No.714

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君を見つけてしまったあの日

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.04.02

#お題 #片想い

 きょろりと首を左右に動かす。 そうしてみても目的の者は見つからず、手塚はゆっくりと目を瞬いた。 も…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

君を見つけてしまったあの日

 きょろりと首を左右に動かす。
 そうしてみても目的の者は見つからず、手塚はゆっくりと目を瞬いた。
 もう帰ってしまったのだろうか。
 いや、そもそもなぜ、〝彼〟を探しているのだろう。
「手塚、どうしたんだい。何か忘れ物?」
 チームメイトである不二に声をかけられ、僅かに体が強張った。
 待たせるつもりはなかったのに、顔をそちらへ向ければ部員たちが心配そうに眺めてきていた。
「……いや、なんでもない。すまない」
 そう言って、手塚は足を踏み出す。試合は終わったのだから、いつまでもここにいたってしょうがない。
 そう、氷帝との試合は終わったのだ。青学の勝利という形で。
 手塚は歩みを進めながらも、やはり彼を探してしまっていた。今日の試合で対戦した相手――跡部景吾を。
 青学はチームとしての勝利は収めたが、手塚個人としては敗北を喫した。その勝ちをさらっていった男だ。
「肩、どう? このあとすぐに病院でしょ」
「いや、痛みはだいぶ薄れた。肘をかばっていたせいで、フォームが良くなかったんだろう。もちろん病院には行くが、そこまで酷くはないと思う」
「とてもそうは見えなかったけどね。選手生命にも関わってくるって言ったのに」
 跡部との試合で、手塚は肩を痛めた。元々故障していた肘をかばって、知らず知らずのうちに負担をかけていたのだ。己の未熟さに、辟易とする。だが、どうしてもあそこで棄権などしたくなかった。
 大和との約束もあったが、個人的な意地でもあったと思う。あんな中途半端に熱を高められた状態で、ラケットを置くことができなかっただけ。
「まあ、そのおかげで越前にも火がついたみたいだったけど。部員を心配させるのは感心しないな」
「……すまない。今後気をつけよう」
 バッグは自分らが! と二年生が運搬を買って出てくれたが、随分と心配をかけたようだと反省もする。
 だが今手塚の頭を占めているのは、ただ一人の男だけだった。
「…………思っていたのと、違ったな」
「試合結果? 個人としてはどうでも、勝ちは勝ちだよ、手塚」
 補欠戦まで行くとは思わなかったけど、と不二は続ける。それは確かに想定外だったけれど、試合の結果のことを言ったわけではない。
「俺は跡部という男を、誤解していたかもしれない」
 跡部のことは、知っていた――はずだった。
 一年の頃からあの氷帝学園テニス部の部長を務め、頂点に君臨する、キングと呼ばれるプレイヤー。氷帝は実力主義だと聞いてしたし、一年のうちから試合に出ていることも知っていた。正直、羨ましいと思ったことも。
 だがそのプレイスタイルは、あまり好きではなかった。相手の弱点を見抜き攻め立てるというのは、不正なものではない。気持ちの上で、好きになれなかっただけだ。
 強引で、傲慢で、技術を笠に着た荒いプレイなのだろうと思っていた。
 先輩たちを押し退けて頂点に立つことを、なんとも思わない、礼節もない男なのだろうと。
 対戦相手の自信を喪失させ叩きのめす、という噂を聞いた時にも、驚いたりはしなかった。
 強いのならば、対戦してみたい。
 だけど、果たしてそれは本当にテニスが好きでやっているのだろうか? そんなふうに思って、あの派手なパフォーマンスに共感できないことも手伝い、彼との対戦を切望することはなかった。
 なのに。
 跡部景吾の力強さと美しさが共存するテニスは、ただ観客に見せつけるためだけのものではなかった。
 重い打球。思わぬラインを描くボール。かかる回転。前後に、左右に振ってみても、食らいついてくるラケット。
 それはいっそ小気味よいほどに高揚感を生み、こちらもラケットを握る手に汗がにじんだ。
 少し考えれば分かったことだ。
 持久戦を得意としているということは、長い時間をかけて相手を追い詰めるだけの技量があるということだ。努力せずに、それはなし得ない。
「球をかわすと分かる。足腰の鍛錬や腕の振り抜き方……あれは相当のトレーニングをしているんだろう。強いというのは伊達ではないんだな。噂だけでは、やはり分からないものだ」
「跡部に関しては……まあ、ボクも驚いたかな。持って生まれた天性の器量っていうのもあるんだろうけどね」
 努力の上に成り立つ確かな技術。それは氷帝テニス部を率いるのに確かにふさわしい人物だった。
 噂だけで、跡部景吾という男をフィルター越しに見ていたことが悔やまれる。
 もっと早く知っていたかった。
 あんなに熱いプレイをする男だったのだと。真剣に打った球を、全力で返してくるような、誠実な男だったのだと、もっと早く。
 手塚は、じっと右手を見下ろした。
 試合が終わった後、握手をした跡部はこの手を掲げてくれた。勝者は跡部の方なのに、手塚(オマエ)が勝利者だとでも言うように。
 熱かったな。
 汗に濡れた手のひらの感触を思い起こして、また無意識に、彼を探してしまう。
「……手塚、もしかして跡部のこと探してる?」
 不二の声にハッとして、実感させられた。
「いや……まあ……そうだな。あの目立つ男が見当たらないということは、もう帰ってしまったのだろうに、気になってしょうがない」
 見つけてしまったあの男の〝真実〟に、もっと触れてみたい。そう思っていることを。
「試合は終わったのに、もう一度戦いたい。跡部のことを知りたいんだ。こんなことを思うのは、おかしいだろうか」
「……おかしくはない、と思うよ。テニスだけが理由ならね」
 何かやけに含みのある物言いをした不二を振り向いて、その言葉を反芻した。
「テニスだけが、というのは、どういう意味だ? それ以外に何かあるのか」
 それ以外では問題があるようにも聞こえてしまう。
 跡部が、今までどんな練習そしてきたのか気になるというのは、〝それ以外〟に入るのか、入らないのか。
「ボクは、君がそんなに饒舌になるところを初めて見た。試合後で興奮しているというのを抜いても、そんなふうに他人に興味を持つとは思わなかったよ」
「……強いプレイヤーが気に掛かるのは当然だろう」
 手塚は自分の口数が多くないのは自覚しているが、そんなにまで言われるほどだろうか。
 試合後で、気分が高揚しているというのは事実だ。
 だが、確かに今までこんなふうに他校のプレイヤーに興味を持ったことはあっただろうか。
 対戦相手として、プレイスタイルなどのデータを確認することはあったが、試合が終わればそこで意識の隅に追いやられる。下手をすれば数分後にはすべて抜け落ちていたりもした。
 だが跡部に対しては、抜け落ちるどころかもっと深く知りたいなどと思っている。不二はそのことを指摘しているのだろうか。だが珍しくというだけで、何もおかしな点はないように思えた。
「よく考えるといい、手塚。新たに触れてしまった跡部という選手に興味を持っただけなのか、それとも、跡部という一人の男に興味を持ったのか」
「……同じではないのか?」
「プレイヤーとして見るのと、一人の人間として見るのは、違うよ、手塚」
 手塚は眉間にしわを寄せた。不二の口許が笑っていないということは、それだけ深刻なことなのだと見てとれるが、一体何が言いたいのか分からない。もったいぶらずに、もっと明確な言葉にしてほしい。
「不二、何が言いたいんだ」
 そう訊ねかけたことを、手塚は後に悔やむことになる。
「今の君は、まるで恋でもしているみたいだ」
「………………………………馬鹿なことを言うな」
 まさかそんな言葉が返ってくるとは、誰も思わない。
 恋だなんて馬鹿馬鹿しいと、手塚は歩調を速めた。不二はそれを、何でもないように合わせてくる。
「さっきからずっと、跡部が触れた右手を気にしているくせにね」
「俺は別に、跡部の手の感触が――」
 忘れられないなんて言うつもりは。
 そう口にしかけて、ハッとした。
 手の感触なんて、テニスには関わりがない。試合後に感じたものだが、今後の跡部とのテニスに関わってくるものではないだろう。
 まさか。
 そんなことがあるのか、と口許を押さえる。無意識にか、それは跡部が触れた右手だった。
「自覚するなら、早い方がいいと思って。その感情の名前、見つけてしまったのかい、手塚」
 誘導尋問のようなことをしていおいて、何を言っているのだろう、この男は。
 しかし確かに、今自覚をして良かったのかもしれない。万が一にも親しくなってから気づいたのでは、目も当てられない。
 これは、おかしなことにならないように、跡部には近づかない方がいいのではないかとも思い始める。
 なぜこのタイミングで、どうしてよりによってあの男なのかと、嘆きたくなった。どう頑張っても叶いそうにない初恋だ。
 逢いたいけれど、逢いたくない。
 テニスをしたいけれど、したくない。
 顔を見ればみた分だけ、球をかわせばそうした分だけ、この想いが育ってしまうような気がする。
 頭を冷やす時間が必要だなと、手塚は長く長く息を吐いた。
 ネット越しに聞いた跡部の吐息を思い起こしてしまったことに、ひどく動揺しながらも。


お題:リライト様 /君を見つけてしまったあの日
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