No.76

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Please marry me!-002-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

#ミハアル #両想い #ウェブ再録

「幸せすぎる」「大袈裟だな」「そんなことない、だって俺、今立てるか分かんないんだぜ」 情けない、と笑…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-002-


「幸せすぎる」
「大袈裟だな」
「そんなことない、だって俺、今立てるか分かんないんだぜ」
 情けない、と笑うけれど、本当は泣いてしまいたいのを我慢したのだ。
「お前、案外へたれなんだな……面白い」
「あのさ、そういうの学校で言ってくれるなよアルト。俺にもイメージってもんが」
 飲み終えたラテをトレーに戻し、そろそろ出るかとアルトは立ち上がり、ミハエルを見下ろしてふふんと笑ってみせる。
「なにがイメージだよ。本命には奥手なくせに」
「奥手って、お前ね……っ」
 だがしかし、反論できる要素はあまりないなとミハエルが振り仰いだところへ、頬を包むアルトの両手と笑う口唇。
「間違ってねえだろ、バーカ」
「ア、ル……」
 被さってくる陰と、夢にまで見たアルトの口唇。
 突然の接触に、ミハエル・ブランともあろうものが反応できなかった。瞬きをするのがやっとで、口唇の感触を楽しむ余裕もない。
「お前のそんな顔、初めて見たぜ」
 口唇を離してすぐ、そう言って微笑み、アルトは人差し指でミハエルの口唇をつんと押してみる。
 たった今自分の口唇が触れていたところが、ぽかんと開かれたままあることが、おかしくてしょうがなかった。
「ちょっ……待、アルトっ」
 トレーをまとめて持ち上げるアルトに、ミハエルはやっと我に返り、ガタガタと席を立つ。
 不覚。
 空とベッドの撃墜王と謳われる男が、まさかキスにさえ反応できないなんて。これだから本気の恋というヤツは、とアルトを追った。
「アルトとの初めてのキス、もうちょっとムードのあるとこが良かったなあ」
「へえ、ムードとか気にするタイプ、……だろうな、今までお前がつきあってきた女とか、そういうの気にしてたんだろ」
 カウンターのところで追いついて、どさくさ紛れに手をつなぐ。それを振り払われることはなくて、ミハエルはホッと息を吐いた。
「個人の感覚なんじゃないか? あ、でも今は全然そういう、女の子とつきあってるとかないし、アルトからキスしてくれたの、すごく嬉しい」
 ちょっと驚いたよと、振り払われないのをいいことに、指を絡める。
 そんなことにすら心臓が破裂しそうだなんて、指を絡め返してくれる可愛い恋人は、知らないのだろうけど。
「なあミハエル、あれって美味いのか?」
「ん、どれ? ……たこ焼き? 食べたことない?」
 うん、と決まりが悪そうにそっぽを向いて頷くアルトを、改めて上から下まで眺めてみた。
 ストリートに並ぶ移動型の店舗なんて、このあたりでは珍しくもない。お目にかからない日がないというほどなのに。
「本当にお前……お坊っちゃんなんだよなあ」
「バカにしてんのか」
「ああ、悪い悪い貶してんじゃなくてさ。知らないこと俺が教えてやれるっていう優越感は、たまんないんだよね」
 言って、にっこりと笑ってやる。アルトの頬がさっと染まったのを、ミハエルが見逃すはずもない。
「どれ食べたい? まずはスタンダードなのからかな」
「……お前に任せる」
 オーケイ、と言ってミハエルは店員に八個入りのたこ焼きを注文した。アルバイトらしい女性は、ミハエルの連絡先を訊いてきたが、連れがいるんだとアルトを指す。
 その顔がこの上なく優しい形だったことを、アルトは知らない。
「お待たせアルト」
「わ……」
 焼きたてらしく、香ってくる匂いは最高だ。
「熱いから気をつけろよ。どっか座ろうか」
「すげえいい匂いがする」
 アルトは目をキラキラ輝かせて頷く。本当に初めて触れる食べ物なのだろうなと、ミハエルこそ目をキラキラ輝かせた。
「あつっ」
「ああもう、だから気をつけろって言ったのに。平気か?」
「ん、大丈夫。これ美味しい」
 にこりと笑うアルトに、胸がはねる。
 こんな風にときおり見せる女性の仕種と表情には、いつも心を持っていかれる。
「お前も食べろよ、ほら」
「ん、ああ、ありがとアルト姫」
「姫じゃねえ」
 ぷいとそっぽを向くのはいつもの仕種。その斜め一二五度の角度から見ても可愛いなあと思えてしまうアルトを、抱きしめたい衝動に駆られた。
「ホント美味そうに食うよな。そう珍しいもんでもないのに」
「しっ、仕方ないだろ見たことなかったんだから!」
 その衝動を抑えて、顔を真っ赤にして抗議してくるアルトを眺め、肩を揺らして笑った。
「これからもっと可愛いアルトが間近で見られんのかと思うと、幸せ過ぎて夢かと思っちまうぜ」
「さっきからそればっか」
 はあ、とため息が聞こえてくる。だけどそれこそ仕方ないじゃないかと、ミハエルは肩を竦めた。
 早乙女アルトはこんなみてくれをしていても立派な男だ。銀河カブキの宗家・早乙女一座の大事な跡継ぎ。だったにもかかわらず、彼はパイロット養成コースに転科してきた。
 もともと住む世界が違うひとだったのに、いや、だからこそ惹かれたのか、ずっとずっと特別な想いで見つめてきたのだ。
 ミハエルはそこまで思って、目を見開いた。
 瞬きが止まる。急に世界がモノクロになったかのように、思考さえ止まってしまった。
 ―駄目、だ……。
 どうして忘れていたのだろうと、口許を押さえる。
 アルトに気持ちを告げられなかったのには、まだ他にも理由があったのに。
 どうして。
「ミハエル? どうしたんだよ、具合でも悪いのか?」
 突然言葉を飲み込んでしまったミハエルを不審に思って、アルトが肩を揺さぶってくる。ミハエルはハッとして顔を上げた。
「ごめん何でもないよ」
「本当に?」
 嘘くさい、と責めるアルトに、大丈夫だいじょうぶと笑って返し、あとひとつ残ったたこ焼きをアルトの口許に持っていってやる。
 こんなのでごまかされるかと睨みつけながらも、アルトの口は嬉しそうにモグモグと動いていた。
「そうやって心配してくれる優しいアルトのこと好きなヤツが、学園にどれだけいると思ってんだ? それこそ可愛い女の子からヤローまで、めいっぱいなんだぞ」
「そ、そんなの知るかよ」
「アルトが知らなくてもそーなの。まったく、この鈍感姫が」
 気が気ではなかった。こうやって見つめているだけのうちに、他の誰かのものになってしまわないかと。
 自分の恋が叶わないなら、他の誰のものにもなってほしくないと思っていたのも、そう遠いことではない。
「だからさ」
 いろんな障害があるこの恋が、こんな形で成就するなんて思ってもみないこと。頬をつねったらきっと目が覚めて全部なかったことになってしまうんだと、さっきからそれだけはできないでいる。
「だから、アルトが俺の気持ちに気づいてくれて、受け入れてくれたのは本当に嬉しい。一生分の運を使い果たしたかもな」
 叶わないと思っていたからこそ、告げることができたのだろうか。
 本当は、告げていい想いではなかったのに。
「大袈裟だろ」
 そう言ってアルトは笑う。けれど、ミハエルは誇張や冗談のつもりで言ったわけではない。
「大袈裟なもんか。アルトが俺の大事な恋人だって、言って回りたいくらいなんだぞ」
 分かる?と覗き込むと、アルトは呆れたようにも恥ずかしそうにも肩を竦めた。
 空になったたこ焼きのパックを、アルトは店の前のゴミ箱に放って手をパンパンと払う。


#ミハアル #両想い #ウェブ再録