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Private Army1-008-

ミハアルウェブ再録 2011.08.13

#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録

「アルト!」 見覚えのあるポニーテールを目にして、ミハエルは声を張り上げた。廊下の人間が一斉に振り向…

ミハアルウェブ再録

Private Army1-008-



「アルト!」
 見覚えのあるポニーテールを目にして、ミハエルは声を張り上げた。廊下の人間が一斉に振り向いたが、ミハエルが呼んだ人物だけは微動だにしなかった。
「ようやく捕まえたぞ、アルト」
 ミハエルは人の合間を縫って、アルトの背中を目指す。仲の良かったふたりだが、喧嘩でもしたのだろうかと周りは心配そうに、あるいは好奇心で視線を向けた。
「話がある」
 アルトの前に回り込んでも視線を合わせてくれなくて、ミハエルの心臓が悪い意味で高鳴る。顔も見たくないほどの何かがあったのだろうかと。
「……俺にはない」
「意味が分かんない。いいから来いよ」
 そんな不安を押し隠して、見物人のたくさん散らばる廊下から抜け出す。
「ミシェル引っ張るなよ、痛いって」
「今離したらお前逃げてくから、イヤ」
 ここまで来たらもう逃げることなんて考えていないけど、アルトは何も言わずにミハエルに引っ張られて行った。彼の怒りを煽るようなことは、もうしないでおこうと口唇を引き結ぶ。
「なあアルト、なんでお前、昨日来なかったんだ? 俺ずっと待ってたのに」
 狭い資料室で、ふたり向き合った。アルトは相変わらず視線を逸らしたままだったが、もう逃げるつもりはなようだと悟ってミハエルは腕を放す。
「電話もメールもくれなかったし、もしかして何かあったのかって、すげえ心配したんだぞ」
 仕方なく家に帰ってからも、ずっと気がかりでしょうがなかった。朝いちばんに教室を覗いてみたのにアルトはいなくて、休み時間には様子を見に行ったのに、その度にいなかった。人に聞いたら学校には来ているようで安心したが、別の意味で心配になったのだ。
「なあ、俺なにかしたか? 顔も見たくないほど……避けたくなるほどアルトのこと傷つけた?」
「違……っ、そんなんじゃ」
 それはもう避けられているとしか思えなくて、気分が最低ラインにまで落ち込んだ。だけど理由を聞かなければ納得なんてできなくて、ようやく捕まえたのだ。
 心当たりがないと、叫び出したくなる気持ちを必死で押さえつけて、アルトに訊ねる。そんなんじゃないと言ってくれたアルトだが、視線が重なった途端また逸らしてしまった。
「理由を言ってくれよ。もう航宙科に入る気なくなったとかでも、いいからさ」
 ミハエルの寂しそうな声に、アルトは唾を呑んで俯いた。
「……だって……俺、邪魔なんじゃないかと思って……」
 昨夜一晩泣いたけど、まだ泣きたくなってくる。顔なんか見たらいろんなものがあふれてしまいそうで、どうしても顔を上げることができなかった。
「邪魔って……なんで? アルトがなんの邪魔になるっていうんだよ」
「だって! お前好きなひといるんだろ!? 俺に構ってばっかいるから、その人に言えてないんじゃないのかよ!」
 ――――言いたくない、言いたくないこんなこと……っ。
 ミハエルには笑っていてほしい、そう思うのは本当だ。だけど、誰ともつきあったりしないでほしい、そう思うのもアルトの真実。
 本当は、邪魔になんか思ってないよと言って笑ってほしい。叶わなくていいから、友人の中ではいちばんだと言ってほしい。
 そう言って笑ってくれたら、諦める努力をしてみせる。
 そう思って、アルトはこぶしを強く握りしめた。
「好きなひといるって……なんで……」
「昨日、偶然……聞いちまったんだ、悪い……覗き見するつもりはなかったんだけど」
 ミハエルはその瞬間に思い当たって頷く。気分がますます落ち込んだ。
「好きなひといるのは本当だけどさ……アルトはそれで全然平気なんだな……邪魔したらダメだって思っちまえるくらい、なんでもないんだ」
 ふたりで過ごす時間を、その人に譲ってしまえるくらい、なんでもないことなんだと眉を寄せる。早くつきあってしまえと暗に促すその行動が、どれだけ悔しくて悲しいか、彼は分かっているのだろうか。
「だって俺は……もう教えてもらうこととかないだろうし、だから、ミシェル、今まで、ありが」
「なんでそんなこと言うんだよ!」
 ミハエルは握りしめたこぶしを傍らの棚に叩きつけた。アルトの肩がびくりと震える。乗っていたものが衝撃で揺れたり落ちたりしたけれど、そんなものは気にしていられなかった。
「今までありがとうとか、そんなのっ……もう逢わないみたいに言うな!」
「でも、ミシェル」
 アルトは目を瞠る。
 両腕を強く引き寄せられて、影が被さって、何かが触れる。
 ――――え……?
 口唇が、口唇に触れている。
 それがキスだと分かるまでに、五秒要した。
「ん……!?」
 瞬いてもそれは変わらず、夢ではないのだと知らせてくれる。確かに今、ミハエルと口づけをしているのだと。
「ん、う……ふ」
 だけど、どうして。
 どうしてこんな、恋人同士みたいな情熱的な抱擁と、キスをされているのだろう。
 口の端をついばんで、左から右に舌を滑らせ、吸い上げて、大切そうに触れてくれる。
「好きだ、アルト」
 そう言った次の瞬間には再び口唇が降ってくる。頭の中が真っ白になった。強く抱きしめられて、シャツ越しの体温に目眩が起こる。
「俺の好きなひとは、お前だよアルト。ずっと、……好きだった」
 腕の中から解放されても、アルトの思考回路はうまく働いてくれない。何をされたのだろう、何を言われたのだろう。自分に都合のいいように解釈しても構わないのだろうか。
「アルトが……俺の顔も見たくないって言うなら仕方ないけど、誤解だけはされたくなかったんだ、ごめん、こんなことして」
 ミハエルの静かな声に合わせるように、アルトがずるずるとへたり込んだ。支えてやるべきかどうか迷って、ミハエルは結局こぶしを握りしめる。
「いつか、一緒に飛べたらいいな、アルト」
 もう叶わないかもしれないとミハエルは苦笑して、呆然と座り込むアルトに背中を向けた。
 もっとうまくいく恋ならよかったと、初めての失恋をひとり味わいながら。
 ドアが閉まってようやく、アルトは瞬く。
 ――――い、ま……、なんて……言った……?
 まだ、口唇に感触が残っている。まだ、耳に声が残っている。
 にわかには信じられなくて、そっと指先で口唇をなぞった。
「……はは……あは、うそ、マジで……」
 肩を揺らして泣き笑う。
 夢ではないのだ。彼が好きだと言ってくれた、口唇に触れてくれた、強く強く抱いてくれた!
「どうしよう、どうしよ……立てねえ、マジで、くそ、嬉しい……嬉し……っ」
 彼が触れてくれた口唇を両手で覆う。
 まさかこんなことが起こるなんて、とてもじゃないが信じられない。
 みっともなくても情けなくても、今は嬉しくて泣くことしかできない。どうせ誰も見ていないのだ、思う存分泣いてしまおう。
 そして、立ち上がって踏み出さなければ。
 ――――行かなきゃ……ミシェルに、ちゃんと……好きだって言わなきゃ……っ。
 あんなに悲しそうな顔をさせたまま、今日を終えることなんてできやしない。
 ああ、でもあともう少しだけ泣いていよう。
 アルトは、涙が自然に止まるまで、そこで幸福に浸っていた。




 三杯目のコーヒーを注文しにいこうかどうしようか、悩んで手持ちぶさたになる。
 もう帰ろうかもう少し待ってみようか、ミハエルは何度目かの自問に答えを見つけ出せず、苛立って髪をかき混ぜた。
 ついに気持ちを打ち明けてしまった。いずれは話そうと思っていたことだが、あんな風に告げるはずではなかったのだ。
 突き飛ばされなかっただけマシなのかと思うが、できることなら時間を戻してしまいたい。抱きしめてキスをしてしまう前の時間まで。
「アルト……」
 この恋だけは大切にしたかったのに、無理矢理キスするなんて結末で終わらせてしまった。彼に合わせる顔などないのに、どうしていつものように待ってしまっているのだろう。
 謝ったら許してくれるだろうかと俯く。今まで通り友達でいてくださいと頼んだら、叶えてくれるだろか。
 そんな虫の良い話はないだろうと小さく首を振った次の瞬間に、隣に人の気配。顔を上げて、思わずガタリと腰を上げた。
「アル、ト……」
 いつもと変わらない、いや、緊張の表情を隠し切れていない早乙女アルトの姿を目にして、声がうわずる。
「いてくれて、よかった……ミシェル」
 笑う顔さえぎこちなくて、ああやっぱり時間を元に戻してほしいとミハエルは椅子に座り直した。
「もう……来てくれないだろうなって……思ってた」
 気持ちを打ち明けてしまったからには、避けられて顔さえ見れなくなるのだろうと覚悟はしていた。無理をさせているのだろうかとミハエルは眉を寄せる。
 それを見て、そんな顔してほしくないとアルトは口を開いた。
「だって、俺もお前が好きなんだ」
 ミハエルには俯く暇を与えずに、いちばん大切な言葉を告げる。彼が自分に言ってくれたのと、同じ言葉を。
「え?」
 ミハエルの反応は思っていた通りのもので、立場が逆だったとしても同じなんだろうなと、アルトは思う。
「隣、座っていいか?」
 ひとつ深呼吸をして、答えを待たずに椅子を引く。聞こえなかったわけではないだろうミハエルに、アルトはそれでももう一度伝えた。
「お前が俺を……好きだって言ってくれたように、俺もお前が好きなんだ、ミシェル。嬉しかった」
 叶うなんて思っていなかった。同じ気持ちでいてくれたなんて、思ってもみなかった。こんなに幸せな気持ちで好きと言えるなんて、考えたこともなかった。
「う、……そ、え、嘘、なんで、マジで言ってんの? アルトが、俺……を?」
「本気だ、ずっと好きだった。初めて逢ったあの日から」
「え、初めて逢った日って……廊下でぶつかった日……?」
 信じられない、と言うように目を見開くミハエルに、アルトは頷く。
 そうだ、あの日から世界が変わってしまった。自分のすべてが相手に向かって流れていくようだった。
「俺も……あの時アルトに全部持ってかれたんだ……」
「……そっか……」
 同じ気持ちでいたんだ、とふたりで安堵の息を吐く。こんなことなら、もっと早く告げていれば良かった。
 膝の上に置いたこぶしに、ミハエルの手のひらが重なってきて、アルトは彼を振り向く。
「アルト、つきあおう、俺たち。泣かせるかもしれないけど、大切にするから」
 そう言うミハエルの方こそが泣きそうな顔をしていた。嬉しすぎて泣いてしまいそう、それはアルトにも経験がある。
「うん……俺の方こそ、お前のこと困らせるかもしれないけど、絶対に大事にするから」
 手のひらを重ねて、指を絡めて握りあう。熱い体温が相手と同じで、ホッとした。
「嬉しい、アルト……本当に俺、嬉しくて」
「ああ、分かるよミシェル……」
 銀河でたったひとりの大事なひとに出逢ってしまった。恋に落ちた。そして触れ合える幸福を、とても愛しく思う。
 ずっと一緒にいよう。
 そう約束して、ふたりは手をつないだまま家路をたどる。アルトを送っていったミハエルは、ここでいいよと照れくさそうに呟くアルトの頬にかすめるようなキスをして、また明日と手を振った。
 胸がいっぱいだと、その日ふたりは食事を取らず、家族をわずかに心配させたという。


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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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 試験まであと数日、公演の稽古も厳しくなってきた頃だった。どんなに忙しくても必ずあのカフェに行って勉…

ミハアルウェブ再録

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 試験まであと数日、公演の稽古も厳しくなってきた頃だった。どんなに忙しくても必ずあのカフェに行って勉強したり台詞の練習につきあってもらったりしていて、逢わない日は休日くらいとなっていた、そんな頃。
「あ、ミシェ……、」
 稽古を終え校門へ向かう途中、アルトはミハエルらしき背中を見つけて駆け寄ろうとするが、ただならぬ雰囲気を感じ取って足を止めた。
「ど、同年代は相手にしないって聞いてるけど、私……どうしても諦められなくって」
 まずいところに出くわした。
 それがどういう場面かくらいは分かる。普段なら、野暮なことはしないようにとその場を立ち去ることができるのに、相手が相手。アルトの足は根が生えた様に動かない。
 ミハエルの背中と、その向こうに同じ演劇コースの女生徒の姿。
 ――――あいつもミシェルのこと好きなのか。
 ミハエルが女生徒に人気があるのは知っている。年上の女性が好みであることも噂で知っている。
「ミシェルくん時々練習見にきてるでしょ、顔見れるの嬉しいけど、できればプライベートで見てみたいなって思って」
 あの女生徒の気持ちは痛いほどによく分かる。アルトだって、学校やあのカフェだけでなく、特別な意味でのプライベートのミハエルが見てみたい。
 だけど所詮は恋の対象外だ、好きだと言ってしまいたいのを必死で我慢して、今は彼の傍にいる。
 同年代など相手にしないと知っていて、玉砕必至で恋を告白した彼女の勇気を、少しだけ分けてもらえたらいいのにと思いながらも、ミハエルが交際を断るだろうことが分かっていて安心している自分がいやで仕方なかった。
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」
 ミハエルの静かな声が聞こえて、ああやっぱりと安堵の息を吐いてしまった自分が、情けなくて泣きたくなってくる。ありがとうと言ってもらえるだけマシであろう彼女を羨む自分が卑しくて、アルトはぎゅうっとシャツを握った。
「やっぱり、ダメかあ」
「ごめんね。同年代とかそういうことじゃないんだ、今は」
 結果は分かっていたけどと吹っ切れた息を吐いた女生徒に、フォローを入れるようにミハエルが呟く。
「もしかして、好きなひといるの?」
 少しだけ驚いた声を出して、女生徒は首を傾げる。たくさんの女性と噂のあったミハエルだけど、本気の恋は一度も耳にしたことがない。
「うん、まあ……好きなひとっていうか……すごく大事なひとがいるんだ。今はその人しか目に入らなくて」
 ――――えっ……。
 アルトの息が止まる。
 優しいミハエルの声は真実味を帯びていて、交際を断るための嘘だとかその場しのぎの言い訳だとか、そんなものは感じられない。
 かたかたと顎が震えて、歯がぶつかりあう。
 ミハエルに、好きな人がいた。その事実が、衝撃となってアルトを襲った。
「そっかあ、頑張ってねミシェルくん」
「ああ、ありがとう」
 すっきりした、と駆けていく足音が聞こえる。
 アルトは校舎の壁に背をもたれ、ずるずるとしゃがみ込んだ。
 ――――ミシェル……好きなひと、いたんだ……。
 細く息を吐き出して、震える口許を覆う。
 いつも一緒にいるのに、気がつかなかった。あんなに大切に想う相手がいたなんて。恋をしていておかしくない年頃だし、ミハエルくらいになれば周りには素敵な女性がたくさんいるだろう。
 この恋が叶うなんて思ってはいなかったけれど、せめてもう少しくらい傍にいたかった。
「ミシェル……」
 心臓が押しつぶされそうだと、アルトは立てたひざを抱えて俯く。
 ――――悔しい……何もしないうちに終わっちまった。
 毎日逢ってやっと友達と呼べるところまできたのに、もうミハエルの傍にいるのがつらい。
 ――――そんなに好きな人がいるなら、早くくっついちまえよ……!!
 そうしてくれれば、何日か泣いて泣いて、立ち直ることもできるかもしれない。
 そこまで思ってアルトは気づく。好きな人と過ごそうにも、今は自分がミハエルを独占してしまっているのだ。きっともう教えて貰うことなんてないはずだし、ミハエルを解放してやらなければ。
 もういいよと言いに行きたいのに、立ち上がった体が動いてくれない。足が前に踏み出てくれない。出てくるのは、押さえきれない嗚咽と涙と、あふれそうな彼への想い。
「……っう……ぅ」
 アルトは壁に手を突いて俯く。一度流れてしまった涙が引っ込んでいくことはなく、後から後から落ちてくる。
 今アルトにできることは、せめて鳴き声を聞かれないように口唇を噛むことだけだった。




 ミハエルは時計を覗き込む。これでもう何度目だろうか。
 ――――練習長引いてんのかな……。
 いつもの店でいつもの席に座って、二杯目のコーヒーをすする。いつもなら遅れても一杯目で息を切らせてくるのに。
 ――――まあ、公演ももうすぐだしな……時間かけてんだろ。
 メールの受信も電話の着信もない。ミハエルはもう一度時刻を確認して、きっともうすぐ来るはずさと椅子の背にもたれた。
 遅れて来たときの済まなそうな顔と、別にいいのにと言ってやった後の笑顔が、何よりも大好きだった。
 大きく育ってしまった恋心を飲み込んで、ミハエルは待ち続ける。
 ――――早く逢いたい、アルト。
 だけどその日、アルトはとうとう来なかった。


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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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「ミシェル!」 ミハエルは、聞き慣れた声に顔を上げる。走ってきたのだろうか、少し肩を上下させている早…

ミハアルウェブ再録

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「ミシェル!」
 ミハエルは、聞き慣れた声に顔を上げる。走ってきたのだろうか、少し肩を上下させている早乙女アルトがそこにいた。
「ごめん、遅くなった」
「走ってこなくてもよかったのに。大丈夫か? とりあえず何か買ってこいよ」
 ああ、とアルトはマネーディスク片手にレジへと向かう。ミハエルはその背中を眺め、少し嬉しく思うのだ。自分との待ち合わせに走ってきてくれることが、たまらなく嬉しくて、愛しい。
 最近はもう、このカフェでの待ち合わせが常のようになっていた。約束をしたわけではない、ここと決めたわけでもない。ただ勉強をするのには都合が良い条件が揃っていた、それだけなのに。
「はーもうやだ。卒業公演のキャストとシナリオ決まったんだけど、ちょっと揉めちまって」
 いつものようにハニーラテを買って戻ってきたアルトに、ミハエルは笑ってお疲れさんと労る。
「あ、さっきレジでサービス券もらったぞ。いつも来てくれるからって」
「あ、俺ももらった。さすがに覚えられてんだろうなー」
 お気に入りのドリンクを飲んで一息入れて、そうしていつものようにテキストを広げるのだ。
「早くギア着けて飛びたいなあ」
「まだ航宙科にもなってねーのに何言ってんだ。それに最初のうちは基礎体力づくりばっかだぞ」
「分かってるって。だからジムにまで通ってんじゃねーか」
 はあーと大きなため息をつく。実際、涙ぐましいまでの努力だった。
 学校が終わってからはミハエルとの課外授業、休日にはジムに通って、全然足りないだろう体力を養う。もちろん演劇コースのカリキュラムや通常の授業課題も疎かにしてはいけない。
 アルトは、航宙科に入って空を飛びたい、その一心でそれをこなしているのだ。
「たまには息抜きしろよな、アルト。そんなに無理して体壊したら、何にもならないぞ」
「ああ、平気。ちゃんと食って寝てりゃ回復するし、お前とこうして話してんのも充分息抜きになるよ」
 ミハエルの息が止まって、さっと頬が染まる。きっと他意はないのだろうなと思うが、ミハエルに取っては爆弾発言にも近いのに。
「ま、まあアルトは飲み込み早いからな。もうテキスト半分もないし」
 なんでもないような振りをして、ミハエルもテキストを開く。そう広くはないデスクの上で、意図せず手が触れ合うだけで、心臓が高鳴った。
 ――――慣れたと思ったけど、やっぱりドキドキするんだよな。
 そしてそれは、アルトの方も同じ。
 ――――やっと普通に話せるようになってきた。もうどうしようこいつ、些細な仕種が全部格好イイとか、勘弁してくれよ。
 急速に縮まった距離は、あくまで友人同士のもの。近づけて嬉しいけれど、この恋心は隠しておかなければいけないものだ。
 だって叶うはずがない。
「アルト、そこ違う。三番目」
「え、あ、嘘。…………ホントだ。くそっ」
「お前宇宙史だけ弱いよな。普段の授業サボってんじゃねーの?」
「さ、サボってねえよ、ちょっと……苦手なだけだ」
 穴埋め問題を進めている途中、めざとく間違いを見つけたミハエルが指摘してくる。くすと笑ったその顔さえ、アルトの心臓を高鳴らせる。
 この恋が叶うとは思っていないけれど、友人としてはいちばん近くにいたい。ミハエルに何も追いついていない事実も、そのうちに埋めてみせる。
「なあアルト、卒業公演ってなにやるの? 見に行きたい」
「い、いいよ見にこなくて!」
「なんでだよ、アルトの最後の舞台だろ? 見ておきたいじゃないか」
 不思議そうに首を傾げるミハエルに、アルトは目を見開いた。
 ――――そうか、最後の舞台なんだ……。
 空を飛ぶことばかりに気を取られて、気がついていなかった。航宙科に行ったら空一色になってしまうだろう。とてもじゃないが両立なんてできないし、趣味で演劇を続けるほどの時間もない。
「……試験に受かったら、だろ。適正検査だってあるのに」
「大丈夫だろ、俺が教えてんだし。お前はたったひとり、俺と対等にはれるヤツになるって、予感があるんだ」
 眼鏡の奥の瞳が、まっすぐに見つめてくる。それは嘘や世辞なんか言っている風には見えず、未来を予感している自信が満ちていた。
「……俺だけ?」
「そう、アルトだけ。正直今の航宙科はつまんないんだよな。ルカはどっちかっていうとデータ収集の方メインだし、技術はまだまだ追いついてこない」
「それってさりげなく自慢してないか、ミシェル」
「自慢じゃなくて、事実」
 そうだろ? と挑発的な笑みが降ってくる。アルトは思わず笑ってしまった。航宙科の現エースに愚問だったかなと、最後の問題を解き終える。
「じゃあ、いつか俺がお前を追い越してやるよ、ミシェル」
「んん、それは楽しみ」
 そのビジョンが見えるようだ、とミハエルは楽しそうにコーヒーをすする。まだ遠い未来だろうけど、いつか、本当にいつか競ってみたいとアルトはペンを置いた。
「公演なんだけどさ、ロミオとジュリエット……やるんだ。うちの伝統で、卒業公演はそういう名作をやるんだって」
「へえ、ロミジュリ! 難しそうだけどなあ……でも人物の年齢的には合ってんのか。アルトはどの役?」
 アルトは鞄からもらったばかりのシナリオを取り出して握りしめる。
「…………笑うなよ?」
「笑わないって、なに、家人その一とか?」
 言いづらそうに上目使いで訴えるアルトに、ミハエルは心臓を鳴らしながらも首を振った。アルトが役を演じているなら、どんな役でもいちばんいい席を取ってみせると意気込んで、
「……………………ジュリエット」
 ぼそりと呟かれた役名に、目を瞬いた。彼は今なんと言っただろうか?
「え、ジュリエット? アルトが? 女の子?」
「だ、だから笑うなって言っただろ!」
「いやいや笑ってないって、びっくりしただけ!」
「断ろうかとも思ったんだけど、全員で推薦されてそんなことできる雰囲気じゃなかったし……」
「なんで。いいじゃないか、最後の舞台が主役だなんて、記念にもなるし」
 断るに断れない状況だった上に好きな男にそんな風に言われてしまっては、頑張ってみようかななんて思ってしまう。
「アルトのジュリエットかあ……絶対適任だよね。そこらの女の子よりも綺麗だもんなアルトは」
「な、何言ってやがる!」
 ミハエルは人を喜ばせる魔法でも使えるみたいに思う。背中を押す魔法を、心臓を鷲掴みにする魔法を、いつでも簡単に繰り出せる。
「それシナリオか? 主役だったら台詞いっぱい覚えなきゃいけないな」
「そりゃ、多いだろうな」
 見せてと手を差し出すミハエルにシナリオを手渡して、まったく頭が痛いと小さく首を振る。転科試験の勉強もあるのに、加えて舞台の稽古なんて。
「へえ、結構本格的なんだなあ」
 パララとシナリオをめくるミハエルから、感嘆の声が漏れる。しかし考えてみれば、専門学科を多く持つ美星学園なのだから、これくらいは当然なのだろう。
 中等部とはいえそこの卒業公演の主役に抜擢されるほどの実力を持つ早乙女アルトを、航宙科に引き抜いてもいいものかと思案する。
「み、見に来てくれるか?」
 それでも、アルトと長く時を過ごしたい恋心も捨て去ることはできず、ミハエルは自嘲気味にも笑う。
「もちろん、見に行くよ。いい席取っておいてくれよな」
 嬉しそうな顔をしてくれるアルトを、心の底から愛しく思った。
「まあ結構シーン削られてるし、有名な話だから……台詞はそんなに大変じゃないかも」
「言うねえ、じゃあここついてこれる?」
 誰でもタイトルくらいは知っている、そのような名作であり、何度もいろいろなメディアになったりしてきたのだ。話の筋はとらえられる。
「ジュリエット、私の愛をあの月に誓いましょう」
「はっ?」
 ミハエルが、ひとつの台詞を読み上げる。それは意図して選んだわけではないが、たまたま開いたページのいちばん最初にあったことを、喜んでいいのか恨んでいいのか。
「……ハイ次」
「え、ちょっ……どこだよっ」
 ここ、とミハエルが指をさした箇所に視線を走らせ、アルトは台詞を続けた。
 ――――ビックリした、台詞か、台詞だよな。
「つ、月なんて形を変える不実なものに、あなたの愛を誓ったりなさらないで」
 ふたりでシナリオを覗き込んで、字を追っていく。愛し合っていながら引き裂かれる運命のひとを想って。
「では、何に誓えば良いのですか、愛しいひとよ」
「何にも必要ありません。私はロミオ様を信じています」
 シナリオを追っていたはずの視線が持ち上がる。それは自然に相手へと傾いて、するりと言葉を吐き出していった。
「――ジュリエット」
「ロミオ様……」
 視線が重なる。手が重なる。磁石でも仕込まれているのかと思うほど引き合い、ロミオとジュリエットが口づけを交わす。
 寸前。
 カターンと床に落ちた携帯電話が音を立てて、ふたりはハッと我に返った。
「あっ、ご、ごめん! ごめん今のナシ!」
「いや、こっちこそ悪い、つい役になりきって」
 今なにをしようとしていたのかを自覚して、慌ててぶんぶんと手のひらを振ってみせる。
「携帯大丈夫か?」
「ん、ああ平気。傷もついてない」
 落ちてしまった携帯電話を拾い上げ、アルトは椅子に座り直す。心なしか距離を置いてしまうのは、心臓の音が聞こえてしまわないようにと思ってのことだろうか。
 ――――ヤバかった……今ホントにヤバかった……! き、気づかれてねえよな? ごまかせてるよな?
 この携帯電話に指が当たって落ちなければ、自分たちはどうなっていただろうと、初めて携帯電話に感謝する。その反面、ちょっと惜しかったかなとも思うのだ。
 役になりきっていただけだと言えば、すべてが許されるような気がした。ジュリエットに、ロミオになりきってあの人を愛しても、指を絡めても、口づけを交わしても。
 だけどやっぱり、できなくて良かった。キスなんかしてしまったら、心臓が破裂してしまう。時おり手が触れるだけでもドキドキするのに、口唇が触れるなんてそんなこと、想像するだけで顔から火が噴き出そうだ。
「あの、ホントごめんミシェル……」
「ああもうナシだ、お互い様なんだから。アルトにつられて、なり切っちゃったよ」
 すごいな、とミハエルは声を震わせる。あの瞬間は本当にアルトがジュリエットに見えていた。自分がロミオであるようだった。演劇に関しては素人であるミハエルにそう錯覚させたのは、恋心なのかアルトの力なのか。
 もしかしたら本当に、演劇界にとってアルトは必要な人物なのではないだろうか。一時の感情と憧れで、空の世界に引き込んでしまっていいのだろうか?
「この舞台が終われば、空を飛べるんだな」
 それでも嬉しそうに笑ってくれるのが嬉しいと思ってしまう。
 一緒にいたい。
 ただそれだけで、世界を敵に回せるような気がした。
「試験受かったら、何かプレゼントあげようか。ご褒美」
「いや、受かったら俺の方がお前に礼をするべきだろ? 何か考えとけよ」
「いいのに、そんなの」
「ダメだ。俺の気が収まらないからな」
 じっと睨みつけてくるアルトに、ミハエルは苦笑した。とても礼をするという風情ではないと。
「分かったよ、じゃあ今までできなかった分、どっか遊びに行こうぜ」
 アルトはぱちぱちと目を瞬く。そんなことでいいのかと。それによく考えたらそれはまるでデートのようで、礼のつもりなのにこちらの方こそ幸せを貰うようなものだ。
「そ、それでいいなら」
「決まりな。頑張れよーアルト」
「ああ」
 俄然やる気が出てきた。空を飛びたいのも本音だけれど、ミハエルと少しでも長く一緒にいたいと思うのも、確かに本当の気持ちだった。
 世界中の女性を敵に回しても、この人を独り占めしていたいと思ってしまう。
「いつかお前を追い抜くって、約束だもんな」
「楽しみにしてるよ」
 ふたりで笑い合って、今日はもう帰ろうと店を出る。
 お互い反対方向に歩き出して、幸せに綻ぶ口許を、ふたり同時に押さえた。


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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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 誰かを待つことが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。 アルトは全ての授業終わった後も、荷物は…

ミハアルウェブ再録

Private Army1-005-

 誰かを待つことが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。
 アルトは全ての授業終わった後も、荷物はまとめたもののいまだに帰ろうとはしていない。原始的にノートと筆記用具、それだけをいつでも持っていけるようにと机の上に準備して。
「早乙女くん、帰らないの?」
「えっ? あ、ああ、いや、ちょっと人と約束が……あって」
 それを不思議に思ったらしいクラスメイトから声をかけられて、アルトは顔の熱が上がっていくのが分かる。
 聞いただけなら単に友人を待っているのだろうと取れるが、実は大好きな人を待っていることが知られてはいないかと、後ろめたい気分になった。
「ふうん? あっ、じゃあ私、行くね。バイバイ」
 廊下から友人らしき女生徒に呼ばれ、彼女はアルトに別れを告げる。
 ああと気のない挨拶を返し、アルトは見送った女生徒の向こうに、周りの女生徒から意味深な視線を投げかけられているミハエルを見つけ、思わず顔を綻ばせた。
 ちょうど女生徒とすれ違う、教室の出入り口。ミハエルもアルトを見つけて声をかけてくる。
「アールトー姫ー、ごめんHR長引いちまってさ」
 すまなそうに、でも嬉しそうに。
 教室中がざわめいたことは言うまでもない。
「みっ、ミハエル! 姫って呼ぶのはやめろって言っただろうが!」
 これがミハエルでなかったら、なれなれしい! と殴り倒しているところだ。
「いいじゃないか、似合ってるんだし」
「似合ってねえよ!」
 まったく自分というものを知らないんだなとミハエルは肩を竦める。
 彼が呼称した姫という名は、早乙女アルトにぴったりだと、教室中の誰もが感じた。しかし彼に対してそんなあけすけな態度を取れる者など、今までいなかったのに。この急な接近はいったいどうしたことだろう。
「まあ、いいよ。行こうぜ」
 なにがまあいいよなんだ! と納得いかない部分はあるものの、当初の目的を果たそうともアルトは思う。
 ふたりっきりで、課外授業。
 別にデートとやらをするわけではないのだから、こんなに緊張する必要はないのになあと自分に言い聞かせるが、逸る心臓は治まってくれない。
「どこで?」
「……とりあえず、荷物持ってこい、外出るぞ」
 学校の図書室でもいいかなとミハエルは考えていたが、こんなに注目を浴びてしまっては、図書室まで見物にくる輩がいないとも限らない。せっかくアルトとふたりっきりになれるのに、野暮な外野は勘弁してもらいたいな、と。
 素直にカバンを肩にかけてついてくるアルトを、ミハエルはやっぱり独り占めしたいと思ってしまう。彼の方はそんなこと考えてもいないのだろうと思うと、やはり寂しかった。
「で、どこ?」
「まあ初めてだし、リラックスできるようにお茶でもしながらってのはどうだ?」
「ああ、うん、いいけど……」
 ――――え、それってデートじゃねえの? いいのか?
 お茶を飲んで世間話をして、いや、本来の目的は勉強なのだから、ノートは開かないといけない。真面目に勉強するんだと決意しても、ミハエルの隣を歩いているという事実に、顔が変に歪んだ。
「なあアルト、聞き忘れてたんだけどさ。お前普段の成績ってどれくらい? それによって教え方も違ってくるし……」
「ん? んーと……ミハエルより二十番ほど下だな。そっちはいつも一桁上位だろ」
 学校の連中に出くわさないようにと、学校からは離れたところへ向かう。電車に乗って、アイランド3へと。
「そんだけ頭いいんだったら、手加減する必要もないな。スパルタでいっとくか」
「す、少しくらい加減してくれ。専門用語とか、なんにも分からないんだからな」
 スパルタと口にした途端慌て出したアルトを見て、ミハエルはおかしそうに笑う。ああ、この人をこれから毎日でも見ていられるのかと思うと、この上なく幸せな気分になった。
「じゃあ、とりあえず、よろしく」
「エート、お願い、します」
 落ち着いた雰囲気のカフェに入り、それぞれ好みの飲み物を注文して席に座る。時間帯のせいかカウンター席しか空いていなかったが、ふたりはそこでノートを広げた。
「これ一年の頃のノートなんだけど、見づらかったら悪い。教師じゃないから教科書通りにしか進められないけど」
「いや、いい。ありがたいよ」
 一息ついて、ミハエルは自分の使っていた教科書とノートをアルトの前に広げてみせる。
「宇宙のなんたるか~とかは、置いといていいよな。まず、規則とギアの各部名称から始めよう」
 ミハエルの言うことを一言も聞き漏らすまいと、アルトは姿勢を正してペンを握る。
 空を飛んでみたい、その純粋な思いだけを、今は考えていようと。
 ミハエルが説いていくのは、地上で言う交通ルールのようなものだった。空は一般人の飛ぶところではないから、もちろん交通標識なんてものはない。だが飛行空域というものは道路と同じように決められているし、すれ違う時や交差する時の合図などもある。そうしないと、空中での事故だって起こり得るのだ。
 そうして、ギアの各部名称と操作の仕方。触れたことのないアルトにとって、なにもかもが新鮮だった。
「教科書じゃあオモチャみたいに見えるだろ。けどそれだって軍と同一規格なんだぜ」
「これが? 昨日飛んでた時に着けてたヤツだろ?」
「まあ、パイロット養成コースって銘打つくらいだからな。実際何人のヤツが軍に志願するかは、分かんないけどね」
 その養成には、オモチャでは困る。良い人材を育てるには良い機材も必要なのだ。
「アルトは、軍に入るとかは考えてないんだっけか?」
「え、あ、ああ……だってなんか規律が厳しそうだし。まあでも、軍人なんて滅多にお目にかかれるもんじゃないから、分かんねえけどさ」
「ははは、ビンゴ。俺は姉貴が新統合軍にいるんだけどさ、そういうグチなんてしょっちゅうだぜ」
 お姉さんがいるのか、とアルトは教科書から顔を上げる。ミハエルの姉ならさぞや美形なのだろう、と想像して。
「今度紹介しようか? 本物の軍人さんだぜ。あ、でもダメだぞ、ちゃんと婚約者がいるからな姉貴は」
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど」
「むくれんなよ、冗談だって」
 笑うミハエルに、アルトは複雑な気持ちを隠しきれない。もし試しにそういう意味で聞いたら、彼はどうするのだろう。なんの逡巡もなく紹介してくれるのだろうか。それとも大事な姉をお前なんかにやれるかと突っぱねるのだろうか。
 どちらにしても、彼へと向かっていくこの恋が叶うことはないだろうと、アルトは苦笑した。
「姉貴も結構モテたからさあ、婚約決まったときは男が何人か泣いたって」
「ミハエルがそんなことになったら、学園の半分は泣くかもな」
 笑ってみせるけど、上手くそうできていたかは分からない。何せアルトも泣く側なのだ、想像するだけで胸が痛んだ。
「アルトだってそうなるんじゃないか? ショックなヤツ相当多いだろうなあー。そりゃもう、男女問わず」
「な、なにをバカなことっ」
「おっと、知らない振りはなしだぜアルト。結構な数フッてきたんだろ? 女の子はもちろん、男もさ。まあ……告る男の気持ちも、分からないではないけど」
 そう言ってどさくさに紛れ、ミハエルはアルトの長い髪をひとふさすくう。サラサラだなあと零してみては、またすくい上げた。
「綺麗だもんな、アルト姫は。ストイックな感じは、逆に男の征服欲をかき立てる」
「お前までそんな風に言うのかよ! 俺は別に、そんな」
 狙ってそんな振る舞いをしているワケじゃない、と泣きたくなった。
 確かにミハエルの言う通り、何度か同性にも告白されてきた。異性からであれば嬉しいのだろうかと思う情熱的な告白も、アルトにとっては苦痛でしかなかった。
「怒るなよ、ひやかしてるわけじゃないんだ。たださ、街でもたまーに見かけるだろ、同性の恋人同士。そういうのってダメな方?」
「本気で好きだって言ってくれるんなら、考える。応えられるかどうかは別にして、だ。けど違う……アイツらはお前が言ったように、ただ俺を征服したいだけだったんだよ」
 俺は鑑賞物じゃないのに、と俯いてしまったアルトを見て、しまったとミハエルは思う。彼に告白する側の気持ちは理解できても、告白を受ける側の彼の気持ちなんて、考えてやってもいなかったのだ。
「ごめん、考えなしだった。悪かったよアルト……」
「もう、いい」
 悪いことをしたなとミハエルは思いつつも、一筋の望みが見えたことに安堵した。本気の想いなら、真剣に受け取ってくれるんだと分かった今、遠慮をすることはなくなったのだと。
「まあ、今は恋だの何だの言ってるヒマないし」
「そっか、アルトはもう空に夢中だもんな」
「だって、ミハエルと一緒に飛びたいし」
「うん、楽しみだ」
 恋は絶望的だけど、誰よりも親しい友人として彼の隣にいられたらいいと思って振り向くと、視線が重なって心臓が鳴った。
 この気持ちを悟られないうちに逸らしたいのに、磁石のように引かれあって視線が外せない。
 ――――いつか、本当のことが話せたらいい。
 お互いにそう思って、心臓が痛んで、ようやく視線を外すことに成功する。
「今日は、ここまでにしよう。あんまり一気に詰め込んでも良くないし」
 カウンターの上に広げていたノートと教科書を片づけ、店を出る準備をする。顔も赤いだろうし、なんだかこのままでは変なことまで口走ってしまいそうだ。
「なんか途中から話が逸れたな……明日からは真面目にやる」
「あ、この教科書持ってくか? 俺はもう使わないし、予習復習できるだろ」
「え、いいのか? お前が困らないんなら、ちょっと借りていきたい」
 アルトは航宙科のことを何も知らない。だが教科書を読むだけでもだいぶ違ってくるだろう。
「いいよ、俺はもう全部頭ん中に入ってるから」
「サンキュ、じゃあ借りていく」
 アルトはミハエルの教科書をカバンにしまい込み、不思議な感情に口角を上げる。好きな人の持ち物を借りていくというだけで、なんでここまでウキウキするのだろうと。
 これが恋ってものなんだなと自己完結して、ミハエルの後について店を出た。
 じゃあ明日も放課後に、と約束をして、ふたりは自分の家へと足を向ける。こんなに浮かれた足取りで帰るのは、どれだけぶりだろうと指を折って数えながら。


#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録

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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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「はいお疲れさん。平気?」「ちょっと……ふらふらする。脳みそが頭ん中で回ってるみたいだ」 デッキに戻…

ミハアルウェブ再録

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「はいお疲れさん。平気?」
「ちょっと……ふらふらする。脳みそが頭ん中で回ってるみたいだ」
 デッキに戻った後ゆっくりと体を下ろされて、自分の足で立つというのが何とも不思議な感覚になってしまった。
「ハハハ、初めてだとそうなるよな。で、どう? 空を飛んだ感想は」
 ミハエルに覗き込まれて、頬がぽっと染まる。空を飛んでいたなんて、今になってやっと実感したのだ、何を返せと言うのだろう。まさかしがみついたあの距離感にドキドキしていましたなんて言えるわけもなく。
「どうって……ただすげえってしか……。あんなところから太陽見たの初めてだし、風をあんな風に受けるのも。そこを自由自在に飛ぶあんたが……本当にすげえって思ったよ」
 今度はミハエルの頬が染まる番。まさかそこに触れられるとは思っていなくて、予想外の賛辞に胸が高鳴った。
「そ、そう思ってくれるんなら、名前くらい覚えて帰ってくれよな? 俺は」
「知ってる。ミハエル・ブラン、中等部航宙科トップ。そういや学年テストん時も良く名前見かけるよな」
 ミハエルが名乗りあげる前に、アルトは笑って返す。
「え、なんで……」
「だ、だって見学に来るんなら、航宙科のことは知っとかないとって思って……調べたんだ」
 名前を知っている理由を無理に付けてみたけど、不自然じゃないだろうか? とアルトは内心そわそわ。本当は航宙科のことを知るためではなく、彼を知るために航宙科を調べただけだったのだから。
「今まで他のコースとか気にする余裕なかったからさ、すげえ新鮮だったよ」
「……そりゃ、家があんだけ有名なとこだと、無様な演技するわけにもいかないんだろうな。俺そっちはからっきしだから、尊敬するよ、アルト・早乙女」
「……俺のこと知ってた?」
 アルトは恥ずかしそうに首を傾げる。知っている人は知っている、程度しかないと思っていたが、そうでもなかったのだろうか。
「ま、一般的な知識くらいかな。芸能科演劇コース、歌舞伎宗家に生まれ何度か舞台を踏む、って程度」
「ああ、でも親父の跡は兄さんが継ぐからな。俺はまだ好き勝手させてもらってるんだ」
 アルトはホッとする。家のことを知って態度を急に変えてくる人間たちを何人か見てきたが、ミハエルはそれをしなかった。特に興味がないからと言ってしまえばそれまでだが、変わらない態度がこんなに心地良いものだとは思わなかった。
「なあ、俺がもし転科できたら、飛び方教えてくれるか?」
「ああ、そりゃもちろん………………ええ!? 転科!?」
 頷きかけたミハエルだが、言葉の意味を整理して脳がストップをかける。早乙女アルトは今何を言ったのだ。
「転科って……芸能科から航宙科へってことか!?」
「そう。少し前から考えてたんだけどさ、今日……ちゃんと決めた。俺も空飛びたい。あんたに……ミハエルに抱かれて飛ぶんじゃなくて、ちゃんと自分でギア着けて飛んでみたいんだ」
「う……そだろ……」
 ミハエルはいろんな意味で頭を抱えるが、アルトの瞳は真剣そのもの。
 転科をするということは話すチャンスも仲良くなるチャンスも格段に増えるということだ。
 しかし卒業まで……進学試験までどれだけ時間があるというのか。ただでさえ畑違いのコースなのだ、素人がどこまで知識や技術を吸収できるか分からない。
「なあ、……アルト、空はお前が思ってるほど甘いとこじゃないんだぞ。操作ひとつ間違えただけで命を落とす可能性だって高いんだ。半端な覚悟で飛び込んでいいとこじゃない」
「だったらそれは、俺を抱いて飛んでくれたお前のミスだ。飛んでなかったら、俺はいつか諦めてたかもしれないのに」
 ミハエルが言葉に詰まる。確かに、空に興味を持ってくれれば話題が増えて仲良くなれるかもしれないという思惑があったのは認める。だがまさか、転科なんて話題に持っていかれるとは思っていなかったのだ。
「いつか、ミハエルと一緒に飛んでみたい」
 くらり。
 ミハエルは思わずふらつきかけて、ぐっとこらえる。額を押さえ考え込んで、考え込んで、めいっぱい考え込んで、
「うちの学科、独学じゃとうてい身に付かないぞ」
「あ、うん……本屋で専門書とか見てみたけど、正直さっぱり分からなくて」
「専門用語すら分からない素人が、簡単に転科なんてできるもんじゃない」
「やってみなきゃ分からないだろ!」
「そこまで言うんだったら、学科くらいなら教えてやる」
 ため息と共に、言葉を吐き出す。呆れたせいなのか、にやけてしまう顔を押さえ込むためなのかは分からなかったが、ミハエルは下を向いて髪をかき混ぜた。
「え……え、本当かっ?」
「ただしやるからには厳しくさせてもらうぞ。見込みがないと分かったらすぐにやめる。それでもいいか?」
「それでいい! 教えてくれ!」
 アルトの顔がぱあっと明るくなる。分からないところは航宙科の担任に聞きにいこうかと思っていたが、こんなにありがたい申し出はない。現役の生徒で、しかも好きな人に教えてもらえるなんて、どこかでバチが当たってしまわないかと思う。
「分かった、じゃあ……明日練習ないし、授業終わってからでいいかな。テキストとか今日用意できないし」
「ああ、ありがとうミハエル。助かる」
「じゃあ明日、そっちまで迎えに行くよ、アルト」
 名前を呼ぶのはドキドキして、声がうわずる。それでもどうにか不自然でないように笑って、初めての約束を取り付けた。
 そうしてやっとノルマを終えたのか、他のメンバーががやがやと格納庫に入ってくる。アルトはハッとして、まだ部外者なのだし長居してはいけないと、
「明日、待ってる」
 そう言って踵を返す。
「ん、明日な」
 ミハエルもそう言って手を振る。
 アルトはルカに会釈をして、航宙科のメンバーとすれ違いながら格納庫を走り抜けた。
 ――――どうしよう、どうしよう幸せ! 名前も呼んでもらえた、知っててくれた!
 本当に幸せ、と笑む口許を押さえて。



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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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 今日も航宙科のデッキに出向く。 物陰からそっと顔を覗かせて、アルトはあれ? と首を傾げた。今日は誰…

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 今日も航宙科のデッキに出向く。
 物陰からそっと顔を覗かせて、アルトはあれ? と首を傾げた。今日は誰もいない。
 もしかして今日は練習がない日だったのかなとしょんぼり眉を下げる。毎日航宙科の練習を見るのが、恋するあの人を見るのが、とても楽しみだったのに。
「今日は……ないのかぁ……」
 そんな風に肩を落としたアルトをミハエルが見つけたのは、少し離れた格納庫の入り口。今日もポニーテールが可愛いなと顔を綻ばせた。
「また来てますね。そろそろ声かけたらどうですか? 次の手考えてるんでしょ?」
 ルカはため息を吐く。アルトが初めて航宙科の練習を見に来た日も、声をかけたらどうかと言ったのに、その時ミハエルはそうしなかった。
 あんなに破壊力のある笑顔を向けられて話しかける余裕なんかあるかと、とても引く手あまたの男の台詞とは思えない言葉が返ってきたのを覚えている。
「簡単に言うなよ、こんなに離れてても心臓バクバクいってんだぞ」
「……女の人相手ならホイホイ声かけるくせに。ホント先輩って、面倒くさい人ですね」
 可愛らしい顔をして、なんの躊躇いもなく悪態を吐いてくれるお前も充分面倒だよと、ミハエルは心の中で呟いた。
「先輩が声かけないんなら、僕がかけますね。話してみたいし」
「わああちょっと待てお前、だったら俺が声かけるから!」
 アルトに向かって足を踏み出したルカを瞬時に引き留めて、振り向いた彼のにっこり笑う顔に、ああハメられたと頭を抱える。
「じゃあ、僕は後で。はい行ってらっしゃい」
「わ」
 トンと背中を押されて、情けないなと思いつつ、今一歩踏み出せなかった勇気をもらったことに感謝する。ミハエルはひとつ、深呼吸をした。
「あ……あの、さ、今日は基礎体力作りからだよ。みんなまだグラウンド走ってるんだ」
「わああっ」
 なんでもないようにかけたつもりの声は、やっぱりいつもよりうわずっていた。
 アルトはその声に勢いよく振り向いて、へばりついた段ボール箱を荷崩れさせてしまう。
「あっ、わ、悪い」
「いいって、そんな大したもの置いてないんだから。驚かしてごめんな」
 ぶちまけてしまった段ボールの中身を、アルトはしゃがんで拾い上げる。印象悪くしたかなあと気分が落ち込んだが、ミハエルが手伝ってくれて、落ちた気分は急上昇。
 大したものではないと言うが、これは何か機械のパーツではないのだろうか、と拾い上げたそれを見下ろして思う。どうか壊れていませんようにと祈りながら、最後のひとつを段ボールにしまった。
「悪かったな」
「気にすることないさ。ところで、最近よく練習見に来てるよね」
「ご、ごめん、ここって一般生徒入っちゃダメだったか?」
「いや、見学は随時歓迎してる。ただまあ、危険物はあるから注意はしてるけどな」
 肩を竦めるミハエルに、良かったと息を吐くアルト。もし禁止されていることなら、それを知っていたらしい彼にも何らかの罰則が課せられないかと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。
「あの、さ……空……飛ぶって、どんな感じなんだ?」
 せっかく声をかけてくれたのだ、できれば長く話していたい。アルトは会話を探して、不自然でないものを選んだ。
 だけどミハエルは、それに若干ガッカリしてしまう。なんだやっぱり空に興味があるだけなのかあ、と。
「どんな感じって……そうだな、楽しいとか気持ちいいとか、そういうのはあると思うけど」
 アルトが見つめている空に、同じく視線を移す。自分にもそんな時期があっただろうかと思い起こして、あったとしてもずいぶん前なのだろうと苦笑した。
「……あんたは、何考えて飛んでんだ?」
 アルトが不思議そうに振り向いて、ミハエルの視線を奪う。できれば名前を呼んでほしいと思ったが、そういえばまだ自己紹介もしていないんだと気づいて目を細めた。
「ウチは軍人の家系だからな、ガキの頃からこういうのに触れてるし、楽しいとかそういうの、今はない。風向き・風力・ギアのコントロール……そんなん体が覚えるから、何を考えてってのは……訊かれるとちょっと困るかも」
「そ、そうなのか、悪い……」
 アルトはパッと俯いて、きゅっと目をつむる。もっと気の利いた話題を探せばよかったと、失敗してしまったコミュニケーションに落ち込んだ。
「あ、でもほらそれは俺の場合だから。他のメンバーは違うんじゃないかな」
「空……飛ぶのって難しい? 小さい頃から訓練してないと、無理かな」
 アルトの様子に、ミハエルも慌ててフォローを入れる。女性相手ならすいすい言葉も出てくるのに、恋した相手というのがこんなに厄介だなんて思わなかった。
「そんなことない。実際今のメンバーだって、ここ来て初めてギアに触った連中ばっかりなんだぜ」
 アルトの顔がぱぁっと華やぐ。では自分もできないわけではないのだと。
 その笑顔に心臓を撃ち抜かれてしまったミハエルは、さも今思いついたように口を開く。
「ねえ? 良ければ飛んであげようか、あんた抱いて」
「えっ!?」
「ミシェル先輩何言ってんですか!?」
 アルトが勢いよくミハエルを振り返る。食いついてくれたと内心ガッツポーズをするミハエルの後ろで、ルカは驚いた。
 航宙科でもない生徒が、飛行することは認められていない。そう指摘しかけて、ルカは気づく。部外者がギアを装着するわけではないのだから、確かに規約違反はしていないのだ。
「ルカ、黙っとけよ?」
 軽くウインクなんかしてみせるミハエルに、もう何を言っても無駄だと悟る。
「ハイハイ、僕は何も見てませんー」
 ルカはそれ以上関わろうとせず、デッキの隅で愛用のデータ端末を広げた。
「あ、あの、できるのか? そんなこと」
「ちょっとだけならね。ただ、ギアを着けさせるわけにはいかないから、生身でだ。Gの負荷に耐えられるかどうかってとこかな」
 そう、問題はそこだった。
 どんなにゆっくり飛んでも、離陸時のスピードは落とせない。生身にかかる負荷は、鍛えてもいない一般生徒が耐えるには少しキツい。
「へ、平気だ、飛んでみたい!」
 それでもアルトはめげない。いや、負荷がどんなものか分からない状態では怖じ気づけない。さらにはミハエルが抱いて飛んでくれるというのだから、どんな負荷だって耐えてみせるとこぶしを握る。
「オーケイ、ギア着けるから待ってて」
 アルトのきらきらした瞳を前に、ミハエルもウキウキとギアを身に着ける。あれだけ分かりやすい態度もないのになあと、ルカは素知らぬ振りでキィを叩いた。
「準備はいい?」
「あ、ああ」
 よろしく頼むと緊張したアルトを抱き上げ、ミハエルはバーを握る。頬に触れるアルトの髪が、くすぐったかった。
「ちゃんと捕まってろよ、落っこちても知らないぞ」
「わ、分かってるよ!」
 アルトは両腕をミハエルの首に回して、しっかりとしがみつく。空を飛ぶことへの緊張など、好きな人と体を密着させなければいけない緊張に比べたらなんでもない。
 ドキドキが聞こえてしまわないだろうかとふたりで息を止め、無駄な努力なんかしてみた。
「う、わ……っ」
 そんな中でもミハエルはタイミングを逃さず、空へとテイクオフ。
 これがGの負荷というものか、とアルトは歯を食いしばった。
 押しつぶされそうな体をどうしていいのか分からずに、ぎゅっと目を閉じる。一瞬の落下を感じ、そして浮き上がる体が、自分のものではないように思えた。
「ゆっくり飛ぶから、目ぇ開けても大丈夫だぜ」
 耳元で声が聞こえて、反射的にアルトは目を開ける。
 すぐに飛び込んできたのはミハエルの横顔で、慌てて視線をミハエルと同じ方向  空に向けた。
「……っ……」
 言葉もない、と息を呑む。
 広がる空は夕焼け色で、一瞬作り物だということを忘れそうになった。沈んでいく人工太陽に照らされて、白かった雲は紅色に染まる。
「すげ……ぇ」
 こんな視点で見たのは初めてだ。アルトは細く息を吐き出し、ゆっくりと瞬いた。
「お気に召したかな、お姫様」
「ひ、姫じゃない! でも、きれい……すげえ綺麗だ」
 姫じゃないと言われても、これは俗に言うお姫様だっこではないのだろうかと、ミハエルは口の端を上げる。そんなに綺麗な顔して綺麗だなんて呟かないでほしいよなと、心の中でこっそり思った。
「体、大丈夫? 飛行コース外れない程度に飛んで戻ろうか」
「あ、思ったよりは平気……飛行コースって、どうなってるんだ?」
「とりあえず初心者コース。手ぇ離すなよ」
 わ、とアルトが声を上げるのと、ミハエルがアルトを抱いたままロールを加えた飛行を開始するのが、ほぼ同時だった。
 くるくると変わる視界にアルトは驚くだけで、どうやって操縦しているのかなんて考える余裕もない。ただミハエルだから安心していられる。根拠のない自信だけが、今アルトを支えていた。


#ミハアル #片想い #Private Army #ウェブ再録

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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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 早乙女くんが空ばかり見ている、と噂されるようになって、三日目。今日もアルトは教室の窓から空を眺め、…

ミハアルウェブ再録

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 早乙女くんが空ばかり見ている、と噂されるようになって、三日目。今日もアルトは教室の窓から空を眺め、ため息をついた。カンが良い者なら、恋わずらいだとでも言ってしまえるだろう。
 そしてそれは、実際に間違いがなかった。
 ――――顔、見たいな……。
 早乙女アルトの心の中は、ミハエル・ブランでいっぱいだ。
 あれから、さりげなく彼について探りを入れてみた。彼の評判はかなり良いようで、なんだかくすぐったいような気分になる。
 しかし、だからこそ彼を好きになる女生徒はたくさんいるだろう。同年代とつきあいはないようなのだが、それでもめげずにアタックする女もいるのだとか。
 早乙女アルトは美星学園芸能科の生徒だった。
 しかし家が歌舞伎をやっているからといってもその道に進む気はなく、成績は上の中、人並み程度にできるだけ。そろそろ将来のことを考えなければなあとは思うが、何をしたいのかはいまだに見えてこない。
 そんな自分が、彼の目に止まるわけもないとデスクに突っ伏して、本日何度目かのため息。
 ――――空……飛んでんのかあ……どんなことしてんだろうな、難しいのかな。でもあいつならきっと上手いんだろうな。
 ずっと演劇だけで過ごしていたアルトには、他のコースに親しい友人などいるはずもなく、かといってそれを相談できるような友人を、同じコースに持っているわけでもなかった。
 ――――せめて友達くらいになれねーかな? 航宙科ってどこで練習してんだっけ……。
 アルトは携帯電話を取り出し、自分のスケジュールを確認する。卒業公演はまだ先、役をもらうかも分からないし、自分が今やらなければいけないことは何もない。
 ――――見に……行ってみようかな。こっそり見学するくらい、怒られないよな?
 心臓がドキドキと波打つ。あの日から一週間、一度も直接見ていない。個人権限の端末で見られるものなど、名前や学籍番号、所属コースくらいだ。小さな顔写真はアルトの恋心を増幅させるのに充分だったが、直接のビジョンに勝るものなどない。
 ――――よしっ、決めた。見たい逢いたいもう仕方ない、今日航宙科見に行ってみよう!
 一度決めてしまったら、その後は幸せでいっぱいだ。退屈な授業だって難なくこなせるし、望みのない恋に憂鬱だった心だって浮き上がってくるし、直接顔が見られるかもしれないなんて考えるだけで、スキップしたいくらいだった。




 授業が終わって、アルトは帰り支度を整え唾を呑む。まるでこれから戦いにでも行くかのような様相で、航宙科の活動場所へと向かった。
 更衣室を通り過ぎて、半分物置と化した格納庫を通り抜ければ、数人の話し声が聞こえる。
 なにやら重そうな機械をつけて、飛行デッキで今日の練習予定を話し合っているらしい。アルトは柱の陰に隠れ、こっそりとそれを覗いた。
 ――――あ、いた……!
 フェンスにもたれて、つまらなそうに空を見上げる生徒がひとり。ミハエル・ブランだ。
 一週間ぶりに目にするその人に、アルトはほうっと息を吐く。そして、改めて自覚するのだ。やっぱり彼が好きなんだと。
 彼がもたれたフェンスになりたい。
 つまらなそうでも、彼が見つめるのなら空になりたい。
 彼の金髪が風に揺れるたび、風になりたくなってしまう。
 ――――あ、飛ぶのかな……?
 空を飛ぶための道具らしい機械  EXギアを着けた生徒が、フライトコースに入る。あんなオモチャみたいなもので本当に飛べるのだろうかと、アルトは興味深く身を乗り出した。
 その時、後ろからたったったっと足音が聞こえ、思わず柱にへばりつく。きっと遅れてきた航宙科のメンバーなのだろう。許可もなく覗き見なんてして怒られないかと思ったが、
「あ」
 栗毛の少年と、ばっちり目が合ってしまった。
 ――――どうしよう、見つかっちまった……!
 あの日、彼の隣にいた少年だと気づく。バツが悪いなと視線を逸らすが、少年はにこりと笑って会釈をしてきただけ。
 そのままタタタと駆けていってしまい、とりあえずは怒られなかったことにホッとし、またこっそりと飛行デッキを覗くのだ。



「ミシェル先輩、あの人と仲良くなれたんですか?」
「は? 何言ってんのお前、来た早々」
 今日はあんまりいい風じゃないなとミハエルは前髪をかき上げる。クラスの用事で遅れてきたルカ・アンジェローニの問いかけに、怪訝そうに眉を上げた。
 ルカが言っているあの人とは、十中八九、早乙女アルトのことだ。
 一週間前のあの日、不覚にも一目惚れしてしまった、叶うはずのない恋の相手。
 まったく、気づかれるような行動を取ってしまった自分が恨めしいとそっぽを向く。
 この一週間、持てるすべてのネットワークを使い、彼のことを調べてきたのだ。
 だが航宙科と芸能科では、彼との間に接点など見つかるはずもなく、偶然を装って教室を覗くくらいしかできなくて、話しかけることもない。
 誰にも言うなよと口止めはしているものの、気を抜いたらどこかからバレてしまいそうである。
「あいつ、ホントに家と学校の往復らしくて、行きつけの店とかも分かんなかったんだぜ」
「でも……いるんですけど、あそこに」
 おかしいな、と首を傾げるルカに、ミハエルは耳を疑った。ルカが指をさす方向に、急いで隠れたつもりらしい陰が見える。それでもあの特徴的なポニーテールが隠れておらず、一目で分かってしまう。
「え……、……なんで!?」
「知りませんよ」
 ミハエルはその光景が信じられずに、パッと向き直る。わずかに頬が染まっているのは、きっとルカにしか分からないだろう。
「もしかして先輩のこと見に来たんじゃないですか?」
「そんなわけねーだろ! あの日から何もコンタクト取れてねえのに!」
 ああ、でももしそうなのだとしたら。
 ミハエルの中に火がつく。もしそうでも、そうでなくても、練習を見に来たことを考えればチャンスはある。格好良いところを見せてみたいと思うのは、恋するオトコの通常心理。
 ミハエルは、陰で見ている見物人なんか気にしていないといった振りをしてフライトコースに入る。
 いつもはメンバーのフライトを見てフォームやら何やらを指摘するのがほとんどなのに、率先してコースに入るチームリーダーに、やっぱり物珍しそうな視線が注がれた。
 そして物陰のアルトからは、めいっぱいの期待を注がれる。
「誰かスターゲイトやるヤツいない?」
「えー、だってあれ難しいじゃん」
「あ、俺行きたい行きたい」
 これも練習のうちだと、ミハエルは悪びれもせずに恋のために空を飛ぶのだ。何人かのメンバーを引き連れて、的確な指示を与えていった。
「よし、トチんなよお前ら」
 チャンスはきっと一度きり。逃したくない初恋を、ミハエルは必死でつなぎ止める。
 タイミングを見計らって、ミハエルはデッキから離陸した。



 わあ……とアルトの口唇から感嘆が漏れる。間近で見たのは初めてだと、瞬きさえしないでミハエルのフライトをじいっと追った。
 EXギアことエクステンドギアシステムは、もともと軍用機器だ。主な用途は戦闘機の操縦だが、パイロットの機外活動用装備としても有効とされている。
 飛行、歩行、走行エトセトラ。航空メーカーの主導によって開発が進められたからか、飛行機動性や着用者にかかるGの負荷を軽減することにおいては他に類を見ない。
 新統合軍だけではなく特殊部隊でも利用されるほどのものだが、近年は民間仕様としても開発され、こうして中学校にさえ使用が許可されている。
 中等部・高等部・大学部それぞれに専門コースを置くここ私立美星学園では、それを活用した訓練が日々行われている。
 アルトが自分で調べて分かったのは、それくらいだった。
 きっと難しいのだろう操縦を、視線の先のあの人は、軽々とやってのけている。
 どんな気分なのだろう、空を飛ぶというのは。専用のスーツとEXギアを着けているとはいえ、ほとんど生身の状態だ。それで何も支えがない空を飛ぶというのは、いったいどんな。
 ミハエルがクライムロールを難なくこなすのを、技名も知らないアルトは一生懸命視線で追いかける。
 ――――すげえ、すげえ……! あんな風にして目え回ったりしないのかな。
 心臓がざわめいて踊る。初めて触れる文化に、心が沸き立つように。
 ――――あれ、やってみたいな……でも航宙科じゃないとダメだしな……。
 どきどきとそわそわとおろおろが重なって、視線があっちこっちに泳いだ。
 そんな中、ふとデッキ視線を移すと、飛行を終えたらしいミハエルが戻って来たところだった。ヘッドギアを外し、首を振る。少し乱れた髪に、アルトの胸はやっぱり高鳴った。
 そして、ふと視線が重なる。
 見つかってしまったという思いより、見つけてくれたという幸せの方が大きい。
 こんにちは、とでも言うように微笑まれて、一気に顔の熱が上がった。
 叫び出したいのを必死でこらえて、アルトもできる精一杯で微笑み返す。
 そんな些細なやりとりだけれど、アルトに躊躇いを捨てさせるには充分だった。
 ――――入りたい、航宙科……! 飛んでみたい、あいつの隣に行ってみたい!
 好奇心と感動と恋心が入り交じった、純粋ではないとも思える動機だが、家がそうだからとなんとなく演劇のコースに居座っているよりは、ずいぶんまともな物にも感じられた。
 アルトは拳を握りしめ、キッと前を見据える。そのまま踵を返して、内緒の見学を終わらせる。やることはきっといっぱいあるのだろうと、少しだけ眉を寄せながらも、走る足取りは浮かれていた。



#ミハアル #片想い #PrivateArmy #ウェブ再録

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ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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◇Boy meets Boy ―出逢い― それは、変わらない日常だったように思う。 早乙女アルトもミ…

ミハアルウェブ再録

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◇Boy meets Boy ―出逢い―


 それは、変わらない日常だったように思う。
 早乙女アルトもミハエル・ブランも、放課後の練習に出向こうとそれぞれの場所へ行くだけだった。
 廊下ですれ違う、ただそれだけの、いつでも起こりそうな偶然だったのだ。
「あ、ごめん」
「いや、こっちこそ」
 すれ違う瞬間に肩がぶつかり、とっさに口を突いた謝罪。  相手を振り向いて、そこで時間が止まったように思った。


 視線が絡み合って、息が止まる。その瞬間、世界にふたりだけしかいないのではないだろうかという錯覚にさえ陥った。
 相手以外のすべてがモノクロームのように映る。絶対にそんなことはないのに、そう見えてしまった。
 後から思えば、それが恋をした瞬間だったに違いない。


「早乙女くん、今日ミーティングだよ、早く行かないと」
「ミシェル先輩、どうしたんですか?」
 知った声が聞こえて、ハッと我に返る。
「え、あ、ああ今行く」
「どうもしないさルカ、行こうぜ」
 アルトはごまかすようにクラスメイトを振り向き、ミハエルもまた、ごまかすように後輩を振り向いた。
 そうして、何もなかったようにそれぞれの活動場所へと足を向けるのだ。
 しかし何でもないわけもない。
 すれ違う、たったそれだけなのに心臓が跳ねた。互いを通り過ぎて、そうして苦笑する。
 まさか初めての恋が、男相手だなんて。
 こんな気持ちになるのは初めてだ。今までどの女性にも感じたことのない気持ち。初めて知る気持ちなのに、すんなりと受け入れることができる。
 これは、恋だと確信した。



「なあルカ、俺が今ぶつかった子、誰か知ってる?」
 歩き出してから、ミハエルは訊ねる。これが女性であれば自分の記憶力に頼るが、男をチェックする趣味などないのだ。
「え? ああ、早乙女先輩ですか」
「早乙女?」
「歌舞伎で有名でしょ、早乙女蘭蔵って。そこのご子息ですよ。お兄さんが跡継ぎらしいですけど」
 ああ、とミハエルは頷く。その名前には心当たりがあった。去年つきあった女性がそんな話をしていたような、していなかったような、そんな程度の認識だが、今すれ違った彼がそこに関係しているというのであれば話は別。一気に興味津々だ。
「じゃあ、あの子演劇コース? やっぱそっちの道に進むのかな」
「そうなんじゃないですか? 卒業公演とか、楽しみですよね。席とか争奪戦が激しいって聞きますけど、やっぱりファンが多いんだと思いますよ」
 ルカが、くすくすと笑う。なにがそんなに面白いのかと訊ねたら、
「だって、ミシェル先輩が女の人以外に興味を示すとは思いませんでしたから」
「あのなあ」
 諫めるようにため息をついてみたが、ルカの言っていることを否定はできない。美しい女性には目がないし、幾人か深くおつきあいをしたこともある。が、男としては当然の範囲だと思っていた。
「早乙女……アルト、か……」
 ミハエルは思わず後ろを振り向いて、初恋の相手をもう一度見てみようと、した、ら。
 ――――あ……。
 きゅ、と心臓が締まる。
 背中しか見られないだろうなと思ったその彼と、ばっちり目が合ってしまった。向こうもそれに気づいたようで、恥ずかしそうにすぐ背中を向けてしまったけれど。
 ――――一目惚れなんて、そんなのあるわけないと思ってたのに。
 目が合った次の瞬間、それだと確信した。世界中でたったひとりの人に出逢ってしまったなんて、夢見がちなことを考えてしまっていた。
 まさかその相手が、親衛隊でもいそうなサラブレッドだなんて。どれだけの敵を蹴倒したら、あのお姫様みたいな男の傍に行けるのだろう。
 ミハエルは、ひとつ大きなため息を吐いた。



「なあ、あれ誰? 金髪の方」
 アルトは、同じ演劇コースの女生徒に訊ねる。もともと顔の広くない自分では、他のコースに知り合いなどいないのだ。彼女が知っていてくれることを祈った。
「え、金髪のって……ミシェルくんのこと?」
「ミシェル……」
「ミハエル・ブランね。航宙科のホープだよ。見たことない? 彼のフライト」
 本当に格好イイんだから、とわずかに頬を染めながら呟く女生徒に、アルトは目を細めた。
 もしかしてライバルとなり得る人はたくさんいるのかと。
 ――――そりゃ、あんだけ格好良ければ惚れるよな……。
 ちらりと、彼の方を振り向く。友人らしき栗毛の男子生徒と楽しそうに話していて、自分もあんな風に接せないかなあと少しばかり羨ましく思った。
「フライトってことは、パイロット養成コースか……あんまり興味なかったな、そっちは……」
 アルトは廊下の窓から、空を眺める。
 この移民船団においてその空はもちろん作り物なのだが、晴れた空は心を洗っていってくれる。
 そこを飛ぶというのは、いったいどんな気分なのだろうか。
「将来は軍に入るのかな。ミシェルくんなら、もうスカウトがきてるかも」
「……あいつのこと好きなのか? ずいぶん知ってんだな」
「えっ、私はそういうんじゃないって。ただのファンみたいなものかなあ? だってミシェルくんモテるし、相手にされないもん」
 アルトは目を瞬いて、俯いた。それでも彼女は自分よりどれだけかは望みがあるだろう。
 こんなことは誰にも言えない。
 たった一度すれ違っただけの男に、恋をしてしまったなんて。
 誰にも、言えるわけがなかった。



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Private Army

NOVEL,マクロスF,ミハアル,ミハアルウェブ再録 2011.08.13

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ミハアルの出逢い、おつきあい、スタント・俳優として「マクロスF」に出演するという設定での世界観1◇B…

NOVEL,マクロスF,ミハアル,ミハアルウェブ再録

Private Army

ミハアルの出逢い、おつきあい、スタント・俳優として「マクロスF」に出演するという設定での世界観


1◇Boy meets Boy ―出逢い―
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◇Scar ―傷跡―

3◇Oasis ―憩いの場―
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4◇Visiter ―訪問者―
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5◇Anniversary ―記念日―
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6◇Completion ―小説完結―
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◇February 22 ―にゃんにゃんにゃん―

◇Cosmic power ―ラブソング―

9◇Dress up ―オープンアルト―
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10◇Frontier ―もう一度、あなたに―
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Please marry me!-013-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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 アルトはふと目を覚ました。そう広くはないベッドの上で目覚めるのにも、もう慣れてきた。 そして、隣に…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-013-

 アルトはふと目を覚ました。そう広くはないベッドの上で目覚めるのにも、もう慣れてきた。
 そして、隣に当然のようにこの男がいることにも。
 彼―ミハエル・ブランとこうしてともに朝を迎えるようになって、二年が経つ。
 たかが寝顔を見られたこんな時にまで心臓が鳴ることくらい、そろそろなくなってもいいのではないかと思うほど、過ごした時は濃密だった。
 シーツに流れるハニーブラウンに、そっと手を伸ばしてみる。ミハエルが起きる気配はなくて、気を許してくれていることがありありと分かる。
 困ってしまうくらい嬉しさがこみ上げて、愛しさが満杯になって、思わずぎゅうっと抱きしめた。
「わ」
 案の定目を覚ましてしまったミハエルから、声が上がる。
「アルト? もうおはようの時間か?」
「んー、そうでもないけど」
 起こされて不機嫌な様子はなく、ミハエルは目覚めの口づけをくれた。素肌のままでお互い触れ合って、おはようの挨拶。
「夢、見たんだよ」
「夢って、どんな?」
「式挙げた時の」
 苦笑混じりのアルトの答えに、ああ、とミハエルは笑った。きっと昨夜、婚約記念日を祝ったせいだろうと。
 いろんなことがあったねと、ベッドで交わしたストロベリィトークの中に、確かに結婚式のことも含まれていたはず。
 神父もいない結婚式、美星学園の講堂を飾り付けて、ままごとの延長みたいに誓いあった。
 真っ白なウェディングドレスとグレーのテールコート、お色直しの打ち掛けと袴、パーティには深紅のドレスと軍服タイプで遊んで、似合うねと笑いあったことは、今でも覚えている。
 そういえばあの時トスしたブーケは、ボビー・マルゴが受け取ったのだっけと思い出して笑って、こてんとベッドに頭を預けた。
 天井に手のひらをかざせば、いつもと同じように薬指の指輪が目に入る。
 幸せだなあと口許を緩めたら、その手にそっと絡められる手があった。
「ひとりで幸せそうな顔しないでよ」
「……ばぁか、幸せくれたのお前だろ」
 揺れる指を絡めて、ベッドに落ちる。鼻先をすりあわせたら髪の毛が触れ合って、混ざるかと思うほど近くにお互いの瞳があった。
 朝にしては深いキスが、二人を包む。撫で合う素肌から体温を感じ取って、変わらない日常を愛おしむ。
 今日はふたりでアルバムでも見てみようかと、そうしてやっとベッドを降りるのだ。
「ミシェル」
「んー?」
 リビングに向かいかけた恋人の腕を引っ張って、アルトは笑う。振り向いたミハエルにつつくようなキスをして、
「今日も愛してるぞ」
 甘えて頬をすり寄せる。愛の言葉を囁く、それだけで胸がいっぱいになった。
 そんなアルトに応え、
「俺も、愛してるよアルト」
 ミハエルも肩を抱いて頬にキスをした。
 入り込む陽差しは、朝の祝福―。


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