No.93

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Private Army1-005-

ミハアルウェブ再録 2011.08.13

#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録

 誰かを待つことが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。 アルトは全ての授業終わった後も、荷物は…

ミハアルウェブ再録

Private Army1-005-

 誰かを待つことが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。
 アルトは全ての授業終わった後も、荷物はまとめたもののいまだに帰ろうとはしていない。原始的にノートと筆記用具、それだけをいつでも持っていけるようにと机の上に準備して。
「早乙女くん、帰らないの?」
「えっ? あ、ああ、いや、ちょっと人と約束が……あって」
 それを不思議に思ったらしいクラスメイトから声をかけられて、アルトは顔の熱が上がっていくのが分かる。
 聞いただけなら単に友人を待っているのだろうと取れるが、実は大好きな人を待っていることが知られてはいないかと、後ろめたい気分になった。
「ふうん? あっ、じゃあ私、行くね。バイバイ」
 廊下から友人らしき女生徒に呼ばれ、彼女はアルトに別れを告げる。
 ああと気のない挨拶を返し、アルトは見送った女生徒の向こうに、周りの女生徒から意味深な視線を投げかけられているミハエルを見つけ、思わず顔を綻ばせた。
 ちょうど女生徒とすれ違う、教室の出入り口。ミハエルもアルトを見つけて声をかけてくる。
「アールトー姫ー、ごめんHR長引いちまってさ」
 すまなそうに、でも嬉しそうに。
 教室中がざわめいたことは言うまでもない。
「みっ、ミハエル! 姫って呼ぶのはやめろって言っただろうが!」
 これがミハエルでなかったら、なれなれしい! と殴り倒しているところだ。
「いいじゃないか、似合ってるんだし」
「似合ってねえよ!」
 まったく自分というものを知らないんだなとミハエルは肩を竦める。
 彼が呼称した姫という名は、早乙女アルトにぴったりだと、教室中の誰もが感じた。しかし彼に対してそんなあけすけな態度を取れる者など、今までいなかったのに。この急な接近はいったいどうしたことだろう。
「まあ、いいよ。行こうぜ」
 なにがまあいいよなんだ! と納得いかない部分はあるものの、当初の目的を果たそうともアルトは思う。
 ふたりっきりで、課外授業。
 別にデートとやらをするわけではないのだから、こんなに緊張する必要はないのになあと自分に言い聞かせるが、逸る心臓は治まってくれない。
「どこで?」
「……とりあえず、荷物持ってこい、外出るぞ」
 学校の図書室でもいいかなとミハエルは考えていたが、こんなに注目を浴びてしまっては、図書室まで見物にくる輩がいないとも限らない。せっかくアルトとふたりっきりになれるのに、野暮な外野は勘弁してもらいたいな、と。
 素直にカバンを肩にかけてついてくるアルトを、ミハエルはやっぱり独り占めしたいと思ってしまう。彼の方はそんなこと考えてもいないのだろうと思うと、やはり寂しかった。
「で、どこ?」
「まあ初めてだし、リラックスできるようにお茶でもしながらってのはどうだ?」
「ああ、うん、いいけど……」
 ――――え、それってデートじゃねえの? いいのか?
 お茶を飲んで世間話をして、いや、本来の目的は勉強なのだから、ノートは開かないといけない。真面目に勉強するんだと決意しても、ミハエルの隣を歩いているという事実に、顔が変に歪んだ。
「なあアルト、聞き忘れてたんだけどさ。お前普段の成績ってどれくらい? それによって教え方も違ってくるし……」
「ん? んーと……ミハエルより二十番ほど下だな。そっちはいつも一桁上位だろ」
 学校の連中に出くわさないようにと、学校からは離れたところへ向かう。電車に乗って、アイランド3へと。
「そんだけ頭いいんだったら、手加減する必要もないな。スパルタでいっとくか」
「す、少しくらい加減してくれ。専門用語とか、なんにも分からないんだからな」
 スパルタと口にした途端慌て出したアルトを見て、ミハエルはおかしそうに笑う。ああ、この人をこれから毎日でも見ていられるのかと思うと、この上なく幸せな気分になった。
「じゃあ、とりあえず、よろしく」
「エート、お願い、します」
 落ち着いた雰囲気のカフェに入り、それぞれ好みの飲み物を注文して席に座る。時間帯のせいかカウンター席しか空いていなかったが、ふたりはそこでノートを広げた。
「これ一年の頃のノートなんだけど、見づらかったら悪い。教師じゃないから教科書通りにしか進められないけど」
「いや、いい。ありがたいよ」
 一息ついて、ミハエルは自分の使っていた教科書とノートをアルトの前に広げてみせる。
「宇宙のなんたるか~とかは、置いといていいよな。まず、規則とギアの各部名称から始めよう」
 ミハエルの言うことを一言も聞き漏らすまいと、アルトは姿勢を正してペンを握る。
 空を飛んでみたい、その純粋な思いだけを、今は考えていようと。
 ミハエルが説いていくのは、地上で言う交通ルールのようなものだった。空は一般人の飛ぶところではないから、もちろん交通標識なんてものはない。だが飛行空域というものは道路と同じように決められているし、すれ違う時や交差する時の合図などもある。そうしないと、空中での事故だって起こり得るのだ。
 そうして、ギアの各部名称と操作の仕方。触れたことのないアルトにとって、なにもかもが新鮮だった。
「教科書じゃあオモチャみたいに見えるだろ。けどそれだって軍と同一規格なんだぜ」
「これが? 昨日飛んでた時に着けてたヤツだろ?」
「まあ、パイロット養成コースって銘打つくらいだからな。実際何人のヤツが軍に志願するかは、分かんないけどね」
 その養成には、オモチャでは困る。良い人材を育てるには良い機材も必要なのだ。
「アルトは、軍に入るとかは考えてないんだっけか?」
「え、あ、ああ……だってなんか規律が厳しそうだし。まあでも、軍人なんて滅多にお目にかかれるもんじゃないから、分かんねえけどさ」
「ははは、ビンゴ。俺は姉貴が新統合軍にいるんだけどさ、そういうグチなんてしょっちゅうだぜ」
 お姉さんがいるのか、とアルトは教科書から顔を上げる。ミハエルの姉ならさぞや美形なのだろう、と想像して。
「今度紹介しようか? 本物の軍人さんだぜ。あ、でもダメだぞ、ちゃんと婚約者がいるからな姉貴は」
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど」
「むくれんなよ、冗談だって」
 笑うミハエルに、アルトは複雑な気持ちを隠しきれない。もし試しにそういう意味で聞いたら、彼はどうするのだろう。なんの逡巡もなく紹介してくれるのだろうか。それとも大事な姉をお前なんかにやれるかと突っぱねるのだろうか。
 どちらにしても、彼へと向かっていくこの恋が叶うことはないだろうと、アルトは苦笑した。
「姉貴も結構モテたからさあ、婚約決まったときは男が何人か泣いたって」
「ミハエルがそんなことになったら、学園の半分は泣くかもな」
 笑ってみせるけど、上手くそうできていたかは分からない。何せアルトも泣く側なのだ、想像するだけで胸が痛んだ。
「アルトだってそうなるんじゃないか? ショックなヤツ相当多いだろうなあー。そりゃもう、男女問わず」
「な、なにをバカなことっ」
「おっと、知らない振りはなしだぜアルト。結構な数フッてきたんだろ? 女の子はもちろん、男もさ。まあ……告る男の気持ちも、分からないではないけど」
 そう言ってどさくさに紛れ、ミハエルはアルトの長い髪をひとふさすくう。サラサラだなあと零してみては、またすくい上げた。
「綺麗だもんな、アルト姫は。ストイックな感じは、逆に男の征服欲をかき立てる」
「お前までそんな風に言うのかよ! 俺は別に、そんな」
 狙ってそんな振る舞いをしているワケじゃない、と泣きたくなった。
 確かにミハエルの言う通り、何度か同性にも告白されてきた。異性からであれば嬉しいのだろうかと思う情熱的な告白も、アルトにとっては苦痛でしかなかった。
「怒るなよ、ひやかしてるわけじゃないんだ。たださ、街でもたまーに見かけるだろ、同性の恋人同士。そういうのってダメな方?」
「本気で好きだって言ってくれるんなら、考える。応えられるかどうかは別にして、だ。けど違う……アイツらはお前が言ったように、ただ俺を征服したいだけだったんだよ」
 俺は鑑賞物じゃないのに、と俯いてしまったアルトを見て、しまったとミハエルは思う。彼に告白する側の気持ちは理解できても、告白を受ける側の彼の気持ちなんて、考えてやってもいなかったのだ。
「ごめん、考えなしだった。悪かったよアルト……」
「もう、いい」
 悪いことをしたなとミハエルは思いつつも、一筋の望みが見えたことに安堵した。本気の想いなら、真剣に受け取ってくれるんだと分かった今、遠慮をすることはなくなったのだと。
「まあ、今は恋だの何だの言ってるヒマないし」
「そっか、アルトはもう空に夢中だもんな」
「だって、ミハエルと一緒に飛びたいし」
「うん、楽しみだ」
 恋は絶望的だけど、誰よりも親しい友人として彼の隣にいられたらいいと思って振り向くと、視線が重なって心臓が鳴った。
 この気持ちを悟られないうちに逸らしたいのに、磁石のように引かれあって視線が外せない。
 ――――いつか、本当のことが話せたらいい。
 お互いにそう思って、心臓が痛んで、ようやく視線を外すことに成功する。
「今日は、ここまでにしよう。あんまり一気に詰め込んでも良くないし」
 カウンターの上に広げていたノートと教科書を片づけ、店を出る準備をする。顔も赤いだろうし、なんだかこのままでは変なことまで口走ってしまいそうだ。
「なんか途中から話が逸れたな……明日からは真面目にやる」
「あ、この教科書持ってくか? 俺はもう使わないし、予習復習できるだろ」
「え、いいのか? お前が困らないんなら、ちょっと借りていきたい」
 アルトは航宙科のことを何も知らない。だが教科書を読むだけでもだいぶ違ってくるだろう。
「いいよ、俺はもう全部頭ん中に入ってるから」
「サンキュ、じゃあ借りていく」
 アルトはミハエルの教科書をカバンにしまい込み、不思議な感情に口角を上げる。好きな人の持ち物を借りていくというだけで、なんでここまでウキウキするのだろうと。
 これが恋ってものなんだなと自己完結して、ミハエルの後について店を出た。
 じゃあ明日も放課後に、と約束をして、ふたりは自分の家へと足を向ける。こんなに浮かれた足取りで帰るのは、どれだけぶりだろうと指を折って数えながら。


#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録