華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.292
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
『うぐっ……』「左京さん! ……――あ」 痛みにうずくまった彼を振り向いて、思わず叫んでしまったのは…
金色の曼珠沙華
favorite いいね ありがとうございます! 2017.10.01 No.292
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『うぐっ……』
「左京さん! ……――あ」
痛みにうずくまった彼を振り向いて、思わず叫んでしまったのは、主人公の名ではなく、左京の名。倒れ込む左京の姿に、一瞬で役から抜けてしまった。
「すんません、左京さん……」
「ああ、いや、構わねーさ。どこで止めるか決めてなかったしな」
倒れ込んだ左京に手を貸すと、素直に握ってくれる。無意識だったが、そこで十座はハッとして、内心慌てた。
(左京さんの手……案外でけぇっつーか……成人した男って感じなんだな……)
この手のひらに握られるのは、プライベートなら、恋人だ。いったい何人の女が、この手の感触を知っているのだろう。街中で、車の中で、ベッドの中で、手に触れる機会は多いのだろうなと、思わず強く握りしめた。
「おい、兵頭?」
「あ」
「離せ」
「す、すんません……」
その力強さに顔をしかめた左京が、諫めるように呼んでくる。十座は慌てて手を離し、ちょっと役の心情考えてたんでと言い訳をした。苦しいかなとは思ったが、
「ああ……この後のシーンは、主人公の腕引っ張り上げるとこだしな」
さすが芝居バカの左京だ、騙されてくれている。
「だが兵頭、お前何かあったのか? 台詞は台本のままだったが……あの、銃にキスするところ、なかっただろ」
「……アドリブっす。言えない想いだから、まさか彼女本人にするわけにもいかねーだろうって……思って。おかしかったっすか?」
「いや……いい演出だ。そのままラストシーンで同じことやりゃあ、ぐっと深くなるだろ。ただ、もうちょっと、仕草がな……」
貸してみろ、と手を出され、十座は持っていた銃を左京に手渡す。
本当に役に入り込んでの仕草だったが、左京のお墨付きをもらえたのだ、仕草への指導が入るだろうとはいえ、素人の十座にしてみれば合格点だろう。
「もうちょっとこう……優しくしてやれ」
左京の指先が、フロントサイトから銃身を滑り、シリンダーを撫でる。
『だから、帰んだよ、生きて、二人で』
一緒に、と囁いた口唇が、指先の軌道をなぞるように銃身に降る。左京の口唇が押し当てられたそこは、先ほど十座が口づけた部分――。
「なっ……さ、きょ、う、さ……!」
十座の頬がボッと染まる。意図していない間接的な口づけだ。しかも意識していない方からの。とんだ爆撃を受けたような感覚だ。ドックンドックンと胸は跳ね、顔から火が噴き出そうである。
左京は目蓋を少し伏せて、本当に優しい仕草で銃に触れる。大切な女に触れるための仕草だ。
そうやって目蓋を持ち上げれば、いつもの左京の表情に戻っていた。
「いくら戦闘中とはいえ、大事な女に触れる時くれぇ、ありったけの優しさくれてやれ」
ほらやってみろとばかりに、銃を手渡される。やはり左京の方はかけらも気に留めていない。間接的な口づけなんて、彼にとってはなんでもないことなのだろう。
「だ、大事な女ったって……」
「いるんだろ、好きな女が。稽古ん時とは段違いだぜ、お前の仕草。色気とまではいかねぇが、客の目を惹きつけるな」
「あれだけの演技で、分かるんすか。前と違うって」
「まあ……摂津と息の合った演技してるなってだけのよりは、今の……惚れた女と一緒に大事なダチ守ってるって演技の方が、ぞくぞくきたぜ? 演目が違うから、そわそわしたってのもあるんだろうが……違ったか?」
秋組の稽古よりも、意識して演技をしていたというのは間違いないだろうが、やっぱり分かってもらえないかと十座は眉を下げる。愛用の拳銃なんかに、惚れた女の名をつけたせいじゃない。
(アンタと一緒にやってたからだ、左京さん)
左京との立ち回りは新鮮だった。違う演目の、違う演技を見てほしかった。何より、ふたりきりで演じる世界が嬉しかった。
「お前が惚れた相手ってなぁ気になるが。ああ摂津のもだな。ハハ、若ぇよなお前ら。羨ましい限りだ。お前は不器用そうだがな……初恋なんじゃねーのか」
「……確かに、左京さんの言う通りっす。こんなん初めてで、どうしたらいいか分からねぇ。どうやったらあの人の目に留まるのか、どうしたら喜んでくれんのか……好きになってほしいなんて贅沢、夢にさえ思えねぇ状態なのに」
見てほしい。観ていてほしい。よくやったと笑って褒めてほしい。
本当は好きになってほしい。触れたい。抱き締めたい。この腕に閉じ込めて、口唇に触れてみたい。
「お前……まだその強面だってこと気にしてんのか? 怖がられたくないって、素直に認めて――」
『だから、帰んだよ、生きて』
十座は両手で銃を握って、祈るようにフロントサイトを額に当てる。
そうしてリアサイトに、シリンダーに、グリップに、フロントサイトに、そうして左京が口づけた銃身に口唇を落としていった。
『ふたりで、一緒に――守ろう』
願うように、彼女を撫で、口の端を上げる。
そうして見つめたのは、親友である主人公。
銃を下ろす。演技が終わった合図だ。いや、今のを演技と言っていいのかどうか。半分お役で、半分十座自身だった。
「……今の俺がやれるとしたら、こんな感じっすかね」
「怖ぇなお前……」
「怖い、すか」
「ああいや、お前が怖いんじゃなくてな。たった一回のアドバイスで、そんだけ上手くなんのかって……吸収の速さに驚いただけだ」
左京が口許を押さえて少し視線を背ける。もしかして、ドキドキしてくれたりしたのだろうか。もしそうなら嬉しいと、十座は無意識に微笑んだ。
「言っただろう、俺がお前を怖がることはねぇって。悩みがあるんだったら話せばいいし、アドバイスが欲しかったら遠慮しねーで言え」
十座は目を瞬いた。
左京は、十座が「怖がられることが怖い」ことを知っている。怖くないと強がっていたことも知っている。怖いという単語に、反応してしまったからか、弁解をしてきたようだ。十座としては、左京が言ってくれたあの言葉ひとつで、とっくに怖さなんてなくなっていたのに。
(左京さん……左京さん、俺は、アンタが……)
「俺も、アンタに言ったはずだぜ左京さん。アンタを怖いと思うことはねぇって。稽古中に怒られんのも、摂津とのケンカで怒られんのも慣れたし、下手くそな俺の自主練につきあってくれるし、すげぇ分かりやすいアドバイスくれる。アンタには、感謝しかねぇよ」
「……おい、どうした急に。俺は怖がられてなんぼの商売だって――」
「怖いと思ってるひとに、惚れたりできねぇ」
怖がられることは怖い――その感情を知らない人間に、無意識だった自分の感情を悟ることなんて、できるわけがない。
怖がられてなんぼだと言う左京こそが、怖がられることが怖くて仕方がないのだろうに。
「……あァ?」
怖がられることが怖いと思っている自分に、気がつきたくなくて、わざわざ怖がられる世界に身を置く左京に、どう言えば伝わるだろうか。
怖くなんてない。職業も、演技に対する思いも、技術そのものも、全部ひっくるめて、古市左京というひとが、好きなのだと、どうやって伝えたら。
「左京さん、好きだ」
どうやっても何も、答えに行き着く前に口唇が奏でていた。
言ってしまった。
言えるわけない、言ってもどうにもならない、言ったら終わりだ――そんな風にさえ思っていた言葉を、なんの躊躇いもなく口にしてしまった。
「何言ってんだ? 別にそんな持ち上げなくても、アドバイスくらいしてやるぞ?」
だけど、左京は理解してくれていない。
その気持ちは分からないでもないのだ。突然告白なんてされて、しかも同性にだ。すぐには信じられないだろう。何か裏があるのではと思ってしまっても仕方がない。
だが十座には、好きだと言う他に、どうやって言葉にすればいいのか分からない。
左京が言った通り、初めての恋なのだ。
「そうじゃねぇ、俺は本当に左京さんが好きなんす」
「お前なあ……役とごっちゃにすんな。今お前がやってた役は、親友の幼馴染みが好きで――」
「左京さん、聞いてくれ!」
飽くまでも信用しようとしない左京の肩を掴んで、揺さぶった。一度口にしてしまったのなら、今さら嘘でしたなんて言えない。言いたくない。左京への想いを嘘にしていいはずがないのだ。
「俺はさっき、あの銃に女を重ねてたんじゃねえ、主人公を大事に想ってる同士、一緒に守りたかったんだ! アンタを守る銃が大事なのは当然だろうが!」
「おい兵頭、正気に戻れ。お前は兵頭十座で、普通の高校生で、日常的に銃ブッ放す危ねぇ男じゃねえんだ」
「普通の高校生じゃなかったら、アンタと同じ世界にいたら、信じてくれたんすか」
「馬鹿なこと言うんじゃねえ! こっちの世界きやがったらそれこそブッ殺すぞ!?」
「だったら! だったら今信じてくれ、左京さん。俺は本当にアンタに惚れてるんだ」
左京の世界がどんなものなのかは分からない。世間的に受け入れられる場所ではないと分かっていても、同じ世界にいられるのならと、馬鹿なことを考えてもみる。
だけど左京はそうすることを拒絶してくれた。
怖がられることを怖がっていたお前が、わざわざこちらに来るなと。
それは都合の良すぎる考えかもしれないが、左京の優しさはちゃんと知っている。
そんな左京を、心の底から、体の芯から好きなのだ。
「……信じてくれ、左京さん」
もうこれ以上、どうすればいいのか分からなかった。
十座は掴んだ左京の肩をそのまま抱き寄せ、口唇へと口づけた。
銃身に口づけた時よりも、そっと、そっと。
押しつけた口唇を離せば、すぐさま体を突き飛ばす腕があった。当然左京のものだ。
「てっ……め、なにしやがる!」
十座の口唇が触れた部分をぐいと拭って、あからさまな拒絶を示してくる。ああそれはそうだろうなと、十座は眉を寄せた。
「言わなきゃ、分からないわけでもないだろう、いい大人が。俺はアンタに触りたい、キスをしたい。もっと言えば抱きてえんだ」
「ふ、ふざけてんのか! いくらなんでもこんなっ……頭冷やせ!」
「ふざけてねえ! これ以上どうやったら、アンタに伝わるんだ!」
珍しく、万里以外を相手に声を荒らげる。
好きだと言った。押しつけるだけのキスもした。これ以上なにをどうやれば、左京に信じてもらえるのか。
受け入れてくれとは言わない、せめて信じてほしい。
「どうやるも何もあるか! てめぇ、いくら摂津と対等張りたいからって、恋してる振りまでしやがって……!」
「なんでここで摂津が出てくるんだ! アイツの演技観る前から俺はアンタがっ……」
「うるせえ、俺がお前に目ぇかけてんのは、芝居への情熱が気持ちいいからだ! こんなことで汚してくれんな!」
「左京さん、だから俺は……!」
どうにか想いだけでも信じてもらおうと、踏み込んだ十座に、さっきまでやっていた演目の台本が飛んでくる。十座はとっさにそれを受け止めたせいで、背を向ける左京を引き留めることができなかった。
「演じてるお前のことは、信用してる。……裏切ってくれるなよ、兵頭」
左京は振り向きもしないままそう呟き、レッスン室を後にしてしまう。
とりつく島もないとは、このことだろう。十座は項垂れて、ぐしゃりと髪をかき混ぜた。
受け入れてもらえるなんて思っていなかった。そんな贅沢、夢にも思っていなかった。だけど、信じてもらえないとも思っていなかった。
「どうすりゃよかったんだよ……」
言わなければよかったのだ。それは理解できる。
だけどあの瞬間、想いがあふれて、あふれ過ぎて、しまいこんでいられなかった。
真剣に芝居に取り組んでいる自分に対して、嫌な顔ひとつせずつきあってくれる左京に。間接的とはいえ触れてしまった口唇に。
何を思って演技していたか、知ってほしかった。見てほしかった。
「左京さん……俺は、本当に、アンタが」
好きなんだ。
それはもう、小さな呟きでさえ音にはならなかった。
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