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- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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ONE NIGHT IN HEAVEN-003-
「……お前、人に出された物飲むのはマナー違反だろう」
「先輩そういうこと気にするタイプじゃないでしょ」
「茅ヶ崎、あの女に食われたいのか?」
「は?」
「女を振り向くな。俺の質問に答えろ、あの女とホテルに行きたいなら邪魔はしない」
あの女と言われて、このカクテルをくれた女性だろうと思い当たり、振り向こうとするけれど、千景の鋭い視線と低い声に負けて、できやしない。さらに、面倒そうな言葉が降ってくる。
「冗談でしょ。悪いけど好みじゃない」
「ああ、監督さんみたいなのがタイプか? それなら女の好みは悪くないな」
「いや監督さんにそういうアレは……」
「まあお前の好みはどうでもいいけど、面倒なことしてくれたな」
グラスを持つ手首をカウンターに押しつけられる。これ以上飲むなということなのだろうが、面倒という理由が至には分からない。
「茅ヶ崎、怒るなよ? ……俺に合わせろ」
「え、ど、どういう」
『二人で飲もうなんて言ったから期待したのに、女の誘いに乗るのかよ、修司』
千景の声のトーンが変わる。違う名で呼ばれる。エチュードなのだと瞬時に悟った。
『そ、そんなつもりは』
『カクテルの意味も知らないで、ほいほい受け取るな。一夜だけの遊びができるんだったら、俺でもいいだろ……!』
千景の……千景の役が、押しつけられた手からグラスを分捕っていく。至は役に入りきれずに目を泳がせた。
(一夜限りって、あーもしかしてそういう意味かコレ)
カクテルにも、それぞれ意味があるのだと、先ほど知った。察するに女性から送られたアキダクト・カクテルとやらは、一夜限りのワンナイトロマンスというような意味でもあるのだろう。
それとは知らずにうっかり飲んでしまったことを、さすがに後悔した。千景が怒るのも無理はない。
『修司』
『貴史 、え、ちょっと、待っ……』
考え事をしている隙に、グイと強く抱き寄せられた。
〝貴史〟の真意を悟る前に、唇同士が触れてしまう。流れ込んできたのは、一夜限りを意味するアキダクト。
至は目を瞠る。傍にいた店員が、気を利かせてか離れていくのをその視界に認め、顔の熱が上がった。
(怒るなよって、これ、怒るに怒れないんだけど……)
塞がれた唇では、物理的にも、そして助けてくれているのだと思えば、心理的にも怒れない。たかがキスだ、と目蓋を落とす。
(先輩、じゃ、ないか。貴史はずっと修司のこと好きだったって設定だよな。でも貴史だってまんざらでもなかった……違うな、好きだった、の方がいい。期待、したよ。二人で飲もうって言ったら、OKしてくれたの……)
エチュードでも、観客がたとえ少なくても、気を抜きたくない。紬や丞の演劇馬鹿が移ったかなと、至は空いた片腕を背中に回して抱き寄せた。
『貴史、いやだよ、俺……』
いったん唇を離して、正面の彼をじっと見つめる。
〝彼〟の瞳が寂しそうな色に変わるのに、胸がズキリと痛んだ。
『お前とは、一夜なんかじゃ終われない……!』
『修、……』
そうして自ら唇を重ねた。
彼とキスをするのは初めてではない。気持ちよかったあの日のキスを、まだ忘れていない。乗ってくるかなと思いつつ唇を開けば、忍び込んでくる舌先。すぐに捕らわれる……いや、捕らえさせた。
『んっ――』
初心なふりをしようか。それともいっそ積極的に出てみようか。
彼はどちらの方が好みだろう、とうっすら目蓋を上げれば、レンズ越しの瞳と出逢ってしまった。
愛しそうに〝修司〟を見つめるその色に、ドキリと胸が高鳴った。
同時に、ぞわりと何かが背筋を這い上がってくる。
心音が速くなる。〝貴史〟が触れている箇所が、異様に熱い気がしてくる。
(入りすぎた。いや、まだ大丈夫、入りすぎたって思える自分が残ってる)
カウンターで情熱的なキスを交わしながら、至は引き際を探した。いや、探したいのにそうできない。彼のキスは心地が良すぎる。
(待って。待ってヤバい……やっぱこの人相当な場数踏んでんだな……)
ぞわぞわと肌を取り巻くこの感覚が、何なのかは理解できる。
理解はできるが、認めたくはなかった。
(キスひとつで感じるとか、ほんとこの人チート過ぎる。これで何人の男を手玉に取ってきたんだか)
なんだか無性に腹立たしい。
仕事なのかプライベートなのか知らないが、そのうちの一人になんかされたくない。
至は絡みつく舌に歯を立ててやった。
ん、と小さく声を上げて、千景の体は離れていく。その視線は至ではなく、テーブル席の女性に注がれているようだった。
『ここ、出ようか、修司』
『貴史……』
『収まりがつかない』
それでも演技はまだ続けているようで、手が腰に回ってくる。びく、と震えたのは、演技だということにしておいた。
「今後、お前と二人で飲みにいくのはやめにしておくよ、茅ヶ崎。どんなイレギュラーが起こるか分かったもんじゃない」
飲んでしまったアキダクトの分に、チップを少々上乗せして、店を出るなり卯木千景に戻る一人の男。さらりとした髪を、すらりとした指で面倒そうにかき上げるのが、癇に障った。
「すいませんでしたね、世間知らずで。っていうかあんな意味があるとか思わないでしょ、普通」
「茅ヶ崎ならそういう誘いもたくさんあっただろ、これまでに。もっとあからさまなのかな」
おかげで、助けてもらった礼もろくに言えていない。突然唇を奪われたことで帳消しになるだろうかと、視線を背ける。
「あからさまな方が、分かりやすくていいですけどね。色仕掛けで仕事取ったことなんてありませんから、俺は」
「なんだ、いやみとはご機嫌斜めだな」
「誰のせいだと思ってるんです? あ、あんな……突然キスなんかされたら、怒りたくもなりますよ」
今さら唇を拭っても、感触は消えない。
千景の唇、千景の舌先、濡れた音、湿った呼吸、響く衣擦れ。
おかしな気分になっているのは、自分だけだと言われているようで、恥ずかしくてしょうがない。
「怒るなって言ったぞ、俺は。ああでもしないと、お持ち帰りコースだっただろう。あの女、いっそどっちでもいいみたいな顔してたからな」
あの手合いはいろいろ搾り取られる、とネクタイのノットに指をかけて崩す。その仕種にさえ、胸が鳴ってしまった。
(あのカクテル、何ていったっけ、アキ……アキダクト、そう、アキダクトのせいだ。ウォッカが強い……そのせいだ、絶対)
「まあ、お前とのキスは悪くなかったな、茅ヶ崎。うちのエージェントにいたら、ボトムで充分やっていけるだろうに」
振り向いた千景の指先が、至の唇を撫でる。どういうつもりで、そんないたずらを仕掛けるのか、少しも分からない。分からなくて腹が立つ。たぶん、それだけだ。
「じゃあ、先輩がお持ち帰りします?」
その指先が離れていく前に、至はぺろりと舌先で遊ぶ。レンズの奥の瞳が揺れたのを確認して、気分が良かった。
「茅ヶ崎」
とがめるような、いさめるような視線が突き刺さる。動揺は一瞬で隠れてしまった。
自分はこの男をどうしたいのだろうと、至はレンズの向こうの瞳をじっと見返す。慌てさせたいのか、暴きたいのか、跪かせたいのか。最後のはないかなと思いつつ、口の端を上げた。
「俺の中にアキダクトなんか流し込んでおいて、そのまま知らんぷりって、ひどくないですか? 先輩」
「……キスだけじゃ足りなくなったって言うなら、まあ、確かに俺にも責任があるか」
「それな。あんな恋人同士みたいな熱いキス、体が勘違いしちゃってもしょうがないでしょ」
千景はややあって、あからさまにため息をつく。至が舐めた指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、目を細めた。
「ノンケに手を出す気はなかったんだけどな。まあ茅ヶ崎なら、面倒なことになる可能性はゼロだし……いいよ、ついておいで」
どうも子供をあやすような言葉に、至は眉をひそめる。ベッドへの誘いくらい、もっと色気があってもいいんじゃないか。そんなふうに思う。
せめてもう少しだけでも優しさがあれば――そう続けて考えかけ、ふと足を止めた。あれば――なんだというのだろう。
「茅ヶ崎? 怖じ気づいたなら、帰っていいよ」
立ち止まってしまった至を訝しんで……いや、面白がって、千景が振り向いてくる。その言いように至は諦めたように息を吐き、小さく首を振った。
この男に、優しさなんて求めたら負けなのだと。
「行きますから、ちゃんとイカせてくださいね」
「ああ、わりとお安い御用だな」
口の減らない千景に、対抗できる手段など今のところない。至は早々に諦めて、熱のこもる体だけどうにかしてもらおうと、彼の少し後ろを歩いた。
#セフレ #シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス
ONE NIGHT IN HEAVEN-002-
千景に連れられて店内に入れば、抑えめの照明と、深いグリーンを基調にしたテーブルセットが出迎えてくれる。
「カウンターでいいだろ」
「え、あ、はい」
店内に客は何組かいる。テーブルを取り囲むソファにどっしり座り込む老齢の紳士や、奥のボックス席で多少のスキンシップを楽しむカップル、仕事帰りらしき青年、友人同士で飲みにきているらしい女性たち。
「なんか、予想通りで面白みもないな」
「どんなとこだったら面白かったんだ、茅ヶ崎は。パリピ御用達のとこでも行けばよかったか?」
「いやそれはそれで疲れるんで」
あまり他人と深く関わりたくないらしい。千景が選びそうなところだ。二人はカウンターの隅に腰を落ち着けて、店員にファーストドリンクを注文した。
「いつもの。茅ヶ崎は?」
いつもので通るくらいには常連らしい。至はしばし考え込み、エル・ディアブロを頼むことにした。
「茅ヶ崎は、ベースじゃなくて名前でカクテル選ぶタイプだろう」
「そうですね。ディアブロとかアガるわー」
できあがるまでの間、至は携帯端末でいつものゲームを始める。今さら千景相手に遠慮もない。特別にイベントはないが、日課だけはこなしておきたいのだ。千景もそれを気にした様子はなく、ネットでニュースをチェックしているようだった。
「先輩のカクテル、それ何ていうヤツですか? 綺麗な色してますね」
「イスラ・デ・ピノス。ラムとグレープフルーツジュースのカクテルだ。〝無防備〟を意味している」
千景のショートカクテルと、至のロングカクテルが出され、二人はグラスを合わせず掲げるだけの乾杯をした。
「ふぅん、カクテルにも意味とかあるんですか。……もしかして、俺のにも?」
「それは確か……〝気をつけて〟だったかな。ふふ、〝無防備〟と〝気をつけて〟なんて、ちょっと意味深だな。もしかして、この後何かが起こるのかな?」
ちらりとよこされる視線に気がついて、至はそれをあえて見返してやった。
「どっちも俺に向けられたメッセージなら、ね」
意味深に意味深で返せば、千景はどこか満足そうに口の端を上げる。その仕種に、思い出してしまった。
あの日の――キス。
SSRが引きたい至の物欲センサーを、千景はキスなんかで回避してくれた。
別に、キスくらいでぎゃあぎゃあ言うつもりはないし、欲しかったSSRは無事に三枚も神引きできたし、問題ない。
問題なのは、千景のその後の発言だ。
『俺女の子苦手なんだよね』
これである。
女の子が苦手、イコール同性愛者というわけではないだろう。免疫がないという意味で言ったのかもしれない。
そもそも、あの発言が本当だったのかどうかさえ、このペテン師相手では分からないのだ。
あの日以来、何もない。
同室の相手ということもあって、最初は身構えたものだが、あっけにとられるほど何もなかった。
(マジ腹立つ)
ホッとしたのが八割、あと二割はなぜか苛立ち。咲也や綴たち純情組だけでなく、よもや自分までもが、からかいの対象に入っていたなんて。
「先輩、真面目に答えてもらいたいんですけど」
「俺はいつだって真面目だけど? なに」
「ゲイなのは真実?」
間を置かずに訊ねる。だからどうというわけではない。
もはや、劇団には欠かせない人になっているし、至にしても、部屋にいて邪魔に思わないくらいになってきた。これをネタに劇団から追われるだとか、そういうことにはしない。
ただ純粋に、真実が知りたいだけだった。
「女を抱けないから、そうなるんだろうな。夜の相手はいつも男だ。お前にキスをしたあの夜もね」
千景は至を見やって瞬きひとつ。視線を正面に戻し、よどみなく告げてきた。
「もしかしてずっと気にしてたのか」
「……そりゃ、気になるでしょう。あんなことされた後だし、余計に」
「ああ、なるほど。それはすまなかったな。安心していいよ、劇団のヤツらに手を出すつもりはさらさらない。お前も含めてね」
「そりゃどーも」
やはり千景はそうだったのだ、とひとつ謎が消えた。真澄の勘は当たったわけだ。真澄の想い人である監督と二人きりでも、危険性を感じていなかったのは、そういうことだったのだろう。もっとも、真澄がこの解にたどり着いているかは別だ。
ただ、面白くはない。
手を出すつもりはないと、面と向かって言われたのは初めてだ。
いや、別に手を出されたいわけではないし、今までだって、男性にそういうアプローチをされたことなどない。女性相手ならば、少し言葉を交わしただけでさえ、もったいぶった思わせぶりな視線を投げかけられる。それなのに、わざわざそんな宣言をされるとは。
「うちの組織、ハニトラも結構やるからなぁ。エージェントはそういう技術も仕込まれるんだ」
「さっきの設定続いてたんですか。ハハ、先輩は男対象にハニトラ仕掛ける専門ってこと?」
「そう。邪魔なヤツらはそういう問題を起こさせて、会社から消すんだよ。もしくはうちに有利な条件で取り引きさせるとかね」
千景なら本当にやりかねない。そう思わせる何かが、この男にはある。
だとしたら、あの日のキスも、組織とやらに仕込まれた技術なのだろう。確かに気持ちが良かった。まだ感触が思い出せるほど、至の脳裏に焼きついている。
「って、こんなとこでいいかな? 中二病設定はあんまり得意じゃなくて」
「どの口が言うんですかね。先輩、本当に食えない男ですよ」
「俺は食らう方だしな。まあ、食われる方もできるけど。茅ヶ崎、試す?」
「冗談でしょ」
「そう、冗談」
呆れ混じりに返したら、千景は飲み終わったショートグラスの底をぶつけ、わざと音を立てる。
「だからこれ以上踏み込んでくるなよ、茅ヶ崎。それがお前のためだ」
低くなった声のトーンに、ぞく、と背筋が震える。苦痛さが混じったそれに、踏み越えてはいけないラインを越えかけたのだと知った。
「……すみません」
「怒ってるんじゃない、心配してるんだ。俺の毒にあてられて死にたくはないだろう?」
「そりゃまあ……俺もまだ若いんで」
牽制された気分だ。いや、実際された。必要以上に関わるなと。
なぜこんなにも気分が沈むのか分からない。たぶんこんな千景を知っている人間は少ないだろう。
監督ならもしかして知っているかもしれない。仲の良さそうな密も。
そういえば、密の記憶がなかったのはもしかして――そんなふうに一人考え事をしていたら、千景の目の前にコトリとグラスが置かれたのに気づく。いつの間に次のオーダーをしたのだと振り向けば、訝しげに眉を寄せていた。
「……頼んでないけど?」
「あちらの女性からです」
千景は、そのカクテルが置かれた理由を分かっていながらも、あえて店員に訊ねたようだった。案の定、店員はあるテーブルの女性客を手で指す。だが振り向いたのは至だけ。千景は興味もなさそうだった。
(ナンパキタコレ。こういう誘い方ってマジであるんだ)
高価そうなスーツを着たイケメンともなれば、女性がそうしたいのはよく分かる。
そこで自分じゃないのが気にくわないが、至の好みでもないし、正直そういう出逢いは面倒くさい。至も早々にその女性から目を離した。
「遊んでそうな女ですね。話し相手くらい、受けてあげたらいいのに」
「金になるなら、どうにか我慢するけどね。申し訳ないけど、下げてくれる? ウォッカベースは好きじゃない」
千景は本当に面倒そうに、店員にそう告げる。ウォッカが好きではないなどと、嘘までついて。
「東さんたちと結構飲んでますよね、先輩」
「アレはコレとは違うだろう。この状況でアキダクト・カクテルを飲めって? 冗談じゃ――」
「先輩がいらないなら、俺がもらいますけど」
もったいない。至は純粋にそういった思いでカクテルに手を伸ばした。
隣に座っていた千景の目が大きく見開かれる。
「馬鹿っ、茅ヶ崎!」
口をつけるのを止めようとしてか、千景もそれに手を伸ばしてきたけれど、少しだけ遅かった。オレンジキュラソーの色を受けたその液体は、すでに至の唇の中。コクリと一口飲んでしまってからだった。
「え?」
至は驚く。
まさか千景がそんなに慌てるなんて。本当は飲みたかったのだろうか? と首を傾げるも、忌ま忌ましそうに眉を寄せるその表情は、どうもそんなに単純なことではなさそうだった。
#シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス
ONE NIGHT IN HEAVEN-001-
「え~、茅ヶ崎さんも飲み会行かないの~?」
甘えたような高い声が、耳を通り抜けていく。至はどうにかその女性の名前を思い起こそうとして――諦めた。同じ部署ならまだしも、交流のない部署ともなるともう分からない。
「ごめんごめん。かわいい妹が、俺の帰りを待ってるんだよね」
それでもにこやかな笑みを返すあたりは、大人としての心得だ。
「あー、見たことある。髪の毛長い女の子。茅ヶ崎さんの帰りを待てるなんて羨ましい~」
「そりゃこんなにかっこいいお兄ちゃんなら、仕方ないよね~ブラコンでも~」
「あー、まあアイツもブラコンだし、俺もシスコンだし。じゃあそういうわけだから、ごめんね。飲み会楽しんできて」
また来週、とひらり手を振ってやる。きゃあ、と小さな声が聞こえてきたが、至は構わずに背を向けた。
面倒くさい。
誰も見ていないことを確認し、至は心の中でそう思う。きっと顔にも出ていただろう。
花の金曜日、そう親しくもない会社の同僚と、しaかも数部署合同での飲み会なんて、行っていられない。
本当は妹なんか待っていやしないし、当然ブラコンだのシスコンだのは関係ない。
(はー、ほんと、面倒くさ)
社会人になっていちばん困るのは、これだ。至はできれば仕事などしたくない。不労所得で生活がしたい。ゲームだけに興じていたいのだ。
まあそうは言っても現実は厳しいもので、働かなければ賃金はもらえず、ゲームに課金できない。仕事が嫌いなわけではないが、こういった誘いを断るのは本当に面倒だった。
(劇団のヤツらと一緒にご飯とかならね、いいんだけどさ。何かジャンクな感じの)
とはいえ、人付き合いが心の底から苦手というわけでもなく、親しい人間となら構わない。まさか自分が劇団員になるなんて、しかもまだ続いているなんて、一年前は夢にも思わなかったが。
家族みたいな存在がそこにある。
悪くないと思っていた。
ただひとり、読めない男を除いては。
小さくため息をつきながら廊下を歩けば、何の因果かエレベーターの前でその男の姿を確認してしまった。
卯木千景。春組第四回公演から入団した男。
度々公演を観に来ていたとはいえ、まさか入団までするなんて思わなかった相手だ。職場の先輩として多少知ってはいたが、距離が近づけば近づくほど、分からなくなる。腹の底で何を考えているか分からないのだ。
「せーんぱい」
「ああ、茅ヶ崎か」
「先輩も飲み会スルー派ですか」
職場用のトーンで声をかければ、向こうからも職場用の仮面で返ってくる。外面だけ見ていれば、とても劇団であんな問題を起こした人物だとは思えない。
この男には毒がある。
以前から感じていたそれが、だんだんと現実味を帯びてくる。それがぞくぞくするほど心地いいのは、やはり毒だからだろう。
「俺が飲み会に参加すると思うか?」
「……ですよねー」
抑揚なく返せば、エレベーターが生贄を受け入れるかのようにドアを開け、そろって飲み込まれた。
狭くはないハコの中でも、退社時刻には大勢の人間がいる。金曜日ということもあってか、どの生贄もなんとなくそわそわとした様子だ。
このぎゅうぎゅう詰めのエレベーターで、何を考えているのか分からない――もとい涼しい顔をしているのは、千景だけ。
至はそんな千景の横顔を盗み見て、小さくため息をついた。
「先輩、取引先との飲み会にも付き合わないんですよね。それでなんであんなに成績いいんですか?」
エレベーターを降りて、二人でそろって歩き出す。どうせ帰る場所は一緒だと、お互い何も不思議に感じていないようだった。
「秘密だって言っただろう」
「教えてくださいよ、俺にだけ、内緒で」
「お前だから教えたくないんだよ」
思わせぶりに甘えてみせても、ふ、と笑うだけであしらわれる。そうなると思っていたが、実際にこうなると面白くない。
千景は海外への出張が多い。もちろん国内でも顧客は多く担当していて、成績はトップクラスだ。至も悪いわけではないし、むしろ良い方だ。しかしもっと成績を上げれば、給料も上がって、課金額も増やせるかなと思うのだ。
だが営業テクニックは簡単には教えてもらえない。ち、と舌を打った。
「守らなきゃいけないヤツだからな……」
しかし、千景がぼそりと呟いた言葉が、至の耳にしっかりと届いてしまう。千景に好意を持っている女性ならば、ここでキュンと胸が締めつけられることだろう。至でさえが、ほんの少しドキリとしてしまった。
その言葉の意味を考える。
「守らなければいけない」ということは、その秘密を知ったら危険が及ぶということだ。
「せーんぱい、まさかマジでヤバいことしてるんじゃないでしょうね」
笑い混じりにそう返せば、眼鏡の奥の瞳が、鋭く射貫いてきた。だけどそれはほんの一瞬で、気のせいだったのかとも思える間。
「そうそう。茅ヶ崎、うちの会社にも結構ヤバい仕事やってる部署あるの知ってる? 裏の仕事ってヤツだな」
次の瞬間にはまた、涼しい顔でそんなペテンで返してくる。本当につかめない男だ。
「企業スパイやら帳簿の改ざんやらいろいろね。賄賂なんか当たり前、ドラッグの売買もあるし、唯一ないのがコロシ、ってくらいヤバいとこ。俺はそこの部署兼任してるから、成績がトップクラスなんだよ」
「うわぁ中二設定キタコレ」
「お前に合わせてやったんだろ」
「アリガトウゴザイマス」
おかしそうに肩を震わせる千景に、抑揚なく気持ちのこもっていない謝意を返す。どこまでが本当で、どこからが?なのか分からない。
千景の言う言葉すべてを鵜呑みにするのは危険だと、長くはない付き合いの中で学んでいた。
「あれ。先輩、寮こっち……」
ふいに千景がつま先の向きを変える。だがそれは、帰るべき寮への道ではない。至が千景の背中にそう声をかければ、振り向かないまま答えられた。
「今日は飲みたい気分だから」
なるほど寄り道をするというわけか。会社の飲み会は行かなくても、飲むのは嫌いではないらしい。
「……先輩、俺も連れてってくださいよ。行くならお気に入りのとこなんでしょ?」
そのまま帰ればよかったのに、至の唇は思うことと正反対の音を奏でた。
だけど言ってしまったものは仕方がないと、千景を追うようにつま先の向きを変える。
「茅ヶ崎?」
「それともまさか、危ない仕事相手と待ち合わせ、――ですか?」
スーツの袖をクンと引っ張り、仕返しのように千景を見据えた。まさか本当にそんな危ないことをしているわけではないだろう。そう思いたい。思いたいけれど、この男は謎が多すぎる。
揺らいだ瞳が、レンズ越しに捕らえられたような気がした。
「謎は、謎のまま残しておくのもいいと思うけどね。構わないぞ、ついておいで茅ヶ崎」
見透かされている、と気まずい気分になりながらも、拒まれなかったところを見るに、やはりあれは嘘なのだろうと安堵もした。
#シリーズ物 #ウェブ再録 #カクテルキッス
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会社の飲み会を断って、成り行きで別のところへ飲みに行くことになった千景と至。そこで女性客から「一夜限りのお誘い」という意味を持つカクテルをおごられそうになり、千景は意味を知って回避するが、至が口を付けてしまい……?
EP:2.22のガチャ事情
1:ONE NIGHT IN HEAVEN
2018/05/03 セフレの始まり
2:愛のひとつも囁けない
2018/07/01 気づいてしまった恋心
作中に万紬表現があります。ご注意ください
3:たった一度のI love you
2018/08/19 ザフラでの公演
作中に万紬表現があります。ご注意ください
4:ふたりの約束
2019/08/04 恋人同士になったけど……。
作中に万紬・十左表現があります。ご注意ください
5:千秒の愛に至る音 掲載準備中
2022/087/24 プレゼントをしたい。
EP:2.22に祝福のキスを
#セフレ #片想い #両想い #両片想い #原作沿い #ウェブ再録 #カクテルキッス