華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.303
金色の曼珠沙華 2017.10.01
#シリーズ物 #ウェブ再録
「あ」 そうして仕度を終えてきてみれば、近くをランニングし終えて帰ってきた十座と、鉢合わせてしまう。…
金色の曼珠沙華
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「あ」
そうして仕度を終えてきてみれば、近くをランニングし終えて帰ってきた十座と、鉢合わせてしまう。
謝るなら今のうちかと口を開きかけたが、後ろには迫田が控えている。あまり聞かれたい話ではないなと、十座の横を通りすぎる際にひとこと。
「き、昨日は悪かったな」
小さく、それだけ。
「昨日……?」
十座がそれに振り向いてくる。何もなかったことにしたいのかと瞬時に感じて、眉を寄せた。
「ああ……俺が仕留め損ねたって思ってたヤツですか。殴られたところはまだ痛いが、別に気にしてない。ボス、護衛は?」
(え?)
でかけるんだろ、と十座の声。左京は目を瞠って振り返った。
(兵頭じゃ、ねぇ)
誰も信じていないようなその瞳、自嘲するような口許、そして何よりその言葉。
ずしりと、胃の辺りが重くなったのを感じた。
「……いらねぇ」
「気をつけて」
十座は――いや、ランスキーはそれだけ言ってリビングへと向かっていってしまう。左京はその背中を全力で睨みつけて、踵を返した。
「は~、さすがっすね、エチュードってヤツでしたっけ? 今一瞬、アニキがアニキじゃなかったッス」
「……演じてたつもりはねえがな……」
「旗揚げ公演のは、ハマり役だったってことっすかね! あっ、アニキ早く行かないと!」
迫田が玄関のドアを開けて、左京を急かす。仕事は仕事だ、行かなければいけない。気分が重い。足が重い。
(あの野郎、ずっとランスキーで通すつもりだってのかよ……!)
十座が、ランスキーになりきって返してきているのは一目瞭然で、その理由が分からないわけでもない。「兵頭十座」では対処しきれないのだろう。
気まずくて何もできなくなる不器用さを、恐らく自覚しているのだ。こっちだって悪いと思っているのに、謝る機会を与えてくれない。
芝居に打ち込むのが、演じるのが好きだからという理由なら大歓迎だ、応援だってしてやりたい。
だけど今の十座は、とてもそうは思えない。
いや、芝居をすること自体が好きなのは分かるのだが、稽古でない時にさえ役に入り込むというのは、逃げだ。
まっすぐぶつかる度胸もないのか、と迫田が運転する車の後部座席で、不機嫌そうに眉を寄せた。
「アニキ、チョーシでも悪いっすか? なんか今日、やけに静かっすね?」
「あァ?」
「いや、何でもないっす! なんか、ちょっと、元気……ないかなって思っただけで!」
「別に……昨日あまり眠れなかっただけだ。気にすんな」
「あー、じゃあ着くまで寝ててくだせぇアニキ! 俺静かにしてるんで!」
迫田はそう言うが、眠れるとは思えない。
時間的な問題でも、音の問題でもない。
目を閉じると、どうしても昨日のことを思い出してしまうのだ。大人げなくぶちまけてしまった不満。十座をガキと言いつつ、こちらの方こそ子供みたいなことをしてしまった失態。
こんな、劇団内での色恋沙汰を考えている場合ではないというのに。
「迫田、そういえばGOD座に関して何か分かったか?」
左京は、迫田に頼んでいた調べ物の結果を確認する。
「あっ、すいやせん、まだ……。公演日程とか今までの舞台の感想は、いっぱい転がってんすけどね。ムカつくほどにベタ褒めの。カンパニーに何か恨みでもあるんじゃないかってのは、全然……」
「そうか。悪いな、個人的なもんまで頼んじまって」
GOD座の理不尽な絡みは、絶対に何かあると踏んでいるのだが、なかなかに難しい。団員個人が恨みを買っているのではないようなのが、また面倒くさい。
個人的に何かあったというのなら、職権でもなんでも濫用して潰してやるものを、とさえ思っている。
職業的にいちばん恨みを買いやすいのは、いわずもがな左京だが、あの劇団に関わった覚えはない。商魂たくましいとは思うが、別に組の不利益につながるわけでなし、銀泉会としては関係がない。
あとは、監督である立花いづみ。
彼女に個人的な感情があるのだとしたら、どうしたらいいのか。好意の裏返しだとしてもタチが悪い。印象には確かに残るだろうが、心証が悪いどころではないだろう。好意からくるものであれば、なんて馬鹿なことをしたんだと笑ってやろう。
(まあ、そりゃ……俺にも言えるか……)
いづみとの出逢い――というか、再会は、最悪なものだった。カンパニーのシアターを、取り壊そうとしていたところだったのだから。
今となってはそんなことできやしないし、あれでも精一杯、取り壊しを延期させたのだ。返済を待ってもらっているのも、考えてみれば危ない綱渡りだ。
(俺がここまでしてんだぞ、それをGOD座のヤツら、ぽんぽんと簡単に壊そうとしやがって……!)
しかけられたタイマンACTは、負けた時のリスクが大きすぎる。
MANKAIカンパニーの解散なんて、できるわけもないのに。
せっかく冬組まで集まったのだ。春組から冬組まで、誰もが負けず劣らずの個性を持った、真似しようとしてもできない劇団になり得る。
それを、好意だか悪意だか知らないが、そんなもので壊させてたまるかと、左京は膝の横で拳を握る。
(芝居がしてぇんだ、俺は……。こんな職に就いちまった俺が、唯一……たったひとつだけ、他人に誇れる力だろう)
自分以外の誰かになって、これまで出せなかった自分の中のすべてを解放したい。
それには、今のカンパニーのメンバーが必要不可欠だ。
総監督であるいづみはもちろんのこと、リーダーである摂津万里、あの元気さで場を盛り上げてくれる元スパイの七尾太一、なだめ役である伏見臣、そして――目を瞠るほどの情熱で周りを引き込んでいく兵頭十座。
(アイツは、役者にとって大事なもん備えてるってこと、気づいてねぇんだろうな。技術ももちろん大事だが、結局ひとを動かすのは思いの力強さだ。摂津だって、お前のポートレイトで戻ってきたんだろうに……)
十座の情熱は、見ていて気持ちが良い。あの強面の奥に隠されていた情熱に気がついた者は、どんどん引き込まれていくだろう。
万里とは別の、華がある。
それをすべて芝居に注がれたら、技術が追いついたら、秋組はもっと良くなる――そう確信していた。
(どこでどう間違って、俺なんかに惚れちまったんだろうな)
窓の外を流れる景色を、見るともなしに眺めながら、左京は小さく息を吐く。
応えられるものなら、応えてやりたいけれど、無理だ。
まともな恋愛とはほど遠い職業ではあるが、ベッドをともにするなら女の方がいい。ドライな関係を望む女がいれば夜の相手だってするし、金銭的な援助以外ならできる範囲でやってきた。
だけど、十座のはそういった関係を望むものではない。
優しくされることに慣れてないよね、と東が言ったように、そんなものに触れたことなどない。家族は別として、だ。
組長とのつなぎが欲しかったり、肉体的な快楽を求めていたりと、必ずどこかに打算があって、見返りを何も求めない優しさなんて、知らない。恋情なんてもっとない。
怖がられることにも、嫌われることにも、慣れていた。 だけど、好かれることには、少しも慣れていないのだ。相手が、何を、どこまで望んでいるのか、分からない。
(俺の初恋らしきもんじゃ、参考にもならねぇしな。今でも、アイツが大事じゃないわけじゃない。だが、今さらどうこうなりてぇとは思ってねーしな……)
左京の初恋らしきものの相手は、いづみだ。幼い頃の淡い恋心。
この歳になって再会したのは本当に驚いたが、彼女に何かを望むことはない。強いて言えば、変な男にだけは引っかかってくれるなと祈るばかりだ。
年下だろうが年上だろうが、カレー好きの相手と幸福になってほしいとは思っている。
冷静な気持ちで結婚式に参列できるとは思えないが、そういう道を選んだのは自分の責任である。
(訊いてみた方がすっきりするか……? いや、もちろん受け入れられるわけじゃねえんだが、許容できる範囲なら、別に……いいかと……)
例えば想っているだけだとか、見ているだけだとか、そういう範囲なら、別に拒絶するつもりはない。
突然でびっくりしただけで、そういう想いが止められないのは理解している。恋情には劣情が伴うもので、事実、キスもされてしまったし、抱きたいとも言われている。さすがにそれは許容できないが、心は押さえつけられない。
(まさか、ヤローだらけの劇団で、監督さん以外の身を案じることになるとはな。そういうのには、いちばん縁遠いと思っていた兵頭相手に)
キッとブレーキが踏まれて車が停車する。組の事務所に着いたのかと、いつもより速く感じる時間にハッと我に返り、迫田が開けてくれたドアから外に出た。
ともかく、十座と話をする機会を作らねばと、重かった気分を少しだけ浮上させて。
#シリーズ物 #ウェブ再録