- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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金曜日のネコ
琥珀色の液体がグラスの中で揺らぎ、唇の中に流れ込んでいくのを、横目で眺めた。何を飲んでいても様になるのはどういうことだろうかと、心の中でクソがと悪態をつく。
「で、プレゼンはうまくいったのか? 茅ヶ崎」
笑んだ口許が、確信をもった口調で訊ねてくる。
(色気のない話題……)
そう思いつつ、至は笑みを作って答えた。
「うまくいきましたよ。おかげさまでね」
「そう?」
「先輩が、出先からLIMEくれたから。頑張りました」
話題に色気がないのなら、自分で練り込むしかないと、あからさまに色を含んだ視線をやった。
事実、プレゼンに挑む数分前に、千景からLIMEが入った。頑張ったらご褒美あげる、と。稽古のない金曜日、ともなれば、恋人に対して期待するのは当然で、もう少し色っぽいことになるのかなと思ったのだが。
定時で仕事を終えた至を待っていたのは、何杯でもオゴッてあげるという言葉だった。
ほんの少しがっかりした気持ちを、千景は多分気づいているに違いない。
気づいていながら、するりとかわし、相手に選択をさせ、結果自分の思い通りにしてしまう。
そういうズルささえ、千景の魅力だと思うことこそが、救われない。
チートすぎると思う能力も、スパイスを買い込むくらい辛いもの好きなのも、レンズの奥で揺れる瞳も、焦がれてやまないもの。
あ、と思い出す。
「そういえば先輩って、ネコ苦手なんでしたっけ」
いつだか、監督や椋がそう話していたことを。甘いものが苦手というのは想像ができたが、ネコが苦手というのがなんだかかわいらしくて、こっそり笑ってしまったのだと。
「ネコよりタチが多かったかな」
「そういう話じゃなくて。先輩ときどきデリカシーないですよね」
ふいとそっぽを向く。千景が相手にしてきた男は少なくないことを知っていても、気分が良いものではない。恋人と呼んでいいはずの自分が横にいるのに、その手の話題を出してくるなんて。
「ははっ、悪い。でも、昔の話だろ」
「そゆとこな~。先輩チート過ぎるのに、なんでどこかおかしいんだ……」
「……恋人を作ったのは初めてだからな、勝手が分からないんだよ。怒るな、茅ヶ崎」
わざわざ振り向いて、千景が甘い声で囁いてくる。唐突なデレ成分についていけず、至はカチリとグラスを歯にぶつけてしまった。
「は、じめて、なんです?」
「言わなかったか? こんなふうにバーに誘うのだって、お前が初めてなのに」
聞いてない、と至は頬を赤く染める。これはとんだご褒美だと視線を泳がせたら、千景は面白そうに笑った。
「茅ヶ崎とじゃなきゃ、情熱的な恋キスオブファイアなんて飲まないぞ」
そう言って、千景は自分のグラスを至の唇につけてくる。ざらりとした感触があった。
「それ、舐めて」
グラスの縁についた少量の砂糖。スノウスタイルにされたグラスだったが、場所を選べば苦手な甘いものは口にしないで済むはずなのに。至はぺろりと舌先を使い、縁についた砂糖を舐め取った。
「せんぱ……」
千景の唇が近づいてくる。他人もいるところでなんて、と拒む気持ちは、ほんのわずかだった。
「……せっかく砂糖舐めて取ってあげたのに、キスしたら意味ないじゃないですか」
「茅ヶ崎の唇なら、甘くてもいいかと思って」
「予告なくデレるのやめてもらえません?」
居心地が悪そうに周囲を見回すと、千景が気づいてふっと笑う。
「周りは気にしなくていい。ここ、そういう・・・・ところだから」
「あー……」
意識して見てみれば、どうにも同性のカップルしかいないように思う。それは別に構わないのだが、それならそうと早く言っておいてほしい。もっと早くに千景の唇をもらえたかもしれないのに。
「俺相手なら、苦手も苦手じゃなくなるってことですか」
「そうだなあ……」
「じゃあ、ネコもですかね」
意地悪をしたくなって、くくと喉を鳴らしながら笑う。
「にゃあん?」
ネコの鳴き声を真似しながらすいと覗き込んでみると、千景はぱちぱちと目を瞬いた。まさか鳴き声だけで鳥肌が立つほど苦手なわけではないだろうが、ネコを敬遠する様も見てみたい。
「茅ヶ崎……」
呆れたように息を吐く千景に、もう一度。
「にゃーん。にゃあ」
「塞ぐぞ、口」
「それは物理的な意味で? それとも殺意的な意味で?」
「どっちもかな」
本当に物理的に唇が塞がれる。なんだか怒ったような舌先を受け入れて、アルコールの香るキスを楽しんだ。
「ん……殺意は?」
「こういう店で不用意にネコ発言するな。狙われるぞ。カップルだけじゃないんだから」
「先輩がいるなら安全でしょ。ネコって警戒心強いし。なついた相手にはデレデレみたいですけど」
「茅ヶ崎、そのカクテル早く飲んで」
とん、と肩を押されて、密着していた体が離れる。少し素っ気ない物言いが気になって、至は自身のカクテルに視線を落として首を傾げた。
「この店出るぞって言ってるんだ。お前への視線がうっとうしい」
「……何杯でもオゴッてくれるって言ったくせに」
視線なんか感じない、と文句を垂れながらも、グラスを持ち上げる。千景が言うのならそうなのだろう。至としても、自分がそういう視線を浴びるのは本意ではない。
「まさかこれがご褒美だなんて、本当に思ってるんじゃないだろう?」
「え?」
「これから抱くんだよ。お前は俺専属のネコでいろ」
脳天に、必殺の一撃を食らった気分だった。二人でいるときの明け透けな物言いは、なつかれているのだろうかと、ウォッカ・アイスバーグを飲み干す。
「さてどこへ行きましょうかにゃん」
「やめろ」
「とか言いつつ人のケツ撫でないでもらえません? しっぽなんかないですよ」
「茅ヶ崎なら可愛いかなと思って」
「先輩わりと俺にベタ惚れですよね」
「気づくのが遅い。行くぞ茅ヶ崎」
そうしてふたり、夜の街へと消えていった。
続編「ネコと甘いもの」
#両想い #ラブラブ #千至 #ワンライ
悪魔でペテン師
失敗したわ、マジで。
草食系だとは思ってなかったけど、こんなに肉食系だとも思ってなかった。
先輩の舌が、俺の舌を捕らえる。逃げ惑う暇もなくて、強く吸われた。
「ん、う……っ」
マジか。俺の声かこれ。なにこんな甘ったるい声出してんの? どっから出てんの? 止めるべきか、これは。先輩だってさすがに萎えないか?
自分から出てるとは思えない、思いたくない声を、俺の惚れた人はどう思うんだろう。互いの気持ちはなんとなく察していながらも、実はキスなんかするの初めて。小学生か。
おかげで勝手が分からないっていうか、思考が働かないっていうか、ログインできない。詫び石もらえるかなこれ。
力強い舌が、何度も、何度も、俺を縛り付けるように絡んでくる。ぞわぞわと背筋を這い上がる〝何か〟は、嫌悪感じゃないんだろう。
いやマジないわ。キスがこんなに気持ちいいとか。この手練れさんめ。ムカツク。
先輩は今まで何人とこういうお付き合いをしてきたのか、確かめるすべはない。だって訊いたところで絶対噓つくからな、このペテン師め。そういやオズワルドはかっこよかったわ、腹立つ、クソが。
「……茅ヶ崎、何考えてる?」
ちゅ、と濡れた音をまとって、先輩がようやく解放してくれる。別にがっかりはしてない。突然で驚いただけだから。
は、は、って浅い息を繰り返しながら、眼前の先輩をにらみつけてみる。
「慣れてんですね、キス」
「別に普通だと思うけど? そりゃまあ二つ年下のゲーム廃人よりは慣れてるかもしれないが」
「腹立つ。今の今まで手も出してこなかったのに、解禁したらがっつくとかアリか、このペテン師」
「綴の当て書きは間違ってなかったってことだろう。……嫌なら、やめるけど」
先輩が眼鏡を押し上げながらそう呟く。あざとい。この人自分がその仕種似合うって分かっててやってんだろ。ときめくわアホが。
嫌なわけない。ずっとキスしてほしかったのに、なかなかしてくれないからって、俺の方からしたんだ。釣れたのはホッとしたし、ようやく一歩進めたのも嬉しいんだよね。
ただ、俺が予想してなかったことをアンタがしてくるから、戸惑ってるだけ。
ソファの上で向かい合って、触れるだけのキスだったかと思えば、指を搦め捕られて引かれ、体が密着した。それだけでもドキドキしてヤバかったのに、こんな深くて長いキス、ずるい。
「嫌がってるように見えます?」
「ちっとも」
そういうとこな。そういうとこな卯木千景。自分のテクによほどの自信があるのか知らんけど、少しはしおらしくしてればかわいげもあるのに。
だけど事実、嫌じゃないんだから困る。俺は先輩のことが好きで、もっと言えば愛してて、たぶん先輩も同じような気持ちを持ってくれている、はず。
過去なんか気にしないと言えないのは、俺の愛が足りないのか、先輩からの言葉が足りないのか。
……ちょっと待て。俺、先輩から何も言われてない。
そりゃ先輩の気持ちは分かってるつもりだし、こんなキスまでされてるんだ、言葉が欲しいなんて女々しいことは言いたくない。言いたくないけど、女々しくていいからやっぱり欲しい。
「キスだけうまい男に惚れたつもりないんですけど」
「キスより先もうまければいいのかな?」
「そこじゃないでしょ!」
あーもう、正直、卯木千景攻略マニュアルが欲しい。選択肢出てこない。リアルの恋愛でこんなに手こずるとは思ってなかった。どう言えば、俺の欲しいアイテムくれんの、この人は。
俺は大きく息を吐いて、疲れ果てたように頭をソファの背もたれに預けた。はっきり言わないと駄目なのか。疲れるわマジで。おつおつ、俺。
「冗談だ。茅ヶ崎があんまり可愛いこと言うから、少しいじめたくなってね」
「は?」
「……好きだ、と、何度言えば足りるかな?」
俺が目を見開いたその先で、先輩はそっと眼鏡を外す。なにその突然のデレ。欲しがっておいてなんだけど、あまりにも現実感がなかった。
先輩の指が、俺の口許を拭っていく。さっきのキスで唇を濡らしていた唾液を持っていかれたのだと分かる。その指先についた唾液をこれ見よがしに舐め取る様を目の当たりにして、俺はようやくハッとしてカッとなった。
これは悪魔の囁きだ。なんてことだ、恋人は悪魔でペテン師なのか。
「それとも、愛していると言えばいい?」
ああもう降参です。降参するんで、そう色っぽい声で俺を翻弄しないでください。
#両想い #千至 #ワンライ
小悪魔みたいな
誰にも心なんか許さない。家族と認めた〝あのふたり〟以外に、心を持っていかれることは絶対にない。一生涯だ。
俺は、大袈裟でなくそう思っていた。
安らげる場所なんてない。ましてや恋だなんて馬鹿げたこと、自分には一生関係ない。そんな感情を抱く相手はいないと思っていた。
「茅ヶ崎。そろそろどいてくれないか」
「無理。今から中ボス戦なんでー」
「俺の膝を枕にか」
MANKAI寮103号室、茅ヶ崎が持ち込んだソファの上で、俺はうんざりといったふうにため息をついた。
というのも、かれこれもう数十分、茅ヶ崎の頭が俺の膝を占領しているからだ。
ポータブルのゲーム機を手に、前髪をアップにして留め、いつもの部屋着で楽しんでいる。それは別にいい。頭を乗せる場所が、膝でなければ。
「あ、ちょっと硬いんで柔らかくしてもらえません?」
「無茶言うな。寝転がりたいんだったら枕持ってきてやるから、いったん退け」
「枕だとなんか物足りない」
「いつもベッドで使ってる枕だろう。合わないのか?」
春組の公演を無事に終えてからは、茅ヶ崎との個人間契約もあってないような物になった。ゲームをしている時間に部屋に入っても何も言われないし、ときにはガチャだかなんだかを手伝わされることもある。
だいぶ気を抜いてしまっている自覚はあった。仕事で疲れているのもあったかもしれない。ただ流れで、ソファの空いている部分に腰をかけてしまったのがいけなかったのだろう。
五分ほどおとなしくゲームをしていた茅ヶ崎が、急に体勢を変えたのだ。俺の膝を枕にソファの上で寝転がるという、今の状態に。
確かにこのソファは茅ヶ崎の私物だが、了承も得ずに腰をかけただなんて心の狭いことを言う男ではないはずだ。
「別にそういうわけじゃないですけど。……案外鈍いなって」
「鈍い? 何が」
どうにも話がつながらない。何が鈍くて、鈍いとなぜ膝を枕にされるのか。空腹で茅ヶ崎の頭が働いてないのではと思うほど、意思の疎通ができなかった。
いい加減にしろと手を伸ばそうとしたそこで、ソファに手をついた茅ヶ崎がぐんと伸び上がってくる。
ちゅ。
ぺろ。
乾いた唇と、濡れた舌が、俺の唇をかすめた。
「な、……なに、してるんだ、茅ヶ崎」
「いつキスしてくれるかなって、待ってたんですけどね、じれた。先輩の馬鹿」
不機嫌そうに眉を寄せ、生意気に文句を吐いてくる。不意打ちを食らうなんて、俺としたことが。
だいぶ参っていると自覚する。疲れているという意味ではない。
キスを待っていたという男を、なかなかキスをしてくれないから自分からしたという男を、悪態をついてくるその拗ねる様までもを、こんなにも可愛く思うだなんて。
どうかしている。本当にどうかしている。
心を全部明け渡すなら〝あのふたり〟にだろうと思っていたのに、よりにもよって。
「まだしない方がいいかなと思っていたんだけど。キスだけじゃ我慢できなくなるだろう? 茅ヶ崎が」
「先輩の方でしょ、それ。俺を抱きたくなるからキスしないなんてこと、とっくに知ってましたよ」
よりにもよって、俺の心を全部持っていくのは小悪魔みたいな同僚だった。
「愛してますよ、先輩」
ああもう降参だ。降参するから、そう色っぽい目で見上げてこないでくれないか。
#両片想い #千至 #ワンライ
2.22のガチャ事情
カクテルキッスシリーズの挿話
どうしたものか、と、茅ヶ崎至は頭を抱えていた。抱えてとはいっても気分の問題で、実際に頭を抱えているわけではない。そんなことをしたら、せっかくの新規配信の画面が見えなくなってしまう。
至は両手で携帯端末を持ち、もう二十分ほど悩んでいた。
というのも、今日限定のレアカードが配信されているからだ。二月二十二日ということでにゃんにゃんにゃんの、既存キャラが猫みみ姿になっているという、なんともベタなもの。
しかしベタはベタだけあって萌える要素がてんこもりなのである。
公式のお知らせで見られたレアカードは、進化前も進化後もデザインがよく、またキャラの表情もとてもいい。しかも今日限定とあっては、ガチャを回さざるを得ない。
が、しかし。
「物欲センサー……」
欲しい気持ちを気取られすぎているのか、何度回しても目当てのレアカードがきてくれない。
もうここはさらに・・・課金して出るまで回すくらいしか思いつかない。
いつもなら純真無垢な咲也の手を借りるのだが、今は深夜だ。真面目な咲也はもう眠っているかもしれない。起こすのも忍びない。
ならば朝まで待てばいいと他人は言うだろうが、待てない気持ちほど厄介なものはないのだ。
もう一回。もう一回だけ回してみよう。そう思って、十連のガチャを回した。
「……マジ最悪。出現率上げろよ運営……っ!」
結果は、レア度で言えば高めのカードがきたものの、目当てのものではなかった。
もう何度回したのか分からないが、こういうものは回した数を覚えていたら負けなのだ。
「あれ、まだ起きてたのか、茅ヶ崎」
その時、小さなノックのあとにドアが開く。一応ルームメイトである、卯木千景のご帰寮だ。至はソファの上で、千景を振り向きもせずに画面を凝視しながらお帰りなさいと声を返した。
「遅かったですね、先輩。最近はこっちでまともに寝るようになってたのに」
千景は、職場の先輩でもある。海外出張が多く、接する機会はあまりなかったが、MANKAIカンパニーに入ってから、同室ということもあり、コミュニケーションは多くなってきた。だがしかし、いまだに謎だらけ、本質など見えてこない相手だ。
他人がいると寝られないらしく、公演前は本当にこの部屋で眠ることはなかった千景だが、どんな心境の変化があったのか、公演が終わってからはちゃんと部屋で過ごすようになっていた。
ゲームの邪魔をされなければ別に構わないし、他人に干渉されるのが苦手な部分は共感できるし、してもらえている。至にとって千景は、実に都合のいいルームメイトだった。
「ああ、ただの性欲処理だ。本当に面倒だよな」
「あ、なーる。……あんまりそういうこと言わない方がいいんじゃないですか? うちの劇団って、結構純粋培養多いから」
人である以上、本能として性欲は正常なものだ。それをどう処理するかはひとそれぞれであり、至が口を出すことではない。
ただ、千景の言葉を振り返るにあまり褒められた行為ではないようだ。オトナの世界を知らない者が聞けば、軽蔑さえしそうである。
「ああ、それは分かるよ。からかう材料にはなるけどね。とくに咲也や綴なんかそうだろ。あいつらどうしてるんだろうな、こういうことの処理」
千景もそれは理解しているようで、言う相手は選んでいるらしい。確かに至なら、純粋でもないし特に悪意もない。ルームメイトとして、お互いに必要な距離というものを、心得ていた。
「たまに思うんだよね。性欲とか全部、なくなればいいって。もともと欲しいものなんかないし、余計なんだよ。ああ、スパイスは別。あれは神の域だからな」
「先輩の物欲って、スパイスにしか反応しないんです? 女の子とか、お金とか、あるでしょ、いろいろ」
「ないよ。俺が欲しかったのは、……あいつら・・・・だけだったからな」
ふ、と笑う呼吸が聞こえた。至はそれを不思議に思って、初めて端末から視線を背け、千景を見やった。眼鏡の奥の瞳は寂しそうに揺れていたが、これは訊くべきか。訊かないでおくべきか。
(……たぶん、後者。そういうことを俺に望む人じゃない)
至は瞬きひとつ、ルームメイトとしての必要な距離を保ったまま、端末の画面へと視線を戻した。そこで、はたと気がつく。
(物欲がない? つまり、欲しくない・・・・・? ……センサー回避アイテムキタコレ)
「せーんぱい。ね、ちょっと頼まれてくれません? 画面のここ押すだけでいいんで」
そう言って、千景に端末の画面を向けてみせる。千景は心底嫌そうな顔をして、嫌だとそっぽを向いた。
「ほんの一秒指貸してくださいってだけじゃないですか。つれないなあ……」
「それをすることに対して、俺のメリットはないな」
「俺のゲームライフに潤いを与えられるじゃないですか。ちなみにレア引けなかったらコロス」
にこやか笑顔から一転、細めた目で千景を睨みつけると、彼は肩を竦めて息を吐く。メリットどころかデメリットだけだと。
「茅ヶ崎は本当に裏表が激しいよな。うすうす感づいてはいたけど、ここまでとは思わなかった。そんなに欲しいカードなのか?」
「ゲームは俺にとっての神の域なんで。このガチャ今日限定なんですよ。にゃんにゃんにゃんの日で猫耳つくあれ」
「……欲しがる理由が分からないけど、引けるまで頑張れば?」
「引けないから、先輩の指貸してって言ったんでしょう。物欲センサーに引っ掛かって推しがこない」
千景に力を貸してもらうのは諦めて、単発で回してはみたものの、やはりこない。がくりと項垂れて端末を手から離すと、珍しく千景が隣に腰をかけた。
「指、ねぇ……色気があるんだかないんだか」
「え、なんですか? あ、ちょっと」
「大丈夫、画面は触らない。……ふうん? これが茅ヶ崎のハマってるゲームなのか」
千景が至の端末をひょいと持ち上げ、つまらなそうに首を傾げる。興味もないのだろうなと思うより先に、ふわりと香る香水の匂い。
(……あれ……)
慣れない香りだ。言葉で認識するより早く、脳がそう認識していた。千景の香りではないと。
「先輩、これ」
「なあ茅ヶ崎、物欲センサーって、これを欲しいと思わずに回せばいいんじゃないのか?」
この香りは誰の、と訊こうとして、訊く理由がないのに気づく前に、千景が端末を返してくる。そんな分かりきったことを、さも名案だと言わんばかりに告げられて、むっと口が尖った。
「それができれば苦労しないですよ。だから物欲のない先輩の指貸してって――」
そんな至の顎を、千景の指先が撫でる。ほんのわずかな力で振り向かされたと思った次の瞬間、口唇に何かが触れていた。
「ああ、聞いたよ。それに対して、俺のメリットがない、と返したな?」
「……な、ん」
すぐにその感触はなくなったとはいえ、今のが何だったのかくらい、分かる。
それは確かに千景の口唇だった。
至は目を見開いて、目の前にある千景の顔を凝視した。
「キスしたくらいで、なにを驚いてんだ? 童貞じゃあるまいし」
ニ、と口の端をあげる千景にハッとして、至は眉を寄せながらも舌先でぺろりと口唇を舐め、挑発的に笑ってやった。
「まさか」
「そのカード欲しいって思う余裕がなくなればいいのかな? 今ボタン押せばよかったのに」
「理屈は分かるんですけどね、ガチャ回す暇なかったし、そもそも先輩とキスしたって推し欲おさまるわけないし」
意識を他のものに向けさせて、物欲がダダもれていないその隙にガチャを回せばいいという理屈は分かる。
分かるが、分かりたくない。
「へえ、言うなあ」
肩に、千景の手が回される。そのまま引き寄せられて、吐息が感じられるくらい近づいた。
「じゃあもう一回試そうか」
「ハハハBL展開キタコレ。冗談はここでやめといてくださいね、先輩、――」
千景の特技は嘘を操ることだ。それは劇団での公演を経て知っていたし、どこまでが本気でどこからが嘘なのか分からないのも、ゲームとしてはおもしろかった。
だけどまさか、本当に。
「んぅっ……!?」
本当にもう一度試して来るなんて思わないだろう。
触れて、覆ってきた千景の口唇に目を瞠るも、入り込んできた舌先に、反射的に目を閉じてしまった。
ぬらりとした舌が、至をすくい上げる。つんと舌の裏をつつかれて、逃げたつもりが捕らわれて、強く吸い上げられた。
「んんっ……! んぐ」
舌を絡めて引っ張られ、千景の咥内へ誘われる。千景は至の中を荒らし、互いの真ん中で舌が絡み合った。
「ふ、……ぅっ……ん、は」
舌のサイドをなぞられ、びくりと腰が揺れたのを自覚する。ちゅ、ちゅうと立てられる音はわざとだと分かっていて、羞恥が競り上がってきた。
(まずい……っていうか、ヤバ……)
千景相手に、抵抗がない。それどころか、気持ち良くなってきてしまっている。別に経験のない童貞じゃあるまいし、キスなんかで物欲を消せるとは思っていない。
「ん、んん……ふぁ」
「茅ヶ崎、駄目だろ……まだだ」
かたかたと手が震える。ガチャのボタンを推したいわけではない。もう少しキスをしたいだけ――そう思ってしまったことに気がついて、千景を押しやった。
「先、輩」
だけど許してくれず、また引き戻される。口唇が再び覆われる直前に見えた、眼鏡の奥の瞳は、面白そうに輝いていた。
「う……んぅ」
じぃんとしびれるほど、甘い痛みが至を覆う。酸欠のせいか、それとも浮される快感のせいか、頭がぼんやりとしてくる。鼻孔を通っていく香りが千景の香水でないことに若干の苛立ちを感じながらも、舌と一緒に絡められた指先に胸が高鳴った。
「茅ヶ崎、こっち……ここ、な……ほら、いいよ、押して」
促された指先が、端末の画面を撫で、押したようだった。
独特の、それでも聞き慣れた機械音が耳に入ってくる。
「え、あっ?」
思わず顔を離してしたを向き、画面を確認する。今度は難無く離れることができて、ほんの少し、寂しい。だがそんな寂しさにもキスの余韻に浸る暇もなく、至の目は見開かれることになる。
知らないうちに回されたガチャは十連の方。これを最後に、必要な石が消費された状態だった。
「マジか」
だが至が目を見開いたのは、石を消費してしまったからではない。画面に、欲しかった限定SSRが表れたからだ。
「っしゃあ!」
思わず拳を握り、スクショまでぬかりなく撮ったところで、目が点になる。
続けざまにもう2枚、出現率がそう高くないはずの限定SSRが開かれた。
「…………神引きキタコレ」
いっそ、うさんくさいほどの好運に、テンションが上がりすぎて逆に冷静になってしまう。
(これは夢だ夢にちがいないそうに決まっている、だが何かの間違いでこれが現実だったとして、このあとバグでも起こったら困るしスクショだけでも撮っておこう)
十連のカードが表示された状態でスクショを保存し、何かあってもこれを証拠に運営に問い合わせをしようかなどと、普段なら考えが及ばないことにまで意識が回った。
「欲しいのきたみたいだな。ハハッ、にゃんにゃんにゃんで三枚、ってとこかな?」
千景の楽しそうな声にハッとして、彼の存在を思い出した。振り向いた先では、濡れた口唇を拭い笑う男。
「茅ヶ崎、お礼は?」
「…………………………アリガトウゴザイマシタ」
「棒読み。まあいいけどな。それなりに楽しめた」
千景のおかげかは分からないが、物欲どころではなくなったのは、確実に千景のせいである。三枚のSSR、進化させるには充分で、コレクションとしても申し分ない結果。
たかがキスのひとつやふたつ、目くじらを立てることもあるまいと、至は顔を引き攣らせながらも礼を告げ、大仰に息を吐いた。
「次も俺を頼れよ茅ヶ崎。夜中に咲也起こすんじゃないぞ」
「先輩頼るくらいなら、咲也が起きる時間まで待ちますよ」
そうだ、たかがキスのひとつやふたつ。
気持ち良かったなんて認めたくもない、キスの、ひとつや、ふたつ。
至は、足元から競り上がって来る羞恥心をどうにか悟られないようにと、ゲームの画面に集中する。せっかく引けたSSRを進化させて育成して、ゲームに役立てよう。
「明日も仕事だろ。って、もう今日か。早めに寝ろよ、起こす義理はないからな」
「余計なお世話です」
千景は満足そうにソファから立ち上がり、ナイトウェアに着替えて自分のベッドへ上がっていった。
声は震えていなかっただろうか、手が震えているのは気付かれなかっただろうか、顔が赤いのは気付かないでいてほしいと、逸る心臓を押さえようとした、その時。
「あ、そうだ茅ヶ崎。ルームメイトだから一応言っておくけど」
ベッドの上から身を乗り出して、千景が楽しそうに見下ろしてきた。
「俺、女の子嫌いなんだよね。おやすみ~」
それだけ言って、千景は体を引っ込める。
ガゴン。
至の手から落ちた端末が派手な音を立て、千景のベッドの方からかすかな笑い声。
「え、…………ガチで?」
至の小さな呟きには、誰もなにも返してくれない。
千景の、どこまでが冗談なのか分からないその一言で、至はその夜一睡もできなかったという。
#シリーズ物 #カクテルキッス
結べないのはチェリーだけ
れに笑って、手始めにと額にキスを降らせた。
「アンタが好きだって言ってくれんなら、結べなくてもいい……」
「くすぐってぇ」
「キスしてないところあったらダメなんだろ」
額に、まぶたに、眉に、頬に、そっと髪を避けて耳に、十座は口唇を落としていく。くすぐったさに身をよじる左京の名を呼んで、ありったけの愛情を注いだ。
「ん、ぁ……」
「前から思ってたが、アンタ耳も弱いよな、左京さん。……サラサラの髪の毛、こうやって耳にかけてキスをすると、色っぽい声出してくれる。可愛い」
「かわ……三十路の男に言う言葉じゃねーぞ」
「本当にそう思うんだから仕方ない。普段隠れてるとこは弱いって言うけど、本当だな」
ニ、と口の端を上げる十座の瞳に情欲の炎を見つけ、左京はぞわりと肌をあわ立たせる。こんなふうに男の顔を見せておきながら、キスが下手だなんてのたまう高校生の、アンバランスさ。
「てめぇは本当にタチが悪いな……」
左京は目元を覆い、長く息を吐く。可愛いなんて言われて嬉しいはずがないのに、この男相手にだけは心臓が跳ねてしまう。
「駄目っすか……?」
「駄目じゃねぇ、馬鹿」
それくらい惚れてしまったのだからしょうがないなともう諦めて、十座の背中に両腕を回した。
一日の終わり、夜の始まり、結べなかった茎の変わりに視線と舌と愛の言葉を絡めあって、確かめる。甘い甘い、キスの味。
#両想い #ラブラブ
金色の曼珠沙華
おわりとはじまり
はあ、と止めていた息を吐き出した。自分の下でふるふると体を震わせる恋人を見下ろして、十座は言いようのない幸福に包まれる。
「あ、あ……はあっ……」
部屋に呼んでくれただけではなく、十座が切り出す前に手を伸ばしてくれた左京を、いつもより激しく抱いたような気がする。
乱雑に脱ぎ捨てられた衣服の傍で寝転んだまま、汗で額に張り付く金色の髪を指先で払ってやれば、くすぐったいというように綺麗な紫色の瞳で睨まれた。
もっとも、そんなに頬を紅潮させていては威力は半減するし、それどころか別の威力に変わってしまう。まったく自分というものを分かってないひとだ、と十座はその額に唇を寄せた。
「ん……っ、馬鹿、動くんじゃねぇ……」
まだ入り込んだままだったせいで、左京が反応をしてしまう。悪いと思うよりも先に、また欲が膨れ上がってしまうのは、もうどうしようもなかった。
「左京さん、もう一回……」
そう言って耳元で囁くけれど、左京は十座の体を押しやってくる。
「冗談言うな、ちょっと……休憩くらいさせやがれ……この体力馬鹿が」
ダメなのかとがっかりしかけた十座だが、どうやら時間をおけばいいらしい。それくらいは我慢していようと、十座はゆっくりと左京の中から引き抜いた。
「兵頭、水……取ってくれ……」
「ん、あ、ああ……喉、大丈夫っすか。あんなに声出してたし……」
十座は側のテーブルに置かれていたミネラルウォーターのボトルを左京に手渡す。蓋を開ける力が入らないらしく、十座はカシュリと開けてやった。
「誰のせいだと思ってやがんだ、あんなに……その、しなくても、いいだろ……」
体を起こして水を飲む左京の頬が、赤い。責められているのは分かるが、正直そんな可愛らしい反応をされてもからご褒美にしかなっていない。
水を飲み込んでいく左京の喉が動くたび、十座の中の欲が膨れ上がる。左京にあまり負担をかけたくないのは本音だが、そうそう落ち着いて待ってもいられない。左京に触れたいのだ。
「左京さん」
左京の傍に手をついて、お窺いをたてるように名を呼ぶ。一瞬向けられた視線はすぐにふいと逸らされて、重なってくれない。まだお預けだというサインだろうか。
「なあ……」
耳元に唇を寄せ、吐息と一緒に囁く。左京がこの声に弱いらしいのは気づいていて、わざとだ。耳から顎のラインを鼻先でなぞり、白い肌をちゅっと軽く吸う。抵抗はされていないが、受け入れきってもくれていない。
「待てって、言ってんだろうが、おい……どんだけ堪え性ねえんだお前は」
「全裸のアンタ前にして、堪える理由が分からねぇ」
「俺の体力を考えろ。お前と違ってこっちは三十路なんだよ」
無理に押し倒すことはできたけれど、それをしたら左京が怒るのは目に見えている。三日くらい口を聞いてくれなくなるかもしれなくて、それなら欲を我慢する方がまだマシだ。
十座はおとなしく身を引いて、残念そうに視線を下向けた。
「それにな……」
そんな十座に、左京の手がゆっくりと伸びてくる。優しく髪を撫でられて、十座はぱちぱちと目を瞬いた。
「もう少し待ってろ」
「……左京さん?」
そうして左京は、どうしてか携帯端末を手に取る。大事なメールでもきたのだろうかと思ったが、すぐにテーブルへと戻したあたり、そういうことでもないらしい。
「兵頭」
携帯端末から離れた指先が、顎に触れてくる。それは口唇へ移り、右から左へ、左から右へ、ゆっくりと形をなぞってきた。ひどく官能的な指先の動きに、十座は戸惑い、瞬きさえ忘れてしまう。
「さ、左京さ……」
「キス、していいか」
一通りのコトを終えたあと、この状況で、わざわざ訊ねてくる真意が分からない。だけどよくないわけはなくて、頷くーー前に、左京の口唇を感じていた。
左京からのキスは珍しい。体を重ねてはいても、どうしても自分の方が想いが大きいことは自覚していて、たまに向けられる左京からのこんな優しさには、舞い上がってしまう。
触れるだけ。つい数分前まであんなに情熱的に繋がっていたとは思えないほど、穏やかで静かな口づけだ。左京はもしかしてこういうキスの方が好きなのだろうかと、合わせるように口唇を押し当てる。
両手で頬を包んでくれるその手も優しくて、怒られないようにと祈りながら、左京の案外華奢な体を抱きしめた。
「ん……」
触れるだけのキスが、ゆっくりと深いものに変わっていく。そうしてくれたのは左京の方からで、十座は口を開いて左京を招き入れた。舌を捕われて、絡んだと思ったら、いつのまにか互いの指先も絡んでいて、指先と口唇のキスで遊んだ。
「ふ……ぁ」
「……っん」
触れて、離れるかと思った手前でまた触れて、左京の腕が背中に回されたことに歓喜しながら十座は左京の髪を撫でる。
離れることのない口唇をちゅうと吸い上げて、混ざった唾液を飲み込んだ頃、満足したらしい左京が肩にてを置いて押しやってくる。濡れた口唇と揺れる瞳が煽情的で、もう一回とおねだりしようとしたけれど、口唇に当てられた人差し指で止められた。
「兵頭……誕生日、おめでとう」
そうして囁かれた言葉に、十座は目を瞠った。
「え……、……は?」
誕生日、と左京は言った。おめでとうとも言ってくれた。壁にかけられた時計は午前零時を回っており、九月二十七日。十座がこの世に生を受けた日だ。
瞬きをひとつ。そこでようやく事態を把握して、再度目を瞠った。
「誕生日……」
「おいおい、まさか忘れてたってんじゃねぇだろうな」
「え、あ、いや、そうじゃねえが……だって、まさか左京さんが」
「俺が祝うとは思わなかったって? 色気のねぇこと言いやがるな、若ぇのによ」
コツ、と額を合わせられる。考えていなかったわけではない、付き合い始めてから最初の誕生日だ。できれば左京と一緒に過ごしたかったし、多少のわがままも聞いてもらえるかもしれないと思っていたのは本音である。
だけど、まさか真っ先に祝ってくれるなんて思っていなかった。
「ま、俺もガラじゃねぇけどな、こんなこと。分かってるさ」
だけど、と左京は続ける。
「十七歳最後の瞬間のお前と、十八歳最初の瞬間のお前に、キスをしていたかったんだ」
普段めったに見られない優しい顔つきで、恋人は笑う。たまらなくなって、十座は左京を強く抱きしめ口唇に触れた。
「左京さん……っ」
それは最初から深くて、食らうような激しいものになってしまったけれど、左京が嫌がるそぶりは見られなかった。勢いでそのまま膝の上に乗せてしまった時には、さすがに軽く舌を噛まれたけれど、
「まぁ……存分に楽しめ。お前の上でも下でも、今日は好きなようにしてやるよ」
そんなお許しをいただいて、十座はここぞとばかりに左京を堪能することになるのだった。
はあーと左京は長い息を吐く。まったくらしくないことをしたもんだと。おかげで体がギシギシと音を立てるかのように、痛い。
好きなようにしてやると言ったのを後悔したのは、多分三度目――体を転がされて、後ろから受け入れた頃だ。十代の体力にはついていけないと何度か身をもって知っているはずなのに、立て続けのラウンドを許してしまった。
ーーーー言わねーぞ。他の奴らに祝われる前におめでとう言いたかっただけだなんて、死んでも言わねぇ。
それはひとえに、自身で思っているよりもずっと兵頭十座に心を持っていかれてしまっているからだ。一回りも違う年下の男に、こうまで翻弄されているなんて、誰にも知られたくない。十座にもだ。
「左京さん、水、持ってきたっすけど……起きられるのか?」
「あー……悪い、ちょっと手ぇ貸せ……」
水をくみに行っていた十座が戻ってきて、左京は体を起こそうとする。しかしうまく力が入らなくて、これでは水を飲むのもままならない。
「すんませんほんと……全然抑えきかなくて」
「ちったぁ加減しろ、このエロガキ」
「……努力はする」
十座に手を貸してもらい、体を起こす。自身で支えられない体は十座の胸で支えられて、慣れた体温が左京を安堵させた。
「今日……一緒に出かけようかとも思ってたんだがな……」
「そういうことは早く言ってくれ左京さん。分かってたらセーブ、……いや、できなかったとは思うが……」
「プレゼント用意してねーからな、好きなもん買ってやろうと思ってた。悪い、ちょっとしんどい……」
水で喉を潤し、左京はこてりと床に体を横たえる。そんな左京の体をいたわるように、欲でなく撫でてくる十座の手のひら。今さらながらに、セーブできなかったことを後悔しているのだろう。
「プレゼントなら、充分もらっちまってる」
「あァ?」
「いちばん初めに祝ってくれたの、嬉しいっす。無茶させてすんません」
そんなことでいいのかと、左京は肩を震わせて笑う。ちょっと高めのスイーツでも取り寄せてやろうかと、心配そうに覗き込んでくる十座の髪を撫でた。
「んな顔しなくても、ちょっと寝たら平気だ。しかし安いプレゼントだな。もうちょっとうまくおねだりしてみりゃいいのに 。遠出はできねぇが、何か食いに行くか?」
「いや、いい。むしろこうして部屋でのんびりしてぇ。ベッドは……狭いかもしれねえが」
「スイーツやらなんやらはいいのか。遠慮するな」
左京に気を使っているのか、十座は首を振る。そんなに深刻になるほどの疲労じゃないんだがと、左京は重い腕を上げた。
「兵頭、もうちょっと甘えてくれてもいいんだぞ?」
「……なら、それ、来年欲しいっす。来年、アンタとふたりで出かけたい、左京さん」
その腕をパシリと取り、十座は手のひらに口づけてくる。左京はぱちぱちと目を瞬いた。
来年、と強調した十座の望みを悟ってしまって、口元が緩む。
「分かった、来年。心配しねーでも、ちゃんと祝ってやる。……恋人として、な」
「……っあざす」
十座の顔がパァッと明るくなる。普段からそういう顔をしていれば、強面なんて言われないだろうにと思うが、自分の前でだけそこまで崩れるのも悪くない。
「左京さん、あの、もう一回」
「無理に決まってんだろうが」
「あ、いや、そうじゃなくて、その……お、おめでとうってヤツ……」
そっちか、と左京は恥ずかしい勘違いに頬を赤らめる。まぎらわしい言い方をするなと怒りかけたが、誕生日くらい目一杯優しくしてやろうと息を吐いた。
「……おめでとう、兵頭。あのな、その……お前が思ってるより、ちゃんと……好きだぞ」
そうして十座が何かを言う前に、口唇をキスで塞いでやった。
#両想い #ラブラブ #誕生日
何度だって
隣を歩く人の横顔を、ちらりと見やった。雨の日は、差した傘の分だけ距離ができるから、好かねえ。
だけどその反面、雨で洗われた空気の中のこの人も綺麗だなんて思うから、厄介なんだ。
だけど、どうしたんだろう。さっきから、ずっと黙ったままだ。お互い口数の多い方でもねぇし、愛だの恋だの語り合える場所でもねぇ。
そもそもそんな会話、この人との間じゃ一度もしたことねぇんだからな。
いつも、いつだって、俺はこの人を抱くだけだ。
無理やりしているわけじゃねえ、とは思う。呆れて、諦めて、俺の欲につきあってくれているこの人に、俺がどうしようもなく惚れちまってるってだけ。
もちろん外で手なんかつなげねぇし、キスなんかもっとできねぇけど、俺はこの人が好きなんだ。
ぱたた、と安いビニール傘に雨が当たって音を立てる。滑り落ちてきた雫はそのまま地面に逃げていって、小さな水たまりに波紋を生んだ。
「……左京さん」
「あァ?」
「信号、変わるぞ」
青の点滅を繰り返す信号機。この長い横断歩道を渡りきる前に赤に変わってしまうだろうことは、すぐに予測ができるのに、その人――左京さんは足を止めなかった。もしかして気づいていないのかと、どさくさに紛れて指先を握って引き留めた。
「……ああ、悪いな……」
静かな声は、それでも雨音にかき消されることなく俺の耳に届く。俺が左京さんの声を聞き逃すはずねえ。
ああ、だけど本当に、どうしたんだ、この人は。これは、そうだ、あれだ、上の空ってヤツだ。
せっかくふたりきりなんだから浮かれてほしい、なんて言えない。誰がどう見たって俺の片想いでしかなくて、今日だって一緒に寮を出てきたわけじゃない。出先で偶然見かけて、俺が勝手に追いかけてきただけなんだ。
何かあったのか。
劇団の中か、それとも、左京さんの仕事方面なのか。
訊いてもいいもんかな、こういうのは。恋人でもねえ、ただ演技指導してもらって、……抱かせてもらってるってだけの、俺が。
「左京さん、あの……」
「兵頭、お前このあと時間あるか」
思い切って訊ねてみようとしたところへ、左京さんの声。
眼鏡のレンズ越しに見る瞳は、やけに寂しそうで、戸惑いを覚える。だけど俺が左京さんと一緒にいられる時間を減らしたいわけはなくて、こくりと頷いた。
「そうか……」
「左京さん、どうしたんすか。ぼんやりしてるし、なんか、悩んでるん、すか?」
「……いや、別に。この間お前に抱かれた時のこと、思い出してただけだ」
赤だった信号が青に変わって、左京さんは先に歩き出す。
俺の顔は赤くなって、左京さんを追いかけたけれど、気づいちまう。あんなのは、嘘だ。
ごまかして、丸め込んで、隠せていると思ってやがる。
「なあ兵頭、抱くだろ?」
左京さんが雨の中振り向いて笑う。
……まあごまかされてはやるけれど、ベッドん中じゃ容赦しねぇ。
「アンタがいいなら、余計なこと考えられなくなるくらい、抱かせてもらう」
悩んでるなら、吐き出せないなら、丸め込んで隠し通したいなら、何度だって抱いてやる。
アンタが悩む理由なんか、俺のことだけでいいじゃねえかよ。――なァ、左京さん。
そうやって、連れ込んだのか連れ込まれたのか分からない部屋の一室、夜通し抱いた。
左京さんが俺の腕の中で震えて泣くのは、雨の寒さでも快感からでもないと分かっていたから――。
#片想い #セフレ

