんな言葉が返ってくるとは、誰も思わない。
恋だなんて馬鹿馬鹿しいと、手塚は歩調を速めた。不二はそれを、何でもないように合わせてくる。
「さっきからずっと、跡部が触れた右手を気にしているくせにね」
「俺は別に、跡部の手の感触が――」
忘れられないなんて言うつもりは。
そう口にしかけて、ハッとした。
手の感触なんて、テニスには関わりがない。試合後に感じたものだが、今後の跡部とのテニスに関わってくるものではないだろう。
まさか。
そんなことがあるのか、と口許を押さえる。無意識にか、それは跡部が触れた右手だった。
「自覚するなら、早い方がいいと思って。その感情の名前、見つけてしまったのかい、手塚」
誘導尋問のようなことをしていおいて、何を言っているのだろう、この男は。
しかし確かに、今自覚をして良かったのかもしれない。万が一にも親しくなってから気づいたのでは、目も当てられない。
これは、おかしなことにならないように、跡部には近づかない方がいいのではないかとも思い始める。
なぜこのタイミングで、どうしてよりによってあの男なのかと、嘆きたくなった。どう頑張っても叶いそうにない初恋だ。
逢いたいけれど、逢いたくない。
テニスをしたいけれど、したくない。
顔を見ればみた分だけ、球をかわせばそうした分だけ、この想いが育ってしまうような気がする。
頭を冷やす時間が必要だなと、手塚は長く長く息を吐いた。
ネット越しに聞いた跡部の吐息を思い起こしてしまったことに、ひどく動揺しながらも。
お題:リライト様 /君を見つけてしまったあの日
#お題 #片想い
ただ、君と居たいと
どこでどうなって、友人関係になれたのか分からない。
隣を歩く男の横顔を盗み見ながら、跡部は何度目かの疑問を心の中で生み出した。
手塚国光とは、学校が違う。とはいえ同じ都内で、行き来が困難なわけでもなかった。テニスをしないかと誘われて、断る理由なんかなかった。
惚れた男に誘われて、断るバカがどこに居る。
跡部景吾は、手塚国光が好きだった。もちろん恋という意味でだ。
最初はただ、プレイヤーとして惹かれているのだと思っていた。無二のライバルだと、同じ時代に生まれたことを嬉しくも思っていた。
だけど、この感情がライバルとしてのものではないと気づいて、困った。
どう頑張っても叶いそうにない初恋だ。
試合前から負けが決まっているようなもので、ラケットを握ることもできない。
「跡部、どうした? 今日はいつもより静かだな」
「ああ悪い、少し考えごとをしていた。つーか、いつもそんなにうるさいか?」
「いや、そういう意味ではない。お前が静かだと、落ち着かないと思っただけだ。気分が優れないようなら、今日はこのまま帰った方がいいのではないか」
気遣ってもらえた、そんな些細なことにさえ胸が躍る。だけどこの想いは秘めておかねばならない。知られたら、きっと隣なんて歩けなくなる。
「平気だぜ。お前とテニスできるんだから、俺のテンションは最高潮に達してる。このまま帰したりするかよ」
せっかく誘ってもらえたのだから、このチャンスは逃したくない。友人としてのポジションで、ラケットを握る。
「そ、……う、か。ならいいのだが。俺もお前とテニスができるのは嬉しい」
膝から崩れ落ちていきそうだった。
身近で、同じほどの実力を持った相手で、気楽に話ができる――というだけなのだろうが、テニスができて嬉しいと思ってくれているのならば、こんなに幸福なことはない。
恋は叶わなくていい。生涯、友人として、好敵手として、一緒に前を見据えていられれば。
この世界にただ、お前と居たい。
それはとても贅沢なことに思えて、案外に強欲な自分に苦笑する。
「跡部、お前とはずっとこうしてテニスができればいい。そう思っている。迷惑でなければいいが」
目を瞠った。心を読まれたのかと思うくらい、タイミング良く手塚が口にしてくる。手塚も、同じ世界に自分を望んでくれていると分かっただけで、報われた思いだった。
「迷惑なわけねえだろ。俺は――お前のテニスが好きなんだぜ」
恋は口にできないけれど、せめて知っていてほしい。テニスにかけるその情熱に惹かれていることくらいは。
「そうか。俺も跡部のテニスは好きだ。さあ、お前のサービスからで構わないぞ」
「――ああ、覚悟しやがれ、手塚ァ!」
「油断せずに行こう」
高く、高くトスを上げる。歓喜に震える指先では、そのラインは狂ってしまいそうだったけれど。
お題:リライト様 /ただ、君と居たいと
#お題 #片想い
空いた座席
観客席に、ぽつんと空いた座席が見える。ゲーム前の大事な時間なのに、それが残念で仕方がなかった。
(来られなかったか)
忙しい男だとは分かっている。それこそ世界中を飛び回っていて、ひとつのところに留まっていない。一昨日は日本にいたかと思うと今日はパリ、三日後にはイタリアにいる予定、ということだって珍しくないのだとか。
そんな男に、たかがテニスの観戦チケットを贈っても、来やしないだろう。
分かってはいたのだ。
向こうの都合も訊かずに贈ったのはこちらの勝手で、落ち込む道理はない。
それに、彼が来られないからといってプレイに支障を来していい立場でもないのだ。
プロとして、背負うものがある。応援してくれている人たちの、国の期待を全身に背負っているのだ。無様な試合はできない。集中しなければ。
大事な友人が、来られないからといって。
手塚は集中するために膝の上で手を組み、目を閉じる。
プロとして、恥じないプレイをしたい。彼に誇れるプレイをしたい。せめて呆れられないように、球のひとつひとつに力を込めよう。
今は、集中だ。ただ勝つためだけに、このラケットを握れば良い。
何度か深呼吸をして、目蓋を持ち上げる。
頭の中から彼を――跡部景吾の存在を消してみたかったけれど、無駄だった。
どうしても消えていかない。
あの中三の暑い夏から、ずっとずっと消えてくれない。
これはもうどうしようもないのだなと、消すことを諦めた。
テニスと、跡部景吾への想いは、すでに手塚国光の一部になってしまっている。そこに在ることが当然で、失えないものだ。
もうすぐ試合が始まる。
この試合が終わったら――いや、勝利を収めたら、やってみようか。ずっとお前を愛していると、重めの愛の告白を。
審判に礼をして、コートに入る。相手の選手と軽く拳をぶつけ合って、「いい試合をしよう」と視線だけで交わしてみる。
ああ、そうだ、いい試合がしたい。そしていい気分であの男に電話をかけるのだ。
ボールを打つ前から、楽しくなってきてしまった。
(待っていろ、跡部。俺は絶対にお前を捕まえる)
試合開始のコール。相手のサービスゲーム。手塚はそれを、強く打ち返した。
そうして無事に勝利を収め、観客たちからの声援を受け止める。勝つつもりで挑んだ試合だが、こんな時はやはり安堵する。
手塚はぐるりと客席を見回して、目を瞠った。
跡部に贈った、誰もいない座席。
そこに、花束が置かれている。試合前まではなかったのに、いったいどうして。誰が置いていったのだろう。
期待に高鳴る胸を押さえて、トレーナーにその花束を取ってもらった。
「キミにだろう、クニミツ。金髪の男性が置いていったらしいよ。知り合いかい?」
それを受け取って、彼の好きな薔薇をふんだんに使った花束だと気づく。金髪というのはこの国では珍しくもないが、添えられたカードを開いて目を見開いた。
『あの夏からの無二のライバルへ』
綺麗な文字で、そう書いてある。見慣れた筆跡だ。
ホテルの名前と部屋番号が書いてあるということは、少しは時間があるのだろう。
手塚はそっと目を閉じて、口許を緩める。
さあ、勝つつもりで彼との試合をしにいこう。もちろん――油断などせずに。
お題:リライト様 /空いた座席
#お題 #片想い
いつかの話
「結婚しないか」
手塚がそんなことを言い出したのは、カーテンの隙間から朝日が差し込み出したベッドの上だった。
「……は?」
跡部は何を言われたのか分からず、ただひたすらに首を傾げて手塚を見やった。
ひどく真面目な顔で、じっと見つめてくる恋人は、今日もいい男だなと胸が高鳴るけれど、いったいどうしてしまったのだろうと心配にもなってくる。
何しろ、恋人関係にもかかわらず、手塚からはめったにそういった愛情表現がされないのだ。
「寝ぼけてんのか? 昨夜はちゃんと寝……てはねえか」
就寝時間は遅かったような気がする、とベッドサイドの時計を振り向く。最後に見た時刻は二時過ぎで、今は六時三十分。成長期の男子に必要な平均睡眠よりは、随分と短い。
こんなおかしなことを言い出すのなら、昨夜は抱き合わずにゆっくり眠るべきだったかと、今さら後悔をした。
「別に寝ぼけているわけではない」
この期に及んでそんなふうにのたまう手塚の額に、すっと手のひらを当ててみる。
「熱などない。やめろ」
「いや、やめろはこっちの台詞だろ。どうしたよ手塚? 何かあったのか」
普段にない様子は、嬉しさよりも不安を生んだ。告白をしたのも跡部なら、強引に関係を結んだのも跡部の方だ。案外にあっさりと受け入れられてしまって、さらにはこんなに長く続いているのが、奇跡みたいなものだった。
「手塚、今の日本じゃ同性婚はできねえ」
「そうだな」
「まだ結婚できる年齢でもねえ」
「そうか」
「そもそもお前、俺のこと好きだったのかよ」
「それはそうなる」
ベッドの上で隣り合って座り、上半身だけを相手に向ける。跡部は立てた片膝に頬杖をつき、今イチ現実味のない返答に眉を寄せた。
「好きなら、なんで言わねえんだ」
そこは正直、小さな不満だ。自分が好きで手塚にぽんぽんと好きだ好きだ言っているのだが、だからと言って手塚からのアクションが欲しくないとは絶対に言えない。
体の関係は持ってくれているけれど、愛されている実感があるかと言ったら、ないに等しい。快楽だけと言われても、頷いてしまえるくらいだ。
好きだと言うなら、言葉にしてほしい。
強引に抱かせてきた経緯を思うと、言葉を望むのも我が儘な気がするけれど、何もかもをすっ飛ばしてプロポーズだなんて納得できやしない。
何かあったのだと思う方が自然だ。
腕の不調か、それともどこか他に故障でも生まれたのか。それを考えないようにして、おかしな思考に走ったのだろうか。それならそれで、すぐ必要な処置をしなければならない。
手塚が、テニスをできなくなるなんてことがあってはいけない。
「手塚、正直に言え。何があったんだ」
隠し事をされるのは好きではない。彼は常に強くあろうとする。それは跡部自身にも覚えがあることで、手塚を好ましく思う理由の一つ。
だけど自分は恋人のはずで、弱みを見せられない青学のメンバーたちとは違うのだ。
――と思いたい。不調があるのなら、早い段階で話してほしい。
そう思って、おそろいのパジャマの袖をきゅっと握って訴えた。
「……特に何もない」
手塚が小さく首を振るのに、跡部はすぐに否定を返した。
「噓をつくな。何もなくて、お前がそんなにおかしなこと言い出すもんかよ」
頑なに否定して、問題点を引き出そうとする跡部に、手塚は困ったような顔をする。だけどひとつ瞬いて、気がついたように「ああ」と息を吐いた。
「そうだな、何もないというのは噓になる」
噓をつくなと言った自分に対して、そうやって認めてくれたことにホッとした。少なくとも、話してくれる気はあるようだ。
「何もなかったわけではない。ただ俺が、朝日にキラキラと輝くお前の髪を、綺麗だと思っただけだが」
「……………………アーン?」
思っていたのとは違う答えが返ってきて、跡部は思わず不機嫌そうに片眉を上げた。
「毎朝見たいと思った。だが婚姻も結んでないのに、そんなことは難しいだろうと」
「待て、手塚。そうじゃない」
「そうじゃない、とは?」
いろいろおかしなところがありすぎる。しかも、自覚をしていない辺りタチが悪い。
「結婚がどうとかじゃなくて、根本的なとこから片付けていこうじゃねーの」
「異論はない」
こくんと頷く手塚に脱力しかけ、跡部は大きく息を吐き、手塚の目をじっと見つめ直した。
「お前は俺に惚れてんのかよ」
「そうだが」
「言えよ! そういうことは!」
「俺は言っているつもりだ。お前が聞いていないだけだろう」
「ふざけんな、俺がお前の声を聞き逃すわけねえだろ!」
いったいいつどこで愛の告白などしてくれたというのか。そんな嬉しいことがあれば、絶対に忘れるはずがない。
「昨夜も、何度も言った。お前も好きだと返してくれたが、あれは数に入らないのか」
「はァ? 昨夜なん、て……、…………っ」
そんな覚えはないと言い掛け、ひとつ思い当たることがあって、頬がボッと赤らんだ。
「〰〰お……れの理性が、残ってる時に言いやがれよ……!」
コトの最中に言われても、夢中になっていて少しも余裕がない。事実、跡部は一切覚えていない。
覚えているのは、手塚の熱と愛撫と、何度も好きだと呟いたことくらいだ。
「それはすまない。では、今言おう」
悔しくて俯いた顔が、手塚の手のひらで上向かされる。
「今なら聞いていないなどとは言わせない。俺はお前が好きだ、跡部」
まっすぐな手塚の瞳と深くて力強い声に、ぞくぞくと、背筋を歓喜が走り抜ける。一方的だと思っていたこの恋情を、同じほどの熱で返してくれた。
「ああ、ちゃんと、聞いたぜ……!」
嬉しい、と思わず顔がほころぶ。それのどこが手塚の琴線に触れたのか分からないが、唐突に唇が触れてきた。
「そうか、ちゃんと意識のある時に好きだと言うと、お前はそんなに可愛い顔をするのだな」
「かわ……いくねえだろ! やっぱりお前おかしいぞ、今日!」
「俺はおかしくない」
そう言いつつも、ベッドに押し倒してくる手塚に跡部の思考が追いつかない。こんな風に積極的な手塚を見るのは初めてだった。
「それで、どうなんだ跡部。結婚はしてくれるのか?」
「こ……んなとこで、なんの計画性もねえまま言ったプロポーズなんか、受けるわけねえだろ! 出直してきやがれ!」
「分かった、では予約だけしておく。いつか、もう一度お前に言うからな。――忘れるなよ跡部」
そう言いながら、手塚はゆっくりと眼鏡を外してしまう。
跡部は、いつかの話とこれからすぐの愛の囁きに期待して胸を高鳴らせながら瞳を閉じた。
お題:リライト様 /いつかの話
#お題 #両想い #プロポーズ
ゲーム・オーバー
「目くらい閉じたらどうだ」
「テメェが閉じたらな」
「先に閉じて構わないぞ」
「俺は後でいい」
正面で向き合って、かれこれ三十分ほど、こんなやり取りが続いている。
どちらも、頑なに譲ろうとしない。難しいことではないのだ。
ただ単に、瞳を閉じるというだけの行為が、難しいわけもない。
それなのに、どうして手塚と跡部は、自分が先に閉じることをよしとしないのだろうか。
「……キスをしたいと言ったのはお前だろう」
「だからって、先に目を閉じなきゃいけねえルールはねえだろ」
沈黙が流れる。つまりはキスをするような間柄ではあるのだが、その際に目を閉じる閉じないで揉めているようだ。犬も食わないとは、まさにこのことだろう。
「目を閉じない理由を話せ」
手塚は、キスをしたいのなら目を閉じろと言うが、跡部はそれを聞かない。最後の通告だとでも言わんばかりの強い口調で、促してみた。納得のいく理由ならば、考えてやってもいいと。
「お前の顔を見ていたい。ただそれだけだぜ」
跡部は、なんのためらいもなくそう返してくる。諫めたつもりが、追撃を受けて撃沈したような感覚を味わった。
「………………そんなことを言うなら、俺だってお前の顔を見ていたいんだが」
「なんだよ手塚、俺のこと好き過ぎだろ」
「それはお前もだろう、跡部」
違いない、と笑う跡部に、手塚は唇を寄せていく。キスの時は瞳を閉じなければならない――なんて、そんなルールが決められているわけではないのだなと、ようやく二人はキスをした。
どちらが負けて、どちらが勝ったのかは分からないが、これでゲーム・オーバー。そして、リスタートだ。
お題:リライト様 /ゲーム・オーバー
#お題 #両想い

じっと見つめてくるものがあった。
視線というものには慣れていたけれど、相手が相手だとどうにも落ち着かない。
跡部はパタンと本を閉じて、短くため息をついた。
「なんだ、手塚。俺様の顔に何かついてるか?」
視線の主は、手塚国光。
どこでどうなってこうなったか分からないが、〝恋人〟の視線、である。
声をかけられて初めて気がついたように、手塚はハッとして顔を上げる。
「すまない、不愉快だっただろうか」
気まずそうに背けられる顔は、ほんのりと赤いように見える。
まあ、跡部としても、恋人からの熱視線が嬉しくないわけはない。ふっと口許を緩め、背けた手塚の顔を指先でこちらに向けさせた。
「お前の視線が嬉しくねえわけねえだろ? アーン?」
そのまま唇へとキスを贈り、小さなスキンシップ。
まだこの距離感と感触には慣れないが、恋人としてはおかしくないはずだ。
「で? なんでそんなに見つめてたんだ。穴が開くぜ」
「開くわけないだろう。もったいない」
「わけ分かんねえこと言うな。もったいないってなんだよ」
「言葉のままだが」
その言葉の意味が分からないから訊いているのに、と跡部は指先で額を押さえる。恋人ではありながら、時々手塚のことが分からない。
いや、訂正しよう。
手塚のことはいつも分からなくて、時々理解できる、程度だ。
どうして、こんな分かりにくい男と恋人関係になってしまったんだ? と首を傾げる。
好意があるのは前提なのだが、キスまでするような仲になるとは思っていなかった。その先はまだ経験していないが、いずれは肌の感触を知ることにもなるのだろう。
だが、こんなふうに意思の疎通ができないような状態のままで、この関係は成り立つのか。
恋人関係にしても、友人関係にしても、互いの尊重なくして良好なものは築けない。意思を確認するのは大切なことだ。
どんな気持ちでこうするのか、どんな感情でそうするのか、それは知っておきたい。
跡部は深呼吸をして、じっと手塚の瞳を見つめ返してみた。
「もったいないってのは、俺の顔に穴とか開いたりすんのがってことか? まあ実際そんなことは起きねえんだが。傷とかついたりするのも?」
「そうだな。跡部は綺麗な顔をしているとずっと思っていたから、傷などついてほしくない」
至極真面目な顔で頷かれて、面食らう。まさかそんなふうに思われていたなんて。しかも〝ずっと〟とは、いったいいつからなのか。
「褒められるのは気分がいいが、いつからそういうふうに見てたんだ、俺のこと」
「……関東大会の試合後、……いや、試合中かもしれないな。不謹慎かもしれないが。気づいたのは終わった後だったから、その辺は少し曖昧だ」
「なっ……」
そんな時からなのか。
気づかなかった自分が悔しい。いや、視線は感じていたかもしれないが、テニスをしているからだと思っていた。あの手塚国光からそういう秋波を送られていたのに、好きだと言われるまで一切気づかなかったなんて。
そうだ、恋人関係になったのは手塚が好きだと言ってきたからだ。
だが好きだと言うだけで、何も望んでこない。見かねて、『付き合うか?』と助け船を出してやったのが始まりだった。
もっとも、すぐにそんな言葉が出てくるあたり、跡部も手塚が好きだったのだろうと思うけれど。
「跡部を、こんなに近くで見られることになるとは思っていなかったから、無意識にお前を見つめてしまっていたんだと思う。キスができるのも……嬉しい」
先ほど跡部の唇が触れた場所を、そっと指先でなぞる。きゅんと胸が締めつけられた。本当に好かれているのだなと思うと、こちらの方こそ愛しさがこみ上げてくる。
「もっと近くで見るか? ん?」
だけど今イチ素直になりきれずに、からかうように手塚の顔を下から覗き込んでみる。本当は嬉しいのに、そう言ってやれないのが情けない。
「近すぎると思うが」
「我が儘言うな」
「我が儘を言っているわけでなく、お前の身が危険だと言っている」
「は? ……っ」
そっと肩を押しやられ、一秒あとにその意味を把握した。ボッと頬が真っ赤に染まる。からかったつもりが、返り討ちに遭った気分だった。
「お、まえ、そういう欲、あんのか」
「ないと思うのか?」
ぐっと言葉に詰まる。
さすがに、ないとは思っていなかったが、ここまで積極的だとも思っていなかった。
たとえ受け身であろうとも、どうせリードするのは自分の方だろうと思っていただけに、手塚からのアクションには心の準備ができていない。
「そう警戒しなくても、お前の気持ちを無視してコトを進めるつもりはない。嫌なら嫌と言ってくれ」
身を強張らせた跡部に気づいてか、肩からそっと手を離して手のひらを向けてくる。合意もなく手を出すつもりはないという意思表示なのだろう。
「い、嫌ではねえよ、別に。ちょっとびっくりしただけだぜ。悪い、まだ……そういうことを具体的には考えてなくてな」
「そうか。関係を急ぐつもりはないが、徐々にその……そういうこともできたらと思っている」
ソファの上にあった手をすっと持ち上げられ、きゅっと握りしめられる。ドキンドキンと胸が鳴って、手塚の顔をまともに見られなくなった。
「好きだ、跡部」
指先に口づけられて、顔の熱がさらに上がる。らしくないことをするじゃないかと、ゆでだこのようになりそうだった。
「ふ、フン、俺様がその気になるように、せいぜい頑張って口説いてみせな」
「ああ、そうさせてもらう。跡部、少しだけ……抱きしめさせてもらってもいいだろうか」
それ以上は何もしないからと付け加えられて、跡部は右へ左へと視線を泳がせてから、こくりと頷いてみた。
手塚の腕が伸びてくる。抱き寄せられて、わずかに体が強張ったけれど、手塚は構わずにそのまま腕の中に収めてしまった。
ぎゅ、と強く抱きしめられる。
制服越しの体温にドキドキして、心音が酷くうるさい。これでは気づかれてしまうのではないだろうか。
本当は嬉しいのに、少しも素直に伝えられていないことを。
いつもはリードするばかりで、リードされるということがなかったせいなのだろう。手塚が積極的であることは嬉しい。もう少し素直になれる心の準備が整ったら、嬉しいと言ってみようか。
それとも、キスで応えてやった方がいいのだろうか?
今はまだ、そっと背中に腕を回して抱き返すしか、できそうにないけれど。
#お題 #両想い