No.90

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Private Army1-002-

ミハアルウェブ再録 2011.08.13

#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録

 早乙女くんが空ばかり見ている、と噂されるようになって、三日目。今日もアルトは教室の窓から空を眺め、…

ミハアルウェブ再録

Private Army1-002-

 早乙女くんが空ばかり見ている、と噂されるようになって、三日目。今日もアルトは教室の窓から空を眺め、ため息をついた。カンが良い者なら、恋わずらいだとでも言ってしまえるだろう。
 そしてそれは、実際に間違いがなかった。
 ――――顔、見たいな……。
 早乙女アルトの心の中は、ミハエル・ブランでいっぱいだ。
 あれから、さりげなく彼について探りを入れてみた。彼の評判はかなり良いようで、なんだかくすぐったいような気分になる。
 しかし、だからこそ彼を好きになる女生徒はたくさんいるだろう。同年代とつきあいはないようなのだが、それでもめげずにアタックする女もいるのだとか。
 早乙女アルトは美星学園芸能科の生徒だった。
 しかし家が歌舞伎をやっているからといってもその道に進む気はなく、成績は上の中、人並み程度にできるだけ。そろそろ将来のことを考えなければなあとは思うが、何をしたいのかはいまだに見えてこない。
 そんな自分が、彼の目に止まるわけもないとデスクに突っ伏して、本日何度目かのため息。
 ――――空……飛んでんのかあ……どんなことしてんだろうな、難しいのかな。でもあいつならきっと上手いんだろうな。
 ずっと演劇だけで過ごしていたアルトには、他のコースに親しい友人などいるはずもなく、かといってそれを相談できるような友人を、同じコースに持っているわけでもなかった。
 ――――せめて友達くらいになれねーかな? 航宙科ってどこで練習してんだっけ……。
 アルトは携帯電話を取り出し、自分のスケジュールを確認する。卒業公演はまだ先、役をもらうかも分からないし、自分が今やらなければいけないことは何もない。
 ――――見に……行ってみようかな。こっそり見学するくらい、怒られないよな?
 心臓がドキドキと波打つ。あの日から一週間、一度も直接見ていない。個人権限の端末で見られるものなど、名前や学籍番号、所属コースくらいだ。小さな顔写真はアルトの恋心を増幅させるのに充分だったが、直接のビジョンに勝るものなどない。
 ――――よしっ、決めた。見たい逢いたいもう仕方ない、今日航宙科見に行ってみよう!
 一度決めてしまったら、その後は幸せでいっぱいだ。退屈な授業だって難なくこなせるし、望みのない恋に憂鬱だった心だって浮き上がってくるし、直接顔が見られるかもしれないなんて考えるだけで、スキップしたいくらいだった。




 授業が終わって、アルトは帰り支度を整え唾を呑む。まるでこれから戦いにでも行くかのような様相で、航宙科の活動場所へと向かった。
 更衣室を通り過ぎて、半分物置と化した格納庫を通り抜ければ、数人の話し声が聞こえる。
 なにやら重そうな機械をつけて、飛行デッキで今日の練習予定を話し合っているらしい。アルトは柱の陰に隠れ、こっそりとそれを覗いた。
 ――――あ、いた……!
 フェンスにもたれて、つまらなそうに空を見上げる生徒がひとり。ミハエル・ブランだ。
 一週間ぶりに目にするその人に、アルトはほうっと息を吐く。そして、改めて自覚するのだ。やっぱり彼が好きなんだと。
 彼がもたれたフェンスになりたい。
 つまらなそうでも、彼が見つめるのなら空になりたい。
 彼の金髪が風に揺れるたび、風になりたくなってしまう。
 ――――あ、飛ぶのかな……?
 空を飛ぶための道具らしい機械  EXギアを着けた生徒が、フライトコースに入る。あんなオモチャみたいなもので本当に飛べるのだろうかと、アルトは興味深く身を乗り出した。
 その時、後ろからたったったっと足音が聞こえ、思わず柱にへばりつく。きっと遅れてきた航宙科のメンバーなのだろう。許可もなく覗き見なんてして怒られないかと思ったが、
「あ」
 栗毛の少年と、ばっちり目が合ってしまった。
 ――――どうしよう、見つかっちまった……!
 あの日、彼の隣にいた少年だと気づく。バツが悪いなと視線を逸らすが、少年はにこりと笑って会釈をしてきただけ。
 そのままタタタと駆けていってしまい、とりあえずは怒られなかったことにホッとし、またこっそりと飛行デッキを覗くのだ。



「ミシェル先輩、あの人と仲良くなれたんですか?」
「は? 何言ってんのお前、来た早々」
 今日はあんまりいい風じゃないなとミハエルは前髪をかき上げる。クラスの用事で遅れてきたルカ・アンジェローニの問いかけに、怪訝そうに眉を上げた。
 ルカが言っているあの人とは、十中八九、早乙女アルトのことだ。
 一週間前のあの日、不覚にも一目惚れしてしまった、叶うはずのない恋の相手。
 まったく、気づかれるような行動を取ってしまった自分が恨めしいとそっぽを向く。
 この一週間、持てるすべてのネットワークを使い、彼のことを調べてきたのだ。
 だが航宙科と芸能科では、彼との間に接点など見つかるはずもなく、偶然を装って教室を覗くくらいしかできなくて、話しかけることもない。
 誰にも言うなよと口止めはしているものの、気を抜いたらどこかからバレてしまいそうである。
「あいつ、ホントに家と学校の往復らしくて、行きつけの店とかも分かんなかったんだぜ」
「でも……いるんですけど、あそこに」
 おかしいな、と首を傾げるルカに、ミハエルは耳を疑った。ルカが指をさす方向に、急いで隠れたつもりらしい陰が見える。それでもあの特徴的なポニーテールが隠れておらず、一目で分かってしまう。
「え……、……なんで!?」
「知りませんよ」
 ミハエルはその光景が信じられずに、パッと向き直る。わずかに頬が染まっているのは、きっとルカにしか分からないだろう。
「もしかして先輩のこと見に来たんじゃないですか?」
「そんなわけねーだろ! あの日から何もコンタクト取れてねえのに!」
 ああ、でももしそうなのだとしたら。
 ミハエルの中に火がつく。もしそうでも、そうでなくても、練習を見に来たことを考えればチャンスはある。格好良いところを見せてみたいと思うのは、恋するオトコの通常心理。
 ミハエルは、陰で見ている見物人なんか気にしていないといった振りをしてフライトコースに入る。
 いつもはメンバーのフライトを見てフォームやら何やらを指摘するのがほとんどなのに、率先してコースに入るチームリーダーに、やっぱり物珍しそうな視線が注がれた。
 そして物陰のアルトからは、めいっぱいの期待を注がれる。
「誰かスターゲイトやるヤツいない?」
「えー、だってあれ難しいじゃん」
「あ、俺行きたい行きたい」
 これも練習のうちだと、ミハエルは悪びれもせずに恋のために空を飛ぶのだ。何人かのメンバーを引き連れて、的確な指示を与えていった。
「よし、トチんなよお前ら」
 チャンスはきっと一度きり。逃したくない初恋を、ミハエルは必死でつなぎ止める。
 タイミングを見計らって、ミハエルはデッキから離陸した。



 わあ……とアルトの口唇から感嘆が漏れる。間近で見たのは初めてだと、瞬きさえしないでミハエルのフライトをじいっと追った。
 EXギアことエクステンドギアシステムは、もともと軍用機器だ。主な用途は戦闘機の操縦だが、パイロットの機外活動用装備としても有効とされている。
 飛行、歩行、走行エトセトラ。航空メーカーの主導によって開発が進められたからか、飛行機動性や着用者にかかるGの負荷を軽減することにおいては他に類を見ない。
 新統合軍だけではなく特殊部隊でも利用されるほどのものだが、近年は民間仕様としても開発され、こうして中学校にさえ使用が許可されている。
 中等部・高等部・大学部それぞれに専門コースを置くここ私立美星学園では、それを活用した訓練が日々行われている。
 アルトが自分で調べて分かったのは、それくらいだった。
 きっと難しいのだろう操縦を、視線の先のあの人は、軽々とやってのけている。
 どんな気分なのだろう、空を飛ぶというのは。専用のスーツとEXギアを着けているとはいえ、ほとんど生身の状態だ。それで何も支えがない空を飛ぶというのは、いったいどんな。
 ミハエルがクライムロールを難なくこなすのを、技名も知らないアルトは一生懸命視線で追いかける。
 ――――すげえ、すげえ……! あんな風にして目え回ったりしないのかな。
 心臓がざわめいて踊る。初めて触れる文化に、心が沸き立つように。
 ――――あれ、やってみたいな……でも航宙科じゃないとダメだしな……。
 どきどきとそわそわとおろおろが重なって、視線があっちこっちに泳いだ。
 そんな中、ふとデッキ視線を移すと、飛行を終えたらしいミハエルが戻って来たところだった。ヘッドギアを外し、首を振る。少し乱れた髪に、アルトの胸はやっぱり高鳴った。
 そして、ふと視線が重なる。
 見つかってしまったという思いより、見つけてくれたという幸せの方が大きい。
 こんにちは、とでも言うように微笑まれて、一気に顔の熱が上がった。
 叫び出したいのを必死でこらえて、アルトもできる精一杯で微笑み返す。
 そんな些細なやりとりだけれど、アルトに躊躇いを捨てさせるには充分だった。
 ――――入りたい、航宙科……! 飛んでみたい、あいつの隣に行ってみたい!
 好奇心と感動と恋心が入り交じった、純粋ではないとも思える動機だが、家がそうだからとなんとなく演劇のコースに居座っているよりは、ずいぶんまともな物にも感じられた。
 アルトは拳を握りしめ、キッと前を見据える。そのまま踵を返して、内緒の見学を終わらせる。やることはきっといっぱいあるのだろうと、少しだけ眉を寄せながらも、走る足取りは浮かれていた。



#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録