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空に、花を
帯を結んでもらい、最後に衿を整えてもらった。
「お、おかしくない、かな?」
「はいはい大丈夫よ。胸とか苦しくない?」
訊ねてきた母親に、うん大丈夫と答えて、姿見の前に立つ。そこに映っているのが自分だとは思えずに首を傾げるのに、どうしてか違和感はない。桂は巻かれた帯を見直して、ふふ、と笑った。
「じゃあ、行ってくる。あ、……あの、もしかしたら遅くなるかもしれないから、先に寝てていいよ」
「どうせなら泊まってきたらいいのに。どうせお隣でしょ?」
「え、あ、うん、そうなんだけど……じゃあ、そうする」
行ってきますと玄関で下駄を履き、背けた顔を赤らめた。もしかして、気づいているのだろうかと。いや、違うはずだ。お隣さんの「幼馴染み」とは、家族ぐるみでつきあってきたし、幼馴染みが両親の海外転勤についていかず日本に残ってからも、たびたびお泊まりしてきたのだから。
まさか。
「晋助、遅くなってごめん」
まさかお隣さんの幼馴染みと、恋人同士だなんて、気づいてはいない、はずだ。
「わ、晋助、カッコイイな。浴衣似合う」
「おっせーよ、かつ、……ら」
幼馴染みの名は高杉晋助。同い年の高校男子。
その高杉が、玄関の前で桂を振り向き、目を見開き言葉を失ったようだった。
それもそのはずだ、桂の今日の装いは、とても高杉と同じ高校男子とは思えないものだったのだから。
「か、桂……なにその格好」
「やっぱりおかしいかな? 母さんに着せてもらったんだけど、こういうの初めてだし」
今日は花火大会だ、せっかくだし夏らしく浴衣で、とお互いに和の装いをしよう。そう言ったのは桂で、頷いたのは高杉。高杉は薄い灰色の浴衣をちゃんと着付けて桂を待っていたのだが、今目の前に現れた桂は。
「いや、おかしかねェけど、なんで……女物」
高杉とは違い、桂は女物の浴衣で可愛らしく装っていた。青色の生地の、胸元と裾にちりばめられた撫子は、黄色の帯をよく映えさせていて、華美でもなければ地味でもない。おまけに、いつもは下ろしている長い髪をアップスタイルにしており、花の髪飾りからは匂いさえしそうなほどだった。
「あ、あの……こ、これならその……晋助と手をつないで歩けるかなって思って。晋助、こういうの嫌か? 嫌なら、着替えて」
「馬鹿、嫌じゃねーよ。そんな可愛いこと言われて、嫌とか言えるわけねーだろ。ちょっとびっくりしただけ、全然予想してなかったから」
やっぱり男がこんなモノ着ても駄目かなと苦笑した桂に、高杉は慌てて弁解する。驚いたのは事実だが、手をつないで歩きたいと言われて、嫌だと言えるわけもない。異常なほど似合っていないのならそれも考えたかもしれないが、桂にその装いは、異常なほどよく似合っているのだ。
「すっげェ可愛い、桂」
「そうか? ありがとう。晋助、改めて……誕生日おめでとう」
褒められて、桂は頬を染める。余計な化粧などせずとも、その頬の色が充分桂を際立たせる。それを見て、祝いの言葉をもらって、高杉も嬉しそうに口の端を上げた。
そう、今日は花火大会で、それ以前に高杉の誕生日。桂の誕生日をサプライズで祝ってくれた高杉に、こちらもサプライズで返したかった桂の作戦は、どうやら成功したらしい。
「サンキュ。じゃあ、ほら、行こうぜ」
高杉は少し照れくさそうに桂に手を差し出した。桂も手を差し出して、それに重ね合わせる。指を絡めて、一緒に歩き出した。
外で、こんなに堂々と手をつないで歩くのは、実は初めてだ。男同士という後ろめたさがどうしても根底にあって、周りの目は気にかかる。
だけど今日は、女の装いをした桂と、男の装いをした高杉だ。桂の美貌も手伝って、普通に男女の恋人同士に見える。手をつないでいても、誰も不思議に思わない。
「なあ、それおばさんに着付けてもらったのか?」
「うん、だって俺女の子の浴衣なんて自分じゃ着られないよ。晋助との勝負に負けて罰ゲームなんだって言ったら、笑ってたけど」
バレてんじゃねーのそれ、とは、高杉は口にはしなかった。親というものは、自分たちが思っているよりずっと子供のことを見ているものだ。
だけど気づいているにしても、特に何も言われていない。こんなに可愛く仕上げてくれたとこを見るに、もし気づいているのなら、歓迎の意なのかもしれないと、都合のいいように解釈した。
「でも、なんでだろうな。俺、こういう格好するの初めてのはずなのに、なんかしっくりくるっていうか……ずっと前にも、あったような気がして」
「ふぅん……? まあ何にしろ、気分いいよな」
「何が?」
「前から綺麗だし可愛いとは思ってたけど、こんなに美人だとは思ってなかったからさ。気づいてねーの桂、いつもより周りからの視線が多いの」
「えっ、なっ……」
惜しげのない賛辞に、ボッと頬が赤らむ。
高杉がこんな風に口にしてくるのは珍しくて、桂もどう反応したらいいのか分からない。気分がいい、と言う通りに、高杉の様子はご機嫌に見える。そんな高杉を見るのに一生懸命で、高杉しか目に入っていなくて、他の視線なんて気に留めていない。
「浴衣見てるにしてもお前を見てるにしても、悪意のあるもんじゃねェ。俺の大事なヤツを褒められて、悪い気なんかしねーさ」
「…………晋助、も、もう、いい……あの、照れくさい、それ」
高杉は自覚をして言っているのか、そうでないのか。つまりは桂が大好きだと言っているだけなのだ。桂は嬉しくて恥ずかしくて照れくさくて、俯いてしまう。高杉の誕生日を祝おうと思っているのに、桂の方こそプレゼントをもらってしまった気分だった。
「な、なあ晋助、今日は俺のオゴリだから、あの、ほしいの言ってくれたら」
「ん? ああ、じゃ、お言葉に甘えるとするかねェ」
そうして花火大会の会場につくと、もう人、人、人、人だらけ。花火を見るのにいい場所なんかはもう家族連れだの恋人同士だので埋まっている。
もう少し早く来られればよかったなと思うけれど、まだ暑いこんな中でただ場所取りをして待つなんてごめんだ。花火を今か今かと待っている人々のおかげで、屋台の方は空いている。
「かき氷食いてェな。ブドウがいい」
「えっ、ブドウなんてあるのか? 俺はやっぱりいちごだなぁ……ミルクかけてもらおう」
二人でかき氷の店まで歩き、お互いに一つずつ。桂がステファンモチーフの財布を取り出すのを、高杉はやっぱり呆れた顔で眺めていた。
しゃりしゃりと音を立てて削られていく氷。シロップがかけられると、もとは同じ氷なのにそれぞれがまるで別物みたいに見える。
「はい晋助」
「サンキュ」
高杉はブドウ味の紫、桂はいちごとミルクのピンク色。並べられたいくつものテーブルと椅子、運良く空いていた隅っこに並んで腰をかけて、夏の夜にぴったりのかき氷を口に運んだ。
「かき氷って、家でも作れるのに、なんでこういうとこの方が美味しく思えるんだろう」
「雰囲気ってヤツじゃねーの。焼きそばとかお好み焼きとか、絶対家で作った方が安く済むのに。あと」
「あと?」
「好きなヤツと一緒だと、さらにうめェ」
嬉しそうに笑う高杉を目にして、桂の頬が赤く染まる。これでもう、何度目だろうか。普段と違う装いというのは、相手に惚れ直すだけではないようだ。自分自身も、驚くほどに素直になれるらしい。
「桂、それ一口ちょーだい」
「え、あ、うん」
はい、とカップごと差し出すと、違ぇ、と不機嫌そうに返ってくる。桂は首を傾げた。いちごミルクのかき氷を一口、ということではなかったのだろうか?
「食わせてって言ってんの」
「はぁっ? えっ、く、食わせ……って、あの、えっと」
つまり、桂がすくって高杉の口へと運んでやるということだ。
桂はきょろきょろと辺りを見渡す。二人きりの時ならまだしも、周りにたくさん人がいるのに、そんなことをするのは恥ずかしい。
「かーつーら、俺の誕生日なんだから、これくらい聞けよ」
「う……」
それを持ち出すのはずるい、と高杉を睨んでみるも、効力のかけらもない。楽しそうな顔をして待機しているだけだ。
どうあっても折れるつもりはないようで、桂は困った顔をしながらも、いちごのシロップと練乳がたっぷりかかった部分をすくい上げた。こぼれないように高杉の口許へ持っていくと、彼はそっと目を伏せて食らいつく。
「あっま……」
予想以上に甘かったのか、驚きとも嘆きともとれる声が漏れた。そんなに甘いかな、と桂は同じ匙で食べてみて、間接キスだなあなんて考えて視線を泳がせる。今さらそんなもので動揺する間柄でもないのにだ。
「こっちも食う?」
「あ、食べたい」
「ん」
高杉の手元にあるブドウ味のかき氷。食べたことがなくて、桂は一も二もなく頷いたけれど、そうして高杉が差し出してきたのは、すでにすくわれたかき氷。先ほど桂が高杉にしてやったのと同じ動作だ。
意図は分かるが恥ずかしい。恥ずかしいが、高杉は手を引っ込める気もないらしい。一秒だけ迷って、桂は身を乗り出した。
「つめた……」
口の中に、冷たい氷の感触とブドウの甘み。いやブドウというかシロップというか、ブドウと言われればブドウのような、だいぶごまかされた味だな。そんなことを考えていたら、油断した。
口唇に触れてくる、柔らかなもの。
「しっ、晋助ッ」
「悪い、可愛かったからつい」
桂は、その感触に思わず体を引く。それは紛れもなく高杉の口唇で、屋外では感じたことのないものだ。こんなとこで、と腕を叩くけれど、高杉はあまり反省もしていない様子。
「いいだろキスくらい。今日は、さ。そンな可愛い格好して可愛い顔してるてめーが悪い」
よほど桂が女装までしてくれたことが嬉しいらしく、上機嫌で髪飾りをちょいちょいといじる。飾りについた小さな鈴がちりちりと音を立てた。その音が耳にくすぐったくて、桂は身を竦める。
「ホント、嬉しかったんだぜ、これ。こんなんまで着て俺の誕生日祝ってくれんの、考えてもみなかった」
「晋助……」
「だから今日くらい、外でいちゃいちゃさせろよ」
肩を抱き寄せられるけど、今度は驚きもしないし、押しやることもしない。周りの人たちには申し訳ないけれど、今日だけは許してほしい、と桂はゆっくり目を閉じた。
「愛してるぜ桂」
口唇が触れる直前、聞こえた愛の囁き。
え、と思う間に触れ合って、三秒経って離れてく。桂はゆっくりと目を開けて、目の前の恋人を映した。
「し、晋助、今……」
今、なんと言ってくれたのだろうか。聞こえなかったわけではない。恋人になって初めての言葉に、どう反応していいのか分からないのだ。
「なァ、お前は……?」
鼻先をこすり合わせ、高杉が優しい声で訊ねてくる。桂はもちろん高杉と同じ気持ちだ。そうでなければ、こんな装いまでして祝ったりしない。
高杉が好き。大好き。言葉では表せないくらい、高杉が大切。
桂は、ゆっくりと口を開いた。
「晋助、俺も――」
その大事な言葉を言おうとしたその瞬間、ドォンと空で大きな音。広がる光。周りから上がる歓声。桂も高杉も、思わずそれを見上げてしまった。空に咲く、豪快な花火を。
「わ、ぁ……」
「すげェな」
立て続けに響く音と、重なり合いながら咲いていく花火。夏の夜空にふさわしい、光の花だ。
「すごい、すごい晋助っ、綺麗だな!」
「あー、すげーしか出てこねぇ」
体の奥底まで響く音に、気分が高揚する。祭り囃子のようにも聞こえて、胸が躍る。誰もが笑顔になるその花で、高杉の誕生日を祝えたことが嬉しい。
「誕生日に、お前と一緒に見られて嬉しい、俺今すっげー幸せ」
「晋助……」
いつもと違う装いで、手をつないでキスをして、初めての言葉をもらった。
光の花を見上げる高杉の隣で、桂はトクトクと心臓を鳴らす。
彼にも初めての言葉をあげたい。だけどこんなところじゃ、とてもじゃないが聞こえやしない。桂は高杉のぴっとり身を寄せて、耳元で囁いた。
「なぁ晋助、俺の気持ちはあとでたっぷり言わせてもらうよ」
ベッドの中で、と暑い吐息を吹きかけて、頬にちゅっとキスをする。驚いた高杉の顔を楽しげに眺めて、桂は空を見上げ直した。
あの花が咲き終わったら、手をつないで一緒に帰ろう。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ #誕生日
祭りの鼓動
縁日の太鼓が、どこからともなく聞こえてくる。納涼祭と称された、馬鹿騒ぎだ。
どちらがかわいいだろうか、と桂はしゃがみ込んでじっと眺める。右のは手の位置が絶妙だし、左のは目のほんの少しのゆがみがたまらない。しかし二つも買うつもりはないし、どちらかに決めたい。
「うーむ……なあ店主、どちらの方がいいだろうか」
悩みに悩んで店主に訊いてみるも、そんなのどっちも変わりゃしないよと素っ気ない答えが返ってくる。
実際、どれだけも変わらないだろう。いや、どこか違うのかと訊き返される確率の方が高い。
迷って、迷って、桂は右手に持っていたものをそっと戻す。
その、瞬間。
「なんだいお前さん、そんなものが欲しいのかい」
背後から、突然の声。
「なっ……」
桂は思わずその声を振り仰いだ。
「た、高杉……っ」
大きな声を上げそうになったが、どうにか途中で音を抑える。なにしろそこにいたのは、幕府に追われる身である高杉晋助だったのだから。大きな声でも出して不審がられ、真選組でも呼ばれたら桂の身も危うくなる。
「な、んで」
「祭があるって聞いてな。で、そんなもので悩んでたのかい」
高杉が上から覗き込んでくる。あからさまに不審そうな瞳は、桂の悩みどころが分からないせいだろう。
桂は言葉を詰まらせ、視線を品物に戻した。シートの上に並べられた、何体ものジャスタウェイ。このやる気のなさそうな目がなんとも言えない。
「ど、どちらがかわいいか……悩んでいて」
「変わんねーだろ」
高杉にさえ、即答される。この男にもこの違いが分からんのか、と恐らく桂にしか分からないこだわりにため息をついた。目の位置や形、手の角度など、説明していくけれど、高杉は相づちさえ打たない。隣にしゃがみ込んで手に取ってみてはいるものの、桂の言うかわいさの違いとやらは分からないようだった。
「最終的にどれで悩んでたんだ」
「……これとこれなのだが」
そう言って桂は、悩んでいた二体を持ち上げる。再び悩み始めてしまって、さっき決めたはずの心が揺らいだ。
「あァじゃあこっちな。おい、これ」
「はい毎度~」
高杉はそう言って、ひとつを桂の手に残し、もう一方をシートの上に戻す。そうして袖から出した財布を開け、表示されていた値段分を店主に渡してしまった。
「え?」
「買ってやる」
一瞬何が起きて、何を言われたのか分からなかった。今出されたのは確かに高杉の財布で、ジャスタウェイ一体分の料金。これで手の中のジャスタウェイは桂のものになったのだが、なぜ高杉が代金を払うのか分からない。
「ほら立ちなヅラ。いつまでもこんなとこでそんなもんに悩んでたら、それこそ不審に思われるぜ」
ぐいと腕を引かれ、桂は腰を上げる。長居してしまったことを店主に詫び、引かれるままに高杉のあとについて歩いた。
「た、高杉、なぜ」
「あんなもんで目立ちたかねーだろ」
「そうではない、なぜ貴様が代金を払うのだ」
「いらねーなら返してくるが」
「いや、ジャスタウェイはいるが、貴様にもらう理由がない」
縁日で賑わう人混みのなか、自然と距離が寄ってしまう。子供のはしゃぐ声や店の呼び込み、どこからか聞こえる太鼓や笛の音。相手の声を聞くには、そうするしかなかったのだが、こんな往来でこんな距離にいるのはどれだけぶりだろう。桂の心臓が、祭り囃子のように騒いだ。
「俺にもらう理由がねぇとか、つれねェこと言うじゃねーか、ヅラ」
高杉は煙管をくるりと回し、くわえる。ちらりと意味深に視線をよこされて、また言葉に詰まった。
高杉とは、恋仲というか恋仲でないというか、まあ少し説明しづらい仲である。だけどこんな風に贈り物をし合うような甘い関係でないことは確かで、理由が分からないのだ。
「しかし……」
「もらうだけが嫌だっていうなら、あとでたっぷりとサービスしてもらおうかい……?」
「サービ……、……破廉恥な! 金なら返すわ!」
言葉の意味を把握してサッと頬を染める。つまりはあとでそのような行為をするということだ。今さら初心な反応を返すつもりはないが、こんな往来でしたい会話ではない。
「冗談だ。今日は機嫌がいいンだよ、もらっときな」
高杉は喉を鳴らして笑う。機嫌がいいのは良いことだが、何があったのだろうか。桂は隣を歩く高杉の横顔を眺め、出しかけた自分の財布をしまい直した。
「それならば、もらっておく。そういえば先日の約束をすっぽかされたしな。詫びにもならんが」
「……ちゃんと行っただろ」
「ああ、日付が変わってからな。自分で指定しておきながら、まったく貴様というヤツは……」
文句を言いながらも、桂は口の端を上げる。高杉とこんな風に歩くのは、本当に本当に久し振りだ。今はそれを楽しんでみようと。
「しかし、貴様と歩いていると目立つだろうな。相変らず派手ななりをしおって」
「目立つのはてめーの方だろうが。まァ……今日は誰も俺たちのことなんざ気にしちゃいめーよ。皆自分の娯楽に夢中でなあ」
過激派と穏健派の頭がふたりそろって歩いていれば、知っている側から見れば目立つことこの上ないが、民間人がどこまでこのふたりを認識しているかなど、たかが知れているだろう。
それに今日は縁日だ、皆が射的や金魚すくい、焼きもろこしやたこ焼き、お好み焼きやリンゴ飴に夢中で周りなど見ていない。
「しかしな、こんなところ真選組のヤツらにでも見つかったら」
「興が冷めるようなこと言うじゃねーかヅラァ。なんだいお前さん、真選組に見つかって、逃げきる自信がねーのかい」
「馬鹿を言うな」
「なら、大人しく傍にいな」
せっかく逢えたんだぜと小さく続ける高杉の隣で、桂はふと思い当たる。もしや高杉の機嫌がいいのは、逢えた、からだろうかと。
そんなわけはないなと思いながらも、そうであればいいなと、ジャスタウェイを大切そうに袖にしまった。
「ヅラ、せっかくだ、なんか欲しいもんねーかよ」
「欲しい物?」
「言ったろ、機嫌がいいって」
買ってやる、と言外に告げながら、高杉は辺りを顎で指す。ふたりの周りには、いろいろな屋台が所狭しと並んでいた。欲しい物を言えば、高杉は買ってくれるのだろうか。
ちらりと視線をやると、ニィッと口の端を上げられた。
「じゃあ……団子」
「あそこのか?」
そこかしこからいい匂いが漂ってくる。桂が口にしたのは、数歩先の団子屋。醤油をつけて焼いた物。普通に茶店で食えるものだろうに、桂はそれが良いという。こういった縁日だからこその味というものがあるのだとかなんとか。
「ほら」
「ん」
高杉から団子を受け取り、かぶりつく桂。そんな様子を楽しそうに眺め、高杉はふと足を止める。今うっかり通り過ぎてしまった店に、目を引く物があった気がしたと。
「高杉?」
立ち止まってしまった高杉に気がついて、桂は振り返る。彼はある屋台の前にじっと佇んでいた。不思議に思って歩み寄ってみれば、そこにはたくさんの筆や矢立が並んでいる。
古物が中心のようだが、高杉がこういったものに興味を持つとは思わなかった。桂も一緒になってそれを覗き込み、言ってはなんだがこんな屋台に不似合いな上物まであると目を瞬いた。
「何か気に入ったものでもあったのか? 珍しいな」
「ん、いや……これ」
「透かしの矢立か。……あぁ、いい細工だな。お前なら、こっちの陶器のも合いそうだが」
「俺のじゃねーよ」
手に取って状態を確かめる高杉を振り向くと、視線がまっすぐ向かってきた。もしや、それも。
「まだ懲りずに攘夷勧誘の文とか書いてンだろ。無駄だと思うがねェ」
「む、無駄などではない、それを言ったら貴様の――」
「そんなもん書く暇があンなら、恋文でも書いとけ」
高杉は屋台の店主に代金を払い、買い求めた矢立をすいと差し出してくる。やはりそれも、くれるつもりだったのだ。桂はその意味に気がついて、往来で珍しく頬を染めた。
つまりは自分に向けて恋文でも書いてくれと、そう言っている。
桂は、機嫌の良すぎる高杉の様子に慣れず、戸惑った。何があって、こんなに優しい言葉を吐いてくるのか。どうしてこんなに、求めてきてくれるのか。
ためらいながらも高杉から矢立を受け取って吐く息は、いつもよりも熱かった。
「だったら、貴様も書くがいい。店主どの、これを」
そうして、桂も銅製の矢立を手に取った。細い筒と丸い墨壺は、彼の持っている煙管によく似ている。買い求めたそれを高杉に差し出してやると、フンと鼻を鳴らしながらも受け取ってくれた。
「文を書くかどうかは別にして、まァ、もらっといてやらぁ」
そんなに嬉しそうに口の端を上げてなにを言っているのか。ただそれを口にはしないようにして、店をあとにする。
これで文をやりとりするかどうかは分からないが、離れていても、どこかで繫がっているような気分になれる。そこまで考えて、今日は自分もおかしいくらいに機嫌がいいなと、桂は笑ってしまった。
「高杉、あれが食べたい」
「あァ?」
「わたあめ」
「……ガキかよ」
機嫌のいいうちにねだってしまおうと、桂が指を指したのは、ふわふわのわたあめ。もふもふに罪はないだろうと、高杉の答えも聞かずに屋台へ向かう。その後ろ姿を、呆れつつも穏やかな表情で高杉が見つめていたのには、当然気づかずに。
「はいよねーちゃん。お連れさんの分はいいのかい?」
「ね、……」
店主にふわっふわのわたあめを作ってもらい、受け取る。その物言いには一言抗議したいところだが、肩を震わせながら俺ぁいいと一つ分の代金を手渡している高杉の方にこそ、抗議してやりたい。
桂は、必要とあらば女装さえする党首だ、女にみられることには慣れている。だがしかし、今は女装しているわけではない。いたって普通の男のなりをしているのに、ねーちゃんとはどういうことか。
「いつまで笑っている、高杉」
わたあめの屋台をあとにしてしばらく歩いたというのに、高杉はまだ小さく笑っている。よほどおかしかったらしい。それが気にくわなくて軽く足を蹴ってやるも、気にも留めていないようだった。
「いいじゃねーか、ヅラ。似合ってンだからよ、お前さんのは」
「…………褒めても、これはやらんぞ」
「いらねーよそんな甘ぇもん」
どっかの誰かさんじゃあるめーし、と高杉は息を吐く。時折する女の格好を、似合っていると言われて悪い気はしない。
人の波が切れてきた道ばたで、桂はふわっふわのわたあめに口づける。ふしゅうっと口の中にとけていく感触は心許ないが、すぐに広がっていく甘い味が、桂を満足させた。
いや、満足というにはまだ少し、足りない。
道の脇で立ち止まってわたあめを舐める桂につきあって、煙管をくわえる高杉をちらりと見やる。
桂の袖の中には、高杉に買ってもらったジャスタウェイと、矢立。腹の中には、団子とわたあめ。
ひとつ、足りない。
「高杉、もうひとつねだってもいいか」
「あァ? お前さん、まだ何か食べンのかい」
食い意地張ってんなあと笑う高杉の口唇を、人差し指で撫でる。
「――高杉晋助を」
高杉が目を瞬く。桂は目を細める。
口唇が近づいて、近づいて、近づいて、わたあめの陰でぴったり重なる。
「……甘ぇ」
離した口唇をぺろりと舐める高杉の顔がひどく欲情していて、桂の欲が増していく。
「足りんぞ高杉。なにしろ俺は、食い意地が張っているのでな」
「ハッ、てめぇ、容易に朝日が拝めるとは思うなよ」
朝日の昇る時刻に、拝む余裕などくれてやらん。そう含められた意味に、桂は笑って答えた。
「無論だ」
祭り囃子が遠くに聞こえる。
朝までか、昼までか、続く祭にとふたりは身を投じていった――。
#両想い
はじまりの
きっと、何をやっても喜んでくれる。ありがとう晋助って言って、嬉しそうに笑ってくれる。アイツはそういうヤツだ、と高杉は恋人の笑顔を思い起こして口許を緩めた。
もうすぐ恋人の――桂小太郎の誕生日だ。しかもつきあい始めて最初のともなれば、大事なイベントになる。
何をプレゼントしようか。
携帯のケースか、それとも財布か、ベタにペアのマグカップか。いつも使ってもらえるようなものがいい。使うたびに自分を思い出してもらえるようなものがいい。
その光景を想像すれば、男ひとりでこんな雑貨店にいる恥ずかしさも我慢できる。いや、それどころか嬉しいとさえ感じてしまうのだ。
「あー……どんだけ好きなんだよ、俺……」
桂への想いは結構前から自覚していて、嫌われてはないだろうなあと思いつつ告げたその恋心に、桂は応えてくれた。
叶うまでは、恋人になれたらいいなあくらいにしか思っていなかったのに、叶ってしまえばどんどん欲張りになっていく自分を知って、嫌われやしないだろうかと悩んだこともある。
そのたびに桂は、こともなげに全部受け入れて、受け止めてしまうのだ。
そんなとき、高杉は自分がひどく子供のように思えてしまう。
高校生ということを考えれば確かに子供で間違いないのだが、桂には一生敵わないのだろうと思うのだ。
初めてキスをした時だって、何も言わずに押し倒した時だって、恥ずかしそうに目を瞬きながらも笑ってくれた。好きだぞ、と言ってくれた。思い出すだけで胸が締めつけられる。
いつか桂をちゃんと包み込めるような男になりたい。それまで待っててくれるだろうか。
そう思いながら、ハートのイラストが描かれたペアカップを手に取った。
「これはいくらなんでもアレだろ……」
これを桂が使うのはよしとしよう。正直いって、可愛い。ピンクのハートの上を歩く子猫なんて、可愛すぎる。イラストがじゃなくて、それを持つ桂がだ。きっと指先でツンとつついて、嬉しそうに使うに違いないのだ。
しかしペアということは、一緒に使うのは高杉だということだ。そのほかには許さない。
だがしかし、これを自分が使うのは御免被りたい。こういう可愛らしいのは、桂が使ってこそ映えるのだ。
ペアというのは惹かれるが、もう少し落ち着いた柄の物がいい。せめてこのハートがもう少し小さかったり、静かな色だったらいいのに……と棚に置き直す。
その隣には、兎だか犬だかが飛び回っているカップ。その隣には、英字だらけのカップ。何が書いてあるのかは面倒で読んでないが、ペアカップというのだから甘いラブストーリーでも綴ってあるに違いない。
デカデカと描かれたハートマークよりはいいけれど、どうもしっくりこない。カップでなく、他の物を選んだ方がいいだろうか。
――――桂に欲しいもの訊いた方が早いかな。でも……サプライズってやつやりてーしなあ……。
彼の本当に欲しい物を贈ってやるのがいちばんなのだろうが、内緒にしておいて、驚かせてもやりたい。桂はきっと目を見開いて、次にぱちぱちと瞬いて、泣きそうに歪めてこっちを見て、ありがとう嬉しい、と笑ってくれる。
――――か わ い い。
高杉は口許を押さえて項垂れた。妄想だけでこんなに胸が鳴るなんてどうかしている、とは思うが仕方がない。相手が桂では、可愛いと思うしかないのだ。
――――落ち着け、俺。桂相手に可愛いとか何言ってんだいや可愛いんだけどよ。めちゃくちゃ可愛いんだけどよ。今はそういうこと考えてる場合じゃねえんだって。
ふう、と深呼吸を一度。早いところ決めてしまわないと、買う機会がなくなってしまう。そうそう何度も、今日は用事があるんだなんて、桂を置いてもこれないだろう。
いつも一緒に帰っているのに、頻繁にこんなことをしていては、怪しまれる。いっそもうバレているかもしれない。
決めた、今日ここで何か買っていこう。そして明日は一緒に帰るのだ。
今日だって学校が終わった後に教室を出ていく時、桂が寂しそうな顔をしていたのだ。あんな顔、させたくない。何より自分も寂しくてたまらない。
――――桂……。
逢いたいなあ、なんて考えていると、一組のカップが目に入り込んできた。
薄紫のまあるい花。いや、まあるく花を開かせる、あじさい。薄紫色のそれは、かわいらしさと一緒に凜とした清らかさを物語っている。
桂みたいだ、と「以前」も思ったような気がする。いったいいつだったか思い出せないのに、そう思ったことだけ覚えている。
いつだっけ、と思い出すのはもう諦めて、高杉はそのカップを手に取った。カップをぐるりと一周、あじさいが咲き誇っている。合間に、小さなカエルや小鳥、子猫が雨宿りでもしているように隠れ込んでいるのも好ましい。
そして、これと対になっているカップがあった。
いや、ペアというよりはコンセプトが一緒といった方がいいのだろうか。こちらはあじさいの上を蝶がひらひら飛んでいる。羽根を休める花を探しているのか、ただ眺めているだけなのか。
――――ふぅん……。
これならいいかな、と高杉は二つのカップを手に取ってじっと眺めてみる。可愛らしすぎず、寂しくもない。
「……これにしよ」
一目で気に入ってしまったというと大げさだが、これ以外に何を選んでも、後悔しそうだった。
これにリボンをかけてもらおう、と高杉の頬が緩む。傍にあった、猫の形をしたティースプーンを二本付け足して、レジへと急いだ。
「今日は一緒に帰れるのか?」
金曜日、学校の授業が全部終わってすぐ、桂が高杉を振り向く。今日は帰り支度を急いでもないようで、ホッとしたような表情が見えた。
それに気がついて、ああやっぱり寂しがらせてたのかと、なじりたい気分にさえなる。
「あァ、帰ろうぜ桂」
だけど、悔やむより先に、この大事な恋人を安心させてやりたい。ゆっくりと帰り支度を整えながらそう呟くと、パッと嬉しそうな顔に変わる。
破壊力がスゲェ、なんて思うのは高杉ひとりで、頭を抱えたくなるのも高杉ひとりで、教室では他の誰も気に留めてはいやしない。
あの顔を向けるのは高杉にだけだという事実を知らずに、誰にも見られてなくてよかったと胸をなで下ろすのだった。
「晋助、ここ最近の用事は、もう終わったのか?」
「ん、あァ、まーな。寂しかったかい」
「別に」
ふたりで雨上がりの道路を歩きながら、桂がそわそわと訊ねてくる。くくっと笑いながら返してやると、面白くなさそうにふいと顔を背けられた。まったく嘘が下手だ、と思いつつ、嬉しい。
桂の全身から、寂しかったというオーラが放たれている。
可愛いな、とそっと指先を触れ合わせると、小さく、本当に小さく、さびしかった、と返ってきた。
「悪かったな、桂。……詫びと言っちゃあなんだが、明日と明後日、お前を独り占めできねーか?」
「ん? いいぞ? どこか出かけるのか?」
「出かけてもいーし、家でのんびりしててもいいし。お前はどうしたい?」
明日と明後日は休みだ、寂しくさせてしまった分、桂の要望を叶えてやりたい。そしてなにより、日曜日は彼の誕生日。いちばんはじめにおめでとうを言いたいのだ。
「晋助と一緒なら、どっちでもいいな」
しかし喜ばせてやりたかったのに、こちらが被弾してしまう。高杉は口を覆って、顔を背けた。
――――アホか。アホかこいつ、可愛い。
何を言ったのか自覚しているのかさえ怪しいが、惜しげもなくくれる想いに、少しでも返したい。幸せをくれる彼に、少しでも幸せを感じてほしい。
「じゃあ、デートしようぜ。動物園でも水族館でも映画館でも、ネコカフェでも――」
「ネコカフェ」
高杉は、 そうやってデートの定番を挙げていく中で、即答してきた桂に一瞬言葉を止めて、ついでブハッと噴き出した。
どうも桂は毛玉というかもふもふしたものが好きなようなのだ。だからこそもふもふがたくさんいる動物園だとか赤ちゃんぺんぎんのいる水族館だとか、もふもふの出てくる映画が観られる場所だとかを提案してみたのだが、やはり直接触れられる方がいいらしい。
「わ、笑うな晋助、ねこちゃん可愛いだろうが」
「いや、別におかしくて笑ったわけじゃ、ハハッ、やべ、止まんね」
一七五センチといった標準より少し高めの身長で、【ねこちゃん】とは恐れ入る。そのギャップがたまらなく可愛くて、愛しい。自分の前で、何も飾ることなくいてくれる桂が、愛しくてたまらない。
「晋助っ」
「悪い悪い、んじゃ、ネコカフェな。どっか良さそうなとこ探しとく。あとは? 行きたいとことかねーの」
いつまでも笑っていると、桂が不機嫌そうに諫めてくる。さすがにこれ以上はマズイかなと我慢して、高杉は機嫌の降下し始めた桂の手をきゅっと握りしめた。
「……すぐには……思いつかない……。本当に、晋助と一緒にいられるなら、それでいいんだ……」
「桂?」
「あ、あの、明日までに考えておく、から。それじゃ……駄目か?」
どこか戸惑っているような、そわそわと落ち着かない様子で、桂が告げてくる。
本当ならこのまま部屋に連れ込んでしまいたいところだが、明日から独り占めできるのだ。我慢しようと、高杉は子供っぽくだだをこねないように口許を緩めてみせた。
「あァ、いいぜ。どこへでも、連れていってやるよ」
「ん、じゃあ一生懸命考えておくから」
そうして桂の家の前に着いてしまう。ここから数歩進めば高杉の家。ほんの少しの距離、ほんの数歩しか離れていない距離で、いつも一緒にいた。
これが恋だと知ったのは、そういえばいつだったっけ、と考えて、高杉は桂の手を放す。明日の待ち合わせ時間を決めて、玄関の前でいつものように別れた。
普段よりほんの少し気合いを入れてめかし込んだ。ら、桂の方もめかし込んできていて、互いに頬を染めてしまう。どうにも、自分のためにそうしてくれることが嬉しいのだ。
「お、……はよ、晋助」
「……おはよ……。なァ、なんで顔赤いの」
「あっ、赤くない! 晋助の方じゃないか、赤いの!」
赤くない、赤い、冗談言うな、そっちこそ、なんて言い合いながらも、自然と手が重なっていくのはすごいことではないだろうか。
そうしてふたりは、ひとまず電車に乗って街へ出た。高杉がチェックしてくれたネコカフェに向かうと、開店前の店先に二組ほど先客がいる。開店を心待ちにする客がいるほど良い店なのだろうかと、そのあとに並んだ。
「ドキドキするな」
「お前の百面相見てる方がおもしれー」
「なんだと」
そうこうしているうちに、開店時刻になったようで、ドアが開く。前に並んでいた客達は常連らしく、スタッフとにこやかに挨拶を交わしてフロアに入っていった。
二組を迎え終わって、スタッフが高杉たちの前にやってくる。当店のご利用は初めてですかと訊ねられ、ふたりはそろって首を縦に振った。この店どころか、ネコカフェに来ること自体が初めてだったのだ。
店のシステムと注意事項を説明され、手を消毒され、ではフロアへ、と案内される。
十畳ほどはあるだろうか、と思うその空間に、猫が十数匹。小さいのから小さくないのから、さまざまだった。柄も、茶トラやぶち、三毛、サビ、いろいろ。
猫なんてどれも同じだと思っていたけれど、こうして見てみると個性があるのだと気づく。
「し、晋助、晋助っ、ねこが! ねこちゃんいっぱい……いる……!」
「……あたりめーだろ、ネコカフェなんだから」
桂は目をきらきらと輝かせて、はわあああなんて奇妙な声を上げながら、フロア内の居心地が良さそうなところで座り込んだ。
そろそろ暑くなる季節だからか、さらさら素材のシートの上に寝転ぶ猫の背中を、そっと撫でてみている。
「し、晋助ぇ……可愛い……」
泣きそうな声を出す桂を見て、お前の方が可愛いンだけどなどとは口に出さずに、隣に腰を下ろす。
嬉しそうに猫を撫でる桂と、撫でられて気持ちよさそうな猫。それでまた桂の顔がほころんで、ふわふわと気持ちが浮き上がっていく。
――――ここにして良かった。
口コミを見て選んだ店だったけれど、店の雰囲気もスタッフの対応も悪くない。何より桂の嬉しそうな顔が見られた。
「なんか飲む?」
「あ、カフェオレがいい」
フリードリンクというのもありがたい。自販機のボタンを押せば、フタ付のドリンクができあがってくる。それを桂に手渡してやるが、猫を撫でるのに夢中らしくて、笑ってしまった。
「かーつら、飲んじまうぞ」
「えっ、あっ、あ、駄目……」
慌てて手を伸ばしてきた桂の膝に、猫の前足がかかる。撫でる手がなくなったことにご立腹なのかと思いきや、猫はそのまま桂の膝に乗り上げてきてしまった。
「え」
楽な体勢を模索し、体を丸めてくつろいでしまう猫に、桂は驚いてしまう。こんなに無防備なものなのかと。
「し、晋助、どうしよう、猫ちゃん……膝に」
「好きにさせとけば? 抱っこは禁止って言われたけど、膝に乗ってくんのは別だろう」
「そ、そうか……」
にゃあーと桂の膝の上で猫が鳴く。言葉にならなくて、桂は高杉のシャツをつんつん引っ張った。分かった分かった、と呆れつつも、これだけ嬉しがってくれる桂を、やっぱり可愛いなんて思う。
「あらあ珍しい、その子あんまりお膝とか乗らないんですよ。シンちゃんごろごろいっちゃって……嬉しそうですね~」
スタッフが、そんな桂たちに声をかけてくる。ふたりで、え、と言葉を飲んだ。
「こ、この子、シンっていうんですか?」
「ええ、あ、あそこにみんなの写真と名前書いてあるので、良かったら呼んであげてくださいね」
スタッフはそう言って壁を指さす。そこには確かに猫の写真と、特徴、そして名前が表示されていた。桂の膝でごろごろ喉を鳴らしてくつろいでいるのは、シンというオス猫らしい。
桂の視線が、顔ごと高杉を振り向く。それを受け流すように、高杉も顔ごと視線をあさっての方向に向けた。
「そうか、シン、俺のことを気に入ってくれたんだな」
それを面白そうに笑い、猫を撫でる。心地よさそうに足をぴんと伸ばし、もっと撫でてと言わんばかりに顎を突き出すシンに、桂は応えてやった。
シン、と呼ぶ桂の声は優しすぎて、高杉はいたたまれない。
別に自分を呼んでいるわけではないと分かっているのに、気恥ずかしい。そして少し羨ましい。そんなに優しい声を投げかけるのは自分相手だけだと思っていたのに、その毛玉にも向けんのかい、と小動物相手にヤキモチをやく自分が情けなくてみっともない。
そんな高杉の前に、一匹の子猫。じ、とこちらを見ているが、猫の気持ちなど分かるはずもない。分かりそうな桂を振り向くも、シンを撫でるのに忙しそうである。
高杉は携帯端末を取り出して、猫との触れ合い方なんてあんのかねぇと検索しようとした。
にゃあん、にゃん、にゃー。
「あ?」
すると、その猫がてててと駆けてくる。
「おい、こら」
子猫がその端末につけたストラップにじゃれついているようで、ちゃりちゃりと、パーツがぶつかり合って音を立てた。高杉はフロアを見渡し、傍に片付けてあった猫用の玩具を手に取ってみる。
にゃあん!
取った途端に飛びついてくる子猫。猫ってこんなに俊敏なのかと驚いてしまう。左右に、上下に振ると、ちゃんと追ってくる。
ててててて、てててててっ、ててっ、ててっ。
軽快な足音が耳に届く。追いつかなくて体勢を崩すことはあっても、すぐに飛びついてくるのだ。
「コタロ-、お兄さんに遊んでもらえていいねー。ふふ、はしゃいじゃって」
さっきとは別のスタッフが、母親目線で声をかけてくる。またふたりで言葉を失って、高杉は噴き出した。肩を震わせて笑う高杉をぺしぺしと叩き、桂は顔を真っ赤に染めた。
「いいじゃねーか、可愛いぜ? コタロー」
「どっちに言ってるんだ」
「どっちも」
「馬鹿」
そんな風に猫と遊び、猫を撫で、時には背中に乗っかられ、ちょうどご飯の時間だったらしくガツガツとむさぼり食べる様子を眺め、気がつけば入店してから二時間も経っていた。
「まったく恐ろしいシステムだぜ……時間忘れてた」
名残惜しそうな桂を、腹も減っただろと促して、初めてのネコカフェをあとにする。
「あっという間だもんな、時間過ぎるの……」
こんなに長居するつもりはなかったんだが、と思ったが、自分たちと一緒に入店していた二組のうち、一組はまだ店にいたから、特におかしなことでもないのだろう。
「また来たいな」
「そうだな。ひとまずメシ食いに行こうぜ」
そうして昼食を取る間に、次はどこに行きたいのか桂に訊ねてみた。一生懸命考えると言ったのだから、普段行かないようなところなのだろう。
「ん、ここなんだけど……」
照れくさそうに、桂が携帯端末でその場所を示してくる。高杉は驚いた。時間があれば一緒に行こうと思っていたところだったのだ。
「見頃は過ぎてるみたいだけど、それでもまだ咲いてるだろうし、一人じゃちょっとな……」
そこは、あじさい園。毎年、開花の時期にはたくさんの来園者がいるらしい場所だ。前から気になっていたんだけどと桂は付けくわえてくる。
高杉は笑ってコーヒーを飲み干し、携帯端末でブラウザの検索画面を示してみた。今度は桂が驚く番。
「前から気になってたんだけど」
桂の言葉をそのまま真似て、口の端を上げる。桂も、嬉しそうに笑ってくれた。
電車で移動しなければならないところだったが、ふたりでいれば移動時間も楽しい、嬉しい、幸せ。途中で妊婦さんとその伴侶らしき相手に席を譲り、数駅を電車に揺られて過ごした。
「花を見にいくなんて、初めてだ。晋助と一緒だと、初めてがいっぱいあるな」
「まァ……確かにわざわざひとりでは見に行かねーかな」
これからもきっと、色んな初めてを一緒に経験していくのだろう。初めてのふたりきりでのクリスマス、初詣にバレンタイン、ホワイトデーは外せない。そして、なにより初めてふたりで過ごす、誕生日。
明日はどんなわがままを聞いてやろうか。考えるだけで楽しくて、この恋が叶って良かったと思わず口許が緩んだ。
そうしてあじさい園に着けば、親子連れがたくさんいる。カップルもちらほらといったところだ。入り口でマップを渡されて、それぞれ雅な名前のついたコーナーを順に回っていくことにした。
「あじさいってこんなに種類があったのか」
「確かに形が違うな。あ、カタツムリ」
「え、どこ」
葉っぱの上でどっしりと構えているカタツムリや、ぴょこんと顔を出す小さなアマガエル、花びらについた雫や土の匂い。久し振りに感じたみずみずしさに、二人は思っていたよりゆっくりと歩き回った。
「桂、そこで立ってて」
「え、なに」
「写真」
「恥ずかしい」
「なんでだよ馬鹿。いいからほら、動くなって」
最近の携帯端末はカメラ機能がすばらしい。あじさいの花を背景に、桂を映す。
――――ネコカフェじゃ可愛いばっかりだったけど、ここでは綺麗に見える。
「晋助も」
「俺はいいんだよ」
「よくない。あ、じゃあえっと、一緒に? 自撮りってのできるんだろう?」
「そっちの方が恥ずかし……分かった、分かったって」
む、と口をとがらせる桂に、結局高杉が折れてしまう。あじさいの前で、ふたり並んで写真を撮った。桂を撮ることは慣れていても、撮られることに慣れていない高杉は、少しむずがゆい気分を味わう。
「へぇ、ここって夜はライトアップされるんだな。晋助、今度は夜にも来てみたい」
「綺麗だろうな」
お前が、とは口に出さずに、「また今度、一緒に」を実感させてくれる桂に笑いかける。何をそんなに幸せそうに笑っているんだ? と桂の頬もほころぶ。
幸せそうなのはお互い様だと、自然に重なっていく手のひらの温度を楽しんで、あじさい園をあとにする。
近くにあったカフェでお茶をして、他愛のない会話を交わす。ときおり会話は途切れるけれど、少しの苦痛も感じない。相手が感じている空気を自分も一緒に感じて、周りのざわめきに耳を傾けて、スプーンでくるくると回すコーヒーの渦を眺める。それだけでも、一緒にいられることが嬉しかった。
「晋助、ドーナツ食べたい」
「お前さっきスコーン食ってなかった?」
「だって一〇〇円セールやってるんだ」
「あーはいはい。……あの砂糖ついたヤツもラインナップに入ってるのか?」
入ってるよと、桂は笑う。高杉の好きなドーナツも、ちゃんとセール対象だ。なんだかんだで、たまに食べる甘い物は嫌いじゃない。セールをやっているドーナツ屋へは電車で一駅あるが、腹ごなしにと歩いていくことにした。
たどり着いたドーナツ屋は、セール期間中だけあって混み合っている。イートインでなくテイクアウトにして、紅茶のティーバッグでもどこかで仕入れて、家でゆっくりするのもいい。
「なぁ、俺んち行かねーか? そろそろ歩き疲れてンだろうし。ついでにメシも調達してさ」
「そうだな、途中で何かDVD借りていこう。観たいのあるんだ」
出した提案に、桂も乗ってくれる。ルートとしてはドーナツを買ってDVDを借りて、夕食の調達が妥当だろう。
好きなドーナツをそれぞれ二つずつ選んで、紙袋に入れてもらう。つぶれてしまわないように大事そうに抱える桂が面白くて、高杉は意地悪のつもりでなく口の端を上げた。
帰り道の途中にあるレンタル店で、DVDを借りる。高杉が観たがったアクション映画と、桂の観たがったもの。案の定もふもふした生き物も出てくるらしい。
夕食は、簡単なものなら作れるからと言って聞かない桂の要望を受けて、スーパーで食材を購入した。
買い物袋などを提げて二人で歩いていると、まるで同棲でもしているようだ。
いつかは桂とそうしたい、と思う高杉は、予行演習かなと一人で肩を震わせて笑った。
ご機嫌だなと、桂が不思議そうに首を傾げてくるけれど、何でもねーよとごまかす。
高杉の家に着いて、一休みしてから夕食を作り始める。
本当に簡単な物しか作れないぞと念を押す桂が頑張って作ってくれたのは、ふんわりたまごのオムライス。それは高杉の好きなもので、簡単か難しいかでなく、単純に嬉しかった。
「あ、晋助まだ駄目、終わってない」
「なんで。旨そうにできてるけど」
「だーめ」
これやりたかったんだ、とテーブルの上に並べたオムライスに、最後の仕上げ。
しんすけ♥
とケチャップで書かれた文字に目を見開いて、噴き出した。これがやりたかったなんて、なんて可愛いひとなのだろう。ますます「予行演習」みたいになってきた。
「じゃあ俺も」
そう言って桂の分のオムライスに、こたろう、と書き、大きめのハートマークもつけたした。
傍から見たらなんて馬鹿馬鹿しいやりとりだろう。だけど周りの目なんかここにはないし、桂が恥ずかしそうに笑ってくれたから、そんなの関係ない。
いたただきます、と胸の前で手を合わせ、夕食の開始。
「晋助、今日は本当にありがとう。楽しかった」
「なに、改まって」
「……あのさ、晋助ここ最近変だっただろ。一緒に帰らないし授業中もスマホ構ってなんか嬉しそうにしてるし。授業はちゃんと聞いてろ」
一緒に帰れなかったのは事実だが、授業中のことなんて気づかなかった。確かにここ最近は桂へのプレゼントを探して色々検索していたけれど、変だったと言われるほどだったのだろうか。
「だから、ちょっと……不安だったというか……。他に好きな子とかできたのかもって」
「おい馬鹿なこと言ってンじゃねぇ!」
「うんごめん。今日一緒にいて、ちゃんと晋助が俺を好きでいてくれてるの、分かったから」
失敗した、と高杉は眉間にしわを寄せた。まさかそんなことを思わせていたなんて、想像もつかなかったのだ。
「悪い、お前がそれ不安になってんの分かんなかった……。そういうの、絶対ねーから」
想いが足りないわけではないと思う。ただ、伝えきれていないのだ。自分の中の想いさすべてを伝えられていれば、こんなこともないのだろうか。
「お前以上に好きになれるヤツなんて、いねーから。何年越しだと思ってんだ」
前から、ずっと昔から、桂が好きで好きで仕方がなかった。いっそ生まれる前からなのではと思うほど、桂にしか視線が向かなかったのに。
「この際言っておくけどさ、桂。大学行ったら、あー、別にすぐじゃなくてもいいんだけど、その。…………お前と一緒に暮らしたい」
もっと具体的にプランを考えて、現実的な問題をクリアできそうになってから、言うつもりだった。
だけど、そんな計画なんてどうでもいい。今は目の前の恋人を、笑顔にしたい。
目をぱちぱちと瞬かせて、桂はふわりと笑顔を向けてくれた。
「じゃあ今日は、予行演習かな」
それはOKの意味でしかなくて、高杉の方こそ嬉しそうに笑う。予定通りの告白ではないけれど、こうして笑い合えるなら、過程は受け入れよう。
「桂、片付けは俺がする。作ってくれたのお前だし」
「え、でも晋助だって手伝ってくれたじゃないか」
「いや皿出しただけだろ。ドーナツの前に風呂入ってこいよ。さっぱりして、ドーナツとDVD、だろ?」
綺麗に平らげた皿を重ねながら、桂に提案する。風呂、という言葉の意味が分からないわけではないだろうが、高杉はあえて、告げた。
「今日、帰すつもりねーから」
途端に、桂の顔が真っ赤に染まる。別に初めてのお泊まりというわけでもないのに、この初々しい反応はなんだろう、可愛い、と染まった頬にちゅっとキスを贈った。
「ひ、ひとりで食べるなよ晋助」
「はいはい分かった、待ってるから」
ひらひらと手を振って、桂を風呂へと送り出す。テーブルの上の食器をキッチンへ運び、そっと洗う。今までこんなに丁寧に扱ったことはあったろうかと思うくらいだ。それほど、桂とのことが嬉しくてしょうがない。
風呂に入り終わって、DVDを2本も観ていたら、多分ちょうど良い頃合いの時刻になるはずだ。高杉はその時に渡そうと、部屋から桂へのプレゼントを持ってくる。
喜んでくれるといい、と綺麗にラッピングされたペアカップをソファの陰に隠して、タブレットで明日のデートコースを検索する。
もっとも、デートに行けるかどうかはこのあとの盛り上がりで左右されるのだろうけど。
――――別に、立てねーくらいするつもりはねぇんだけどな。予定ってのはあくまで予定だしな。アイツが可愛かったら、無茶しても仕方ねぇ。
もしかしたら加減ができないかもしれないという思いを責任転嫁して、桂の好きそうなスイーツを扱う店を探しておいた。
そうして、風呂から上がってきたパジャマ姿の桂にまた被弾して、ひとりで食べるなよとくぎを刺してから、高杉も入浴を済ませることにした。
このままコトを進めてもしまいたかったけれど、どうしても今回はその瞬間を素面で迎えたい。夢中になって、大事な瞬間を逃すことだけは避けたいのだ。
恋を告白する時よりも緊張しているような気がして、風呂場で何度も深呼吸を繰り返す。
今さら緊張するなんて思ってなかった、と最後に大きく息を吐き出して、桂はとことん俺の初めて持っていくんだなあと諦めにも似た喜びで、笑ってしまった。
「あ、晋助、髪ちゃんと乾かさないと駄目だろ」
「んー」
めんどくせ、なんて言っていると、桂がドライヤーを持ってきてくれる。脱衣所に置いてあるのだから、ちゃんとそちらで使ってこいというのに、と文句を垂れながらも、桂が髪を乾かしてくれる。
気づかないのだろうか、こんな時間が好きで、泊まりの時はわざと髪を乾かしてこないことに。
桂の指先が気持ちいい。温風に混じって、鼻歌が聞こえる。ともすればこのまま眠りに落ちてしまいそうな心地よさだが、まさか眠るわけにはいかない。ごまかすように咳払いをすれば、ちょうど乾かし終わったらしくて、桂の手が離れていった。
「サンキュ。戻してくる」
「あ、なあ晋助、どっち先に観よう?」
「どっちでもいーよ」
いそいそと鑑賞の準備をする桂にそう返して、ドライヤーを脱衣所に戻す。普通のマグカップに二人分の紅茶を入れて、リビングに持っていく。日付を越えたら、カップを変えて飲めるだろうか。
そうして、最初はアクション映画を選んだらしい桂の隣に座る。
皿に取り分けたドーナツと、温かな紅茶。面白そうな映画と、隣には大好きなひと。これが幸福でなくて、なんというのだろう。
「アクションっていうから、銃とか剣とか、そういう喧嘩ものかと思ってたけど」
「あー、カーアクションてヤツかな。古いけど、好きな車出てくるんだ」
「ふぅん? どれ?」
「もうすぐ」
そんなことを言い合いながら、画面に注視する。ときおりソファの上で指先が触れ合うけれど、濃密に絡み合うことはない。
二本目のDVDは、映画というよりドキュメンタリーだった。地球の様々な地で生息するもふもふ。明日はやっぱり動物園の方がいいだろうか? とはしゃぐ桂の隣で笑う。
「あ」
そんな風に過ごしているうちに、日付の変更が近づいてくる。高杉は桂の肩を抱き寄せ、なァ、と鼻先をすり合わせた。ふふ、と笑う桂と、額がこつり、ぶつかる。
口唇を触れ合わせて、舌先を絡め合わせて、吸って、閉じ込める。
「ん……」
はあ、と息を吐き出しても、またすぐに触れる熱。ソファの上でお互いを大事そうに抱きしめながら、日付を挟んでたっぷり三分、キスをした。
「……小太郎、誕生日、おめでと」
「ありがとう、晋助……嬉しい」
恋人同士になって、初めての誕生日。いちばん初めに伝えられてよかったと、もう一度鼻先を合わせる。
「あのさ、プレゼント、あるンだけど」
「え、独り占めがプレゼントじゃなかったのか?」
「ちげーよ」
驚いてぴんっと背筋が伸びる桂の頭に、猫のぴんとした耳が見えたような気がしたが、きっと幻覚だろう。
高杉はソファの後ろに隠しておいた包みを持ち上げる。
どうやらバレてはいなかったようで、そんなにわかりやすいとこに隠してたのかと、桂が悔しそうに口をとがらせた。その口唇にちゅっとキスをしてなだめては、テーブルの上にその包みを置く。
「ん、プレゼント」
「ありがとう。あ、開けてもいいか?」
「どーぞ」
桂がそわそわと包みを開けていく。高杉もそわそわと反応を待っている。
「わ……、マグカップ? ふたつも? え? 晋助、もしかしてこれって」
「ペアのだよ。お前がよければ、片方は俺に使わせて」
箱の中に入っていたのは二つのマグカップ。それぞれの取っ手にリボンが結んであって、どう見ても恋人同士で使うもの。さらには、カップに描かれたイラストは、あじさい。
「今日、っつーかもう昨日か。見にいったあじさいそっくりだよな。別にそういう意図はなかったンだけど」
「び、びっくりした……晋助がなにか魔法でも使ったのかと思ったぞ……」
「バーカ、んなわけあるかよ」
桂はふたつを手に取って、部屋の灯りにかざしてぐるりと一周させ眺める。そこかしこに隠れた生き物たちを見つけて、桂ははしゃぐ。特に、やっぱり黒い猫を見つけた時にはふるふると指先を震わせさえしていた。
「嬉しい、嬉しい晋助、ありがとう。こっちのねこちゃんいるヤツ、俺のにしていいか?」
「ハハッ、やっぱりそっち選ぶと思った。じゃあ俺こっちの蝶々な」
「晋助によく似合う。大事に使わせてもらうよ、本当に嬉しい……」
両手で大事そうに抱える桂を見て、高杉は心の底からホッとした。何でも喜んでくれるとは思っていたけれど、本当に嬉しそうに受け取ってくれて、こちらの方こそ嬉しくなってしまう。
「桂。好きだぜ」
はらり、こぼれるように口唇から出た言葉に、桂が目をぱちぱち瞬く。言うつもりではなかった言葉が出てくるなんて、と高杉も少し驚いてしまった。
「もう……、晋助は、……ズルイ」
こてんと、桂が肩に身を寄せてくる。どうもツボにハマッてしまったようで、すりよせられるしなやかな体に、熱が上がった。
頬に手を添えてそっと顔を上げさせると、目蓋がゆっくりと落ちていく。
そのまま口唇が触れる――かと思ったのだが、
「あ、晋助、これで紅茶飲みたい、コーヒーでもいいから、なぁ」
「…………このタイミングお前な……」
すいと躱されて、高杉はがくりと項垂れた。まあ元々、日付が変わったらこっちのカップで飲みたいなと思ってもいたし、高杉は仕方なくソファから腰を上げる。
二つのカップを持ってキッチンへ移動する前に、桂に確認した。紅茶でいいのかと。
「ん、紅茶がいい。砂糖だけ入れて。コーヒーは、明日の朝、……かな」
「モーニングコーヒーってか? でも、今紅茶なんか飲んだら、眠れなくなるンじゃねーの」
そう言いつつキッチンで二つのカップを洗い、ティーバッグを放り込んでお湯を注いでいく。
少なめでいいかなと思ったそこへ、桂のバクダン。
「大丈夫だよ晋助。俺、今夜は眠る気ないから」
二秒ほどその言葉の意味を考えて、高杉は硬い動きで桂を振り返る。何を言っているのか分かっているのかと。
桂はソファの上で可愛く首なんか傾げて笑っている。これはもう確信的なお誘いだろうと高杉は頭を抱え、少なめのお湯で二人分の紅茶を作って舞い戻る。
初めての誕生日と、初めてのペアカップと、初めての桂からのお誘い。
「お前のせいで、加減する気なくなったじゃん」
「ふふ、俺だって、朝まで放す気ないからな?」
中身のなくなったカップが、ことりとテーブルに置かれる。今回くらい、洗い物は後回しにしたって許されるはずだ。
手をつないでリビングをあとにして、階段の真ん中で口唇を合わせる。
はじまりのキスは、紅茶の味がした。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ #誕生日
きみを飾る花を
水色の花びらを惜しげもなく広げて、その花は悠然と咲き誇っていた。朝露を引き連れて、きらきらと光るそれは、子供の目にも美しく見えた。
高杉は、その花の前でしばし考え込み、ざり、と踵を返す。行く先は、松陽の元だ。
「先生」
「おや晋助、どうしたのですか。昨日の授業で分からないところでも」
若干早い時刻とも思えたが、松陽はいつものようににこやかに迎えてくれる。今までいたどの大人とも違うこの男を、高杉は純粋に尊敬していた。
しかし、眠い目をこすってまで朝早く起きたのは、昨日の授業で分からないところがあったためでも、松陽に教えを乞うためでもない。いやそもそも、あまり真面目に聞いていなかったのだから、分からないところがあるかどうかも分からない。
松陽はそれを知っていて、わざと笑いながら訊ねてくる。どうもバツが悪いけれど、それを怒っているのなら、今日はちゃんと授業をきいていよう、と背けた瞳をまた松陽の元に戻した。
「あの、庭の……庭のあじさい、もらってもいいですか」
「あじさい?」
松陽の顔が、庭の方へ向く。そういえばちょうど見頃のあじさいが、庭には何株も植えられているのだと、高杉の言葉で改めて考える。藍色、水色、紫色、桃色……どれも美しい色をまとっていた。
「構いませんが……どうするんですか? あの花なら、いつも女の子達が生けてくれているじゃありませんか」
学舎に飾りたいのだろうか? と松陽は思うが、高杉が今までそうしたことはないし、毎日何かしらの花が生けてあるのは、彼も知っているはずだ。
もちろん剪るのは構わないが、理由を訊ねようと高杉を振り向き直せば、どうしてか視線が泳いでいる。心なしか頰が染まって見えるのは、気のせいではないだろう。
「あ、の…………人に、あげたいと、思って」
「……ああ! なるほどそういうことでしたか。野暮なことを訊いてしまいましたね。ふふ、晋助、きみも一人前の男なのですね」
「そ、そうじゃなくて!」
「おや、そうじゃないとは? 私は一人前の男としか言っていませんが」
ほんの少しのイタズラ心に、高杉はハッとして視線をそらし、そしてキッと睨む。可愛らしい、と松陽は口許に笑みを浮かべ、両の手のひらを向けてみせた。
「冗談ですよ、すみません晋助。とても大事な相手なのですね」
「……アンタのそういうとこ、やだ」
ふいと顔を背ける高杉に、松陽は腰を上げる。意地悪をしてしまったせめてものお詫びに、一緒に良い花を選んでやろうと、剪定バサミを手に取って。
「さてどの色がいいですかねえ、晋助」
「……青いの……」
あじさいの群れの前、松陽は高杉と同じ目線にまで腰を折る。
君たちの目線ではこんな風に見えるのですねと柔らかな声で呟く松陽に、高杉はむずがゆい感覚をどうすればいいか分からなくなった。あまり伸びない身長のことを思い起こさせられるのは、好きじゃない。
これが他の大人だったら張り倒してやったところだが、松陽の言葉には優しさ以外なにもない。
高杉はそんな松陽と一緒に花を選び、自らの手で剪る。立派な花びらをつけた一輪だけ、大切そうに。
「晋助、あじさいの花言葉というものを、知っていますか?」
剪り終えて背筋を伸ばした松陽を、高杉は見上げる。それは知らないという意思表示を持っていた。花々にそれぞれ、象徴するような言葉があるのは知っているが、ひとつひとつ覚えてなんていられない。
「元気な女性、辛抱強い愛情といった意味の言葉があります。きみの大切な人は、そのような方でしょうか」
高杉は手の中のあじさいを見つめて、どうも松陽は誤解をしているようだと思う。いや――誤解でもないのだが、気恥ずかしい。そんな花言葉があるなんて知ったら、渡しづらくなってしまう。
「それと、もうひとつ。……移り気、という意味も」
「えっ……?」
松陽の声が、少し低くなる。高杉は思わず松陽を振り仰いだ。花言葉というのは、良い意味だけではないのか。
移り気、なんて、どうやっても良い風には盗られないだろう。もし相手がその花言葉を知っていたら、喧嘩を売っているのかと思われかねない。
「物事には、良いところもある反面、悪いところもある。でもね晋助。要は捉え方なのですよ」
せっかく剪ったけれど、渡さない方がいいのだろうかと俯いた時、松陽の優しい声が引き上げる。
「移り気とは、変化、変節。より美しくなるために変わっていく――そう捉えれば、こんなに素敵なことはありませんね」
高杉は両の目を見開く。
悪い意味にしか捉えられなかった自身とは違い、言葉を換えて良い意味にしてしまう松陽を、やはりどの大人とも違うと、口許に笑みを浮かべた。
「ま、自分に都合のいいように捉えりゃいいってことだろ、先生」
「そうですね。きみの美しいひとに、想いが届きますように」
「だからそんなんじゃねえって言ってんだろ!」
やはり松陽に敵うことなどない。もっと早く生まれていたかった。この男と対等に競ってみたかった。
いや、でもそうしたら、出逢えていなかったかもしれない。このあじさいを贈りたい相手とは。
「晋助、花にリボンでもかけたらどうでしょうか。きっと喜ぶと思いますよ」
「そういうの喜ぶようなヤツじゃねーけど……」
「おやそうですか? 似合うと思いますけどね」
誰に、と牽制した言葉には、さあ? といつものようにふわふわとした答えしか、返ってこなかった。
恋とか、そういうものじゃない。
ただ、生まれたことを祝ってやりたい相手がいるという、それだけだった。
はずなのに。
高杉は、速めの速度で歩いていた足を、じゃり、と止めてしまう。視線の先に、渡したかった相手はいた。その両手に、いっぱいの贈り物を携えて。
途端、自覚する。そして急速に、体中を駆け巡る、ひとつの感情。
「おはよう高杉」
高杉は俯いて、渡したかったあじさいをぱっと背中に隠す。
「なんだ貴様、挨拶もろくにできんのか。情けないぞ。松陽先生だって、挨拶はしっかりとしろとおっしゃっていただろう」
祝ってやりたかった相手――桂小太郎は、朝っぱらから相も変わらず説教などしてくる。高杉は悔しさに顔を背け、口唇を噛んだ。
「あ、そうだ高杉、あとでこれ一緒に食べないか。誕生日だからと、たくさんもらってしまってな……」
「……いらねぇ」
「でも、ツナマヨのおにぎりも……」
桂の手の中には、金平糖や羊羹やまんじゅう、おにぎりがたくさん。きっとこの塾に通っている女子からもらったのだろう。朝早くから来てまでも、桂に渡したかったに違いない。
「それ、お前がもらったんだろ。ちゃんと食ってやれ」
そこに潜むのが、ただの友情なのか、恋情なのか、分からない。だけど、たくさんあるからといって他人に譲られるためのものではないはずだ。
「……そうか、そうだな、全部……いただくことにする」
「ん……」
高杉の言葉に桂は思案して、素直に頷く。そこに気がつかなかったとは不覚、とでも言わんばかりに、眉が寄った。
「高杉、ありがとう」
「何が」
何に対して言われたことか分からずに訊ねれば、
「危うく礼儀を忘れるところだった。その礼だ」
凜とした笑顔でそう返ってくる。
カッと、顔の熱が上がった。
高杉は、自分が、とても子供っぽいような気がしてならない。たった一ヶ月半の間だけど、桂が年上になる。それがとても長い期間で、ひどく歳が離れてしまったようにさえ感じた。
いちばんに渡したかった、いちばんに祝ってやりたかった、といじける自分が、子供じみていないなんて言えない。
高杉は、背中に隠したあじさいの茎を、きゅっと握りしめた。
「桂」
「ん?」
「……食いもんじゃなくて悪いけど」
誕生日、おめでとう。
小さくそう付けくわえて、桂の前に青色の花を差し出す。茎に結んだ紐は、先日買ったばかりの小銭入れについていたもの。時間があれば、もっといいものを探したけれど、そんな余裕もなかったのだ。
「……お前が?」
「なんだよ、俺がやったらおかしいのかよ」
「そ、そうじゃない、び、びっくりして、その」
桂は目をまん丸に開いて、差し出されたあじさいを眺めている。高杉自身、がらにもないことをしたとは思っているが、そこまで驚かれるのも心外だった。
「ありがとう……嬉しい、嬉しい、本当に」
桂はあじさいを笑顔で受け取ってくれる。
いつもの、凜としたものでも、たしなめるようなものでも、呆れるようなものでもなかった。
本当に嬉しそうな笑顔に、ついうっかり、だ。
ついうっかり、口づけてしまった。
「えっ」
「あっ」
口唇と口唇が、ほんの少し触れ合った、ただそれだけ。
だが、意図を理解するには充分過ぎるものだろう。まずい、と高杉が思った時には、真っ赤な顔をした桂に、ドンと突き飛ばされていた。
「な、な、な……」
その拍子に、桂の手の中にあったものすべてが転げ落ちる。塾の誰かが贈った菓子もくるまれたおにぎりも、高杉が贈ったあじさいも。
失敗した、と思った。
こんな風に、桂の意思を無視して、押しつけるつもりではなかったのに。しかも、彼を祝うべき大切な日にだ。
「……悪い」
高杉はそう呟き、転げ落ちた菓子とおにぎりを拾い上げる。泣きたい気分だったけれど、突然口唇を奪われた桂の方こそ泣きたい気分だろう。もしかしたら、初めてだったかもしれないのに。
贈ったあじさいは、もう受け取ってくれないかもしれないと思いつつも、拾い上げる。それらを桂の手に降ろし、顔を真っ赤に染めてふるふると震える様子に、罪悪感ばかりが押し寄せてきた。
傷つけたかったわけじゃない。いい加減な気持ちで、口唇が欲しいと思ったわけではないのだと、口を開いた。
「桂、俺……、桂!」
だけど、高杉が一言告げる暇もなく、桂が体をひるがえす。背中を向けられて、追いかけるだけの勇気は、今の高杉にはなかった。
小さくなっていく桂の背中を悔しそうに、寂しそうに眺め、しゃがみ込む。
「……なにやってんだ俺……馬鹿かよ……」
もう今までのようにはいかない。いくわけがない。せめて恋する気持ちを告げてみたかったけれど、もう聞いてはくれないだろう。
時間が元に戻せるなら、あじさいを剪る前に戻してほしいと、高杉は幼い恋の終わりを感じていた。
はあっ、はあ、はあ。
そんなに距離を走ったわけでもないのに、息が上がっている。桂は我に返って立ち止まり、改めて腕の中の花を認識した。
綺麗なあじさいをくれた相手と、口唇を合わせてしまった。それを思い出してしまって、また顔の熱が上がってくる。
「ど、どう……どうしよう……」
泣きたい。泣き出したくてたまらない。だけどこんなことで、としゃがみ込んだそこへ、ひとつの、声。
「小太郎?」
桂は、かけられたその声を振り仰いだ。
地獄に仏、いや違う天国に仏、これも違う、もうなんでもいい、ともかく天の助けだ、と桂は無防備に安堵した表情を、松陽に向けた。
「先生……っ」
「どうしたのです、泣きそうな顔をして、……おや」
桂の潤んだ瞳を珍しそうに覗き込んだ松陽は、ぱちくりと目を見開いた。桂の腕の中に、見覚えのある青い花。間違いなく、少し前に高杉が剪っていたあじさいだ。
なるほどそういうことですかと、微笑ましそうに腕を組む。
「今日は、お誕生日ですね小太郎。おめでとう。皆でお祝いしましょうか」
たまには授業のない一日でも構わない、いや、友の生まれた日を祝うというのも、大事な学び事だと松陽は楽しそうに笑う。さっそく準備でもと踵を返しかける松陽だが、はてそんなすばらしい日に、桂は何を泣きそうになっているのだろうと首を傾げた。
「先生、あの……」
「何か悩み事ですか、小太郎? ……晋助の、ことで?」
ゆっくりと付けくわえた松陽に、俯きがちだった桂の顔が勢いよく上げられる。どうしてこの師はなんでもお見通しなのだろうと、桂は困ったように視線を背けた。
「あ、の……た、高杉、が……、その、花を……くれて」
「良かったですね。きみにとてもよく似合いますよ。晋助が、一生懸命選んだものです」
ああ一緒に選んでくれたのかと桂は気がつく。考えてみればこのあじさいはあの庭のものだろう。高杉が、松陽に内緒で剪ってくるはずもなかったのだと今さら思い至って、どれだけ自分が動揺しているのか自覚した。
「大切なひとに贈りたいのだと言って……言ってはいませんでしたが、きみ宛てだったんですね、小太郎」
「先生……どうしたら、いいでしょうか……」
「どう、というのは?」
「く、口唇を、その、触れ、合わせる、というのは、こっ、恋仲の者同士がするものだと、思っていたんですがっ……、その」
桂らしくなく、明瞭な言葉にならない。松陽は目を丸くして、瞬いた。高杉との間に何があったのかを悟るにはそれで充分で、おやおやこれは、と思わず笑みがこぼれてしまう。ずいぶんとマセたお子様たちだ、と。
「まあ、普通はそうですねえ。……小太郎、晋助と?」
桂の頰が、分かりやすくさっと染まる。
また思い出してしまって、桂は口を覆った。そうだあれは口づけだ。ほんの少ししか触れなかったというのは問題ではない、少しでも触れたということが、問題なのだ。
どうしよう、と小さく呟く。泣き出してしまいたい、とこみ上げてくるものがあった。
「小太郎、嫌でしたか?」
「いえ、少しも」
訊ねてきた松陽に、桂はそう即答して首を振る。
嫌なわけがない、そんなわけがなかった、だって、ずっと、密やかに。
密やかに、高杉のことが好きだった。
恋という意味で、高杉晋助が好きだったのだ。
「嫌な……わけが、ないんです……」
「では、どうしようも何もないじゃないですか。なぜ悩んでいるのか、分からないんですが」
「だ、だって俺、びっくりして、高杉を突き飛ばしてしまって! ど、どういう顔で、逢ったらいいのか……!」
高杉の想いを認識するより早く、体が動いてしまっていた。
逃げ出すつもりはなかったと今なら思えるのに、あの時はただただびっくりして、思わず高杉の体を押しやって突き飛ばしていたのだ。
同じ気持ちなんだと言おうにも、どんな顔をすればいいのか分からない。嬉しくて恥ずかしくて、逃げてしまったことが悔しくて、情けない。泣き出してしまいたいと、触れた口唇をもう一度覆った。
「なんて……応えたらいいのか……分かりません、先生……」
「うーん、そうですねえ……私もこちらの方面には何か教えられるようなものもないのですが……」
小さなふたりの小さな恋を、どう手助けしてやろう、と松陽は首を傾げる。すがるような瞳を向けられて、苦笑した。
「小太郎、あじさいの花言葉を知っていますか」
「え、花言葉……? ……えっと、確か……変節……? すみません、あまり素養がなくて……」
間違っているかも、と困ったように首を傾げた桂に、松陽は笑う。なんて優秀な生徒なのだろうと、感動さえした。
「そう、変わること。小太郎、晋助ならきっと、これで気づいてくれますよ」
いいアイディアです、と人差し指を立てた松陽に、桂の顔が嬉しそうなものへと変わっていった。
今日は小太郎の誕生日なので、と、松陽の提案で今日の授業は近くの原っぱへ出かけることになってしまった。野に咲く花や薬草を知るのも、生きていく上で必要な知識で、糧になっていく。
授業をサボることはいけませんという松陽の教えで、高杉は陰鬱な気分で皆のところへ足を向ける。
そこには当然、今日の主役である桂もいるはずだ。
どんな顔をしたらいいのか分からない。
まずはじめに謝らないといけないだろうか、思い出させない方がいいのだろうか、とぐるぐる悩んで、騒がしい輪の傍まで歩んだ。
「おっせーぞ高杉ィ」
「全員そろいましたね、では出かけましょうか」
何してやがったんだと悪態をついてくる銀時と、それを何でもないように受け流す松陽と、その陰に、桂の姿。一瞬視線が合った気がしたけれど、すぐにぱっと外される。
ああやっぱり怒っている、と頭を抱えたくなったその時、気づいた。
ふよん、と揺れる桂の髪。高くその髪を結い上げるその白に、見覚えがある。
「え……」
昨日までと違う。朝……あじさいを贈った時とも違う。
――――あ。あ、あっ……!
あんぐりと口を開けたら、恥ずかしそうにちらりと見やってくる桂と視線が重なる。かあっと頰の熱が上がって、こみ上げてくるものがある。
桂の髪を飾るのは、あじさいに結んでいた白い紐。
つまりは受け取ってくれたのだ。
花も、気持ちも。
高杉は今すぐ駆け寄りたい衝動を抑え、原っぱへと出かける皆の、いちばん後ろをゆっくり歩く。皆の歩調に合わせていた桂の歩みがだんだんと遅くなり、高杉と同じペースになった。
「か、桂、あのさ」
「高杉、まだ……ちゃんと聞いてない」
「あ……うん、悪い」
松陽たちとはぐれないようにしながらも、ふたりでゆっくり歩き、まだちゃんと告げ合っていなかった言葉を引き出そうとする。
それでも高杉は、思いがけず叶いそうな恋を言葉にする心の準備ができていなくて、ちらちらと桂を見やるばかりだ。
高杉、と呆れたようにも期待しているようにも名を呼んでくる桂にドキドキしつつ、ようやっと口を開く。
「……それ、似合うな」
「そ、そうか?」
結んだ紐の端を、くすぐったそうにもてあそぶ桂。ほんのり染まった頰に、やっぱり胸が高鳴った。
「こ、今度……ちゃんとしたの贈るから」
「俺はこれで構わないがな。お前の小銭入れについてたやつだろう?」
気づいていたのかと、高杉は目を瞬く。なおさらちゃんと新しいものを贈ってもやりたいが、そんなところまで見ていてくれたのかと嬉しい気持ちが今は勝ってしまった。
「桂」
隣を歩く桂の手に、そっと触れる。指を絡めるまではまだできなくて、幼い幼い、恋心。
「……好き」
まさか自分が、桂相手にこんな気持ちを抱くなんて、こんな言葉を言うことになるなんて、思ってもいなかった。
桂が手を握り返してくれて、泣いてしまいたい衝動に駆られたけれど、どうにか我慢した。泣いてしまえば、桂の顔が見られなくなる。
「俺も、好きだよ高杉」
こんなに綺麗に笑ってくれる桂の顔を、見逃していいはずがない。彼を祝うつもりが、幸福をもらってしまった。
「もっかい言うけど、誕生日、おめでとう」
せめてその半分くらい、幸福を返せていればいい。そう思って、高杉は桂の手を強く握りしめてゆっくり皆のあとを追った。
#幼少高桂 #両片想い #誕生日
雨音
ぱたたたた、と雨が屋根を叩く音がする。
またひどくなったなと耳を澄まし、ため息をついて寝転んだまま煙草盆を引き寄せる。
いつもならここで、吸うのは百歩譲って許可してやるが寝たままでは危ないだろうと、小言が飛んできやがる。
……が、今日はそんな気力もねェらしい。
くくっ、そりゃあな、あんだけしてやりゃあ意識も飛んじまうか。
そう思って、隣に横たわる男を眺めてみた。別にこいつに言われたことを気にしてるわけじゃねぇが、持ち上げかけた煙管は煙草盆に戻しておいてやる。刻み煙草を詰めるより、こいつの顔見てる方が楽しいしなァ。
最初はな、こいつも抵抗みてぇなもんをする。
俺の手を退かそうとするとか、顔を背けるとか、そういう些細なもんだが。俺がそんな仕草もおもしろがってることを、多分知っていてだ。
まったく飽きねぇよ、桂、お前さんは。
いやだと言いながらも結局は俺を受け入れて引き込んで、誘って、煽って、よすぎてたまらないって顔しながら俺の名を呼ぶ。背中に立てられる爪のせいで、小さな傷がいくつもできるんだが……まぁそこはいいさ。
桂、と呼んでやると、くすぐったそうに身をよじって、ん、と返事をする。
ヅラ、と呼んでやれば、耳元の声が熱を誘発するのか、俺を締めつけてくる。
そんな風にされて、抑制が利くわけもねぇんだ。
「……まァ今日はな、少しばかり……無茶をさせたかもしれねぇなぁ……」
何しろこの雨の音で、桂のイイ声があまり聞こえなかったのだ。
物足りなくて、聞こうとして、何度も何度も、体を揺さぶった。もう無理だって言うこいつを押さえつけて、足を開かせて、何度も突き上げた。
俺の名を呼びながらイッちまった桂にようやく満足して、離してやれたのがつい半刻ほど前だ。
その間にも雨は降り続けていて、自分の吐息の音さえ聞こえない。桂の寝息も聞こえない。身を寄せればどうにか感じられる、といったところだ。
こんな雨、早く止めばいい。桂の声をこの距離で聞きてぇんだ。高杉、となだめるような甘やかすようなその声を。
この距離で俺の声を聞いてもらいてぇ。桂、とお前を呼ぶ声の温度を知らしめたい。
「なァ、ヅラ」
桂の目蓋が、そっと開く。聞こえたわけではないのだろう。眠そうな目をこすって、なんだと訊ねてくる。
「なんでもねーよ。寝てな」
言って、髪を撫でる。聞こえてなくてもいい、撫でる手のひらで伝わればそれでいい。
早く止めばいい。
こんな雨じゃ、愛しているも聞こえやしねぇ。
雨の音が聞こえる。昨日からの雨は、まだ止んでいないらしかった。
そっと目蓋を持ち上げれば、目の前ですぅすぅと寝息を立てる男。
まだいたのか、と思うが、この雨では仕方ないだろうな。何しろひどい降りだ。相手の寝息どころか、自分の吐息さえ聞こえてこないほどなのだから。
しかし体が重い。昨日からの雨と同じくらい、激しく熱を交わらせた。無理だと言ったのに、高杉は聞きやしなかったのだ。
思い出すと顔が火照る。
まだだ、と偉そうに呟くその声は、雨の音に邪魔されないようにと思ってか、耳のすぐ傍で聞こえた。
その距離と声が妙に嬉しくて、無理だと思う反面もっとずっと長く繋がっていたくて、浅ましいと感じながらも高杉を抱き寄せて足を開き、受け入れて引き込んだのだ。
何度も何度も揺さぶられて、悔しいから締めつけてやって、でもさらなる反撃に遭うだけだった。昨日は何があんなに、高杉を興奮させていたのだろう? こんなに寝入ってしまうほど。
ぱたたたたた、と屋根を叩く雨の音。こんな轟音ともいえる音が響く中で、よくもこう無防備に寝ていられるものだ。
だが、こんな雨は嫌いじゃない。
いくら声を上げても他人に聞かれることはないし、どうかすれば高杉にさえ届かないのではないだろうか。
ああ、そうか。だから昨日は、あんなに近かったのだな。
どうも俺のそういう声が好きらしいこの破廉恥な男が、より近くで聞こうと体を密着させてくるのが、実は嬉しかったりする。
「なぁ、高杉……」
俺の声はお前を高ぶらせることができただろうか?
そう思って、隣で眠る男の髪を撫でてみる。起きないようにと思う気持ちと、起きて構ってほしいと思う心をごちゃ混ぜにしながら、その髪に口づけた。
「なんだいヅラ……珍しいことしやがるじゃねぇか……あれだけしといて、足りないってぇんじゃあるめーな」
起こしてしまったのか、起きていたのか、高杉の腕が腰に絡んでくる。足りないのはどっちだこの馬鹿め。
雨のせいで近い距離。寝起きの少しかすれた声。どこか子供っぽい仕草で鼻先が触れ合って、口唇が重なる。
「足りないわけではないが、腹一杯とも言い切れん」
「くくっ、腹八分目にしときゃいいのになァ」
腰を引き寄せられ、高杉をまたぐ。触れる素肌は、まだしっとりと汗ばんでいた。
雨音のせいで近くなる距離、耳の傍の呼吸と温度、咎められない声で誘い、煽られる。
何よりも、いつも朝が来る前に姿を消している高杉が、雨宿りとでも言わんばかりにまだ傍にいる。
「高杉……」
嬉しい。
もっと長く、もっと傍で、この声を聞いてほしい。
「愛しているぞ」
こんな雨は嫌いじゃない。
すべての音がかき消され、お前の他に、絶対誰にも聞こえない――。
#両想い

ドアを開けた途端、うう、と呻く声が聞こえてくる。俺は慌ててベッドに駆け寄って、様子を確認した。
「熱、また上がったのか? 晋助」
ベッドにごろりと身を伏せているのは、幼馴染みで、その、……こ、恋人の、高杉晋助だ。
滅多に風邪なんか引かないのに、一度罹ると重くなる。今朝だって三十九度近い熱を出していて、それでも学校に行こうとしていた晋助を、半ば押し倒すようにベッドに寝かせた。そんなに勉強熱心じゃないだろう、と若干貶すようなことを言ってしまったが、それは事実だ。しょっちゅう寝ているじゃないか。寝る子は育つって言うけど、勉強もちゃんとしろ。
なんて思い出してる場合じゃない。「お前と一緒にいる時間短くなんのやだ」なんて言われて、嬉しかったことを思い出している場合じゃない。晋助大丈夫かな。
「こ……たろ……?」
「うん、晋助、熱は?」
ベッドに寝転んだ晋助を見下ろす。晋助が風邪っていう状況じゃなきゃ、いい気分なのにな。だって俺はいつもこうして晋助に見下ろされてばかりなんだ。……ベッドの上で(たまに床の上で)。
でも今はやっぱりそんなこと考えてる場合じゃない。
晋助の額に手を当ててみると、まだ熱い。よかった、いやよくないけど、家から持ってきた水枕が役に立ちそうだ。ガロ、と奇妙な音を立てる氷の入った枕を、晋助の頭のすぐ傍に置く。頭が冷えすぎないようにタオルを巻いて、晋助が使っていた枕と交換した。
「大丈夫か? 冷たくない?」
「ん……気持ちいい……」
触れた指に、晋助が頬をすり寄せてくる。可愛いったらない。晋助は結構甘ったれだ。普段学校じゃ悪ぶってるくせに、俺とふたりきりだと途端にこうなる。
「つか……なんでいんのお前……」
「俺も学校は休んだ。一緒にいる時間が減るのやだって、晋助が言ったんじゃないか」
「いいのかよ、委員長サマが……そういうつもりじゃなかったんだけど……」
晋助が、息苦しそうにゆくりと呟く。それはまだ熱が高いことを物語っていた。
そりゃあ学生の本分は多分勉強で、大切なことかもしれないけれど。だけど家にひとりの晋助を置いて学校に行って、授業に集中できるわけがないんだ。たとえ行ったって、校門をくぐる前に帰ってくるよ。意味ない。
「たまにはいいだろう。晋助が、俺に看病されるのやだって言うなら、まぁ……しょうがないけど」
「んなわけねー……」
「そうか、よかった。何か食べられそうか? お粥とか、果物の方がいい? 何か腹に入れないと、薬を飲んでも胃がやられるぞ」
晋助の家の冷蔵庫、中身はほぼ把握している。作れそうなものはあるが、病人食ともなるとレシピが分からないな。ネットで調べてみよう。
「喉いてぇ……」
「じゃあ、そうめんとか、うどんとか……」
喉の炎症があるなら、固形物は控えた方がいいだろうか。つるりと入っていくそうめんなら、すぐに作れる。
んー、と晋助が曖昧に答えてきた。嫌ではなさそうだと判断し、キッチンを借りるぞと少々今さら感のある断りを入れた。
たまに晋助の家で、一緒にご飯を食べる。隣の俺の家で食べることもあるんだけど、やっぱりその、……ふたりになりたい時があるんだ。だから晋助の家のキッチンはどこに何があるかもちゃんと分かる。
晋助がどれだけ食べられるか分からないから、少し多めにゆでた。残りは俺が食べればいいんだし。
早く良くなってくれますように、って思いながらつゆを作って、焼き海苔をパラパラと落とす。お盆に乗せて二階に上がると、晋助は頑張ってベッドの上に体を起こしていた。
「サンキュ、小太郎」
「はやく良くなれよ、晋助」
「そーさな……こんなじゃキスもできやしねェ」
はあ、とため息を吐く晋助。毎日何度もキスをしていれば、確かに寂しい。俺だって晋助とキスをしたい。
「できるよ、キスくらいなら」
晋助に、キスをしたい。
そう思って、ベッドの上に腰をかけた晋助に、口唇を寄せた。
「……うつんだろ」
「うつったら晋助が俺を看病する番だな」
こつ、と額をあわせれば、やっぱり熱い。うつればいいのに。動くのもつらそうな晋助と、代わってやりたい。でもそれはできそうにないから、祈るくらいしか方法がない。
「あ、海苔入ってる……これ好き」
「梅も入れようかと思ったんだけど、喉を刺激するかもしれないからな。あ、残してもいいぞ、あと俺が食べるから」
「いただきます……」
晋助はゆっくりと胸の前で手を合わせて箸を持つ。ちゅる、と晋助の口唇に吸い込まれていく白いそうめん。つゆは跳ねることなくまといつき、晋助の中に入っていく。相変わらず、綺麗。
晋助は学校では授業態度が悪かったり言葉が乱暴だったりするけれど、おおむね可愛くてかっこよくて、びっくりするほど丁寧だ。こうしてご飯を食べる時も、俺に触れる時も。
最中はそんなこと考える余裕なんかないんだけど、こうしているとなんていうか、ほんとに……愛されてるなあって思う。それと同時に、愛しいなあって気持ちでいっぱいになる。
たすけてあげたい。つつんであげたい。
たすけてほしい。つつんでほしい。
晋助とは、そうありたい。よりかかるだけじゃなくて、支えていたい。そう思うんだ。
「……ごちそうさま……」
「あれ、結構食べたんだな。薬飲んだか? 苦いとか駄々こねるなよ」
「こねてねぇ……」
晋助は俺が思っていたよりもたくさん食べて、用意してた粉薬もちゃんと飲んでくれた。体中が痛いと言いつつベッドに寝転がるのは、これからまた熱が上がってくるのだろう。
「ゆっくり寝て、晋助。何か欲しいものとかあるか?」
晋助の肩まで布団を引き上げて、あやすようにぽふぽふ叩く。子供扱いしたつもりはなかったけど、晋助の目がすっと細められた。機嫌を損ねたかなと苦笑して、欲しがりそうなものを上げていく。水分補給の飲料、ヨーグルトやプリン、そういえば晋助はヤクルトが好きだったかな、と。
「あとは、うさぎさんのリンゴとか」
「いらね……」
「晋助」
熱で弱気になった瞳に、潤いが増している。晋助にしては珍しく、弱々しい声だった。
「そんなん、いらねーから……、……いてくんねえ? ここに……」
「晋助……」
熱で頬が赤いのか、照れているせいで赤いのか、俺にはどうしても判断がつかなかったけれど、俺の答えはたったひとつ。
「うん、晋助。お前が眠るまで……ううん、眠ったあとも、ちゃんとここにいるから」
伸ばされた手をそっと握りしめて、安堵したように目を閉じる晋助の頬に、おやすみなさいのキスをした。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ