No.375

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たった一度のI love you-017-

カクテルキッス03 2018.08.19

#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

「オレたちもシトロンさんを探しましょう」 ああ、と至は頭を抱えたくなった。弟王子たちに良い感情を持た…

カクテルキッス03

たった一度のI love you-017-



「オレたちもシトロンさんを探しましょう」
 ああ、と至は頭を抱えたくなった。弟王子たちに良い感情を持たれていなかったシトロンが、あからさまに狙われて、行方が分からなくなった。
 王位というものは、簡単に命をも奪っていく。それがシトロンの生きてきた世界なのかと、ここにきて改めて実感した。
 だけど、駄目だ。
 咲也の提案は受け入れられない。
 ここが土地勘のある場所――せめて日本国内なら、なんとかできたかもしれない。だけど、ここでは駄目だ。土地勘もないし、言葉も分からない。ジェスチャーで乗り切れる場面でもない。
「シトロンさんの身が危ないのに、何もできないなんて、オレはそんなの……!」
 咲也の気持ちは、痛いほどよく分かる。劇団を再建させた当初から一緒にいた大事な家族だ。
 至はちらりと千景の方を見やる。わりと分かりやすく、眉間にしわを寄せていた。
(ああやっぱりそうだよな……この人が、そんなことさせたがるわけがない)
「気持ちは分かるよ咲也。でも、警備兵に見つかるだけならまだしも、敵に――シトロンを邪魔に思ってるヤツらに見つかったら、命だって危ないんだ」
「でも、だったら余計に――!」
「シトロンが、咲也の命を危険にさらしてまで助けに来られるの、喜ぶと思う?」
 咲也が、ぐっと言葉に詰まる。
 冷たいことを言っているかもしれない。だけど、シトロンの従者が……ガイが言っていたように、シトロンは王になるために育てられた。時には非情な決断を下す時だってあるのだろう。
 だからこそそんな彼には、咲也が、日本での家族が、危険にさらされることをよしとさせたくない。日本に戻れないなら、せめて咲也たちが無事で、普段通りに演劇を楽しむことを祈っていてほしい。
(咲也たちは、駄目だ)
 行かせられない。
 至がそう思ってそっと目蓋を伏せた時。
「俺が行ってくるよ」
 もう聞き慣れてしまった声が、耳を支配した。
「俺なら、こういうシチュエーションにも慣れてるし、ザフラ語も話せるからね」
 なんとかなると思う、と続けるのは、千景だ。予想通りの展開に、至は小さく息を吐いた。
(この人、隠す気あんのかないのか……)
 もともと冗談めかして裏の顔を出してはいたけれど、不用心が過ぎる。
 それでも至は、嬉しかった。
 千景が劇団に入ったばかりの頃、真澄が突然出ていった時は、「俺は行かないでいい」なんて言っていた男が、今はこんなにも、
「シトロンもお前たちも、大丈夫だ。俺が絶対に死なせない。密とそう約束したんだ」
 こんなにも、みんなを大切にしてくれている。
 胸が締めつけられた。
「千景さん一人でなんて危険すぎます!」
「そうですよ! 無茶だ!」
「俺なら大丈夫だから。信じてくれ、――頼む」
 優しい、優しい声だった。それでいて、力強い、千景の声。
 至は彼の傍で、軽く拳を握った。
「……分かりました」
 そうして咲也が、ためらいがちにも頷いたのをきっかけに、他のメンバーも、心配そうにしながら踵を返す。
 千景が、知らせてくれたタンジェリン王子にザフラ語で説明し、彼らは今来た道を戻っていった。
 シトロンの大事な弟王子と、女性である監督を真ん中にして、守りながら走り去っていく咲也たちを見て、ホッとした。
「……なぜか、いちばん足手まといになりそうなヤツが残ってるんだが」
「声色変わりすぎワロタ」
「誰のせいだ」
 先ほどまでの優しい千景はどこへ行ったのか。
 それでも、二人きりになった途端の遠慮のなさは、嫌いではない。
「ま、体力的には難アリだけど、何かの役には立つかもしれないでしょ」
「激しく当てにならない」
「先輩俺に厳しすぎ……まあそれは建前だし、いいですけど」
「建前?」
「だってこういう時一人で行くヤツって、大抵死ぬフラグでしょ。そんなことになったら、アイツら泣きますよ」
「……お目付役ってわけか。それにしたって、当てにならないけどな」
 一人ではできないことも、二人でならなんとかなることもある。千景の言うとおり、至個人の能力は当てにできない。それは至自身がいちばんよく分かっている。
 それでも今、千景ひとりで行かせる選択肢は、至にはなかったのだ。
「……しょうがない、行くか。今さら戻っても、合流が難しいだろ」
「そゆこと。王宮って、なんでゲームでも現実でも、迷路みたいになってるんでしょうね?」
「知るか」
 本当は、来た道は覚えている。少し頑張って走れば、先に行ったみんなに合流できないこともない。
 ?をついてでも、今、千景の傍にいたかった。
「言っとくけど、この状況だと確実に守れる保証はできないからな」
「おk」
 なんでもないことのように、軽い口調で返してみたけれど、目だけはまっすぐに千景を見据えた。千景も、まっすぐに見つめ返してくれた。
「覚悟の上、ってことか……お前、そんなキャラだったか?」
「それはお互い様でしょ」
 それもそうだな、と肩を竦めて、千景はすっと目を伏せる。そして目を開いた時には、それまでの彼と随分違って見えた。
「茅ヶ崎」
「はい」
 少し低めの声は、集中力を高めるためなのか、彼なりに日常を切り離すためなのか。千景は腕を腰の辺りにやり、何かを取り出した。
「護身用だ、持ってろ」
「……ナイフ?」
 それは、そう大きくもないナイフ。
 ちゃんと鞘には収められていたが、どうやって持ち込んだのだろう。
 深く考えることはせずに、至は受け取った。
「扱える自信ないんですけど」
「いいんだよ、お前は、それで。期待してない」
「ナイフの意味とは」
「自分の身を守るためだけに使え。相手を脅すためでも、傷つけるためでも駄目だ。ましてや、俺の力になろうとかは、一切考えるな」
 ナイフを受け取った至の手を、千景がぐっと握りしめてくる。心の底からの思いなのだと、至は頷いた。彼が守りたいものの中に、至自身も入っていることは、理解している。
「行くぞ」
「了解」
 至は受け取ったナイフをひとまずポケットに入れ、千景のあとについた。ポケットの中で、ナイフと何かがぶつかる。
(なんだ? あ……持ってきちゃってたのか)
 荷物を整理していた時に、ひとまずとポケットに入れてそのままだったものがある。
 片付けの際に、場所を変えるだけ変えて、何も解決していない癖をどうにかしないとな、とこの場にふさわしくない、しかも改善しそうにないことを考えた。
 しばらく王宮内をうろつけば、やはり兵士に見つかってしまう。千景が、なんともうさんくさい仕種で、ザフラ語を話しているのを横で聞く至だが、まあ交渉がうまくいっていないのだろうことは、言葉が分からなくても理解できた。
(綴兄、感謝。あと、俺の雑な性格GJ)
 まさかこんなところで、本当に役に立つなんて。間違ってナイフの方を出さないように、細心の注意を払って、にこやかに出してみた。
 それを見た瞬間の兵士の顔と、ツンデレっぽい態度に、人間どこでも同じだなと、ひらひら手を振ってみせる。
「何渡したんだ?」
「綴兄秘伝の日本酒ミニボトル。あれですね、そちも悪よのうってヤツ」
「……そちは悪、って言いたいな。でもまさか、本当に役に立つとはな」
「ひとりだけ善人になるの禁止で。連れてきて良かったでしょ」
「まぐれ当たりが、何を言っ――」
 難関を突破したと喜んだのもつかの間、千景が言葉を途切れさせ、至の腕を引いた。
「こっち。隠れるぞ」
「え?」
「静かに」
 狭い――と言っても三車線くらいありそうな通路に、ぐいと引っ張り込まれる。千景の体に覆われるように、背中が壁に当たった。
 壁より柱が出っ張る建築のおかげで、隠れるのには苦労しないのだが、相手が相手だからなのか、千景の警戒には余念がなかった。
「向こうから人が来る。気配消せるか」
「無理に決まってんでしょ」
 気配を消すなんてやったことがない。そんな、目玉焼きを綺麗にひっくり返せるか、みたいなノリで言わないでほしいと、至は千景を睨みつけた。
「静かにって言ったよな」
「う……」
 口許に、千景の手のひらが押しつけられる。瞬時に、いつだかこうして口を塞がれて、無理に繋がったことを思い起こしてしまう。
「……悪い」
 それに気づいたのか、千景が手の力を緩めてくれる。至はふるふると首を横に振り、あの時とは違う、想いも近さも状況も、と自分を戒めた。
 そんなことを考えている場合ではないのに、密着している千景の体温が、至を落ち着かなくさせた。
(落ち着け心臓。頼むから。けど、どうしよう……何をすればいいわけ?)
 気配を消すなんて高度な技、こんな状態でできるわけがない。千景の足を引っ張ってしまう、と思うと、そちらの方が怖かった。
「茅ヶ崎、息、して……俺に合わせて。できるだろ?」
 耳元でそう囁かれ、別の熱が上がってくる。だけど、千景の呼吸のタイミングなんか、とっくに知っていた。
「……そう、落ち着いて……ゆっくり、何も考えないで」
 すうーと千景の呼吸が聞こえる。それに合わせてゆっくりと息を吸い、そして吐く。
 トクトクと千景の心音が聞こえる。心音のコントロールなどできやしないが、いつの間にか呼吸と一緒に音が合わさっている。
 その音が気にならなくなったと思ったら、千景がそっと髪を撫でてくれていた。
(気配……消せてんのかな)
 心なしか抱きしめられているような気もするけれど、それはこの場を切り抜けるための手段だろうと、ゆっくり千景に身を預けた。
 やがて、足音と、声が聞こえる。どうやら兵士のようだが、千景はこの気配を察知していたのかと、改めて彼のスキルを思い知らされた。
 緊迫した様子の声と、慌ただしい足音。話し声は一人分だ。電話か何かで、誰かと連絡を取っているらしい、ということしか至には分からない。
 ただ、抱きしめてくる千景の腕が、少しだけ強くなったことから、あまり良い情報ではなかったのだとうかがい知れた。
「な、なんの連絡だ……? 先輩、まさかシトロンに何かあったんですか?」
 兵士が行ってしまってから、千景の体が離れたのをきっかけに、至は状況の説明を求めた。まさか、すでに最悪の事態になってしまっているのか。
「大丈夫だ、まだ。行くぞ。シトロンは奈落にいる」
「奈落っ?」
 千景が踵を返す。至も慌てて後を追う。走るのは、というか運動全般苦手なのだが、そんなことを言っている場合ではない。
(あれ、でも、なんか……いつもより楽?)
 いつもならすでに現れる疲労と、息切れが、ない。緊急事態だということもあるのか、恐らくあとでどっと疲弊するだろう。
「こっちだ、茅ヶ崎」
 ぐい、と手を引かれる。それで気がついた。千景の呼吸とペース、進もうとしている方向が分かる。先ほど気配を消すために合わせたタイミングが、まだ、二人の間に存在しているのかと。
 そうだ、そう考えなければ、至が千景についていくことなどできないはずだ。
 この手を握り返してしまいたい。指を絡めて、放したくないと言ってしまいたい。
(馬鹿かよ、そんなこと考えてる場合じゃないのに)
 シトロンの身が危ないという時に、何を考えていいるのだろう。自分が嫌になってくる。
 こんなことしか考えていられない自分を、千景が好きになってくれるわけがない。
 今はシトロンのことだけを考えようと、触れた手から目を背けた。


#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス