No.96

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Private Army1-008-

ミハアルウェブ再録 2011.08.13

#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録

「アルト!」 見覚えのあるポニーテールを目にして、ミハエルは声を張り上げた。廊下の人間が一斉に振り向…

ミハアルウェブ再録

Private Army1-008-



「アルト!」
 見覚えのあるポニーテールを目にして、ミハエルは声を張り上げた。廊下の人間が一斉に振り向いたが、ミハエルが呼んだ人物だけは微動だにしなかった。
「ようやく捕まえたぞ、アルト」
 ミハエルは人の合間を縫って、アルトの背中を目指す。仲の良かったふたりだが、喧嘩でもしたのだろうかと周りは心配そうに、あるいは好奇心で視線を向けた。
「話がある」
 アルトの前に回り込んでも視線を合わせてくれなくて、ミハエルの心臓が悪い意味で高鳴る。顔も見たくないほどの何かがあったのだろうかと。
「……俺にはない」
「意味が分かんない。いいから来いよ」
 そんな不安を押し隠して、見物人のたくさん散らばる廊下から抜け出す。
「ミシェル引っ張るなよ、痛いって」
「今離したらお前逃げてくから、イヤ」
 ここまで来たらもう逃げることなんて考えていないけど、アルトは何も言わずにミハエルに引っ張られて行った。彼の怒りを煽るようなことは、もうしないでおこうと口唇を引き結ぶ。
「なあアルト、なんでお前、昨日来なかったんだ? 俺ずっと待ってたのに」
 狭い資料室で、ふたり向き合った。アルトは相変わらず視線を逸らしたままだったが、もう逃げるつもりはなようだと悟ってミハエルは腕を放す。
「電話もメールもくれなかったし、もしかして何かあったのかって、すげえ心配したんだぞ」
 仕方なく家に帰ってからも、ずっと気がかりでしょうがなかった。朝いちばんに教室を覗いてみたのにアルトはいなくて、休み時間には様子を見に行ったのに、その度にいなかった。人に聞いたら学校には来ているようで安心したが、別の意味で心配になったのだ。
「なあ、俺なにかしたか? 顔も見たくないほど……避けたくなるほどアルトのこと傷つけた?」
「違……っ、そんなんじゃ」
 それはもう避けられているとしか思えなくて、気分が最低ラインにまで落ち込んだ。だけど理由を聞かなければ納得なんてできなくて、ようやく捕まえたのだ。
 心当たりがないと、叫び出したくなる気持ちを必死で押さえつけて、アルトに訊ねる。そんなんじゃないと言ってくれたアルトだが、視線が重なった途端また逸らしてしまった。
「理由を言ってくれよ。もう航宙科に入る気なくなったとかでも、いいからさ」
 ミハエルの寂しそうな声に、アルトは唾を呑んで俯いた。
「……だって……俺、邪魔なんじゃないかと思って……」
 昨夜一晩泣いたけど、まだ泣きたくなってくる。顔なんか見たらいろんなものがあふれてしまいそうで、どうしても顔を上げることができなかった。
「邪魔って……なんで? アルトがなんの邪魔になるっていうんだよ」
「だって! お前好きなひといるんだろ!? 俺に構ってばっかいるから、その人に言えてないんじゃないのかよ!」
 ――――言いたくない、言いたくないこんなこと……っ。
 ミハエルには笑っていてほしい、そう思うのは本当だ。だけど、誰ともつきあったりしないでほしい、そう思うのもアルトの真実。
 本当は、邪魔になんか思ってないよと言って笑ってほしい。叶わなくていいから、友人の中ではいちばんだと言ってほしい。
 そう言って笑ってくれたら、諦める努力をしてみせる。
 そう思って、アルトはこぶしを強く握りしめた。
「好きなひといるって……なんで……」
「昨日、偶然……聞いちまったんだ、悪い……覗き見するつもりはなかったんだけど」
 ミハエルはその瞬間に思い当たって頷く。気分がますます落ち込んだ。
「好きなひといるのは本当だけどさ……アルトはそれで全然平気なんだな……邪魔したらダメだって思っちまえるくらい、なんでもないんだ」
 ふたりで過ごす時間を、その人に譲ってしまえるくらい、なんでもないことなんだと眉を寄せる。早くつきあってしまえと暗に促すその行動が、どれだけ悔しくて悲しいか、彼は分かっているのだろうか。
「だって俺は……もう教えてもらうこととかないだろうし、だから、ミシェル、今まで、ありが」
「なんでそんなこと言うんだよ!」
 ミハエルは握りしめたこぶしを傍らの棚に叩きつけた。アルトの肩がびくりと震える。乗っていたものが衝撃で揺れたり落ちたりしたけれど、そんなものは気にしていられなかった。
「今までありがとうとか、そんなのっ……もう逢わないみたいに言うな!」
「でも、ミシェル」
 アルトは目を瞠る。
 両腕を強く引き寄せられて、影が被さって、何かが触れる。
 ――――え……?
 口唇が、口唇に触れている。
 それがキスだと分かるまでに、五秒要した。
「ん……!?」
 瞬いてもそれは変わらず、夢ではないのだと知らせてくれる。確かに今、ミハエルと口づけをしているのだと。
「ん、う……ふ」
 だけど、どうして。
 どうしてこんな、恋人同士みたいな情熱的な抱擁と、キスをされているのだろう。
 口の端をついばんで、左から右に舌を滑らせ、吸い上げて、大切そうに触れてくれる。
「好きだ、アルト」
 そう言った次の瞬間には再び口唇が降ってくる。頭の中が真っ白になった。強く抱きしめられて、シャツ越しの体温に目眩が起こる。
「俺の好きなひとは、お前だよアルト。ずっと、……好きだった」
 腕の中から解放されても、アルトの思考回路はうまく働いてくれない。何をされたのだろう、何を言われたのだろう。自分に都合のいいように解釈しても構わないのだろうか。
「アルトが……俺の顔も見たくないって言うなら仕方ないけど、誤解だけはされたくなかったんだ、ごめん、こんなことして」
 ミハエルの静かな声に合わせるように、アルトがずるずるとへたり込んだ。支えてやるべきかどうか迷って、ミハエルは結局こぶしを握りしめる。
「いつか、一緒に飛べたらいいな、アルト」
 もう叶わないかもしれないとミハエルは苦笑して、呆然と座り込むアルトに背中を向けた。
 もっとうまくいく恋ならよかったと、初めての失恋をひとり味わいながら。
 ドアが閉まってようやく、アルトは瞬く。
 ――――い、ま……、なんて……言った……?
 まだ、口唇に感触が残っている。まだ、耳に声が残っている。
 にわかには信じられなくて、そっと指先で口唇をなぞった。
「……はは……あは、うそ、マジで……」
 肩を揺らして泣き笑う。
 夢ではないのだ。彼が好きだと言ってくれた、口唇に触れてくれた、強く強く抱いてくれた!
「どうしよう、どうしよ……立てねえ、マジで、くそ、嬉しい……嬉し……っ」
 彼が触れてくれた口唇を両手で覆う。
 まさかこんなことが起こるなんて、とてもじゃないが信じられない。
 みっともなくても情けなくても、今は嬉しくて泣くことしかできない。どうせ誰も見ていないのだ、思う存分泣いてしまおう。
 そして、立ち上がって踏み出さなければ。
 ――――行かなきゃ……ミシェルに、ちゃんと……好きだって言わなきゃ……っ。
 あんなに悲しそうな顔をさせたまま、今日を終えることなんてできやしない。
 ああ、でもあともう少しだけ泣いていよう。
 アルトは、涙が自然に止まるまで、そこで幸福に浸っていた。




 三杯目のコーヒーを注文しにいこうかどうしようか、悩んで手持ちぶさたになる。
 もう帰ろうかもう少し待ってみようか、ミハエルは何度目かの自問に答えを見つけ出せず、苛立って髪をかき混ぜた。
 ついに気持ちを打ち明けてしまった。いずれは話そうと思っていたことだが、あんな風に告げるはずではなかったのだ。
 突き飛ばされなかっただけマシなのかと思うが、できることなら時間を戻してしまいたい。抱きしめてキスをしてしまう前の時間まで。
「アルト……」
 この恋だけは大切にしたかったのに、無理矢理キスするなんて結末で終わらせてしまった。彼に合わせる顔などないのに、どうしていつものように待ってしまっているのだろう。
 謝ったら許してくれるだろうかと俯く。今まで通り友達でいてくださいと頼んだら、叶えてくれるだろか。
 そんな虫の良い話はないだろうと小さく首を振った次の瞬間に、隣に人の気配。顔を上げて、思わずガタリと腰を上げた。
「アル、ト……」
 いつもと変わらない、いや、緊張の表情を隠し切れていない早乙女アルトの姿を目にして、声がうわずる。
「いてくれて、よかった……ミシェル」
 笑う顔さえぎこちなくて、ああやっぱり時間を元に戻してほしいとミハエルは椅子に座り直した。
「もう……来てくれないだろうなって……思ってた」
 気持ちを打ち明けてしまったからには、避けられて顔さえ見れなくなるのだろうと覚悟はしていた。無理をさせているのだろうかとミハエルは眉を寄せる。
 それを見て、そんな顔してほしくないとアルトは口を開いた。
「だって、俺もお前が好きなんだ」
 ミハエルには俯く暇を与えずに、いちばん大切な言葉を告げる。彼が自分に言ってくれたのと、同じ言葉を。
「え?」
 ミハエルの反応は思っていた通りのもので、立場が逆だったとしても同じなんだろうなと、アルトは思う。
「隣、座っていいか?」
 ひとつ深呼吸をして、答えを待たずに椅子を引く。聞こえなかったわけではないだろうミハエルに、アルトはそれでももう一度伝えた。
「お前が俺を……好きだって言ってくれたように、俺もお前が好きなんだ、ミシェル。嬉しかった」
 叶うなんて思っていなかった。同じ気持ちでいてくれたなんて、思ってもみなかった。こんなに幸せな気持ちで好きと言えるなんて、考えたこともなかった。
「う、……そ、え、嘘、なんで、マジで言ってんの? アルトが、俺……を?」
「本気だ、ずっと好きだった。初めて逢ったあの日から」
「え、初めて逢った日って……廊下でぶつかった日……?」
 信じられない、と言うように目を見開くミハエルに、アルトは頷く。
 そうだ、あの日から世界が変わってしまった。自分のすべてが相手に向かって流れていくようだった。
「俺も……あの時アルトに全部持ってかれたんだ……」
「……そっか……」
 同じ気持ちでいたんだ、とふたりで安堵の息を吐く。こんなことなら、もっと早く告げていれば良かった。
 膝の上に置いたこぶしに、ミハエルの手のひらが重なってきて、アルトは彼を振り向く。
「アルト、つきあおう、俺たち。泣かせるかもしれないけど、大切にするから」
 そう言うミハエルの方こそが泣きそうな顔をしていた。嬉しすぎて泣いてしまいそう、それはアルトにも経験がある。
「うん……俺の方こそ、お前のこと困らせるかもしれないけど、絶対に大事にするから」
 手のひらを重ねて、指を絡めて握りあう。熱い体温が相手と同じで、ホッとした。
「嬉しい、アルト……本当に俺、嬉しくて」
「ああ、分かるよミシェル……」
 銀河でたったひとりの大事なひとに出逢ってしまった。恋に落ちた。そして触れ合える幸福を、とても愛しく思う。
 ずっと一緒にいよう。
 そう約束して、ふたりは手をつないだまま家路をたどる。アルトを送っていったミハエルは、ここでいいよと照れくさそうに呟くアルトの頬にかすめるようなキスをして、また明日と手を振った。
 胸がいっぱいだと、その日ふたりは食事を取らず、家族をわずかに心配させたという。


#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録