No.136

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うん。~恋に落ちたら~-006-

ミハアルウェブ再録 2011.10.23

#ミハアル #片想い #ウェブ再録

 女形をやっていたことはこの学園中の人間が知っているだろうが、どんな風に演じていたかを語れる人間はお…

ミハアルウェブ再録

うん。~恋に落ちたら~-006-

 女形をやっていたことはこの学園中の人間が知っているだろうが、どんな風に演じていたかを語れる人間はおそらく片手ほどだろう。
「だからって今どうこうじゃないんだけどさ、あんな気持ちになることはもうこの先ないんだろうな」
 男を……いや、見ている人間のすべてを舞台の世界に引きずり込めたら、それは役者冥利に尽きる。すでに舞台を降りたアルトだが、いや、降りた今だからこそ分かるのだ。
 恋い慕わせてこそ、女形であった。
「舞台の上のお前、本当に綺麗だったなあ……」
 世辞も偽りもなく、ただ純粋にそう思っていたミハエルの声が、風に乗ってアルトの耳に運ばれてくる。
 アルトは、さっきとは別の意味で泣きたくなってくる。
 ミハエルが目を閉じていてくれてよかったと、心から思う。こんな顔は見られたくない。
「……バカじゃねえの、ホント……惚れてたの、お前の方じゃねーか」
「だからさぁ。俺だけ片想いしてたの不公平だし、アルトが俺のこと好きになったらおあいこかなーって」
「勝手に俺を巻き込むなって……」
 声が震えないように、必死でこらえた。
 嬉しい。
 嬉しい。そんな風にしか言葉にできない自分が悔しい。コンプレックスでしかなかった女の部分を、こんな風になんでもないように口にしてくれる人は、この銀河でたったひとり、この男だけかもしれない。
「だからあんまり昔のこと卑下すんなよな。俺は女形・早乙女有人の大ファンなんだぜ」
「言ってろ、バーカ」
 本当に、目を閉じていてくれてよかった。気づいてしまったこの心を隠す術を、まだ持ってはいなかったから。
「アルトー、三十分経ったら起こしてー」
 眠そうな声を聞いて、アルトはようやく目許を拭う。
 たとえ今見咎められても、目をこすっていたのは自分も眠いからだと言い訳できる。
「知るか、てめーなんか」
 昔の自分に嫉妬するなんて、笑えばいいのか泣けばいいのか分からずに、アルトはいつものように憎まれ口で返した。
 そよそよと風が流れていく。さらさらと髪が頬に触れていく。ふわふわとくすぐったい想いが、口許をかすめていった。
「これが……そうなのか」
 まったく不可解である。そんな気が一ミリもない時には本当に違うのだと否定したくすぶりが、気がついてしまえばまったく別物になってしまう。
 恋だとは思っていなかった。
 恋になってしまった。
 アルトは隣で惰眠をむさぼる親友へと視線を移し、額をくすぐっている前髪を指先で払う。触れたそこから、伝わってしまえばいいと思った。
 ――――好きだ、ミハエル。
 知らず、口許が緩む。すんなりと受け入れてしまえる、初めての気持ち。ミハエルもこんな気持ちを感じてくれていたのだろうか。舞台の上の有人に。
 アルトは腰の後ろに両手をつき、空を見上げた。
 舞台を降りたら親友を手に入れた。
 舞台を降りたから恋人を手に入れ損ねた。
 それでも出逢えた、空と、ミハエル・ブラン。
「うん……悪くないな……」
 こんな気持ちは、きっと悪いものではない。彼を恋しいと思う気持ちも、昔の自分を憎らしく思う気持ちも、そんな自分がバカらしいほど滑稽に見える視点も、手を伸ばせば届く、こんな距離も。
「……悪くないな……」
 アルトは呟いて、風の音に耳を傾けた。





【最近返信遅くないか?】
【そうか? 別にいいだろ、大事なもんじゃなきゃ】
 アルトは、めいっぱい悩んで何度も書き直してやっと送信した。変に思われてないといいと思いつつ、もうちょっと気の利いたことを返せばよかったと後悔するのだ。
 アルトは送信し終わってから受信ボックスを開き、中のメールを一通一通確認していく。
 つづられている内容は大したこともないのだが、アルトにとってはその一文字一文字さえが嬉しかった。
 ミハエルが好き。
 そう自分の気持ちを自覚してからというもの、以前とは違った意味で彼からのメールを心待ちにしている。学校で別れてからもこうして彼とつながりを持てるということが、特別みたいでこの上ない幸福だったのだ。
 だがその反面、恐ろしくもある。ついうっかり入れてしまいそうになる、密やかな恋心。未だに訊ねてくる、【そろそろ惚れた?】に【もうずいぶん前に】と返してしまいそうで恐ろしい。
 だから、当たり障りのない文章を返そうとして時間がかかってしまう。急を要する内容ではないが、申し訳なくなること数回。
「……って、待て。ミシェルも俺のメール待ってるってこと……いやいや絶対違う、アイツはなにも考えてないはずだ」
 そう思うのに口許は緩んでしまう。
 もっと気にしてほしい。気にかけてほしい。一日くらい返信をしないでおこうか。いやいや、そんなの自分の方が我慢できないに決まっている。
「なあミハエル、知ってんのかよお前。お前なんかに本気になって泣きを見そうなヤツがいるってこと」
 アルトは布団の上で携帯電話を眺めた。メールを見ているだけで恋しくなってくる。平日は学校で顔を見られるのに、今日みたいな休日は逢えなくて本当に寂しい。
 早く明日にならないかなと、アルトは熱い息を吐き出した。
【俺の返信が遅いと怒るくせにな。まったくわがままなお姫様だよ】
【姫って言うの禁止。もう寝る、おやすみ】
 アルトは少し残念そうに、最後の四文字を打ち込んで送信する。本当ならもっと続けていたいが、時には抑えなければいけない想いもある。いや、アルトにとってはいつでもどんなときでも抑えなければいけない想いだ。
 叶うはずがない。
 それだけではない、この気持ちを知られてしまったら、ミハエルはもう今までのように接してくれない。
【俺を追い抜けたらやめてやる。おやすみお姫様、明日寝坊すんなよ】
 こんな風に、冗談混じりの優しいメールが返ってくることもなくなる。だからこの想いは、秘めていなければならないのだ。
 それが分かっているから、好きになることなんてないと思っていた。思わせぶりな態度をとるのはよくないと指摘してきた彼が、この想いを知って変わらないでいてくれることなんかない。
 好きになることなんてないと思っていた。
 だけど、好きにならなければよかったとは思っていない。
 目尻を通る熱い滴を拭って、アルトは明日というミハエルに逢える日を迎えるための眠りについた。



#ミハアル #片想い #ウェブ再録