華家
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No.349
カクテルキッス02 2018.07.01
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス
髪をくしゃりとかき上げながら端末を見返すも、やはり既読がついていない。誰もいないエレベーターで、至…
カクテルキッス02
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髪をくしゃりとかき上げながら端末を見返すも、やはり既読がついていない。誰もいないエレベーターで、至はあからさまに舌を打った。
自分の車に乗り込んで、LIMEの無料通話をタップする。相手は、もちろん千景だ。
呼び出し音を鳴らす端末を、いつも千景が乗る助手席に乱暴に放り投げて、アクセルを踏み込んだ。
「出ろよ……出ろよ、先輩!」
メッセージには気づかなくても、コールには気づくだろう。どうか声を聞かせてほしい。そうでなければ、嫌な予感ばかりが頭を巡ってしまう。
「先輩……っ」
きっと千景は、あの火災に関わりがある。
そう思うのは、彼が時折自分に対して見せてきた態度のせいだ。他の団員には三本ほど引いているラインを、自分だけは、千景の方から引き寄せられているような、そんな感覚があった。自惚れではないと思う。体を重ねているせいもあると思う。
他人に対して張っている膜が、ほんの少し、薄いような気がするのだ。
だが、端末は呼び出し音を鳴らし続けるばかり。応答は一切ない。
赤信号で車を止め、握りしめた拳でガッとステアリングを叩きつけた。
「くそっ!」
至は端末を持ち上げて通話を諦め、ポケットにしまい込む。
千景のすべてを受け止められるなんて、自惚れることはできない。実際、どれだけも受け止められないと思う。
受け止めるつもりなんてない。
ただ、千景の目を見て話したい。今はそれだけしか頭になかった。
(どっかで、分かってた。あの人が……普通の世界には生きてなかったこと)
悔しさがこみ上げてくる。焦りで渇く喉をミネラルウォーターで潤し、乱暴に唇を拭う。信号が変わると同時に車を再発進させた。
気づかないふりをしていたような気がする。分かっていて、目を背けてきたような気さえする。
千景は平気で噓をつく。
それを知っていたから、千景の真実さえ、噓なのだと逃れさせてもらってきた。
(密なら……きっと先輩の居場所を知ってる)
千景のことを思うと、どうしても密の存在が浮き彫りになる。
彼らの間に何があったのかは知らないし、探ろうとは思っていない。きっと、嫉妬する自分に胸くそが悪くなるだけだ。
だが、密は千景をよく知っている。千景も密のことをよく知っている。それは事実であり、至には割り込むことのできない領域だ。
自分はただ、互いの合意と気まぐれで、体を重ねるだけの間柄であり、それ以上を望んでしまったのは至の方だけだと、ちゃんと自覚している。
踏み込んでほしくないのなら、線引きはするつもりだ。至にだって、踏み込んでほしくない領域という物はあるのだから、お互い様だ。
それでも、今回だけは逢って顔が見たい。
あの火災が、千景の引き起こしたものだとは思っていない。
火災の混乱に乗じて、データだの何だのを破壊しただけなら、すぐに戻ってこられる。任務が長引くようなものなら、千景はもっとうまく噓をつく。今までの出張が、そうだったのだろうから。
至が恐れているのは、千景があの火災に巻き込まれて、怪我をしているのではないかということだ。
会社に来られないくらい、寮に戻れないくらいの、怪我でもしているのだとしたら。LIMEも見られない、電話にも出られない状態なのだとしたら。
ざわりと背筋が震えた。
千景がどんな世界で生きていようと、MANKAIカンパニーの大事な一員なのだ。無事でいてほしい。
至は、法定速度をギリギリオーバーしない程度に抑え、MANKAI寮に向かった。
「あれ、至? どうしたの……随分と早いお帰りだね」
「東さん、ちょっと、……忘れ物ですよ。密います?」
慌ただしく玄関を開けると、冬組の雪白東の姿。
最初に見つかったのが彼で良かったと思う。東なら、何も聞かずにやり過ごしてくれるはずだ。それは冷たさとは違うもの。
「密なら、さっき中庭で猫とお昼寝していたよ。良い天気だからね」
「ありがとうございます」
挨拶もそこそこに、至は中庭へと向かった。なるほど東の言ったとおり、中庭のベンチの上に一人の男が丸まっている。密だ。
「密っ」
至は駆け寄り、密を揺り起こす。のんびり昼寝しているところを申し訳ないが、それどころではない。
「……ん……至……?」
「密、先輩がどこにいるか知ってるだろ? 教えて」
ゆっくり目を開けてくれた密を、正面から覗き込んで、単刀直入に訊ねた。
「……千景?」
「そう、卯木千景……っていうより、たぶん、……エイプリル?」
密が、はたりと目を瞬く。
少し逸らされた視線は、動揺なのか、それとも享受なのか。
「会社に来てないんだ。取引先にトラブルがあったって話になってるけど、違うと思う。木曜あたりからニュースになってる、製薬会社の火災……密もちょっと気にしてたアレ、先輩が関わってる?」
至の中の確信を、ひとまずの疑問符で飾って、密の表情をじっと観察した。どれだけも変わらなかったように思うが、密がそっと口を開く。
「火事は、エイプリルじゃない……たぶん、違うヤツ」
至はひとつ瞬いた。そこを疑っているように聞こえてしまっただろうかと。
「分かってる、そんなの」
ためらいもなく答えた。
〝エイプリル〟としての彼は一切知らない。だけど、今ここの劇団員をして、そんな馬鹿な真似をする男だとは思っていない。もっと言えば、自分の仕掛けたトラップで怪我をするような、馬鹿な男でもない。そう思っている。
「だから余計に怖いんだよ。先輩、怪我してるかもしれない。帰ってこない理由がそれしか思いつかないんだ。任務とかそういうのが残ってるなら、噓をついても連絡くらいしてくれる。それもないなんて」
きゅっと唇を引き結んで、こくりと唾を飲む。
血にまみれた千景を想像してしまって、胃がぐるりと回るようだった。
「至。千景を好き?」
怪我をしているならせめて程度が知りたい。そう思って眉を寄せる至に、密の声が降る。至は目を見開いた。
「密、今はそういうこと言ってる場合じゃ」
千景とのただれた関係は知られている。千景が大事にしている彼も、きっと千景のことが大事に違いない。その千景に関わるというのなら、ある程度の覚悟をしろということだろうか。
「……好きだよ」
自分の想いも言えないような覚悟で、卯木千景に近づくなと。
(好きだよ。危ないって分かってても、先輩がそれを良く思わなくても……どうしようもない)
「先輩には、言わないで。お願いだ、密……」
自分の想いは認めるけれど、千景には知られたくない。きっと何もかも終わってしまう。
「……住所、覚えて。あと、扉を叩く強さと回数、タイミング」
密の口から、住所らしき地名と番地、恐らく部屋の番号が発せられる。至はそれを一度で覚えて、頷いた。どうもノックの仕方にも、二人の間で決まりがあるようだ。手の甲でそれを覚えさせられて、ぐっと拳を握った。
「ありがと、密」
礼もそこそこに、至は中庭を離れて車に戻る。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス