No.321

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ONE NIGHT IN HEAVEN-002-

カクテルキッス01 2018.05.03

#シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス

 千景に連れられて店内に入れば、抑えめの照明と、深いグリーンを基調にしたテーブルセットが出迎えてくれ…

カクテルキッス01

ONE NIGHT IN HEAVEN-002-


 千景に連れられて店内に入れば、抑えめの照明と、深いグリーンを基調にしたテーブルセットが出迎えてくれる。
「カウンターでいいだろ」
「え、あ、はい」
 店内に客は何組かいる。テーブルを取り囲むソファにどっしり座り込む老齢の紳士や、奥のボックス席で多少のスキンシップを楽しむカップル、仕事帰りらしき青年、友人同士で飲みにきているらしい女性たち。
「なんか、予想通りで面白みもないな」
「どんなとこだったら面白かったんだ、茅ヶ崎は。パリピ御用達のとこでも行けばよかったか?」
「いやそれはそれで疲れるんで」
 あまり他人と深く関わりたくないらしい。千景が選びそうなところだ。二人はカウンターの隅に腰を落ち着けて、店員にファーストドリンクを注文した。
「いつもの。茅ヶ崎は?」
 いつもので通るくらいには常連らしい。至はしばし考え込み、エル・ディアブロを頼むことにした。
「茅ヶ崎は、ベースじゃなくて名前でカクテル選ぶタイプだろう」
「そうですね。ディアブロとかアガるわー」
 できあがるまでの間、至は携帯端末でいつものゲームを始める。今さら千景相手に遠慮もない。特別にイベントはないが、日課だけはこなしておきたいのだ。千景もそれを気にした様子はなく、ネットでニュースをチェックしているようだった。
「先輩のカクテル、それ何ていうヤツですか? 綺麗な色してますね」
「イスラ・デ・ピノス。ラムとグレープフルーツジュースのカクテルだ。〝無防備〟を意味している」
 千景のショートカクテルと、至のロングカクテルが出され、二人はグラスを合わせず掲げるだけの乾杯をした。
「ふぅん、カクテルにも意味とかあるんですか。……もしかして、俺のにも?」
「それは確か……〝気をつけて〟だったかな。ふふ、〝無防備〟と〝気をつけて〟なんて、ちょっと意味深だな。もしかして、この後何かが起こるのかな?」
 ちらりとよこされる視線に気がついて、至はそれをあえて見返してやった。
「どっちも俺に向けられたメッセージなら、ね」
 意味深に意味深で返せば、千景はどこか満足そうに口の端を上げる。その仕種に、思い出してしまった。
 あの日の――キス。
 SSRが引きたい至の物欲センサーを、千景はキスなんかで回避してくれた。
 別に、キスくらいでぎゃあぎゃあ言うつもりはないし、欲しかったSSRは無事に三枚も神引きできたし、問題ない。
 問題なのは、千景のその後の発言だ。
『俺女の子苦手なんだよね』
 これである。
 女の子が苦手、イコール同性愛者というわけではないだろう。免疫がないという意味で言ったのかもしれない。
 そもそも、あの発言が本当だったのかどうかさえ、このペテン師相手では分からないのだ。
 あの日以来、何もない。
 同室の相手ということもあって、最初は身構えたものだが、あっけにとられるほど何もなかった。
(マジ腹立つ)
 ホッとしたのが八割、あと二割はなぜか苛立ち。咲也や綴たち純情組だけでなく、よもや自分までもが、からかいの対象に入っていたなんて。
「先輩、真面目に答えてもらいたいんですけど」
「俺はいつだって真面目だけど? なに」
「ゲイなのは真実?」
 間を置かずに訊ねる。だからどうというわけではない。
 もはや、劇団には欠かせない人になっているし、至にしても、部屋にいて邪魔に思わないくらいになってきた。これをネタに劇団から追われるだとか、そういうことにはしない。
 ただ純粋に、真実が知りたいだけだった。
「女を抱けないから、そうなるんだろうな。夜の相手はいつも男だ。お前にキスをしたあの夜もね」
 千景は至を見やって瞬きひとつ。視線を正面に戻し、よどみなく告げてきた。
「もしかしてずっと気にしてたのか」
「……そりゃ、気になるでしょう。あんなことされた後だし、余計に」
「ああ、なるほど。それはすまなかったな。安心していいよ、劇団のヤツらに手を出すつもりはさらさらない。お前も含めてね」
「そりゃどーも」
 やはり千景はそうだったのだ、とひとつ謎が消えた。真澄の勘は当たったわけだ。真澄の想い人である監督と二人きりでも、危険性を感じていなかったのは、そういうことだったのだろう。もっとも、真澄がこの解にたどり着いているかは別だ。
 ただ、面白くはない。
 手を出すつもりはないと、面と向かって言われたのは初めてだ。
 いや、別に手を出されたいわけではないし、今までだって、男性にそういうアプローチをされたことなどない。女性相手ならば、少し言葉を交わしただけでさえ、もったいぶった思わせぶりな視線を投げかけられる。それなのに、わざわざそんな宣言をされるとは。
「うちの組織、ハニトラも結構やるからなぁ。エージェント(・・・・・・)はそういう技術も仕込まれるんだ」
「さっきの設定続いてたんですか。ハハ、先輩は男対象にハニトラ仕掛ける専門ってこと?」
「そう。邪魔なヤツらはそういう問題を起こさせて、会社から消すんだよ。もしくはうちに有利な条件で取り引きさせるとかね」
 千景なら本当にやりかねない。そう思わせる何かが、この男にはある。
 だとしたら、あの日のキスも、組織とやらに仕込まれた技術なのだろう。確かに気持ちが良かった。まだ感触が思い出せるほど、至の脳裏に焼きついている。
「って、こんなとこでいいかな? 中二病設定はあんまり得意じゃなくて」
「どの口が言うんですかね。先輩、本当に食えない男ですよ」
「俺は食らう方だしな。まあ、食われる方もできるけど。茅ヶ崎、試す?」
「冗談でしょ」
「そう、冗談」
 呆れ混じりに返したら、千景は飲み終わったショートグラスの底をぶつけ、わざと音を立てる。
「だからこれ以上踏み込んでくるなよ、茅ヶ崎。それがお前のためだ」
 低くなった声のトーンに、ぞく、と背筋が震える。苦痛さが混じったそれに、踏み越えてはいけないラインを越えかけたのだと知った。                 
「……すみません」
「怒ってるんじゃない、心配してるんだ。俺の毒にあてられて死にたくはないだろう?」
「そりゃまあ……俺もまだ若いんで」
 牽制された気分だ。いや、実際された。必要以上に関わるなと。
 なぜこんなにも気分が沈むのか分からない。たぶんこんな千景を知っている人間は少ないだろう。
 監督ならもしかして知っているかもしれない。仲の良さそうな密も。
 そういえば、密の記憶がなかったのはもしかして――そんなふうに一人考え事をしていたら、千景の目の前にコトリとグラスが置かれたのに気づく。いつの間に次のオーダーをしたのだと振り向けば、訝しげに眉を寄せていた。
「……頼んでないけど?」
「あちらの女性からです」
 千景は、そのカクテルが置かれた理由を分かっていながらも、あえて店員に訊ねたようだった。案の定、店員はあるテーブルの女性客を手で指す。だが振り向いたのは至だけ。千景は興味もなさそうだった。
(ナンパキタコレ。こういう誘い方ってマジであるんだ)
 高価そうなスーツを着たイケメンともなれば、女性がそうしたいのはよく分かる。
 そこで自分じゃないのが気にくわないが、至の好みでもないし、正直そういう出逢いは面倒くさい。至も早々にその女性から目を離した。
「遊んでそうな女ですね。話し相手くらい、受けてあげたらいいのに」
「金になるなら、どうにか我慢するけどね。申し訳ないけど、下げてくれる? ウォッカベースは好きじゃない」
 千景は本当に面倒そうに、店員にそう告げる。ウォッカが好きではないなどと、嘘までついて。
「東さんたちと結構飲んでますよね、先輩」
「アレはコレとは違うだろう。この状況でアキダクト・カクテルを飲めって? 冗談じゃ――」
「先輩がいらないなら、俺がもらいますけど」
 もったいない。至は純粋にそういった思いでカクテルに手を伸ばした。
 隣に座っていた千景の目が大きく見開かれる。
「馬鹿っ、茅ヶ崎!」
 口をつけるのを止めようとしてか、千景もそれに手を伸ばしてきたけれど、少しだけ遅かった。オレンジキュラソーの色を受けたその液体は、すでに至の唇の中。コクリと一口飲んでしまってからだった。
「え?」
 至は驚く。
 まさか千景がそんなに慌てるなんて。本当は飲みたかったのだろうか? と首を傾げるも、忌ま忌ましそうに眉を寄せるその表情は、どうもそんなに単純なことではなさそうだった。


#シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス