No.135

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うん。~恋に落ちたら~-005-

ミハアルウェブ再録 2011.10.23

#ミハアル #片想い #ウェブ再録

 その日から、ミハエルとアルトのメールは日課のようになっていた。 今日は朝飛びに行くのか。昼飯は屋上…

ミハアルウェブ再録

うん。~恋に落ちたら~-005-

 その日から、ミハエルとアルトのメールは日課のようになっていた。
 今日は朝飛びに行くのか。昼飯は屋上で食うか。美味しそうなカフェ見つけたんだけど。そういえば明日技術試験だけど、負けないからな。エトセトラ。
 学校でもイヤというほど顔を合わせるのに、なぜこうもメールが続くのだろうか。しかも、以前はフライトのことしかなかった話題が、今では日常の他愛もない話題に切り替わっていた。
 携帯電話が震えるのを感じて、アルトはそっとポケットに手を忍ばせて取り出す。メールの差出人は見なくても分かって、もう慣れた手つきで開いた。
【今日、メシ屋上な】
 アルトはそれに、分かったとだけ返す。
 いつもなら教室さえ同じだが、今は選択授業で離れている。
 約束をしたわけでもないのに、いつも一緒にいるからか、成り行きで一緒にランチをとることが多い。他のメンバーがいる時もあるが、たいていは二人きりだ。
 ミハエルに言わせれば、なんで野郎の顔見ながら昼メシなんだ、ということらしいが、その割に光景は変わらない。
 何か特別な話題があるわけではない。
 たとえば昨日のテレビで誰が誰と結婚した、別れた、どこどこの船団でどんな事件が起きた、次のテストのスケジュール、まあそんなところだ。
 だが、なにも話さなくても苦痛ではない。話題がないのであれば、ただそこにそうしているだけ。
 正直な気持ちを言ってしまえば、ミハエルの隣にいるのは楽だった。彼はアルトを特別扱いしない。女形を演じていたことでたびたび話題には上るが、からかいという要素は含まれていなかった。
【アルト、今日も弁当?】
【いや、今日は購買行く。朝寝坊して作れなかったんだ】
【珍しいな。購買行くなら俺の分も買ってきてー。焼きそばパンがいいなー】
【何で俺が!】
【そっちの方が購買近いだろ。ドリンクくらいはオゴッてやるからさ】
 授業はもちろん聞いている。が、合間にこんなメールをやりとりするのも、もはや日常茶飯事になっていた。メールボックスは以前と同じく、ミハエルでいっぱいになっていく。
【分かった、欲しいものメールしろ】
 だけど以前に比べたら、ずいぶんと親密度は増した。短くても素っ気ないとは感じない。
 ミハエルはその後すぐに食べたい物を羅列したメールを送ってきて、きっと最初から考えていたのだろうとアルトは苦笑した。
 そして、スクロールした画面のいちばん下に、見慣れた文章。
【なあそろそろ惚れた?】
 なんの脈絡もなく、しかし規則のように定期的に入っている文章だ。
 またか、とアルトは目を細め、
【惚れてない。理由がない】
 いつものように、そう返した。
 そう、いつものように。
 あの日からミハエルは、ことあるごとにこんな風に確認してくる。
 本当に好きじゃないのか、まだ惚れていないのか、今日はときめいたりしたんじゃないのか、エトセトラ。
 文面は違うものの、導き出すひとつの答えは明白だ。
 ――――なにが楽しくて、こんなん書くんだ、アイツ。
 アルトの方もそれに対する反応は慣れたもので、否定は返してやる。
 あの日、言ったはずだ。ミハエルのことを好きになんかならないと。万が一にでもそうなってしまった後のことを考えたら、好きにならない方が楽に過ごせる。
 ――――まるで洗脳でもしてるみたいだ。絶対に好きになんかならねーし。
 アルトは携帯電話をポケットにしまい込んで、この心地よい距離が壊れてしまわないようにと祈った。



「いい天気」
「風もあるし、今日は過ごしやすいな」
 購買で買ってきたものを全部腹に収めて、ふたりで空を見上げる。
 こんな日は屋内で授業を受けるより、好きなだけ空を飛んでいたい。風をもっと深く感じるためにか、アルトは寝ころんで目を閉じた。
「アルトは本当に空が好きなんだな」
「こんなにハマり込むとは思わなかったけど……そうだな、今はいちばん好きなものだ」
「俺よりも?」
 片手をついて体を支えるミハエルが、面白そうに訊ねてくる。よくも飽きないものだと、アルトは目を開けもせずに呟いた。
「もし好きになるならお前以外の誰かだよ」
「ふぅん? そんなこと言って、後で惚れてもしらないからな」
 くっくっと喉をならすミハエルを、アルトはようやく目を開けて見上げた。本当にこの男の考えていることは分からない。
「お前は?」
 この男が本音をさらけ出す相手は、果たして存在するのだろうか。こんなに近くにいてさえも、ミハエル・ブランはアルトにとって遠い存在のようだった。
「うん?」
「お前は誰か、好きなヤツがいるのか?」
 なにを訊いているのだと、アルトは言ってから思う。ミハエルがたくさんの女性と噂になっているのは知っているし、その誰にも本気で接していないことは、学校の誰もが知っていることだった。
 ミハエル・ブランに本気になったら、泣きを見るのは惚れた方だと。
 だからそんな男に、本気の相手がいるとはとても思えない。
「いたよ」
 ミハエルが、ごろりとアルトの隣に寝転がる。
「えっ?」
 思いも寄らない肯定に、逆にアルトが跳ね起きた。まさかそう返されるとは思わず、次の句につなげられない。
 まさか、遊び人で通っているこの男に、好きな、人が。
「……いた?」
 ――――過去形? ふられた? まさか、ミハエルが?
 アルトは、過去形で伝えられた事実が導く答えをにわかには信じられなくて、目を見開いてミハエルを見下ろした。
「叶わなかったからな、初恋だし」
 初めては叶わないって本当だったんだと、迷信を持ち出してミハエルが目を閉じる。
 アルトは、なにをどう、どこまで訊ねていいものかと戸惑った。
 こんな時、友人である自分はどうしてやればいいのだ?
訊かないでいてやった方がいいのか、訊いてやった方がいいのか。
 痛む心臓を我慢して、アルトはふいと顔ごと視線を逸らした。
「だ、だから今……女とっかえひっかえつきあってんのか」
「人聞き悪いこと言うなよ、俺は彼女たちが望むようにしているだけさ」
 責任転嫁はよくないぞと、あざ笑うように吐き捨てつつも、喉の奥の痛みをこらえる。
 たとえ過去のことだとしても、ミハエルにもそんな風に想う人がいたのだと知って、ひとりだけ置いて行かれたような感覚に陥った。
「どんな……ひとだったんだ? お前のことだから年上なんだろう?」
 もう午後の授業が始まっている。だけどアルトもももちろんミハエルも、それを気にする風ではなかった。ミハエルはこの際サボッてしまえと口に出さずに考えて、アルトはただ流されるままに風を頬に受ける。
「年上だって思った。すげえ綺麗だったんだぜ、この俺がらしくもなくさ、その人を見られるってだけでドキドキしてみたりな」
「……貴重な体験だろうな、そりゃ」
 今ではそんなこと絶対にないんだろうと笑ってやった。ミハエルはそれに何も返さず、そっと目蓋を持ち上げてきた。
「話したこともないし、プレゼント贈ることもなかった。何せ初めてのことでどうしたらいいか分からなかったしなあ」
 ハハハと笑うミハエルの声が、心臓に痛い。幼い頃の話なのだろうか、アルトは寂しくて悔しくて、どうしたらいいか分からなくなった。
 その頃共にいられなかったことが、寂しくて悔しくて、ミハエルを振り向くことさえもうできない。
「でも、……今なら女の扱い方も上手くなっただろ。そんなに好きだったなら、逢って話せばいいじゃないか」
 たとえば気持ちが薄れてしまったのだとしたら、そんな風に優しく語ったりはしないだろう。きっとミハエルは、今でもその人のことが好きに違いない。
 友人としては、ここは応援してやるのが普通なんだろうなと、アルトは膝を抱えて呟いた。
「無理だな、だって……もう、いねえし」
 諦めた口振りにアルトはハッとして口を押さえる。
 ――――亡くなったのか……。
 その可能性を考えなかったことを悔やんで、眉を寄せた。
「悪い、辛いこと言わせて」
「あの姿はもう見られない。何をどう間違ったのか、空に恋いこがれて、親に殴られてまで芸の道捨てて、今は俺の隣で親友として居座ってやがる」
 遮るように語られたミハエルの想い人。アルトはその姿を想像しようとして、一瞬頭の中が真っ白になった。
「……――――は!?」
 思わず、振り向いてミハエルを凝視する。一点の曇りもない瞳が、眼鏡のレンズ越しに、こちらを見つめていた。
「初恋、お前だったんだ」
 今だから言える笑い話だよと、ミハエルは長いため息をつく。それは深い諦めと、昔を懐かしむ色。
「お、れ……?」
「舞台見て、一目惚れしたんだけどな。話の筋も分かんないのに何回も舞台通ってた」
 舞台の上の舞姫が男だと知った時は本当にショックで、一週間ほど寝込んだのだと付け加えられて、アルトの頬が染まった。

#ミハアル #片想い #ウェブ再録