No.719

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本当はうれしいけど

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.04.07

#お題 #両想い

 じっと見つめてくるものがあった。 視線というものには慣れていたけれど、相手が相手だとどうにも落ち着…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

本当はうれしいけど

 じっと見つめてくるものがあった。
 視線というものには慣れていたけれど、相手が相手だとどうにも落ち着かない。
 跡部はパタンと本を閉じて、短くため息をついた。
「なんだ、手塚。俺様の顔に何かついてるか?」
 視線の主は、手塚国光。
 どこでどうなってこうなったか分からないが、〝恋人〟の視線、である。
 声をかけられて初めて気がついたように、手塚はハッとして顔を上げる。
「すまない、不愉快だっただろうか」
 気まずそうに背けられる顔は、ほんのりと赤いように見える。
 まあ、跡部としても、恋人からの熱視線が嬉しくないわけはない。ふっと口許を緩め、背けた手塚の顔を指先でこちらに向けさせた。
「お前の視線が嬉しくねえわけねえだろ? アーン?」
 そのまま唇へとキスを贈り、小さなスキンシップ。
 まだこの距離感と感触には慣れないが、恋人としてはおかしくないはずだ。
「で? なんでそんなに見つめてたんだ。穴が開くぜ」
「開くわけないだろう。もったいない」
「わけ分かんねえこと言うな。もったいないってなんだよ」
「言葉のままだが」
 その言葉の意味が分からないから訊いているのに、と跡部は指先で額を押さえる。恋人ではありながら、時々手塚のことが分からない。
 いや、訂正しよう。
 手塚のことはいつも分からなくて、時々理解できる、程度だ。
 どうして、こんな分かりにくい男と恋人関係になってしまったんだ? と首を傾げる。
 好意があるのは前提なのだが、キスまでするような仲になるとは思っていなかった。その先はまだ経験していないが、いずれは肌の感触を知ることにもなるのだろう。
 だが、こんなふうに意思の疎通ができないような状態のままで、この関係は成り立つのか。
 恋人関係にしても、友人関係にしても、互いの尊重なくして良好なものは築けない。意思を確認するのは大切なことだ。
 どんな気持ちでこうするのか、どんな感情でそうするのか、それは知っておきたい。
 跡部は深呼吸をして、じっと手塚の瞳を見つめ返してみた。
「もったいないってのは、俺の顔に穴とか開いたりすんのがってことか? まあ実際そんなことは起きねえんだが。傷とかついたりするのも?」
「そうだな。跡部は綺麗な顔をしているとずっと思っていたから、傷などついてほしくない」
 至極真面目な顔で頷かれて、面食らう。まさかそんなふうに思われていたなんて。しかも〝ずっと〟とは、いったいいつからなのか。
「褒められるのは気分がいいが、いつからそういうふうに見てたんだ、俺のこと」
「……関東大会の試合後、……いや、試合中かもしれないな。不謹慎かもしれないが。気づいたのは終わった後だったから、その辺は少し曖昧だ」
「なっ……」
 そんな時からなのか。
 気づかなかった自分が悔しい。いや、視線は感じていたかもしれないが、テニスをしているからだと思っていた。あの手塚国光からそういう秋波を送られていたのに、好きだと言われるまで一切気づかなかったなんて。
 そうだ、恋人関係になったのは手塚が好きだと言ってきたからだ。
 だが好きだと言うだけで、何も望んでこない。見かねて、『付き合うか?』と助け船を出してやったのが始まりだった。
 もっとも、すぐにそんな言葉が出てくるあたり、跡部も手塚が好きだったのだろうと思うけれど。
「跡部を、こんなに近くで見られることになるとは思っていなかったから、無意識にお前を見つめてしまっていたんだと思う。キスができるのも……嬉しい」
 先ほど跡部の唇が触れた場所を、そっと指先でなぞる。きゅんと胸が締めつけられた。本当に好かれているのだなと思うと、こちらの方こそ愛しさがこみ上げてくる。
「もっと近くで見るか? ん?」
 だけど今イチ素直になりきれずに、からかうように手塚の顔を下から覗き込んでみる。本当は嬉しいのに、そう言ってやれないのが情けない。
「近すぎると思うが」
「我が儘言うな」
「我が儘を言っているわけでなく、お前の身が危険だと言っている」
「は? ……っ」
 そっと肩を押しやられ、一秒あとにその意味を把握した。ボッと頬が真っ赤に染まる。からかったつもりが、返り討ちに遭った気分だった。
「お、まえ、そういう欲、あんのか」
「ないと思うのか?」
 ぐっと言葉に詰まる。
 さすがに、ないとは思っていなかったが、ここまで積極的だとも思っていなかった。
 たとえ受け身であろうとも、どうせリードするのは自分の方だろうと思っていただけに、手塚からのアクションには心の準備ができていない。
「そう警戒しなくても、お前の気持ちを無視してコトを進めるつもりはない。嫌なら嫌と言ってくれ」
 身を強張らせた跡部に気づいてか、肩からそっと手を離して手のひらを向けてくる。合意もなく手を出すつもりはないという意思表示なのだろう。
「い、嫌ではねえよ、別に。ちょっとびっくりしただけだぜ。悪い、まだ……そういうことを具体的には考えてなくてな」
「そうか。関係を急ぐつもりはないが、徐々にその……そういうこともできたらと思っている」
 ソファの上にあった手をすっと持ち上げられ、きゅっと握りしめられる。ドキンドキンと胸が鳴って、手塚の顔をまともに見られなくなった。
「好きだ、跡部」
 指先に口づけられて、顔の熱がさらに上がる。らしくないことをするじゃないかと、ゆでだこのようになりそうだった。
「ふ、フン、俺様がその気になるように、せいぜい頑張って口説いてみせな」
「ああ、そうさせてもらう。跡部、少しだけ……抱きしめさせてもらってもいいだろうか」
 それ以上は何もしないからと付け加えられて、跡部は右へ左へと視線を泳がせてから、こくりと頷いてみた。
 手塚の腕が伸びてくる。抱き寄せられて、わずかに体が強張ったけれど、手塚は構わずにそのまま腕の中に収めてしまった。
 ぎゅ、と強く抱きしめられる。
 制服越しの体温にドキドキして、心音が酷くうるさい。これでは気づかれてしまうのではないだろうか。
 本当は嬉しいのに、少しも素直に伝えられていないことを。
 いつもはリードするばかりで、リードされるということがなかったせいなのだろう。手塚が積極的であることは嬉しい。もう少し素直になれる心の準備が整ったら、嬉しいと言ってみようか。
 それとも、キスで応えてやった方がいいのだろうか?
 今はまだ、そっと背中に腕を回して抱き返すしか、できそうにないけれど。


お題:リライト様 /本当はうれしいけど
#お題 #両想い